●リプレイ本文
この世は、地獄だ。
生き抜く事が試練であり、人々に悲劇の雨が降り注ぐ。
仮に救いがあったとしても、それは新たなる悲劇の幕開けに過ぎない。
人生は常に――残酷だ。
ランジット・ダルダ(gz0194)は、ムンバイに居た。
迫り来るバグアの軍勢を前にして、大ダルダは長い歴史の中で仲違いしてきたインド政府と民族側を団結させるよう尽力してきた。悠久なる大地を守る為には、人類が結束する事が不可欠だと気付いていたからだ。
だが、道程はそう簡単なものではなかった。
多くの時間は双方の心を凍り付かせ、首を縦に振る事はなかった。その心を大ダルダは時間を掛けて説得。双方の溝を少しずつ埋めていった。
一方、人類側も大ダルダの行為を快く思わない者も現れた。民族側と手を結ぶ事のメリットを疑ったためだ。手を結んでバグアに勝てる保証がない、ならば手を結ぶだけ無駄である。さらに団結を妨害するため、バグアも行動を開始。大ダルダの身辺が焦臭くなっていった。
こうした動きを察知した政府と軍は、大ダルダの身辺警護を名目にSPを派遣。当初より大ダルダの警護を行っていたMahaKaraと領分争いを開始する事となる。
大ダルダは傭兵たちの協力を得ながら二度に渡るバグアの襲撃を回避する事に成功。
――そして、今日。
大ダルダは団結式に臨む。団結式を乗り越える事が、対バグア戦の第一歩。母なる大地を取り戻す戦いは、今日から始まるのである。
●
団結式会場内。
「すいません、逃げ場を見失ってしまって‥‥少しだけ、ご一緒しても?」
宗太郎=シルエイト(
ga4261)は、民族側代表団の傍に居た。
大ダルダが準備していた団結式には、政府側要人や民族側代表団だけではない。インド国内から関係者やプレスも来場している。警備の人間を入れれば、多くの人間が溢れかえっているのだ。
そんな中、宗太郎は人混みに弾き出されるように民族代表団の前に現れたのだ。
「君は?」
「あ、怪しい者じゃありません。少しだけこの場をお借りだければいいんです」
宗太郎が言葉を言い終える前に、民族側代表団団長の前にSPらしき男達が立ちはだかる。
民族側も大ダルダが二度に渡って命を狙われた事は知っている。万が一を考えて民族側も護衛を雇っていたようだ。だが、宗太郎はそのSPの間を割ってはいるように民族側代表団団長に近づいた。
「‥‥ね、お願いします」
宗太郎は民族側代表団団長にウインクをした。
「!?」
民族側代表団団長は、狼狽した。
宗太郎は、自分が能力者である事を伝えるために、ほんの一瞬だけ覚醒して見せた。そのため、瞳の色が変化する。
民族側代表団団長も、宗太郎が傭兵である事に気付いたようだ。
そして、このような接触方法を取るという事は何らかの理由がある事を察した。民族側代表団としても団結式は成功させたい。ならば――。
「これだけの混雑だ。無理もない。ここでしばらく待つといい」
宗太郎を受け入れた民族側代表団団長は、そう言った。
この団結式は、絶対に失敗させられない。
大ダルダの強い想いを守るために、宗太郎は彼らを守ると決意していた。
「ありがとうございます。お言葉に甘えさせていただきます」
宗太郎と同じように護衛に苦心する傭兵は多い。
これもすべては大ダルダを護り、団結式を成功させるためだ。
「‥‥なるほど。SPの皆さんは港町へ行かれましたか」
古河 甚五郎(
ga6412)は、政府側SPのプーラン・プシュパダンタと軍側SPのI.H.ラークシャサから会場外で行われた戦闘状況を含めて調整を行っていた。
港町に現れたキメラ退治及び逃げ惑う民衆を誘導する者の手が不足。急遽会場に居たSPの一部が港町へ救援へ向かう事になった。このため、政府側SP及び軍側SPの人数が減少していた。
「まあ、限られた人数でも専門家の私が居れば大丈夫だ」
自信満々のプーラン。
古河は目の前の男が口だけで何もできない事を知っている。それでも、煽てれば動く事は分かっている。ならば、団結式内部で下手な揉め事は回避するべきだ。
「SPの人数が減っても厳重なガードは必要ですからねぇ。やはり可能な限り多重防衛網を引くしかないですよねぇ」
古河は侵入経路の監視をWチェックするよう申し入れていた。政府SPの状況把握能力と軍の戦闘力。相互に増補すれば、警備体制は万全となる。
もっとも、この状況下でSPが不足する事は目に見えている。だからこそ、Makaharaや傭兵を下働きとして利用する事で補える。これを納得させる事で、会場内で傭兵達を動きやすくするという狙いがある。
「そ、そうだ。私もそれしかないと思っていたのだ」
慌てて同意するプーラン。
おそらく何も考えていなかったに違いない。
「でしょうねぇ。ラークシャサさんも同じ意見でしょうかね?」
「うむ。すべては愛のため、私も尽力しよう」
政府、軍双方のSPが同意した。おそらく、双方の関係者も出席する団結式だ。下手な揉め事は先方も避けたいのだろう。失敗すれば、おそらく傭兵たちが原因とするつもりなのだろうが‥‥。
「さすが警備の専門家だ。自分には真似できませんねぇ」
一抹の不安を脳裏から払拭しながら、古河は警備のために会場の正面玄関へ向かって歩き出した。
「おじい様、お茶をどうぞ」
メイド姿のInnocence(
ga8305)は、大ダルダに一杯のお茶を差し出した。
式典を前に緊張しているだろうと考えた、Innocenceの気遣いだ。
「おおぅ、すまんのう」
「おじい様が緊張の面持ちで頑張っておりますのね。私も頑張りますわ」
「ん? 何故、ワシが緊張しておると?」
「それは、その‥‥。いつもの、行為が‥‥」
モジモジと言いにくそうにするInnocence。
実は、大ダルダの傍に来た女性は尻を触られるという運命にある。
Innocenceもその洗礼を受けた事もあるが、今日に限ってはそうした行為が一切ない。Innocenceは緊張のために尻を触らないものだと考えていたようだ。
言いにくそうにしているInnocenceの様子を見て、大ダルダはInnocenceの考えを察したようだ。
「む、そうか。気を遣わせてしまったのう」
「いえ。でも、緊張されていないとすれば、お体の具合でも?」
「そうではない、そうではないんじゃ。
ただ、胸騒ぎがしてのう」
大ダルダはお茶を手にしながら宙を見つめた。
胸騒ぎの理由は分からない。ただ、何かが気になって仕方ない。
バグアの襲撃?
否、それよりももっと深刻な何かな気がする。
「おじい様?」
心配したInnocenceが大ダルダの顔を覗き込んだ。
「ああ、すまんすまん。
こんな大事な日に不安げな顔はワシらしくもない。堂々とせねば、他の皆にも不安が移ってしまうわい」
豪快な笑い声と共に、大ダルダはInnocenceのお茶を一気に飲み干した。
「ソウマ君。大ダルダ本人だけではなく、それを見張っている護衛の動きにも注意してくれるかな」
「了解しました。沖田さんも無理なさらずに」
沖田 護(
gc0208)は無線機を通して、ソウマ(
gc0505)へ連絡を取っていた。
今回、傭兵達は大ダルダ本人の護衛に加えて会場付近の警護も強化していた。今までの傾向から、上水流(gz0418)が現れるとすれば自爆する蜘蛛型キメラも一緒だろう。ならば、その蜘蛛も排除しなければならない。このため、傭兵達の中には自主的に連絡を取り合う者も居た。
「鳴神さん、敵の陽動作戦がそちらで発生するかもしれません。制圧をお願いします」
「心得ています。招かれざる客には早々に退場いただきます」
沖田から連絡を受けた鳴神 伊織(
ga0421)は、会場内を巡回していた。
大ダルダへ向かう事は間違いない。ならば、向かう通路は限られている。可能な限り、蜘蛛の侵入を防ぎたいところだ。
「お願いします」
沖田は無線機の電源を落とした。
大ダルダは敵の襲撃があっても可能な限り団結式を継続するだろう。可能な限り団結式を継続する事が、大ダルダの目的だからだ。そのためには、傭兵達の尽力が不可欠。
(内通者‥‥動くならこの会場だ。
あの人が言っていた「機会」、今日この日をおいて他にない。今日のために「準備」も万全だろう)
そして――沖田はもう一人の知り合いへ連絡を入れようとする。
「‥‥失礼、お嬢さん」
赤を基調にしたサリーに身を包んだミリハナク(
gc4008)に、トリプランタカが声を掛けた。
「何かしら?」
「先程、肩が当たったかと思いまして。一言、お詫び致します」
トリプランタカは頭を下げた。
大ダルダ警備のために会場へ来ているのだろう。軍服に身を包み、大ダルダの傍で目を光らせている。
「あら、そんな事でわざわざ呼び止めたの?」
「はい。気分を害されたのではないかと思いまして」
真面目なトリプランタカ。
だからこそ、ミリハナクの悪い虫が疼き出す。
「詫びる事はありませんわ。
でも、詫びる気持ちがあるなら‥‥任務を全うしてご覧なさい。SPさん」
●
蜘蛛型キメラ「ギーグ」は、団結式が開始したと同時に現れた。
団結式会場正面を警備していた傭兵達の間に、緊張の色が見え始める。
「僕が止める‥‥」
ライオットシールドで蜘蛛の爆風から身を守るトゥリム(
gc6022)。
波のように、何十匹も会場正面へ襲撃を掛ける蜘蛛達。トゥリムは一匹でも多くこの場で侵入を防ぐため、奮戦しているのだ。
傍らに居た蜘蛛を遠くへ蹴り飛ばすトゥリム。
その手にはクルメタルP−56が握られている。
(自爆する為に生まれてきたなんて、哀れな‥‥)
トゥリムの脳裏にそんな言葉が浮かんだ。
だが、敵はキメラ。ここで止めなければ多くの人が自爆に巻き込まれる事になる。
傭兵である以上、倒さなければならない相手。
トゥリムは己の頭を振って、余計な思考を吹き飛ばす。
「‥‥」
トゥリムは沈黙したまま、クルメタルP−56の引き金を引いた。
「ああ、クソ。気持ち悪い‥‥」
正面玄関に押し寄せる蜘蛛の群れに、カズキ・S・玖珂(
gc5095)は背筋が凍る思いだった。
蜘蛛を生理的に受け付けないカズキにとって、目の前の光景は悪夢以外の何物でもない。蜘蛛の大群がこちらに向かって攻撃を仕掛けてくるなんて、B級ホラー映画の中だけにして欲しい。
「ゲームであるよな、ドラム缶の爆発で敵をまとめて倒すっていうのがな!!」
滝沢タキトゥス(
gc4659)は、カズキを援護する形でクルメタルP−38を連射する。
カズキの眼前で一匹の蜘蛛が爆発。その爆発に巻き込まれる形で他の蜘蛛も誘爆していく。
「すまん、勝手に庇っちまったみたいだ‥‥」
カズキの背中を守るように、滝沢がカズキの傍らへ歩を進めた。
滝沢に守られたという事実が、カズキの心に火を付ける。
「活が入った。感謝はする」
「礼は不要だ。代わりに蜘蛛に鉛玉をくれてやるんだな」
「‥‥そうするよ」
カズキはSMG「ターミネーター」を片手に正面玄関へと陣取った。
襲撃を受けているのは正面玄関だけではなかった。
確かに大きな入り口は正面玄関だが、通用口となるものが三つあった。蜘蛛からすれば中に入り込めれば何処でも構わない。
「ここは、関係者以外立ち入り禁止なんですがねぇ」
瞬速縮地で間合いを詰めた古河は、手近に居た蜘蛛を獣突で弾き飛ばす。
その先には蜘蛛の一団があった。
「今ですぜ」
「‥‥クソが‥‥面倒だな」
西島 百白(
ga2123)は蜘蛛の一団に向けてSMG「ターミネーター」を撃ち込んだ。
古河の蹴りで昏倒していた蜘蛛にターミネータの弾が直撃、爆発。
その爆発に巻き込まれる形で蜘蛛の一団は、大きな爆発へと姿を変える。
「気色の悪い花火だなぁ、本当に」
古河は三度蜘蛛の相手をしているが、自爆という能力を持つ蜘蛛はやりにくい相手だった。大きな蜘蛛とはいっても通気用ダクトを通って目標に向かう事も考えられる。はっきり言って厄介な相手と言えるだろう。
「ふふふ、薄気味悪い蜘蛛には殺虫剤ですよね」
住吉(
gc6879)は超機械「扇嵐」で蜘蛛の群れの真ん中に竜巻を出現させる。
宙に舞い上がる蜘蛛は、竜巻の中で蜘蛛同士と接触。派手な爆発を巻き起こしていた。
「かぁ、これまた嫌な花火だ」
「次、来ますわ」
古河の言葉を無視するかのように、住吉は探査の眼で察知した存在を伝えた。
先程から何度も襲ってくる蜘蛛の群れに、余裕はまったくなかった。
「さて‥‥狩りでも‥‥始めるか‥‥」
新手の蜘蛛の一団を耳にした西島は、大剣「アウゲイアス」へ持ち替えた。
群れに突撃して一気に敵を片付けるつもりなのだろう。
「やれやれ。自分ももう一仕事するとしますか」
古河はため息をついた後、次に現れる蜘蛛へ視線を送った。
東側通用口は、苦戦する者が居た。
「‥‥くっ、まだ行けます!」
LL−011「アスタロト」に身を包んだミルヒ(
gc7084)。
AU−KVを身に纏って戦っているのだが、重傷の体を引き摺っての参戦。時折、機械剣「サザンクロス」を杖にして立ち上がるシーンも見られていた。
「油断するな!」
中山 梓が膝をつくミルヒに怒鳴った。
ミルヒは梓の力になるべく参戦していたが、己の身が自由にならない事に歯痒さを感じていた。それに対して梓は特に重傷の事を指摘する訳でもなく。小銃「S−01」で淡々と蜘蛛を排除していく。
「梓さん、私‥‥」
「ま〜、気負わない方がよろしいのではなくて?」
ミルヒの肩を関城 翼(
gc7102)が、ぽんっと叩いた。
チャイナドレスの裾から見える足が印象的な翼だが、その手にはスコーピオンが握られている。
「気負わない方が、いい?」
「そう。死なない程度にゆっくり的確にやっていきましょうって事です。
死ねば、何も残らないのですから」
翼はミルヒに微笑んだ。
梓と一緒に戦いたい。その想いは純粋だが、死んでしまっては意味がない。これからも梓と共に戦うためには、ここで無理するのは良い事ではない。
「梓さん」
ミルヒは梓の方を見た。
その視線の意味を察したのか、梓は小さく頷く。
「ピンチと聞いて参上!
フォローはあたしに任せて、存分に戦いなさーい!」
Lilas(
gc6594)が支援のためにやってきた。
無線で東側通用口が危険だと聞いてやってきたようだ。
到着と同時に小銃「フォーリングスター」を連射。こちらへ向かってくる数匹の蜘蛛が派手に爆発する。
「さぁ、あたしが来たからにはもう安心! さっさと蜘蛛は片付けましょ!」
Lilasが元気一杯に叫んだ。
その一言が、ミルヒの重苦しい雰囲気を吹き飛ばした。
「希望が消える瞬間を楽しむなんて‥‥美じゃなくてただの悪趣味です」
西の通用口で、鐘依 透(
ga6282)は奮戦していた。
透が言っているのは上水流の事だ。以前戦闘で希望が消える瞬間を楽しむと言い放ったらしいが、その事が透の突き動かした。
希望を紡ごうとする意志に、私欲で水を差そうとするバグアは無粋。
真剣に頑張る人と対峙して良いのは、同じ真剣な人だけ。
透は、そう考えていた。
「消えなさい!」
透は機械巻物「雷遁」で蜘蛛の一団を攻撃。
強力な電磁波は蜘蛛を包み込み、一気に爆発する。
だが、撃ち漏らした蜘蛛が団結式会場に向かって前進を開始する。
「まだ狙うか。なら、こちらは何度でも護るだけだ!」
神棟星嵐(
gc1022)のAL−011「ミカエル」の車体を滑らせながら、すれ違い様に機械剣「サザンクロス」を振り抜いた。
切り裂かれた蜘蛛は爆発。神棟のミカエルは車体を反転させながら停車する。
「片付いたか‥‥」
神棟は周囲を見回す。
あれだけ迫っていた蜘蛛は、既に一掃。周囲には蜘蛛らしい姿は見つからない。
「そうですね。ですが、時間を置いて再び襲撃する可能性もあります」
透は蜘蛛がいない状況でも、警戒は緩めない。
今が嵐の前の静けさである可能性も考えられる。気を抜いた瞬間に蜘蛛の大群がやってくるとも限らないのだ。
その時――神棟の無線機が鳴った。
「正面玄関に迫る蜘蛛は排除した。そっちの敵はどうだ!? 通した敵はそう多くあるまい?」
無線機の向こうに居るのは滝沢のようだ。
「残念だが、通した敵は想定以上と考えた方が良さそうだ」
神棟は、そう答えた。
SPの数が減少した事に加え、当初戦力を正面玄関に多く割り振っていた。
これについては問題なかったのだが、通用口を防衛する戦力が少なかった。このため、正面玄関から一部戦力を割いて防衛する形になった。正面玄関ほど大きな入り口ではないために大規模な潜入はなかったが、傭兵の支援が出遅れてしまった感は否めない。
「そうか、中に居る連中を信じる他ないか」
滝沢はため息をつく。
今すぐにでも団結式会場へ駆け込みたいのだが、再度蜘蛛の襲撃があれば戦力低下が避けられない。また、蜘蛛の自爆に巻き込まれたSPを助けない訳にもいかない。
滝沢は新人時代からの恩師の身を、一人案じていた。
「レティアさん、どうか怪我だけはしないように‥‥」
●
「お前が上水流か‥‥」
ユーリ・ヴェルトライゼン(
ga8751)は、廊下に立つ和服の男を睨み付けた。
怪しい雰囲気を醸し出す上水流。見る限り、思い切り抱きつけばへし折れてしまうのではないかと思われるような細い腰。腕も女性のようにとてもか細い。
だが、足下には数匹の蜘蛛。そして、一人のSPが恐怖で顔を歪ませている。
「おや、傭兵の中にも俺を捜す者が居ましたか」
「黙れ。見つけたからには、お前を逃がさない」
機械剣「ウリエル」を構えるユーリ。
探査の眼で蜘蛛の存在を捜している最中、明らかに蜘蛛とは違う怪しい人物を発見。急行してみれば、案の定上水流が居たという訳だ。
「ふふ、君が抱く絶望がどのような輝きを放つのか‥‥。とても、興味がありますよ」
上水流はユーリに向き直る。
目の前の男がどのような能力を有しているのか、分からない。
だが、ここで上水流を止めなければ大ダルダを護る事は難しい。
「どうしました? その剣で私を殺すのでしょう?
ならば、早く君の剣を‥‥」
「たぁ!」
ユーリの背後から走り込んできたのは、鳴神 伊織(
ga0421)。
鬼蛍の一撃が上水流へ振るわれる。
しかし、上水流は一歩下がってその一撃を躱す。
「今度は美しいお嬢さんの登場ですか」
「あなたをこれ以上先に進ませる訳にはいきません。
――逝きなさい」
「これは手厳しい。ですが、私も観客として今日の悲劇を楽しみにしていたのです。
ここであなたがたに止められる訳にはいきません」
――ドンっ!
上水流がそう言った瞬間、SPの傍らに居た一匹の蜘蛛が自爆する。
「ギャァ!」
SPの左腕を巻き込み、周囲には血と肉片が飛び散っている。壁にも大きな穴が空き、地面を大きく抉っている。
SPの左腕を吹き飛ばしておきながら、顔色一つ変えない上水流にユーリは怒りが込み上げる。
「貴様!」
「殺しはしません。あなた方傭兵は、傷つく者を放ってはおけないのでしょう?
なら、早くこの方を助けてやったらいかがでしょう」
上水流はわざとSPを傷つける事で、ユーリや鳴神の足枷にするつもりのようだ。
「ユーリさん、この方の手当をお願いします」
「分かった」
鳴神は鬼蛍を再び構える。
ここで上水流を逃がせば大ダルダの身が危険だ。ならば、多少無理をしても上水流を止めなければならない。
「ふふ、お嬢さんはまだ諦めないようですね。
ですが、大丈夫ですか?
俺はさっきも言った通り、彼を殺す気はありません。でも、彼らはどうでしょうねぇ」
「どういう意味‥‥」
鳴神が聞き返そうとした瞬間、先程出来上がった壁の穴から蜘蛛が姿を現した。
それも一匹や二匹ではない。既に十匹以上の蜘蛛が廊下へ溢れ出している。
この蜘蛛が一気に自爆すればSPだけではない。会場にも大きな影響が出る事になる。
「‥‥仕方ありません」
鳴神は蜘蛛の方へ向き直った。
この蜘蛛を片付けた後で上水流を追うしかないと判断したからだ。
「聡明な子。あなたが絶望する瞬間もきっと美しい輝きを放つでしょうね。
それから勘違いしているようですが‥‥」
足早に去りゆく上水流の声が廊下に響き渡る。
ユーリと鳴神をあざ笑うかのように。
「私は観客。悲劇の舞台を見守る傍観者に過ぎませんよ」
●
「では、双方この書類に署名する事で調印としよう。
以後、バグアと戦うために手を取り合うようにな」
大ダルダは満面の笑みで政府側代表と民族側代表にサインを促した。
このサインが成されれば、長きに渡って争っていたインド政府と民族側の争いは終止符を打つ。今後はバグアとの戦いに手を結ぶ事になる。
しかし、この状況をバグアがそのまま見過ごすはずもなかった。
「‥‥! 来ますよ」
戦闘用タキシードに身を包んだソウマは、蜘蛛の存在を察知した。
探査の眼、バイブレーションセンサーで団結式会場に近づく蜘蛛を確認。
「沖田さん、舞台袖に居ます!」
ソウマに教えられた場所へ走り出す沖田。
そこには一匹の蜘蛛が床を徘徊している。
「これでっ!」
沖田は竜の咆哮を施したアイムールで、蜘蛛を吹き飛ばした。
蜘蛛は誰も居ない舞台奥で爆発。爆発音が団結式会場中に響き渡る。
「なんだ!?」
「バグアの攻撃か?」
「逃げろーっ!」
団結式会場に居た観客はパニックとなる。
逃げ惑う者、泣き叫ぶ者、我が身可愛さで逃げる事に必死の観客達。
同時に爆発音を受けて他の蜘蛛達も会場内へ侵入を開始する。
「一発で仕留める‥‥そこだっ!」
ブロント・アルフォード(
gb5351)の拳銃「ライスナー」が、蜘蛛を的確に捉えて爆発させる。逃げ惑う観客に影響がないように戦うのはかなりの骨だ。だが、ここで蜘蛛を排除しなければ大ダルダの身が危険に及ぶ。
「皆さん、慌てないでください。SPの誘導に従ってください」
メイド姿のInnocenceは、逃げ惑う観客に声を掛ける。
誰も怪我をして欲しくない。大ダルダ護衛のために訪れていたInnocence
だったが、その優しさは観客にも向けられているようだ。
「‥‥くそっ、この位置じゃまずいか」
那月 ケイ(
gc4469)は、周囲の状況に苦戦していた。
ブロントと同じように、逃げ惑う観客に影響がでないように蜘蛛を始末する事に手間取っていたのだ。
「仕方ねぇ!」
那月はカミツレで蜘蛛を掬い上げると、空に向かって放り投げた。
重力に従って放物線を描く蜘蛛。
「ねーさん、頼んだ!」
那月の視線はLetia Bar(
ga6313)に向けられている。
Letiaは、拳銃「バラキエル」で蜘蛛の照準を合わせる。
「あっぶないよ〜!」
引き金を引くLetia。
次の瞬間、蜘蛛は2メートル程上空で爆発。
だが、幸いにも施設や観客には影響がないようだ。
「よぉし、ケイくん! どんどんこーいっ!」
Letiaは元気一杯に叫んだ。
傭兵達のおかげで確実に排除されていく蜘蛛。
――だが。
本当の悲劇は、これから幕を上げるのだった。
●
「なんだ、あいつ?」
蜘蛛を排除する最中、ジャック・ジェリア(
gc0672)はある事に気付いた。
逃げ惑う観客の流れに逆らって、ゆっくりと舞台へ向かってくる一人の男。
この場において、明らかに異質な存在。
ジャックは、MahaKaraのメンバーから聞かされていたバグアの存在が脳裏に浮かぶ。
「あいつが‥‥上水流かっ!」
ジャックの一言は、その場に居た傭兵達を身構えさせるには十分だった。
「これ以上、こっちに来ないで下さいよ〜」
八尾師 命(
gb9785)は、プロテクトシールドを携えて上水流の行く手を阻んだ。
さらにその後方では市川良一(
gc3644)がスナイパーライフルで上水流に照準を合わせる。
「あんたもしつこいなー。そろそろ諦めたらどうだい?」
八尾師や市川だけではない。
その場に居た傭兵が上水流というバグアに注視している。
「ふふ、三度の再会ですね。大ダルダ」
「うむ。出来れば会いたくなかったんじゃがのう」
余裕の笑みを浮かべる上水流。
それに対して大ダルダは、ため息をついた。
三度大ダルダを襲撃した上水流。大ダルダにとって再会したくない相手である事は間違いない。
「これだけの傭兵を一人で相手にする気か? 大した自信だな」
ブロントは雲隠に武器を持ち替えて身構える。
いくらバグアでも、これだけの傭兵を前にしてタダで済むはずがない。
「俺はそこまで愚かじゃありません。ドレアドルのような犬と一緒にされるのは心外‥‥」
「みぎゃっ!」
上水流がそこまで言い掛けた瞬間、舞台袖に居た着ぐるみが動き出した。
団結式のマスコットとして置かれていた「な〜が君」が、上水流に向かって歩き出す。「あ、あれはまさか噂の‥‥未来研が極秘裏に開発したという生体兵器!? 完成していたのか!?」
驚嘆の声を上げる宗太郎。
その一言を聞いた八尾師が聞き返す。
「ええ〜っ、本当なんですか?」
「‥‥いや、すまねぇ。今作った噂だ。しかしまぁ、面白ぇことしてくれるわ‥‥母さんは」
宗太郎が母さんと呼ぶのは、UNKNOWN(
ga4276)。
団結式準備の際からUNKNOWNはな〜が君を着てスタンバイ。上水流が現れるまで舞台袖で一人待機していたという訳だ。
「みぎゃー!」
颯爽と登場したな〜が君は、調子に乗ってバク転。
だが、会場は階段状であるため足場はそれ程広くない。な〜が君の足で着地する事は困難だ。
な〜が君は案の定着地に失敗。ごんっ、という派手な音が団結式会場に響き渡る。
「‥‥醜い」
上水流は吐き捨てるように言った。
その一言がな〜が君の怒りを買ったのか、はたまたバク転失敗の八つ当たりなのか。
な〜が君は手についた鋭い爪で上水流に攻撃を仕掛ける。
「みぎゃっ!」
「まったく、傭兵という存在は理解し難い。訳が分かりませんね」
な〜が君の爪を下がりながら躱す上水流。
誰もが上水流の方を注目している最中。
ある者がゆっくりと大ダルダへ近づいていく。手にはデリンジャー。その姿は明らかに殺意が込められていた。
あと一歩近づけば、外すことのない距離。
大ダルダも上水流に注目していて気付いていない。
引き金に手を掛けた――その時。
「パーティーは楽しむためのものですから、無粋な真似はダメですわよ。
‥‥トリプランタカさん」
ミリハナクのバヂ・ガ・クパがトリプランタカの右腕に絡みつく。
「く、離せっ!」
「そうはいきませんわ。こちらも傭兵としての責務を全うしなければなりませんもの」
トリプランタカが声を上げた段階で、傭兵達も異変に気付く。
大ダルダの傍でデリンジャーを構えていたとすれば、親子同然と言われたトリプランタカでも怪しいと言わざるを得ない。
「ミリハナクさん、ありがとう」
そうトリプランタカに近づいたのは、沖田だ。
沖田はミリハナクに会場内で内通者が動きを見せたら制圧するようにお願いしていたのだ。
「トリプランタカさん、内通者があなたであった事は察しがついていました」
「‥‥」
「前に、僕は聞いたのを覚えていますか? もし、トリプランタカさんが大ダルダを狙うとすれば、どうしますかって。
その時、あなたは準備を行って機会を待つと言われました。
だからあなたは、この団結式会場という機会のために様々な準備をされたのでしょう。上水流が大ダルダの命を狙っていると関係者に信じ込ませる。そして、上水流に気を取られている隙にあなたが大ダルダの命を奪う。違いますか?」
「‥‥」
沖田の言葉に、トリプランタカは何も答えない。
内通者がトリプランタカであると判明した以上、大ダルダの命を狙うのは難しい。
「何故じゃ。何故、ワシの命を奪う必要がある? ワシとお前は‥‥」
大ダルダはトリプランタカに問う。
親子同然で常に一緒に居た大ダルダとトリプランタカ。
大ダルダからすれば青天の霹靂。命を狙わなければならない理由が見当たらないのだ。
「‥‥あなたは、対バグアに捕らわれすぎたのです」
「なんじゃと?」
トリプランタカの口から語られる理由。
それは対バグアとの戦いに迷う軍人の姿があった。
「私は軍の人間から何度も聞きました。
あなたは無理な命令で派兵された補給部隊が全滅した、と。その派兵された補給部隊の中には、私の弟も居たのです」
トリプランタカには三人の弟が居る。
そのうちの一人は記録上戦死している。その事は大ダルダも知っている話だ。
「トリプランタカ‥‥」
「私だってそんな話を信じたくはなかった。
親愛なる大ダルダがそのような真似をするはずはない、と。
ですが、大ダルダは政府と民族を結びつけて対バグア戦の準備を進めている。私の中で大ダルダという人物像が分からなくなってきました。
その時、上水流と出会ったのです。」
おそらく、大ダルダの動きを快く思わない一派の流した噂だろう。
普段ならば聞き流す程度の噂だったのだろうが、肉親が絡んだ事で言葉の受け取り方に変化が生じた。
だからこそ、バグアの言葉を信じようともしないトリプランタカがこのような暴挙に出たのかもしれない。
「彼は、少数ながらもバグアの中に居る和平派だと名乗りました。だから私は、和平派の上水流と手を結び、あなたを止める事を決意したのです。戦争に狂う親を止めるのは子の勤めでしょう」
トリプランタカは、対バグア戦を推し進める大ダルダを止めようとしていたのだ。
おそらく、大ダルダを殺した後で自害するつもりだったのだろう。
そこまでして大ダルダを止めようとしていたのは、大ダルダを愛するからに他ならない。
――だが。
「ふふふ‥‥くっくっく」
突然、上水流は笑いだした。
「どうした? 頭でもイカれたか?」
那月は上水流の笑い声に不安を感じていた。
その不安は図らずも的中する事になる。
「トリプランタカ、あなたは本当に素直な人です」
「なに?」
「私が本当にバグアの和平派だと思いますか?
もし、本当に和平派であれば大ダルダの方へ接触して戦争を止めたと考えなかったのですか?」
上水流の言葉にトリプランタカは、何を言っているのか理解出来ていない。
上水流が和平派じゃない。
では、一体何のために大ダルダの命を狙ったのだろうか。
「上水流‥‥」
「大ダルダがあなたの弟を死なせたかなど、俺は知りませんよ。私があなたに話を合わせただけですから。
それにしても、あなたは本当に良い傀儡でした。あまりに素直すぎて退屈しましたが‥‥」
「貴様っ! トリプランタカを騙したのか!」
大ダルダは上水流を睨み付ける。
「戦争でしょう。騙される方が悪いのです。
それより、トリプランタカさんの騙されたと分かった時の顔――堪りませんね。まさに絶望。素晴らしい表情ですよ」
上水流は大ダルダ暗殺が失敗しても、トリプランタカの絶望を見る事ができる。
だからこそ、上水流は観客としてこの団結式へ現れたのだろう。
「ですが‥‥バグアとしてこのまま帰る訳には参りません。
せっかくですから、大ダルダ暗殺のお手伝いをさせていただきましょうか」
上水流は微笑む。
その視線の先には、一匹の蜘蛛。
いつの間にか大ダルダのすぐ傍まで近寄っている。蜘蛛は既に自らの意志で自爆を敢行、銃や剣で蜘蛛を攻撃する暇はない。
「!?」
「大ダルダ!」
いつの間にかバヂ・ガ・クパの鎖を解いたトリプランタカが、大ダルダの足下に居た蜘蛛を抱きかかえる。
体が勝手に動いたのだろう。一時は殺そうとした大ダルダを護るために――。
(大ダルダ、不出来な息子をお許しください‥‥)
――ドンッ!
派手な爆発と共に、トリプランタカの体は四散。
血と肉は弾け飛び、付近に無残な姿を晒している。
「トリプランタカ!」
「残念。最後には吐き気を催す親子愛が絶望を防ぎましたか」
大ダルダの悲痛な声に対しても、上水流はその態度を崩そうとしない。
その余裕な態度の上水流を追い込むべく、な〜が君が再び爪で襲い掛かる。
「みぎゃっ!」
「醜い着ぐるみを遊ぶのも飽きました。ここらでお暇させていただきましょう」
上水流は、掻き消すように姿を消した。
瞬間移動――虚実空間を用いていたものの、瞬間移動を封じる事はできなかったようだ。
上水流が消えた団結式会場。
命を散らしたトリプランタカと、悲痛な面持ちの大ダルダ。
傭兵達はその場に佇む他なかった。
その後、団結式は継続されて無事調印。
トリプランタカが内通者であった事から、政府関係者が軍とMahaKaraを追求する一幕はあったものの、政府側と民族側は手を取り合ってバグアと戦っていく事になる。
――だが。
大ダルダの心には抜けない棘が、今も突き刺さっている。