●リプレイ本文
あの決定的な勝利から、数年。
バグアとの戦争が思い出になりつつある頃――その事件は、起こった。
「バグアの誇りは、たった今――この瞬間に蘇ったのです」
バグア本星の戦いに参戦せず、身を隠していたしていた上水流(gz0418)。
その姿を再び現したのは、バグアが地球圏から消えた後だった。
上水流は、地球全域に対してバグア再興を宣言。今も地球へ隠れ住む同胞に向けて、決起を呼びかけたのだ。
折しも、人類は世界政府樹立に向けて動き出していた最中。
平和に向けて夢見る人類に奇襲を掛ける形で、上水流は戦闘行動を開始。
電撃的な戦略で横須賀、横浜、千葉を一気に制圧。再びバグア占領地域を地球上に産み出したのだ。
さらに。
上水流は、和平条件として『定期的なヨリシロの供給』『UPC軍の即時武装解除』『世界政府から敗北宣言』を要求。バグアの高圧的な外交を感じさせる内容であった。
再び蘇る、悪夢。
世界政府、そしてUPC軍は――バグア殲滅のために動き出す。
バグア本星を崩壊させたUPC軍が総力を挙げれば、バグア残党を殲滅するのは容易い事。中部地方、東北地方の双方から軍を進めたUPC軍は物量を盾にバグアを追い詰めていく。
――そして。
人類とバグアの戦いは、最終決戦地である横浜へと導かれていく。
「集まった傭兵はこれだけか‥‥。戦いに明け暮れる人は随分減ったという事かな」
バグアが立て籠もる城を前にヘイル(
gc4085)は、自らが置かれた状況を改めて確認していた。
バグア残党は撤退を繰り返し、この横浜にある古代中国風の城で籠城していた。
UPC軍は傭兵を中心とした突撃部隊を組織。一気にバグア残党を殲滅する作戦に出るようだ。
「敵も最後の抵抗を試みるだろう。
だが、それも想定内。多少、城が壊れるだろうが仕方ないよな」
ユーリ・ヴェルトライゼン(
ga8751)は、この戦闘でバグアが相応の抵抗を見せると考えていた。
仮に逆の立場であれば、この局面で最期まで抵抗し続けていたはずだ。
剣を片手に、一人でも多くのバグアを道連れにしていたかもしれない。
「今回の作戦について説明しておきたい」
UPC軍指揮官が、傭兵達の前に姿を現した。
指揮官の説明によれば、傭兵を中心とした突入部隊にはUPC軍人も同行する事になる。部下として命令を下しても差し支えない。傭兵に彼らの護衛義務はないものの、可能な限り被害は抑えたいという。
「城内突入時には、城壁を砲撃する形で支援する予定だ」
少しでも多くのUPC軍人を城内へ送り込む。
UPC軍は、この戦いでバグア幹部を倒せば各地で掃討戦を繰り返している各方面軍に良い影響があると考えているようだ。
上水流の宣言を受けて対人類に向けて世界各地で活動を活発化させたバグアも多い。各地で繰り返されるバグア鎮圧に影響を与えられると考えるのも無理からぬ事だ。
だが、この展開を危惧する者もいる。
「解せぬ。連中は、何故にこの戦いを挑むのか‥‥」
突入を前にルーガ・バルハザード(
gc8043)は、上水流の意図を読み取ろうとしていた。
バグア本星が失われ、本星のバグア幹部と和平交渉も成立。
主力も地球圏から脱出し、地球に残っていたバグア戦力は多くない。
この状態で戦いを挑んだところで、バグアに勝ち目があるとは思えない。
だが、再びバグアは人類に戦いを挑んできた。
これ以上の戦いに、一体何の意味があるというのか。
「おっしょーさま。彼らは、私たち人間をもっと殺したいの?」
師匠のルーガに対してエルレーン(
gc8086)は、自分の考えを述べた。
その可能性はルーガも考えていた。
しかし、単に人間を殺したいのであればもっと効率的な方法があるはずだ。
わざわざ人類に向けて和平交渉の条件を述べる必要はない。
「わからん。だが、人間を殺す以外の目的があると考えるべきだろうな」
ルーガは両腕を組み、再び思案する。
上水流は、何を考えているのか。
その答えは、この戦いの果てにある。
●
「作戦開始っ! 突入!」
UPC軍指揮官から作戦開始の合図が送られる。
同時に、バグアが立て籠もる城壁に向けて戦車部隊の砲撃が始まった。
地響きと共に繰り返される砲撃は、空気を派手に振動させる。
傭兵達は、破壊された城門へ殺到する。
「了解した。行くとしよう」
分隊支援火器「MS46 mod 1」を手にしたジョージ・ジェイコブズ(
gc8553)は、城内の広場に向けて閃光手榴弾を放り込んだ。
放物線を描きながら地面へと落下する閃光手榴弾。
地面に転がったと同時に――発光。
周囲は激しい閃光に包まれる。
事前に閃光手榴弾のピンを抜いておき、作戦開始を受けて広場に投げ込んだからこそ、狙ったタイミングで閃光手榴弾を炸裂させる事ができた。
「いくぞ」
光に紛れ、ジョージはUPC軍人と共に雪崩れ込んだ。
情報によれば、敵は城門に向けて城内から銃口を向けている。
ならば、突撃と同時にバグアに撃たせる暇を与えてはならない。
「MS46 mod 1」にフォアグリップを装着。機動性と安定性を確保したまま、バグア兵に向けて撃ち返していく。
弾幕騎士<バラージ・ナイト>は、文字通り盾となって突き進んでいく。
「行け。一気に走り抜け」
ジョージは、UPC軍人へ指示を出す。
銃弾の雨の中を走らせる事に気が退けるが、ここで全員がバグア兵を相手にする必要はない。少しでも被害を終わらせるためには、この戦いを早期に終わらせる必要がある。
そう考えたジョージは、UPC軍人達を走らせた上で制圧射撃を使って確実にバグア兵を沈黙させていく。
「さあ、破滅が足音を立ててやってきましたわよ。覚悟しなさいな」
ジョージの傍らでM−183重機関銃を構えるミリハナク(
gc4008)。
城門から広場に向けて弾幕射撃。突入部隊を迎撃するバグア兵を押さえ込みにかかった。
「雑魚に用はないの。さっさと道をお開けなさい」
M−183重機関銃から打ち出された弾丸は、広場の壁を穿ちながらバグア兵を撃ち抜いていく。
しかし、ミリハナクはバグア兵の相手を早々に切り上げ、城内目指して移動を開始する。
そう、ミリハナクの目的はバグア殲滅ではない。。
この作戦にミリハナクがその身を投じた理由は、ただ一つ。
ただ、暴力で――上水流を叩き潰す事。
「愛しいアイツを探し求めて、という訳か」
ミリハナクの後方で、ユーリは霊剣「デュラハン」を握り締めて城内へ続く扉に向かって走る。
情報によれば、城内に潜伏するバグア幹部は三名。
手傷を負っているものの、油断すればこちらの命も危険だ。
できれば、手勢を集めて慎重に事を運びたかったところだが、現実は甘いものではない。
「アイツを見つけたら、お姫様に知らせてやるか」
ユーリはミリハナクの背中を見ながら、そう呟いた。
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UPC軍の砲撃は、城全体を揺らしていた。
砲撃を受ける度に、柱や壁が悲鳴を上げている。既に城門は破壊され、迎撃するバグア兵達が激しい銃撃戦を繰り広げている。
バグアは、UPC軍の猛攻を耐え続けていた。
だが、その限界も確実に近付いていた。
「大詰め、ですね」
上水流は、遠くに控えるUPC軍本隊を見据えた。
仮に突入部隊を倒しても、その数倍の戦力を持つ本隊が総力を上げれば壊滅は免れない。
つまり、バグアにとってこの戦いは、結末の決まった『絶望的』な戦いに他ならない。
「自らに降りかかる絶望‥‥実に甘美ですね。ですが、まだ足りません」
他人の絶望を多く見つめてきた上水流。
その絶望の瞬間にこそ「美しさを放つ」として追い求めてきた。今度は上水流自身が絶望する番であるのだが、上水流の心は落ち着き払っている。
この戦いの果てには、何が待っているのか。
上水流は、想う。
自らの命を投げ出してでも、価値のある絶望。それが、間もなくこの地球に訪れる。
身を震わせる上水流。
期待を膨らませている最中、階下にあった扉の破壊音が聞こえてきた。
――絶望は、上水流の前に現れる。
●
ミリハナクは、内に秘めた想いを口にした。
「上水流、私はここにいますわよ。邪魔者はなしで、どちらかの最後の破滅の時に付き合ってくださらないかしら?」
城内にミリハナクの声が反響、幾重にも折り重なって二階まで飛んでいく。
しかし、上水流からの反応はない。
「やっぱりね。正面から向かってくるタイプじゃないのは、分かってましたけど‥‥反応が無いのは、少々寂しいですわね」
ミリハナクは、戦場で上水流と遭遇している。
その際、ミリハナクは上水流を『力押しではなく、戦略を立てて策を弄するタイプ』と評価していた。城に立て籠もるバグア幹部も先の戦いで負傷していたとすれば、正直に正面から挑んでくる可能性は低くなる。
(けど、気になりますわ。
こんな城に隠れるような戦略を上水流が立てたのかしら? らしくない、というよりナンセンスですわ)
罠を警戒するミリハナク。
そこへ、ヘイルが話しかけてきた。
「もし、上水流を発見した場合はミリハナクへ連絡を入れる」
ヘイルは、探査の眼やバイブレーションセンサーを持つUPC軍の能力者に、城の内部を探らせていた。
ヘイルもミリハナクと上水流の確執は聞いている。ならば、ミリハナクの手で決着を付けさせたい。
「あら? 気を遣ってもらっても、何も出ないわよ?」
「そんなんじゃない」
クスリと笑うミリハナクをよそに、ヘイルは二階へ向かう階段を探し始めた。
●
「待て」
ヘイルより一足先に二階への階段を発見したジョージは、我先にと歩みを進めるUPC軍人を制止させたる。普段ならば率先して自分から進むジョージだったが、急遽UPC軍人を押し付けられた為、いつもより慎重に事を進めていた。
「‥‥なにか?」
不機嫌そうな顔を浮かべる軍人。
入隊して間もないのだろうか。血気盛んな若者は、名誉をもとめて独りで勝手に突き進んでいく。
時に、それが限りある命を失わせる行為だと知らずに。
「見ろ」
ジョージに促されて、軍人は薄暗い階段の途中へ視線を送る。
――違和感。
何かが、違う。
目を凝らせば、暗闇の中でしずかに獲物を待つ一本のワイヤーが存在していた。
「トラップ、ですか?」
ワイヤーが接続された箇所へ歩いていったジョージの背後から、軍人が恐る恐る声をかける。
このワイヤーの先に何があるのかは、分からない。ただ、確かなことはジョージが引き留めなければ、軍人は負傷、もしくは死亡していたという事だ。
その事実を知った軍人は、今になって背筋が凍り付く。
「あの‥‥」
「クレイモアか」
ジョージは解除したトラップの部品を、軍人に手渡した。
対人用地雷クレイモア。
軍人の脳裏に浮かぶ、仮想の景色。
その景色が、手の中のクレイモアをずしりと重くする。
「何故、分かったのですか?」
「トラップは敵の行く先に仕掛ける。それが鉄則だ」
進行ルート、逃走ルート。
いずれにしても、トラップはそのルート上に仕掛けられる。二階へ上がる階段があるなら、そこへ仕掛けられる可能性は高いと考えていたのだ。
ジョージの経験が物を言ったという訳だ。
「ならば、警戒しながら先へ進みましょう」
「いや、そうも言っていられない」
ジョージの頭上から激しい振動と物音が鳴り響いている。
恐らく、バグア兵達が迎撃に動き出したのだろう。狭い廊下でトラップを回避しながら、バグア兵を倒す事は至難の業だ。
「やりたくはないが‥‥」
ジョージは、舌打ちした。
本来なら危ない橋を渡りたくはない。だが、時には危険と分かっていても突き進まなればならない時もある。
(罠をわざと踏んで解除済みにする‥‥漢解除と言ったか。まあ、その方が俺らしい)
敢えて罠に掛かる事で活路を見出す事を決意するジョージ。
その顔には、スリルを待ち望む本音が浮かび上がっていた。
●
城内へ進行した傭兵達は、瞬く間に二階へと駆け上がった。
途中、仕掛けられた罠があったものの、ミリハナクのソニックブームやジョージの漢解除で排除されていく。
そして、目指すべきは幹部クラスのバグア。
傭兵達は戦力を分散して彼らの捜索にあたった。
「地上で! お前たちだけで! 勝てる算段などなかっただろうが!」
ルーガは、握り締めた烈火をバグア兵に振り下ろす。
エルレーンと共に発見した部屋には、傷付いたバグア兵やキメラが待機していた。先の戦闘で重傷を負ったのだろう。床に寝かされて死を待つバグア兵の姿も見受けられた。
だが、ルーガが部屋へ入った途端、バグア兵は迎撃に動いたのだ。
「それでも戦って死にたいのか‥‥ならば、貴様らだけで勝手に死ぬがよかろうッ!」
一人、また一人と、ルーガは傷付いたバグア兵へ斬り伏せていく。
バグア兵が何を考えて再び人類に戦いを挑んだのかは分からない。しかし、戦争になれば罪もない民間人が再び戦火に巻き込まれる。
愛する者を失っていく悲劇を、これ以上繰り返してはならない。
ルーガは、この戦いを終わらせるために烈火を容赦なく振るい続ける。
「まけないよ‥‥もうちょっとで、世界中がへいわになるんだからッ!!」
師匠のルーガに負けじと、エルレーンもUPC軍人達と共にバグア兵と交戦していた。
その戦いの最中、エルレーンはある事が気になっていた。
作戦開始前、ルーガが口にした言葉。
『連中は、何故にこの戦いを挑むのか‥‥』
その答えをエルレーンも持ち合わせていない。
それでも、エルレーンは戦い続ける他はない。
守らなければならない人達が、いるのだから。
「エルレーン、残りの敵は?」
「は、はい!」
ルーガに促され、エルレーンはバイブレーションセンサーで周囲の敵を捜す。
「部屋に敵らしき存在はありません‥‥あ、この部屋に向かって迫る敵がいます!」
エルレーンが、叫ぶ。
次の瞬間、廊下から響くUPC軍人の悲鳴。
銃声はなく、爆発音も感じられない。
「新手か!?」
ルーガは、烈火を握り直して廊下へと向き直る。
そこには胸に大きな切り傷が出来上がった骸の傍らに立つ――侍風の男。
黒い和服に襟巻で首を隠し、右手には日本刀を手にしている。
恐らく、先程UPC軍人を斬り伏せたのであろう。刀から血が滴り落ち、廊下に赤い水溜まりを生み出していた。
「伊庭勘十郎だ」
部屋に居たUPC軍人が、男の名前を呟いた。
エルレーンも、男の名前に聞き覚えがある。上水流の右腕として、デリー奪還作戦を刀一本で戦い抜いたバグアの名前だ。
言われてみれば、他のバグアにはないどす黒いオーラを感じさせる。
「‥‥‥‥」
伊庭は、黙ったまま刀を構え直す。
まるで、江戸幕府が崩壊したにも関わらず、幕府の為に戦い続ける哀れな浪人のようだ。
「貴様らの夢は、もう終わった。
還るべきだったのだ、貴様らは‥‥。
それとも、還るべき場所を自分で捨てたか?」
伊庭を前に脅しをかけるルーガ。
それに対し、伊庭は静かにルーガを見据えていた。
●
「歓迎しましょう。人類の皆さん」
二階に上がったは、UPC軍人と共に部屋へ飛び込む。
そこで待ち受けていたのは――バグア指揮官である上水流。
目の前の上水流を倒せばこの戦いは終結するのだが、部隊が部屋の中央へ踏み込んだ瞬間、背後からバグア兵が押し寄せてきたのだ。
「挟撃か」
ヘイルは、この状況下でも冷静を保っていた。
挟撃されたことは事実だが、敵が隠れている可能性は探査の目で気付いていた。
だからこそ、部屋へ入る際も周囲に気を配りながら、いつでも敵襲に備えられるように準備していた。
さらに相手は負傷したバグア兵ばかり。命中率も高くなく、物陰に隠れていれば深刻な状態に陥る事はないだろう。
「敵殲滅を最優先。複数で同一ターゲットを狙え」
UPC軍人達へ応戦を指示するヘイル。
落ち着いて確実に対処していけば、切り抜けられない場面ではない。確実に敵の数を減らしていけばいい。
「随分と悠長ですね。私を倒しに来たのではないのですか?」
「そうだ。だが、上水流――お前を倒すのは、俺じゃない。
俺は、上水流をここに釘付けできればそれでいい」
ヘイルは、上水流発見の一報を仲間に向けて流していた。
そして、その情報を聞きつけて真っ先に駆け寄ってくる存在がいる事を知っていた。
ヘイルの一言で、上水流は何かを察したようだ。
「ああ、知らせてくれたのですね」
「上水流に会いたがっていると聞いていたからな」
そう答えたヘイルは、 拳銃「ジャッジメント」で近寄ってきたバグア兵の頭を撃ち抜いた。
装填されていた貫通弾の前に、バグア兵はその場で力無く倒れ込む。その骸を踏み越えて、上水流へ接近する影が一つ。
影は、 滅斧「ゲヘナ」を振り回した後、上水流の脳天目掛けて力任せに叩きつけた。
――ガキンっ!
銃声に紛れて響き渡る金属音。
ゲヘナの刃は、鉄扇の前に阻まれて上水流まで届いていない。
「待っていましたよ、愛しい人」
「レディに捜させるなんて、野暮な男。本当‥‥叩き壊しちゃいたい」
ゲヘナで攻撃を仕掛けた影――ミリハナクは、刃を挟んで上水流と対峙した。
バグアとして人類に戦いを挑み、悪夢を呼び起こそうとした上水流。
それが、ミリハナクの前にいる。
「今度こそ、私が絶望を教えてあげる」
「始めましょう。最後の逢瀬を」
戦いの終焉は、確実に近付いていた。
●
同時刻。
ユーリとジョージは城内に罠を仕掛けた張本人、キーオ・タイテムと戦闘中であった。
「各員、散開。バイブレーションセンサーが使える者は、周囲を探索するんだ」
ユーリは部屋に打ち棄てられていた金属製のガラクタを背に、UPC軍人へスキル発動を指示した。
部屋は、薄暗い。
さらにキーオが部屋に仕掛けたと思われるトラップが多数存在しているため、敵の位置を掴めていないのだ。
「‥‥!? 九時方向の物陰に、振動反応!」
「任せろ」
UPC軍人の言葉を受け、ジョージが素早く動き出す。
分隊支援火器「MS46 mod 1」を手にガラクタの間を素早く移動。目標地点に向かって突き進んでいく。
(やはり、俺にはこの方が正にあってるな)
UPC軍の連中を気遣って慎重に進むよりも、罠があればすべて食い破った方が良い。それが戦いの醍醐味というものだ。
「そらよ」
敵の気配を感じたジョージが、床を転がって移動。中腰のまま、分隊支援火器「MS46 mod 1」を敵に向かって構えた。
だが、そこに居たのは傷付いたキメラが一匹。
(なんだ、外れか‥‥!?)
狙った相手がキメラだった事に落胆しかけたジョージ。
しかし、ジョージは気付いた。
キメラの背中にピンの抜かれた手榴弾が、紐で括り付けられている事に。
「ちっ」
反射的にその場から飛び退くジョージ。
ほんの少しの間をおいて、キメラは爆発。
周辺のガラクタに、肉片がこびり付いた。
「コソコソと隠れやがって」
「これが、得意な戦法なんだろうな」
苛つくジョージにユーリは声をかけた。
バグア側の戦力は疲弊、その中でUPC軍を相手にするならば、敵を誘い込んで罠に嵌めればいい。被害を最小限に抑えて敵にダメージを与える事ができる。
――しかし。
「この程度で、止められると思っているのか?」
ジョージは、言った。
この指摘は的確であり、トラップだけで場外に待機する本隊まで殲滅させることは不可能だ。
「無理だな。このトラップは、時間稼ぎにしかならない」
「‥‥なるほど。傭兵の中に冷静な奴もいたか。トラップへ掛からない訳だ」
ユーリのセリフに合わせて、部屋の奥から響く男の声。
二人には、その男がキーオであることを本能的に察知した。
「出てこい。 弾幕騎士<バラージ・ナイト>の名に賭けて、倒してやる」
キーオの声が聞こえてきた方向へ呼び掛けるジョージ。
だが、キーオは姿を見せることなく、申し出を拒絶する。
「断る。受けた依頼の中に、『お前達の抹殺は入っていないから』な」
「どういう事だ?」
「依頼された内容は、指定時刻にこの城を爆破する事だ」
城を爆破。
ユーリとジョージは、はっきりとそう聞いた。
すかさず、ユーリは浮かんだ疑問をキーオへぶつける。
「‥‥何故、そんな事を教える?」
「言っただろう。お前達を殺す事は望んでいない。それは依頼主も同じだ」
依頼主、つまり上水流の事だ。
どうやら、バグアが崩壊したことでキーオは上水流の指揮下から離れたようだ。それを上水流は、雇用する形でつなぎ止めていたのだろう。
キーオは、さらに言葉を続ける。
「この城を派手に爆破しろ。それが俺が受けた依頼だ。依頼主の考えを理解する気はない。だが、一度受けた依頼は、必ず達成する。
‥‥今、この城に仕掛けた爆弾は、設定された爆破時間を静かに待っている」
「なら、お前を倒して爆弾をとめればいいだけだろ」
ジョージは、キーオを目指して動き始めた。
気配を気取られないように、静かに、そして素早く動く。
トラップで時間を稼ぐような臆病者だ。
至近距離から弾丸の雨をお見舞いして、黙らせてやる。
「無理だ。今から俺を倒して爆弾を捜し、さらに解体するには時間が少なすぎる。それを見越してお前達に爆弾の存在を教えたのだから、当然だ」
「そんなの‥‥やってみなけれりゃ分からないだろ」
声がする方向から、キーオの位置を特定したジョージ。
ガラクタの影から飛び出して、MS46 mod 1の引き金を引く。
部屋へ響き渡る銃声。
だが、弾丸を捉える事ができない。
キーオの代わりに、ピンの抜かれた手榴弾があったからだ。
「くそっ、あれは‥‥」
置かれていた手榴弾には、見覚えがある。
作戦開始と同時に城内の広場へ投げ込んだ閃光手榴弾――。
激しい光が周囲を包み、ホワイトアウト。
視界は、白い世界に包まれる。
次いで鳴り響いたのは、爆発音。
音がした方向からは、頬を撫でるような冷たい風が流れる。
「逃げたのか」
光が収まり、後から追いかけてきたユーリが見た物は、壁に開いた大穴。
キーオは、ここから外へ逃げ出したようだ。
「そのようだな」
「爆弾の話が本当なのかは分からないが、仲間に知らせておいた方がいい」
「ああ。それと‥‥仲間に加勢してやらないとな」
ユーリに答えながら、ジョージは MS46 mod 1の弾倉を交換する。
●
「貴様らは、滅する。
争いを避けられる道を捨てたのだ、それは貴様らの咎だろう!?」
ルーガは、烈火の切っ先を伊庭に向けて突きを繰り出した。
だが、炎のような刃紋は伊庭の体を捉える事はできない。
寸前で体を捻って烈火を回避した伊庭は、回転を加えた剣撃をルーガに向かって振り抜く。
「‥‥これを、止めるか」
伊庭の刀は、割って入ったエルレーンの魔剣「デビルズT」によって阻まれる。
もし、エルレーンがファング・バックルを発動させて割り込まなければ、ルーガは強烈な一撃を受けていただろう。
「おっしょーさまには、絶対に倒させないんだから!」
肩で息をしながら、デビルズTを構えるエルレーン。
一方の伊庭は余力を残しており、そう簡単に倒せそうにない。
ルーガを倒させないと宣言してみたものの、それが強がりである事はエルレーンにも分かっている。
このままでは――危機的状況になる。
「貴様は、何故戦うのだ? もう、勝敗は決しただろう」
「‥‥‥‥」
ルーガの問いかけに、伊庭は答えようとしない。
ただ、眼前の敵に向かって剣を振るう獣のような存在だ。
伊庭は手にしていた刀を、鞘へ戻す。
UPC軍人の話では、伊庭が得意とするのは居合い斬り。
おそらく、次の一撃で決着を付けるつもりなのだろう。
「あなたは、なかたからもみすてられたんだよ。
それなのに戦うなんて‥‥ほんとうにいみがあるの?」
ルーガに次いで、エルレーンも語りかける。
感情が昂ぶりすぎてややイントネーションが狂っているが、エルレーンはエルレーンなりに伊庭へ想いをぶつける。
その想いが届いたのか、無言を貫き通していた伊庭は一言だけ呟いた。
「‥‥すべては、次の戦いのため」
「次? 次なんてないんだよ。もう、これでおわり‥‥」
言い掛けたエルレーンであったが、これ以上の言葉は出てこなかった。
伊庭から発されるオーラは、畏怖に近いものだった。
伊庭と言葉でコミュニケーションは無理だ。
「やはり、刃で決着を付ける他ないか」
ルーガも再び烈火を伊庭へ向ける。
二人の前で、伊庭の右手が刀の柄に近づいていく。
あの右手が柄を握った瞬間、最速の一撃が放たれる。
その一撃を避けられるか、否か。
勝負は一瞬で決する――誰もがそう思い込んでいた。
「弾幕騎士<バラージ・ナイト>の登場だ」
部屋へ転がり込んできたジョージは、伊庭に向かって分隊支援火器「MS46 mod 1」のトリガーを引く。
放たれる銃弾。
闖入者の存在に気付いた伊庭は、その場からジャンプで移動。
UPC軍人を盾にしながら銃弾を躱し始める。
盾にされる者も、伊庭が素早い動きを見せるために対応仕切れない。
「こいつ、銃を相手に戦い慣れているな」
伊庭は、デリーでUPC軍相手に刀一本で戦っていた侍だ。
銃を相手にどうすれば良いのか、ある程度心得ているのだろう。
ジョージは懸命に伊庭を狙おうとするが、狭い部屋にUPC軍人も多く命中させる事ができない。狙いが定められないジョージの隙を突いた伊庭は、UPC軍人数人を斬り伏せながら部屋を脱出していた。
「救援か」
「ああ。勝負の邪魔をしたくはなかったが、時間がないんだ」
ルーガは、ジョージの後から入ってきたユーリに声をかけた。
「時間がないって、どういうことですか?」
「この城に爆弾が仕掛けられているかもしれない」
「え!?」
ジョージから聞いた言葉に、驚きを隠せないエルレーン。
この城に爆弾を仕掛けるとすれば、バグア以外にあり得ない。
何故、自分達が籠城する城に爆弾を仕掛けたのだろうか。
「道連れが目的か?」
「分からない。爆弾を発見している時間もない。
可能な限り早急にこの城から撤退するべきだ」
ユーリの主張に、ルーガは小さく頷いた。
●
「愛しい人。貴方は、この戦いが終わればすべて元に戻るとお思いですか?」
ミリハナクが繰り出すゲヘナの高速連撃を、鉄扇で捌く上水流。
長さ2メートルを越えるゲヘナで攻撃を仕掛け続けるミリハナクも見事だ。
だが、それを鉄扇一枚で避ける辺りは、さすがバグア幹部といったところか。
「さぁ?」
「この星は、かつて大小の国が己の領土を持っていました。
それがバグアの登場で、一度大国としての枠が失われます。バグアへ対抗するために、自国の軍をUPC軍へ編入させました。
では、バグアを倒せば、これらはすべて戦う前に戻るのでしょうか?
答えは――否です」
力任せに鉄扇を叩き付ける上水流。
ミリハナクは、それをゲヘナで受け止める。
二人の顔が、近づいた。
「‥‥‥‥」
「大国は不満に思うでしょう。己が持っていた政府としての機能も軍事力も、世界政府やUPC軍が持って行ってしまう訳ですから。
そして、その不満は世界政府やUPC軍へ向けられます」
影響力は残るだろうが、戦争が行われる前のように自国を守る軍としての機能は失われる。
小国は異論ないだろうが、世界の覇権を争った大国にとっては面白くない。
「人類は、自分達が思っているよりも進化していません。
己に向けられた憎しみを他者へ向けて回避するという愚かな行動を取ります。
統一の敵を産み出し、目をそちらへ向けてやれば民衆はその敵に憎しみを向ける。先程まで別の対象を憎んでいたのに‥‥」
余裕そうに笑みを浮かべる上水流に対して、ミリハナクは至近距離からソニックブームを発動した。
ゲヘナにエネルギーが流れ込む。
危険を察知した上水流は、後方へジャンプ。
距離を取った後、改めてソニックブームを回避する。
「世界政府やUPC軍にとって、今は大事な時期。大国と揉めれば世界政府樹立は消え失せるかもしれません。事実、一部の大国は世界政府牽制の為に、メガコーポレーションへの影響力強化を始めています。
これに対して世界政府とUPC軍はどうするか――。
おそらく、彼らは己に向けられた憎しみを他者へ向けて逃げ手を打つでしょう」
「どういう事だ?」
上水流の言葉に対して、ヘイルが問いかけた。
ヘイルの脳裏に浮かんだ嫌な予感。
そうであって欲しくはない。
心で必死に願うヘイルであったが、上水流は最悪の予言を口にする。
「貴方達能力者ですよ。
我々バグアのように、特異な能力を持つ者達です。能力を持たない者達にとって、バグアの危機が去った今、あなた方の力は既に無用の者となります。
――世界政府は、己が保身の為、貴方達を人類の敵に据えるでしょう。貴方達を敵とする事で、自らの存在価値を高めようというのです」
上水流は、世界政府が能力者を人類の敵にすると言い切った。
確信に満ちた態度を見る限り、上水流は何処かでその計画を知ったのかもしれない。
もしかしたら、その計画に荷担している可能性もある。
「バグアで戦った英雄を、敵にするというのか?」
「人類の歴史にも、度々あった事でしょう。
だから、私は協力する事にしたのです。バグアが再び現れ、UPC軍が能力者を使って大々的に叩く。もしくは能力者の行った行為だとして、虐殺を仕組んでもいい。意図的に能力者を危険だとする情報を流せば、能力者が危険と思う者が必ず現れます。
そして、世界政府とUPC軍が貴方達を一方的に敵視して迫害する。
力を手に入れた人類は、バグアだけに飽きたらず、人類同士で戦いを始めるのです」
ヘイルは、この戦いを通して入手した情報を思い返した。
上水流は能力者を人類の敵に見立てる手伝いをするため、同胞を巻き込み、無謀なる戦争を仕掛けた。能力者の異能な力を一般市民の前に知らしめ、恐れを抱かせるために。
もし、世界政府とUPC軍の企みが本当ならば、この戦いは人類にとって大きな節目になるはずだ。
「一体、何故そんな事を‥‥」
「そう、すべては絶望の為。
人類の為に命を賭した貴方達が、今度は人類の敵にされる。
その時、貴方達はどんな絶望を見せてくれるのでしょう?
俺は――それが知りたかった」
絶望の為。
上水流は、そう言い切った。
そのために、すべてを犠牲にして人類に新たなる火種を産み出そうとしているのだ。
「愛しい人。貴方のために、この俺が、あなたの戦場を作り出しましょう。
貴方の戦いは、まだ終わりません」
「さっきから‥‥うるさいですわね」
ミリハナクは、ゲヘナを下に降ろした。
その言葉には、明らかに苛つきが感じられる。
「あなたが何を考えていようと、私には関係ありませんわ。
今は、あなたをこの場で引き裂ければ、それで満足ですの。
それ以外の事に、興味はありませんわ」
ミリハナクにとって、すべては上水流をこの場で平伏させる事。
この戦いの後で何が起ころうと、ミリハナクはミリハナクらしく生きるだけ。
仮に上水流を倒してはいけない存在だったとしても、ミリハナクは戦いを止めない。
すべては――その為に来たのだから。
「‥‥愛しい人。
そう。貴方は、ただ己を貫けば良いのです。そして、その力で多くの絶望を人類に与えなさい」
鉄扇を構え直す上水流。
それに対してミリハナクもゲヘナを構える。
一瞬、流れる沈黙。
お互いの視線を絡ませ、相手の呼吸を読み取る。
大きく吸って――足に、力が込められる。
「!!」
ミリハナクと上水流は、一気に間合いを詰める。
双方の獲物が、相手に襲い掛かる。
「‥‥‥‥」
「‥‥ぐっ!」
上水流の鉄扇は、ミリハナクに打点を外されて命中しなかった。
しかし、ミリハナクのゲヘナは上水流の腹部に深々と突き刺さっている。
体勢を低くして下段から攻撃を仕掛けたミリハナク。
ゲヘナを通して伝わる感触。腹部からは、赤い体液が止め処なく流れ始めていた。
「愛しい人。あなたの活躍をこれ以上見られないのは‥‥残念です。
ですが‥‥あなたにはまだ戦い続ける場所があります」
ゲヘナが突き刺さったまま、力無く倒れる上水流。
床に倒れ、無様な姿を晒している上水流を、ミリハナクはそっと見下す。
「ミリハナク」
勝負が決した事を悟り、ヘイルが駆け寄ってきた。
ヘイルの存在に気付いた上水流は、再び口を開く。
「この城に、爆弾が仕掛けられています。
早く、退避なさい」
「なんだって?」
「貴方達は、ここで倒れるべき者ではありません」
上水流が、この期に及んでウソをつくとは思えない。
早急に仲間達を連れて城を脱出しなければならない。
「他部隊へ連絡を入れろ。城から脱出する」
UPC軍人達へ撤退を命じるヘイル。
一気に騒ぎ始める周囲。
その喧噪の中でで、ミリハナクは呟いた。
「ごきげんよう。楽しかったですわ」
こうして上水流が目論んだ戦いは、城の爆発と共に終焉を迎えた。
しかし、一つの終焉は一つの始まりに過ぎない。
能力者達は、新たなる戦いを強いられるだろう。
絶望が渦巻く、人類同士の愚かな戦いが――。
傭兵達の前で派手に燃える城は、まるで送り火のように燃え盛っていた。