タイトル:猟犬たちの哀歌マスター:近藤豊

シナリオ形態: ショート
難易度: 普通
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2010/10/18 07:01

●オープニング本文


 遠くない何処かで、また爆音が木霊する。
 爆音が鳴り響く度に失われるは、命の灯。轟音と共に揺れる地面は、地獄へ魂を導く案内人。消え逝くは――バクアの光か。
 それとも・・・・。
「た、助けてくれっ!」
 若さが未だに残る少年から絞りだされる、魂の叫び。恐怖に顔が歪み、必死に助けを求める腕は宙を舞うばかり。
 UPC軍へ入隊して二週間にも満たない新兵は地面に仰向けとなり、泥に塗れながらも仲間が待つ場所へと這い蠢く。だが、その様をほくそ笑むように取り囲むのは、数体の蜘蛛型キメラ。身動きが取れぬよう、口から白い糸を吐きかけて足を純白に染め上げる。
 自由を奪われた新兵。
 手足をばたつかせようにも、体に巻き付いた糸は荒縄のように強く解ける気配はない。
 命の危機を察して藻掻く新兵。何とか脱出しなければ、間違いなく新兵には死が訪れる。先程まで共に戦った戦友が――数秒で肉塊へと変貌させられたように。
「キぃぃぃシャアアアぁぁぁ!」
 地面で手足をバタつかせる新兵の眼前で金切り声を上げる蜘蛛。それに呼応して、新兵の体を取り巻く蜘蛛達が合唱を始める。
 鼓膜を突き破るような高周波と、空気を震わせる振動が波となって付近に流れだす。耳を押さえることも許されない新兵は、顔を歪ませ苦痛に耐えようとする。
 だが、新兵にはその行為が無駄である事は理解できていた。
 蜘蛛に囲まれた者の末路は決まっている。一匹の蜘蛛の複眼が深紅に染まり始め、周囲に居た蜘蛛の瞳に伝播が始まる。
「スノーホワイトっ!!」
 積み上げられた土嚢を向こうで、共に指導を受けた新兵が叫んだ。
 既に蜘蛛型キメラに囲まれて手遅れかもしれない。しかし、目の前で死の訪れを見守れる程、殺戮者として完成されてもいない。死を目前で抗うスノーホワイト。視線は空へと向かい、生をもぎ取らんとする腕は宙を漂う。
「ブッチャー! UPC軍心得第五条!」
 スノーホワイトを救出するためにアサルトライフルを握る新兵に、バーフィールド軍曹は後ろから声を掛けた。
 日々、軍曹に叩き込まれた習性はそう簡単に抜けるものではない。
 それはキメラの軍勢が間近に迫っていても、己の前に立ちはだかる軍曹の前では変わる事はない。恐怖と規範に護られた新兵は、脳裏にすり込まれた言葉を語り始める。
「Sir 『命令があるまでは持ち場を離れる事なかれ』であります Sir」
「貴様、何故今持ち場を離れようとした?」
「Sir スノーホワイトが・・・・」
 新兵がそう言いかけた瞬間、軍曹は手に握りしめたライフルの銃底で新兵の腹を殴りつけた。
 苦痛と共に歪む顔。思わず新兵はその場に膝をついた。
「スノーホワイト一等兵の救出命令を誰が下した!? ウジ虫以下の貴様は、いつから栄光あるUPC軍に命令する権限を持ったのだ!」
 軍曹の怒号が響く。
 教練指導官としてこの基地へ軍曹が着任した当時からよく見られた光景である。まだ二週間程度しか経過していないが、新兵たちは軍曹に憎しみと怒りを抱きながらもUPC軍兵士として必要な知識を吸収していった。
 だが、その光景はバグアによって崩された。
 軍曹が出立した基地が襲撃されるという情報をキャッチしたUPC軍は基地の防衛に努めていたものの、実際に襲われたのは軍曹が赴任した基地の方だった。近くの基地から数キロ離れたこの場所に押し寄せた蜘蛛型キメラを前に、新兵ばかりのUPC軍は壊滅寸前にまで追い込まれていた。
「うわぁぁぁぁぁぁ!!!!」
 スノーホワイトの一際恐怖に彩られた悲鳴が軍曹に耳に飛び込む。
 その傍らでは蜘蛛型キメラたちの金切り声が合唱を終える。不快な高周波が止み、スノーホワイト恐る恐る耳から手を話した瞬間・・・・。

 ―― ドンっ!
 相撲取りのシコにも似た揺れが周りの人間にも伝わり、軽い地響きが発生する。蜘蛛型キメラは背中に乗せた爆薬と共に四散。周囲に居たスノーホワイトの顔面を粉微塵に吹き飛ばしながら、自爆。それを受けて傍らに居た蜘蛛型キメラは、定められたルールであるかのように次々と自爆。スノーホワイトだった肉体を巻き込みながら爆ぜる。
 己が身を敵から守る術産みだした弱者の智恵。
 だが、そこに残されるのは蜘蛛型キメラだった残骸と、未来ある新兵だった肉塊だけだった。
「・・・・・・・・」
 ブッチャーと呼ばれた新兵は軍曹を睨み付けた。
 明らかにスノーホワイトを見捨てたと言わんばかりの表情だ。だが、兵士として鍛えられて二週間程度の新兵が助けに行ったところで、蜘蛛型キメラの自爆に巻き込まれて死ぬのがオチだ。被害を最小限に抑えるためには、スノーホワイトを見捨てる他なかったのだ。
「貴様らウジ虫以下の存在が、勝手な行動をする事は許さんっ!」
 生き残った新兵に叱咤するかのように、軍曹は改めて怒号を響かせる。
 これ以上、貴重な未来のUPC軍士官を失う訳にはいかない。
 何らかの手立てを立てなければ全滅は免れない。軍曹は固い握り拳を作りながら、残り少ない新兵たちに屈辱ともいえる命令を下した。
「総員後退! 宿舎へ立て籠もり、最後の抵抗を試みる!
 UPC軍の猟犬としての生き様をバグアたちに見せてやるのだ!」

●参加者一覧

井筒 珠美(ga0090
28歳・♀・JG
番 朝(ga7743
14歳・♀・AA
赤崎羽矢子(gb2140
28歳・♀・PN
レナード・ショーン(gb8511
34歳・♂・EP
兄・トリニティ(gc0520
24歳・♂・DF
ホキュウ・カーン(gc1547
22歳・♀・DF
アリス・レクシュア(gc3163
16歳・♀・FC
秦本 新(gc3832
21歳・♂・HD

●リプレイ本文

●突貫!
 蜘蛛型キメラの侵攻スピードは、予想以上に早かった。
 8本の脚が機敏に動き、基地の内部へと侵入していく。スピードそのものはそれ程早い訳ではないが、自爆という攻撃手段は油断できない。ましてや、蜘蛛型キメラに経験も技術も未熟な新兵達が倒す事は容易ではない。
 だからこそ、UPC軍基地は危機的状況を迎えていた。
「これ以上、好きにやらせんっ!」
 井筒 珠美(ga0090)のジーザリオが、ドリフトしながら滑り込んでくる。
 蜘蛛型キメラが自爆によって作り上げた爆発痕の手前で停車。運転席から飛び出した珠美は、爆発痕を塹壕に見立つつスナイパーライフルを構えた。
 飛び込んだ穴の側では、赤黒い肉塊がこびり付いていた。おそらく、自爆に巻き込まれた新兵の肉片だろう。それがかつては人間を形成したものだったと考えるだけで、珠美は蜘蛛型キメラへの怒りを蓄積させていく。
「蜘蛛型キメラに爆弾を背負わせて特攻させる対人特化型ですか。量産できるキメラだとすれば有効ですが、敵に回すと厄介です」
 戦場の真っ直中でもホキュウ・カーン(gc1547)は冷静に状況を分析する。
 自爆という行為は想像以上に強力だ。なにせ、自爆する側は最初から死ぬ事を前提にしている。本人が一番効果的と思われる場所や機会を狙って自爆すれば良いのだ。逃走の必要もないので、退路を考える事もない。
「護るべきは宿舎と武器庫‥‥時間との勝負になりそうですね」
 数十メートルで群れを形成する蜘蛛型キメラを秦本 新(gc3832)は、じっと見つめる。あの蜘蛛型キメラが一斉に爆発すれば、地面にクレーターどころでは済まない。もし、武器庫が爆発に巻き込まれれば、この基地は完全にトドメを刺される事になる。
「そうだな。俺は武器庫へ向かうとしよう」
 蛍のような光で発光する世史元 兄(gc0520)は、新と同じ事を考えていたようだ。仮に宿舎に立て籠もるバーフィールド軍曹と新兵たちと合流しても、武器庫を破壊されればジリ貧になる事は必至だ。
「やれやれ。こういうのは俺の管轄じゃ、ないんだがねぇ」
 草臥れたカーキ色のコートを羽織るのは、レナード・ショーン(gb8511)。
 元警察官であり、傭兵となった今でも刑事魂を忘れる事はない。今回の依頼で軍と警察の奇妙な類似点を直感時に感じ取っているようだ。
「蜘蛛型キメラは銃や剣で攻撃すれば爆発しますが、殴る程度では爆発しないようです。私は蜘蛛を蹴散らして軍曹たちと合流致します」
 狐の耳と九つの尾を持つアリス・レクシュア(gc3163)。
 殴る程度であれば誘爆はしない。つまり、蜘蛛を殴り飛ばして身動きが取れないうちに銃や剣で攻撃すれば比較的確実に仕留める事ができる。数が多い蜘蛛型だけで、一体一体はそれ程強い訳ではない。
「武器庫は‥‥基地の奧にある。ここからだと右から回り込んだ方が良さそうだな」
 到着前、事前に基地内の地図を入手していた番 朝(ga7743)。
 虫型キメラに執着心を持つ番は、今回の依頼でも例外ではない。世史元と共に武器庫で蜘蛛型キメラと対峙する気のようだ。
「新兵を救出なら、宿舎まで走り抜けた方が良さそうだね」
 赤崎羽矢子(gb2140)は、SE−445Rから降りる。
 本来であればSE−445Rで一気に宿舎まで駆け抜けるところだが、蜘蛛型キメラの自爆にバイクが巻き込まれて転倒する可能性がある。転倒してバイクを立て直す時間を割く事が惜しまれる状況なら、他の傭兵たちと共に宿舎へ向かった方が良いと判断したようだ。
 武器庫と宿舎。
 それぞれの受け持ちは決まったようだ。あとはそれぞれの受け持ちに分かれて行動を開始すればいい。
「決まったようだな。それでは‥‥状況開始っ!」
 珠美はスコープで捉えていた蜘蛛型キメラに向けてスナイパーライフルの引き金を引く。
 爆ぜる蜘蛛型キメラ。
 作戦開始の合図を知らせるかのように、爆音が辺りに響き渡った。

●武器庫前の攻防
 武器庫へ向かったのは世史元、番、ホキュウの三名。
 自爆という攻撃方法を持つ蜘蛛型キメラだが、所詮は蜘蛛。知識はそれ程高くはないため、手近な建物や人間に向かって自爆を試みる事しかできない。そのため、武器庫を捜索するという行為は取る様子はないようだ。
「嫌だねぇ、こういう手合いはやりにくくて仕方ない」
 武器庫から2メートル程の距離を置いた世史元は、溜息をつく。
 知識がないという事は感情が乏しい、つまり死や不安を抱かない。だからこその自爆攻撃なのだろうが、言い換えれば攻撃に躊躇がない事を意味している。
 もっとも、やりにくいと語る世史元だが、その顔には軽く笑みを浮かべている。
「弾薬誘導は避けないと。基地の補修予算、弾薬調達予算が倍増しちまう」
 ホキュウは手にしていた超機械「マジシャンズロッド」を振りかざす。
 眼前に居た蜘蛛型キメラに向かって電磁波が放たれ、一体の蜘蛛型キメラを捉えて爆発を引き起こす。数が多い事から、攻撃は当てやすいようだ。
「‥‥‥‥‥」
 髪が伸び深緑となった番は、樹で蜘蛛型キメラを掬い上げて上空へと放り投げる。
 覚醒した番は無言、無表情で人形のような振る舞いとなる。事前に聞いていた世史元とホキュウだが、本当に人形ではないかと感じてしまう。
「あれを狙えばいいって訳か。なら‥‥鳳仙花っ!」
 重力に従って落ち始める蜘蛛型キメラ。
 世史元は他の蜘蛛型キメラを巻き込める程度まで引きつけ、苦内を壱式で弾く。

 ――ドンッ!
 苦内は蜘蛛型キメラの背中へ突き刺さり、爆発させる。
 その爆発に誘爆する形で落下地点に居た蜘蛛型キメラも爆発。地面には大きな穴が出来上がり、周囲は火薬の臭いで充満する。
「こんだけ派手に爆発すると、花火だな」
 多くのキメラを巻き込めた事に満足げな世史元。
 だが、蜘蛛型キメラの脅威は自爆という攻撃方法に加えて、人海戦術がある。
「早く消えちまいな! とっとと仕事を終わらせたいんだよ!」
 愚痴混じりに吐き捨てるホキュウ。
 普段は冷静だが、覚醒したホキュウは豪快な戦術を好むようになる。派手にマジシャンズロッドを振るい、電磁波で次々と自爆させる。
 だが、そこに一瞬の油断が生まれる。
 電磁波を当て損なった蜘蛛型キメラが、ホキュウに向かって白い糸を吐き出す。マジシャンズロッドを握る腕に巻き付いた糸は荒縄のように食い込む。
「ちっ!」
 電磁波で攻撃したいところだが、握っている腕を糸で巻き取られているために攻撃を当てる事が難しい。蜘蛛型キメラは力任せに地面へ引き倒し、ホキュウの側で自爆を狙うつもりのようだ。
「‥‥‥‥‥」
 番はホキュウの腕を引く蜘蛛型キメラへ向けて小銃「S−01」を撃った。
 即座に爆発する蜘蛛型キメラ。突然腕を引く力が失われ、地面へ転ぶホキュウ。
 蜘蛛型キメラは人海戦術を使うかもしれないが、傭兵たちも一人ではない。このような修羅場は既に何度か経験している。
「そろそろ終わらせるか。これでも喰らえ!!」
 世史元は蜘蛛型キメラに向けてソニックブームを放った。
 壱式から生み出された衝撃波は数体の蜘蛛型キメラの体を貫き、爆発させる。爆音が終わる頃には、周囲から蜘蛛型キメラの存在は消え失せていた。
「武器庫は護りきったようだ。あとは宿舎の方か‥‥」
 残る防衛対象は宿舎。
 新兵や軍曹が立て籠もる場所。
 ホキュウは問題ないと信じながらも、トランシーバーを懐から取り出した。

●戦闘という名の技術
「自爆キメラとは、作った奴はかなりの悪趣味だな」
 宿舎に殺到した蜘蛛型キメラを獣突で蹴り飛ばす羽矢子。
 蹴られた蜘蛛型キメラははじき飛ばされ、ピンボールのように他の蜘蛛型キメラへと衝突する。
「邪魔ですよ。こちらは急いでいるんです‥‥どけっ!」
 PR893「パイドロス」を身に纏った新は、小銃「フォーリングスター」で倒れたキメラを一掃。次々と爆発が起こる中、その爆発に気を止める事なく走り抜ける。
 目指す先は宿舎。
 何としても、新兵たちと合流しなければ。
「助けにきました! キメラは私たちが倒します!」
 アリスは宿舎の扉を叩いた。
 邪魔のキメラだけを優先して倒し、辛うじて宿舎までたどり着く事に成功した。傷らしい傷を負っていない事も幸運と言えるだろう。
「UPC軍の援軍か!?」
 鉄扉越しに低い男性の声が木霊する。
 声だけで性格の激しさを感じる。この声の持ち主がバーフィールド軍曹なのだろうか。
「UPC軍、ではないな」
 鉄扉が開かれ、中からキャンペーンハットを被った一人の男性が現れる。
 アサルトライフを手にして新兵に最期の戦闘を試みようとしていたバーフィールド軍曹である。
「あなたが、バーフィールド軍曹ですか?」
 宿舎に背を向け、背後から近づく蜘蛛型キメラを警戒している新。
「そうだ。貴様らは‥‥傭兵か」
「ええ、そうなります。ご期待とは違う援軍で申し訳ないんですが」
 新た同様、拳銃「ライスナー」で背後を警戒するレナード。
 宿舎へ走り抜けた事を考えると、そろそろ蜘蛛型キメラの群れがこちらへ向かって走り寄ってくるはずだ。宿舎への突入を防ぐためには、宿舎前で蜘蛛型キメラを迎え撃った方が良いだろう。
「Sir、自分への戦闘許可をお願いします、Sir!」
 バーフィールドの背後から新兵らしく少年が懇願する。
 うっすらと頬に涙の後らしき輝きが見える。おそらく、蜘蛛型キメラに同僚を殺されたのだろう。
「貴様、俺に逆らうのか?
 貴様のような両生類のクソを集めた程度の価値しかないお前達が行っても邪魔なだけだ。宿舎の端で親指でも加えていろ!」
「Sir、しかしながら‥‥」
 尚も食い下がろうとする新兵。
 そこへ珠美が体を滑り込ませるように割り込んだ。
 新兵の襟首を掴み、壁に体を叩き付ける珠美の瞳は覚醒で紫色に彩られているが、何処か昏い。
「自分が行けば、死なずに済んだなんていうのは思い上がりって言うんだよ。坊主っ!」 珠美の怒声が宿舎に木霊する。
 人類反抗期に一時除隊していた珠美。大規模侵攻が始まって多くの仲間を失った自分とこの新兵をダブらせたのかもしれない。
 だが、今は戦闘中。倒すべきは蜘蛛型キメラであり、新兵の襟首を掴む事ではない。その事に気付いた珠美は新兵を離し、軍曹へ謝罪する。
「出過ぎた真似をしました、Sir」
「貴様、かつて軍に居たのか?」
「日本の陸上自衛隊に身を置いていました」
「そうか‥‥。
 戦闘中は感情に流されすぎるな。貴様は、再び死するべき機会を失う事になる」
 軍曹はそう呟くと、アサルトライフルを握って建物外の蜘蛛型キメラを狙い始める。
 珠美も不器用な人間とされるが、軍曹もまた器用な人間ではない。軍人としての生き方以外を知る事はなく、知る気もない。そのため、人として気の利いた言葉を掛ける事ができない。
 ただ、珠美の無念さだけは理解できたようだ。だからこそ、軍人としての言葉を掛ける事ができた。
「あー、悪いんだけど‥‥」
 軍人同士の不器用な会話に、レナードは恐る恐る割って入る。
「なんだ?」
 普段から不機嫌そうに見える珠美だが、この時は感情が入っているためか本当に機嫌が悪そうに見える。
「敵が‥‥来ますっ!」
 アリスは小銃「S−01」を掃射。正面から突撃してくる蜘蛛型キメラにヒット、近づく前にキメラを爆発させる。
 その爆発を乗り越え、後続の蜘蛛型キメラが次々と押し寄せてくる。宿舎へ向かう際、傭兵たちが最短距離で向かったために蜘蛛型キメラは単純にその後を追ってきたようだ。攻撃の的となる可能性も考えずに走っている辺り、知能の低さが窺い知れる。
「馬鹿の一つ覚えが自爆、ですか。
 他のキメラが居たらかなり厄介な相手だったかもしれませんよ」
 小銃「フォーリングスター」を銃口から銃弾が打ち出され、蜘蛛型キメラを爆発させる。一直線に蜘蛛型キメラが攻めてくれている事から誘爆を引き起こし易く、傭兵や新兵たちの銃弾が的確に蜘蛛型キメラを片付けていく。
「こりゃ、宿舎へ一匹も近づけないで終わらせられるかもねぇ」
 余裕の笑みを浮かべるレナード。
 その傍らに居た羽矢子は、レナードの言葉に反応する。
「『かも』じゃない。終わらせるんだよ!」
 一歩前に出た羽矢子。
 内なる力を解放、布のような黒い衝撃波を走る寄る蜘蛛型キメラへと飛ばした。
「ここはお前達の居場所じゃないんだよ!!」
 飛翔する衝撃波は、蜘蛛型キメラを次々と爆発させる。
 真っ直ぐ走る事しか考えていなかった蜘蛛型キメラは、衝撃波を避ける術を知らない。避けられる衝撃波の通過、爆音が十発程鳴り響く。
 
 そして――蜘蛛型キメラが消え、再び基地に平穏が取り戻された。

●兵士への祈り
「貴様らはいずれここを卒業する。
 そして、戦場で死ぬ事となるだろう。だが、忘れるな。死ぬために我々は存在する。
 しかし、UPCは永遠である。故に、貴様らもまた永遠なのである」
 生き残った新兵に向けて、軍曹は力強く語った。
 今回の事件における被害は大きかった。数名の新兵が死亡し、新兵の心に大きな傷を作った。
 だが、バグアとの戦闘が終わった訳ではない。
 彼らはいずれ、ここを離れて最前線へと送られる。この事件を乗り越える事もまた、新兵として必要なノルマと言える。
「しかし‥‥軍隊も警察も根っこは似たようなもんだな」
「なに?」
 レナードの言葉に軍曹は振り返った。
「あ、失礼」
「どういう意味だ。続けろ」
「いえ、軍隊も警察もチームプレイの重要さや誰かを護ろうっていう気持ちが同じだと思ったもんで。
 俺の国には、こんな言葉がある。
 『Wag the Dog』、尻尾が犬を動かす。名も無い俺達の動きが、犬の動きを左右するってね」
 つまり、レナードは軍隊と警察が共通して持ち得る疑問の存在を感じ取っていた。
 個人のための組織なのか。
 組織のための個人なのか。
 誰かを護るために存在する組織ではあるが、その選択によって組織の性質は大きく変わる。果たしてUPC軍はいずれの組織を目指していく事になるのだろうか。
 レナードの言葉を聞きながら、軍曹はレナードの草臥れたコートをじっと見据えている。
「そう思うか。
 だが、覚えておくと良い。敵対しているバグアは強大だ。犬が犬であるためには、時に牙を突き立てなければならない時がある」
 共通項もあるが、相違点もある。
 軍隊、特にUPCは敵対する相手が強く、敗北が許されない。敗北は人類の敗北、つまり滅亡を意味する。UPC軍が人類最後の砦であり、そのために組織は個人よりも優先されなければならない。
 少なくとも軍曹はそう考えているようだ。
「それと‥‥これも覚えておくといい。
 その牙を立てるべき機会を誤った犬は、哀れだ。左目に傷を負った女を見れば、お前にも意味は分かるだろう」