●リプレイ本文
●交信
「‥‥以上が作戦の概要です。落ち着いて、もう少しお待ちを」
叢雲(
ga2494)は、通信機の先にいる兵士に状況を説明する。
狼型キメラに襲撃されてビルに籠城する兵士。彼を救出するため、依頼を受けた傭兵たちは一堂に会していた。もし、彼が死亡するような事があれば、部隊は完全に全滅。バグアの手により人類は最悪なシナリオへ一歩近づいた事になる。
「私たちがあなたを必ず助けるわ。最後まで希望を捨てない事ね」
叢雲の傍らからロシャーデ・ルーク(
gc1391)が口を挟む。
危機的状況の中で、こうした励ましは本当に有り難い。その証拠に兵士の声にも安堵の想いが込められているようだ。
「君たちが助けてくれると信じている。頼んだぞ」
その言葉を最後に、通信は途絶えた。
次の兵士と会話する時は、救出のために顔を合わせた時になるはずだ。
必ず兵士を救出する。それこそが、傭兵たちに課せられた任務なのである。
「さてと‥‥お仕事の時間ですね。きちんと装備は身につけましたか? 携帯品は持ちましたか? 作戦は理解しましたか?」
「えっと‥‥あれもあるし、これもちゃんとある‥‥はい、大丈夫です!」
八葉 白夜(
gc3296)は妹の八葉 白珠(
gc0899)に優しく準備の確認を促す。
兄を慕う白珠を、白夜は愛おしく想う。だからこそ、同じ作戦に参加するという状況に一抹の不安が過ぎる。万が一、白珠の身に危険が及ぶような事があれば、己の身を第一に考えて欲しい。
傭兵としては失格だが、妹を案じる兄としては当たり前なのかもしれない。
「さて、狼狩りといくか‥‥」
「そうッスね! 親父とした野兎狩りみたいでワクワクするッス!」
妹の身を案じる白夜をよそに、九道 麻姫(
gc4661)とダンテ・トスターナ(
gc4409)は戦いの前の高揚を隠しきれずにいた。腕に自信のある二人は、来る狼との戦いに胸を素直に躍らせる。
「なあ、あんたもそう思うだろ?」
「‥‥‥‥」
麻姫に荒々しく肩を叩かれるのはムーグ・リード(
gc0402)。
何故か瞳を閉じて一言も発しようとしない。
「どうした? 何かあったのか?」
「動物‥‥殺ス‥‥良クナイ‥‥。ケド‥‥キメラニ‥‥抗う、『人』ガ‥‥イル」
ムーグは片言ながら自らの想いを伝えようとしていた。
動物型キメラを倒すという行為に心を痛めていたムーグ。だが、そのキメラを前に必死で生きようとする兵士がいる。その兵士を救うためには、キメラを倒さなければならない。そこに躊躇する事は決して許されない。
「難しい事を考えるんッスね。けど、兵士を救出したいって気持ちだけは分かったッス!」
常に元気を忘れないダンテ。
そんなダンテを見て、ムーグは思わず微笑む。この元気を忘れなければ、必ず兵士は救出できる。そう思えてならなかった。
「時間です。作戦を開始しましょう。
赤ずきんを助ける狩人が来た事を、狼たちに伝えましょうか」
叢雲はそう言いながら、SE−445Rの鍵を回した。
●襲撃
ビルに籠城する兵士を救助する作戦。
それは、ビルを取り囲む狼たちを先行班が引き剥がし、その隙を突いて救護班が救出。さらに狼が追跡できないよう後詰班が先行班と合流して狼を蹴散らすというものだ。
つまり、先行する班が如何にビルから狼を引き剥がすのかが重要な作戦と言える。
「‥‥行きます!」
前髪の一部が銀色に変化した叢雲は、SE−445Rに乗って狼の一団に向かって突進する。
突如現れた轟音を響かせる存在を前に、狼たちは思わず道を空けた。スリップするタイヤは、アスファルトに黒い線を描き、焼けたゴムの臭いを付近に充満させる。
狼たちは何が起こったのかも理解できず、闖入者を前に動きを止める。
その一瞬の隙を、叢雲は逃さない。
「お仕置きは終わりませんよ」
叢雲はバイクに跨がったまま、複合兵装「罪人の十字架」の引き金を引く。
乾いた音と同時に発射される弾丸の雨。覚醒した叢雲の弾丸は、地面を抉ると同時に狼たちの体を突き抜ける。避ける暇すら与えられない狼たちはその弾丸を一身に受けた。
さらに、狼たちの不幸は終わらない。
「八葉流壱の型‥‥萌芽」
長い髪が金髪に染まり九房の尾のように分かれた姿となった白夜。
白夜の手にする驟雨の美しくも脆い刃は、体の回転と共に狼の首筋に向かって払われる。
痛みを感じる暇さえ与えぬ居合い斬りは、狼の首をいとも簡単にはね飛ばした。
「可能なれば、無益な殺生は避けたいのですが‥‥」
「ふふ、そう言いながら情け容赦無しですね」
叢雲は軽く微笑んだ。
二人の前には体に多くの弾丸を受け、瀕死になっている狼が四体。体から血を流して足下もふらついている。だが、叢雲も白夜もこの四匹を倒せば済む話でない事は熟知している。目的はあくまでもビルから狼たちを引き剥がす事。
「ワオーーーーン!!」
狼たちは遠吠えをする。
空の向こうにまで響き渡る、震えるような遠吠え。
この遠吠えが仲間の狼へ助けを求めるものだという事を、叢雲と白夜は直感的に理解した。
「あとは、私たちがビルから離れるだけです。怖いぐらいに順調ですね」
そう言いながら、白夜は驟雨の切っ先を狼へ向けながら後退りを始める。
狼が瀕死の体を無理矢理動かして飛びかかるとも限らない。背中を見せて走り出すのは危険な行為を判断し、戦いながら離れるつもりだ。
その考えに同調したのだろう、叢雲もバイクから降りて白夜と共に下がり始めた。
「『最も大きな危険は勝利の瞬間にある』。油断せず、後詰班と合流しましょう」
●救出
「あの‥‥傭兵です! 助けに来ました!」
ビルのバリケードを抜けて兵士の元へやってきたのは、救護班の白珠とロシャーデ。先行班の叢雲と白夜がビルから狼型キメラを引き離した事を目視、さらに探査の眼で周囲を警戒。付近に狼の気配がない事を確認してビルへやってきたのだ。
「き、君たちが無線で話していた傭兵か。助かった」
「お怪我を見せて下さい。少しでも楽になると思います」
数時間ぶりに見る生きた人間に安心する兵士。腕に狼に噛まれたと思しき怪我を負っており、本人の手によると思われる包帯が無造作に巻かれていた。狐の耳を頭に生やした白珠は救急セットを用いて兵士の傷を治療し始める。
「先行班が狼たちの目を引いているけれど、あまり過信する訳にもいきませんわ。早くここから立ち去りましょう」
「ああ、そうだな。早く本隊へ戻らなくちゃ‥‥」
ロシャーデに促され、兵士は体を起こして立ち上がる。
兵士が本隊へ戻ったとしても、本来の作戦行動を取る事はできないだろう。それどころか、部隊全滅の報という辛い現実を本隊へ伝えなければならない。
それでも、兵士が戻るとするのは軍人だからなのか。
それとも、敗走部隊の生き残りだからなのか。
「‥‥どうかしたのか?」
兵士を見つめ続けるロシャーデを不審に思った兵士は、思わず問いかけた。
「いや、何でもないわ。気にしないで。
それより、本隊に向かう道中は私があなたを護るわ」
ロシャーデの手にはメトロニウム合金で作られた一枚の盾があった。天使の羽のオブジェがあしらわれ、白銀の光沢を放つ盾。ロシャーデはこの盾を装備し、建物の影から奇襲されないように警戒するという。
「すまない、傭兵の君たちにまで迷惑をかけて‥‥」
兵士は白珠とロシャーデに謝罪の言葉を口にした。
軍人として任務を全うできない自分を責める意図もあるのだろう。だが、そのような責めに意味に意味があるとは思えない。白珠は優しく兵士の手を握りしめた。
「謝らないでください。生き残ったのは悪い事じゃありません。傭兵としての依頼でもありますが、私は生きて本隊までお連れします」
「しかし‥‥若い君たちに護衛までされて私は‥‥」
情けない声を挙げる兵士。
余程プライドが傷つけられているのだろう。そんな兵士に目を合わせようともせず、ロシャーデはそっと呟いた。
「大丈夫。盾になるのは、慣れているわ」
●撃退
救護班がビルを無事脱出する頃、先行班の周りを狼型キメラが取り囲んでいた。その数は先程ビルから引き離した狼型キメラを含めて9匹。瀕死の4匹を別にしても、新たに増えた5匹を同時に相手にするのは少々骨が折れる仕事だ。
「予定通りとはいえ‥‥楽ではありませんね」
狼に睨みを効かせ続ける叢雲。気を抜いた瞬間、狼が飛びかかってくると考えれば、周囲を警戒し続けるしかない。長時間警戒するだけでもかなりの労力なのだが、眼前にいる狼を注視となれば、その精神的疲労は並大抵ではない。
「そうです。ですが、この場で殺されるつもりもありません」
驟雨を手に冷静さを維持し続ける白夜。白珠のためにも、ここで倒れる訳にはいかないのだ。
「本当、あなたは妹想い‥‥」
「ガゥッ!」
白夜を茶化そうとした瞬間、叢雲に一匹の狼が飛びかかった。
だが、叢雲が生み出した隙が餌だった事に狼は気付かなかった。飛びかかってきた狼の存在を待ち受けていた叢雲の脚は膝から下が無色透明に光り、一時的にスピードが上昇。そこから繰り出された蹴りは、狼の顎を蹴り上げて腹を叢雲の眼前に曝す。
「獣風情に祈りは無用でしょう。その罪を、穿ちます」
無様に曝された狼の腹に、叢雲の複合兵装「罪人の十字架」のステークを叩き込む。
はじき飛ばされる狼の体は地面へと叩き付けられ、昏倒する。
その様子を間近で目撃しても、他の狼は臆することなく叢雲と白夜へ近づいてくる。
「‥‥そろそろですね」
――ギィィィィ!
白夜の言葉に応じてか、横の路地からジーザリオとSE−445Rが滑り込んでくる。
停車したジーザリオから顔を出したのはムーグ。その手には拳銃「ケルベロス」と番天印が握られている。
「スイマセン‥‥ガ‥‥喰ライ、尽くシ、マス‥‥」
ムーグはブリットストームで狼たちを攻撃する。
2丁の拳銃から放たれる弾丸は容赦無く降り注ぎ、狼たちに再び弾丸の雨を撒き散らす。既に瀕死となっていた狼を死の淵へと追いやり、地面や壁を破壊しても今度の雨は撃ち尽くすまで止む事を知らない。
「おおっとっ! 俺も負けられねぇッス!」
金色の瞳となったダンテは愛用の「S−01」で援護射撃を開始する。
ムーグのブリットストームから逃れようとする狼に対してダンテのS−01が狙い撃つ。ダンテの射撃から逃れようと体を戻せば、再びブリットストームの餌食となる運命だ。
さらに。
「どきなっ! 犬っころ!」
炎剣「ゼフォン」で手近な狼を切りつける麻姫。
手にした剣と同様に炎のような紅いオーラを纏った麻姫は、躊躇無く狼の顔面にゼフォンを振り降ろした。既に多くの弾丸を受けていた狼に麻姫の攻撃を避けるだけの体力はない。狼の口は4つに分裂するして地面に果てる。
「頼もしい後詰班ですね」
後詰班の活躍を見ながら、驟雨を振るう白夜。
だが、後詰班の猛攻もそう長く続く訳ではない。
「‥‥弾ガ‥‥切レタ」
「こっちもリロード!」
ブリットストームを使っていたムーグ、そして狼と距離を取りながら撃ち続けていたダンテは、銃の弾丸が尽きてしまった。銃もリロードしなければただの鉄塊。慣れた手付きで弾丸を込め直しているが、その隙に狼が体勢の立て直しを図る。
しかし、傭兵たちも黙って立て直させるつもりはない。
「だらしねぇ。後は俺に任せてゆっくり弾込めするんだな!」
弾込めの必要ないゼフォンは、振るわれるたびに熱気を放つ。
麻姫の斬撃は、狼の体を突き刺し、引き裂き、分断する。後詰班の猛攻は途切れたものの、今まで与えた蓄積したダメージは甚大である。瀕死の狼たちは次々と肉塊へへと化し、確実に狼たちの士気を低下させていく。
「少々、情熱的な女性ですね。ならば、こちらも黙って見守っていては失礼にあたるでしょう」
その傍らでは叢雲の「罪人の十字架」 が再び火を吹き始めている。
先行班からの攻撃に加えて後詰班の襲撃を受けては、狼たちの勝ち目はない。敗北を察した狼たちは全滅を避けるかのように撤退を開始。気付けば傭兵たちの周囲は倒された狼型キメラの死骸が多数転がっていた。
――数時間後。
ロシャーデと白珠は、兵士と共に本隊が駐屯する地域へ到着していた。
敵らしい敵に遭遇しなかったのは、先行班や後詰班の活躍によるものなのだろう。
「皆さんの支援、心より感謝致します」
兵士は、護衛を務めた二人に対して敬礼をする。
傭兵の活躍がなければ、おそらくこの兵士は狼型キメラの餌食となっていたはずだ。
「礼は要りません。それよりも早く報告を」
ロシャーデは、敗走した部隊についての報告をするよう兵士へ促した。
ここで感謝の意を表すよりも先に、軍人として、敗走した部隊の生き残りとしてやらなければならない事がある。その事は兵士自身も良く理解しているはずだ。
兵士は軽く頷くと、足早にその場を去る。
「ロシャーデ様、あの方は大丈夫なのでしょうか?」
兵士を見ていて心配していた白珠が、ロシャーデに問いかける。
白珠の心配、それはあの兵士の心理状態にある。仲間を無残に殺され、課せられた作戦行動を取る事さえ許されなかった。その事は兵士の軍人としてのプライドが傷ついたはずだ。
ロシャーデは一呼吸置いてから白珠へ言葉を返す。
「‥‥大丈夫になってもらわなければ困るわ。彼はバグアと戦う道を選んだのだから」
今回のような悲劇はこの戦争の中で幾らでもある。彼が軍人である以上、新たな一歩を踏み出さなければならない。この悲劇を乗り越えて戦果を上げる事を祈るばかりである。
「そうですね。自分の選んだ道だからこそ、前に進まないといけないのですね」
遠ざかる兵士の後ろ姿を見つめながら、白珠は自分に言い聞かせるように呟いた。