●リプレイ本文
サングラスとダークスーツに身を包んだ雁久良 霧依(
gc7839)は、颯爽とSE−445Rのシートへ跨がった。
パソコンで自作した偽の名刺も、ちゃんと懐へ入っている。
多少不自然な部分もある気もするが、きっとアイツは気付かないだろう。
最速で飛ばせば、混戦の最中に到着できるはずだ。
霧依は、これから起こる事態を想像しながら、クスリと笑った。
(ふふ。今日は、どんな顔をしてくれるかしら?)
期待に胸を膨らませながら、 霧依は右手の中にあるアクセルを回した。
●
タッチーナバルデス三世(gz0470)は、舞台の上で叫んだ。
「皆の衆、スーパーアイドル『MAGU☆RISH』のデビューライブ開催だにゃー!」
舞台に立つ変態と、変態を囲んで囃し立てるマグロの群れ。
集まったマグロから放たれる酢味噌の香りが付近に充満していた。
「拙者のマブダチがアイドルデビューしていたデース! これは応援に行かねばならぬデース!」
マイケル=アンジェルズ(
gb1978)は、親衛隊のマグロに混じってタッチーナを応援していた。
「おおっ! マイブラザー!」
タッチーナもマイケルに呼応。
まるで親友と思わせるような自然な空気が流れている。
「流行のフレグランスのブランド名も教えて貰うのデース 」
「香りの名前は折衷案。字はリア充爆発だにゃー。かつて、パイナポーの戦いでバグアが使ったとされるBC兵器なんだにゃー」
「折衷案ですネー。グッドネーミングデース」
だが、二人の間を邪魔するかのように、暗躍する者も居た。
「ほら、一気に飲んじゃえよ」
エドワード・マイヤーズ(
gc5162)は、親衛隊に対してワインを一気飲みさせていた。「こりゃ、きさん!」
「ちぇ、お楽しみは後で取っておくか。どうせ、乱戦になればチャンスはいくらでもあるんだし」
それだけ言い残すと、エドワードは親衛隊の群れから脱出した。
その後に残されたのは、酔い潰された数体のマグロであった。
「会場内での飲酒喫煙は厳禁だにゃー」
「マブダチ、イベントは祭りだからお酒もオーケーでウェルカムデース。
それぐらいの度量がなければ、アイドル戦国時代では生き残れまセーン」
マイケルがタッチーナを諭す。
「むぅ。戦国の手習いで、小僧相手にも果敢に挑んで果てるのも一興かにゃー」
一方通行の会話を続ける二人だったが、その会話は再び中断される。
今度は派手な音を立てながら親衛隊が転倒。マグロ達が地面で積み重なっている。
「おおっ! ついに朕の魅力はマグロの皆さんを失神させる神の領域へと到達にゃー」
「ふぅ。まだご理解いただいていないようですね。
真の鮪というものは、何も身に着けずとも、ただ其処に在るだけで大勢の人間に歓喜と興奮を与えられる生物。
あなたのような紛い物には、到達できない領域です」
倒れたマグロの傍らに、濡れた身に纏う マグローン(
gb3046)の姿があった。
実はマグロが倒れたのは、マグローンが獣突を使った為だ。
突き飛ばされたのは一体だったが、密集していた為に他のマグロも巻き込まれたのだ。
「あっ、また出てきたにゃー!
やい、よく聞け! マグロは史上最強の戦闘民族。金色の輝くその体は、一口食せば女将を召喚する能力を秘めているにゃー」
「まだ、そのような事を‥‥。
マグロとは、慈愛に満ちた至高の存在。あの流線形が織り成す豊麗な体型‥‥。
マグロはマグロであり、それ以上も以下もありません」
マグローンも、マグロの魅力に取り憑かれるへんた‥‥否、傭兵だが、タッチーナと大きく違う点は自身をマグロだと考えている事だ。
「わぁい! かれーまにあさんだぁ」
師匠の ルーガ・バルハザード(
gc8043)と共に現れたのは、 エルレーン(
gc8086)。
「エルレーン、落ち着け! 敵は目の前だぞ!」
ルーガは、エルレーンへ冷静になるよう促した。
しかし、エルレーンにはその声が届いていない。
「あー、マグロさんと一緒にあいどるをやっているの?
‥‥あいどる‥‥きゃはははは☆」
唐突に笑い出すエルレーン。
明らかにヤバい雰囲気がな醸し出されている。
「エルレーン‥‥なぜ、お前はあの変態に固執するのだ? 奴は敵、しかもあのような‥‥よくわからない強化人間だぞ?」
肩を掴み、強く訴えかけるルーガ。
いつもは、素直で優しいエルレーンなのだが、この変態強化人間が関わた途端に豹変する。
洗脳? ――否、そんな能力があの強化人間にあるとは思えない。
では、原因は何なのか。
ルーガの問いに対して、エルレーンは己の中にあった想いを口にする。
「‥‥うーん、私もわからないよぉ。
ただね? ‥‥私はあの人のお尻を蹴らなきゃいけないんだよ? 何でかなんて、わからないけど‥‥そうしなきゃいけないから、そうするんだよぉ!」
尻を蹴らなければならないから。
皆目理解できない理由を口にしたエルレーンは、呆気に取られるルーガの腕を振り払い、タッチーナへ向かって走って行った。
弟子を奪われたかのような錯覚に襲われるルーガ。
その怒りはタッチーナへの向けられる。
「またしても、あの変態が‥‥。
今度こそ消してやる。私のエルレーンには指一本たりとも触れさせんッ!」
烈火を片手にマグロを襲撃するルーガ。
その顔は、鬼気迫る表情であった。
「い、いつの間にか傭兵が集まったと思ったら、ヤベぇ展開に‥‥。
マイブラザー、朕を助けるにゃー!」
「イベントを殺陣で盛り上げるエクセレントなパフォーマンスデスネー? 了解のアイアイサーデース」
傭兵の襲撃をイベントの演出と考え、手近なマグロを投げ飛ばし始めるマイケル。
傭兵の登場で、会場は混乱を極めつつあった。
●
「敗者は去れ、さもなくば‥‥消し飛べッ 」
ルーガの烈火が、マグロの体を切り裂いた。
既にバグアと人類の戦いは決している。その状況はこの戦いで覆る事はないが、ルーガはマグロを容赦しない。
酢味噌の香りを撒き散らすキメラを、ルーガは徹底的に叩くつもりだ。
「じゃあ、さっさとやられちゃってくれる?」
混戦になったタイミングに合わせて、戦場へ舞い戻っていたエドワード。
超機械「ミスティックT」の電磁波攻撃でマグロは痙攣しっぱなしだ。
「‥‥だけど、なーんか不完全燃焼なんだよなぁ」
エドワードは、右手で後頭部を掻きながら呟いた。
ミスティックTでマグロを倒しているが、あまりにも歯応えがない。噂では小学生にプラスチック製バットで撃退されたと言われる程の弱さを持つキメラだ。バグア本星を舞台に死闘を演じた傭兵には、敵と考えろというのも無理かもしれない。
「何をしている! ここは、戦場だぞ!」
ルーガは、エドワードへ注意を促した。
真面目で実直なルーガは、如何なる相手でも全力で挑む。その証拠に、ルーガはたった一人でマグロを次々と倒していく。大胆かつ優雅な剣捌きは、エルレーンでなくても師匠と呼びたくなる。
そんな戦いの最中に、エドワードの呟きが耳に入ってきたのだ。
注意をせずには居られなかったのだろう。
「そうだね。気合いを入れ直して、邪魔者にはさっさと消えてもらおうかな。
‥‥本命が待っているからね」
エドワードは、タッチーナへ視線を送った。
その手に、大きな長芋を握り締めながら。
●
タッチーナのアイドルデビューイベントは、意外にも波乱に満ちていた。
「にゃーん」
「‥‥すみませんが、猫は苦手でして」
タッチーナが手にする子猫を前に、マグローンは微妙に距離を取った。
さすが、自称魚類。
タッチーナがマネージャーと称して捕まえた天敵を前に、マグローンは攻めることができない。
「あっれぇー? さっきまでの威勢は何処に置き忘れたかにゃー?」
マグローンの顔を下から覗き込むような形で挑発するタッチーナ。
その惚けた顔が異常に腹立たしい。
「‥‥くっ」
「このビックウェーブに乗って、朕がカップリング認定してやるにゃー。
貴様のカップリングは‥‥マヨネーズに決定にゃー!
貴様はツナマヨネーズとなっておにぎりの具と成り下がり、全国展開でその身を販売されるがいいにゃー!」
大方の予想通り、タッチーナは薄い本を読んでもカップリングの意味は分かっていなかった。
しかし、子猫を盾にされている手前、マグローンは言われっぱなしである。
「猫とのカップリングは免れましたが‥‥屈辱です」
「この調子で他の奴もカップリング認定を‥‥」
「ブラボー! 素晴らしいステージね」
タッチーナの言葉を遮った霧依が、SE−445Rで姿を現した。
「私はこういう者よ」
そう言いながら用意していた名刺を手渡す霧依。
そこには『072プロ 霧久良雁依』と記載されている。
「私はアイドルのプロデュースを手掛けているの。
かのローラースケートの少年アイドルグループやデュオアイドルの桃色レディも、この私が育てたのよ」
「ついに朕達がアイドルの頂点に立つ時がきたのかにゃー?」
「貴方達は私が見たところ、世界でトップクラスのグループね。ダンスも歌も最高よ。
でも‥‥残念ね。そのマネージャーでは、ダイヤの原石である貴方達を生かす事はできないの」
霧依は、タッチーナに対してそれらしい言葉を立て並べた。
アイドルが舞台で倒れたら、ヤカンを抱えて馳せ参じる。そして、魔法の水で練力回復というパーティの回復役も務めなければならないと断言して見せた。
「やっぱり朕の秘密兵器ぶりは隠せねぇにゃー」
「有能な私がマネージャーになってあげるから、今のマネージャは解雇なさい」
「分かったにゃー。
今のマネージャーは日向でぐーぐー寝てばっかりで仕事しねぇにゃー。
お前はクビだにゃー。好きなところで惰眠を貪り続けるといいにゃー」
そう言って子猫を投げ出すタッチーナ。
霧依はそっと子猫を抱きかかえる。
「では、契約成立ね。
‥‥早速仕事に取りかかりましょう。まずは熱湯コマーシャルね。
そこのポットを持った子。今すぐタッチーナに熱湯を浴びせかけなさい」
「え!?」
霧依は、ホットの熱湯をタッチーナが浴びるように指示した。
「貴方達は宇宙一のアイドルになるのでしょう? だったら、熱湯浴びてグループのチャームポイントを説明してね」
「仕方ないにゃー」
タッチーナはポットの前で座り込んだ。
そして、徐にポットのボタンを押す。
頭から降り注ぐ熱湯――タッチーナの悲鳴が周囲に木霊する。
「ぎにゃー! 熱いにゃー!
‥‥え、えと‥‥チャームポイントは、色即是空で、無病息災なところ‥‥あ、あちー!」
舞台の上で転げ回るタッチーナ。
だが、これを乗り越えれば宇宙一のアイドルになると完全に信じ込んでいるため、顔面は緩みっぱなしだ。
「ジャーマネ、これで朕は宇宙一のアイドルかにゃー?」
「うーん、なんか飽きちゃったなぁ」
唐突に言い放たれる霧依の一言。
「え?」
「目的の子猫も奪還できたし‥‥あとはみんなに任せるわ」
サングラスを外しながら、SE−445Rに乗る霧依。
普通はこの時点で騙されていた事に気付くのだろうが、真の馬鹿であるタッチーナは、まだ騙されていた事に気付かない。
「あ、分かったにゃー。
次の仕事をゲットにしに行くのかにゃー?」
「仕事の代わりにこいつをあげるよ」
隙をついたエドワードは、股下を潜るようにスライディング。
背後へ回り込んだ瞬間、先端部分の皮を剥いた長芋をタッチーナの尻へ突き刺した。
「ぎゃ!」
「お膳立てはこれで良し。トドメは任せたよ!」
皮を剥かれた山芋は、タッチーナの尻をかぶれさせる。
おまけにオムツを履いているもんだから、山芋はオムツの中で滞留。痒くなっていく部分はどんどん広がっていく。
「じゃ、ジャーマネ‥‥これも仕事なのかにゃー?」
「終わるがいいッ‥‥これで最後だ!」
紅蓮衝撃を使って攻撃力を上げたエルレーンの烈火が振るわれる。
鮮血がタッチーナのオムツを濡らす。
さらに超回復で傷が治る前に、タッチーナの尻を思い切り蹴り飛ばす。
血と山芋が入り交じったオムツは、紅白に彩られている。
「あははは! かれーまにあさぁん、サインはいらないから、お尻を蹴っ飛ばさせてぇ!」
走り寄ってきたエルレーンは、倒れたタッチーナの尻を何度も踏みつける。
エルレーンが蹴った箇所を集中して蹴る辺りが、蹴り慣れたプロの仕事と言えるだろう。
「そんなに‥‥まぐろさんが、大好きならぁ!」
蹴りを適当なところで止めたエルレーンは、親衛隊だったマグロの尻尾を掴んだ。
そして、回転させて勢いをつけながら、タッチーナの尻をマグロでフルスイング。
ケツをヒットされたタッチーナは、突き飛ばされて車道の方へ飛び出していく。
「ジャーマネ、これアイドルの仕事じゃなくて‥‥芸人の仕事じゃねーかにゃー?」
ここまでされて事態が理解できていないタッチーナ。
吹き飛ばされた先には、偶然通りかかったダンプカー。
案の定、ダンプカーに跳ね飛ばされ、遠くへ弾き飛ばされる。
数メートルまで飛ばされ、車道の上で派手に転がった
「だけど、涙が出ちゃう‥‥女の子だもん」
気色悪い一言を呟くタッチーナ。
しかし、女の子扱いしないダンプカーは、タッチーナを前にブレーキを掛ける気配はない。
「ぎぇぇぇ!」
タッチーナは、あっさり轢かれた。
後に残されたのは、アイドルを自称していた小汚いボロ雑巾のようなタッチーナであった。
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「タッチーナ、あなたはよもや鮪はクロマグロしか居ない、とでも思い込んでいらっしゃったのでしょう。
大きな瞳のメバチ。
活発なミナミ。
親しみやすいキハダ。
優雅な姿のビンチョウ。
小柄なコシナガ。
色黒なタイセイヨウ
――その辺の人間アイドルグループなど話になりません」
戦いの後、マグローンは今回の戦いを冷静に分析していた。
マグロは既にマグロであり、それ以上でも、それ以下でもない。
マグロを愛するにも関わらず、アイドルという衣を纏おうとした時点でタッチーナの敗北は決していた。
おかしい人を亡くした、と結論づけるマグローンであったが、舞台を撤収している最中にタッチーナは復活して逃走していた。
「んー、マグロの山かけも美味しいね」
マグローンから少し離れたところで、エドワードは山芋とマグロを使って山かけ丼を作っていた。
マグロ自体は酔わせてから捌けば、絶品。
まるで高給料亭で出されるような味わいを堪能していた。
「おお! これはグッドテイストデース!」
マイケルも山かけ丼を頬張っていた。
あんた、さっきまで食べているマグロ達と一緒にタッチーナ応援してたよね‥‥。
戦いは、終わった。
だが、『酢味噌の香りを放って香港の交通を妨害した』とUPC軍は認識していた。バグア本星も崩壊した事から、UPC軍も本腰を入れてタッチーナ捕縛へ動き出すかもしれない。