タイトル:真夏の氷菓子マスター:近藤豊

シナリオ形態: ショート
難易度: 易しい
参加人数: 5 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2011/07/31 16:07

●オープニング本文


 それは、ある一言から始まった。
「かき氷?」
 ジョシュ・オーガスタス(gz0427)は、怪訝そうな表情を浮かべる。
 つい数秒前まで読み耽っていた本を開いたまま、手渡された書類に困惑しているようだ。その書類には、『子供達を歓迎する会』と表題が大型フォントで書かれている。
「ええ。ですから、夏休みに香港の子供達をもてなす事になったのです」
 書類を持参したジェーン・ヤマダ(gz0405)――別名オペ子は、ジョシュを前にして状況を説明する。
 実は、今までジョシュと会話した事は皆無だった。ジョシュは一人で居る事が多く、他のオペレーターと関わりを持たない。話しかけても事務的な会話で終わってしまう。このため、オペレーターの中でも変人扱いされており、業務上必要が無ければ会話する事はない。 
 ‥‥じゃんけんで負けていなければ、ジョシュに同じ説明を何度もする必要はなかったはずだ。
「なんで僕が子供達をもてなさなければならないんだ?」
「‥‥ULT主催で企画を進める事になったのですよ。多くの市民と友好な関係を築くことも重要です。ジョシュさんの担当はこちらで『かき氷』に決めさせていただきました」
 オペ子は、やる気なさげにどうでもいい感じを隠しもせず言った。
 ジョシュにとって少々冷たい気もするが、ジョシュが歓迎する会の打ち合わせに出席しないのだから仕方ない。通常のオペレーター業務を遂行しながら、企画を進めなければならない。関わりたくないとはいえ、ジョシュだけ特別扱いする訳にはいかないだろう。
「それは、業務命令なのかな?」
「そうですよ?」
「そう‥‥」
 ジョシュは一言返答した後、再び書類に目を落とす。
 そして、しばしの沈黙の後でジョシュの口から奇妙な発言が飛び出す。
「業務命令ならば仕方ない。最善の努力はしよう。
 ――しかし、子供達はかき氷で喜ぶのかな?」
「は?」
 オペ子は思わず聞き返した。
 ジョシュは言葉を続ける。
「かき氷は、細粒化した氷にシロップを掛けて食す菓子の一種だ。言い換えれば、味付の氷を食しているに過ぎない。栄養価も偏る上に、必要以上に体を冷やすことになる。成長途上にある子供達にこのような物を食べさせる事が歓待するという行為に‥‥」
「はあ‥‥? まあ、なんでもいいです。かき氷はジョシュさん担当ですから。
 お願いしましたよ?」
 ジョシュの言葉を遮るように、オペ子は一方的に話を切り上げた。
 ジョシュとの会話は終始この調子だ。ジョシュは他人とのコミュニケーションを持たないためか、『他人との繋がりを意識する』『他人を楽しませる』という行為を理解できていない。そのため、本人にはその気がないのだろうが、トラブルを引き起こす事がある。 部屋に一人残されるジョシュ。
 手にした書類に再び視線を落とす。
「‥‥かき氷、か」

●参加者一覧

石動 小夜子(ga0121
20歳・♀・PN
新条 拓那(ga1294
27歳・♂・PN
立花 零次(gc6227
20歳・♂・AA
セラ・ヘイムダル(gc6766
17歳・♀・HA
橘 緋音(gc7355
25歳・♀・GP

●リプレイ本文

 この時期の香港は、非常に暑い。
 湿気が体に纏まり付く感覚は、不快以外の何物でもない。
 多くの者が精神的にも肉体的にも疲弊している。

 それは――夏休み中の子供達も例外ではない。
「コレはここに運んで‥‥と。次は何運べばいいのかな?」
 藍色の涼しげな浴衣を纏いった新条 拓那(ga1294)が、果物が入った箱を運んでいる。
 袖をたすき掛け、頭にもハチマキを巻いた和の装いだが、この香港の地で見る事が出来るのは和食レストランぐらいだろう。
「しかし、和風の浜茶屋って感じだね。いい趣きだ」
「ふふ‥‥何だか夏祭りみたい、です」
 店先を箒で掃除していた石動 小夜子(ga0121)は、クスリと笑った。
 ULTが主催した『子供達を歓迎する会』でかき氷屋台を手伝う事になった傭兵達は、小夜子の発案で和風テイストの屋台でかき氷を提供する事となった。蒸し暑い香港にもかき氷は存在するが、和風かき氷は珍しい。おまけに和服を着た者が、かき氷を提供してくれるのだ。子供達は喜んでくれるに違いない。
「やはり、夏はかき氷ですねぇ。日本の夏の風物詩ですから」
 かき氷機の最終チェックを行いながら、立花 零次(gc6227)は優しく呟く。
 和風かき氷を提供するに辺り、立花は氷を薄く削ってふわふわのかき氷を作れるかに気を配っていた。氷そのものの質もさる事ながら、かき氷機が悪ければ口触りも悪くなる。
 そこで、立花はULT側と直接交渉。希望のかき氷機を屋台へ搬入させる事に成功していた。
「味もイチゴ、メロン、マンゴー、ブルーハワイ、抹茶など多数用意しました。
 子供だけではなく、大人向けも準備しています」
「こちらも果汁や牛乳に味付けした氷も準備しました。
 これを少し溶かしてかき混ぜればシャーベットモドキができます」
 着実に進む準備にセラ・ヘイムダル(gc6766)は、満足げだ。
 メインターゲットは子供ではあるが、立花の言った通り大人も客である。すべての人を楽しませようという思いはセラも一緒だ。
「あとは開場した後でお客さんを待つだけですね」
「ちょっといいかい?」
 傭兵達の間を割って入るように、ジョシュ・オーガスタス(gz0427)が姿を現した。
 ULTでこのかき氷屋台を任された張本人なのだが、かき氷そのものを良く知らないらしく、今回の依頼が発生したという訳だ。
「僕は今でもかき氷という物で子供達が喜ぶのか懐疑的なんだけどね」
「いけませんよ、ジョシュさん!」
 苦笑いを浮かべるジョシュに対して、セラが口を挟んだ。
「かき氷で子供達が喜ぶか疑問を感じるだけでは半人前。
 ええと‥‥その疑問を解消して、如何に受け入れられるかを考えるかを考えてこそ一人前なのです!」
 セラは、有名経営学の手引き書を参照しながらジョシュへ反論する。
 ジョシュの問題は、かき氷に加えて子供の興味対象を知ろうとしない事。この屋台を成功させるならば、その事は不可避。避けて通れない内容である。
 子供達の喜ぶ顔を見るためにも、ここはジョシュに理解してもらいたいところだ。
「その意見は確かに正論だね。僕も理解できる。
 だけど、それなら顧客に対する事前リサーチを行っておいても良かったんじゃないかな? ULT側で宣伝活動は実施していたけど、販売効果を上げるには顧客の需要は必要な要素だと思うよ」
 ジョシュは淡々と意見を述べる。
 ちなみに、当人はセラを責めているつもりはない。与えられた意見に対してオペレーターとして事実を述べたに過ぎない。オペレーターとしては優秀な部類なのだが、相手が抱く感情の機微を感じ取る事が苦手のようだ。
「そ、そうですね‥‥」
「ああ、失礼。本題はこの話じゃないんだ。
 みんなに言っておかなければならない事があるんだ」
「言っておきたい事ですか? 会場の規定は既に確認済みですが」
 立花はジョシュへ聞き返した。
 開場直前で伝えなければならない内容とは、一体何なのだろうか。
「開場となっている香港の公園をUPCが警備する事になった」
「警備だって? 何だか、穏やかじゃないな」
 親子連れが楽しむ傍らで軍服に身を包んだUPC軍人。
 灼熱の太陽を浴びて汗だくになりながら、任務を遂行する彼らに新条は同情した。
「北京解放以後、中国政府は親バグア派掃討を進めているんだけどね。ここに来て親バグア派の動きが活発になり始めたんだ。
 ここ香港も大きな都市だけあって人の動きも激しい。もしかすると彼らがこの香港に入り込んでいるかもしれない」
 ジョシュは中国大陸で発生している親バグア派の動きについて語り出した。
 過激な親バグア派は、テロ活動を敢行する者達も存在する。彼らからすれば中国政府であれ、バグアであれ自分たちを庇護する存在としては変わらない。バグアの手から解放され、再び全体主義の統制下に置かれる事を望まない民は決して少なくはない。
「子供達をテロの標的にする訳にはいかない、ですね」
 先程も打って変わって神妙な面持ちとなる小夜子。
「おそらく、そんな事はないと思うけど――みんなには不審者の存在に気をつけて欲しい」
「わかりました。子供を守る為には必要な事です。気をつけるようにしましょう」
 立花は静かに首を縦に振った。


「はい、どうぞ」
「ありがとう!」
 とびきりの笑顔で、子供達にかき氷を渡すセラ。
 太陽にも負けない笑顔が、子供達の心をより一層楽しませている。
「えっと、次は‥‥あずき一つ、イチゴ一つです」
「了解! ‥‥って、氷が足りないかも!?」
 セラの発注を受けた新条が、ストックの氷を見て驚嘆する。
 予想外に売れるかき氷は、傭兵達の想像を超えていた。これは香港の熱さに加えて和風テイストでかき氷を提供するというアイディアがヒットした為だ。
「新条さん、氷は既に手配しました。後程業者が搬入してくれます」
 ジョシュはレジスターの入力を行いながら、新条へ声を掛ける。
「え? 本当か?」
「ええ。間もなく氷は到着するはずです」
 セラのアイディアでジョシュは会計係を任されていた。
 接客に不安が残るジョシュだが、会計だけを行う分には問題も見当たらない。むしろ、的確な判断と計算能力が発揮されてスムーズな屋台運営が行われている。
「‥‥これなら屋台も大丈夫そうですね」
 少し離れた場所で客引きをしていた小夜子は、かき氷屋台を見て満足した。
 今、この屋台には多くの人々が訪れている。
 その分、傭兵達は大変なのだが、それも客の笑顔の為ならば頑張っていける気がする。「お姉ちゃん」
「ん? どうしました?」
 小夜子の足下に、幼い少年が姿を現した。
 屋台で用意したお揃いの前掛けをそっと引っ張っている。
「‥‥‥‥」
 押し黙る少年。
 小夜子は屈んで、少年の視線を合わせて語りかけた。
「迷子なの?」
「違う」
「もしかして、何かしたいの?」
「‥‥僕も、かき氷をやってみたい」
 どうやら少年は、かき氷を作ってみたかったようだ。
 子供の頃、巨大な氷があっという間にふわふわのかき氷へ変貌する様が不思議だった記憶がある。自分にもそういう事があった、と思うと少々小夜子は気恥ずかしくなる。
「じゃあ、お姉ちゃんと一緒にお願いしてみようか?」
「本当!?」
 屈託のない笑顔を浮かべる少年。
 小夜子は少年の手を引いて、かき氷を作る立花の傍まで連れて行く。
「立花さん。この子がかき氷を作りたいそうなんです」
 多忙な屋台の中、戦場にも似た状況の中ではそんな余裕もない。
 しかし、立花は敢えて子供達の希望を叶えてやる事にした。
 体験する、という事が子供達にとって重要である事を知っているからだ。
「ふふ、やってみますか?
 ここを持って、くるくる回すのですよ。私の真似をしてやってみてくださいね」
 立花と一緒に、少年はハンドルを回す。
 かき氷機から振る氷は、香港では珍しい雪化粧を生み出していた。


 かき氷屋台が盛況、子供達も会を満喫している。
 そんな最中でも、UPC軍の警備は今も続いている。
「‥‥ふぅ。任務とはいえ、目の前のかき氷が恨めしく思えるぜ」
 会場警備へと駆り出された広州軍区司令部突撃部隊ソルト・ロックス少尉は、流れ落ちる汗を拭っていた。
 本来であれば会場警備は任務外なのだが――人手不足に加えて、所属する派閥「白狼会」の長である陳世昌中佐相当官直々の依頼なのだから断りようもない。
「これも悲しい軍人稼業ってか?」
「あの、これ‥‥」
 独り言を呟くソルトに差し出された一杯のかき氷。
 黒蜜が掛けられ、フルーツも添えらており、見るだけで心が涼しくなってくる。
「おっ、差し入れか? ありがてぇ!」
 暑さから逃れたい一心で、かき氷を受け取るソルト。
 プラスチック製のスプーンで掬った氷を、口の中へ放り込んでいく。
「はぁ、やっぱうめぇなぁ」
「そりゃ、炎天下だからな。かき氷は最高でしょ」
 ソルトの素直な態度に、新条もほっとした。
 警備で張り詰めた空気を醸し出されては、子供達が怯えてしまう。だが、目の前に居るソルトは、生粋の軍人というよりは何処にでも居る若者に見える。
「だろうな。おかげで、助かったぜ。
 何かお礼しないとな」
「いいよ。会場を、子供達が幸せにするこの時間を守ってくれているんだ。それだけで十分だよ」
 新条は、先程まで自分が居た屋台を見つめていた。
 予想以上の人気があり、小夜子の周りは多くの子供達に囲まれている。誰もが笑顔の溢れているが、その笑顔は自分たちがかき氷で生み出した。誰もが笑って過ごせる時間は、間違いなく存在している。
 ――しかし。
「なぁ、あんた。
 今、こうしている時間が偽物だって思った事あるか?」
 ベンチに腰掛けて背もたれに体を預けながら、ソルトが問いかけてきた。
「え? どういう事だ?」
「ここで今こうして喋っている俺達は、実際には存在していない。俺という人格は、まったく知らない第三者が思考した物。俺が自分で選んだ選択は、その第三者が選んだ選択だ、ってな具合かな」
 新条はソルトの顔つきが変わっていた事に気がついた。
 先程までかき氷を喜んで食べていたソルトの表情は消え、真剣な表情を浮かべている。
「そんな事、考えた事ないな」
「そうか。
 俺は、そんな第三者の手から逃れたい。俺は俺でありたい。
 そう願って行動する事が『ロック』だと思っている」
 正直、新条にはソルトが何を言っているのか理解できない。
 その事をソルトは表情から読み取ったようだ。
「‥‥なんてな。忘れてくれ。そろそろ警備に戻らなきゃな」
 かき氷の空きカップを新条へ手渡すと、ソルトは再び己に課せられた任務へ舞い戻っていった。


 夕刻、会場にも夜の帳が落ち始めている。
 空は赤と黒のコントラストに彩られ、星々が見え始めようとしていた。
「ん〜、冷たいっ!」
 屋台も終わり、片付け前にかき氷を頬張る小夜子。
 傍らに居る新条と一緒に食べるかき氷は格別だ。
「あまり急いで食べると頭痛くなるぞ」
「そ、そうだよね。慌てちゃダメだよね」
 少し照れながら、小夜子は心持ち新条へ近づいてみる。
 かき氷で冷えた体なはずなのに、新条の体温が近いと思うだけで小夜子の体は火照ってしまう。
「どうした? 大丈夫か?」
「な、何でもない。気にしないでっ」
 照れを気取られまいと慌てる小夜子。
 そんな小夜子を見ているだけで、新条の心もほっと温まってくる。

「会場には不審者もなし。無事、終わってくれてよかったです」
 立花も肩の荷が下りた気分だ。
 UPC軍も警備してくれたが、親バグア派の存在は決して無視して良い訳ではない。かき氷を作りながら、立花は心中穏やかではなかったようだ。
「売り上げも予想以上ですね。もっとも、この収益の一部は寄付に回されます。あくまでもお金を稼ぐ事が目的ではありませんから」
 会計として、最終利益を弾き出したジョシュ。
 傭兵の協力もあって、会場中でも上位の収益を稼ぎ出した事は特筆すべき事項だろう。
「はい、ジョシュさん」
「ん?」
 セラはジョシュへかき氷を差し出した。
「労働と空腹は、最高の調味料ですよ」
 セラは、ジョシュへご褒美とばかりにかき氷を持ってきたようだ。
 会計を任せたセラとしては、ジョシュを労おうというのだろう。
 ジョシュは、かき氷とセラの顔を何度か見比べた後、一口かき氷を口に放り込んだ。
「‥‥どう?」
 口に広がる甘みと冷たさを感じながら、ジョシュは大きく息を吐き出した。
「空腹を満たすには栄養価に疑問が残りますね。
 でも‥‥子供達がこのかき氷で喜ぶ事は、理解しました。
 理由はまだ分かりませんが」