●リプレイ本文
パキスタンとアフガニスタン国境付近にそびえる山々に、白い雪が降り積もる。
ジェット気流に沿って地中海からの低気圧がもたらした、大量の雪。
空から降るその雪が、隠されていた罪を塗りつぶしていく。
あの戦争は、何をもたらして、何を喪失させたのか。
生きるとは、一体何なのか。
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「おっと」
百地・悠季(
ga8270)は、大きく飛び上がった。
次の瞬間、大きな炎が廊下に巻き上がる。悠季が数秒前まで居た場所は、炎に包まれて何も見えなくなる。
「ファイヤートラップね」
炎を見つめながら、風代 律子(
ga7966)は呟いた。
リベルタ・ファミリアの本拠地へ潜入した傭兵達は二手に分かれて首領のエヴァ・フォールを捜索していた。山岳地帯に建設されたバグア基地跡を本拠地に利用しているらしく、捜索中にトラップが発動する事があった。
「地面が炎で黒くなっていからね。
それにバイブレーションセンサーでこの辺りが怪しい事は分かっていたし‥‥」
「ふふっ、罠に頼って行く手を阻んでいるつもりなんでしょうけど‥‥それで焦らしているつもりかしら?」
薄暗い基地をランタンで照らしながら、ミリハナク(
gc4008)は笑みを浮かべる。
基地の内部は予想していたよりも大きく、二手に分かれた事は正解と言えるだろう。だが、エヴァと出会う前に罠でダメージを受けてしまう事は極力避けたいところだ。
「さっき無線機か拡声器で呼びかけてみたけど、やっぱり反応無かったわね」
悠季はブラウ・バーフィールド(gz0376)軍曹が指揮していた部隊から無線機や拡声器を借りてリベルタ・ファミリアの説得を試みていた。しかし、結果は反応なし。敵が悠季の説得に応じる素振りはまったくなかった。
「その類の交渉はUPC軍も試みていたみたいね。だからこそ、傭兵を突入部隊として編成した‥‥」
「二人とも。どうやら歓迎のレセプションが始まるみたいですわ」
律子の声を遮ったミリハナク。
その顔には、先程とは異なる笑みが浮かんでいた。
「‥‥お、お前を100g230cの挽肉にしてやる〜♪」
三人を発見した仮面の男は、細い棒状の鈍器を片手に駆け寄って来る。
先日の依頼でミリハナクと悠季が目撃した仮面の男達――間違いなく、リベルタ・ファミリアの構成員だ。
「なるほど。情報通り、気色の悪い奴だ。
――だがっ」
律子は瞬天速を発動。仮面の男との間合いを一気に詰める。
「!? ご馳走が自分から来たぁ〜」
「‥‥遠慮しておくわ」
仮面の男が鈍器を振り下ろす前に、アミーナイフによる連剣舞が炸裂した。
強烈が二連撃が仮面の男を捉え、手足に派手な切り傷を付ける。
「命まで奪う気はない。これ以上の戦いは‥‥」
「!? ダメ、逃げて!」
律子の足下に転がる仮面の男に異変を感じた悠季は、律子に向かって叫ぶ。
律子は反射的に仮面の男に視線を送る。
そこには床に転がりながら手榴弾を抱える仮面の男――。
「これで、すべてが終わるんだ〜」
――ドンっ!
手榴弾が爆発し、廊下は一瞬大きく揺れる。
「間に合ったようね」
律子の前には、スキュータムを構えるミリハナクが居た。どうやら爆風から律子を守ってくれたようだ。
「自爆‥‥」
悔やむように呟く律子。
情報では、彼らは強化人間やはぐれ能力者だという。かつては名の知れた戦士だったのかもしれないが、今の彼らは命を捨てるという行為に躊躇がない。
「前の依頼でもそうだったよ。
その時は突きつけられた剣に自分から飛び込んだんだ」
悠季の脳裏には、先日の戦いが思い浮かぶ。
彼らを生かして捉えるならば、手足を狙うだけでは止められない。彼らを死の誘惑から遠ざける必要がある。
「困った子達ですわ、本当に」
ミリハナクは肩を竦めながら、男の亡骸に視線を送った。
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一方、二手に分かれたもう片方の班もリベルタ・ファミリアと交戦していた。
「ねぇ。ゴミは所詮ゴミに過ぎないの、自覚できた?」
アサルトライフルを構えていた敵に肉薄していたタイサ=ルイエー(
gc5074)は、クスクスと笑っていた。
距離を置こうとする仮面の男だったが、それよりも早くデビルズクローが男の右を捉える。目にも留まらぬ一撃は、仮面を破壊。男の顔が一部だけ露わとなる。そこへ体を回転させて遠心力を乗せた左ストレートが炸裂する。
「ぶっ!」
男の素顔に突き立てられた50センチの爪。
その爪が男の頭部を貫いている。既に男の生命活動は停止しており、タイサの前で体を痙攣させている。
(無用なる者達に生存する資格はないね)
タイサは、リベルタ・ファミリアを生かして捕らえる意志はなかった。
はぐれ能力者ならばメンテナンスを行う事ができない。いずれ失われる命ならば、ここで終わらせてやった方がいい。だから、確実にここでトドメを刺してやる。
その証拠に交戦した仮面の男達の中には、喉を引き裂かれた者や頸動脈を切られた者もいるようだ。
「全力で生きてもいない奴が、格好よく死にたいだと‥‥っ!
こんな、こんな奴らの為にっ! あいつらは死んだんじゃない!!」
鈍器で攻撃を仕掛けてきた仮面の男に対して、村雨 紫狼(
gc7632)は天照で応戦していた。
銃口が紫狼に向けられる前に、天照の切っ先で銃口を弾く。
銃口から飛び出した弾丸は、紫狼に向かう事無く天井に突き刺さった。
「多くの地球人が! バグアが! 強化人間が! キメラが!
敵も味方もねえ‥‥大勢の命の死を積み重ねた結果が、こんな貧弱な泣き言だとっ!?」
己の憤りを目の前の男へ向ける紫狼。
あの永き戦争を経た結果が、このような惨状であったいいはずがない。
戦争で失われた命の為にも、リベルタ・ファミリアを止めなければならない。
「そりゃ!」
天照の柄が仮面の男の鳩尾にめり込んだ。
男は、肺の中にあった息がすべて吐き出されたかのような錯覚を覚えながら地面へと倒れ込んだ。怒りに任せて動いているようでも、紫狼はリベルタ・ファミリアを殺そうとはしていなかった。
「その男、どうするんだい?」
地面に転がる男を見下ろしながら、レインウォーカー(
gc2524)は紫狼へ問いかけた。
「こいつらは軍に引き渡して人間として法の裁きを受けさせる」
「それで軍が死刑にするとしたらどうする?」
「それでも構わねぇ。それがこいつらの罰だからだ!」
紫狼は、はっきりと断言した。
命は奪わず、戦闘力や戦う意志を削ぎ、完全にへし折る。
その後、軍へ判断を委ねる事が最善だと紫狼は考えていた。
しかし――レインウォーカーは、まったく異なる考えを持っていた。
「ふぅん‥‥それでいいの?」
その戦闘の結果は、二刀小太刀「瑶林瓊樹」を濡らした赤い血が物語っている。
紫狼はレインウォーカーの話に対して明らかに機嫌を損ねている。
「何が言いたいんだ?」
「慈悲のつもりで生かしているなら、それは間違い。
捕縛しても、こいつらは極刑になる可能性大。お前は自分の手を汚したくないだけなんじゃないかぁ。それに、武器を持って説得しても相手が受け入れるわけないよねぇ」
レインウォーカーは、リベルタ・ファミリアを生かして捕らえる事に反対した。
戦い続ける事を決意した彼にとっては、仲間や愛する人がいても戦いを止める事はできない。
自分自身の本質から目を背けるような卑怯者にはなりたくない。
そして、それはリベルタ・ファミリアの連中も同じはずだ。
だからこそ、彼らは戦いの中で葬ってやるべきだ。
「止めろ。本番前に揉めるなってぇんだ」
ラリー・デントン(gz0383)は面倒臭そうに二人の間へ割って入る。
その様子を見ていたタイサは、笑いを堪えながら呟いた。
「ぷっ。本当、本番はこれからなのにね」
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エヴァを探して基地を捜索していた二班は、基地の最深部でエヴァと数名の部下を発見。傭兵達はリベルタ・ファミリアと交戦状態となった。
悠季は、真っ先にエヴァへ立ち向かいながら説得を試みていた。
「貴様らは、何も分かってない!」
エヴァの振るった激熱が、床を殴り付ける。
軽い地響きと共に、鉄材の破片が飛び散った。
後方に飛んで攻撃を躱した悠季は、エヴァを見据えながら口を開く。
「もう一度言うわ。
何処まで視野が狭いのかしらね。差し伸べられた手を拒否して、自滅へのめり込んで‥‥文句が言えるなら人手の増やす努力でもしてみなさいよね」
悠季は、飛来する鉄材を機械脚甲「スコル」で蹴り飛ばす。
「このままじゃ、自滅して何も残らないわよ」
目の前の敵は、自暴自棄になりすぎて嫌になるような相手。
それでも同じ人間。簡単に見捨てるなんて事を悠季にはできなかった。
さらに紫狼もエヴァに向かって叫ぶ。
「お前の言っている事は泣き言なんだよ!
そんな甘ったれた能書きはうんざりだ。お前のすべてをへし折って、軍へ身柄を引き渡す!」
激高する紫狼の奥で、罠と思われる火柱が上がる。
まるで――戦いを冒涜された紫狼の心を洗わしているかのように。
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ミリハナクは、迫り来るエヴァの部下に向かってソニックブームを放った。
味方に被害が出ないように気を配りながら、エヴァの部下を確実に排除していく。
ハミングバードの一撃で手足を狙って自由を奪う。
自爆をされないように気を遣いながら無力化する行為に手を焼いては居たが、部下の持っていたエミタで強化人間が救えるかもしれない。
「そういえば首領はエヴァ、でしたっけ? 自分の行いがすべて報われるなんて事を信じていて、お払い箱になれば裏切られたと思って好き勝手に生きる――無垢な乙女だこと」 ミリハナクは、そう言いながらエヴァを一瞥した。
「さぁ、戦いを選んだのなら存分に殺し合おう。戦いの中でしか生きられないモノ同士、最後まで愉しく踊ろうじゃないかぁ」
レインウォーカーは、そう叫びながら部下達の一団に飛び込んでいった。
ギリギリまで敵を引き付けてから抜刀・瞬で大鎌「ディオメデス」を持ち直し、敵が殺到する瞬間を推し量る。
「嗤え」
部下の鈍器が迫る一瞬、残像斬を発動。
敵の攻撃を避けると同時に、大鎌を振るって必殺の一撃を叩き込む。
敵を生かしたまま捕らえる気は毛頭無い。
確実に倒し、この場で息の根を止める。
彼らと最後に踊る事だけが――レインウォーカーにできる事だった。
一方、タイサもエヴァの部下を倒すために動いていた。
「あらら? 説得しているけど‥‥やっぱり不発かな?」
エヴァの部下を捕まえたタイサは、後頭部を抱えながら顔面に膝蹴りを入れた。
衝撃で後方へ吹き飛ばされる部下。
着地したタイサは一足飛びで部下に接近すると、デビルクローを部下の喉元へ突き刺した。
タイサもエヴァの説得に興味を抱いてはいなかった。
あるのは、リベルタ・ファミリアというお荷物の手段を完全に殲滅する事。
後の憂いを断つためにも、ここで徹底的に叩いておいた方がいい。仲間が説得をするなら止める気はないが――結果はあまり芳しくないようだ。
「説得がダメなら、さっさと始末ちゃった方がよさそうかなー」
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「俺達は、この数年地獄を見てきた。
仲間が多く死んでいき、多くの犠牲を払ってようやくバグアを撃退する事ができた。
戦う事しかできなくなった俺達は、戦う以外何もできない。戦っている時だけが、生きているという実感を得られたんだ。
なのに、UPC軍は早々に戦争を終わらせて和平だと?
和平をすれば、俺達はどうなる? 厄介物は早々に捨てられる運命だ」
「それは違うわ。希望者には軍への編入もあった」
ハンドガンを構えながら、律子はエヴァを見据えた。
だが、エヴァは律子を怒鳴るように言い放つ。
「軍へ編入? バグアと和平したら戦う相手は何処にいる?
戦争しかできない俺達に就職する先なんてあるのか? ‥‥そんなもんはありゃしねえ!」
叫ぶと同時にエヴァは瞬天速を発動。
目の前にいた律子に向かって駆け抜ける。
「戦争か」
律子も瞬天速を発動。
アーミーナイフを片手にエヴァとの距離と詰める。
激熱とアーミーナイフが激しい衝突を起こし、金属の擦れ合う音が木霊する。
「だったら、貴方達の犠牲になった人達はどうなの?
貴方達の身勝手な行動のせいで、多くの人が悲しんでいる。傭兵仲間の想いは分かっても、彼らの気持ちは分からないの?」
「戦争じゃ、弱者から死んでいく! 俺が戦場を作っていけば、弱い奴は死んで当たり前だ!」
「いい加減にして!」
エヴァと律子の攻防に横から割り込んだ悠季は、機械脚甲「スコル」の一撃をエヴァの脇腹に叩き込んだ。
強い衝撃と共に後方へ投げ飛ばされるエヴァ。
「馬鹿野郎!」
さらに追い打ちをかけるように紫狼は、天照による一撃を繰り出した。
基地の壁へ叩き付けられ、うめき声を上げる。
「自分も被害者のつもり? このままじゃ、『見せしめ』になるしか人類に貢献できる方法はないわよ」
「ふざけるな。俺は最後まで、戦い続ける!」
脇腹を押さえながら、悠季の言葉に逆らうエヴァ。
だが、エヴァは誰の目から見ても立ち上がるのがやっとの状態だ。
「お嬢ちゃん‥‥説得は無理だ」
悠季の傍らでラリーが囁いた。
エヴァは生きて捕まるよりも死を選ぶだろう。
それを感じ取った悠季は、ゆっくりと頷いた。
「さぁ、自らの意志で戦う事を選んだ戦士に質問。
武器を捨てて投降し首輪を繋がれて処刑されるのと、最後の瞬間まで抗って戦いの中で死ぬのとどっちがいい?」
エヴァの部下を倒し終わったレインウォーカーは、二刀小太刀「瑶林瓊樹」を握り締めてエヴァに向かって叫んだ。
その様子を見ていたミリハナクも、ハミングバードを握り締めてレインウォーカーの傍らに立つ。
「意地悪ね。もう、答えは分かっているのに」
「愉しく踊るには、相手の気持ちが大切だからねぇ
‥‥で、どうなの? どっちを選ぶの?」
肩で息をするエヴァは、軽く微笑むと最後の力を絞って激熱を振り上げる。
「俺はリベルタ・ファミリアのエヴァ・フォール! 俺は、俺の意志で戦い続ける!」
傷だらけでまっすぐに走る事も難しいエヴァの姿を見ながら、レインウォーカーは冷たく、そして愉しげな笑みを浮かべた。
「そう来なくっちゃ」
●
その後、リベルタ・ファミリアはエヴァを含め、多くの死傷者を出して壊滅した。
生き残った数名も捕縛されて、UPC軍による厳しい追及が行われるだろう。
だが、彼らもまた戦争の犠牲者だ。
彼らのような存在を出さない為にも、平和は守り続けていかなければならない。