タイトル:相打つ龍虎マスター:近藤豊

シナリオ形態: ショート
難易度: 普通
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2011/06/19 17:04

●オープニング本文


 広州軍区司令部には二つの派閥が存在する。

 一つは士官学校を卒業、その中でもエリートが集まる派閥『青龍会』。
 もう一つは前線で功績を挙げて昇進していった軍人が集まる派閥『白狼会』。

 双方の派閥はお互いを牽制しながら、着実にその勢力を伸ばしていく。
 それはお互いの力を削ぎ合いながら、滅びの道を辿っていく憐れな獣のように。

「本日もパーティですか、中佐?」
 白狼会を率いる陳世昌相当官は、黙って部下を一瞥する。
 UPC軍服からタキシードとネクタイを着用していれば、パーティへ参加する事は誰の目にも明らかだ。
 自分だってそんなパーティには行きたくない。
 軍人としての本分から逸脱している事も理解している。
 しかし、広州軍区司令部の意志を統一するためには自分だけの力では無理だ。香港の財界をパトロンとして支援者を増やしていく。そうする事で派閥以外の力も取り込み、青龍会を圧倒する。
 自分を押し殺して部下達が救われるならば、安い物だ。
「分かってますよ、中佐。あなたの気持ちは部下にも伝わって‥‥」
「中佐!」
 息を切らせながら、別の部下が陳の自室へ駆け込んできた。
「どうした?」
「味方部隊が、河源市郊外にてバグア部隊と交戦中。救援要請が出されています!」
 部下によれば、河源市郊外でパトロール中の部隊がバグアと思われる部隊より襲撃を受けているようだ。
 現段階、敵の戦力は不明だ。
 だが、このまま部下を放っておく事はできない。
「早急に救出部隊を組織。河源市へ向かえ」
「中佐はどうされますか?
 現地へ向かわれますか?」
 傍らに居た部下が陳へ話しかける。
 陳は部下を一瞥した後、すれ違い様にぽつりと呟いた。
「‥‥先に野暮用を済ませる」


「納得できるか!」
 ブラウ・バーフィールド(gz0376)軍曹は、溜め込んだ怒りを吐き出していた。
 その相手は李若思中佐。
 司令部内でも、青龍会を率いる重鎮である。
 軍曹は、「曽徳鎮戦闘大隊」と呼ばれた部隊――構成員は軍曹と曽、残るは新兵以下の素人3名――に下されたキメラ討伐任務が不満だった。傭兵たちのおかげでキメラは退治できたものの、銃を扱ったこともない新兵を部下につけて掃討任務を任せる事が異常だ。
 だが、それ以上に軍曹を怒らせたのは、この任務が政治的理由で行われた事だ。
「司令部が派閥争いをしている事は俺も知っている。
 だが、素人を巻き込んで命を賭けさせる事はやり過ぎだ!」
「分かっているわよ。だから、救援部隊も準備しているって言っているじゃない」
 李は軍曹の怒りを涼しい顔で受け流しながら返答する。
 実際、李は政治的理由によって命令を出した。この裏には、軍曹のかつての上司であるドゥンガバル・クリシュナ少尉がバグアと通じていた事が関係している。
 クリシュナも青龍会へ所属していた事から、青龍会の信頼は大きく損なわれた。
 そこで、軍曹を曽徳鎮配下へ左遷した後、軍曹の危機を青龍会が救うよう仕向けた。こうすれば軍曹へ恩を売る事が出来ると同時に、軍曹を慕う軍人も青龍会へ好印象を持つ事になる。
 李はそう考えていたのだ。
「そういう事を言っているのではない!
 貴様は、自分の思うままに事態を操りたいだけだ。そのためには何だってするのか?」
「するわよ」
 怒鳴りつける軍曹に、李は言葉を返した。
「‥‥なんだと?」
「この広州軍区を一つにまとめるためなら、私はなんだってやるわよ。
 バグアとの戦いも大きく変わり始めているの。なのに、この司令部は未だに派閥争い。
 私たちは、もう無駄な時間を過ごす訳にはいかない」
 冷静に告げる李。
 UPC軍は世界中で対バグア作戦を繰り広げている。このアジアに於いても例外はない。だが、実際には広州軍区司令部は未だに派閥争い。
 これでは、中国国内のバグアをいつまで経っても駆逐する事などできない。
「それが分かっているなら、陳と手を‥‥」
「軍曹。さっき、白狼会の部隊が河源市郊外でバグアと交戦したという連絡があったわ。早速、向かってくださらない?」
「話を逸らすな。大体、あの素人3人は返したはずだ。俺と閣下しかおらんぞ?」
 口籠もる軍曹。
 それに対して、李は鼻で笑う。
「あなたには大好きな傭兵さんが居るでしょ?
 それに‥‥あなたが来る前に閣下は、この命令を聞いて喜び勇んで準備しに行ったわよ」


「必ず、陳中佐が助けてくれるはずだ!」
 河源市郊外の茂みに潜みながら、部隊長は部下に話しかける。
 何としても救援が来るまでこの場所でバグアを釘付けにしなければならない。
「りょ、了解であります。
 敵は‥‥」
 一人の部下が茂みからそっと顔を上げる。
 眼前に広がる大きな湖。
 それを囲むように広がる木々。
 太陽の光が水を照らして乱反射。
 反射した光は、草から顔を出す部下に当たる。
「馬鹿、顔を出すな!」
 部隊長は叫んだ。
 しかし――。
 部下の額に、赤い丸が出来上がる。
 頭をビクっと動く。そして、後方に向かってゆっくりと倒れ込んだ。
「‥‥スナイパーか。
 狙い撃ちするという事は、敵は対岸。既に挟み込む形で部隊を分散させたと考えた方がいいな」
 部隊長は、苦々しく呟いた。

●参加者一覧

緑川 めぐみ(ga8223
15歳・♀・ER
夜十字・信人(ga8235
25歳・♂・GD
紅月・焔(gb1386
27歳・♂・ER
秋月 愁矢(gc1971
20歳・♂・GD
シクル・ハーツ(gc1986
19歳・♀・PN
エティシャ・ズィーゲン(gc3727
15歳・♀・ER
リック・オルコット(gc4548
20歳・♂・HD
杜若 トガ(gc4987
21歳・♂・HD

●リプレイ本文

 青龍会の李若思中佐。
 白狼会の陳世昌中佐相当官。

 彼らが派閥争いを続けている中で、ある事件が発生する。
 河源市郊外にてUPC軍斥候部隊がバグア部隊と交戦。兵士達が白狼会に所属している事を知った陳は、部下を現地へと出発させる。
 しかし、李は先手を打って「ある部隊」を現場へと急行させていた。

「くっ、救援はまだか」
 斥候部隊の隊長は茂みに隠れながら呟いた。
 既に部下の数名は死亡、傍らでは負傷した物が痛みに耐えている。
 時間を稼いで救援を待たなければならない。
 敬愛する陳中佐相当官のためにも。
「‥‥やってみるか」
 部隊長はゆっくりと体を起こす。
 敵をこちらへ引き付ければ、少しでも時間を稼げる。
 それが危険な行為である事は分かっているが、これ以上部下を危険に晒すわけにはいかない。

 ――その時、部隊長は複数の足音がこちらへ向かって来る事に気付く。
「作戦開始! 斥候部隊と合流しろ!」
 前方に対してアサルトライフルの牽制射撃を加えながら、ブラウ・バーフィールド(gz0376) 軍曹が部隊長へ近づいてきた。
 滑り込むようにして木の幹に背中を預けている。
「貴様が斥候部隊の隊長か」
「あなたは?」
「救援に来た」
 緊張感を維持したまま、軍曹は吐き捨てるように言い放つ。
 その軍曹とは対照的に、後方からゆっくりと歩いてくる一人の小男。
「皆の者。曽徳鎮のため、身を粉にして働くのだ」
 銃撃戦の最中、戦場で身を隠すことなくゆっくりと歩く徳鎮。
 おまけに銃を手にする事無く、センスで自分の顔を仰ぎ続けている。
 部隊長もこの男の無能さは、聞き及んでいた。
「曽中尉‥‥?」
「おお、お前は私を知っているのか。
 さすがは我が威光。広州軍区司令部に轟いているか」
 名前を呼んだだけで勝手にご機嫌になる徳鎮。
 馬鹿っぷりは相変わらずのようだ。
「あ、どもっ! 馬閣下! 久しぶりでございまする」
 徳鎮の登場に、紅月・焔(gb1386)が元気に挨拶している。
 ちなみに、焔は以前の依頼で徳鎮を「馬閣下」と呼んでいる。馬鹿にされている事に当の本人はまったく気にしていない。
「おお、お前は‥‥思い出せないが、とりあえず覚えているという事で頼む」
「あっはっは。ありがとうございます。馬閣下」
 高笑いを決め込む徳鎮と焔。
 二人のやり取りで、周囲の緊張感が掻き消されていくような気がする。
「軍内の派閥争い絡みの依頼で面倒になると思ったが‥‥ば閣下と焔で一気に緊張感がなくなったな」
 二人のやり取りを見ていた夜十字・信人(ga8235)がそっと呟く。
「ん? お前も私に尊敬の念を込めて「ば」と付けて呼んでいるのか?」
「Sir、自分も焔に習い尊敬する御方の名前には、『ば』を付ける事にしたのであります。Sir」 
 閣下の前で慌てて畏まる夜十字。
 しかし、その目は死んだマグロのように焦点が定まらず、何処か遠くを見つめている。
 もっとも、当の徳鎮は敬われたと思い込んでご満悦だ。
「よしっ! この勢いに乗って全員私に続け!」
「お待ち下さい、閣下」
 走り出そうとする徳鎮を緑川 めぐみ(ga8223)が引き留めた。
「なんだ? 今から私が突撃して憎きバグアの先兵を叩き潰してやるのだ」
「閣下。ここで敵が指揮官らしき人物を見かけたらどうすると思います?」
「どうするって‥‥」
 徳鎮が呟きかけた瞬間、徳鎮の耳に甲高い音が響く。
 一瞬だけ響いた音ではあったが、徳鎮にはその音が自分の傍を弾丸が通過した音である事にすぐ気付いた。
「ひぇぇ!」
 先程の威厳も消え失せ、徳鎮はその場で尻餅をついた。
「早く私を護れ! 全員私を護衛しろ!」
 震えた声で叫ぶ徳鎮。
 自分がバグアに狙われたと知った時点で、心は既にへし折られているようだ。
「私がバグアなら、敵士官である閣下――貴方を狙います」
「何でもいいから早く、何とかしろ!」
 計算通りに事が進んだ事を感じ取っためぐみ。
 そのまま振り返り、軍曹に向かって首を縦に振って合図を送る。
「作戦を開始だ」
 身を屈めていた傭兵達へ軍曹は指示を出す。
 徳鎮を黙らせるというめぐみの狙いは、成功したようだ。
「軍曹」
 エティシャ・ズィーゲン(gc3727)が軍曹に歩み寄ってきた。
「エティシャか。久しいな」
「挨拶は後だ。怪我人は?」
 軍曹が指し示す先には横たわる兵士が数名。
 皆、足や腕を怪我している。手にしていた救急セットで治療したと思われる者も居るが、中には止血処理をされていない者も存在している。
「あなたは‥‥」
 傷口を見ていた兵士がエティシャへ声を掛ける。
「私は衛生兵、医者だ。目の前に怪我人が居る。なら放っておける訳ないだろう」
「だが‥‥あなた達は誰の依頼で来たんだ?
 陳中佐の依頼じゃないのか?」
「‥‥」
 エティシャは沈黙を守った。
 広州軍区司令部の派閥争いには興味がない。何より治療に派閥は関係ない。誰であろうとエティシャは、自分の役割を果たす事に注力するだけだ。
 だが、その沈黙は白狼会からの依頼でない事を兵士は察知した。
「もしかして‥‥青龍会なのか? だったら治療は‥‥」
 身を捩る兵士。
 しかし、エティシャは強引に体の位置を引き戻した。
「‥‥黙れ。現場の人間が、そんなつまらん理由で生き死を勝手に決めるな。
 事を為したいのであれば、この治療が終わった後でゆっくりと考えろ」
 エティシャは語気を強めた。
 戦場には様々な意志が渦巻く。
 集中して治療をさせてくれるケースは多くない。
 それでも、エティシャは目の前の怪我人を治療する。
 それが医者である自分の使命であるからだ。
「生きろ。それが答えを導き出す唯一の鍵だ」
 エティシャは兵士に練成治療を施した。


「発砲した直後の銃身や体の熱ってぇのは隠し難い上にサーマルだと丸見えだ‥‥」
 秋月 愁矢(gc1971)は、木陰に身を隠しながらOwl−Eyeで対岸を調べていた。
 スナイパーと思われる存在が居る場所に熱源反応。さらにその者が手にしていたと思われる銃器が高い熱を帯びている。おそらく、先程徳鎮を狙った際の熱なのだろう。
「スナイパーは湖の対岸だ。スナイパーの排除が目標ってところだろうな」
「なら、私も行きます」
 風鳥を手にしたシクル・ハーツ(gc1986)が、小声で秋月に話しかける。
 シクルは仲間の支援を得ながらスナイパーの背後へ回り込み、襲撃をかけるつもりのようだ。
「頼もしいな。当てにさせてもらう」
 プロテクトシールドを手に、二人は湖から大きく離れるように迂回を開始する。


「突撃馬鹿に正面から立ち向かっていけるかっての」
 サイ型キメラの突進を、リック・オルコット(gc4548)は横へ飛ぶようにして躱す。
 傭兵達を発見したサイは、鼻息荒くこちらへ突進。リックが攻撃を躱した今でも、木々をなぎ倒しながら進んでいる。
「あ、あれ!?
 あのサイ、こっちに来るんじゃね?」
 徳鎮の護衛として行動を共にしていた焔。
 馬鹿でも自分の危機的状況を理解した徳鎮は、焔の袖に縋り付く。
「は、早く何とかするのだ! 
 い、いや、まずは私を護るのだ!」
「ちょ、ちょっと!
 ここで袖を引っ張られたら、銃の狙いが‥‥」
 カプロイアM2007を構えていた焔だが、徳鎮が邪魔をして狙いが定まらない。
 こうしている間にも近づいてくるサイ。
 さっきまで馬閣下に女の子にモテるためには素性を隠して派閥を立てるように進言。徳鎮自身もかなり乗り気だったのだが、その時のテンションは既に何処かへ吹き飛んで行ってしまった。
「あ、やばいかも」
「あなたの想い、届くこと無く、私達の希望は駆け抜けていく。そう勝利へと向かって、ひたすらに駆け出していく」
 横からめぐみが呪歌でサイの動きを止めた。
 突進していたサイだったが、その場で突然停止。
 体が動かなくなったサイは、必死に藻掻いているようだ。
「この距離で大口径ガトリングを放ったらどうなるか。
 ‥‥お前には分かるか?」
 サイの眼前で、夜十字は大口径ガトリング砲を構えた。
 サイとの間は数十センチ、銃口はサイの額へと向けられている。
 放たれる銃弾。
 夜十字へ浴びせかけられる返り血。
 脳天へ大量の弾丸が叩き込まれたサイは、その場へ倒れ込んだ。
「ふぅ〜、何とか無事のようだな」
 徳鎮は冷や汗を拭っている。
 しかし、夜十字は一休みする気はないようだ。
「次に行くぞ!」
 夜十字は少し離れた場所に居たサイに対して仁王咆哮を使用。
 サイはこちらへ向かって突進を開始。
「みんな、もう一度やるぞ」


「ここからなら‥‥」
 秋月はスナイパーが目視出来た地点からブラッティローズを撃った。
 草むらに着弾する弾丸。
 この一撃でスナイパーは秋月が近づいている事を察知。
 慌てて、銃口を秋月の方へ向ける。
「座射か。腕が良ければ当たるだろうがな」
 スナイパーの体が一瞬後方へぶれる。
 次の瞬間、秋月のプロテクトシールドに衝撃が走る。
 スナイパーが放った弾丸は、シールドによって阻まれた。
「残念だな。だが、一番の失敗は――俺にだけ注意を向けていた事だ。
 行け、シクル!」
 秋月が囮となって作り出した機会。
 この機会を逃す訳にはいかない。
「後ろ‥‥もらった!」
 迅雷で一気に間合いを詰めるシクル。
 ここで異変に気付いたスナイパー。
 振り返ったものの、既にシクルの手には風鳥が振り上げられている。

 ――ザシュ!
 肉を切る音が周囲に響く。
 さらに、風鳥は別の軌道を描いてもう一度襲い掛かる。
 放たれた二撃は、確実にスナイパーの体を捉えた。
 だが、倒しきる事はできず、銃口がシクルへと向けられる。
「!? まだか‥‥なら!」
 秋月は、走り出す。
 その手には、シールドから鬼刀「酒呑」へ持ち替えられている。
「仲間を傷つけさせはしない!」
 真紅の大太刀は、横へと薙ぎ払われてバグアの側面を強襲。
 握っていたスナイパーライフルを弾き飛ばし、バグアの体は地面へと転がった。
「大丈夫か?」
「ええ」
 シクルは風鳥を鞘へと収める。
「戻ろう。仲間は、まだ戦っているはずだ」


「こりゃ、報酬上乗せしてもらわないと割に合わねぇな」
 クルメタルP−56を手に、バグア兵と交戦するリック。
 サイの後方から来るバグア兵を相手にしていたのだが、アサルトライフルを手に銃剣突撃を狙っているのだから立ち止まる訳にもいかない。
「狙っていやがるな? 分かりやすい連中だな」
 眼前のバグア兵に向かって杜若 トガ(gc4987)は、練成弱体を使っていた。
 残る敵はバグア兵一人ではない。早々に倒して次を相手しなければ同時に残るバグア兵と交戦する羽目になる。多少火力が心細くとも、練成弱体でバグア兵の戦力をそぎ落とせる事は重要な事だ。
「!!」
 バグア兵はアサルトライフルでリックを狙い撃つ。
 軽快な音が鳴り響く。
 しかし、弾丸はエルガードによって阻まれる。
 金属音が木霊し、攻撃が失敗した事を知らせている。
「俺も仕事熱心、ってところだな!」
 リックは、クルメタルP−56で反撃。
 再びアサルトライフルを構えようとしていたバグア兵に対して牽制射撃を仕掛ける。
 一瞬、バグア兵がアサルトライフルの銃口を逸らした。
 その瞬間、トガはバグア兵との距離を縮める。
「その首、俺がへし折ってやるよ」
 電波増幅を使用したトガは、ジャンプしながら機械脚甲「スコル」の一撃を頸部へ叩き込んだ。
 首に加わった衝撃はバグア兵を後方へと吹き飛ばし、太い木の幹へ衝突させる。
 木々に伝わる衝撃が、枝葉を激しく揺らす。
「へっ、これでどうだ?」
「‥‥いや、まだ生きているようだな。本当、しぶといねぇ」
 リックの目には地面から立ち上がろうとするバグア兵の姿が飛び込んできた。
 離してしまったアサルトライフルへ手を伸ばすバグア兵。
 ――だが。
「させません」
 バグア兵が倒れた木の裏から、シクルが風鳥をバグア兵へと突き立てる。
 突き刺さった風鳥は、バグア兵の確実に仕留める事に成功していた。
「あれ? 美味しいところ、持って行かれちゃったかな?」
 軽口を叩くリック。
 しかし、シクルは冷気を纏いながら呟いた。
「チャンスはまだあります。バグア兵はまだ残っているのですから」



 その後、傭兵達の活躍で斥候部隊に被害が出る事無くバグア部隊を撃破。
 まずは一安心、というところだが、新たな火種は30分後にやって来た。

「貴様自身がこの戦場へ来たか」
 白狼会の援軍と共に陳中佐相当官も現場へ訪れていた。
 軍服ではなくタキシードを着用、僅かばかりアルコール臭が漂っている。おそらく、何処かのパーティへ参加していたのだろう。
「上官に対してのその口調、変わらんな」
「二人は、お知り合いでしょうか?」
 陳と軍曹の間に、秋月が口を挟んだ。
「軍曹は私の部下だった男だ。
 上官に対して反抗的な態度をとり続けるから、未だに軍曹という地位に甘んじている」 陳は秋月の問いにため息混じりで答えた。
「ふん、貴様は変わったようだな
 部下が前線で生と死の狭間で戦っている最中、貴様は暢気にパーティとは」
 陳は軍曹の言葉に応えなかった。
 否、答えられなかった。
「権力を維持するためのパーティってところかな?」
「最悪だな。いっその事、お前らみんな居なくなれば解決するんじゃね?」
 リックの軽口に、トガはタバコに火を付けながら乗った。
 この言葉に、白狼会の兵士は我慢できない。
「おい、陳中佐の悪口は止めろ!
 白狼会は軍以外からの支援が無ければ青龍会には勝てない。だから、中佐は‥‥」
 白狼会の兵士と思しき男が怒鳴りつけてきた。
 士官学校出のエリートが集まる青龍会と違い、白狼会は現場から叩き上げて来た者が多い。昔から能力だけではなく政財界等の繋がりも社会地位に影響する中国では、白狼会が勢力を伸ばす事は難しい。そのため、陳が中心となって政財界への関与を強めている。
 だが、傭兵達の見方はもう少し現実的だ。
「志はどちらの派閥にもある。きっと双方で歩み寄れるはずだ。そのためには、鍵となる人物が必要だろう」
 夜十字は鍵となる人物という言葉を敢えて強く口調で言い放った。
 それは、陳の前に立つかつての部下以外にいない。
 夜十字はそう考えていた。


「陳と軍曹の再会ね」
 広州軍区司令部で軍曹達が斥候部隊の救出成功の一報を聞いた李若思。
 そう呟きながら、一人ほくそ笑む。
「あの二人が出会えば、間違いなく白狼会の足並みは乱れる。クリシュナ少尉の失点で付け入ろうとした白狼会も、これで少しは大人しくなるはずね。
 ここで立ち止まる訳にはいかないの。
 北京が解放されただけじゃ駄目。来るべき戦いのため、早くこの司令部をまとめなきゃならないわ」
 李はそっと天井を見上げた。