タイトル:ビーカネール制圧戦マスター:近藤豊

シナリオ形態: ショート
難易度: やや易
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2011/12/12 00:47

●オープニング本文


 ビーカネールという都市を巡る争いは、佳境を迎え始めていた。
 UPC軍の攻勢で既にバグアは撤退を開始。ビーカネール内部に残るバグアの掃討戦へと移行していた。
「今回の依頼において新たな傭兵が参加します」
 ジョシュ・オーガスタス(gz0427)が通信機越しにラリー・デントン(gz0383)に情報を伝える。
 ラリーが賠償金を含めた借金を返済するため、ジョシュが専任オペレーターとして仕事を斡旋。報酬の一部を借金返済に充てる事から借金は順調に減り続けている。
 もっとも、飲みに行けないラリーは不満を抱えるばかりだが‥‥。
「へぇ、応援って訳か。
 この都市の幾つかを陥落させればデリー解放へ繋がるんだ。それを見据えて戦いに参加する奴もいるだろうな」
「新たな傭兵は今頃シャワーを浴びている頃ですね」
「ほう」
 ジョシュの言葉を聞いて、ラリーの足がシャワー室のある場所へ向かう。
「何を考えているんですか?」
「何って、決まっんだろ。俺も一緒に入るんだよ。
 一緒に戦う仲間なんだから、裸の付き合いで絆を深めておいた方がいいだろ?」
 シャワー室の脱衣所で衣服を脱ぎ始めるラリー。
 サバイバルベストを放り投げ、タオルを肩に引っかける。
 大事な場所は隠さず威風堂々。
 タオルで隠せば余計に恥ずかしいと考えるラリーは、肉体の全てをさらけ出す。
 惜しむべくは、ここが温泉ではないこと。
 もし、温泉なら日本酒をお盆に乗せて浮かべるところなのだ。
「出直した方が良いと思いますよ」
「今から命を賭けてバグアと戦うんだ。なら、早いうちに仲を深めた方がいいだろうがっ!」
 ジョシュが止めるのをあっさり無視するラリー。
 シャワー室のノブに手をかけると、勢い良く扉を開いた。
「おらっ、俺も入るぞっ!
 同じ戦場で戦う傭兵なら仲良く‥‥!?」
 シャワー室の扉を開いて最初に飛び込んできたのは、新たに到着した傭兵の後ろ姿だ。
 ラリーと比較しても小柄。
 丸みを帯びた体のラインは印象的だ。
 ブロンドの髪は胸部まで伸び、濡れた髪が不思議な色気を感じさせる。
 背中から尻にかけた美しい曲線は、ギリシャ彫刻のような美しさがある。
 ――もっとも、それは男性にはない美しさなのだが。
「あれ?」
 この時点でラリーは何が起こっているのか理解出来ない。
 同僚と思ってシャワー室に入ったのだが、そこに居るはずの傭兵は男性に見えない。
 むしろ、女性に近い。否、どう見ても女性にしか見えない。
「!」
 傭兵はラリーの気配に気付いて、反射的に背後へ振り返る。
 男性には存在しない胸で揺れる膨らみは、やや小振りながらも手の中に収まる程度の大きさだ。
 ここで敢えて明記するが、すべての男を魅惑するその膨らみに大きさは関係ない。
 男にとってその膨らみは、情熱を経て時に爆発的なエネルギーを生み出す事がある。
 ある者においては空想と妄想の産物だと言わしめ、ある者はエミタに新たなる進化を遂げさせる存在だと言い切る。
 だが、一つだけはっきりしている事がある。
 男にとって夢と希望と妄想を内包するその膨らみ――それは女性だけが持つ存在であった。
(‥‥あ、新しい傭兵って女!?)
 事実を知ったラリーは硬直する。
 だが、更に驚かされたのはもう一つの事実であった。
 振り返る女性の顔に見覚えがあったのだ。
「え、アン? だってお前は引退‥‥」
 ラリーがそう言い掛けた瞬間、女性は隠し持っていたナイフを放った。
 シャワー室の湯気を斬り、ラリーへ向かって飛ぶナイフ。
 言葉を言い掛けたラリーだったが、慌てて体を捻って回避する。
「危ねっ!」
 体を捻ったラリーと扉の間に生まれた隙間。
 そこへ飛び込むように小柄な体をねじ込む女性は、脱衣所にあった愛用の拳銃「スキンファクシ」を取り出した。
 そして、躊躇無くラリーへ銃口を向ける。
「ちょ、ちょっと待てっ! そりゃ、洒落にならねぇぞ。そりゃ、お前の裸を見たのは悪いと思うけどよ‥‥」
 『裸』という単語を聞いた瞬間、女性の感情は更に高ぶった。
 羞恥、憎悪が入り交じった女性は、渦巻いていた思念を集約してたった一言を口にする。
「‥‥殺す」


「で、絆は深められましたか?」
 ラリーに嫌味をぶつけるジョシュ。
 既にラリーの顔面は傷だらけ。顔は腫れ、戦いが始まる前から負傷したような状況だ。
「うるせぇ」
「ちょっと、なんであの『死神の玩具』が依頼に参加しているのよ」
 女性――アン・ジェリクは、距離を置いて離れるラリーを指差した。
 どうやら、アンとラリーは昔から同じに参加して戦った間柄のようだ。
「先に依頼へ参加していたのはこっちの方だ。
 大体、お前は引退したんじゃなかったのか?」
「いろいろあって、現役復帰したのよ。
 それより、それ以上近づいたら容赦なく撃ち殺すから」
 ラリーが距離を置いているのも、アンが警戒している為だ。
 シャワー室の一件を考えれば当然と言えるだろう。
「依頼の説明をさせてもらうよ。
 既にUPC軍はビーカネールを攻略中だけど、傭兵達には都市内部で隠れているバグアを掃討してもらう事になっているね。バグアは数名のバグア兵とナパームを背負った犬型キメラが確認されているね」
「ナパーム? なら、都市内部は火事が起こっているの?」
 アンの質問に対してジョシュは爽やかに答える。
「そう。傭兵には火事の鎮火も依頼に入っているからね。
 何か質問は?」
「そうね‥‥同じ依頼に変態が居る場合はどうすればいいの?」
 アンはかなり根に持っているようだ。
 面倒な展開になっているが、それ以上に憂鬱な表情をラリーは浮かべる。
「‥‥あの暴れ馬と一緒とは‥‥おまけに気性は荒いなんてもんじゃねぇぞ。
 ツイてねぇ‥‥」

●参加者一覧

辰巳 空(ga4698
20歳・♂・PN
比良坂 和泉(ga6549
20歳・♂・GD
ユーリ・ヴェルトライゼン(ga8751
19歳・♂・ER
カルブ・ハフィール(gb8021
25歳・♂・FC
常木 明(gc6409
21歳・♀・JG
モココ・J・アルビス(gc7076
18歳・♀・PN
一条 薫(gc7932
21歳・♂・DG
不破 イヅル(gc8346
17歳・♂・DF

●リプレイ本文

 デリー解放へ向けたUPC軍は、激戦の末にバグアを追い詰める。
 ビーカネールの街で戦闘、バグアを撤退へと追い込む事に成功した。
 しかし、ビーカネールの街には未だにバグアが身を潜めている。

「消火急げっ!」
 UPC軍の隊員が、消化器片手に消火活動に当たっている。
 黒い煙を吐き出しながら、灰へとその姿を変貌させる家屋。バグアが放ったキメラ『王虎』の仕業なのだろう。
「‥‥卑劣な、バグア‥‥」
 不破 イヅル(gc8346)は、静かにバグアへの怒りに心を滾らせる。
 誰かが住んでいた街、帰るべき場所を奪ったバグア。
 それに飽きたらず、自分たちが逃走する為にキメラを放って家屋に火を放つ。
 卑劣なバグアのやり方に自然と怒りが沸き上がり、両足に力が込められる。
「バグア‥‥この光景‥‥これ以上、好きにさせる訳にはいかぬ‥‥。
 グォォォ!」
 周囲に響き渡る雄叫びを上げる、カルブ・ハフィール(gb8021
 燃え上がる家屋は、カブルの脳裏にグラナダの光景を蘇らせる。
 家族を殺され、孤独へと追いやられた記憶。
 何もかもが失われ――すべては、灰は灰に。
 眼前の蛮行を止める事すら出来なかった自分。
 バグアへ復讐を誓ったカルブは、ツヴァイハンダーを片手に走り出した。
「‥‥カルブ‥‥」
「彼の想いも理解できます。今は彼を信じましょう。
 我々も出来る事をしなければなりません」
 カルブと同じように怒りを秘める不破に、辰巳 空(ga4698)は冷静な判断を求めた。
 今はこのD地区のバグア捜索。
 バグアを発見した段階で他の傭兵達に連絡、一気に敵を殲滅する。
 消火活動を支援する事も考えれば、可能な限りこの作戦を早期に片付けなければならない。
「‥‥分かった‥‥」
 不破は、小さく頷く。
 その手に握られた双剣「ロートブラウ」の柄が一層強く握られた事を、辰巳は見逃さなかった。
 辰巳は不破の心を察し、静かに闘志を沸き上がらせる。
「行きましょう。この行為、バグアに償わせなければなりません」


「‥‥たくっ!」
 イライラを爆発させて周囲へ喚き散らすアン・ジェリク。
 そのイライラの原因が、ラリー・デントン(gz0383)に裸を見られた事だと知らされた一条 薫(gc7932)は、早くもアンと一緒に班になった事に後悔を始めている。
「イライラするのは勝手ですが、依頼にまで感情を持ち込むのは止めていただきませんか?」
「イライラなんかしてないわよ!」
 アンは一条を怒鳴りつける。
 明らかに苛ついているのは間違いないのだが、その怒りを一条にぶつけられては堪らない。
「この調子で大丈夫で‥‥」
 一条がため息交じりに言葉を吐き出そうとする。
 だが、次の言葉を続ける事ができなかった。
 捜していた存在が視界へ飛び込んできた為だ。
「いました。瓦礫の上に敵と思しき存在が居ます」
 一条の瞳には、大型犬の背中にナパームを発射すると思われる大砲らしき物が備え付けられている。
 明らかに異質。
 それが目標としていたキメラである事は一瞬で分かる。
 リンドヴルムを纏い、椿を構え直す一条。
 だが、その傍らをアンが走り抜ける。
「見つけたなら、さっさと始末するわよ!」
 アンは射程距離まで前進。
 拳銃「スキンファクシ」を構え、照準を王虎へ合わせる。
「だ、ダメです!」
 一条はアンの前へ立ちはだかった。
「なんで、邪魔するのよ!」
「落ち着いてください。敵の背中についているのはナパームです。
 もし、弾丸が敵の背中に当たれば周囲に中身が漏れ出す恐れがあります」
 ナパームの中身が周囲に撒き散らされれば、引火して大火事を引き起こす可能性がある。銃器の使用は避けた方が良いのだが、頭に血が上っていたアンにはそれが分からなかったようだ。
 さらに悪い事に、二人が揉めている隙を王虎が見逃してくれなかった。
「まずいっ!」
 王虎の大砲が自分たちに向いている事を察知した一条は、アンの体を抱えてその場を逃れる。
 その跡地目掛けて発射されるナパーム弾。
 着弾と同時に地面は激しく燃え上がり、近くにあった家屋へ延焼。
 小さな火種が巨大な大火へと成長していく。
「あ、待てっ!」
 アンと顔を合わせた王虎。
 素早い動きで瓦礫の山を駆け下りると、C地区方面へと走り去っていく。
「敢えてもう一度言います。
 『落ち着いて下さい』‥‥今は私情を捨て置いてください」
 一条は敢えて攻めるような言葉を言い放った。
 戦場で冷静さを欠いては、死を呼び込むようなもの。
 生き残る為にも、ここは厳しく言う必要がある。
「‥‥わ、分かったわよ。今は戦いに集中するわ。
 あの王虎、逃がす訳にはいかないもの」


 逃げた王虎が向かったC地区。
 そこでは既にバグア兵を発見した常木 明(gc6409)と比良坂 和泉(ga6549)の姿があった。
 まだバグア兵にこちらの存在を気付かれてはいない。
 物陰に隠れながらバグア兵へゆっくりと近づく。
 敵を奇襲、一気に戦いを終わらせる腹づもりなのだろう。
(‥‥待って)
 明は言葉を発さず、手で移動を制した。
 続けて敵の数をジェスチャーで和泉に伝える。
(目標は一体――挟撃が良いでしょうね)
 和泉にも敵の姿を視認。
 バグア兵を挟撃すべく、場所の移動を開始する。
(UPC軍に追い立てられる形で撤退をしたバグアですか。
 本隊からはぐれて単独行動と考える方が自然です。おそらく、残りのバグア兵も同じ状態でしょう)
 状況を分析する和泉。
 バグアには悪いが、部隊からはぐれた自らの運命を呪ってもらうとしよう。
(‥‥‥‥Goっ!)
 明は、和泉に対してサインを送る。
 それを受けた和泉は、徐に立ち上がり仁王咆哮を発動する。
「!!」
 バグア兵は和泉の存在に気付き、アサルトライフルで応戦。
 和泉はハイペリオンで弾丸を防ぎながら、敵の注意を自分へと向ける。
 弾かれた弾丸が、ハイペリオンを穿ちながら自分の後方へと流れていく。
「今ですっ!」
 和泉は、叫ぶ。
 次の瞬間、明が乙女桜を片手にバグア兵へ奇襲を仕掛ける。
 なるべく、音を立てずに――背後から一気に。
「残念、だったねぇ」
 そっと耳元で囁く。
 明の存在に気付くバグア兵。
 アサルトライフルの銃口を明へ向けようとするが、銃口は明を捉える事ができない。
 下から斬り上げられた乙女桜が、バグア兵の右腕を補足。
 刃は右腕を斬り落とし、アサルトライフルが地面に転がる。
 唯一の攻撃手段を失ったバグア兵。
 だが、傭兵の攻撃は留まる事を知らない。
「行きます。いつも通りに慎ましく‥‥」
 後方から接近していた和泉は、脚甲「望天吼」でバグア兵を強襲。
 右側から放たれた蹴りは、バグア兵の首にヒット。
 バグア兵は無様に地面へ転がった。
「その首、貰った‥‥っ!」
 バグア兵が起き上がる前に、明はバグア兵の上に乗りかかる。
 馬乗りの状態となったバグア兵の首に突きつけられる乙女桜。
 冷たい刀身――明の顔に浮かぶ恍惚な表情と対象的な刃は、バグア兵の顎下に突きつけらる。
 ゆっくりと力が込められる度に、刃は首へと吸い込まれていく。
 吹き出る体液と手に伝わる感触が、明の心をより一層昂ぶらせる。
「‥‥さよなら」
 満足した明は、バグア兵に別れを告げた。
 次の瞬間、渾身の力が込められ、バグア兵の命は明の側で散っていく。
「仕留められたようですね」
 立ち上がる明に、和泉は声をかける。
 だが、これで終わりではない。未だこの街を闊歩するキメラが健在なのだ。
「行きましょう。次の敵はどんな顔を見せてくれるのかしら‥‥」
 乙女桜にこびり付いた血が、ポタポタと滴り落ちている。


 同時刻、B地区。
 和泉達と同様、バグア兵と交戦する傭兵達の姿がそこにあった。
「おらっ!」
 バグア兵が放ったアサルトライフルの弾丸を、ラリーはエルガードで防御。
 弾丸はラリーの体を貫く事無く、明後日の方向へ逸れる。
「‥‥もう、終わりか?」
 気付けば、弾丸の雨がエルガードに当たっていない。
 敵の攻撃が止んだ事に安堵を見せるラリー。
 しかし、ラリーより早くモココ(gc7076)が傍ら一気に飛び出した。
「フフフ‥‥キミの味はどんな味かな?」
 ストライプBSを装備したモココは、軽やかなステップでバグア兵へと接近していく。
 アサルトライフルから放たれた弾丸は、モココに当たらず地面を穿つばかり。
「ねぇ、泣いてみせてよ」
 モココは隙をついて小ジャンプ。
 バグア兵の脇をすり抜けていく形で移動。
 その間にストライプBSの月牙がバグア兵の脇腹を引き裂いた。
 突然の攻撃に跪くバグア兵。
 腕で傷口を押さえるが、血は激しく流れ出る。
「そのまま‥‥そこで止まっているといい」
 ユーリ・ヴェルトライゼン(ga8751)は呪歌でバグア兵の行動を封じる。
 動けないバグア兵に対して、ラリーがガラティーンを片手に接近する。
「おらぁ!」
 突き出されたガラティーンは、バグア兵の顔面へ突き刺さる。
 ビクンッと小さく震えた瞬間、バグア兵は生命活動を停止。
 ガラティーンが引き抜かれたと同時に地面へそのまま倒れ込む。
「どんなもんだ。汚名挽回って奴だ」
「ラリー。それを言うなら汚名返上だ。もう一度汚名を取り戻したいのか?」
 ユーリの指摘にたじろぐラリー。
「え? あ、そうとも言うな」
「今回の一件、アンと何があったかは知らない。俺も詳しい事を聞く気はないが、犯罪はダメだぞ?」
「おい、犯罪ってなんだよ!
 そもそも、あいつがシャワー浴びてたところに間違って入っただけだ。所謂、不良の事後って奴だ」
「不慮の事故、だ」
 アンとの一件について、ラリーの中でも悪かったという想いはあるらしい。
 だが、この調子ではちゃんと謝ったとは思えない。ユーリにとっては世話が焼ける話だが、端から見る分にはギャラリーとして楽しめそうだ。
「は、早く‥‥次の地区へ‥‥」
 ラリーとユーリに声を鋏ながら、モココは足早にA地区へと向かう。
 モココもまた、人々の思い出を灰にしてしまうバグアのやり方に怒りを覚えていた。これも戦争、といえばそれまでだが、戦場で戦う者達は戦争の歯車ではない。
「おい、そんなに急ぐなよ」
 ラリーはモココの後を追う。
 そろそろA地区が見え始めるはずだ。会敵する可能性もあるならば、隠れて移動した方が無難――そういってモココを止めようとしたラリーだったが、その前にモココは足を止めた。
 不審に思ったユーリがモココへ声を掛ける。
「モココ、どうした?」
「‥‥火‥‥」
「あん? 火がどうしたって?」
 ラリーがモココへ問いかけた。
 しかし、ラリーの声はモココには届かない。
 モココには、眼前で燃えさかる巨大な炎から目を逸らせない。
(‥‥なんで‥‥炎が‥‥動かない‥‥‥‥怖いっ!)
 モココは頭を抑えながら、その場へ跪いた。
 明らかに様子がおかしい。
「おい、ユーリ。なんなんだよ、これ?」
「分からない。だが、普通じゃないのは確かだ。
 他の傭兵にも連絡を入れる。このままではまずい」
 周囲を警戒しながら、無線機で連絡を入れるユーリ。
 モココの呼吸は乱れ、瞳には燃えさかる火柱が映っていた。


 D地区を探索していた不破は、カルブ、辰巳と共に王虎と対峙していた。
 おそらく、D地区に炎を放った張本人。
 人々の思い出と共に家屋焼いた相手。
 他の地区へ逃走する前に、この場で敵を仕留める。
 それが不破が受けた依頼内容でもある。
「グォォ! バグアっ!」
 眼前の敵に対して最初に動いたのは、カルブだった。
 迅雷で接近。
 王虎へ肉薄、その勢いをツヴァイハンダーに乗せて足を払う。
 避けきれない王虎を転ばす事はできなかったが、出鼻を挫く事には成功する。
「潰れろ!」
 怯む王虎。
 カルブは渾身の力でツヴァイハンダーを思い切り振り下ろす。
 その場で拉げるように押しつぶされる王虎。
 さらに辰巳が攻撃をたたみ掛ける。
「背中の大砲、邪魔ですね」
 迅雷で移動した辰巳は、王虎の背中に付けられた大砲を狙って朱鳳を薙いだ。
 敢えてタンクを狙わず、大砲部分だけを斬り落とす。
 これで、ナパームによる攻撃はまともな機能を果たす事はできない。
「‥‥逃がさない」
 最大の攻撃手段を失った王虎。
 その眼前には双剣「ロートブラウ」を構える不破の姿があった。
 王虎の瞳に映る不破。
 あと数歩で王虎と間合いへ捉える――その一瞬、不破の姿は消える。
「!?」
 不破の姿を見失った王虎。
 必死に捜す目標が己の側面へ移動している事に気付いていない。
「‥‥終わり、だ‥‥」
 不破は、怒りを込めた双剣を上段から振り下ろした。
 刃は王虎の背中から腹を引き裂き、内臓を外気に晒す。
 ぶちまけられた腸は、体液と共に溢れだす。心の蔵が体液を体内へ送る機能が失われるのは、その数秒後であった。
「仕留めたようです‥‥あ、失礼」
 王虎が死亡したと同時に辰巳の無線機が鳴り始める。
 懐から取り出した無線機を取り出す辰巳。
 その無線機から知らされる内容に、辰巳は息を飲んだ。
「‥‥え、モココさんが?」


「過去の実体験が起因となった外傷体験。一般的に心的外傷、トラウマと呼ばれるものと思われます」
 モココの異常を聞きつけた辰巳は、モココを診断していた。
 本人も気付かなかったトラウマの存在。
 おそらく、あの火柱が過去の実体験を呼び起こしたのだろう。
「今は安静にすべきでしょう」
「そうか。やっぱり怪我した訳じゃないんだな」
 ラリーもほっと胸を撫で下ろす。
 バグアとの戦いで傷を負ったのかと思っていたが、傷らしい傷は見当たらない。何が起こったのかと大慌てしていたのだ。
「まずは一安心ってところ‥‥」
 そう言い掛けた瞬間、ラリーの頭に衝撃が走る。
 後頭部を中心に走る痛み。
 振り返れば、拳銃「スキンファクシ」のグリップをラリーに向けるアンの姿があった。
「あ、アンっ! お前、キメラを追いかけていたんじゃ‥‥」
「キメラは俺達が始末しました。もう大丈夫だと思います」
 一条は、アンと一緒にC地区へ逃げ込んだキメラを倒す事に成功していた。
 情報通りなら、これでビーカネールへ隠れていたバグアは掃討できたはずだ。
「そうか‥‥って、それならなんで俺が殴られたんだ?」
「‥‥‥‥‥‥」
 アンは小声で何かを話している。
 しかし、ラリーの耳にはその言葉が届かない。
「‥‥‥‥‥‥よ」
「は?」
「だから、この一発であんたの事を許してやるって言っているのよ!」
 ラリーの耳元で叫ぶアン。
 その様子を傍目から見ていた一条は、アンが先程依頼に感情を持ち込んで危険を呼び込んだ自分を恥じてラリーを許す気になった事に気付いていた。
「なんなんだよ、一体‥‥?
 まあ、いいや。キメラを倒したんなら火事を消してやろうぜ」
 殴られた箇所を撫でながら、ラリーは火事の発生しているA地区へと歩き始めた。