●リプレイ本文
●
広場を挟んで立つパリ警視庁の窓から、一行は聖堂を眺めていた。
「数年前に取材にきたところだが、物騒になったものだ。小説などの中で終わらせたいできごとが現実でおきるなんてね‥‥それにしても、周辺の封鎖はしていないのか?」
広場の観光客を見て呆れたように尋ねるミハイル・チーグルスキ(
ga4629)に、警備責任者は日中は動きがないようだからと愛想良く答え。
「観光のフリ兼偵察には却って好都合か‥‥石像に成済ますとは、小賢しい奴だな。だがここで消えてもらう」
月影・透夜(
ga1806)が敵の小細工を冷ややかに切り捨てる。
「このシメールが作られた頃には、まさかキメラなどと言う人類の敵が現れるなどとは思いも寄らなかったでしょうね。それはとても皮肉な事ですけれど、それでシメールの芸術性が失われる事にはなりませんわ」
異形とは言え、パリを災厄から守る為に造られたシメールと、災厄そのものが形を成した体のキメラでは雲泥の差、「ひばり」と名づけた愛刀に頬擦りしながら鷹司 小雛(
ga1008)が艶やかな黒髪を揺らす。
「フランスに来たら巡ってみたいと思ってた観光地で何たる事を! コレだから異星人は‥‥全く! 連中の血は何色だ!」
憧れの地での狼藉をMAKOTO(
ga4693)が非難すると。
「キリスト教徒でなくとも、大聖堂の狼藉はお仕置きしないと、ですわね?」
と小雛も微笑みながら応じる。
少し離れた窓辺ではアグレアーブル(
ga0095)が周囲の街並みを眺めていた。
米国生まれのアグレアーブルにとっても初めてのフランスではあるが、名前のおかげで不思議な親近感を抱いているらしい。
(「シャンゼリゼのイルミネーション、クリスマスマーケット‥‥大聖堂でのミサ。特別で大切な時間をキメラから取り戻します」)
時節柄巨大なツリーが設置された広場を眺め、程遠くない名所にも想いを馳せる――平和な時であれば少し足を伸ばして心行くまで歩き回るのだが‥‥。
やがて、先に現地入りして依頼主と交渉に当っていたクララが姿を現す。
挨拶を済ませると、MAKOTOが頼んでおいた、過去に撮影された石像の写真や配置図などとともに大聖堂の周辺地図を広げた。
シテ島の形に沿って幾分北に振ってはいるものの、聖堂の正面となる東側は広場を挟んで一行が現在いるパリ警視庁。
裏手となる西側とセーヌ川に面した南側には、西側の泉水を中心とした公園が広がり、北側は通りを挟んで中層の建物に面していた。
一行は予定通り観光客に紛れギャラリーや周辺の状況などを確認することに。
「楽しむ所は素直に楽しんでいいかしら? 教会育ちにはちょっとした憧れだから」
教会運営の孤児院で育ったというアリス(
ga1649)が期待を込めて尋ねると、クララも「せっかくの機会ですし」と頷く。
「クララマミィって‥‥」
年長者たちのやり取りを黙って聞いていた愛紗・ブランネル(
ga1001)がおばちゃんと言いかけたところで、偵察や囮行動中に兄役を演じる八神・刹那(
ga4656)にこっそり指を振られて小首を傾げる。
それなりに一人で納得したらしく「大人の人の事情って複雑なんだね」と周囲に聞こえないように呟き、改めてクララに笑顔を向けた。
「よろしくね、お姉ちゃん」
「あらっ、お姉ちゃんだなんて、愛紗ちゃんかわいいのね。パンダさんはお友達なの?」
今にも頬擦りしそうな勢いで愛紗の前にしゃがみ目を覗き込む。
「はっちーって言うの。愛紗とは一心同体なんだよ」
そんな二人を眺めながら刹那の想いは眼前の作戦から過去へと遡る。
(「愛紗と兄弟を演じるのは何とかなるだろう。全てを無くす前にだって妹と――ッ‥‥、思い出そうとすると左腕が痛む‥‥」)
思わず腕を押えようとするが、右手が掴んだのは空の袖だけであった。
●
日中は活動しないと言われても、そのまま鵜呑みにもできない――愛紗なども上着に隠してメタルナックルを持ち込んでいた。
封鎖こそされていないが、広場には警察の姿も見える。
「無理にカップルのフリしてもな。自然に行こう」
アリスとカップルを演じることになった透夜は、相方に向ってぎこちない笑いを浮かべると、
「傍目には‥‥それらしい格好したカップルかしらね」
一方のアリスも微かに苦笑で返し。
「クラリスさん‥‥ん? クララさんと呼ぶべきかな?」
一行中の何人かと同様、L・Hの兵舎でクララと親交のあるMAKOTOが、仕事中もサロンの頭で大丈夫かと問いかけると「呼びやすいように」と笑いながら応じた。
薔薇窓の正面に立った一行は、改めて二つの塔に配された数多のシメール像を見上げる。
「しかし、正体がわかっている殺人の犯行。推理する手間がないのは寂しいかな‥‥と」
久しぶりのノートルダムを鑑賞しつつ昼間の観光案内をクララに頼んだミハイルが脚本家らしい感想を漏らす。
「そうだ、これ、渡しとくね」
アリスは思い出したように荷物を探ると、ミハイルに頼まれた呼笛を手渡した。
相方の透夜は、双眼鏡を取り出すと像を入念に確かめながら、過去に撮られた観光写真と見比べている。
観光客に混じって聖堂内の構造などを見て回った一行は、やがて北塔脇の長い階段を登り始めた。
狭い階段を抜けて回廊に出るとパリの街が一望に見渡せる。
再び双眼鏡でシメール像の観察を始めた透夜の傍らでアリスが呟く。
「血‥‥が付いた像でもあれば分かり易いんだろうけれど‥‥でも、ね」
そこまで露骨に証拠は残していないようだ。双眼鏡を下ろした透夜も手摺から眼下を見下ろし。
「落とすのはいいが、落ちるのだけは勘弁願いたいな」
と、改めて回廊の高さを認識した。
(「場所が場所だけに厄介としか言い様の無い仕事だな、全く」)
離れた場所では、刹那が同様の感想を抱きながらも、傍らではしゃぐ愛紗に笑顔を向け声をかける。
「‥‥愛紗、楽しいかい?」
「うんっ♪ あとでお買い物も行こうね。はっちーにもお洋服欲しいな。どんなのが似合うかな?」
愛紗も満面の笑みで応える。
観光写真のアングルを探しては写真を撮るMAKOTOの傍らでは、アグレアーブルがクララに周囲の建物の確認をとっていた。
小雛も周囲を観察し地形や通りの様子など把握に努める――見る限りでは両側を建物に挟まれた北の通りを除けば、空中の敵と戦うのにさほど影響はなさそうだ。
偵察を終えた面々は再びパリ警視庁の一室に集まっていた。
MAKOTOがプリントアウトした写真と過去の写真を衝き合せ、『増えている』像をチェックし位置を書き込む。
「頭かくして尻隠さずってところか、意外と数がいそうだな」
透夜も観察してきた結果怪しげな像の位置を回廊の見取図に書き込んでいった。
●
日暮が迫ると警官たちが慌しく聖堂の周囲を封鎖して回る。
「夜は冷えますね。皆さんに眠気覚ましを兼ねてコーヒーでも」
「愛紗は緑茶を淹れるね。コーヒーも持ってきたけど愛紗飲めないし」
アグレアーブルと愛紗が持参したコーヒーと緑茶を配ると、各々礼を述べながら好みの飲み物を受け取った。
やがて二人一組での囮作戦が開始される
「お兄ちゃん、早く早く〜」
ツリーに向かって駆け出した愛紗が振り返り刹那を呼ぶ。
「そんなに走ると‥‥」
ライトアップされた聖堂の正面を横切る影に気付き、笑いながら応えかけた刹那の声が途切れ、
「愛紗! 上だ!」
緊迫した声の響きに聖堂を振り仰いだ時には、既に愛紗は覚醒を済ませ、上着に隠していたメタルクロウで爪の一撃を弾く。
「ッ‥‥、久遠‥‥何を――」
覚醒しようとして一瞬表情を歪めた刹那だが、次の瞬間漆黒の龍の姿をとると愉しげに口角を吊り上げた。
「――今更だな、刹那。オレに出来る事は一つだけ‥‥だろう?」
上空へ戻ったキメラにペイント弾を放つが、反転して再び降下を始めたキメラはこれを躱す。
アーミーナイフに持ち替えながら瞬速縮地を発動、キメラの降下点へと移動し、愛紗を攻撃しようとしたキメラの背にナイフを突き立てる。
耳障りな悲鳴をあげるキメラの片翼を愛紗の鋼の爪が切り裂く。
「もう、逃げられまい」
愉しげな笑みを浮かべながら迫る久遠の放つ闇のオーラに一瞬怯んだキメラは、次の瞬間再び小柄な愛紗へと矛先を転じた。
一方、夜道を散策するカップルを装ったアリスと透夜は、聖堂の北側に沿って延びる車道より広い歩道をぶらぶらと歩いていた。
警戒していることを悟られぬよう、また二人連れでは敵の警戒を招くかと時に離れて一人暗がりに佇んだりもしてみるが――上空の微かな羽音に振り仰ぐといくつかの影が回廊を離れ中空に舞い上がる。
すぐさまペイント弾を放つ透夜だが、いかんせん高さがありすぎるらしく命中しない。
正面の広場からキメラの悲鳴が聞こえ、上空のキメラたちも一斉に広場へ向かう――透夜は合流したアリスと共に呼笛を鳴らしながら聖堂正面に向かって駆け出した。
「さすがに夜は冷えるね」
セーヌ川沿いの歩道を連れ立って歩きながらミハイルは小雛の肩に自分のコートを羽織らせ、デートらしさを演出する。
「ミハイル様、ありがとうございます‥‥」
礼をいいつつ頭二つ分近く長身のミハイルに笑顔を向けた小雛は、彼の頭越しに上空から滑空して来る影を認めた。
「来ます!」
俄かに緊張を漲らせ、愛刀を取り出す。
瞬時に銀狐と化したミハイルも振り向きざまに、間近に迫ったキメラの一匹に向けてペイント弾を撃ち込む。
小雛は別の一匹を躱しつつ流し切りでその片翼を切り落とした。
悲鳴を上げながら地面に激突する仲間を尻目に、一方はダメージがないと知ると再び上空から隙を狙う。
その背後に更に別の三体を確認したミハイルは懐からハンドガンを取り出すと共に呼笛を吹き鳴らした。
聖堂の東手にある公園にはアグレアーブルとMAKOTOのペアが赴いていた――女性二人ということで肝試しを装い愉しげにふざけ合いながら散策していたのだが――。
呼笛の合図は北と南からほぼ同時に響いた。
金地に黒縞の虎耳で音の方向を探ったMAKOTOは北からの笛が遠ざかるのを確認すると、「こっちだ!」と叫ぶなり川岸を目指す。
膝まで伸びた赤い髪をなびかせアグレアーブルも続く。
川岸へ出たところで四体のキメラと戦う小雛とミハイルを見つけると、夫々瞬速縮地と瞬天速を発動して一気に距離を詰めた。
駆けつけたアグレアーブルは、マーキングされていない一体に狙いを定めペイント弾を撃ち込むと、続いて上空の敵を銃撃するミハイルにスコーピオンで加勢する。
最初に翼を失ったキメラこそたちまち小雛の刀の錆となったものの、拳銃一丁で上空から連携しつつ攻撃を仕掛ける四体のキメラに手を焼いていた形勢は自動小銃が加わったことで一転した。
アグレアーブルが連射する弾丸を避けきれず被弾して右往左往するキメラの翼を、余裕のできたミハイルが一体ずつ狙って確実に撃ち抜く――傷ついて地上に落ちたキメラは、小雛とMAKOTOの手によって次々と止めを刺されていった。
「一匹‥‥逃がしましたね」
傷を負いつつ回廊へと飛び去る影を目で追いながらアグレアーブルがポツリと呟く――聖堂に重なるため銃撃は諦めたらしい。
「‥‥幸い、印のついたヤツのようだね。にしても、この状況で回廊に戻るとは、あまり賢いとは言いかねるが」
地上に転がるキメラを確認したミハイルが苦笑する。
「でしたら明日にでもなんとかなりそうですわね」
刀についた血糊を丁寧に拭っていた小雛も安堵したように微笑む。
「どうやら向こうも片付いたみたいだね」
正面側の音に耳を澄ませていたMAKOTOが振り向いて告げると、一行は聖堂正面へと足を向けた。
やや時を遡る頃、聖堂正面では――愛紗と刹那の攻撃を腹背に受け一体目のキメラが地に伏していた。
「新手よ!」
空を切るナイフと共にクララの叫びが響く。
二人を目掛けて降下してきたキメラは身を翻してナイフを避けると、その矛先をクララに向ける――が、その爪の前に割り込んだのは刹那だった。
「触るなよ!? ソイツはオレのお気に入りなんだ!」
肩口に走る傷も意に介さず、再び上空に戻ったキメラに向かって嘯く。
「退いていろよクラリス。戦闘なんかしたら一気に老け込むぜ?」
背後で市販の物よりやや細身で長尺のバトルアクスを構えるクララに向かってからかうように声をかけると、更に数を増したキメラへと注意を戻す。
どうやらこちらにも南側と同数のキメラが集まって来たようだ。
呼笛を鳴らしながらアリスと透夜も聖堂の角を曲がって姿を現した。
中々地上に降りてこないキメラ達にアリス・透夜・刹那の三人が一斉にハンドガンを向ける。
乱射される銃弾の中、翼を射抜かれたキメラが高度を維持できず次々と降下を始め、かろうじて銃撃を躱して逃げる一体にはアリスの放ったペイント弾が命中した。
飛んで逃げる心配の無くなったキメラの群れに、アリスはロエティシアを、透夜はロングスピア、刹那は再びアーミーナイフを構えて、地上で待機していた愛紗らと共に攻撃を加える。
程なく正面の広場にも四体のキメラが転がり、川岸で戦っていた四名も合流した。
●
翌朝、一行は昨夜討ち洩らしたキメラを掃討するため、再び聖堂に向かった。
先日と違い聖堂の周辺は封鎖され、二人が地上に、更に二人が階段に待機して、残った四名が昨夜と同じペアを組んで回廊へと上る。
アグレアーブルらの要望により落下時に備えた救命用マットの展開部隊も待機していた。
印をつけたキメラはすぐに見つかり、攻撃が開始される。
戦闘が始まると共に昨夜の襲撃に加わらなかった数体も動きだしたが、いずれも昨夜の固体より弱く、たちまち制圧される。
ミハイルが銃で撃ち落したキメラを、得物をサーベルに換えた透夜や小雛の刀が次々に屠っていく。
飛び去ろうとするキメラにアリスが飛びつき、支えきれずに徐々に高度を下げるキメラを地上のアグレアーブルが狙撃、MAKOTOとアリスが止めを刺す一幕もあったが、間もなく全てのキメラの掃討が確認された。
一方、掃討が速やかに終了したため、階段の中継点に配置された愛紗と刹那は回廊側地上側いずれにも参戦できず‥‥キメラの出現に呼応して覚醒した久遠も地上で警官隊を護衛するクララを眺めるにとどまった。
(「クラリス‥‥か。ハハ、こう言うヤツはダイスキだよ。何せ能力者になったのは『子供達の未来の為』ときた。
‥‥莫迦にしているんじゃない。想いが在ればそれだけ人は強くなれる。キレイな在り方のヤツはイイ。オレはキレイではいられないから」)
刹那の名と共に人間味を捨てたはずの久遠にとって、それは奇妙な感慨であった。
「我らが貴婦人の大聖堂に平穏を」
依頼が完了し、最後に聖堂を仰ぎ見たアグレアーブルは、そう呟くと静かに踝を返した。