●リプレイ本文
青く、何処までも広がる空。
見渡す限り、一面に広がる砂の海。
それが、この世界のすべてであった。
「観測ポッド、すべて射出しました」
新進気鋭のKVメーカー『グラキエース社』のオペレーターが、社長のルシーリへデータ収集可能な状況になった事を知らせる。
元々、このアラビア半島にルシーリが訪れたのは、新型KV『イクトゥス』の起動テストのためであった。バグア部隊と交戦する事が無ければ、すべて無事に終わるはずだったのだ。
「戦‥‥車? いや、どっちかっていうと自走砲じゃないか、これ?」
それが、イクトゥスに対する藤堂 紅葉(
ga8964)の率直な感想であった。
ゼカリアにも換装されている420mm大口径砲の改良品を標準装備。徹甲弾、ナパーム弾、対空榴散弾、曲射榴弾を状況に応じて使い分ける事が可能となっている。反面、人型への変形を排している事から、KVというより自走砲という方が近い。
「地上制圧面を考えた場合、人型よりも優れているという判断からよ。
そんな事より、頼むわよ。あなた達が敗れるという事は、私達の命もないという事なのだから」
望まれぬ来客――バグア部隊がこちらへ向かっている。
既にUPC軍へ救援を打診しているが、少なく見積もっても到着までには40分以上掛かる。このイクトゥスで撃退できなければ、戦闘データを収集しているルシーリも死亡するだろう。
仮に戦闘で死ぬことが無かったとしても、昼間は50度以上を記録する砂漠だ。脱水症状から熱中症となって死亡するかもしれない。
「はいはい。何しろ契約外の仕事だからね。ボーナスは弾んで貰うよ!」
紅葉は、このテストへ報酬を求めて参加していた。
しかし、今回は報酬以外にもスリルまで味わえるとは思っていなかった。
「ヤレヤレ、昔はタンクバスターと言われたワシが、何の因果か戦車乗りか‥‥。
オマケに、いきなりの実戦テストとは、まったくツイている事だ!」
元対戦車へり部隊へ所属していた孫六 兼元(
gb5331)が、自らの境遇を嘆く。
理不尽な命令を出して上巻を殴って左遷された経緯を持つ孫六。
今まで戦闘ヘリで戦車を空から潰してきたにも関わらず、今度は地面へ這いつくばってバグアと戦わなければならない。
「そう言うなって。この金払いがいいんだからよ、この仕事は」
キャタピラ独特の振動を体に受けながら、滝沢タキトゥス(
gc4659)は軽く笑みを浮かべる。
滝沢は以前、グラキエース社が開発していたKV『アーベントロート』のテストにも参加していた。アーベントロートは空中自動制御システム『フライングバード』により人型のまま長時間の空中戦を可能としていた。だが、一定以上の負荷がエンジンにかかった場合、空中で爆発するという問題を抱えていた。
滝沢は奇跡的に生還を果たし、今回のテストへ参加していた。
「フン、これで軍の君らに対する評価が不当だったって示せるわけだ。僕の命でね」
アーベントロートの事故で運命を呪っていたのは、グラキエース社だけではない。
クローカ・ルイシコフ(
gc7747)は、この戦闘に賭けていた。
前回の爆発事故において、滝沢同様奇跡の生還を果たすも重傷。人型KVへの操縦適性を失い、一時は自暴自棄な生活に送っていた。しかし、今回のテストを復帰の機会と考え、テストパイロットへ志願したという訳だ。
元砲兵科出身だからこそ、このイクトゥスと共にバグア戦の最前線へ戻ってみせる。
クローカは、そう心に誓っていた。
「今回の戦いは、実戦テストとしてすべてのデータを記録するわ。
各操縦士は、その行動を記録するように」
ルシーリが、傭兵達へ通信を入れる。
この戦いは単なる撃退戦ではない。
クローカもそうであるように、グラキエース社もこの戦いに賭けている。KVメーカーとして三流の烙印を押されたグラキエース社は、このイクトゥスで再び軍に正当な評価を見せつけるつもりなのだ。
「敵戦闘集団を補足‥‥まもなく射程距離内」
クラーク・エアハルト(
ga4961)が、バグア部隊の戦闘集団をレーダーで捕捉した。
光点の数から敵の数は20以上。情報ではキメラ以外にも、ゴーレムの姿も確認されている。
――人型と戦車。
陸の王者を決める戦いは間もなく始まろうとしていた。
●
「予定ポイントへ到着したよ。敵、砲撃ポイントへ間もなく到着」
大型の岩陰へ身を隠したイクトゥスの仲で夢守 ルキア(
gb9436)は、呟いた。
敵の先頭集団が、間もなく予定の砲撃地点へと到達する。既に各機体は2機編成で周辺のトレンチへ身を隠している。各機は、敵が砲撃ポイントへ到達した時点で一斉砲撃。敵に奇襲をかけようという訳だ。
「各機、格闘用アームで機体を固定して下さい」
オペレーターからの指示で、傭兵達はイクトゥスの格闘用アームを地面へ突き刺した。
今回の作戦では、初撃を確実に命中させなければならない。
そのため、砲撃の振動で狙撃ポイントがずれないように、機体を固定させる必要がある。
「機体固定、曲射瑠弾籠め! 次弾、APFSDS」
「評価試験を開始する。初弾、APFSDSを装填」
孫六とクローカは、砲撃ポイントに照準を定め、敵の到着を待ちわびている。
永き沈黙――。
傭兵達の意識は、レーダーと照準だけに注がれる。
ゆっくりと進むバグアへの苛立ちを怒りに変えて、砲弾へ注ぎ込んでいく。
そして。
時は、来た。
「敵部隊、砲撃ポイントへ到着」
オペレーターが各機へ状況を報告。
それを受け、孫六の声が木霊する。
「撃てぃ!」
その叫びに合わせ、イクトゥスは吼えた。
操縦者に掛かる衝撃。機体は固定されたアームのおかげで振動は軽減されているのであろうが、固定されていなければ機体がどうなっていたのか分からない。
420mm大口径砲から打ち出される曲射瑠弾、徹甲弾。爆風は、砂と同時にゴーレムとキメラの残骸も宙へと舞い上がる。曲射瑠弾で砲撃を行い、浮き足だったゴーレムを徹甲弾が貫く。
どうやら徹甲弾は、一撃でゴーレムを仕留める事が可能なようだ。
「いける。やはり、イクトゥスは‥‥我が社を再興させる機体なのよ」
ルシーリは、期待を抱く。
イクトゥスならば、グラキエース社を浮上させる夢の機体なのだ。
「一気にファーストダウンだっ!」
先頭集団が壊滅的ダメージを負った事を悟った滝沢は、イクトゥスを前進させる。
今、葬ったのはあくまでも先頭。これから本隊がこちらへ向かって来る。
新たなる来客のため、歓迎の準備をしなけらばならない。
「ゴーレムとキメラを引き離すとしますか」
クラークも、イクトゥスを前に進ませる。
キメラはイクトゥスと比べれば、小さい相手だ。だが、集団で集められては厄介だ。可能であれば、キメラとゴーレムを切り離しておきたい。
「了解。こっちはゴーレムへ砲撃を継続するから」
ルキアは、生き残ったゴーレムを徹甲弾で砲撃する。
前進するするイクトゥスを後方から砲撃で支援するためだ。もっとも、支援と言っても徹甲弾を受けたゴーレムは上半身が消え失せる程の砲撃なのだが‥‥。
「なるほど、このシステムだけは地味に良いんじゃないかい?」
移動しながら、曲射榴弾を砲撃し続ける紅葉。
狙った場所へ確実に到達する脅威の命中率は、画期的な技術だ。
その秘密はイクトゥスに搭載された『クイーンフィールドシステム』にあった。
砲撃において距離、敵の進軍スピード、湿度などの環境を瞬時に計算。砲撃時に補正をかけて命中率を引き上げるシステムなのだ。
これが前線へ投入されれば、対バグア戦でも優位に戦闘を進める事ができる。
だが、あくまでこの機体は、テスト中の機体。
課題も多く残っている。
「何だ? 弾道が安定しないぞ?」
その事に気付いたのは、孫六だった。
徹甲弾を撃った後、間を置かずに次の砲撃を撃った場合、砲弾が予定ポイントからずれる事があるのだ。
「こっちもだ。次弾、上に逸れやがった。‥‥温まった砲身に、制御が追いついていない」
クローカの徹甲弾もゴーレムの胸部を狙ったが、逸れて頭部を吹き飛ばした。
元砲術科のクローカは、その原因が砲身の熱にある事を経験で感じ取っていた。温まった砲身から打ち出される砲弾は、クイーンフィールドシステムにズレを生じさせていた。 そのズレは、前線で戦う傭兵達に重くのし掛かる。
「この、このズレは何とかならないの?」
ルキアは、ルシーリへ食い下がった。
しかし、ルシーリの言葉は重い。
「‥‥今回の実戦テストで得たデータを使えば、プログラムを改良できるはずよ」
「だったら、今回はどうするんだよ!」
今度は孫六が、食い下がった。
その声に、ルシーリは言葉を詰まらせる。
「あなた達の勘に頼る他ないわ」
「ワシの勘? ンな物で何とかなるか〜!」
孫六は、精密射撃をあっさり捨てた。
本隊がこれから到着するにも関わらず、精密射撃ができないのであれば奇襲は難しい。
イクトゥスを前進させ、中距離・近距離からの砲撃戦へ切り替えたのだ。
「三式籠め! 信管零距離、水平射!」
ゴーレムへ向かって行く孫六。
こうして、戦いは更なる混迷へと向かって行く。
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「砲身冷却が追いつかない‥‥連射は厳しいか」
クラークは、歯軋りを隠せなかった。
このイクトゥスは、遠距離に特化した機体だ。反面、孫六が挑んでいる中距離・近距離での戦闘はパイロットの技量に左右される――つまり、装備としては貧弱なのだ。
せめて中距離用のマシンガンがあれば違っているのだろうが、予算の問題から装備は見送られていた。
「そら、消毒してやるよ‥‥文字通りにな!」
キメラに向けてナパーム弾を放り込んだ滝沢。
砂の上に広がる1200度を超える火柱。キメラを派手に焼き尽くし、まとめて葬り去る。
「こいつを喰らえば、痛みの意味を初めて知る事になるだろうよ!」
滝沢は、イクトゥスでバグアを掃討していく。
それは、麻薬にも似た快感。
肩で息をしながらも、顔には笑みが溢れている。
だが、その瞬間に大きな隙が生まれた。
「滝沢殿っ!」
クラークの呼びかけで我に返る滝沢。
次の瞬間、強い衝撃が滝沢を――イクトゥスを襲う。
見れば、多数のキメラが機体に群がり、機体の彼方此方を囓っている。
キメラの攻撃でエンジン部分にダメージを負ったようだ。
操縦桿を動かしても、前進も後進も行う事ができない。
「くそっ!」
格闘用アームでキメラを払ってはいるが、機体に乗っているキメラを払えない。
そして、クラークもゴーレムに行く手を阻まれて救援には来られない。こうしている間にも、キメラは滝沢のイクトゥスを破壊し続けている。
「仕方ねぇか」
そう呟いた滝沢は、コックピットの左にあるキーを数回押下する。
次の瞬間、赤いアラームが鳴り響き、画面には警告の文字が表示される。
「滝沢殿、まさか!?」
異変に気付いたクラーク。
滝沢は、付近のキメラを自爆で一気に片付けるつもりだ。
「滝沢殿、脱出を!」
「悪ぃ、脱出装置が動かねぇんだ」
滝沢の一言で、クラークは滝沢の覚悟を知った。
そして、怒りが目の前のゴーレムへ向けられる。
「こんな機体で‥‥」
クラークの徹甲弾がゴーレムの体を吹き飛ばした頃、滝沢に残された時間は5秒を切っていた。
「あの光は‥‥何だ? ――誰かが、呼んでる‥‥?」
爆発。
滝沢を乗せたイクトゥスは、キメラと共に炎へ包まれた。
滝沢が見た光、あれは何だったのか。
それは、誰にも分からない。
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死闘を繰り広げる各機。
その負担は、確実に傭兵達を蝕んでいた。
「‥‥ヤバいな」
クローカの周りには多数のゴーレムが横たわっている。
しかし、ゴーレムに眼前にまで接近され、至近距離からプロトン砲を数発浴びている。計器類・エンジンは破損、操縦席付近で爆発が起こり、クローカの体も重傷を負っている。
もう、長く保たない。
それは、クローカにも分かっていた。
クローカを撃破したと判断したゴーレムは、踵を返した。
向かう先は、ルシーリ達が居るポイント。
おそらく、指令を出す者が存在すると考えたのだろう。
ゴーレムは、ゆっくりと歩き出す。
――夢を砂の海へ沈めるために。
しかし、そのゴーレムに異変が起こる。
右足を上げた瞬間、突如ゴーレムの体は吹き飛んだ。
砂の上にパーツが散乱し、ゴーレムはその活動を停止した。
クローカの放った徹甲弾が、ゴーレムを破壊した瞬間だった。
「へっ、一発あれば十分だ」
そう、ゴーレムぐらい徹甲弾一発で沈められた。
何も臆する事はない。
そして、まだ止まる訳にはいかない。
この戦いでクローカは、軍に適正な評価をもらい、最前線へと舞い戻らなければならない。
あの仲間達が待つ、空の彼方へ。
「行こう、イクトゥス――僕は‥‥まだ戦えるんだ‥‥」
血に塗れながら、イクトゥスの中で眠るように力尽きた。
●
「アンタのせいで、アイツらが‥‥!」
戦いの後、紅葉はルシーリの胸ぐらを掴んでいた。
傭兵達の奮戦のおかげで、UPC軍が到着するまでにバグアを抑える事ができた。
しかし――滝沢とクローカは、もう戻って来ない。
「怒ったところで、彼らは帰って来ないわよ」
「だからって、アンタが実戦テストしてなければ‥‥」
紅葉自身も、怒りの矛先が間違っている事は分かっている。
それでも、何処かにぶつけなければ、自分を保っていられないのだ。
感情を爆発させる紅葉。
そこへ、ルキアが姿を現す。
クローカの亡骸を背負って、ゆっくりと歩いてくる。
「‥‥起きないんだ。ほっぺたを抓っても目が醒めない。
だから、背負って一緒に帰ってきたよ」
本当は、ルキアもクローカが死亡している事は分かっている。
それでも、認めたくない自分の存在も分かっている。
「でも、これで私は彼を殺すコトは無いんだ――絶対に。
ソナーレ、きみのセカイを、キロクする」
そう呟いたルキアは、ルシーリの傍らでその歩みを止める。
かけるべき言葉が見つからないルシーリ。
「どうしたの?」
「‥‥イクトゥスは、連続砲撃に難点があり。
スモークより、地形を選ばない兵器‥‥レーダーを乱すジャミング系装備があれば前線でも相応の効果が得られると思われる」
そして、ルキアは言葉を続ける。
「ビジネスは放棄しないさ。
クローカが命を賭けて得た情報だからね。私が代理で報告させてもらったよ」
ルキアは、再び歩み始める。
その背中でクローカの髪は、風で静かに揺れていた。