●リプレイ本文
●獣王の降臨
異臭を放ち、近寄る者に試練を与えるかのように聳える山。
下から見上げれば、空を覆い尽くすのではないかという錯覚に襲われる。人間が生み出した文明の贅肉が一堂に集められている。
ここはあくまでもゴミや不要品を廃棄する場所であり、人間が住み着くような環境ではない。だが、現実はここに住み着く事を余儀なくされる者も確かに存在する。その境遇を知った多くの人々は住み着いた者たちに同情する。
ましてや、それが――幼い子供であるならば尚更だろう。
「待ち人は見つからない、か」
御剣 薙(
gc2904)はLL−011「アスタロト」を駆りながら、ゴミ山の間を走り抜けていた。目的はゴミ山に隠れる子供たちと機械化キメラ「マグナムキャット」を探す事。
だが、二兎追う者は一兎をも得ず、という格言通り双方を発見する事ができずに居た。発見出来ないのは不運のためなのか。それとも――ゴミ山の放つ異臭に方向感覚を狂わされているのだろうか。
「こうなったら、装着して走輪走行で・・・・」
「まあ、待てよ。見つからないなら、あっちから出てきてもらえばいいんだろう?」
御剣の装着に待ったを掛けるのは、ラーン=テゴス(
gc4981)。
ラーンは DN−01「リンドヴルム」を一旦停車。ゴミ山の傍らに止めたまま、アクセルを目一杯ふかせた。
――ヴァァァァンン!!!
周囲に響き渡るリンドヴルムの吐息。唸りを上げるエンジン音が空気を振るわせて突き抜ける。
御剣は思わず両耳を押さえた。
「ちょっと!」
「怒るなよ。これだけ派手に音を出してんだ。相手がキメラでも直ぐにここまで走り寄って・・・・」
ラーンは口から吐き出そうとしていた言葉を喉の奥に押し込んだ。
眼前にあるゴミ山の頂上からこちらを見下ろすのは大型犬程度の体長を持つ猫。その背中には銃身を持つ機械が取り付けられたマグナムキャットの姿があった。悠然と見下ろすその姿は、御剣とラーンを前にして臆する様子を感じさせない獣王の風格があった。
「もう出やがったか。お早い登場で」
「ラーン君。一つ問題が」
「なんだよ?」
早々にマグナムキャットを発見した事に満足げなラーン。
だが、それに反して御剣の反応は芳しいものではない。
「発見出来たのは良い。だけど、他の皆がここへ集まるまでボクたち二人で抑えるのか?」
御剣が抱いた一抹の不安。
マグナムキャットは通常のキメラよりも強い。機械化という強化手段を手に入れたキメラは能力者でも手を焼く相手だ。それを仲間が助けに集まるまで御剣とラーンの二人だけで相手しなければならない。ある程度の覚悟は必要となるだろう。
しかし、御剣の不安を吹き飛ばすかのようにラーンは大声で吼える。
「抑えられるか、じゃねぇ! 抑えるんだよ!!」
逆立った髪の毛、背中と両腕に浮かび上がった十字の紋様を覆い隠すかのように「リンドヴルム」がラーンの全身を包む。
その様子を見守っていたマグナムキャットは、ゴミ山から一気に駆け降りる。
傭兵とマグナムキャットの戦闘は、今幕を開ける。
●未来の救出
「だ、誰!?」
突然の来訪者にアンネは、ゴミ山に埋もれた土管の中で叫ぶ。
ギュンターの体を隠すように立ちはだかり、目の前に現れた訪問者を強く睨み付ける。
「怖がらないで。私はあなたを助けにきました」
探査の眼でマグナムキャットを探していた小笠原 恋(
gb4844)は、偶然アンネの姿を発見。保護するために声をかけてみたのだが、肝心のアンネは小笠原に対して敵意を剥き出しにしている。
「嫌。そういって私たちを何処かへ売り飛ばすつもりなんでしょう?」
アンネは顔を背けた。
ツンとした口調で強がっているようにも見えるが、体は恐怖に反応している。じりじりと後退りしながら、小笠原との距離を離している。おそらく、この廃棄場から助け出すという名目で子供たちを何処かへ連れ去っている大人もいたようだ。そのような環境に育っていたアンネたちが大人を信用できないのは当然と言えるだろう。
「大丈夫・・・・キメラは絶対・・・・近づけない」
怯えるアンネに安原 小鳥(
gc4826)は優しく声をかける。
おっとりとした口調で安心感を醸し出す小鳥。その安心感に軽く警戒を解いたアンネは、小鳥に質問をぶつけてみる。
「どうして? どうして助けてくれるの? 何か見返りがあるんじゃないの?」
見返り。
アンネの言った言葉が、小鳥と小笠原に強く刺さる。人を疑う事で生き抜いてきたアンネにとって、人を無償で助けるという行為が理解できないのだ。人を助ける事には何か裏がある。おそらく、何らかの見返りを求められるに違いない。子供としてはあまりにも残酷かつ悲劇的な発想だ。
「見返り・・・・ですか。強いて言えば・・・・自分のため、でしょうか」
「欲求?」
「・・・・護ること・・・・それが、私のしたい事なのか・・・・まだわかりません。ですが・・・・今、あなたたちを・・・・護らなければ・・・・後悔します。私は・・・・後悔はしたく・・・・ありません」
ここでアンネを見捨てる事は、自らを悔いる事になる。
悔いるという行為を避けるために、アンネたちを助けたい。
それが小鳥にとっての「見返り」。
その言葉にアンネは黙って俯いている。
「ねぇ、お姉ちゃん。どうするの? ねぇ、どうすればいいの?」
アンネの袖を引っ張りながら、弟のギュンターは甘えた声を出す。
既に鼻声となり、目には涙がいっぱい溜まっている。瞼というダムは間もなく決壊寸前だ。
「ねぇ、お姉ちゃん・・・・ねぇ、ねぇ・・・・う、う、うわわぁぁぁぁん!」
返事をしない姉に、パニックとなったギュンターは思い切り泣き出した。
その様を黙って見守っていた弓削 一徳(
gc4617)は、ギュンターの側まで赴いた。
「おい、泣くな。」
「うわーーーん!」
泣き止まないギュンター。
弓削は、大きく溜息をついた後、その手をギュンターの頭の上に手に置いた。
「聞け。俺は南米でお前たちのような餓鬼共を見てきた。だが、南米の餓鬼共はお前のように一人も泣いていなかった。何故だか分かるか?」
首を横に振るギュンター。
鼻を啜りながらも、弓削の言葉に耳を傾けているようだ。
「泣いても何も解決しないからだ。泣いても今の立場は変わらない。だったら、泣くんじゃねぇ。しゃんとしな」
笑顔を見せる弓削。
普段は不遜で高圧的だが、時折こうした笑顔を覗かせる事もある。この笑顔が相手の心に響く事もあり、ギュンターは実際に弓削の言葉に惹かれ始めているようだ。
「こんなゴミ溜めに、いつまでもゴミ漁りで甘んじるつもりか?
おまえが泣き続ける限り、おまえは一生ゴミ漁りで終わる。それでもいいのか?」
「嫌だ」
「だったら、泣くな。プライドを持て。そして、『判断』できるようになれ。それが本当の大人になるって事だ」
判断。
それが出来るか否か。「男」という存在になれるかが決まるといっても過言ではない。
ギュンターは、気付けばアンネの袖から手を離していた。
「そうだ、それでいい」
満足そうな弓削。
人間誰しも、いずれは大人になる。子供の頃、汚いと思ってきた大人に。
だが、子供の頃に幾らそう思っても、簡単に汚れてしまう事を大人になってから知る事になる。しかし、今のギュンターがそのまま成長すれば、決して汚れる事はない。
弓削はそう感じ取っていた。
「さて、餓鬼共は小鳥に任せるとして。俺たちは・・・・」
「あれ、見て下さい!」
小笠原の指差す方向に見えるは、一発の照明弾。
空を明るく照らし、その目下にはおそらくマグナムキャットの存在を示唆している。
煌々と照る灯りを目の当たりにしながら、弓削は思わずほくそ笑んだ。
「いやがったか。
餓鬼共・・・・おまえ達に本当の大人を見せてやる」
●獣王の最後
時間は少しばかり遡る。
マグナムキャット相手に戦闘を繰り広げる御剣とラーン。その戦闘内容は思いの外、苦戦していた。
「ラーン君」
エンジェルシールドでマグナムキャットが背中から放つマシンガンを弾く。
分厚い鉄板が弾かれる音が木霊する中、ラーンは竜の瞳を使ってマーシナリーソードを振り降ろす。だが、攻撃の気配を察知したマグナムキャットは御剣への銃撃を止め、ラーンに向かって再びマシンガンを放ち始める。
「おっと!」
体を捻って弾丸の雨を躱すラーン。
だが、弾丸の勢いを避けきる事ができず、数発の弾丸がリンドヴルムに包まれた体へ激しく衝突する。
「ちっ!」
舌打ちするラーン。さらに不運な事に弾丸はゴミ山の何かを貫いたらしく、周囲にツンとした異臭を放ち始める。その香りが人体に良くないものである事はすぐに察知できた。
「大丈・・・・」
ラーンを心配して声をかけようとする御剣。しかし、ラーンの心配をする隙を与えないマグナムキャットは、エンジェルシールドにのし掛かる。頭をシールドの上に乗せ、爪と牙で御剣を攻撃する。そうしている間にも、異臭は御剣の周りと取り巻き始めている。体にどのような作用があるのかは不明だが、このままの状態がまずい事だけは間違いない。
「くぅ!」
マグナムキャットの爪がアスタロトの頭部装甲を傷つける。もし、アスタロトを身につけていなければ、頭部がどうなっていたか分からない。
だが、御剣の危機は未だに続いている。
「や、やはり二人だけでは厳しい・・・・か」
「させません!」
マグナムキャットの背後へ回り込んだ麻宮 光(
ga9696)は、イオフィエルをマグナムキャットのマシンガンを振り降ろす。
――ガンッ!
鈍い金属音と共に、麻宮の脇をすり抜けて後退するマグナムキャット。マシンガンの完全破壊をする事は出来なかったが、ダメージそのものを与える事に成功したようだ。
「やっと、到着されましたか」
口を布で押さえながら、御剣はマグナムキャットと距離を置いた。
「おらっ!」
赤木・総一郎(
gc0803)の硬鞭が、マグナムキャットに向かって薙ぎ払われる。
空気を裂きながら振るわれる硬鞭は、着地した瞬間のマグナムキャットにヒット。隣のゴミの山までマグナムキャットを吹き飛ばした。
「那月、照明銃だ!」
マグナムキャットが起き上がる前に、赤木は那月 ケイ(
gc4469)へ照明弾打ち上げを促す。
「へいへい・・・・まったく人使いの荒いねぇ」
那月は上空に向かって照明銃を打ち上げる。
空に高々と上がり、落ちながら燃えさかる照明弾。目撃した残りの仲間にもマグナムキャットの位置を知らせる事ができたはずだ。
燃えて落ち行く照明弾。それを打ち上げた那月に、一瞬の隙が出来る。
「ガウッ!」
ゴミ山から飛び出したマグナムキャットは、その隙を見逃さずに那月へ飛びかかった。瞬間的にスキュータムを間に入れた那月だが、慣性と重力に引かれて押し倒される。あっという間に横倒しになった那月に、マグナムキャットは大口を開く。口の中に見えるは、ロケット弾のものと思われる弾頭があった。ここでロケット弾を放てば、マグナムキャット自身もダメージを受けるはずなのだが、キメラ故にそれが理解できないようだ。
「腹減ってんなら・・・・これでも喰らってろ!」
盾の隙間からマグナムキャットの口内にオニオンスラッシャーをねじ込む。
牙を越えてその奧にあるロケット弾にコツンと当る感触が手に響く。口へねじ込む前に、この後どうなるかは十分理解していた。だが、ここので引かなければこのクソったれキメラを屠る事はできない。
那月はそれでもオニオンスラッシャーを更に押し込んだ。
起爆するロケット弾。爆発が起こると同時に吹き飛ばされるマグナムキャットの体。その爆発に巻き込まれて那月の右腕のゴミ山に打ち付けられる。
「くっ! くそっ!」
痛みを悪態で打ち消そうとする那月。
だが、その犠牲を払っただけあり、マグナムキャットは突然の爆発と痛みでのたうち回っている。
その隙はあまりに大きく、背中のマシンガンは丸裸状態となっている。
大きすぎる的から外すせ、という方が無理な相談だった。
「成敗!」
合流した小笠原はリアトリスを背中のマシンガン付近へ突き立てる。
麻宮の攻撃で弱った所に小笠原の追加攻撃がマグナムキャットの遠距離攻撃を封じる。これで完全にマシンガンは沈黙した。
「やれやれ。大人の良いところを見せなきゃならねぇんだ・・・・外すものかよ」
マーシナリーボウを引き絞って的を狙う弓削。
狙うはマグナムキャット。致命傷を与えられる胸を目標として、矢に力を込める。
そして――矢を握る手を緩める。
弓に力に導かれて放たれた矢は、風を切りながら鏃をマグナムキャットへ突き立てる。
「ぎゃっ!」
新たなる痛みに悲鳴を上げるマグナムキャット。
この痛みに対する怒りを傭兵たちにぶつけようと必死に爪を振るう。
「おっと!」
麻宮とマグナムキャットの間に小笠原が体を滑り込ませる。
「お鍋と天使の鎧の堅さは伊達ではありません!」
アルティメット鍋とセラフィックアーマーに護られた小笠原は完全にダメージを弾く。鍋と羽という少々恥ずかしい格好かもしれないが、防御という面に関しては優秀と言えるだろう。
小笠原が作った隙。ここを逃す手はない。
「終わらせます!」
麻宮はイオフィエルをマグナムキャットの体に爪を突き立てる。機械化といっても、キメラとしての肉体は残ったまま。引き裂くべき肉体はしっかり残っている。
――さらに。
「悪いな。キメラを屠るまでが仕事なんだ」
赤木はフォルトゥナ・マヨールーをマグナムキャットの額に押し当てて引き金を引く。 乾いた音が周囲に響き、マグナムキャットの生命活動はここで終焉を迎える。
●希望の見送り
アンネとギュンターはUPC軍が用意した施設へと連れられていった。
いつまでも廃棄物処理場で生活する事は良くない事だ。それはアンネたちから見れば納得できない事かもしれない。だがそれは、廃棄物処理場という場所に引きこもっているに過ぎない。
彼らには未来がある。
彼らが大人になって世の中を変える力を持つまでには、バグアを地球から追い出さなければならない。それができて初めて、この依頼を完遂できたと言えるのかもしれない。
「ボク・・・・小鳥姉ちゃんみたいな、傭兵になりたい」
ギュンターにしてみれば素直な言葉なのだが、小鳥は素直に喜びとして受け取る事ができない。
傭兵という家業は、子供の目指すべき仕事ではない。そういう意味ではゴミ漁りと変わらないのかもしれない。
小鳥はアンネとギュンターの後ろ姿を見つめながら、複雑な感情を抱いていた。