●リプレイ本文
「‥‥お前に女っ気があるとは、思わなかったぞ」
夜十字・信人(
ga8235)は、ラリー・デントン(gz0383) をジトッとした目で見つめた。
インド北部の都市デリーを解放するに辺り、バグア包囲網の一つジューンジュヌ攻略。傭兵達は先陣を切って敵防衛部隊を叩かなければならないのだが、夜十字とラリーの間に何やら戦闘とは別の異様な空気が流れている。
「何の話だ?」
「しかも、お前‥‥風呂を覗いただと?
お前の死神は死んだな! そんな幸運、らしくないにも程がある」
ビシッとラリーを指差す夜十字。
どうやら、先日ラリーがアン・ジェリクのシャワーシーンを見てしまった事を言っているようだ。若い女性のシャワーシーンを拝めるなんて、『死神の玩具』と呼ばれたラリーは死んだ、と言いたいようだ。
「お前‥‥何言っているんだ?」
「俺は‥‥俺は、未だに貧乏神が憑いているというのに、不公平だ」
「え? 何かおごってくれるの?」
ラリーと夜十字の間に芹架・セロリ(
ga8801)が割り込んできた。
夜十字が言う貧乏神というのが、このセロリだ。
「何でもない」
「あ、そう。
あ、ラリーたん。会えるの、セロリとっても楽しみにしてたんですよ?」
実際、ラリーとセロリが同じ依頼となるのは久しい。
「お、おう。久しぶりだな」
「だから、今日も何かおごってください」
「は?」
突如、セロリは食事を要求。
以前ラリーが食事をおごって財布が空にされた悪夢が蘇る。
「俺は金がないんだよ! お前におごってやれる金があれば、俺は‥‥」
「ところで、アンさんは何処? ご挨拶しておかないとね」
「話を最後まで聞けよ。あいつはどうせ‥‥」
「シャワー中、とでも言いたいの?」
ラリーの背後からアンの声。
そして、後頭部に当たる堅い感触。
アンの口調に怒気が孕んでいる事に気付いたラリー。後頭部の堅い物がアンの愛用する拳銃「スキンファクシ」である事は容易に予想できる。
「おいおい、何の真似‥‥」
「この間の一件を話題にしていたみたいね。
頭に風穴開けてあげれば、少しは頭も冷えるかしら」
ラリーの耳に、独特の金属音が飛び込んでくる。
おそらく、引き金に人差し指がかかっている。
「ちょっと待て! その話題を出したのは夜十字‥‥」
「うるさい! 問答無用!」
アンは頭に血が上っており、会話が出来る状態ではなさそうだ。
二人の騒ぎを見守っていたユーリ・ヴェルトライゼン(
ga8751)は、思わず大きなため息をついた。
「まったく、戦闘前だというのに‥‥。
今回の依頼も苦労させられそうだ」
●
「それじゃ、ルートを簡単に説明させてもらいますかねぇ」
古河 甚五郎(
ga6412)は地面に地図を広げた。
地図にはバグアに奪われる前のジューンジュヌが描かれている。
「自分らが居るのは街の南西。敵の防衛網は西部から南部の主要道路で警戒線構築済でしょうねぇ」
「そうなると、厄介なのは迫撃砲か」
緑川安則(
ga4773)が呟いた『迫撃砲』という言葉。
この迫撃砲こそ、今回傭兵達が注目したポイントの一つだ。
「ええ。囮部隊が迫撃砲の位置を特定。自分らが襲撃して迫撃砲を黙らせるってぇ仕事ですねぇ」
「なるほどね。
で、他に厄介な事はあるの?」
地図に視線を落としながら、セロリは問いかけた。
「情報によれば、自爆能力を持つ蜘蛛型キメラが居るようだ。
あれは歩く地雷のような存在だ。もっとも、アンが付いているから問題ないだろう」
緑川は日本の千葉を巡る戦いでアンと接点があった。
一度逃げ出した身であるが、傭兵としては決して無能な部類ではない。
だが、緑川の言葉に反して古河の表情は暗い。
「ん? どしたの?
なんか、浮かない顔だけど?」
セロリは、古河に声をかける。
「ええ、ちょいと気になるところがありましてねぇ。
その自爆する蜘蛛なんですがね‥‥」
古河の記憶に、自爆する蜘蛛の存在があった。
以前、ランジット・ダルダ(gz0194)を狙った上、側近だったトリプランタカを騙したバグア――上水流(gz0418)が好んで使役していたキメラだ。
今回の蜘蛛も上水流が関与しているのではないか。
「厄介事は避けたいんですがねぇ‥‥」
古河は、ジューンジュヌの街を見据えた。
●
「我が名はカルブ・ハフィール。
汝らを狩る猟犬なり!!」
囮班のカルブ・ハフィール(
gb8021)は街中央部へと続く幹線道路を北上していた。
「ギシャァァ!」
蜘蛛型キメラ『ギーグ』が、カルブに向かって走り寄ってくる。
「バグア‥‥敵‥‥敵ィィィ!」
黒色の霧を全身に纏った狂戦士カルブ。
ギーグに対してエアスマッシュを発動したツヴァイハンダーを振り下ろす。
「!?」
上から衝撃が加えられたギーグはその場で爆発。
カルブも爆発に巻き込まれ、後方へと弾き飛ばされる。
「無事か?」
弾き飛ばされたカルブへ駆け寄るユーリ。
近寄って練成治療を施し、傷を癒す。
探査の眼で周囲を調べる限り、ギーグらしき存在が物陰に数匹隠れている。囮部隊が派手に動けば、攻撃はより一層激化するだろう。僅かな傷でも癒しておいた方がいい。
「敵‥‥狩る!」
傷が癒え、再びギーグの姿を捜して動き始めるカルブ。
新たな獲物を探す姿は、まさに猟犬そのものだ。
「あの戦い方‥‥。集団で蜘蛛が現れたら危険だ」
夜十字がカルブの戦い方を危惧していた。
蜘蛛に対して正面から大剣を振り下ろしている。これでは蜘蛛の爆発に巻き込まれる。ユーリが居るから回復する事も可能だが、単独行動は危険過ぎる。
「まあ、囮役としては十分じゃねぇか? 目的は迫撃砲発射位置の特定、だろ?」
神妙な夜十字の傍らで、ラリーは暢気に笑ってみせる。
このメンバーなら問題ない、という自信があるのだろうか。
「なら、我々も囮役として頑張って逃げ回ろうか」
天鎧「ラファエル」でその身を包む旭(
ga6764)。
迫撃砲を破壊する班へ情報を送るためにも、可能な限り早期に迫撃砲の場所を特定する必要がある。
そして――旭が待ち望んだ飛翔音が、空高く響き渡る。
「来るよっ!」
アンが、叫ぶ。
飛翔音の後、引き起こされる爆発。
ギーグの自爆よりももっと広範囲だ。
もし、ギーグと交戦中に迫撃砲が炸裂したならば、能力者が危険なのも頷ける。
それでも、旭は余裕を失う事はない。
「せいぜい、頑張ってこっちを狙ってもらいたいね」
●
(さぁ、デリー攻略という地獄の蓋が開きましたわ)
ミリハナク(
gc4008)は、自嘲気味に軽く笑みを見せた。
周囲に人影はない。
砂が風で舞上げられ、他の音は何一つ存在しない。
そのような場所で、ミリハナクは瓦礫の上に身を横たえていた。
手に握られるは、アンチマテリアルライフルG−141。
スコープの中には遙か先で跪くバグア兵。肩を射貫かれ、アサルトライフルを地面へと落としている。何が起こったのかも理解できず、周囲を必死に見回している。
(哀れなバグア。自分の命が既に私の手の中にあると知らずに‥‥)
ミリハナクは、大きく息を吸い込む。
そして、止める。
銃身を固定し、バグア兵に狙いを定める。
引き金にかけた人差し指、少しだけ力を込める。
乾いた発射音。
次の瞬間、バグア兵は後方に仰け反って地面へ倒れ込んだ。
ミリハナクの狙い通り、銃弾はバグア兵の額にめり込んだようだ。
(ふふふ。スコープの中で惑い、恐れるバグア。滑稽ですわね)
新たなる力に体を震わせながら、ミリハナクは狙撃ポイントを変更する。
次なる獲物を探し求めて――。
●
迫撃砲の場所を特定する事は、比較的簡単だった。
ミリハナクが斥候らしきバグア兵を早々に始末した事から、バグア兵はギーグが自爆する音に対して目算で迫撃砲を発射していた。
このため、無駄に迫撃砲を撃ち続けた事から位置の特定まで時間は掛からなかった。
「これ以上、弾薬庫に爆薬を撃ち込む真似はさせん。潰させてもらうぞ!」
迫撃砲の砲弾を準備していたバグア兵を緑川が襲撃。
慌てて護衛役のバグア兵がショットガンを片手に駆け寄ってくる。
「こっちも仕事なんでねぇ」
緑川の脇から古河が現れ、瞬速縮地で接近。
獣突でバグア兵を弾き飛ばす。バグア兵の体は後方へ投げ出され、緑川と迫撃砲の間に邪魔する者は誰も居ない。
「これで終わりだ」
緑川は瞬速縮地で迫撃砲横のバグア兵へ接近。
バグア兵が反応する前に側面へ回り込み、イアリスの斬撃を叩き込む。さらに獣の皮膚で強化し肘が後頭部を強襲。その一撃を受け、バグア兵は前のめりで地面へ倒れた。
「いいものって壊したくなるよな。ちょちょいのちょいさーっ」
セロリは、戦闘の隙に迫撃砲の足を小銃「クリムゾンローズ」で撃ち抜いて破壊。
迫撃砲を完全に沈黙させた。
「結果は‥‥まずまずってところですかねぇ」
砂錐の爪で弾き飛ばしたバグアへトドメを刺しながら、古河は周囲を見回す。
今のところバグア兵は周囲に存在していない。
「よっちー、大丈夫かな‥‥」
セロリは、ぽつりと呟いた。
あのメンバーなら危機になる事はないはずだ。
だが、あまりに簡単に進む状況がセロリを不安にさせる。
それは、緑川も同じだったようだ。
二人に向き直り、神妙な面持ちで話しかけた。
「警戒を続けながら陽動班へ合流する。急げ」
●
最後のバグア兵が陽動班によって倒された後。
一人の男が傭兵達の前に現れた。
草履に黒い着物、腰に日本刀を差した侍。
「うん? インドでサムライに会うとは思わなかったなぁ‥‥」
旭は素直な言葉を口にしていた。
だが、その言葉とは裏腹に、警戒心を強めていた。
何が起こるか分からず、周囲の傭兵も侍の出方を見守る。
しかし――その沈黙を打ち破ったのは、カルブであった。
「イ‥‥バ‥‥イバ‥‥イバァァァァ!!」
カルブは咆哮した。
――伊庭勘十郎(gz0461)。
それが侍の名である事をカルブは知っていた。
以前、カルブの大剣を日本刀一本で受け止め、力で押し切った侍。
カルブに、先の戦いの記憶が蘇る。
「グゥゥゥ!! イバ‥‥倒すっ!」
その記憶はカルブの体を取り巻く黒い霧をより一層色濃くする。
だが、前回暴走を諫められたからだろうか。カルブは歯を食いしばり、大剣を握り手を強く握り締めて殺意を制御しようとしていた。
「上出来だ、バーサーカー君。
じゃあ、行くぞ。夜十字!」
「セロリは間に合わなかったか‥‥仕方ない。
足を引っ張るなよ、ラリー」
夜十字とラリーは、背中合わせで伊庭と対峙した。
本来であればセロリとタッグを組んで戦う予定であったが、セロリが戻らない以上、何とかこの場で本隊到着までの時間を稼ぐ必要がある。
「ここで、マジなキャラが現れるとは思わなかったぜ!」
ラリーはアサルトライフルで牽制射撃を加える。
伊庭は体を捻って弾丸を回避。さらに体を回転させると同時に腰の刀を一気に抜き放つ。遠心力が加わった日本刀の先にはラリーの体がある。
「させん」
夜十字はラリーと刀の間に体を割り込ませ、ユニバースフィールドで刀を受け止める。
次の瞬間、夜十字の体は後方へと弾き飛ばされる。
ラリーは、反射的に叫ぶ。
「夜十字!」
「くっ‥‥確かにマジなキャラのようだ」
今までの相手と明らかに異なる存在。
夜十字の受け身が完璧であった為、怪我らしい怪我は見当たらない。
しっかりとした防御姿勢が取れなかった事が、後方へ弾き飛ばされる原因となったようだ。
「大丈夫か?」
「ああ、悪い」
夜十字へ駆け寄ったユーリは、練成治療を施す。
アンも夜十字を心配して後退。伊庭を牽制しながら、治療宙の護衛をするつもりのようだ。
「ああ、傷は大丈夫そうね。でも、あの侍‥‥ちょっとヤバイわね」
アンの言葉にユーリは頷いた。
相手がただ者ではない事は、ユーリにも分かっていた。
だが、如何なる強さを持っている相手でも退く事はできない。
「どうやら、ただの強化人間という訳ではなさそうだ」
聖剣「デュランダル」を構える旭。
それに合わせてカルブもツヴァイハンダーを伊庭へと向ける。
力を合わせて伊庭を止める。
それが二人の覚悟でもあった。
「イバァ!」
先に動いたカルブは迅雷で伊庭へ接近。
エアスマッシュを付与してツヴァイハンダーを振り下ろした。
伊庭はこれに対して日本刀で正面から受け止める。
カルブと鍔迫り合いの形となる。
「もらったっ!」
旭は迅雷で伊庭へ急接近した。
鍔迫り合いの状態から伊庭を急襲。一気に側面から攻撃を仕掛けるつもりだ。下手に躱せばカルブのツヴァイハンダーの二連撃が待っている。
――だが。
「むっ!」
伊庭はツヴァイハンダーを受け流すと、そのまま旭達と大きく距離を取った。
(この流れを読んでいたのか?)
突然距離を取った伊庭に対して、旭は警戒した。
この時、距離を取った理由が旭には理解できなかったが――その理由はこの戦いが終わってから知る事になる。
●
(‥‥見つかった? ‥‥いや、違うわね)
ミリハナクは、アンチマテリアルライフルG−141のスコープで伊庭を再び捉えていた。
旭とカルブが攻撃している間を縫って、伊庭の狙撃を試みていたのだ。
だが、結果は伊庭に躱されてしまった。
(発見された訳じゃないわね。だとすれば、狙撃される可能性を頭に入れて戦っていた事になるわ。そして、狙撃のタイミングを勘で察した‥‥)
ミリハナクは伊庭を、そう分析していた。
獲物としては十分過ぎる相手だ。
(いいわ、私が君を捕まえてあげる)
●
「本隊到着まであと3分!」
周囲にユーリの声が木霊する。
間もなく予定時刻。つまり、UPC軍本隊がこのジューンジュヌへ到着する。
「最後まで気を抜くな。確実に仕留めるんだ」
迫撃砲班の緑川達も合流、伊庭の包囲網は一気に狭まっていく。
だが、この状況下でも伊庭は表情をまったく変えない。
伊庭は焦る事無く、正面の瓦礫に向かって視線を投げかける。
そして――。
「ギシャァァァ!」
伊庭の視線に答えるかのように、周囲にあった瓦礫や廃屋の影からギーグが飛び出してきた。
「まだこんなに隠れてたの!?」
アンはギーグを蹴り飛ばしながら舌打ちをした。
地面に多数のギーグが這い回る状況は嫌悪感を抱かせる。
「ここで逃げるつもり、ですかねぇ」
古河は小銃「S−01」でギーグを狙い撃って爆発させる。
この騒ぎに乗じて逃げるのは、上水流が良く使っていた手段。ならば、あの侍も上水流同様――。
「ま、待てっ!」
「‥‥‥‥」
ギーグの襲撃をSMG「スコール」で撃退しながら、緑川は侍へ叫んだ。
だが、伊庭は言葉を返さない。
ギーグの爆発音が消える頃には、伊庭の姿は消失。
残された傭兵達の前には、UPC軍本隊が姿を現していた。
伊庭は――おそらく傭兵達の前に再び現れる。
デリーの戦いはまだまだ続いていくのだから。