●リプレイ本文
野原を一匹の羊が、逃げ惑う。
何処へ逃げるかも定める事もできず、ただ走り続ける。
その原因は、空に浮かぶ大きな円盤たち。
光線を発し、木々をなぎ倒す円盤。
羊は本能的に危険な存在だと感じ取っていた。
この場を立ち去らなければ――。
その事を人類へ知らせんが為、羊は一際大きな声で嘶いた。
「お披露目式が実戦かよ。
それともバグアまで見学ってか?」
滝沢タキトゥス(
gc4659)は、格納庫へと急ぐ。
宇宙対応新型KV「アーベントロート」をメディアへ公開する式典で、バグアが会場を急襲。本来であれば簡単な飛行テストだけで終了する予定だったが、急遽バグアとの実戦を披露する羽目になったようだ。
「急いでください、敵は目前まで迫っています!」
通称「ブリ」と呼ばれる整備兵が滝沢を急かす。
既にアーベントロートの出撃準備は完了。
後はパイロットが仕事を遂行するだけの状態となっているようだ。
「へいへい、分かっていますって」
滝沢は、ため息混じりに呟いた。
だが、不安がある事も事実だ。アーベントロートの仕様を一通り説明されているが、実戦は初体験というKVだ。戦いの最中、何が起こるかまったく予想ができない。
もっとも、それは新しいKVならば必ず通るであろう洗礼でもあるのだが‥‥。
「アーベントロート‥‥実にいいKVだ」
滝沢が格納庫へ到着した時、最初にその瞳に飛び込んできたのはアーベントロートの傍らで一人見上げるキムム君(
gb0512)であった。
満足そうに見上げるキムム君。
アーベントロートの説明を受けた際、想像以上のスペックに驚きを隠せなかった。
このKVならば、夢見幻想は更なる段階へと踏み込む事ができる。
その想いが、キムム君に希望を抱かせる。
「おい、眺めるのはバグアを撃退後にしろ」
滝沢は、背後からキムムへ声をかける。
「ふぅ、夢を見させてもくれないか。
じゃあ、そろそろお仕事を‥‥」
キムム君の言葉を遮るように、格納庫中に鳴り響く警報音。
その警報音を受けて、ブリは滝沢とキムム君に待避を促してきた。
「先行のアーベントロートが出撃します。お二人とも、その場から待避してください。
カタパルトの衝撃がきます」
アーベントロートは、一定時間自らのエンジンで飛行が可能である。
今回は専用カタパルトで反動を付けてからの出撃となる。平地からのエンジン発火による上昇よりも効率的な発進方法である。
それでも、パイロットには相応のGが掛かるが‥‥。
「まっかせなさ〜い、大丈夫だって。そんな顔をしないで、ちゃんと壊さないで返すからって」
ユティシア(
gc7637)はアーベントロートの操縦席で、元気一杯。
試作段階のアーベントロートに乗る事ができるとは夢にも思っていなかった。
不安や恐怖よりも、喜びの方が明らかに勝っているユティシアである。
「ユティシア、一番乗りっ!」
ユティシアのその言葉を受けた途端、カタパルトが稼働。
アーベントロートを前面へと押し出され、もの凄い勢いで格納庫の外へと弾き出す。
上空へ飛び出したユティシアは、エンジン点火。
アーベントロートの背部へと付けられた円筒状のエンジンから青白い炎を発しながら、バグアの方へと向かって行った。
「人型で飛ぶというのは‥‥不思議な感じですね‥‥」
BEATRICE(
gc6758)は操縦席のシートベルトを確認した後、前面を見つめる。 緊急事態とはいえ、未だ謎に包まれた部分の多いアーベントロート。実戦中、何が起こるのか想定が難しいという事は、自らの死に繋がる事にもなる。
そこで、BEATRICEはある予防手段を願い出ていた。
「BEATRICEさん。準備完了しました」
通信回線でBEATRICEへ話しかけてきたのは、研究員の六鹿という男だ。
敵情報や機体情報のモニタリングを行い、傭兵達への情報開示をBEATRICEが依頼した事から、研究員がオペレーター役を担う事になったようだ。敵に分布情報や防衛網の穴、援軍の到着時間を知らせてくれるならばこれ程心強い事はない。
アーベントロート製造会社「グラキエース社」が研究員をオーペレーター役に据えたという事は、実戦データを採取する為なのかもしれないが‥‥。
「分かりました、よろしくお願いします‥‥」
「では、時間です。出撃してください。
皆さん全員での生還を祈っています」
40分という長い間、傭兵達は戦わなければならない。
このアーベントロートというKVに命を託して――。
「BEATRICE、行きます‥‥」
●
「アハハ、凄いね。この機体!
もう他のKVには乗れないよっ!」
歓喜の声を上げるのは、クローカ・ルイシコフ(
gc7747)。
空中を自在に飛び回るアーベントロートは、航空形態のKVとは異なった動きが可能であった。
背部のメインエンジン、肩と脚にある制御エンジン――そして、それらを統合制御するのが「フライングバードシステム」のおかげである。
「それっ!」
クローカは、眼前で漂う鳥型キメラに狙いを定める。
「ピーッ!」
突然の接近に慌てた鳥型キメラ。
己の羽を飛ばして迎撃を試みる。
しかし、脚部の制御エンジンを点火させて方向転換。
即座に上昇して、クローカの体を空高くへ舞上げる。
「!?」
鳥型キメラがクローカの姿を見失っている隙に、右腕のグラスクローが上空から襲い掛かる。
「遅いっ!」
グラスクローは、鳥型キメラの胸部を引き裂く。
空を飛ぶ事の出来なくなった鳥型キメラは、血と羽をばらまきながら地面へと墜落していった。
「‥‥凄い! この加速が堪らないっ!」
体に掛かる重圧までも、喜びへと変換するクローカ。
「喜んでいる暇はありませんよ」
クローカの傍らでゴッドアローを構えるイエラナ(
gc7560)。
既に10分以上戦闘を行っているが、キメラの数は増えるばかりだ。
「やれやれ、バグアをさっさと片付けてやりますか」
クローカは、再びアーベントロートを稼働させる。
目指す先は、二機のヘルメットワーム。
「そんな攻撃じゃ、当たらないよ?」
光線を巧みに躱しながら、クローカはヘルメットワームへ接近する。
右腕のグラスクローが再び、高熱を発し始める。
「墜として見せる‥‥」
クローカの後方から、イエラナはゴッドアローの引き金を引く。
大空に乾いた音を響かせながら、弾丸はヘルメットワームの機体へと突き刺さる。
着弾と同時に、爆発。
ヘルメットワームの機体に大きな穴が開く。
「邪魔」
クローカは、残るヘルメットワームの機体にグラスグローを突き刺した。
次の瞬間、二機のヘルメットワームは爆炎に包まれながら地上へと落ちていった。
「張り合いがないねぇ」
「クローカさん、油断しては‥‥」
イエラナの言葉を遮るように、あつ通信が割り込んできた。
その声に、二人は耳を疑った。
「くそっ! エンジンがっ――」
傭兵各機に、焦りと不安が混じったキムム君の叫びが木霊する。
●
時間は、5分程前に遡る。
「この機動、見切れまい!」
アーベントロートの機動性を活かしたキムム君は、メインエンジンをフル稼働。
敵を機動力で攪乱しながら、確実に敵を倒していった。
眼前に居た鳥型キメラへ肉薄したキムム君は、至近距離からゴッドアローを発射。
爆発が鳥型キメラの顔面を吹き飛ばし、肉塊と化した鳥型キメラは重力へ引かれて落下していく。
「この機体‥‥なるほど。捨てたもんじゃないなっ!」
共に行動していた滝沢も、付近に居た鳥型キメラをグラスクローで引き裂いた。
今までと異なるKVの動きは、驚嘆に値する。
だが、滝沢には少々不安な点もあった。
「おい、無理するなよ。想像以上の衝撃が体に掛かっているからな」
滝沢はキムム君に声を掛けた。
機動力を活かす事はアーベントロートの使用方法としては正しい。
だが、細かい軌道変更は、フライングバードシステムであっても完全にGを消すことはできない。戦いで夢中になっている間に、体へ想像以上の負担となっている事も考えられる。事実、通常のKVよりも明らかに疲労度が激しい事に滝沢は気付いていた。
「今、俺達が叩かなきゃ、誰がバグアを叩くってやるんだ。
また見せてやる、霊夢斬!」
キムム君は、再びアーベントロートのメインエンジンを点火させる。
強烈なGがキムム君に掛かる。
接近した段階で、フェイント交じりのグラスクローで一撃を見舞う。
先程から繰り返している戦いだ。
――だが。
今回は明らかに何かが違っていた。
「何だ‥‥これは‥‥!?」
突如、キムム君の操縦席がけたたましい警告音で鳴り響く。
「エンジン出力限界突破! すぐにエンジンカットを!」
六鹿からの悲鳴に似た通信がもたらされる。
どうやら、メーターが振り切れ寸前の異常上昇を知らせる警報が鳴っていたようだ。
「おいっ! エンジンカットだ」
滝沢は、キムム君に呼びかける。
キムム君も慌ててエンジンカットを試みようとするが、速度が上がり続けてGが掛かり続ける状態でエンジンカットが難しい。
操縦桿から握る手は緊張でなかなか離れない。
「くそっ! エンジンがっ――」
キムム君は、悔しさを滲ませる。
「おい、聞こえているのか!? おいっ!」
何度も呼びかける滝沢。
だが、キムム君の機体は狙いを定めていたヘルメットワームを通過。
誰も止める事のできないは、空中で分解が始める。
腕が、足が、風圧によって失われていく。
――俺の夢、俺の希望が死んで‥‥。
キムム君の思考は、そこで停止した。
空には、緋色の軌道を描いた一筋の雲が描かれていた。
●
「これはどういう事ですか!?」
ルシーリの元へ記者からの質問が殺到していた。
無理もない。先程まで人類の希望を託していた機体が、敵の攻撃も受けていないのに空中で分解してしまったのだ。明らかに欠陥を感じさせる状況に、スクープの匂いを感じ取った記者達は、ハイエナの如く殺到する。
「皆さん、落ち着いてください」
ルシーリは記者達へ言葉を掛けると同時に、自分自身にも同じ言葉を繰り返した。
この事故が起こる可能性も想定していたはずだ。ここで事故が起こらなければ、グラキエース社は大躍進間違いなしだったのだ。社長としては、ここは無難にバグアを撃退して欲しかったところだが‥‥。
「社長、質問がございます」
角刈り風の髪型で恰幅の良い一人の男性記者が挙手した。
「はい、所属と氏名からお願いします」
「立花日報のビレッジです。
実は私の知り合いが、ある情報を教えてくれました。
『グラキエース社の新型KVは、エンジンに欠陥を抱えている』、と。
もし、それが事実であれば今の事故に関係しているのではないかと思いますが、如何でしょうか?」
滑舌の良い質問をルシーリへぶつけるビレッジ。
だが、その質問の内容にルシーリは、ビレッジの背後の黒いものを感じ取っていた。
(この男、クイーン社の差し金ね)
新型KVを警戒するのはバグアだけではない。
同じようにKVをリリースするライバル会社も同様だ。何処かからエンジンの障害を聞きつけたクイーン社は、この男を送り込んで新型KVを闇へと葬り去るつもりなのだろう。
「申し訳ありません。記者会見はこちらで終了させていただきます」
一方的な終了を告げるルシーリ。
その冷たすぎる対応に、記者達は思わず立ち上がってルシーリの元へ殺到する。
「社長、回答になっていませんよ」
「逃げるんですか!?」
罵詈雑言にも似た記者達の声。
その場から逃れ、次なる手を考えなくてはならない。
「トキ、記者の皆様へお帰りいただいて」
ルシーリは、黒服に眼鏡をかけたSPへ淡々と命令を下した。
●
「うわーん、どうしよう!?」
キムム君の爆破を目撃して、ユティシアは混乱していた。
六鹿の説明ではエンジンに障害があり、一定時間最高速度を持続した段階でフライングバードシステムが暴走。機体が空中分解するという状況が発生していた。
既に機体の機動力を活かしていたユティシアは、次の爆発するのは自分ではないかと怯え始めていた。
「やはり、このような展開に‥‥。六鹿さん、何か手立ては‥‥」
研究者の六鹿へBEATRICEは相談した。
地上付近からゴッドアローで攻撃を敢行しているが、敵は更に上昇して射的距離外へと逃れてしまう。
「今から皆さんの基地へ戻して再チェックしたいのですが、その間にバグアはこの基地を攻撃するでしょう」
「じゃあ、どうすればいいの?」
悲鳴にも似た声を上げながらも、眼前のキメラにゴッドアローを叩き込むユティシア。
退く事も難しい状況で、棺桶同然のKVで戦わなければならない。
ここで爆死するか、バグアに蹂躙されるか。
いずれにしても、人類として選ぶべき選択肢ではない。
「‥‥‥‥」
沈黙を守っていたクローカ。
突如、アーベントロートを発進させる。一気にエンジンが点火され、アーベントロートは、最高速度で走り出した。
「クローカさん、何を!?」
BEATRICEは、叫ぶ。
それに対して、クローカは相変わらず落ち着いた口調を見せる。
「イカれた機動は得意でしょ? さあ、僕についておいで!」
クローカはヘルメットワームの傍らを通過。
それに応じて残りのヘルメットワームがクローカの後を追って動き出した。
「ダメだよ! そんな欠陥機で‥‥」
ユティシアはクローカを止める。
増援が来れば、アーベントロートは撤退できる。
その増援が来るまでの間、時間を稼ぐ必要がある。そのため、クローカは敵を誘導する為にアーベントロートを再び動かしたのだ。
「どうしたの、バグアさん? こんなポンコツにも追いつけないのかな?」
そう言い放ったクローカは、更にスピードを上げた。
クローカの体に掛かる重圧。
先程まで心地よかった重圧も、今は死への秒読みと化していた。
釣られて加速するヘルメットワームだったが、既に左右へ大きく揺れ始めている。
「よく見ろバグア、これが‥‥‥‥人類だっ!」
クローカは、叫ぶ。
次の瞬間、ヘルメットワームの後部から発火。限界を迎えたヘルメットワームは、次々と爆散。
――そして。
クローカの機体もエンジンから火を噴いて、炎の塊と化した。
太陽を目指して飛び上がり、蝋の翼が溶けて墜落したイカロスのように。
●
「はうあっ!?」
キムム君は起き上がった。
机で居眠りをしていた彼の傍には、「続・死亡フラグの立て方」という本が置かれている。
「んー‥‥何か、こういうシチュエーションが1年前にもあったような‥‥」
寝ぼけ眼のキムム君は、いつもの風景に安心して再び就寝する。
窓から差し込む落日は、キムム君の自室を赤く照らしていた。