●リプレイ本文
宵闇に包まれた廃墟の病院。
肌に纏わり付くような空気が、気色悪さを演出している。
病院だった場所には人の気配も感じられない。
本来なら、このような場所へ足を踏み入れる事はなかった。
だが、ここを訪れた若い男性ばかりが失踪しているという状況ならば放置しておく訳にはいかない。
勇気ある者達が、事件の調査へと乗り出すのであった。
「ふむ、ココでカレーを食べろと〜?」
携帯用ライスとレトルトカレーを手に、ドクター・ウェスト(
ga0241)は怪しい笑みを浮かべている。
能力者は地球の武器であり、武器が地球の命を傷つけてもいいのかという考えての下、最近はサプリメントで食事を済ませている。明らかに体に悪い食生活であるが、私設研究グループ「ウェスト(異種生物対策)研究所」の所長らしいとも言える。
「でも、何故カレーなのかという点は興味深い。カレーで無ければならない理由があるんだろうねぇ〜」
「その噂ですが、元は単なる恋話のようですわ」
竜王 まり絵(
ga5231)は、ウェストの問いに答えた。
事前に病院関係者を当たって確認したところ、食堂のパートに恋した学生が通い詰めて女性の心を射止めた。その時、学生は毎日カレーを食べ続けた事が切っ掛けで噂が広まったようだ。
「ふむ、他人への羨望が産んだ伝説という訳か。伝播の仮定で尾ヒレが付いたとは思うが、研究する価値はあるかもしれないね〜」
「聞き込みと同時に病院の案内図も手に入れましたわ。これがあれば廃墟を闇雲に彷徨わなくても済むはずです」
まり絵の手には古いパンフレットが一枚。
この病院がまだ病院として機能していた頃に作成された物だ。このパンフレットがあれば、病院の構造を知る事ができる。もっとも、瓦礫で通路が埋まっている可能性もあるため、あくまで昔の姿を知る事ができるだけなのだが‥‥。
「だが、その伝説で失踪者が相応に出ているようだ」
食堂を調べていた天水・夜一郎(
gc7574)が、仲間の元へ戻ってきた。
失踪者がここでカレーを食べていたとすれば、ウェストのようにレトルトカレーを食べていたはずだ。ならば、レトルトカレーを入れていたパウチが捨てられている可能性が高い。
そう考えた夜一郎は食堂を調べた。
結果、捨てられていたパウチは5枚。古い物から新しい物まで様々だ。これのすべてが失踪者の物である保証はないが、この食堂で何か起こっているが予想できる。
「伝説と失踪に関係性がないとすれば、何らかの存在が食堂に出入りしているかもしれない」
「ほぅ、つまり天水君も異種生物の仕業だと考える訳だね〜」
ウェストはスプーンで掬ったレトルトカレーを口へと運ぶ。
この行為が異種生物をおびき寄せる方法だと信じて。
「しかし‥‥モテて何か良い事ってあるのかな?」
鍋に入ったカレーをスプーンで撹拌しながら、終夜・無月(
ga3084)が呟いた。
ここに訪れて失踪した青年達が聞いたら、三秒で襲い掛かってきたであろう台詞をあっさりと言い放つ。
だが、その言葉をあっさりと聞き流してしまうのではないかと思われる程の状況が、食堂のテーブルに広がっていた。
「終夜様、それ‥‥」
まり絵が指差したのは、終夜の前に盛られた料理の数々であった。
スパイスと絡めてグリルされたタンドリーチキン。
季節の野菜を豆の粉を使ってあげたパコラ。
そして、カレーと別のフライパンからは円盤状のロティが焼かれている。
「スパイスの香りに誘われているなら、本格的な料理の方が良いと考えた。おかしいかい?」
「‥‥いえ」
夜一郎は、思わず目を背ける。
その背けた視線の先で、怪しい影を捉えた。
暗闇の中でぼうっと浮かぶ大きな体。肩口らしき部分が揺れた事から、その影が移動している事は間違いない。
「誰だ!?」
夜一郎は、影の姿を一目して後退。
それも瞬天速で後退している時点で、何かしら怪しい雰囲気を感じ取ったのだろう。
「誰か、だと?
我はバラゾック。漢を極めし者なり」
金色の文字で「漢」と書かれた褌を着用したバラゾック。
暗闇で無くても怪しい漢は、ついに姿を現した。
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「ふふ、今日は美味しそう‥‥いや、良き男性が三名か。
おぬしら、モテたいか?」
バラゾックは唐突に問いかけてきた。
どうやら、今までの青年達にも同じような問いかけをしていたようだ。
「いや、別に」
「俺も‥‥」
終夜と夜一郎は、バラゾックへ冷たい態度を取った。
特に夜一郎は、身近な姉しか目に入っていない極シスコン少年。男の浪漫や恋人ができない寂しさが理解できていない様子だ。
だが、ウェストの対応は少々異なっていた。
「ふーん、バラゾック君は『漢』という種族なのだね〜?」
「ん? そうだ。
我は漢。人知を超越した、至高の存在なり。貴様は?」
腕組みをしたまま、力強さをアピールするバラゾック。
それに対抗するかのように、ウェストは高らかに答える。
「不屈の眼鏡にして最強の凶禍学者、怪人ウェストだ〜。
我が輩は、漢という異種種族に興味がある。漢ならば、シェイドにもゼダ・アーシュにも撃破できるというのかね〜?」
「無論。漢となれば、世界の理が変わる。
さぁ、我が輩がその標となってやろう。こっちへ‥‥」
ウェストの腕を掴んで引っ張ろうとするバラゾック。
だが、その言葉を言い掛けた瞬間、バラゾックの股間へ激痛が走る。
「痛っ!!」
「見つけましたわ、変態さん!」
バイブレーションセンターでバラゾック襲来を察知していたまり絵は、物陰に隠れて機会を窺っていた。
そして、好機を察知したまり絵がスコーピオンでペイント弾を発射。見事、バラゾックの股間にペイント弾が的中したという訳だ。
「貴様は女かっ! ええい、漢だけのめぐりあい宇宙を邪魔しおってからにっ!」
怒り心頭のバラゾック。
だが、どういう訳か息を荒げつつ、頬もほんのり紅に染まっている。
「逃がす訳には参りませんわ。
さぁ、あなたが連れ去った青年達をどうしたのか教えていただけないかしら?」
「ふん、女に答える舌は持たん!」
どうやら、女性であるまり絵に対してバラゾックは会話する気はないようだ。
フェミニスト団体がバラゾックの姿を見れば、抗議殺到間違いなしの存在だったらしい。
「‥‥行方不明者を何処へやった?」
まり絵の代わりに夜一郎が問い正した。
「彼らは漢の道を歩み出したのだ」
目を瞑り、思い返すバラゾック。
漢とは何だ、という教えをベットの上でレクチャーの後、病院を後にしたらしい。その後バラゾックと顔を合わせては居ないが、某風俗系やお姉系の店で働き始めているという噂を聞いていた。
「つまり、彼らは漢の道を極める為、様々な場所で活躍。ついにはモテる事にも成功しているはず‥‥」
「それ、モテているのは女性ではなく、男性にモテているのでは‥‥」
夜一郎が、ぽつりと呟く。
その言葉に反応したバラゾックは、夜一郎へと詰め寄った。
「女にモテたいなど、愚の骨頂。
漢ならば、熱き魂を持って漢と接すれば良い。漢同士、肌を重ねればわかり合える。女人など、道を極める者にとって妨げにしかならん」
女性の社会進出が進む昨今、問題視されかねない発現を繰り返すバラゾック。
ここらで止めなければ、様々な問題を引き起こし兼ねない。
そう感じ取ったのだろうか、終夜が早々に動き出した。
「そこまでだ」
瞬天速で接近した終夜は、豪力発現で強化された拳をバラゾックの頬へとめり込ませた。
強烈な一撃がバラゾックの体を後方へと吹き飛ばす。
「ほぅ、全力の一撃という訳だね〜」
冷静な分析で状況を見守っていたウェスト。
終夜の一撃が漢という生物にどのような変化をもたらすのかに興味を持っているようだ。
しかし、夜一郎には危惧があった。
「でも、もし一般人だったら‥‥」
バラゾックは漢と自称しているが、普通の人間である可能性もある。
もし、普通の人間が終夜の一撃を受ければ、無事で済むはずがない。
「そんな事は関係ない。コイツは死なない」
「何故、そう言い切れる?」
自信を持って答える終夜に、夜一郎は、言葉をぶつけた。
それに対して終夜の答えは、単純明快であった。
「それは‥‥俺の直感だ」
直感。
明らかに異様な風体である者だ。普通であるはずがない。
バラゾックなら、全力で殴っても死ぬ事はない。
終夜の勘が、そう囁き続けてきた。
「‥‥‥‥」
バラゾックの直感通り、壁に空いた大穴からゆっくりとバラゾックが起き上がって来る。
頭から血を流し、歯も何本か折れている。
息も絶え絶えで、立ち上がっているのもやっとのようだ。
吐き出す息の共に、バラゾックは言葉を絞り出す。
「‥‥き‥‥」
「き?」
まり絵は、思わず聞き返す。
バラゾックの次の言葉が気になったからだ。
だが、その興味が数秒後に後悔へと早変わりする。
「気持ちいい〜!!
さあ、次はこの尻へ拳を叩き込むが良い! さあ、早くっ!」
終夜へ尻を突き出して攻撃をせがむバラゾック。
直感通り、バラゾックは死ぬ事はなかった。
だが、強烈な一撃はバラゾックに別のスイッチを入れさせた。痛みを快楽に変換した変態は、新たなる痛みを求めて彷徨い歩く。
「き、気持ち悪いですわ〜!」
まり絵は手にしていたスコーピオンを連射した。
数発の弾丸が、バラゾックの胸板に突き刺さる。
銃創から赤い血が流れ出しているが、バラゾックの顔は不満顔だ。
「だ、ダメだ! その程度では、いきり立った我の心が満足せん!」
漢にして、生粋のドMのバラゾック。
こうなってしまっては、まともな会話も行えない。
「ふふ、漢という異種生物の生命力。調べる価値はありますねぇ〜」
ウェストはエネルギーガンを構える。
新たなる異種生物が如何なる存在であるのかを、徹底的に調べる良い機会にウェストは心を躍らせる。
一方、夜一郎は一人頭を抱えている。
「分からん‥‥男女の好き嫌い‥‥男同士‥‥それに痛みを求めるなども‥‥」
夜一郎にとって、今回の事件は未知なる世界を垣間見た瞬間でもあった。
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「‥‥ああ‥‥いい‥‥」
荒縄で縛り上げられ、天井からぶる下がるバラゾック。
荒縄に食い込む肌は、赤く爛れて痒みと痛みをもたらす。
バラゾックの体重で荒縄が深く食い込む度に、バラゾックの口から気色の悪い息が漏れる。
「うう、最悪の気分ですわ」
気色の悪いバラゾックを見たまり絵は、心を落ち着かせようと病院の廃墟でお茶会を開催。バラゾックから視線を逸らしつつ、ズズっと紅茶の香りを楽しもうとしている。
「『漢の生命力は驚嘆に値する反面、性癖により戦闘能力は落ちる』っと。
実に面白いね〜」
メモ帳にペンを走らせるウェスト。
時折、バラゾックの体を揺らしてやって、痛みに悶える様を確認している。
案外幸せそうなので、バラゾックとしも良かったのかもしれない。
「この後、どうする? 失踪した者達はこの廃墟には居ないようだが‥‥」
「無事が確認できればいい。
あまり気が進まないが、青年達が居ると思われる風俗店をへ行ってみるか」
今後について話し合う夜一郎と終夜。
バラゾックが青年を殺していなかった事は一安心だが、青年達が厄介な店に就職している以上、面倒な事になるような予感がある。
一抹の不安を抱えながら、元凶となったバラゾックへ視線を送る。
「‥‥もっと、もっと揺すってくれ!
荒縄の感触が‥‥感触が‥‥気持ちいいっ!」
当人は、体に降り注ぐ快感を十二分に満喫していた。