タイトル:【千葉】希望の終盤マスター:近藤豊

シナリオ形態: ショート
難易度: 易しい
参加人数: 4 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2012/02/05 22:08

●オープニング本文


 千葉を舞台に巻き起こったバグアとの抗争は、成田空港の激戦を境に落ち着きを取り戻しつつあった。
 房総半島でバグア基地が存在するという噂はあるものの、バグア側の攻勢は見られない。
 着実にUPC側へ戦況は傾きつつあった。

 元警視庁警備部第四機動隊の松田速雄は、千葉の柏に居た。
 UPC側の勝利は、必然的に人類側の勝利。生活圏の拡大を意味している。かつて、柏や松戸もバグアの拠点ではあったが、習志野や成田空港の陥落で急速な衰えを見せた。
 UPC軍攻勢の前に呆気なく陥落した柏と松戸。既に多くの市民が足を踏み入れて街の復興に着手している。
 松田は、支援物資を満載したトラックの護衛役として随伴。時折、キメラに襲撃されることもあったが、トラックは無事に届ける事が出来た。
「‥‥‥‥」
 かつて駅と呼ばれた場所で、物資を配布するUPCのスタッフ達。人々は生きるためにそこへ殺到し、我先に物資を奪い合っている。 
 松田は、その光景を黙って見つめていた。
「感傷にでも浸っておいでですかい、旦那?」
 ふいに背後から掛かる男性の声。
 振り返れば、見窄らしい格好の男。明らかに数週間は風呂に入っていないだろう男の姿は、この柏でも明らかに異質だ。
 松田は、呟いた。
「‥‥お前か」
 残飯漁りの武人。
 他人が残した残飯を漁ってケチをつけてシノギを稼ぐ根無し草だ。汚らしい格好で残飯を漁る様は、飲食店を経営する者にとっては目を覆いたくなる。これで情報屋としての腕は確かというのだから、理解に苦しむ。
「‥‥そうじゃない」
「ですよね? 旦那はそんな玉じゃありませんよね」
「‥‥情報でもあるのか?」
「いえいえ。今日は本当に偶然お見かけしただけですから」
 謙遜する武人。
 だが、情報屋という種族にとって情報は血液と同じ。松田も武人の言葉通りに受け取るつもりはない。
「‥‥そうか」
「しかし、バグアとの戦いってぇ奴も大変ですねぇ。あっしには真似できやせんよ」
「‥‥どういう意味だ?」
 武人に鋭い視線を投げかける松田。
 空気が一瞬張り付いた事を、武人は見逃さなかった。
「や、別に旦那に文句言おうって訳じゃねぇんです。ただ、自分の体を他人の為に投げ出したって事が凄ぇって言いたかったんです」
 犠牲。
 他人の為に能力者となってバグアと戦っている者も居るだろう。
 戦う理由は、各々異なる。
 むしろ、単に犠牲と称するべきではない。少なくとも、松田自身はそうだ。
 なら、戦いの果てに何が待っているのか。あるべき姿とは何なのか。
「現実ってぇ奴は厄介なもんで。思い通りにならないのが当たり前なんでさぁ。思い通りにならない中で藻掻いてこそ、人間ですからねぇ」
 武人は松田の心を見透かすように、言った。
 仮に戦いが終わった後、戦う前の生活に戻れるのだろうか。
 もしかすると、平穏な日常へ戻るのは不可能かもしれない。人間は未知の存在に対して畏れを抱く。一度、『人外』となったものを再び受け入れる保証はない。
 信じる、という不確かな事に希望を持つ気もない。今は前だけみて進むだけ、というのも思考停止に他ならない。

 ならば、今は何をすべきなのか。
 松田は、考えを巡らせ始めた。

●参加者一覧

ドクター・ウェスト(ga0241
40歳・♂・ER
終夜・無月(ga3084
20歳・♂・AA
古河 甚五郎(ga6412
27歳・♂・BM
ルーガ・バルハザード(gc8043
28歳・♀・AA

●リプレイ本文

 街は、生物だ。
 たとえ、バグアが街を破壊して傷つけたとしても――人々がそこに居る限り、街は何度でも蘇る。人は街の一部であり、街はそこに住む人々があって初めて存在する事ができる。
 人と人。
 街と人。
 その目に見えない繋がりによって、街は永遠に生き続けていく。

「‥‥これで良いか?」
 終夜・無月(ga3084)は、道を塞ぐ巨大な瓦礫を道の片隅へと投げ捨てた。
 かつては建物の一部であった瓦礫。
 瓦礫と化してしまった以上、排除しなければUPC軍の物資を搬出する事もできない。一般人では何人もの人間によって排除しなければならないのだが、能力者の終夜にとっては一人だけで排除できる。
「兄ちゃんが居て助かったわ」
 一緒に瓦礫を撤去していた一般人のおばさんが、終夜に感謝の意を述べた。
 バグアに占拠されていた松戸、柏の両地区はUPC軍によって奪還。故郷を求めて戻ってきた人々が復興に向けて動き出していた。一口に復興と言っても、そう簡単に実行できるものではない。
 街は荒れ果て、瓦礫は散乱。
 人間が生活していく環境を取り戻すだけでも、一苦労だ。そこで、傭兵達が復興の手伝いをするため、この地区を訪れている。
「俺達は復興を手伝いに来たんだ。出来る事があれば言ってくれ」
 終夜は感情を込めず、おばちゃんにそう返答した。
 その言葉を受けて微笑み掛けるおばちゃん。
 普段はバグアと命を賭して戦う傭兵だが、一般人と接する機会は少ない。
 だからこそ、このような機会を大事にしていきたい。
「そうねぇ。そしたら、炊き出しの手伝いをしてくれるかい?」
 おばちゃんはため息交じりで、そう言った。
 大変だ、という割におばちゃんの顔から笑顔が消える事はない。
 故郷で食べる料理。それをおばちゃんは心待ちにしているのかもしれない。
「分かった。料理を手伝おう」
 終夜は炊き出しを準備している厨房へと向かった。
 楽しそうに話しかけてくるおばちゃんに、相づちを打ちながら。


「さて、忙しくなりますかねぇ」
 古河 甚五郎(ga6412)は、辺りを見回した。
 瓦礫の山。その間を縫うように行き交う人々の群れ。
 誰もが明日の復興を夢見て、出来る事を率先して始めている。
 その人々の顔に溢れる活気。古河は、それを見ながら、心を躍らせていた。
「皆さん、ちょっとぐらい休んでも罰は当たらないと思いますがね。どうでしょ? ここいらで休憩なんかを‥‥」
 古河が立てたテント。
 それは、復興に従事する人々が一時の安らぎを得る為の休憩所であった。
 ドラム缶でこさえた風呂を設置。さらに、歌謡曲を流して人々が落ち着ける空間を演出していた。埃だらけの体を洗い流して心と体に癒しを与えれば、新たな気持ちで復興作業に戻る事ができる。働きづめは作業効率も低下する。裏方として市民を支えようとする古河らしい発案だった。
 ――そして。
 そのテントで象徴的な看板。
 ガムテープで描かれた『休憩所』の文字。
 これは古河がTV番組製作会社の大道具だった経験を生かして作成したものだ。
「復興は、もっと楽しくやってもいいんじゃないですかね」
 人々に余裕がなければ生産性は低下する。
 ゆっくりと、確実に復興していけばいい。
 その想いが伝わったのか、人々は『休憩所』の看板の下へ集まってくる。
 古河の支援は着実に実を結び始めていた。


「けっひゃっひゃ、コレで大丈夫だ〜。
 二日経っても痛みが引かなければ、マタ来たまえ〜」
 診療所で負傷者の手当を行っているのはドクター・ウェスト(ga0241)。
 復興作業中に怪我する者は少なくない。
 また、バグアに負わされた怪我を抱える者や予防接種を受けていない者も数多く居る。物資はあっても医療従事者が少ない環境である事を考えれば、ウェストのような存在は貴重となって当然だ。
「ありがとう! おじさん!」
「けっひゃっひゃ、おじさんじゃない。ドクター・ウェストと呼び給え〜」
 膝の怪我を消毒して絆創膏を貼って貰った少年。
 子供というのは良く怪我をする。そのためなのだろうか、治療を受けた後で元気に診療所を飛び出していった。
 その飛び出していく姿を、ウェストは静かに目で追っていた。
「‥‥我輩も、かつては‥‥」
 口から漏れ出た一言。
 そこには、能力者となった苦悩が滲み出た物だ。
 バグアの攻撃で両親と妹を亡くし、バグアを憎悪し続けている。そのバグアを倒すために能力者となった訳だが、能力者となった段階で自らが人間でなくなってしまった。
 能力者は地球人ではない。
 能力者はバグアと戦うための地球の武器。
 ウェストはそう考えていた。
(我輩はマダ戦える武器だ。簡単に死を選んで、バグアと戦う責任を投げる捨てる訳にはいかない)
 ウェストにとって能力者とは武器であると同時に、責任を抱えている。
 過去の依頼で少女を巻き込み殺してしまう事件もあった。その後、『武器が地球の命を奪ってもいいのか』という自問自答の結果、毎日の食生活をサプリメントで済ませている。
 それでも生きようとするのは、バグアを一掃するため。
 それまでは、武器として生き続けなければならない。
 武器が不要となり、自らを断罪するその瞬間まで。
「ドクター、次の患者さんです」
 背後から診療所の看護婦が声を掛ける。
 人々を治療して地球の生命を助ける事も武器の仕事の一つ。
 ウェストは振り返り、診察室へと歩いて行く。
「けっひゃっひゃ、分かったね〜。患者さんに待つように言っておくね〜」


「配給はまだまだある。押し合わず、順番に並ぶのだ」
 長身で凛とした女性が、声を張り上げる。
 配給を求めてやってきた人々。
 彼らを前にして、女性はそっと物資を手渡す。
 そして、手渡しながら、人々に声を掛けて励ましている。
(不安や絶望を抱えていると思ったが、思ったよりも元気そうだ)
 女性は、人々の表情を見て安堵していた。
 それでも、人々を励まして、そっと人々の手を握り締める。
 彼女の手から溢れるは慈愛、そしてその中には騎士の誇りがある。
 彼女の名は――ルーガ・バルハザード(gc8043)。
 騎士道を尊び、弱者に手を差し伸べる事を宿命づけられた者だ。
「そこの者。これはお前の分だ」
 ルーガは、少し離れた場所に居た男へ物資を手渡した。
 みすぼらしく、薄汚れた男。
 ボロボロの外套を見る限り、今までまともな生活をしてきたとは思えない。
 そのためか、他の人々の男を避けて通っている。
 だが、ルーガは騎士として彼にも声を掛けてやらなければならない。
「え? あっしですか?」
「そうだ。遠慮する事はない。物資は平等に分け与えられるべきだ」
「‥‥はぁ、そいつぁどうも」
 恐縮しながら、物資を受け取る男。
 名前を残飯漁りの武人という。
「ついでに教えてもらえますかい?」
「何をだ?」
「あんた、能力者なんでしょ?
 もし、バグアとの戦いが終わったらどうされるんですかい?」
「終わった後?」
 ルーガは、一瞬止まった。
 今まで戦い続きの毎日だ。幼き時より剣の道を志し、傭兵となる道を選んだ。今や有能な若者を弟子として迎え入れ、共に戦場へ立っている。
 そんなルーガにとって戦いの終焉を考えた事などなかった。
 停止した時間が沈黙を呼び込む。
 武人は何かを察したのか、慌ててルーガへ話しかける。
「あ、気に障ったらすいやせん。
 いえね、知り合いの旦那がその事で悩んでましてね。皆さんも同じなのかと思いまして‥‥」
 武人は頭を掻きながら、言い訳を繰り返している。
 だが、ルーガにはその言葉は届いていなかった。
(たとえ、バグアとの戦いが終わっても――この世から理不尽は消え去る事はない)
 ルーガの脳裏に様々な言葉が浮かんでは消えていく。
 有史以来、戦いが消えた事はない。
 戦争、災害、テロリズム。
 様々な出来事が、人類に厄災となって襲い掛かっていた。
 そして、弱者の命は失われる。
 しかし、一方で弱者を守ろうとする者も存在していた。
(‥‥私は剣、私は盾‥‥)
 ルーガは心の中で繰り返し、その言葉を呟いた。
 それはルーガが騎士道として貫く誓い。
 力無き者を様々な厄災から守る。そのために、ルーガは戦い続ける。
 確かに一般人から見れば能力者は化け物かもしれない。
 だが、この世に地獄がある限り、ルーガは戦う事を止める訳にはいかない。
「私は行こう、何処にだって。
 そして、戦おう。弱者のために。騎士として死ねるなら本望。それでこそ、死に甲斐があるというものだ」
 ルーガの思考は言葉となって口から漏れ出ていた。
 突然の言葉に武人は驚きを隠せない。
「あの、大丈夫ですか?」
 それに対してルーガは自信を込めて男に答えた。
「無論だ。騎士である以上、私は歩みは止めない。絶対に、だ」


「俺は見てみたいのです‥‥エミタが示す可能性の果てを‥‥」
 終夜は炊き出しの準備を終えて、隣に居た松田速雄へ話しかけていた。
 松田から相談された、『能力者として戦いをどう考えているのか』という疑問に対する答えだ。
 終夜が臨むのは、最強というモノが持つ意味。そして、それを取り巻く現実だ。
 己の戦いの果てに何があるのか。
 それは終夜にも分からない。
 だが、進むの先には、必ずゴールが存在する。
 そして、そのゴールには相応しい敵が待っているはずだ。
「‥‥『エミタ』か」
 松田は、ぽつりと呟いた。
 終夜がエミタ・スチムソン(gz0163)を追い続けていた事は噂で聞いていた。
 エミタを倒す事にすべてを賭けて挑む。
 最強というモノを手に入れた時、新たな進化がそこに生じるかもしれない。
 それこそ、終夜が求め続けるエミタの可能性なのだろう。
 終夜は松田に答えるように、強く頷いた。
「‥‥‥‥」
 松田は何も答えない。
 ただ、終夜の言葉を聞いてゆっくりと己の頭の中で想いを巡らせている。
 能力者の可能性。
 それはゴールの先に存在している。


「は?」
 休憩所で古河は、首を傾げていた。
 目の間に居る残飯漁りの武人と呼ばれた男が、おかしな事を言い出したのが原因だ。
「だから、このレーションを少し食べて欲しいんでさぁ」
 武人が手にしているのはまだ封を開けられていないレーション。
 ルーガに手渡された物資の中に入っていたものなのだが、どういう訳かレーションを握って古河に食べろと迫っている。
「また、おかしな事を言われますねぇ。
 でも‥‥自分もさっき炊き出しをいただいたばかりなんっですがねぇ」
「全部食べなくてもいいんでさぁ。単にこいつに箸をつけて『残飯』にして欲しいんでさぁ」
 要するに武人は残飯漁りの誇りに賭けて残飯のみを食したいのだ。
 そのためには、レーションであっても『残飯』にしなければならない。
「難儀な意地ですねぇ」
 古河は、武人からレーションを受け取ると封を開けて一口だけ食べて見せた。
「これでいいですかい?」
「ええ、ありがとうごぜぇます」
 残飯となったレーションを旨そうに食べ始める武人。
 その様子を、古河は不思議そうに見守っていた。
「この街、復興できますかねぇ」
「さぁ。ただ、残飯がない時点で余裕はねぇって事でしょうねぇ。残飯って奴ぁ、人間が生活して出来た無駄ですからね。無駄がないって事は、生活に余裕がねぇ証拠でさぁ」
 レーションを食べながら、残飯について講釈をたれる武人。
 確かに、残飯がまったく出ないという事は、食事に無駄がないという事だ。腹がいっぱいでこれ以上食べられなければ残す。残れば残飯が出る。今の松戸や柏には、このサイクルは働いていないのだろう。
「復興には、自助と自立。それが必要不可欠だと思うんですがねぇ」
 古河は椅子に腰掛けながら、改めて周囲を歩く人々を見守った。
 自分達の力で街を立ち直らせる。
 そのためには地場産業も回復させてこその復興。今回の物資支援よりも先を見て考えなければならない。
「確かにね。まあ、治安はUPC軍が居るうちは大丈夫でさぁ。診療所もある事を考えれば申し分なし。心配なのは、物資の輸送ってところですかねぇ」
 武人はレーションを頬張りながら、古河に情報を教える。
 街の様子を見る限り、治安や医療面では問題は発生していない。問題が発生するとすれば、食糧を現地で生産できる前の物資輸送だ。現在、名古屋方面から物資を輸送しているが、東京を完全に奪還するまでは輸送も苦労する事になる。可能な限り関東平野を人類側に取り戻すまでは油断できない。
「関東奪還ですかい。そいつぁ、難儀ですねぇ」
 古河はため息をついてみせる。
 しかし、かつて古河が携わっていたようなお笑い番組で芸人達が体を張って人々を楽しませていた時代を取り戻す為には避けて通る事は出来ない仕事だ。
 裏方としてやり甲斐はある仕事だが――。
「でも、やるしかないんですよねぇ」
 古河は、西の空を見上げながら言った。


「けっひゃっひゃ、今日の診療はこれでおしまいね〜」
 ウェストの診療所も終わりの時間が近づいていた。
 持ち込まれた動物まで治療を施し、地球に住む生物の命を救ってやった。バグアに奪われて良い命など、一つもない。
 地球の命は、地球の物なのだ。
「月が出てきたね〜」
 空を見上げれば、大きな月が浮かんでいた。
 あの月が浮かぶ宇宙に、敵は存在している。
 
 敵を駆逐するその日まで、ウェストは武器として戦い続ける。
 そして、戦いの後は――。
 
 ウェストは月に視線を移した。
 ある覚悟を胸に秘めながら。