●リプレイ本文
中国、済南市。
親バグア派が息を吹き返し始めたとされるこの地で、ULTは傭兵信頼回復を狙ったイベント開催を進めていた。
UPC軍においても能力者は主力となるべき戦力。その傭兵が市民からの信頼が得られないとあれば、対バグア戦線にも大きな影響を及ぼす。
そこで、ULTは親睦イベントを開催。
傭兵達と市民の間で再び信頼関係構築が大きな狙いである。
「‥‥こちら、コントロール」
イエラナ(
gc7560)は、インカムで関係者へ呼びかけた。
今回のイベント企画準備、進行調整役を担っているイエラナは、各スタッフの状況を把握する必要がある。問題発生時は早急な解決策を提示、早々にトラブルを解消しなければならない。
このイベントでの失敗が、禍根を残す。
それは避けなければならない。
「こちらは街道へ到着。準備完了次第、作業へ取りかかる」
終夜・無月(
ga3084)は、イエラナへ返答した。
イベント会場から少し離れた場所へ趣いた終夜は、瓦礫の山を撤去する作業を開始する予定だ。イベントへ直接関わっていないが、市民にとっては瓦礫の撤去も大きな問題。傭兵がそれを手助けする事は、信頼構築の上でも大きな意味を果たすはずだ。
「了解。問題が発生した時は‥‥」
「心得ている。些細な事でも連絡する」
終夜はクールな佇まいを崩さない。
今回の相手はある意味バグアよりも厄介な人間という存在。彼らの心にどのような影響を与えられるかが鍵だろう。
「期待しています」
イエラナは終夜との会話を早々に打ち切った。
調整役としても多忙を極めているが、イエラナにはもう一つの任務を果たさなければならない。
「イエラナちゃん。こちら、ちえさんと接触したよ」
元気ながらも小声で話しかけてきた春夏秋冬 立花(
gc3009)。
監視ターゲットとなる鐘田ちえ少尉に気付かれないように、小声で話しているのだろう。
――もう一つの任務。
それは広州軍区司令部にて派閥争いを激化させたと思われる親バグア派軍人を発見する事。既にターゲットと思しき人物に傭兵達を派遣、行動を監視させている。怪しい行動を確認した場合、仲間への情報連携を行わなければならない。
「了解。ちえさんから目を離さないようにしてください」
「分かってますって‥‥あ、ちえちゃん!」
「なにこれ!? これで話したりしているの?」
立花の声に混じって、甲高い少女の声が聞こえてくる。
どうやら、立花のインカムにちえが興味を示し始めたようだ。
「だ、ダメだよ。これで他のスタッフとイベントの調整しないといけないんだから」
「私それ、もらってなーい。
私も欲しーい。それがあったら、『こちら、デルタ! 攻撃を開始する』って言ったりしたい」
「‥‥ちえちゃん、そういう事をするから貸してもらえなかったんだよ」
立花もちえの扱いに苦労しているようだ。
幼子のように何にでも興味を示すのは良いのだが、空気を読まない行動で周囲に迷惑をかけているようだ。
「春夏秋冬さん、そちらはお任せします」
ちえに察知されないためにも、イエラナは立花との会話を打ち切る。
立花の気苦労を察すると、イエラナの心まで重くなった錯覚に陥ってしまう。
「KV展示会場です。ソルト少尉を確認しました」
次に通信してきたのは、滝沢タキトゥス(
gc4659)だ。
もう一人のターゲットであるソルト・ロックス少尉の監視を兼ねてKV展示会場へ赴いていた
「会場は混雑が予想されます。十分注意を」
UPC軍でも花形とされるKVが展示されるとあって、市民達が殺到する事が予想されている。ソルトを監視するのも苦労を強いられる事は間違いない。
万が一の場合、ソルトを追跡できるか否か。
それは滝沢の腕に掛かっている。
「心配、感謝します。ご期待に応えさせていただきます」
滝沢は、感謝を述べて通信を切った。
もし、ソルトが親バグア派軍人であるならば、決して逃がす訳にはいかない。
「全員配置につきましたか」
本番を前に、イエラナはため息をついた。
本当の戦いはこれから。
市民の信頼を獲得しながら、親バグア派軍人を追い詰めなければならない。
「やれる事をやる。それだけ‥‥」
――ピリリッ!
イエラナの言葉を遮るように鳴り響く機械音。有事の為にUPC軍から貸与された無線機がけたたましい音を奏でている。
「こちらイベント会場」
慌てて無線機を手に取るイエラナ。
「はぁい、元気?」
本番を前に緊張するイエラナに、通信相手は気の抜けるような声を掛けてきた。
だが、イエラナには通信相手の声に聞き覚えがある。
「李中佐」
「その調子だと苦労しているみたいね」
広州軍区司令部李若思中佐。
今回の親バグア軍人調査を依頼した張本人である。
●
「‥‥ちっ!」
KV展示会場で、ソルト・ロックス少尉は舌打ちをした。
拳を強く握りしめた後、神妙な面持ちで周囲を見回している。
「どうかされましたか?」
様子を見守っていた滝沢は、思い切ってソルトへ話しかけていた。
不自然にならない程度で、ソルトを監視していた滝沢。拳の中に小さな紙片が握りしめられていた事を見逃していなかった。
「なんでもねぇよ。それより、客足はどうだ?」
話題を切り替えるソルト。
「今はまだそれ程多くはありません。ですが、増えるのは時間の問題でしょう」
「だろうな」
「なんか、申し訳ないですね‥‥傭兵が皆、悪い人ばかりではないのに‥‥」
滝沢はフードの奥で寂しげな表情を浮かべる。
今回のイベントもすべての切っ掛けは傭兵。同じ傭兵として滝沢の心中も穏やかではない。
「ふん、別にお前が気に病む必要はねぇ。お前は自分の立場でベストを尽くせ。その生き様はロックだ」
「そうかもしれません」
「かも、じゃねぇ。そうなんだよ」
ソルトは滝沢の肩に手を置いた後、ゆっくりと歩き出した。
雑踏へと消えていくソルトを見逃さないよう、滝沢はその後ろ姿に意識を集中させる。
●
「大丈夫ですか?」
終夜は、怪我人の前にそっと手を掲げる。
痛々しい足の擦り傷を手で隠しながら、練成治療で怪我人の治療を行う。
細胞を活性化させる事で、傷は瞬く間に治療されていく。
「おおっ」
「すげぇ!」
終夜と一緒に瓦礫を片付けていた者も、手を休めて治療の様子に驚嘆する。
能力者という存在はそれ程多くない。
戦場では多く見かけるかもしれないが、ここ済南市では能力者が活動する事はあまりない。能力を発揮するところなど、見た事がない者ばかりだろう。
先程もビルから崩れた巨大な瓦礫を豪力発現で移動させた際にも、大きな響めきが上がっていた。
「終わりました」
終夜はそっと手を引き戻す。
あれ程大きかった足の擦り傷は消え失せ、何事もなかったかのように綺麗な肌があった。
「ありがとうございます!
あの傷がこんな簡単に治るなんて。能力者なら、こんな傷を負わないんでしょうね?」
「いえ、能力者といっても、傷付けば血も流れます。当然、戦場で死亡する事もありまう。力や能力はあっても、その点は変わりません」
治療された男の質問に、終夜は否定した。
能力者といっても、バグアと戦う能力を有しているに過ぎない。
戦場では多くの者が倒れ、力尽きていく。それは能力者も変わらない。
人間である以上、能力者だって完全ではないのだ。
「能力者も人間です。バグアと戦う能力を持っているだけです。
だから、他の人と同じように接してください」
終夜は、周囲の人々にそう呼びかけた。
終夜の想いが、その言葉には込められている。
「しかし‥‥力を持った事に対する責任からは逃れられないでしょう」
終夜の言葉で静まりかえっていた市民の後方から発せられた声。
手にはステッキを持ち、胸には月桂樹を象ったアクセサリーを身につけている。片眼鏡を掛けて上品な雰囲気を持つ男性は、見るからに付近の住民ではなさそうだ。
「あなたは?」
「ノーブレス・オブリージュ」
終夜の問いかけに答えず、男はその言葉を口にした。
男は言葉を続ける。
「あなたが能力を得た瞬間に、責任も背負っているのではありませんか?
高貴なる者が背負った社会的責任は、そう重くはありません。すべての能力者がその責任を果たす事ができる、と?」
西洋の貴族を彷彿とさせる男の口から発せられる責任という言葉。
男は終夜に対して、能力を得た事に対する市民への責任、義務について言いたいのだろう。
その能力は自分の利己的な理由で用いられるべきではない。
対バグアとの戦いのため、怯える市民を守るため――。
犯した罪に対する理由は何であれ、能力は自己満足の道具ではない。
「分かっています。その責任から逃れようとする者が居れば、俺達が断じましょう」
「ふふ、その言葉が偽りにならなければ良いですね」
そう呟くと、男はイベント会場の方へ向かって歩き出した。
気品の中に紛れる黒い感情。
終夜は、話しかけてきた男に不信感を抱いていた。
そして、その感情はインカムを通じて仲間へと伝えられる。
「コントロール。怪しい人物を発見した」
●
「傭兵各位へ緊急連絡。
李中佐から情報では、親バグア派軍人は一人とは限りません。目標の二人は能力者ではありませんが、油断しないでください。
さらに終夜さんからの情報によれば、不審人物がこちらへ向かっているようです。警戒を怠らないでください」
イエラナは、インカムに向かって一方的に情報を告げた。
会場内の混雑は想像を超えており、インカムなしでは他の傭兵と連絡を取る事も難しい。
「了解。今のところ怪しい動きは‥‥」
「こちらKV会場、会場に発煙筒が投げ込まれた。
同時にソルトが移動を開始。現在、追跡中だ」
隠密潜行を使いながら、ソルトの後を追う滝沢。
動きから察するに、発煙筒が投げ込まれる事を事前に知っていた可能性がある。やはり、滝沢が見ていた紙片はその事が書かれていたかもしれない。
「滝沢さん、そのまま追跡をお願いします」
「分かってる。逃がさないよ」
「春夏秋冬さん、鐘田さんに異変はありませんか?」
悲鳴のように叫ぶイエラナ。
既に発煙筒が投げ込まれた状態で、人々はパニック状態になり掛かっている。スタッフが賢明に民衆を押さえ込んでいるが、ほんの僅かの衝撃で崩れる可能性もある。
そして、親バグア派ならこのタイミングを逃すはずはない。
「えっと‥‥あ!? ちえちゃん、消えてる!」
大慌ての立花。
ちえのような小柄な女性を、視界全てを埋め尽くすかのような民衆が隠してしまっている。先程まで傍らに居たはずなのに、いつの間にか消えてしまっている。
「えっと、えっと。何処に‥‥」
必死に見回す立花。
ちえを見失えば、この作戦にも大きな支障が出る。
もし、逃げるとすれば逃走経路は限られるはず。
(思い切って!)
立花は、一か八かで駆け出した。
ちえが親バグア派でない事を祈りながら。
●
「どういう事よ!?」
小さな路地の奥で、ちえは驚嘆の声を上げた。
いつものような幼さが残る口調ではなく、大人の、しっかりとした口調で喋るちえ。
その傍らにはソルトの姿も見える。
二人の前にはステッキを持った片眼鏡の男性。貴族のような出で立ちは、気品も感じさせている。
「滝沢ちゃん、これって‥‥」
路地の影からそっと聞き耳を立てる立花。
ちえの後を追って来た所、ソルトを追って来た滝沢と合流したという訳だ。
「まだ分かりません。様子を見てみましょう」
滝沢の言葉を受けて、ちえ達のやり取りに意識を集中する立花。
もし、片眼鏡の男がバグアであるならば、二人とも親バグア派である可能性は高い。
「パニックを起こしてまで、俺達を呼び出したんだ。納得いく説明があるんだろうな?」
ソルトは片眼鏡の男に、凄んで見せる。
それに対して片眼鏡の男は、怯むことなく余裕の笑みを浮かべている。
「状況が変わったのです。
あなた達を支援してきましたが、ドレアドル(gz0391)様を妬む上水流(gz0418)が別の親バグア派の人間を使って広州軍区司令部へ情報を流しました。広州軍区司令部は既にあなた達を疑っています」
「そんな! 広州軍区司令部の派閥争いを引き起こせば、中国政府も痛手だと言っていたじゃない。同じバグアなのに、なんでそんな真似を‥‥」
悲痛な面持ちのちえ。
親バグアとして働いてきたにも関わらず、バグアに裏切られたのだから納得いくはずもない。
「上水流はジャッキー・ウォン(gz0385)の副官を気取る愚か者。人類との戦況よりも、バグア内部の覇権争いの為に味方を潰す愚を犯すとは思いませんでした。
そういう訳ですから、あなた達の支援はここまでです。後は自力で何とかしてください」
「その様子だと、助けてはくれなそうだな」
ソルトは呟いた。
「ここまで追っ手を連れてきてしまうあなた方を救う程、私はお人好しじゃありません」
片眼鏡の男に促され、振り返るソルトとちえ。
そのタイミングが捕縛のチャンスと踏んだ滝沢と立花。
二人は路地の影から飛び出して、ターゲットの腕をねじ上げる。
「ちえちゃん、あなたは親バグアの‥‥」
「こ、殺せ! 中国政府が幅を効かせる世界なんか、見たくもない!」
立花に腕をねじ上げられながら、叫ぶちえ。
親バグア派らしい反応だが、普段の様子を知っているだけに違和感がある。
「ソルトさん、目の前の男性を紹介してもらえますよね?」
「あいつは郭源。ドレアドルに従うバグアだよ」
郭源。
滝沢は、そう呼ばれる紳士を見据える。
不敵な笑みを浮かべながら、親バグア派だった二人の逮捕劇を見守っていた男。不要となればあっさりと二人を見捨てた時点で、バグアらしいと表現すべきだろうか。
「郭源。ここから逃がす訳にはいきません」
「私も捕まえられる、と?
いけませんね。欲張れば、罰が当たりますよ。‥‥こんな風に、ね」
突如、郭源から放たれる衝撃波。
同心円状に広がる強烈な衝撃は、路地の壁を破壊しながら広がっていく。
「しまった!」
危険だと気付いた瞬間、立花の体が吹き飛ばされる。
ちえとソルトを捕まえていなければ、回避できたかもしれないが‥‥。
「うわ!」
滝沢は後方へ大きく吹き飛ばされる。
能力者ではないソルトを庇いながら、地面へ激突。背中を強打した滝沢は一瞬、呼吸が苦しくなる。
「郭は!?」
ちえを守りながら周囲を見回す立花。
そこには郭の姿はなく、瓦礫と化した壁が周囲に転がるだけであった。
後日、親バグア派だったちえとソルトは広州軍区司令部へと引き渡された。
裁判が行われ、広州軍区司令部の派閥争いも徐々に沈静化へと向かうだろう。
現場からの去り際、ソルトが語った言葉が滝沢の脳裏にこびり付いている。
「俺は、俺の立場でベストを尽くしただけだ。ロックに生きるために、な」