●リプレイ本文
――成田山、襲撃前。
「‥‥はぁっ‥‥あのっ!
お願い‥‥しますっ! ‥‥はぁっ‥‥はぁっ‥‥うっく‥‥っ!」
無明 陽乃璃(
gc8228)の息が激しく乱れる。
傭兵となって二回目の依頼となっているが、明らかに様子がおかしい。
「大丈夫か?
落ち着け‥‥337拍子で何度もアレ呟けっ!」
無明の傍らで赤槻 空也(
gc2336)が安心させようと呼吸を合わせる。
新人兵舎で後輩となる無明を放っておけない赤槻。
「い‥‥『1、2、3‥‥1、2、3‥‥ご飯が美味しい‥‥1、2、3‥‥』‥‥これ、効きます‥‥ね‥‥」
「大丈夫なの? その子。
それより、何? その呟きは」
無明の様子を心配していたアン・ジェリクが心配そうな視線を投げかける。
「わ、笑うなっ! パニックがどんだけ怖ぇかってなァ!」
「笑いはしないわよ。ただ、戦闘中でパニック起こさない事を期待してるだけよ。
同じ班の二人へ良く言っておいた方がいいわね」
無明と共に行動するのは、辰巳 空(
ga4698)と松田速雄。
囮班が迫撃砲の注意を引いている隙に、二つの強襲班が迫撃砲を襲撃。短時間で一気に制圧しようという作戦だ。無明は辰巳、松田と共に行動するという訳だ。
「私が先行して危険は危険を排除して参ります。二人には後方支援をお願いしたい」
「ふーん、空は平気そうね。問題は、こっちの堅物かしら?」
アンは覗き込むように松田を下から睨み付ける。
一方、松田は何も言わずに黙ってアンを見つめている。
「‥‥‥‥」
「なによ?」
「‥‥民間人は帰れ‥‥」
ぽつりと呟く松田。
感情も込めずに呟かれた一言。
だが、その一言がアンの心に怒りの炎が灯る。
「それ、どういう意味?
あんた、あたしが気に入らないのは分かるけどねぇ。敵視するのも大概にしてくれない?」
いきり立つアン。
だが、松田は黙って踵を返す。
アンに謝罪する気もないらしく、成田山に向けて歩きだした。
「ねぇ。あの二人に何があったの?」
クレミア・ストレイカー(
gb7450)が傍らに居たジャック・ジェリア(
gc0672) に小声で話しかける。
「何でも、成田山攻撃の指示があった時、松田がアンに『民間人は連れて行けない』って言ったらしいぜ」
ジャックは聞いたままの話をクレミアへ話した。
情報では印旛沼の前線基地においてアン一人でキメラを倒したらしい。
そのアンに向かって民間人と言い放ったのだ。
松田は余程の自信家なのか。それとも――。
「松田君も困ったものね。成田山よりも二人の仲も考えないといけないみたい」
狐月 銀子(
gb2552)は、大きなため息をついた。
成田山を攻略すれば、バグアが根城にしている成田空港の戦いが見えてくる。仲違いしている状態では、後々厄介だ。
「みんな、作戦の最終チェックだ」
成田山付近の地図を広げた緑川安則(
ga4773)が傭兵達へ呼びかけた。
「囮班は大通りを直接前進。敵の注意を惹き付ける。強襲班は左右の間道から迫撃砲のある成田山へ近づくんだ」
緑川がペンを指示棒代わりに各班の大まかなルートを指し示す。
「囮班で足回りを持たない者は私のジーザリオに乗るといい。
成田山といえば交通安全の神様なんだがな。これから迫撃砲の砲弾で事故するかもしれないと思うと逆に笑えてくる」
「迫撃砲‥‥これは少々厄介だな。だが、対抗する術がないわけでもないな」
説明を聞きながらルーガ・バルハザード(
gc8043)が呟いた。
「ああ。
ここで迫撃砲を黙らせなければ、成田空港攻略部隊の上へ砲弾の雨が降る事になるな」 成田空港を攻撃するUPC軍の背後から砲弾で攻撃させてはならない。
緑川は早々に地図を畳むと、ジーザリオの助手席へと放り込んだ。
「作戦は以上だ。
開始時刻は1600。夕暮れまでにはすべて終わらせるぞ」
●
「うわ、来たっ!」
緑川の運転するジーザリオの中で、クレミアが叫ぶ。
空に描かれた一筋の光。
その光は放物線を描きながらゆっくりと降下してくる。
成田山の上から放たれた迫撃砲は、早速近づいてくるジーザリオの存在に気付いたらしい。
「歓迎の花火、という訳か」
バグアからの攻撃を見てもクールな態度を崩さないルーガ。
成田山から見下ろされる形となっている以上、容易に発見される事は目に見えている。そもそも自分たちは『囮役』だ。可能な限り派手に動いて強襲班が近づく時間を稼ぐ必要がある。
「頼むから‥‥陸自名物、爆煙富士山とか出来るレベルの奴が迫撃砲運用するなよ。アレが出来るって事は迫撃砲は『狙撃砲』になるんだからな」
緑川は飛来する砲弾を避けるようにハンドルを切った。
かつて富士演習場での火力演習名物となっている迫撃砲の爆煙で富士山を描くようなエースが居れば、このジーザリオは簡単に破壊される。
――ドンっ!
地響きと共に地面が大きく抉られる。
放たれた砲弾はジーザリオの数メートル隣で炸裂。
車内にも大きな揺れが伝わってくる。
「次、来ますよ!」
新たな光を指差すクレミア。
どうやらバグアも暇を与えてくれそうにはない。
「舌、噛むなよ」
緑川は左手でギアを入れ替えながら、ハンドルを左へ切った。
●
「どうやら、今のところは発見されてねぇ見てぇだな」
赤槻は周囲を警戒しながら側道を進む。
時折、爆音が響き渡るが断続的に続いているところを見る限り、囮班は無事のようだ。
「そうね。このまま成田山まですんなり通してくれればいいんだけど‥‥」
後方に銃を向けながら、奇襲に備えるアン。
斥候の情報では敵戦力は少数。迫撃砲さえ止めてしまえば負ける相手ではない。
「‥‥SE−445Rで囮役になってるジャック君から連絡よ。進行方向に敵影は見えず。
何とかなりそうね」
無線機をポケットへ収納する銀子。
ジーザリオとは別に囮役を行っている辰巳のおかげで時折進行ルートの情報がもたらされる。おかげで進軍も順調だ。
「なー、アンタ! あのオッサンどー思う!」
唐突に赤槻がアンへ話しかける。
急な話題の振り方に、アンは驚きを隠せない。
「え? オッサンって、あの堅物の事?」
「そーだよ。どーなんだよ?」
「どうって‥‥。無口で何考えているか分からない。だけど、こうと決めたら譲らない頑固者って感じかしらね」
思い返しながら、松田に対する感想を口にするアン。
あまり好印象ではないようだ。
それに対して赤槻は同調してみせる。
「そーだな! アンタは違って頭柔らかそうだしな!
アンタのが現実分かってンよ!」
「そうかしら?」
褒められているのか分からないという表情を浮かべるアン。
「ああ。
だけど、もっと現実を分かってるすげー人ってさ! ヒト自在に動かすんだよ!
手玉に取って協力させちまうっつかよ‥‥アンタ出来っか‥‥?」
堅物をうまく動かして手玉に取れば成田空港の攻略も上手く行くはずだ。
赤槻はそう言いたいのだろう。
だが、アンは頭を振る。
「無理無理。あたしはそんな器用な人間じゃないわよ」
「だったら、認め合えばいいんじゃないかしら?」
銀子は二人の横から口を挟んだ。
「どういう事?」
「アンが力を示して認めさせようとしているのなら、それは違うわ。
大事なのはこの手で護りたいと思う心。
速雄君が民間人を拒否するのはその護りたい気持ち故だと思うわ」
「言いたい事は分かるわよ。ただ、あの堅物がこっちを認めないじゃない。これじゃ、どうしようもないわよ」
頭を掻くアン。
認められない事に対して苛立ちを隠せないようだ。
その様子を見守った後、銀子は話を続ける。
「じゃあ、共に護る側になりたいって意志を速雄君に伝えたの?」
その言葉を聞いたアン。
同時に何かに気付いた表情だ。
「あっ‥‥」
「その様子だと伝えてないようね」
「銀子、ありがとう。
それ以外にもあの頑固者に伝えてない事があったわ」
アンは再び歩み始める。
成田山で待つ松田の元へ急ぐように。
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空に浮かぶ新たなる光。
迫撃砲の色とは明らかに異なる光。
地面が青白く照らされ、ゆっくりと地面へ落ちていく。
「これでこっちに気付いてくれるかな?」
ジャックの放った照明弾は、成田山で迫撃砲を放ち続けるバグアに発見されたのだろうか。
もし発見されていれば、向こうから返礼があるはずなのだが‥‥。
「罠らしい罠もなし、か。ちょっと拍子抜けかな?」
タクティカルゴーグルで進行先を調べているものの、罠や伏兵の存在はないようだ。
まるで少ない戦力の中で奇襲を仕掛けようとしているようにも見える。
習志野から追っているバグア部隊についての情報は入っているが、交戦する度に敵数が減っているようにもみえる。
もし、これが事実であるならば成田空港で占拠しているバグア戦力はかなり疲弊している事になる。
「連中も必死という訳か‥‥ん?」
ジャックが呟くと同時に空へと伸びる光。
先程の照明弾でこちらの存在に気付いたらしい。
戦力が疲弊しているようだが、そこまで馬鹿でもないらしい。
「じゃあ、こちらも囮役として頑張りますか」
ジャックはSE−445Rのエンジンを始動させた。
●
「敵影、なし。
やはり、敵は成田山で防御を固めるつもりですか‥‥」
進行方向にある山を見上げる辰巳。
緩やかな坂が続いているが、かつて家屋だった物の残骸が周囲に転がっている。足場は決して良いとは言えない。
だが、敵から襲撃を受ける様子はない。
敵も戦力を考えて防衛に努めているようだが、迫撃砲だけで倒せる程傭兵達は甘くない。
「敵は確認できません。皆さん、先を急ぎましょう」
辰巳は振り返る。
そこには、松田と無明の姿があった。
二度目の任務でも緊張が解けていないのだろう。
後方支援で班をサポートするんだと意気込んでいるように見受けられる。
「‥‥無理はするな」
今まで口を開かなかった松田が、無明の肩に手を置いた。
無明を安心させようとしているのだろう。
(は、話しかけられた‥‥)
沈黙を守り続けていた松田が突然話しかけてきた。
この事に無明は任務とは別の緊張に包まれる。
だが、これを機会とばかりに無明は松田へ質問を投げかけた。
「‥‥あのっ! 私もっ! 戦うべきでは‥‥無いんですか?」
「‥‥‥‥」
松田は黙って振り返った。
無明は続ける。
「私にも! い、意志があって戦っています! と‥‥どうしてそんなにアンさんを拒むんですか?」
無明の体は震えている。
過去のトラウマや生来の臆病さが生んだ震えだろう。
しかし、その震えを抱えても無明は聞いておきたかった。
もしかしたら、自分も否定されるのではないのか。
その可能性が浮かぶだけでパニックが起こりそうになる。
「‥‥‥‥お前とあの民間人とは違う」
「ど、どこがですか?」
息を飲む無明。
松田は無明の姿をじっと見据えた後、ゆっくりと口を開いた。
「‥‥お前は傭兵として、戦場に望んで立っているからだ。
‥‥あの民間人は、戦い続ける意志を示していない‥‥再び戦いから離れるつもりなら、戦わない方がいい」
●
「邪魔くせぇ‥‥! どけぇエエっ!」
赤槻の瞬天速がファイアドックとの間合いを詰める。
至近距離まで近づき、犬の顔面に拳が炸裂する。炎を放つ暇すら与えない。
その背後を銀子が竜の翼で通過する。
「迫撃砲を押さえるよ!」
最初に成田山へ到着したのは銀子達の部隊だった。
側面から強襲する形になった銀子達は、早々に迫撃砲へと接近する。
しかし、傭兵達の登場にバグア達も防戦を開始する。
「!?」
銀子の眼前を弾丸が音を立てながら通過する。
バグア兵がアサルトライフルを構えている。彼らも迫撃砲を守ろうと必死なのだろう。
だが、傭兵も依頼である以上黙っている訳にはいかない。
「銀子、進めっ!」
後方からハンドガンで援護するアン。
銀子を迫撃砲へ進ませるため、バグア兵を止めようというのだ。
「ありがとう。じゃあ、自分の仕事をしようかしらっ!」
銀子は迫撃砲の傍らに居たバグアを竜の咆哮で吹き飛ばす。
迫撃砲の近くへ居なければ迫撃砲を使用する事はできないはず。
続けて残る迫撃砲のバグア兵を――。
「これ以上、撃たせません」
辰巳が迅雷で迫撃砲のバグア兵へ接近。
握り締めた朱鳳で斬りつける。丸腰のまま後方へ下がるバグア兵。
どうやら、もう一班も到着したようだ。
「‥‥み‥‥皆さん‥‥だ、大丈夫‥‥ですかっ!?」
「来たな! 支援を頼むぜぇ!」
赤槻の声に応えて敵に練成弱体を使う無明。
成田山の戦いは、集結に向かって走り出した。
「言ってなかったわね」
「‥‥‥‥」
背中合わせの状態で敵と退治する松田とアン。
松田はアンの言葉を無視するかのように黙っている。
いつもの光景だ。
アンは構わず想いを伝える。
「成り行きとはいえ、現役復帰するわ。
バグアを片付けなければ、戦いから離れる事は無理みたいだから」
松田に対して傭兵を続ける事をはっきりと口にした。
背中に居る男は確かに頑固で口下手だ。
だが、その心には熱い想いとプライドがある。
ただ、それを伝える術を持ち合わせない不器用者なのだ。
「‥‥そうか」
松田は、たった一言そう呟くだけだった。
●
「敵影確認! 迎撃開始!」
緑川がSMG「スコール」で弾幕を張りながら、ジーザリオで滑り込んで来る。
砲弾の雨が止んだ事から強襲班の攻撃が開始した事を察したようだ。
「花火ごっこはもう終わり、だ」
ジーザリオの扉が開くと同時に、ルーガのM−121ガトリング砲が火を噴いた。
突然の乱入者から放たれる弾丸。
ただでさえ、強襲班の攻撃で疲弊している状況だ。
射線上に敵で反応できる者は居ない。
「とっとと終わらせましょ!」
クレミアも窓から拳銃「ヘリオドール」でファイアドックを攻撃。
腹部目掛けて弾丸を叩き込む。
迫撃砲は厄介だが、近づいてしまえばバグアの排除は簡単だ。
「‥‥おっと、敵は遊んでいる暇もなかったか」
ジャックがSE−445Rが乗り込んで来る頃には、傭兵側がバグアを蹂躙。
圧倒的な火力で蹴散らしている状況であった。
だが、このままジャックも見守っている訳にはいかない。
「じゃあ、さっさとトドメを刺しに行きますか!」
ジャックはSMG「スコール」片手に敵へ近づいていった。
十分後。
傭兵達の圧倒的な力の前に成田山は陥落。
迫撃砲も破壊され、無事にUPC軍の侵攻ルートを確保する事ができた。
無明も二回目の依頼を赤槻に労われている。
「あの‥‥私‥‥足手まとい‥‥じゃない、のでしょうか‥‥?」
「‥‥足手まとい?
‥‥なぁ、勝った方が正義。そりゃ事実さ‥‥。
けど、勝つ為にゃ‥‥力合わせなきゃ‥‥だろ?」
赤槻はそう言いながら、離れて歩く松田とアンを見守る。
松田とアンは相変わらずだ。
だが、見つめ合う目に優しさが帯びた気がする。