タイトル:ビーカネール激励会マスター:近藤豊

シナリオ形態: イベント
難易度: やや易
参加人数: 6 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2012/01/07 17:16

●オープニング本文


 メトロニウム城壁に囲まれた軍事都市デリーは、バグア勢力が完全に包囲。
 これに対してUPC軍はデリー解放に向けて橋頭堡となる都市を攻略。ついには目標とされていた8つの都市の奪還に成功した。 
 これよりUPC軍はデリー包囲網破壊に向けて大攻勢を仕掛ける事になる訳だが――。

「よくぞ、ここまで頑張ってくれたっ!」
 ビーカネールに駐屯していた部隊を表敬訪問したランジット・ダルダ(gz0194)。
 デリー解放作戦開始前を待つ兵士達に労いの言葉をかけていく。
「大ダルダ、戦いはこれからが本番です。
 あまり甘やかす真似は止めていただけないでしょうか?」
 Maha・KaraのAndhaka隊隊長中山梓は、喜びを隠せない大ダルダを窘める。
「いいではないか。皆頑張った事を褒めて何が悪いのじゃ?」
「敵も不穏な動きを見せています。今、気を緩める訳にはいきません」
 梓はピシャリと言い放つ。
 実際、バグアが支配しているジューンジュヌからの偵察部隊がビーカネール付近に現れる事がある。発見する度に撃退しているが、バグアが包囲網破壊を警戒している証拠だと言えるだろう。
 だが、豪快な大ダルダにとってはあまり気にならないようだ。
「別に出発前の皆を激励するのは悪い事ではあるまい? ここで派手に騒いで本番を迎えても士気は下がらぬじゃろう?」
「そうかもしれませんが‥‥」
「そうであろう、そうであろう。
 そう思ってワシが準備しておいたわいっ!」
 勢いに押される梓。
 それを察知した瞬間、大ダルダは後方に居た従者へ合図を送る。それを受けた従者は次々と食材の入った箱を大量に持ち込んできた。
「これは?」
「皆で楽しく激励会を開催するのじゃ。これはそのための食材という訳じゃ」
 どうやら大ダルダは、訪問先のビーカネールで激励会を開催するつもりで各方面に材料や器具を発注していたようだ。おまけに料理自慢の傭兵にも声をかけてビーカネールで料理を作らせる手筈を整えていたようだ。
「大ダルダっ!」
 思わず叫ぶ梓。
 大ダルダの強引なやり方に声を上げずにはいられない。
 だが、兵士達の頑張りを何かしらの形で労いたいと思う気持ちも理解できる。
「そう怒るな。
 それに物資はもう届けられておるぞ」
 大ダルダに促され、梓は振り返った。
 そこにはトラックで運び込まれるダンボールを運び込む業者の姿があった。
 そのダンボール中には大量の食材が詰め込まれ、その傍らには調理器具が並び始めている。
(手遅れ‥‥)
 状況に気付いた梓は、思わず頭を抱える。
「たまに休んでも罰は当たるまい。
 それに、可愛い娘とスキンシップを取るのも悪くはなかろう?」
「きゃっ!」
 ダンボールを運び込んでいた娘の尻を撫で上げる大ダルダ。
 反射的に娘が叫び声を上げて尻を手で覆い隠す。
「ふふっ、良い反応じゃのう。名は何と言うのかな?」
「は、はい。趙燕子です。大ダルダの依頼で民族側からの支援物資を運んで参りました。チャオとお呼び下さい」
「そうか、チャオと申すか。あとでワシの肩でも揉んでくれんかのう」
 見かけた娘と仲良くなろうとする大ダルダ。
 既に気分は激励会に突入しているのかもしれない。

●参加者一覧

/ 百地・悠季(ga8270) / ミリハナク(gc4008) / ミルヒ(gc7084) / ルーガ・バルハザード(gc8043) / エルレーン(gc8086) / 千桐 慧(gc8526

●リプレイ本文

 インド北部。
 かつて人類とバグアが大規模な戦闘を繰り広げた土地の一つである。
 結果、インドの約半分の領土をバグアが占領。インド北部の都市マールデウはラインホールドより見せしめとして攻撃。死者2000名、負傷者1500名という大量虐殺が発生。さらに東アジア軍はデリー都市周辺部をメトロニウム城壁で囲み軍事都市化を実施したが、バグアはデリーを大規模部隊で包囲。外部との通信も行えない状況となり、完全に孤立してしまった。

 インド北部はUPCにとっても苦い経験をした土地である。
 しかし、現在UPCが優勢。徐々にではあるが、バグア側の攻勢を押し止めて人類側の領土を拡大しつつある。
 ――そして。
 このインド北部奪還を目的とした作戦『デリーの夜明け』が噂され始めている。デリーを包囲するバグア包囲網を破るべく、周辺都市を陥落。UPC軍が進軍を続け、作戦開始が秒読み段階であるという話もある。
 戦いが始まれば、おそらく壮絶なる戦いになるだろう。

 UPC軍の中には故郷へ帰る事の出来ない者も出るかもしれない。
 だが、その戦いの前にほんの一時ではあるが、UPC軍人に癒しの時間を与えたい。
 緊張の糸を解き解し、次なる戦いへ繋がる安らぎを与えたい。
 それが――ランジット・ダルダ(gz0194)の願いでもあった。

「うむ。皆、今日は楽しむが良い」
 UPCが奪還した都市の一つ、ビーカネールの街にて大ダルダは満足そうな笑みを浮かべる。
 行き交う人々。
 肩を組み、これから始まる宴に心を躍らせる軍人達。
 デリー奪還を目指す前に、大ダルダはUPC軍人達に向けた激励会開催を決定。大量の食材や調理器具が業者達に運び込まれていく。
「何を暢気な‥‥。この都市は最前線に程近い事を忘れられては困ります」
 職業傭兵集団MahaKaraの中山 梓は、大ダルダと対象的に不機嫌であった。
 大ダルダは激励会と称してビーカネールでお祭り騒ぎしようとしていたが、このビーカネールはバグア包囲網を打ち破る重要拠点でもある。最前線でお祭り騒ぎする事に抵抗のある梓にとってこの騒ぎが気に入るはずもなかった。
「大ダルダ。聞けば、オセアニア地域に対する部隊展開もUPC軍は準備中と聞いています。このデリー奪還がいつ行われるかはまだ未決定では?」
 梓が激励会について懐疑的である理由の一つは、これである。
 確かに噂ではデリー奪還が目前という噂もある。しかし、東アジア軍を預かる椿・治三郎(gz0196)中将は沈黙を守ったままである。作戦が実施されるならば、準備が開始されてもおかしくはないはずだ。
 梓が聞き及んだところによれば、軍部内にオセアニア地域への攻勢を優先する声もあるらしい。UPC軍が勢いに乗った状態を維持したまま、バグア側の最大拠点となっているオセアニア地域へ攻略を仕掛けるべきだという考えのようだ。
 だが、そうなればデリー攻略は後回しとなる。
 もし、後回しになればバグア包囲網周辺都市を陥落させてきた兵士達の士気は著しく下がる。
 激励会をやっている場合ではない。
 梓はそう考えていた。
 ――だが。
「その点に抜かりはない。
 このインド北部で散ってしまった者達の無念を晴らすため、このワシが必ず作戦を実施させる」
 大ダルダは、胸を張って答えた。
 この言葉から察するに、大ダルダは既に何らかの動きを見せているのであろう。梓にはそれが何か分からないが、大ダルダがこのように言い張るからには成功させる自信があるのだろう。
「そうですか‥‥」
「これ、何処へ行く? 激励会は始まるのじゃぞ」
「防衛部隊の支援に向かいます。会が開催される最中にキメラを登場させる訳にも参りません」
 梓は、踵を返す。
 その後ろ姿を見つめていた大ダルダは髭を弄りながら、軽くため息をついた。
「やれやれ、あれも本当に真面目じゃのう。
 たまに緊張を解かないと先が辛くなるぞ‥‥っと」
「きゃっ!」
 大ダルダは、すれ違い様に少女の尻を撫で上げる。
 驚く少女は手にしていた食材を落としてしまった。
 大ダルダは女性の尻を触る事が長生きの秘訣だと自称している。その証拠に周囲に居る女性の尻を撫でようとする悪い癖は従者にも知れ渡っている。
「おお、尻の具合が見事じゃ。少女よ、名を何と申す?」
「え‥‥あ、はい。
 江紅と申します。激励会を開催されるという事で食材の搬入をお手伝いさせていただいています」
 中国人風の少女は、江紅と名乗った。
 どうやら大ダルダと共に食材や調理器具を運搬してきた従者の手伝いでやってきたのだろう。本来であればビーカネールへ一般人が入る事はできないのだが、大ダルダの手伝いという事で都市に入る事を許されたのだろう。
「そうか、そうか。
 ならば、おぬしも激励会を開催する為に皆を手伝ってやると良い。何か困った事があればワシに言えばよい。かっかっか」
 大ダルダの高笑いが空へ木霊する。
 余程尻の触り心地が良かったのだろうか。
 江は頬を赤く染めながら、元気一杯に答えた。
「はい、皆様のお手伝いをさせていただきます」


「これは‥‥大変です」
 ミルヒ(gc7084)は、大量の食材を前にぽつりと呟いた。
 ビーカネールへ駐留する部隊の為に、激励会へ出す料理を用意しなければならない。人数を考えれば、食材はかなりの量が必要となる。事実、ミルヒの前には広大な食材の山が築かれている。
 ここからミルヒが栄養ある料理を調理しようとしていたのだが、傭兵として戦いには長けているものの、料理については初心者。スパイスを使った煮込み料理ならば料理の腕は関係ない――そう考えていたのだが、肝心の煮込む食材をどれにしようか迷ってしまう程取りそろえられているのだ。
 それでも、調理しなければならない。
 戦いを前に栄養を重視した料理を‥‥。
「ん‥‥っとお、サラダを作りますなの。でも、どんなサラダにしましょうか‥‥」
 ミルヒと同様、メイド服に身を包んだエルレーン(gc8086)も迷っていた。
 エルレーンの方はサラダを作ろうとしていたのだが、メインの料理が決まらない以上、如何なるサラダにするべきなのか迷ってしまう。
 ドレッシング一つを取ってもそうだ。
 タルタルソースなのか。
 サウザンアイランドなのか。
 ポン酢ベースなのか。
 サラダの味わいはそれによって大きく変わる。
 ヒラヒラして普段来ている服と違って落ち着かないエルレーンも、頭を悩ませていた。「その様子だと、二人とも迷っているようね」
 包丁を握るミルヒの傍らから。百地・悠季(ga8270)が声をかける。
 MSI社カンパネラ支社より派遣された臨時アルバイトとしてやってきた百地。
 今回の激励会に人手不足である事を予想。特に肝心の料理は味だけではなく、準備する料理も相当量となる。調理技術に自信のある百地が派遣されるのは当たり前である。
 他の料理人へ指示を出すにも、全体を指揮する『シェフ』というポジションは必要となる。調理技術もある上、インドへ滞在していた経験もある百地の起用は正解と言えるだろう。
「そう、迷っていたの。作る料理について‥‥」
「私はサラダをどうしようかと思っていたの」
「なるほど、無理はないわね。
 ‥‥どう? お互いの料理を手伝うというのは?」
 百地からミルヒに対する提案。
 それは製作する料理をお互いが手伝うというものだ。これだけの食材で大量の料理を準備しなければならないのだ。人手は幾らあっても足りない。人手が不足するる事が明確である以上、お互いが助け合って料理する事は正しい選択と言えるだろう。
「構わないけど‥‥私は料理の初心者。大丈夫?」
「大丈夫。調理課程をはっきりさせて作業分担していけば問題ないわ」
 百地は、優しく微笑み掛ける。
 元々面倒見が良い百地であったが、結婚の後、三ヶ月前に長女を出産していた。その微笑みは面倒見が良い『お姉さん』というよりは、『母親』のそれに近い物があった。
「分かりました。まず、何をすれば良いですか?」
 百地指導の下、二人の挑戦が始まる。


 周囲は激励会の準備で大騒ぎとなっている。
 喧噪――その最中に放たれた弾丸は、ビーカネールへ接近していたニワトリ型キメラの頭部を吹き飛ばし四散させる。
 頭部を失ったキメラは、体を二、三歩歩いたところで前のめりに倒れ込む。
 的確にキメラをヘッドショットで葬り去ったアンチマテリアルライフルG−141の銃口から煙が立ち上っている。
(他愛のない‥‥不完全燃焼という奴ですわね)
 ミリハナク(gc4008)の心は渇いていた。
 正直、激励会よりもデリー解放という大規模な作戦を前にしている状況に心を躍らせている。それでも激励会を楽しもうとしている連中の邪魔をしないよう、サプレッサーで銃声を掻き消してビーカネールへ接近するキメラを始末している。
 だが、――喰い足りない。
 心の中の凶竜は、更なる獲物を求めて声を張り上げる。
 もっと‥‥もっと、食べ応えのある奴を相手にしたい。
 この程度で満足など、できない。
 頭からつま先まで武者震いするような、血が沸騰するような興奮を味わいたい。
 ミリハナクの心にある炎は、完全に燻り続けていた。
(やはり、私は‥‥)
 ふとミリハナクの脳裏に浮かぶ一人のバグア。
 中東、そして酒泉にて邂逅したそのバグアは、ミリハナクの中にある凶暴性を見て『愛しい人』と称していた。混沌と絶望の中に美しさを見いだすバグアから、そのように称される事をミリハナクは『因縁』と捉えていた。
 あいつが、このデリーを見逃すはずはない。
 必ずあいつはこの地に足を踏み入れているはずだ。
 ――ならば。
「見えているかしら? 次は貴方の番ですわよ」
 気付けばミリハナクは、そのバグアの姿を追い求めていた。


 サハーランブル。
「‥‥聞こえましたか?」
「いえ、何も」
 上水流(gz0418)の呟きに、伊庭勘十郎(gz0461)が答える。
 二人が居る場所はサハーランブル内部の小さな部屋。外から何か聞こえるのであれば、それは余程大きな音となる。
 ならば、伊庭の耳にも届くはずである。
 だが、そのような音はまったく聞こえない。
「そうですか‥‥。
 俺には聞こえました。戦いを待ち焦がれた凶竜と呼ばれた子の叫びが」
 上水流は部屋の窓を開け放った。
 空は青く、太陽の光が部屋へと差し込んでくる。
 この空の下に、あの愛しい人が居る。
 デリーを巡る戦いの中で、愛しい人は敵味方関わらずに混沌を呼ぶ。
 そして――多くの絶望の魂を肉体から解き放ってくれる。
 その魂の輝きは、絶望の色に染め上げられてこの世でもっとも美しい。
「待っていてください、愛しい人。
 あなたの出番はもう少し先。檻から解き放たれれば、欲望のままに暴れるのです。
 俺は、その美しい姿を見られれば良いのですが‥‥」
 近い将来、訪れるであろう逢瀬を心待ちにする上水流。
 出会えるのは、戦場だけ。
 だが、その死と隣り合わせの戦場だけで許された出会い。
 その事は上水流をより一層興奮させているのかもしれない。


「そうか、癒し、か‥‥
 戦いの直前、少しでも安らぎたい。当然のことだな‥‥」
 ルーガ・バルハザード(gc8043)は、激励会の趣旨をしっかりと心得ていた。
 デリー解放という大舞台を前に少しでも安らぎを与える。
 それが今回与えられた任務。
 ならば、それに対して最善を尽くすのが傭兵であり、騎士である。
「はっはっは。何なりとご命令したまえ、諸君」
 兵士達の前で豪快に高笑いを見せるルーガ。
 その姿はメイド服。長身でとても美しいのだが、烈火とガードで装備を忘れてはいない。おまけに騎士のプライドがある為か、高見から兵士達を見下ろすかのような言い方だ。
 癒しの対象である兵士達も呆気に取られている。
「どうしたどうした? ほら、ご主人様どもめ。
 頭をなでなでしてやろうか? それともお酒をお酌してやろうか?」
 ルーガにできる精一杯の笑顔を振りまいている。
 どうやら、メイド喫茶の情報を仕入れたルーガがメイドで奉仕したいようだ。一体何処からそのような情報を仕入れて来たのかは謎だが、その結果『騎士道メイド』という新ジャンルを確立するに至った。
「これが『萌え』なのだろう?
 男の夢だろうなの?
 さぁ、遠慮せずにどんと来いっ!」
 語気を強め、目を見開くルーガ。
 騎士らしく、纏うオーラはメイドからかけ離れ、見ている兵士も緊張感に包まれる。
 おそらく、この場に特殊なタイプの兵士が居れば癒す場面もあったかもしれないが、残念ながらそのような兵士は偶然立ち会っていなかったようだ。もっとも、居たとしても『踏んで下さい』『ぶって下さい』というマニアックなご奉仕をルーガがする羽目になっていたのだろうが‥‥。
「ルーガさん、怖い顔したらダメですの」
 料理を運んでいるエルレーンが、ルーガに声をかける。
 エルレーンも同じようにメイド服を着ていたのだが、これもルーガが強制的にエルレーンに着せているからだ。もっとも、エルレーンの登場に兵士が軽く沸き立ったのだが、当の本人はまだ気付いていないようだ。
「‥‥ん、何か妙な視線を感じますの」
「なに!? 敵の襲撃か!?」
 ルーガは烈火を構える。
 その姿は最早メイドから騎士の顔へと戻っていた。
「たぶん、違うと思いますの。
 それより、癒しのためにご奉仕すると言っていたのに、何をしているのですの?」
「私が奉仕してやると言っているのだが、誰も奉仕を希望しないのだ」
「そうですの。難しい事は私にも分からないですの。
 余裕があるのでしたら、一緒に料理を運んで貰っても良いです?」
「わかった」
 エルレーンと共に厨房へ向かうルーガ。
 道すがら、騎士道同様に『癒し』の難しさに頭を悩ませていた。
「‥‥うむ、萌え道もまた、騎士道と同様に茨の道であったか」


「皆さん、食事の用意が出来ました!」
 千桐 慧(gc8526)が兵士達を呼びかける。
 百地が陣頭指揮を執って出来上がった料理の数々に、驚嘆の声が上がる。
 インドらしく、メインはカレー。
 チキンバター、マトン、豆カレー、キーマ。タイのグリーンカレーも準備していた。
 さらに移動式タンドゥールを用いた焼きたてナンやギィを使った香ばしいバターライス。付け合わせのアチャールも忘れてはいない。
 スープはコンソメ、野菜塩、雑炊系、チゲスープを用意した。
 インド人には馴染みがない物もあるが、是非食べて欲しいと百地が調理したものだ。
「皆さん、遠慮無く食べてね」
 百地の声で一斉に群がる兵士達。
 ビールを片手に食べる兵士達から溢れる笑顔から、百地は陣頭指揮を執った料理が成功した事を確信した。
「やはり、レストラン風に料理を仕上げた事が成功したようね」
「レストラン風? どういう事ですか?」
 途中から料理を手伝っていた中国人の江が、首を傾げている。
 それに対してミルヒが答える。
「ナンはインドでもレストランで食べる物。
 一般的な家庭ではチャパティを食べている」
 一般的にナンは小麦粉の生地を発酵させてタンドゥールと呼ばれる釜で焼くパンだ。この釜自体は一般家庭にはなく、ナンはレストランで食べる物。もしくはレストランから持ち帰って食べる物だ。
 一方、チャパティは全粒粉、つまり精製していない小麦粉をそのまま使って発酵させずに焼いた物だ。パンと違って発酵させていない事から別物となる。ちなみに家庭ではタワと呼ばれるフライパンで焼く事が多い。
「そうなんですか‥‥。中国でも私の地方ではカレー屋さんはあまり無いので知りませんでした」
 驚嘆する江。
 もっとも、ミルヒも先程百地から教えて貰ったばかりなのだが‥‥。
 そこへ陣頭指揮を執っていた百地が顔を出す。
「大ダルダがスパイスもちゃんと準備してくれていたから助かったわ。
 本当はもっとカレーの種類を増やしたかったのだけど、今はこれが精一杯というところね」
 大ダルダがスパイスを準備してくれた事から、他のメンバーと共に必要分のスパイスを粉状にするところから始める必要があった。欧米ではカレールーという固形になったスパイスの塊を使う事が多いが、インドでは今でもスパイスを家で潰して使っている。この配合がカレー文化圏における家庭の味という事になるため、百地も必要以上に気を遣う事になった。
 さらに宗教上の理由から野菜のみを食べる者も兵士達の中には多数存在する。
 イスラム教であれば、ラマダーン(断食)の時期でなければハラルという宗教的な儀式を経て食べる事ができる。一方、ベジタリアンとして野菜のみを食べる者も兵士の中には存在する。
 そういう意味ではすべての者が食べられるようにカレーの種類を増やしたかった百地だが、集まった協力者の数から考えれば十分だろう。
「みんな、食べてくれてますの」
「本当に、よかった」
 エルレーンとミルヒが刻んだサラダ、カチュンバルも兵士に喜んで食べられている。
 カチュンバルとは、野菜にライム汁を回しかけて塩・砂糖で味を調えたサラダだ。スパイスを掛ける事もあるが、さっぱりした味わいでカレーとの相性も良いサラダだ。
 ちなみに、料理を手伝ったエルレーン、ミルヒ、江もキーマカレーであれば作れる自信ができた。材料さえあればアクを取る必要もなく完成する一番簡単なカレーがキーマカレーだという事を知る事ができただけでも収穫だろう。
「これでお仕事は完了ね。みんな、後片付けはお願いできる?」
 MSI社カンパネラ支社から派遣された仕事はこれで完了。
 そう感じた百地はその場を離れようとする。
「何処へ?」
 ミルヒは率直な疑問を口にした。
 だが、百地はただ軽い笑みを浮かべるだけで行き先を告げる事はなかった。


 梓は、ただ黙って北を見つめていた。
 激励会での喧噪も耳には入っているが、自分の任務はビーカネールの警備。大ダルダの話では、間もなくデリー解放の作戦が発動される。そうなれば、この地にいる兵士達は再び戦場で戦う事にある。
 中には、この激励会が最期の晩餐となるかもしれない。
 ならば、自分にできる事は彼らを支えてやる事。
 この激励会は、別の言い方をすれば壮行会でもある。
 死出の旅路へと立つ兵士達への壮行会。
 今生の別れとなるかも知れない、最期の会。
 兵士達もそれは理解しているのだろう。だが、彼らの顔は一様に笑みを浮かべている。
 本音では死の恐怖に怯えているのだろう。
 しかし、彼らは理解している。
 彼らが戦うべき相手を――。
 そして、己が成すべき事を――。
「思い詰めているの?」
 背後から、百地が現れる。
 一瞬、体を震わせる梓。
 味方と敵の区別も付かない程、緊張していた自分に気付く。
 そんな梓に気付かない百地は、マイペースで梓に傍らに腰掛ける。
「気持ちは判るけど‥‥余り思い詰めてもなんだからね」
 百地は優しく微笑みながら、梓の横にあった木箱へ腰掛ける。
 その微笑みは、今まで浮かべていた物とはまったく異なる別種の笑み。
 三ヶ月前に母親となった事から出す事のできる慈愛の笑み。
 それは梓に触れる機会の無かった笑みでもある。
「あんたには未来もある。
 希望もある。そして――いずれ生まれてくる命もある。
 だからこそ、あんたの命は無駄にしちゃいけない。
 あんたの心を虐めてもいけない。そうじゃない?」
 おそらく、今の自分に対する説教なのだろう。
 梓は理解していた。
 だか、それを認識させないような百地の言葉。
 あくまでも溢れるような優しさに包み込む、胎内に居るような安心感。
 梓には、今までにない奇妙な感覚だ。
 沈黙を守る梓に、梓は沈黙を守る他ない。
 それでも――百地は梓の心を理解して、改めて笑みを浮かべる。
「無理はしちゃダメ。
 『お母さん』との約束よ」
 それは今の百地に出来る言葉。
 その言葉はシヴァの奥方であるパールヴァティのような女神を彷彿とさせる。
 突然の女神の来訪に、内心戸惑う梓。
 しかし、一方でもう一人の女神が現れる。
「なんだ。これで終わりなの?
 まだ、これからのはずよ。デリー解放なら、この心が満たされる戦いがあるはずよ」
 己に言い聞かせるように、 アンチマテリアルライフルG−141を抱えてミルヒナクが現れた。
 百地とは別の視点で存在する女神。
 殺戮と恐怖の女神、カーリー。
 同じくシヴァの奥方であり、シヴァの根源でもある。
 シヴァの上で生首を持って踊る戦いの女神。
 いずれも同じ女神。
 方向性は違えど、同じシヴァの奥方としてインド神話には存在する。
 相反する存在ではあるが、それもまた別の一面。人間には様々な一面がある。
 それは他人と接するからこそ分かる。
 他人と交わる事から、初めてそれを理解する事ができる。
「‥‥そうだな」
 すべてを総括するように梓はそっと呟いた。