タイトル:【DD】潜入部隊撃破マスター:近藤豊

シナリオ形態: イベント
難易度: 難しい
参加人数: 25 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2012/02/14 11:50

●オープニング本文


 マールデウで指揮を執るナラシンハ(gz0434)が発したバグア南進。
 バグア包囲網再構築を狙った本進軍は、傭兵達の活躍もあって撃退に成功。バグア包囲網再構築という狙いを頓挫させる事ができた。
 そして――UPC軍はデリー奪還へと乗り出す。
 バグア包囲網を打ち破り、軍事拠点デリーを取り戻す。
 『デリーの夜明け作戦』も大詰めを迎える中、バグアがデリーへ侵攻したという情報が舞い込んでくる。

「救援部隊が突入って訳か‥‥」
 ジョシュ・オーガスタス(gz0427)から作戦概要を説明されたラリー・デントン(gz0383)は、いつもと違って神妙な面持ちだ。
 味方がバグアの別働部隊を抑えている隙に、デリーへの侵入を試みるバグアを背後から強襲。デリー内部のMahaKaraと合流を果たし、バグアを一気に撃退するという作戦だ。
 しかし、バグアの突入経路は物資搬入用のゲートだ。
 防御隔壁代わりの扉三枚がバグアを阻んでいるが、既に一枚目の扉が破壊。バグアは既に二枚目に取りかかっている。おまけに現場はゲートだけ、トラック3台分程の広い通路がデリーまで続いている。隠れる場所も少ないのだから、バグアが待ち受ける敵地に飛び込んでいくようなものだ。
「ですが、時間は限られています。
 もし、三枚の扉が破られれば‥‥市民に被害が及ぶでしょうね」
「今からでも急行して敵を蹴散らさないと市民がヤバイ。
 でも、現場は虎の穴って訳ね」
 ラリーと一緒にジョシュの説明を聞いていたアン。
 状況はかなり逼迫している事は明確だ。
 さらにアンとラリーには気になっている事があった。
「また出るのか、『アイツ』?」
 ラリーは天井を見上げながら、あるバグアを思い浮かべていた。
 刀一本でUPCへ立ち向かう伊庭勘十郎(gz0461)というバグアだ。二人はジューンジュヌで伊庭と交戦。性格は侍そのものである上に、バグアとしても戦闘力は高い。
 今回のデリー襲撃に伊庭が関与していると見て間違いないだろう。
「そう考えた方が無難だな。
 だが、奴が居たとしても引く訳にはいかない」
 厄介な相手ではあるが、アンも伊庭と対峙したら避けて通るつもりはない。
 どんな事をしても、バグアをデリー内部へ入れさせてはならない。
「分かってる。こいつも依頼だからな」
 両頬を自分の手で叩いて気合いを入れたラリーは、椅子から勢いよく立ち上がった。


「この機会、逃してはなりませんよ」
 デリーへ続くゲートの前で、上水流(gz0418)は怪しい笑みを浮かべる。
 既にナラシンハ(gz0434)から攻撃指示を受けた先発部隊はデリーを襲撃。上水流達はこの先発部隊へ合流、ゲート突破の瞬間を待ちわびていた。
「それは‥‥デリー陥落の瞬間を目の当たりにできる機会、という意味でしょうか?」
 傍らに立つ伊庭は、そっと上水流に話しかける。
 プレゼントを待つ子供のように無邪気な上水流に対して、伊庭は興味を抱いたようだ。
 だが、上水流の答えは少々難解であった。
「そうとも言えますが、そうでないとも言えます。
 謂わば、半分正解ですね」
「半分ですか」
「ええ。近視眼的に見ればそうですが、この攻撃が別の展開の呼び水となるはずです。
 ナラシンハやドレアドルに協力する事は意に沿いませんが、俺達がここで戦う事は更なる段階へと進化させる事に繋がる。
 そこにこそ、ウォン様の期待する展開が待っています」
 上水流の中にある未来予想図。
 絶望に塗れた人々の姿。
 身震いする程の惨状が上水流の顔を綻ばせる。
「絶望――最高に美しい瞬間。
 俺達は、やらなければなりません。ウォン様の為にも‥‥」

●参加者一覧

/ 須佐 武流(ga1461) / エマ・フリーデン(ga3078) / 藤村 瑠亥(ga3862) / エレナ・クルック(ga4247) / アルヴァイム(ga5051) / 鐘依 透(ga6282) / 古河 甚五郎(ga6412) / 周防 誠(ga7131) / 狭間 久志(ga9021) / 鈴原浩(ga9169) / キア・ブロッサム(gb1240) / 狐月 銀子(gb2552) / テト・シュタイナー(gb5138) / 流叶・デュノフガリオ(gb6275) / 加賀・忍(gb7519) / 夢守 ルキア(gb9436) / 湊 獅子鷹(gc0233) / ジャック・ジェリア(gc0672) / ラナ・ヴェクサー(gc1748) / 赤月 腕(gc2839) / ミリハナク(gc4008) / ヘイル(gc4085) / 那月 ケイ(gc4469) / シルヴィーナ(gc5551) / ミルヒ(gc7084

●リプレイ本文

 伊庭勘十郎(gz0461)は、刀を鞘へ収めた。
 乱れた呼吸を整えながら、眼前に立つ敵に意識を集中する。
 敵を威圧、右手は柄から数センチの位置で固定。敵の出方を窺いながら、体の重心をゆっくりと右へ移す。

 おそらく、自分の命は間もなく燃え尽きる。
 自分の体だ。脇腹の痛みが致命傷である事を教えてくれている。
 放てる攻撃は、一度だけ。
 この一撃に‥‥すべてを賭ける

 死は、間もなく訪れる。
 もし、自分の心の中で生まれたこの感情が『本性』と呼べる物ならば、ここで死ぬ運命に感謝しよう。
 彼らならば、きっと――何かを感じ取るはずだ。


「作戦を開始します。各員、健闘を」
 デリーの搬入口到達したアルヴァイム(ga5051)は、到着した傭兵達に作戦開始を伝えた。
 バグアがここから内部へ襲撃をかけたという一報から始まった本作戦。
 絶対にバグアをデリー内部へ侵入させる訳にはいかない。
 強い決意を持って依頼に望むアルヴァイムの役目は、情報統制。
 この戦いが乱戦必至と考えたアルヴァイムは、各戦場の情報を集めて的確な情報展開を傭兵達に行う。
「これ以上の勝手はさせねぇぜ」
 テト・シュタイナー(gb5138)は入り口付近からエネルギーキャノンMk−IIを構える。
 小柄な体に不釣り合いのキャノン。狙うは地面に徘徊する蜘蛛型キメラ『ギーグ』。自爆しか能のないキメラではあるが、作戦開始の狼煙を上げる為にはちょうどいい相手だ。
「キャノン斉射‥‥タイミング任せますよ」
 テトの動きに合わせるようにエネルギーキャノンを構える周防 誠(ga7131)。
 仲間の前進する助けをするためにも、援護射撃は必要だ。
 少しでも早くMahaKaraへ到達するためには、可能な限り邪魔者を排除しなければならない。
「んじゃ‥‥派手に行くわよ!」
 二人に並ぶように狐月 銀子(gb2552)もエネルギーキャノンで敵を狙う。
 先へと突き進む傭兵達に向かって移動するギーグの群れへと照準を合わせる。

 ――ドンッ!
 
 三つのエネルギー塊が、それぞれギーグの群れへ着弾。
 周囲の蜘蛛の自爆を促し、巨大な火柱へと成長する。
 ギーグの群れはまとめて爆発に巻き込まれ、炎が消えた後には焦げ跡が地面に残るだけであった。
「流石、皆さん! この先もアテにさせてもらうよ!」
 狭間 久志(ga9021)は機械脚甲「スコル」でギーグを蹴り飛ばす。
 蹴りで目を回すギーグをよそに、傭兵達は突き進む。
 デリーを、バグアの手から守るために。 
 


 テト達の後方支援を受け、傭兵達は突き進んでいく。
 だが、MahaKaraへ到達するためには、『ある障害』を乗り越えなければならなかった。
「あれか」
 流叶・デュノフガリオ(gb6275)は迅雷で移動しながら、第一扉の傍に立つ男を発見した。
 黒い着物姿、腰には太刀と脇差し。首元には白い布を巻いている。
 あの男が――ジューンジュヌに現れた侍、伊庭勘十郎だ。
「‥‥‥‥」
 迅雷での流叶の接近を、伊庭は黙って見守っている。
 おそらく、射程距離に入った瞬間に刀を鞘から抜くつもりだろう。
(来るっ!)
 流叶は右手が動いた瞬間、横へと飛んだ。

 ――ブンッ!

 流叶の予想通り、伊庭の抜刀は流叶の体を捉える事はできなかった。
 刃は虚空を斬り、刀身が外気に晒される。
「危な‥‥うっ!」
 危なかった、と言い掛けた流叶。
 だが、その言葉は突如襲われた腹部の痛みによって途絶える。
 刀の一撃を避けられた伊庭は、次の攻撃として前蹴りを放っていた。
「そいつじゃない‥‥食らい付くなら、こちらだ」
 迅雷を使った藤村 瑠亥(ga3862)が登場。
 二刀小太刀「疾風迅雷」を手に、伊庭と対峙する。
「行け。ここは俺が引き受ける」
 藤村は、流叶に第二扉へ向かうように促した。
 伊庭を藤村が抑えておけば、他の傭兵はMahaKaraと合流する事ができる。
 もっとも、この流れはバグアの罠である可能性もある。
 伊庭自身が囮であり、戦闘している最中に何か仕掛けてくるかもしれない。だが、誰かがこの罠に掛からなければ、隠れているバグアも姿を現さない。
 ならば、敢えて己の身を危険に晒す事が必要となる。
 藤村は、そう考えていた。
「一対一の決闘って訳にはいかない。悪く思うな」
 藤村と並ぶように須佐 武流(ga1461)が姿を現した。
 須佐も藤村同様、伊庭の足止めを試みるつもりだ。相手が侍という事で一対一の戦いをさせてやりたいが、これも戦争。
 デリーの市民を守るためにも、多対一の戦いへ持ち込ませてもらう。
「‥‥‥‥」
 敵対する二人を、伊庭はただ黙って見つめていた。


「瑠亥さんの邪魔はさせませんよ!」
 ラナ・ヴェクサー(gc1748)は、床を這い回る敵を 小銃「DF−700」で狙い撃つ。
 兄であり、戦闘では師のような存在である藤村。彼が伊庭の足止めをしている事から、付近のキメラ排除に勤しんでいた。
「キア君、そっちは大丈夫?」
「だ、大丈夫です! できる限りエスコートさせていただきます」
 キア・ブロッサム(gb1240)も、藤村と須佐へ近づくギーグを拳銃「バラキエル」で倒し続けている。
 二人の目的は、藤村達が伊庭の戦いに集中できる状態を維持する事。
 もし、少しでも気を抜けば、藤村達の真横でギーグが自爆する。
 そしてそれは、伊庭にとって最大の攻撃チャンスを与える事になる。

 一方、キア達とは別に第一扉付近で敵を倒す者達が居た。
「そら!」
 加賀・忍(gb7519)の如来荒神がギーグを引き裂き、爆発させていく。
 加賀は、湊 獅子鷹(gc0233)と一緒にキメラを倒し続けている。
「湊、伊庭の足止めへ向かわなくても良いの?」
「あの二人なら、大丈夫だ。それより、付近の敵を始末した方がいい」
 加賀の問いに、湊はそう答えた。
 藤村達が居れば、伊庭も第一扉から動けない。
 ならば、伊庭を孤立させるためにも周囲のバグア兵やキメラを始末する方を優先した方がいい。
「では、先に周囲のお掃除といきましょうか」
 軽い笑みを浮かべた加賀は、次なる獲物へ向かって走り出した。


「予想通りの展開ですね」
 集まりつつある情報を整理するアルヴァイム。
 藤村達が伊庭の足止めを行い、その隙に他の傭兵がMahaKaraと合流。
 MahaKaraと共に第二扉を攻撃するサイ型キメラとバグア兵撃退する。
 扉の破壊を試みるサイを全滅させれば、敵も簡単にデリーへ侵入する事はできないはずだ。
 だが、不安材料も残っていた。
(敵も‥‥まだ切り札は残っていますか)
 アルヴァイムの不安。
 それは未だに姿を現さないバグアの存在だ。
「各員、警戒を続けてください。敵は何かを仕掛けてくるかもしれません」


「邪魔ですっ!」
 鐘依 透(ga6282)がSMG「スコール」でギーグに銃弾の雨を降らせる。
 行く手を阻むギーグを排除しながら、前に突き進む鐘依。
 ギーグを爆発させ、進路を切り開いていく。
 しかし、敵の数が多く、前進するにも一苦労だ。
 苦戦を強いられる鐘依。
 そこでヘイル(gc4085)が大声で呼びかけた。
「アルヴァイムから連絡だ。
 サイを最優先で倒せ! バグアは扉を破壊する事はできないはずだ!」
 そう叫んだヘイルは、扉と対峙するサイの前面に立ち塞がった。
 突進が武器となるサイの前面へ立つ行為はあまりにも危険だ。
 だが、敢えてヘイルはサイの前面へ立った。
「来いっ!」
 ヘイルは叫ぶ。
 サイもそれに応じるように、全速力で走り出した。
 狭まっていく二人の距離。
 振動ともに、サイの角がヘイルの間近にまで迫る。
「ここだ!」
 ヘイルはサイをギリギリまで引き付けてから横へ飛んだ。
 突如、ヘイルという目標を失ったサイ。
 だが、サイは走り出すと自分で止まる事ができない。
 ブレーキが壊れたサイの進行方向には、第二扉へ向かって走りだそうとしている別のサイが居た。

 ――ドゴンッ!

 衝突したサイは、その場で横転。
 起き上がろうと必死に藻掻くが、短い足は地面を捉える事ができない。
 どうやら、このサイは横転させられると自分で起き上がる事ができないようだ。
「死ね」
 赤月 腕(gc2839)は、倒れたサイの腹部に向かって朱鳳を突き刺した。
 そして、腕は突き刺した傷口を押し広げるように朱鳳を力任せに振り抜く。
 壊れた蛇口のように噴き出す血。
 消えていく命。
 腕は黙って見つめている。
 己の中に渦巻く感情を抱えながら、腕は朱鳳にこびり付いた血を振り払った。


「あの‥‥先に行かなくても良いのですか?」
 ミルヒ(gc7084)は、ミリハナク(gc4008)へ問いかけた。
 他の傭兵達は、ゲートの奥に向かって移動している。
 だが、ミリハナクとミルヒは未だゲートの入り口に陣取っていた。
「ここが抜かれれば、デリーは破滅。‥‥ふふ、きっと破滅好きのあの男は動きますわ」
 ミリハナクは、軽い笑みを浮かべる。
 ミリハナクのアンチマテリアルライフルG−141は、スコープにあの男の姿を捉えていない。つまり、あの男は事態を見据えながら、攻撃の機会を窺っている。
 問題は『何処から現れるのか』という事だ。
「さて。約束はしていませんけれど‥‥デートに来てくださるのかしら?」
 ミリハナクは、待ち続ける。
 あの男の登場を。


 ――グォォォン!
 サイの死骸をジャンプ台にして、MahaKaraの陣地に飛び込んだ一台のバイク。
 タイヤを滑らせながら、SE−445RはMahaKara隊員の前に急停車した。
「LHの傭兵だ。手早く説明する。君の仲間に伝えてくれ」
 最初にバグアの攻撃網を抜けたのは、鈴原浩(ga9169)とジャック・ジェリア(gc0672)であった。SE−445Rでキメラの群れを突破しての合流である。
「こちらと連絡手段を共有させてもらう。情報連携すれば、敵の排除は楽になるはずだ」
 ジャックは早速、MahaKaraの隊員へ情報共有の方法を模索した。
 情報共有を図る事ができれば、後方で情報統制しているアルヴァイムと連携する事ができる。戦場の状況を逐一伝えて戦力の手薄な箇所へ救援を送る事ができるだろう。
「分かった。ここの指揮官に会った方がいいだろう」
「悪いが、案内してくれ。怪我人も居ればこちらで治療しよう」
 傭兵に到着に慌ただしくなるMahaKara。
 明らかに勝機を感じ取った証拠だ。
 だが、傭兵の到着による恩恵はここから始まる。
「悪いが、俺の相手もして貰おうか!」
 真デヴァステイターが火を噴き、地面を徘徊するギーグを爆発させる。
 鈴原はMahaKaraと共にバグア排除に乗り出したのだ。
 情報統制が成立すれば傭兵とMahaKaraによる反撃が開始されるはずだ。
 次々と爆発していくギーグを前に、鈴原のテンションが青天井に上がり続ける。


 ――ガンっ!
 金属と金属が派手に衝突する。
 伊庭の刀を、須佐が超機械「ミスティックT」で受け止める。
(‥‥敵は、思ったよりも慎重派。居合いという攻撃方法が厄介だ)
 須佐は伊庭と対峙しながら、思考パターンを分析していた。
 居合いは一種の奇襲、カウンター攻撃を得意としている。
 つまり、こちらの動きを察して行動を移すタイプだ。藤村も残像斬を狙ってはみたが、相手も藤村の出方を見ている以上、カウンターは成立しない。敵を揺さぶる攻撃が必要なのだが、下手な動きを見せては大きな隙を生み出す事になる。
「これでどうだ!」
 伊庭と須佐が鍔迫り合いをしている隙に、藤村は小太刀を片手に走り寄る。
「!」
 藤村の接近で、危機を察した伊庭。
 須佐の間に右足を挟み込み、強引に蹴りを放つ。
「逃げるのか!」
 須佐が声を張り上げる。
 だが、伊庭は須佐と距離を置くようにバックステップ。
 到着と同時に刀を藤村に向けて迎え撃つ準備を整える。
「ちっ」
 藤村は足を止めて、小太刀を再び構える。

 睨み合いが続く三人。
 時間は――刻一刻と過ぎていく。


「怪我人は、居ませんか‥‥」
 MahaKaraと合流した朧 幸乃(ga3078)は、早速怪我人の治療へと乗り出す。
 デリーを守り続けたMahaKara達の多くは傷付いている。早速、幸乃は彼らの治療に乗り出していた。
「こっちだ、頼む!」
 必死な声を張り上げるMahaKara隊員。
 呼びかけに従ってMahaKara隊員の方へ近づいた幸乃。
 そこには、足をライフルで撃ち抜かれて顔を歪ませるMahaKara隊員が倒れていた。
 幸乃は、怪我を負った患部に手を当てて練成治療を施す。

 今までデリーが無事だったのは、バグアが手を出さなかったからではない。
 彼らのような守護者がデリーに居たからこそ、守られていたのだ。
 だから、今度は幸乃が彼らの力になりたい。
 その想いを込めながら、怪我人を癒し続ける。

「私も治療できます。怪我している人が居たら教えて下さい」
 エレナ・クルック(ga4247)も治療に奔走していた。
 もう少し早く到着出来ていれば、怪我人が少なかったかもしれない。
 そんな後悔が脳裏を過ぎるが、今は目の前の人間を治療する他ない。
「よく、ここまで踏ん張りましたねぇ。
 でも、もう安心。ここから裏方としてお手伝いさせていただきましょうかねぇ」
 古河 甚五郎(ga6412)は、第二扉を守っていた指揮官らしき男を励ましていた。
 ダルダの剣であるMahaKaraが破れて信用を失墜させる事だけは阻止したかった。
 信頼を取り戻すには、この戦いで勝利を収めなければならない。
「まずは、バリケードが必要ですねぇ。
 幸い、倒したサイが大きな体をしてますからねぇ。こいつの死骸をバリケードに転用しましょうかねぇ」
 古河は第二扉を防衛するに辺り、サイの死骸を盾にするよう提案した。
 ギーグの爆発もサイの死骸が邪魔で味方を巻き込む事は難しい。バグア兵の弾丸もサイの死骸を貫通する事はできないはずだ。
「そうか。早速、サイの死骸を盾にするよう通達しよう」
「話が分かって助かります。
 あとは皆さんの勇姿を撮らせていただきますかねぇ」
 古河は、持ち込んだカメラの設置を開始する。
 MahaKaraを敗北の汚辱に塗れさせる訳にはいかない。
 檄を飛ばし、最大戦力で敵を迎え撃ち、誹謗中傷は結果を持って対抗する。
 そのためには、彼らの勇姿を後世に伝えなければならない。
 デリーは彼らMahaKaraによって守られていたのだ、と。
「これで良し。あとは皆さんが全力でバグアを叩くだけですねぇ」
 古河は、小銃「S−01」を握り締めて敵に向かって歩き出す。
 依頼を完遂するため。
 そして――MahaKaraの栄光を守るために。


 傭兵とMahaKaraが合流した事は、戦局を大きく覆す形になった。
 特にバグアが挟撃される状況になった事は、MahaKaraにも有利に働いていた。
「――飛燕烈波」
 鐘依は、アサルトライフルの銃口を魔剣「ティルフィング」で逸らした。
 接近戦に持ち込まれて慌てるバグア兵。
 しかし、鐘依は容赦なく次の一撃を放つ。
 振り下ろされたティルフィングは、隙だらけとなっていたバグア兵の胸を引き裂いた。
 胸に付けられた傷は、爆発したかのように飛散。
 周囲に返り血を撒き散らす。
 この一撃が致命傷となったのか、バグア兵は力を失い膝から崩れ落ちる。
「やるな! ならこっちも!」
 鈴原は、疾風脚を使って別のバグア兵へ接近。
 黒刀「鴉羽」の素早い連撃でバグア兵を壁際まで追い込んでいく。
 防戦一方となるバグア兵。
 手持ちのアサルトライフルだけでは、鈴原の猛攻を防ぐ事はできない。
 肘や脇腹が、鴉羽によって切り刻まれていく。
「‥‥終わりだ」
 鈴原の攻撃の間を縫う形で、腕が朱鳳の突きを放つ。
 胸部に深々と刺さった朱鳳。
 バグア兵を死に追いやるには十分な一撃だ。
 その証拠に、バグア兵は糸が切れた人形のように、仰向けに倒れ込んだ。
「いいね。この調子でバグア兵を片付けていこう」
 上り調子の鈴原。
 確実に敵を倒しながら、第二扉前のバグアを駆逐していく。
 反面、腕の表情は冴えない。
 未だ待ち人が現れない事が、腕の表情を曇らせる。
「‥‥‥‥」
 腕は、黙ったまま踵を返した。
「なんかあったのかな?
 まあ、いいや! 俺が戦場に居た証、ここに打ち立ててやる!」
 張り切る鈴原は、再び敵を探し求めて走り出した。


 人類側の優勢は揺るぎないものだが、問題も発生していた。
 MahaKaraの負傷者は、想像よりも多いのだ。
 幸乃やジャックも治療に専念してはいるが、怪我人はまだ多く残っている。
 聞けば、サイの突進を止めようとして前に出たところをバグア兵やギーグが襲撃をかけてきたそうだ。それを助けようとした者も攻撃された事が被害を拡大した理由のようだ。
「こっちも治療を開始するよ」
 夢守 ルキア(gb9436)も、MahaKara隊員を治療する為に駆け回っていた。
 傷に手を当てて練成治療を施し、少しでも生存確率を上昇させる。
 援軍である自分達が到着した以上、怪我人は絶対に増やさせない。
「アルヴァイム君、治療が可能な人をこっちに回して貰う事はできる?」
 絆の意味を持つVinculumのイヤホンでアルヴァイムへ呼びかける。
 傭兵達が治療して回っている分、第二扉前のバグアを排除する戦力が減ってしまっている。そこで、情報統制を行っているアルヴァイムへ治療できる傭兵の支援を打診したのだ。
「治療可能な方は第二扉前で奮戦しています。
 代わりに第二扉前の攻撃を援護するため、こちらから再度支援射撃を行います」
「了解。頼んだよ!」
 ルキアはイヤホンを元の位置へ戻し、次の怪我人に向かって走り出す。
 これ以上、誰も傷つけたくないから。
「頑張ってるな。なら、俺も協力さえてもらうか!」
 突如走り寄ってきたラリー・デントン(gz0383)がルキアを守るように併走する。
 近寄るギーグをアサルトライフルで撃ち倒し、ルキアへ危険が及ばないように気を配っている
 だが、その頑張りが必ず相手に届くとは限らない。
「おじさん、ちょっと邪魔だよ」
 笑顔を浮かべながら、ラリーに向かってルキアは言い放った。
「おじさんって‥‥。
 これでも俺はまだ30台だぜ? それに護衛役として‥‥」
「大丈夫だよ。シルヴィーナ君がいるから」
 気付けばルキアの背後にシルヴィーナ(gc5551)が立っている。
 ルキアの治療中、敵が近づかないよう周囲の敵を追い払っていた。
 お調子者のラリーより、シルヴィーナの方が安全なのは間違いない。
「ここは私達に任せて、おじさんは他の人を助けてあげてよ」
「まあ、そんな冷たい事‥‥うわっ!」
 ルキアへ近づこうと歩み寄った瞬間、足下にあった工具箱につまずいて転倒するラリー。
 腰を強打したらしく、必死に腰を押さえている。
「痛っ。くそ、何でこんなところに工具箱があるんだよ!」
 愚痴りながら、ラリーは起き上がろうとする。
 しかし、『死神の玩具』と呼ばれるラリーは、これだけで不幸が終わる訳はなかった。
 派手な音を立てて転倒したラリーは、近くに居たギーグを呼び寄せていた。
 おまけに自爆準備に入っているのか、ラリーの横で怪しく蠢いている。
「え!?」
「消えろ」
 シルヴィーナは素早くギーグを蹴り飛ばした。
 そして、地面へ落下する前に、シルヴィーナが放った小銃「ブラッディローズ」の弾丸がギーグに命中。ギーグは空中で爆発した。
「おお、危ねぇ。助かったわ」
「‥‥ラリー君。やっぱり一緒に来てくれる?」
 ラリーをこのまま放置して味方に危機を呼び込むより、目の届く範囲に置いた方がいい。
 ルキアは、そう判断したようだ。


「皆さん、第二扉前の援護要請です。
 可能な限り前進して、第二扉前の敵を叩きます」
 アルヴァイムの指示を受けて、テト、銀子、周防、狭間が前進を開始する。
 伊庭と戦う仲間が巻き込まれない位置へ進み、第二扉前のバグアへ援護射撃を行う為だ。
「最優先はサイですね。やってみます」
 エネルギーキャノンからアンチマテリアルライフルG−141へ持ち替えた周防は、地面へ伏せてサイの足を狙い撃つ。第二扉を守るためには、サイを止める事が重要だからだ。
 呼吸を整え、大きく息を吸い込む。
 銃身を安定させ、スコープに意識を集中させる。
 照準は――サイの足。
 そして、人差し指に軽く力を込める。

 発射と同時に、周防の体に大きな衝撃が伝わる。

 銃声。

 次の瞬間、サイの足から出血。派手に血を撒き散らし、バランスを崩しかけている。
 あの調子ならば、サイも全力で突進する事はないだろう。
「通常火力じゃおっつかねぇ‥‥こうなりゃ、マジで消し飛ばしてやるっ!」
 テトのエネルギーキャノンMk−IIがサイに向かって放たれる。
 そして、あとを追うように銀子のエネルギーキャノンも発射。エネルギー弾はサイ付近に着弾。ギーグを巻き添えにしながら、爆発が発生する。
「へぇ、銀子も張り切っているわね。千葉の頃から腕が上がっているんじゃない?」
 依頼に参加していたアン・ジェリクは銀子達の活躍に驚いていた。
 アンと銀子は千葉で一緒に戦った中なのだが、ここまで派手に立ち回る銀子を見て顔を綻ばせている。
「ま、今回はあたしらが協力者。お姉さんに任せなさいってね」
 銀子の言葉に、アンは頼もしさを感じていた。
 逆に銀子はアンの顔に笑顔が増えている事に気付いていた。
 アンも傭兵に戻って変わりつつある。
 それが銀子を、更に張り切らせる。
「皆さんの援護射撃、アテにしてますよ!」
 前進する事でギーグも多く集まってくる。
 狭間は機械脚甲「スコル」で蹴り飛ばした後、拳銃「ソルデス」でトドメを刺して確実にギーグを排除していく。
 だが、この前進が新たなる展開を見せるとは思っても見なかった。


「これで大丈夫だ」
 サイの死骸に隠れながら、ジャックは負傷したMahaKara隊員を治療していた。
 治療に飛び回っていただけあり、怪我人は確実に減っている。
「シルヴィーナ、ルキアは大丈夫か?」
「‥‥はい、無事です。怪我一つありません」
 サイに向かって流し斬りを放つシルヴィーナ。
 ラリーとシルヴィーナの二人に守られているだけあって、ルキア自身はまったく傷を負っていない。もっとも、ラリーのせいで何度か危機的状況はあったのだが‥‥。
「なら、こっちも攻撃に加わるか」
「ジャックさん!」
 立ち上がろうとしたジャックに、シルヴィーナが声を掛ける。
 ジャックが顔を向けると、そこには全速力で迫り来るサイの姿があった。
「くっ!」
 敵は背後。不動の盾が間に合わないと判断したジャックは、横へジャンプ。
 だが、タイミングはギリギリだ。ダメージを覚悟した方が良いかもしれない。
 痛みに堪えようと目を瞑るジャック。
 だが、そこへ那月 ケイ(gc4469)が現れる。
「残念、ここは通行止め‥‥だっ!」
 不動の盾を使ってサイの突進を跳ね返した那月。
 サイは突進したにも関わらず、後方へ押し戻される。
「これでも喰らえ!」
 ジャックはお返しとばかりに、サイの側面から接近。
 四肢挫きでサイの行動力を奪う。
 バランスを失うサイ。
 こうなってしまえば、サイもただの的。倒すには絶好の機会だ。
「消し飛べ」
 身動きが取れないサイに顔面に、シルヴィーナが小銃「ブラッディローズ」の銃弾を連続で叩き込んだ。
 額に何発も銃弾を受けたサイは、力を失って地面へ転がった。
「悪いな、助かった」
「礼はいい。
 それより、ここで上水流(gz0418)を見なかったか?」
 那月は第二扉付近で上水流が探していた。
 瞬間移動で現れる事を予見して、姿を探しているが未だに見つからない。
「いや、俺は見ていないな。シルヴィーナはどうだ?」
「‥‥見ていません」
「上水流なら私も探しているけど、姿は見ていないよ」
 上水流の話を聞いてエレナが話しかけてきた。
 エレナは変装も警戒して先見の目を持って調べていたのだが、上水流らしき人物を発見できなかった。

 三人の答えを受け、那月は思案する。
 もしかすると既に第三扉へ瞬間移動しているのではないのか。
 その予感が浮かんだと同時に、那月は第二扉の指揮官へ向かって走り出した。


 那月と同じ予感を抱いた流叶は、指揮官へ第二扉を開けるように交渉していた。
「な、なんだと!? そんな事をすれば、デリーの守りが手薄になるぞ!」
「‥‥瞬間移動を持つ奴が居る‥‥扉は、防御壁としては意味を成していない‥‥」
 流叶は指揮官へ上水流の能力について説明した。
 瞬間移動をされていれば、第二扉が如何に厚くても関係ない。
 確認するために第三扉を開けた方が良いというのだ。
「しかし‥‥」
「俺からもお願いします。
 それに第三扉のMahaKaraと合流した方が、攻めるバグアを潰しやすくなるはずだ」
「私からもお願いします。手遅れになる前に」
 息を切らせながら走ってきた那月とエレナ。
 二人から懇願され、指揮官は渋々と第二扉を開くように指示を出した。

 数分後。
 第二扉は大きな音を立てながら、開く。
 そこには未だ十分な戦力を保持しているMahaKara隊員の姿があった。
 つまり、上水流は第三扉へ現れてはいない。
(どういう事だ? 上水流は一体、何処に‥‥)
 再び考えを巡らす那月。
 その前を第三扉を守っていたMahaKara隊員達が通り過ぎていく。


 入り口で待機するミルヒは、奇妙な事に気付いた。
 時折、ゲートからギーグが抜けてくる事があった。
 走り寄ってくるギーグを蹴り飛ばしてミリハナクの支援狙撃を助けている。
 しかし、数分前からギーグの数が明らかに増えている。
「ミリハナクさん、これは‥‥」
 異常な事態と察知したミルヒは、ミリハナクの方へ振り返った。
 だが、ミリハナクは黙ってゲートに背を向けて立っている。
「ミリハナクさん?」
 再び問いかけるミルヒ。
 既に陽は落ちて、付近は闇が訪れようとしていた。
 その闇に紛れてゆっくりと着物姿の人物が近づいてくる。
「あっ!」
 ミルヒは、声を上げた。
 後方から近づく着物の男。足下にはギーグが数匹、蠢いている。
 ミリハナクは、この男の存在に気付いてずっと待ち続けていたようだ。
「レディを待たせるなんて、感心できないわね」
 ミリハナクは、ハミングバードとアントロデムスを握り締める。
 ミリハナクの読み通り、上水流は伊庭を囮にして後方から襲撃を掛けるつもりだったのだ。
「愛しい人――俺との逢瀬の為、ここで待っていたという訳ですか。あなたの中に眠るモノが、俺の姿を見つけたのですね」
 懐から鉄扇を取り出す上水流。
 ミルヒも、上水流に向けて機械剣「サザンクロス」を向ける。
「ミリハナクさんを守ります」
 必死なミルヒを前に、上水流は怪しい笑みを浮かべる。
 まるで、ミルヒをあざ笑うかのように。
「できるのですか? あなたにこの絶望の華を守る事が‥‥」
 ミルヒは上水流を睨み付ける。
 負ける訳にはいかない。必ず、勝ってみせる。
 その傍らでは、ミリハナクが変わらぬ笑顔を浮かべている
「水を斬る為に、色々工夫していますの。味わってくださるかしら?」
 ミリハナクは、剣を構える。
 上水流との逢瀬が、今から始まる。


「上水流が出ました。入り口でミリハナク様が交戦中です」
 傭兵達に向けて上水流が現れた事を伝えるアルヴァイム。
 このアルヴァイムの一方を聞いて、最初に動いたのは那月だった。
「本命は、入り口か!」
「ああ、私も行きます!」
 流叶とエレナ共に、ミリハナクの支援へと向かう。
 しかし、第二扉から入り口まで相応の時間がかかる。
 二人が倒される事はないと思うが‥‥。
「‥‥急ぎます」
 流叶は、速度を上げた。
 少しでも早く、ミリハナクと合流するために。


 第二扉の攻防は、傭兵達の活躍によって決しようとしていた。
 こうなれば、残るは第一扉で続く伊庭との戦いであった。
「此処では取らせませんよ」
 キアを庇いながら、ラナは小銃「DF−700」で伊庭を牽制。
 弾丸を避ける為に後退した伊庭は、次なる攻撃に備えて刀を鞘へと納める。

 後詰めのバグア部隊が未だに到着しない事から、援軍は望めない。
 ならば、この窮地を独力で切り抜けなければならない。
 居合いに絶対の自信がある伊庭は、一気にケリを付ける事にした。

 だが、湊は伊庭が抜刀する瞬間を待ち望んでいた。
「大博打か、付き合えよ伊庭!」
「‥‥‥‥」
 湊は、一気に間合いを詰める。
 伊庭にとって向かって来る相手は、もっとも得意とする相手。
 射程距離に入った段階で抜刀、一撃で相手を屠ろうというのだ。
 いつものように間合いへ入った瞬間に、刀を鞘から抜き放つ。

 ――ガチンッ!

 周囲に響く金属音。
 湊の体を捉えるはずの刃は、湊の右腕に装着されていた防御用義手『アイギス』に食い込んでいた。さらに湊は右腕を捻って刀を引き寄せる。伊庭にとって唯一の武器が、湊の義手に絡め取られた形となる。
 そして。
 湊はこの瞬間を逃さない。
 左手で電磁加速鞘壱型「レールガン・断罪」より放たれた獅子牡丹は、伊庭の右腕付け根部分を逆手で斬り上げる。
「くっ!」
 伊庭は危機を察して強引に体を捻る。
 獅子牡丹の刃は脇腹を抉り、伊庭の体に深い傷を負わせた。
「湊、一歩下がって」
 攻撃の隙を感じ取った加賀は、迅雷で伊庭へ肉薄。
 体を回転させながら、遠心力を乗せた如来荒神の一撃を叩き込んだ。
 次なる危機を察して湊の義手から力任せに刀を引き抜いた伊庭。
 しかし、傷のせいで攻撃をうまく受け止める事ができない。
「!!」
 加賀の重い一撃は、伊庭の体を吹き飛ばす。
 さらに、その重い一撃を受け止める為に体に負担を掛けた事から、湊が付けた傷が更に悲鳴を上げている。

 苦痛に歪む伊庭の顔。
 その痛みの中で、伊庭は上水流と話したある話題を思い浮かべていた。


 話は、数日前に遡る。
「鎧ですか?」
 伊庭の呟きに、上水流は小さく頷いた。
「バグアも人も、生きていく為に、様々な自己防衛術を身に付けていきます。
 プライドや意地。それらが自らを偽らせ、他人の望む自分を演じて生きて行くのです」 瞳を瞑る、上水流。
 実験派として自らの持論を口にしているようだ。
「ですが、死を目の前にした瞬間、そうした自己防衛術は崩壊します。
 すべてを捨てて、姿を現す本当の自分。
 俺は、それこそがその人間の『本性』だと考えています。
 そして、本性は、深層心理の奥深くで眠る願望を気付かせてくれるでしょう。
 もっとも、俺はその本性を食い潰して諦めの果てに死を迎え入れる絶望の方が美しいと感じます」
 死の間際に訪れる、本性。
 自分の中に眠る、願望。

 果たして、自分にもそんなものがあるのだろうか。
 バグアとして戦い、言われるがままに敵を倒してきた。
 願望など、抱いた事もない。
 戦場で生き抜くために、ただ目の前の敵を葬ってきただけなのだから。

 だが、そんな物があるとしたら――。

 物思いに耽る伊庭へ上水流が怪しく微笑みかける。
「伊庭さんの本性。如何なるものなのでしょうね?」


 ミリハナクを守るように、ミルヒは上水流の前に立ちはだかる。
 しかし、緊張に体を支配されるミルヒと対象的に、上水流は余裕を笑みを浮かべている。
「その様子だと、既に術中へ嵌っている事にも気付いていないようですね」
「どういう意味ですか?」
「事態は大きく動き始めています。
 実験派として次の段階を迎える為には、UPC軍の目を真実から逸らす必要がありました。
 デリー攻略‥‥良い目眩ましだと思いませんか?」
 上水流の言葉に、ミルヒにも思い当たる事があった。
 今回の戦いで、上水流は伊庭を囮に使っていた。
 もし、同じようにデリーの戦いが囮であるとすれば、バグアは目を向けて欲しくない物があったはずだ。
 UPC軍の配置から考えれば――。
「あ‥‥オセアニア」
「正解です。でも、気付くのが遅かったですね」
 ミルヒが答えたを口にしたと同時に、地面に居たギーグがミルヒに向かって飛び掛かる。
 反射的にサザンクロスの一撃でギーグを攻撃。
 ギーグは空中で爆発。
 しかし、その爆発の中から上水流の鉄扇が放たれる。
「ミルヒ君っ!」
 ミリハナクが叫ぶ。
 だが、その声も虚しく、鉄扇がミルヒの胸部を引き裂いた。
 ミルヒは一撃を受けて地面へと倒れ込んだ。
「やってくれるわね」
 ミリハナクは、笑みを浮かべている。
 しかし、沈黙の裏で感情は徐々に昂ぶっていく。
「素晴らしい。ゲートの中にも逸材は居るようですが、あなたは絶望と破滅を呼び込む徒花。咲き誇れば、人類もバグアもすべて飲み込む存在となるでしょう」
 饒舌な上水流をよそに、ミリハナクは、ハミングバードでソニックブームを放った。
 狙う先には上水流の足。機動力を奪う事が目的だ。
 地面に居たギーグを爆発させながら、ソニックブームが肉薄する。
「あなたの力は、こんなものではないでしょう?」
 上水流はソニックブームを回避。
 その隙を突いて一気に間合いを詰めるミリハナク。
 刀の間合いまで詰め寄り、流れるような剣撃を繰り出していく。
「これでどうです?」
 上水流は、鉄扇でアントロデムスを弾いた。
 左手のアントロデムスは力を失い、後方へ追いやられる。
 左に隙が生まれる。そこへ上水流が鉄扇を振り下ろす。
 ――しかし。
「あら、そんな餌に食いついてくれるの?」
 ミリハナクは、わざと刀を弾かせていた。
 本命は両断剣・絶を乗せたハミングバードでの刺突。
 右腕が唸りを上げて突き出され、刃は上水流の左肩を捉えた。
 上水流の予想を超えた一撃が、着物を朱に染め上げる。
「くっ」
「勝ったと思った? いいわね、その表情。初めて君の歪んだ顔が拝めたわ」
 肩肘をついて傷口を押さえる上水流。
 その顔は今まで余裕のあった笑顔ではなかった。苦痛に顔を歪ませる顔があった。始めて見る上水流の顔に、ミリハナクは背筋に電気が走る事を感じていた。
「大丈夫か!?」
 そこへ那月、エレナ、流叶が駆け寄ってきた。
 明らかに劣勢となる上水流。
「愛しい人。あなたはますます魅力的になっていく。
 あなたとの逢瀬は心が躍ります。次の機会を心待ちしていますよ」
 そう言い残して、上水流は瞬間移動で姿を消した。


 伊庭勘十郎は、刀を鞘へ収めた。
 乱れた呼吸を整えながら、眼前に立つ藤村、須佐、湊に意識を集中する。
 三人を威圧、右手は柄から数センチの位置で固定。敵の出方を窺いながら、体の重心のゆっくりと右へ移す。

 おそらく、自分の命は間もなく燃え尽きる。
 自分の体だ。湊から受けた脇腹の痛みが致命傷である事を教えてくれている。
 放てる攻撃は、一度だけ。
 この一撃に‥‥すべてを賭ける

 死は、間もなく訪れる。
 もし、自分の心の中で生まれたこの感情が『本性』と呼べる物ならば、ここで死ぬ運命に感謝しよう。
 彼らならば、きっと――何かを感じ取るはずだ。

「まだやる気か‥‥。大した侍だ」
 正直、湊は感心していた。
 既に足下がふらつき、刀を杖のようにして支えなければ立ち上がる事も出来ないはずだ。それでも、気力を振り絞って湊達に立ち向かってくる。
「瑠亥さん」
 ラナは、藤村へ声を掛ける。
 負ける事がない事は分かっている。
 だが、鬼気迫る伊庭を前に万一の心配を抱いたようだ。
 藤村はラナの不安を吹き飛ばすかのように、伊庭に向かって疾風迅雷を構えた。
「名を名乗れ。お前のような侍が居た事、覚えておいてやる」
 藤村の言葉。
 その言葉を受けて、初めて伊庭は軽く微笑んだ。
 自らの中にあった本性。
 戦いに身を投じ、死ぬまで刀を振るい続ける事を運命づけられた伊庭。
 バグアだから当然なのかもしれないが、それでも、その運命に少しだけ抗いたかった。
 誰かに覚えていてもらいたい。
 このデリーで、命を散らす瞬間まで刀を握り続けたバグアが居た事。
 戦争の歯車ではなく、そこに生きて考え抜いて戦い抜いたバグアが居た事。
 怨恨でも、憎悪でも、畏怖でもいい。
 誰かの心の片隅に、住まわせて欲しい。

 それこそが、伊庭勘十郎の『本性』であった。
「‥‥伊庭、勘十郎‥‥参るっ!」
 一瞬、伊庭の体が沈む。
 同時に、藤村に向かって前進。右手が柄を握り、一気に刀を抜き放つ。
 だが、藤村も容易に刀を抜かせるつもりはなかった。
「残念だ。
 傷のせいで、スピードもキレも格段に落ちてる」
 刀が抜かれる前に、藤村の小太刀が下段から斬り上げられる。
 小太刀は、伊庭の鞘と接触。抜刀する前に鞘へ強い衝撃が加わり、抜刀のタイミングがズレた。
「もらった」
 その隙を逃さず、須佐は側面から伊庭の脇腹にミスティックTを叩き込んだ。
 肋骨が砕ける感触が須佐の拳に伝わる。
 さらに須佐の攻撃は続く。真燕貫突より発した二撃目が再び伊庭に炸裂。
 伊庭の口から血が、吹き出る。
「この博打、俺達の勝ちだ」
 湊は、獅子牡丹を振り下ろした。
 刃は伊庭の体を捉え、大きな傷を生み出した。
 暖かみのある血が溢れ、地面に大きな池が作り出される。
「‥‥‥‥」
 伊庭は膝から崩れ落ち、地面へ倒れ込んだ。
 薄れゆく視界には、自分を倒した者達の姿が映っている。
 彼らなら、きっと覚えていてくれる。
 伊庭勘十郎という侍が――存在していた事を。

 こうして、デリー攻防の戦いは幕を閉じた。
 多くの犠牲を払いながらも、UPC軍はデリー防衛部隊と合流。
 さらに古河の撮影した戦闘映像は、デリーで放映されてMahaKaraの健闘を讃える声が聞こえ始めていた。

 しかし、インド北部の趨勢を決する戦いは、新たなるうねりを見せ始めていた。