タイトル:【LP】境界線を越えろマスター:近藤豊

シナリオ形態: ショート
難易度: 普通
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2010/11/23 21:02

●オープニング本文


 山東省煙台市。
 山東省最大の漁港を持つこの地域は、人類圏として治安安定。UPC軍基地も存在し、まさに中国における対バグア戦の重要拠点と言えるだろう。
 だからだろうか、煙台市の空は最前線のそれとは異なっている気がする。
 澄み渡った青空が何処までも高く、雲が穏やかに流れている。UPC軍の奮闘により市民は平和な時間を謳歌し、バグアの存在を一時でも忘れられる。

 ――だが。
 この日の煙台市は事情が異なっていた。
「あっちに現れたぞ!」
「逃げろーー!」
「依林、こっちへっ! 早くっ!!」
 煙台市の中心部から離れた小さな漁村。
 経済発展している都心部と異なり、少し離れれば今でも漁村は存在する。普段は平穏な漁村ではあるが、今日の漁村は慌ただしい。人々は必死で逃げ回り、立ち止まる様子はない。一部の住居からは煙が立ち上り、思い出ある品々を炎で焼き尽くしていく。
 人々が逃げ惑う最中、巨体を揺らしながら現れたのは巨大な蟷螂。
 3メートル以上はあると思われる体長は、逃げ惑う人々に威圧感を与えて恐怖で心を支配する。両手に供えられた鎌には赤い血が付着しており、惨劇があった事を物語っている。
「ひぃぃぃ!」
 巨大な蟷螂を前にした1人の女性はその場で尻餅をついた。
 恐怖のあまり足が縺れて派手に転んだようだ。獲物を見つけた蟷螂はゆっくりと女性の元へと近寄ってくる。間近にせまれば、蟷螂が如何に巨大である事かを思い知る。もっとも、思い知ったときには大鎌の射程距離内であるのだが‥‥。
「い、いや‥‥やめて‥‥」
 女性は命乞いをせずには居られなかった。
 頭では無駄と分かっていても、見逃してくれるのではないかという甘い期待が女性にはあった。

 しかし、蟷螂に言葉が通じる事はなく――振り上げた大鎌を女性に向かって振り降ろした。


「貴様があの作戦を提案したのか!」
 ブラウ・バーフィールド軍曹(gz0376)は眼前の青年に怒りをぶつけていた。
 インド系特有の肌、丸眼鏡に端正な顔立ちながら髭を蓄えた青年――ドゥンガバル・クリシュナ少尉は軍曹の怒りを前にしても眉一つ動かす事はない。
「‥‥その通りですが、何か?」
 涼しげなクリシュナを前にして、更に軍曹は怒りを募らせる。
 先日、広州の港に現れたキメラが発生した際、広州軍区司令部は軍曹が育成中の新兵を無断で派遣した。これを受けて軍曹は、広州軍区司令部に対して抗議に訪れていたという訳だ。
「その通りとは、どういうつもりだ!?
 返答次第では、貴様の口にクソをねじ込んで‥‥」
「下品な物言いは謹んでいただきたい。そもそも、階級的に私はあなたの上官となります。上官に対してその言葉遣いは度し難いものがあります」
 淡々とした口調で語るクリシュナは、軍曹を一瞥した。
 クリシュナは広州軍区司令部付事務補佐官である。
 士官学校卒業からそのまま広州軍区司令部付きとして配属された。つまり、軍人としてはエリートと呼ばれる人種であり、最前線で叩き上げてきた軍曹とはまったく異なる人生を送って来たのだ。
 上官として注意するクリシュナ。だが、己の生き様を貫く軍曹に慎むという選択肢はなかった。
「ふざけるなっ! 貴様の作戦で新兵が死んでいるんだぞっ!」
「知っています。報告書にはありましたから」
「な!?」
「あなたが教育する新兵は志願兵です。バグアの手から人類を護る為、自ら進んでUPC軍入りを希望した者達です。戦闘中で死亡する可能性がある事は、彼らも理解していたはずです。
 何より我が軍は、一刻も早く最前線で戦う兵士が必要です。効率良く部隊を運用するためには、新兵であっても一介の兵士として動員されるべきではありませんか?」
 クリシュナの発言に軍曹は呆れ果てた。
 広州軍区司令部内でもクリシュナは理知的な人間として知られている。
 事務補佐官として如何に効率良く部隊を運用するべきか。そのためには規律とある程度の犠牲が必要となる。今回の件についても、キメラに対して即時対応可能な部隊が偶然新兵ばかりの部隊だっただけという認識のようだ。
「貴様、新兵を派遣して全滅していたらどうするつもりだ?」
「全滅しませんでしたが、何か? 仮定の話で議論をするのは無駄の極地です」
 どうやら、クリシュナは軍曹が動き出す事を予め予想していたようだ。
「それより、あなたに新たな命令が下っています。
 山東半島へ赴き、そこで現在行われている北京解放作戦の支援及び付近キメラの掃討を行っていただきます。早速、煙台市郊外の漁村でキメラが3体確認されているとの事です。現地部隊と合流して殲滅して下さい」
「なんだと!?」
 軍曹は声を荒げた。
 現在育成中の新兵を他人へ預け、山東半島へ行けというのだ。おそらく、今回の命令も裏でクリシュナが絡んでいるに違いない。
「既に現地部隊があなたの到着を待っています。未だ銃の取り扱いを学んでいる状況ですが、志願兵として戦闘していただく事になります」
「貴様!」
「これ以上の議論は無用です。急いで出発して下さい。
 あなたが到着していなくても、キメラが現れれば部隊は戦闘する事になっています。
 それから‥‥」
 大きな溜息をついた後、クリシュナはまた別の書類に視線を落とした。
「傭兵を動員するならば、自費でお願いします」

●参加者一覧

Loland=Urga(ga4688
39歳・♂・BM
緑川安則(ga4773
27歳・♂・BM
水無月 魔諭邏(ga4928
20歳・♀・AA
御鑑 藍(gc1485
20歳・♀・PN
赤槻 空也(gc2336
18歳・♂・AA
ネジリ(gc3290
22歳・♀・EP
エティシャ・ズィーゲン(gc3727
15歳・♀・ER
北崎 照(gc5017
16歳・♀・DG

●リプレイ本文

●画策
「降車っ!」
 ブラウ・バーフィールド(gz0376)軍曹のかけ声と共に、UPC軍装甲兵員輸送車より新兵たちが駆け足で地面に降り立った。
 煙台市の漁村に起きた悲劇。蟷螂型キメラ「フリークアウト」の襲撃により、平穏な日々は打ち破られた。
 逃げ惑う住民を無差別に攻撃するフリークアウト。
 暴れる無法者を止めるため、軍曹は新兵達を連れて村へ急行。フリークアウト殲滅作戦を開始する。
「都市部局地戦、しかも避難はまだ完了していない。友軍は新兵。民間人と新兵を失う作戦なんざ、無能の証拠だというのに」
 装甲車より降りた緑川安則(ga4773)は周囲を見回しながら、そう呟いた。
「‥‥‥‥」
 緑川の言葉に軍曹はただ沈黙を守る。
 緑川の言う事は正論であり、軍曹としても同意見だ。UPC軍全体から見れば能力者の数は不足している。ならば、このようなところで新兵を失う作戦は愚策以外に考えられない。
「その少尉は‥‥相当な博打好きと見たよ。本人は認めないだろうがね」
 元ドイツ陸軍従軍医兼衛生兵だったエティシャ・ズィーゲン(gc3727)は野菜スティックを囓る。
「どういう事‥‥でしょうか?」
 北崎 照(gc5017)はゆっくりと、そして淡々と質問をする。
「軍曹が現有戦力だけで任務を断行すれば、失敗は見えている。責任の所在は軍曹だが、果たしてキャリア組の少尉が無傷で済むかな?」
「‥‥無事では、済まぬな。無理な作戦を指示した事の責任は軍曹にはない」
 ネジリ(gc3290)が言った。
 口調こそ落ち着いているが、海賊兼漁師であるネジリの心中は怒りで満ちていた、それだけ漁村が襲撃される事は許せない行為だった。
「自分の手駒が汚れるのが嫌で、並べておいでなのでしょうか? それとも、護る余裕が無いほど戦線を広げてしまったという事なのでしょうか?」
 辛辣な意見を述べるのは水無月 魔諭邏(ga4928)。
 傭兵の身分ながら、UPC軍への愚痴を溢してしまう。UPC軍から傭兵に対して回される汚れ仕事はかなり多い。身勝手な依頼ばかりなのだが、困っている人を放っておける程、傭兵達は冷たい人間ばかりではない。
 エティシャは、言葉を続ける。
「だが、今回の任務を新兵だけで任務を遂行できればどうだ?」
「司令部内での評価は上がる、だろうな。胸くそ悪い話だ」
 Loland=Urga(ga4688)は吐き捨てるように言った。
 軍曹は新兵だけでは戦力不足と判断、傭兵を独自で雇う。その結果、キメラを退治する事ができれば、UPC軍部内の評価は新兵だけを投入して対応したとして上がる事は間違いない。
「それが、少尉の言う効率化の正体ですか‥‥」
 おどおどしながらも、御鑑 藍(gc1485)は翠閃の柄を強く握りしめる。
 兵士個人の能力も判断せずに部隊編成する事は効率化ではない。
 危機的状況である事は理解しているが、このような状況を回避する事も司令部付きである少尉の仕事ではないか。
 藍はそのように考えていたようだ。
「効率化の事は分からないが‥‥なかなか少尉は野心深い。自分自身もチップとして賭けようとしている。博打好き、と考えるのは自然だろう?」
 潮風に金髪を靡かせながら、自らの考えを述べるエティシャ。
 結局は少尉がこの状況を利用したいだけなのだろうが、広州軍区司令部という場所は特殊な場所なのかもしれない。
「軍曹サン、俺ぁ頭が良くねぇ。正直、あんたの軍部内の立場はよくわからねぇ」
 紅の鉢巻をまき直しながら、赤槻 空也(gc2336)は軍曹に向かって話しかけた。
「‥‥‥‥」
「もう何度目だ。襲われる町を見んのはよぉ。
 俺が住んでた町がぶっ壊されて‥‥何度目だ。いつもワリ食うのぁフツーの人なのによ」
 空也は悔しさと悲しみを滲ませながら、言葉を振り絞る。
 戦争は多くの人々の命を奪い、悲しみを与える。それは戦に倒れる軍人ばかりではない。戦う術を持たない一般市民もまた平等に悲劇が降りかかる。
「俺ぁ軍人でも何でもねぇクソガキっすけど‥‥これ以上、人は死なせたくねぇ! 俺みてーなのはもう見たくねぇんスよ!」
 粗暴な言葉遣いながら、素直な思いを空也は披露した。
 親友と弟をバグアに奪われたあの日から、バグアを倒す事への執念が空也を支えている。これ以上、奴らの好き勝手にさせる訳にはいかない。
 空也の気持ちを受け取ったのか、軍曹は叫ぶ。
「言われるまでもない!
 キメラの蛮行はUPC軍、否、俺が防いで見せるっ!」 

●C班、敵と遭遇
「邪魔です!」
 DN−01「リンドヴルム」を纏った北崎は、和槍「鬼火」でフリークアウトの鎌をはじき飛ばす。
 3体のフリークアウトのうち、一番最初に遭遇したのはC班。北崎と藍の二人であった。
 村人が向かう方向と逆の方向に目標は居る。
 緑川のアドヴァイスを元にリンドヴルムを走らせた結果、フリークアウトはあっさりその姿を視認する事ができたのだ。
「チャンス、ですね」
 北崎が鎌を弾いた瞬間、フリークアウトはバランスを崩す。
 その隙を狙った藍は、迅雷で間合いを詰めた。
「ギャッ!」
 抜き放たれた翠閃が青白い光を放ちながら、羽は無残に吹き飛ばされる。
「もう一撃っ!」
 北崎は藍に続かんとばかりに、和槍「鬼火」を突き出した。
 ――ガンッ!
 槍はフリークアウトの鎌に阻まれて、届かない。
 さらにフリークアウトは攻撃の手を緩めず、左手の鎌を北崎の方は振り払う。
 刃が弾かれた事から、バランスを失っている北崎。
「撃てっ!」
 軍曹の一声が周囲に響く。
 その声を受けた新兵たちは、フリークアウトに対してアサルトライフルの引き金を引いた。連続して発射される弾丸は、フリークアウトの巨体を捉えて貫く。
「行け、さっさと始末しろ!」
 まだ銃口が熱を帯びたままのアサルトライフルを外した軍曹は、北崎と藍を怒鳴る。
「これで!」
 痛みに震えながら起き上がろうとするフリークアウト。
 藍はフリークアウトの傍らまで近づき、体を回転。遠心力を乗せた刃をフリークアウトの首筋目がけて振り下ろす。
「お願いします。ここなら‥‥!」
 藍の一撃に呼応するように、北崎は鬼火をフリークアウトの額へ突き立てる。
 交差する刃の一撃は、フリークアウトの顔面を拉げさせて飛ばす。首だけとなったフリークアウトが地面に落ちる頃、体だった物は地面へゆっくり倒れ込んだ。
「よし、まずは一匹」
 二人に軍曹が近づいてきた。
「あの‥‥ありがとう‥‥」
 北崎は、軍曹にそっと礼を述べた。
「気にするな。それにまだキメラは残っている」
 戦場で仲間を助けるのは当然のこと。
 自らが招聘した傭兵であってもそれは変わらない。
 軍曹にしてみれば、傭兵も大事な戦友と感じているのかもしれない。

「クズども、さっさと周囲を探索。怪我人を保護しろ!」

●B班、敵と遭遇
「いたか」
 C班にフリークアウト発見のアドヴァイスを与えていた緑川。
 同じ要領でフリークアウトを見事発見するに至っていた。眼前に居たフリークアウトは気が立っているらしく、獲物も居ない建物に向かって鎌を振り下ろしている。
 緑川は、瞬速縮地で間合いを詰める。
 異変に気づくフリークアウト。
「緑川安則‥‥参る!」
 異変を感じたフリークアウトだったが、既にイアリスの刃が袈裟斬りの形で振り下ろされた後だった。
 傷口から吹き出る緑色の体液。
 出来上がった傷は広範囲に渡り、比較的装甲の薄い腹部にまで到達していた。
 怒りで頭に血が上るフリークアウト。
 自慢の鎌で緑川の体を切り刻もうとする。
「ふん! この皮膚にとっては、その鎌ごときは弱い弱い‥‥」
 獣の皮膚の皮膚で護られた緑川の体。
 さすがのフリークアウトの鎌でも、緑川の体に傷を作る事は難しかったようだ。もっとも傷は付かなくても衝撃はしっかり伝わっているのだが‥‥。
「いいのか? 戦場では常に周囲を警戒しておくもんだ」
 緑川はフリークアウトに話しかけた。
 フリークアウトが言葉を理解できるなんて思ってはいない。重要なのは、こちらに意識を引きつけておく事だ。
「水無月魔諭邏、参ります!」
 緑川と同じく名乗りを上げた水無月。
 射程距離まで近づき、捉えた瞬間刀を抜き放つ。
 ――ドスっ!
 耳の奥にも残りそうな肉を引き裂く音。
 緑川のイアリスが与えた腹部の傷。そこを押し広げるように、水無月の刀が突き立てられる。
 傷口を抉られ、痛みに悶えるフリークアウト。
「いけません、よそ見は禁物ですよ」
 おっとりした口調ながら、言葉に嫌味を盛る水無月。
 水無月は刺さったままの刀を握り、柄を捻った。
「ギャ!」
 痛みに震えるフリークアウト。
 傷口から止めどなく流れる体液。
「おい、そこの新兵ども! このチャンスを逃すな!
 顔面だ! 奴に腹一杯鉛玉をご馳走してやれ!」
 新兵の一団を見かけた緑川は反射的に叫んだ。
 新兵は緑川の言葉を受け、アサルトライフルを構える。
 
 連続で鳴り響く銃声。

 フリークアウトの体は糸が切れた人形のように力なく地面へ倒れ込んだ。
「一匹撃破っ! 他の班の応援に回るぞ!」
 事前にC班が一匹倒した事は連絡があった。
 残りはあと一匹。
「どうした?」
 新兵はやや不安な面持ちをしている。それを察した緑川は新兵を問いただす。
「Sir、気になる事があります、Sir」
「それはなんですの?」
 素直に疑問をぶつける水無月。
 その答えは確かに気になる内容だった。
「Sir、戦闘中の我々を誰かが観察していた。D班の方がそう仰っていたのであります、Sir」

●D班、救護活動
 時間は、数十分程前に遡る。
「新兵ども! お前たちは私と共に来い! 女、子供、老人を見つけたら真っ先に保護しろ!」
 普段は無気力なエティシャだが、弾丸飛び交う戦場を駆け巡っていた事から衛生兵として働き出せば非常に優秀。他の傭兵たちがキメラと戦っている裏で、村人たちの応急処置を行っていた。支援担当の新兵を数名連れての行動は、まさに獅子奮迅の活躍。
 怪我人には救急セット。
 酷ければ練成治療。
 無線機で出動要請があれば、他の班を支援する予定でもあった。
「一秒の遅れで誰かが死ぬぞ! 嫌なら働け! 手を空いている奴は私に続け!」
 次々と集まってくる怪我人たち。
 まさに野戦病院の様相を呈している。これがたった三匹のキメラが引き起こした惨状なのだ。それでも、今まで通り抜けてきた戦場からすれば、まだまし。戦場で衛生兵として活躍してきたエティシャにとってはいつもの光景。
 そう――いつもと同じ光景のはずだ。
「ん?」
 ふとエティシャはある事に気づいた。
 誰かがじっとこちらを伺っている。
 患者の誰か‥‥否。
 新兵の誰か‥‥否。
 患者でも新兵でもない誰かがこちらを観察している。
 そんな気がしてならない。
「誰か私の事を見ていたか? 観察しているという感じなんだが‥‥」
「Sir、自分には分かりません。患者の対応をしておりました、Sir」
 新兵は手早く村人に包帯を巻いて見せる。
 長い傭兵生活で患者に集中できていないのだろうか。
 不可思議な感覚を覚えながら、エティシャは視線を感じた海の方向に向かって視線を送り返した。

●A班、敵と遭遇
「居やがったな! ‥‥欠片も手ぇ抜かねぇぜ‥‥ブッ潰す!」
 最後の一匹を発見したのは空也だった。屋根に乗って巨大な蟷螂を探そうという寸法だった。先に発見されれば逃げ場が少ない屋根という場所で探索する事は、初撃受ける可能性もあったのだが、幸いフリークアウトは地面付近の人間を捜すのに忙しい様子。屋根の上に居た空也にまで意識が回らなかったようだ。
「ッしゃ!」
 空也は隙を見てフリークアウトの背中へと飛び乗った。
 異変に気づき暴れるフリークアウト。
 だが、体の構造上、鎌は背中の物を斬る事ができない。
「やるじゃねぇか、坊主!」
 攻撃の機会を窺っていたUrgaが、建物の陰から飛び出した。
 空也の身を挺した攻撃のおかげで、フリークアウトに対する機会を得る事ができた。
「って、坊主じゃねぇ!」
「悪かったよ、坊主。それより‥‥しっかり捕まっていろよ!」
 Urgaは剛拳「エリュマントス」で、紅蓮衝撃を繰り出す。
 通常、エリュマントスは命中率に難がある武器となる。だが、今回のように隙だらけの相手であれば話は別。当てられない方が難しい。
 熊のような姿のUrga放たれた一撃は、フリークアウトの体を吹き飛ばす。
 後方にあった民家は、フリークアウトの衝撃を受け止めて派手に壁が激しく大破した。
「無能な少尉の愚策に乗るのは癪だが‥‥ブラウ・バーフィールドは望んだ。
 だから、我らはそれに応じる」
 吹き飛んだフリークアウトに対してネジリは大鎌「ディオメデス」を振るう。
 鎌の刃は、フリークアウトの足関節を切断。切られた足関節が、無様に地面へと転がった。
 機動力を失ったフリークアウト。
 危機的状況と察したフリークアウトは、羽を開いて逃走を図ろうとする。
「閻魔様に代わってぇ、裁いてやるよ‥‥俺のぉゲンコツ!」
 フリークアウトの側に居た空也。
 その拳は大きく引かれ、渾身の力をもって放たれる。 
 振り下ろされるは、顔面。
 装甲も薄く、脆い箇所の一つ。
 そこに向かって空也の握り拳が炸裂する。
 ――グシャ!
 めり込んだ拳は、フリークアウトの顔面へ深々と突き刺さる。
 身動きの取る暇もなく、フリークアウトは地面へと沈んでいった。

●戦闘後
「観察、か」
 ネジリは呟いた。
 作戦に参加した傭兵たちはエティシャが感じたという違和感について説明された。気のせいである可能性もあるが、と付け加えられて報告された内容に後味の悪さを感じる。
「海の方角か。少尉殿が潜水艦で私達を観察していたって事か?」
「それはおかしい。観察のためだけに潜水艦を出動させるのは不自然だ。そこまでしなけりゃならない理由がない」
 緑川の問いにUrgaが答えた。
 もし、少尉が傭兵達を観察したいのならば、キメラを相手にさせる意味がない。北京解放作戦に随行する者達を観察対象とした方が余程良いデータが採取できる。
 その言葉を聞いてか、ネジリが再び口を開く。
「気になる点は他にもある。何故、キメラがここを襲撃したんだ?
 ここはただの漁村。戦略的価値もない。攪乱を狙うならばUPC軍基地のある青島でやるべきだ」
 ネジリの疑問はもっともだ。キメラが漁村に迷い込む可能性もあるが、海側からやってきたのであれば短時間飛行しかできないフリークアウトはあり得ない。逆に山側からきたのであれば北京解放作戦準備中のUPC軍が気づかないはずがない。
「まるで私達の力を確かめるため‥‥それで観察ですか」
 目を瞑りながら、藍はため息をついた。
「この一件は裏がある。そう考えた方が良いかもしれない。残念だけど‥‥」
 気のせいであって欲しい。
 エティシャはそう強く願っていた。