タイトル:峡谷陽動作戦 マスター:近藤豊

シナリオ形態: ショート
難易度: やや易
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2010/09/24 22:15

●オープニング本文


「UPC軍、依然として動きがありません」
 兵士は敬礼をしたまま現状報告を行っていた。
 側面を傾斜のある崖に囲まれた峡谷にて、UPC軍とバグア軍は睨み合いを続けていた。崖から崖の幅も広くはなく、撤退を開始すれば相手は容赦無く追撃を加えるだろう。下手な身動きが取れないだけに、無為とも思える貴重な時間は刻々と過ぎ去っていく。
「ええぃ、どうにかならんのか!」
 報告を受けていた准尉は机に己の拳を叩き付けた。
 このまま睨み合いが続けば、バグア軍は増援が到着する可能性が高い。UPC軍も増援要請をしているが、今のところ吉報はもたらされていない。もし、バグア軍の増援が先に到着するような事があれば、UPC軍の全滅は免れないだろう。
 苛立つ准尉。
 苦々しい表情を浮かべる彼の元に、一人の兵士が駆け込んでくる。
「准尉っ! 友軍と連絡が取れました。間もなくこの峡谷へ到着します」
「そうかっ!」
 もたらされた吉報に准尉の顔は明るくなる。
「友軍が現れる方角は?」
「我が軍の地点から0時の方向、つまり敵軍の背後に現れます」
「そうか、背後か‥‥」
 准尉はそう呟いた後、思案し始める。
 敵軍の背後、つまり友軍と連携してバグア軍を挟撃する事が可能という訳だ。今のところバグア軍が友軍の存在を察知した様子もなく、敵の増援が現れる気配もない。UPC軍にとってこの機会を逃す手はないだろう。
「敵軍の中でキメラが布陣された箇所はあるか?」
「は、はい。10時の報告、左側面の崖に近い場所で猪型キメラが視認されています。また、その上空には鳥型キメラが3体が確認されています」
「猪型キメラか‥‥」
 准尉の脳裏をUPC軍にとって最良のシナリオが構築され始める。
 バグア軍に挟撃を気付かせる事なく作戦を進行させるには、相手の注意を引きつける必要がある。派手に騒ぎを起こせば、バグア軍はそちらに目を向けるだろう。その隙に友軍と連携して一気に挟撃を成功させる。
 つまりは――猪型キメラを襲撃する陽動作戦である。
「そのキメラ、利用させてもらおう。
 ULTを経由して付近の傭兵へ連絡を取れ。なるべく派手に猪型キメラを攻撃するよう打診しろ。傭兵が猪型キメラを攻撃している間に我が軍は友軍と連携してバグア軍を叩くぞ」

●参加者一覧

夕風 悠(ga3948
23歳・♀・JG
八葉 白雪(gb2228
20歳・♀・AA
長谷川京一(gb5804
25歳・♂・JG
沖田 護(gc0208
18歳・♂・HD
ソウマ(gc0505
14歳・♂・DG
獅月 きら(gc1055
17歳・♀・ER
セラ(gc2672
10歳・♀・GD
八葉 白夜(gc3296
26歳・♂・GD

●リプレイ本文

●作戦準備
 バグア軍挟撃を画策するUPC軍は、傭兵たちに陽動作戦を依頼した。
 具体的にはバグア軍内に居る猪型キメラを極力目立つ形で倒し、早期撤退する事である。バグア軍が傭兵たちに目を向けている隙に、UPC軍が友軍と共にバグア軍挟撃の準備を進めようというのだ。
「位置良し、方角良し。風向きは‥‥良し、と。いつでも仕掛けられるぜ」
 攻撃開始で長谷川京一(gb5804) が呟いた。
 今回、猪型キメラを倒して素早く撤退するには崖の上から狙撃する作戦を主軸に置かれていた。崖下に降りれば陽動作戦としては十分だが、撤退が難しくなる。猪型キメラの上空には鳥型キメラも飛んでいるだから、慎重となるのは当然の事だろう。
「本来なら、弓って隠密兵器なんですけどね」
 夕風 悠(ga3948)は苦笑いを浮かべる。
 イェーガーとなって初めての生身戦闘任務に緊張を隠せずにいるが、新しい能力に対して期待感を胸の中で膨らませていた。うまくスキルを使いこなせれば良いのだが‥‥。
「探査の眼で確認する限り、この付近は心配ないよ。陽動作戦を実行するには最高の部隊だね」
 セラ(gc2672) は探査の眼で確認した結果を知らせた。
 戦場において警戒を怠る事が危機を招く事になる。慎重さを常に持つ事はとても重要な事だ。
「セラが目立てば、軍の人が楽になるんだよね! よ〜し、セラいっぱい騒い‥‥」
「しっ。騒ぐのはもう少し後の方が良いです」
 大声で叫ぼうとしたセラの口を獅月 きら(gc1055)が押さえ込む。
 傭兵たちが実際よりも多く居るように見せて陽動作戦の成功を狙う獅月。どうせ騒ぐならば、猪型キメラへの一斉攻撃で見せ場を作りたいところだ。
「でも、あっちも騒がしいみたいだけど?」
 口を押さえ込まれたセラの指し示す先には、八葉 白夜(gc3296)と八葉 白雪(gb2228)の姿がある。獅月から見る限り、白夜は白雪を叱っているようだ。
「‥‥白雪、相変わらずお前は緊張感に欠けますね。いいですか、だいたいお前は‥‥」
「あー、あー、聞こえない。聞こえないー」
 どうやら白夜は白雪に長々と説教を行っているようだが、当の白雪は耳を押さえて聞こえないフリをしている。この態度に白夜の声は徐々に大きくなり始める。
「まったく‥‥皆さん余裕ですね」
 獅月は溜息をつくと、鳥型キメラに発見されないように身を隠しながら白夜の元へ向かっていった。
 その傍らでは、炎鎧鉄騎衆に所属するソウマ(gc0505) と沖田 護(gc0208)が言葉を交わしている。
「この陽動が上手くいくかどうかで、UPC軍の作戦成功率が大きく変わる‥‥責任重大ですね」
 ソウマはそっと口の端を歪める。
 責任重大、と言いながらもその双肩に掛かるプレッシャーに潰されている様子はまったくない。これも同じ小隊仲間である沖田が作戦へ参加しているからだろうか。
「UPC軍の皆さんのために、必ず成功させましょう」
 沖田はソウマに笑顔を向ける。
 今度の作戦も必ず成功する。何故そう思ったのかはよく分からないが、信頼できる仲間が居るからかもしれない。同じ部隊として今まで激戦を潜り抜けてきたのだから、このような場所で散る事などあり得ない。
 ソウマは微かに優しく微笑みながら、沖田の拳に己の拳をそっとぶつけた。
「沖田さん、今回はよろしく」

●陽動
「さぁ、派手に行くとしましょうか!」
 陽動作戦の幕を切って落としたのはソウマだった。
 ラッパ銃を猪型キメラへ向かって発砲。周囲に響き渡る轟音は、今から始まる陽動作戦をバグア軍へ知らせる突撃ラッパに他ならない。
 発射された弾丸は、猪型キメラの脚へ命中。予期せぬ場所から攻撃された事もあり、猪型キメラは怒りと戸惑いで溢れかえっているようだ。
「どうやら情熱的な曲をリクエストされたらしい」
 ソウマのラッパ銃の後、崖の先端に立ったセラは透き通るような歌声を披露した。
 戦場で歌を歌う者がいるとはバグア側も考えていなかったらしく、セラは周囲に居るバグアの注目を集め始める。本来であれば自前の楽器で演奏するはずだったのが、持参し忘れたために急遽歌唱で代行する事となった。楽器と違って遠くまで音が通らない点は惜しむべきかもしれない。
 忌むべき存在を見つけた猪型キメラ。
 怒りに任せて突進を試みようとするが、相手は崖の上。突進が届くはずもなく、崖下で唸り声を上げる他がない。そんな猪型キメラに対して二人の弓が引き絞られる。
「さぁ、派手に行きますよっと!」
 目が翠色に発光した京一。その手に握られたロングボウには、4本の弾頭矢が番われている。
 その傍らでは髪と瞳が朱色に染まった夕風がいる。
「いくよ、私たちの新しい力を見せてあげるっ!」
 京一同様、夕風の手にも弓に番われた4本の弾頭矢。
 二人の弓は輝きを放ち、弦が光の線のように見える。刹那、二人の手から矢が放たれて8本の弾頭矢は猪型キメラに向かって降り注ぐ。

 ――ドンッ!!
 数回、地響きと共に爆発音が木霊する。猪型キメラの居た付近には弾頭矢が空けたと思われる大穴が幾つか口を開いている。更に、その中心に居る猪型キメラの体にも風穴を開け、赤く黒い体液を体外へ放出し続けている。肉の焼ける臭いは崖上にも漂い、猪型キメラの体は想像以上に弱っている事を感じさせる。
 だが、陽動作戦としてここまで騒ぎを大きくしたのだから、バグア軍も気付かないはずがない。
「ギャァ、ギャァ!」
 猪型キメラの上空に滑空していた鳥型キメラは、傭兵たちの姿を発見して攻撃を仕掛けてきた。
「近代兵器は慣れませんが‥‥やってみましょう」
 目と髪が金髪に染まった白夜はM−121ガトリング砲の引き金を引いた。
 轟音と共に発射される弾丸。外へと吐き出される薬莢が、地面へ放り出されて軽い金属音を立てる。
 爪と嘴で攻撃を試みようとしていた鳥型キメラは思わぬ逆襲を受けて、叫び声を上げる。攻撃は白夜の眼前で失敗に終わり、代わりにガトリング砲の弾丸を数発受けたようだ。 
「皆さんの邪魔はさせませんよ」
 BM−049「バハムート」に身を包んだ沖田は、手傷を負った鳥型キメラを拳銃「ヘイズ」で打ち抜いた。至近距離から発射された弾丸は、鳥型キメラの体を貫通。痛みに耐える事もできず、鳥型キメラは回転しながら崖下へと落ちていった。
 しかし、上空にはまだ鳥型キメラが2体飛んでいる。このまま鳥型キメラに手を焼いていてはバグア軍から次々と増援が集まってくる可能性がある。
「ここで陽動作戦を完全なものにしておきますね」
 獅月は、瀕死の猪型キメラに向かって拳銃「スピエガンド」を二連射する。
 スピエガンドは撃つ度に銃声が変わる特性を持つ。二連射する事で奇襲をかけた傭兵がより多く見せ掛けるようにする効果を狙った獅月の作戦である。この効果は陽動作戦の効果を高めるだけではなく、猪型キメラの命を確実に削り続けていた。
「真白、キメラの幕を引いてやりなさい」
「‥‥御随意に」 
 白夜に促された白雪――否、真白は魔創の弓に弾頭矢を番える。
 狙うは息も絶え絶えの猪型キメラ。突進するだけの力も失い、意識を失いかけているようにも見える。まさに動く事のない的を射貫く事など、真白にとっては造作もない事だった。
 ――ドンッ!
 再び周囲に鳴り響く爆発音。
 弾頭矢は猪型キメラの脳天へ突き刺さり、派手な爆発を起こす。頭部を半分近く失った猪型キメラは、地面へと倒れてその生命活動を終えた。

●撤退
「いい加減しつっこいんだよ!」
 京一の怒気の込められた声が木霊する。
 猪型キメラを無事に倒したのはよかったが、陽動作戦として派手な戦闘を繰り広げた事から鳥型キメラが想定よりも多く集まってきた。先程までは2体だけだったのだが、気付けば5体以上に増えている。陽動作戦としては申し分ない結果なのだろうが、傭兵たち自身にリスクとして大きくのし掛かってきたようだ。
「射撃よりこっちの方が得意なんだ。皆には触れさせないよ!」
 眼前に迫った鳥型キメラを、持ち替えたノコギリアックスで攻撃する沖田。
 一撃を受けて地面でばたばたと痛みに苦しむ鳥型キメラ。1体倒してもまた何処からか1体現れるという調子のため、幾ら倒してもキリがない。
「お兄様!」
「真白!」
 一瞬の隙をついて、鳥型キメラが真白を襲撃。足の先で鋭く光る爪は、真白の柔らかい肌へ突き刺さろうとしていた。危機を察した白夜だったが、別の鳥型キメラに阻まれて白雪の元まで辿り着けない。
「させるかっ!」
 真白と鳥型キメラの間へ強引に割り込んだのは、セラ。
 プロテクトシールドで鳥型キメラの爪を阻み、辛うじて真白に傷を負わせる事は防ぐ事ができた。攻撃が失敗した事を察すると、再び鳥型キメラは上空へと舞い戻っていく。
「真白に代って礼を申し上げます。ありがとうございます、セラ殿」
 セラに対して白夜は感謝の意を表した。
「戦闘中に感謝している場合じゃない。そろそろ撤退を開始した方がいいんじゃない?」
 白夜に目もくれず、セラは空を飛ぶ鳥型キメラを睨み付けた。
 こうしている間にも鳥型キメラは仲間を呼び続けている。このままでは相手が鳥型キメラだけではなくなるかもしれない。UPC軍の挟撃が開始されれば、間違いなく撤退できるのだが‥‥。
「みんな、UPC軍友軍到着したみたい。これから挟撃が始まりそうよ」
 トランシーバーを手にしていた夕風はその場へ居た傭兵たちに声をかけた。
 どうやら陽動作戦は成功、傭兵たちの任務はここまでという事らしい。
「皆さんは先に撤退を。殿は僕が務めます」
 ソウマはそう言いながら、超機械「グロウ」で鳥型キメラを殴りつける。電磁波を受けた鳥型キメラは体の自由を奪われ、崖下へと墜落していく。その際、数体の鳥型キメラを巻き込みながら落ちていったのはソウマのキョウ運が成せる業なのだろうか。
「ソウマさん、大丈夫ですか? 想定よりも鳥型キメラは多いようですが‥‥」
 殿を申し出たソウマに、獅月は声を掛ける。
 だが、当のソウマは不安を抱えているようにも見えず、今までと変わらず堂々とした面持ちだ。
「心配はありません。脱出を早く」
 獅月に目も向けず、淡々と語るソウマ。
 そんなソウマを獅月は信じる事にした。ソウマならば生きて帰る策があるのだという事を感じ取ったからだ。
「わかりました。皆さん、後はお願いします!」
 隠密潜行を使ってその場から退避する獅月。
 これを受けて傭兵たちは本格的に撤退を開始する。
「ソウマ君、引き際を誤らないようにお願い致します。行きますよ、真白。遅れないように」
「‥‥はい。ですが、白夜お兄様もご無理はなされないで下さい」
 真白と共に踵を返すと、撤退を開始する白夜。
 二人が相手にしていた鳥型キメラはソウマ一人に狙いを定めたらしく、ソウマの元に多くの鳥型キメラが集い始める。
「金にならない敵とこれ以上戦うのは御免だ。ケツ巻くってずらかるとするか」
「そうね。これ以上、この場へ留まっていても危険だから。ソウマさん、ご無事で」
 京一と夕風は鳥型キメラの攻撃から逃れるように、二手に分かれてその場を離れた。
 数体の鳥型キメラが二人の後を追っていったが、二人の腕ならば簡単に撃退できるだろう。
「こちらも撤退だ。殿を頼むぞ」
 プロテクトシールドを鳥型キメラへ向けたまま、後退りを開始するセラ。崖からある程度距離を置いた段階で、そそくさとその場を後にする。
 残されたのは沖田とソウマの二人だけ。今まで全員で押さえ込んでいた鳥型キメラは二人に殺到するのは自然の流れといえた。
「沖田さんも早く、撤退を」
 鳥型キメラの左側面から超機械「グロウ」を振り抜くソウマ。
 鳥型キメラが多く集まっていた事から、ソウマに吹き飛ばされた鳥型キメラは2、3体巻き込みながら前線の方へと落ちていく。
「しかし、この数はソウマ君一人では危険過ぎます。ここは二人で‥‥」
 地面へ落ちた鳥型キメラに向かってノコギリアックスを振り降ろす沖田。
 竜の瞳、竜の息を使って能力を向上させているが、それでも鳥型キメラの数は多すぎる。このままソウマを放置していく事に不安を抱かずには居られない。
「大丈夫です。今までの戦いからすれば、今回の作戦は修羅場にも入りません。それに、瞬天足を使えば逃げ切れるはずですからね。
 さぁ、早く!」
 ソウマは沖田に強く叫んだ。
 沖田の心配を吹き飛ばすかの如く、響き渡るソウマの声。
 崖下ではUPC軍は挟撃作戦を開始。バグア軍内で大きな爆発音が聞こえ始めている。異変に気付いた鳥型キメラは、状況を把握できずに狼狽しているようにも見える。
「わかりました。ソウマ君、必ず無傷で生還を‥‥」
「沖田さん、僕は『キョウ運の招き猫』ですよ。今回は強運を引き寄せて見せます」
 ソウマは沖田の拳に己の拳をそっとぶつけた。
 作戦開始前のそれとは違う、重みのある約束を感じさせるその行為は、沖田の中にあった不安と心配は完全に消え去った。
「ええ、そうですね。後を頼みましたよ」
 沖田はソウマを信じて撤退する。
 再び再開できる事を祈りながら。
 
 崖の上にはソウマだけが残されていた。上空に沢山いた鳥型キメラは、バグア軍が攻撃を受けている事を知ってバラバラに動き始める。今でもソウマに攻撃を仕掛ける者、より大きな爆発音に惹かれてバグア軍中央へ向かっていく者、何をして良いのか分からず、ただ上空を飛び回る者。
 瓦礫を掻き分けるかのように、飛びかかってくる鳥型キメラを電磁波で撃ち落とすソウマ。今まで何体を崖下に落としたのかは分からない。それでも他の傭兵たちが完全に逃げ切るまで、この場を離れる訳にはいかなかった。
 ――そして。
 挟撃作戦はUPC軍の優勢に進んでいる。ここまでくれば、UPC軍勝利は揺るぎないものとなったはずだ。この勝利は陽動作戦を遂行した傭兵たちによってもたらされたと言っても過言ではない。
 その陽動作戦もソウマが撤退すればすべてが終わる。
「依頼は完遂しました。武運を祈ってますよ」
 崖下のUPC軍に視線を送ると、ソウマは瞬天速でその場から離れた。