●リプレイ本文
●ナレイン・フェルド(
ga0506)
彼女‥‥いや彼は一面を覆う雪景色の中に立っていた。建物どころか樹の一本さえ無く、視界には唯々真白い世界。
吐く息は白かったが不思議と寒さは感じない‥‥夢の中にいるからだろうか。兎に角辺りには誰独り、何一つ無い。
真の静寂。自分の心の悲鳴さえ聞こえて来る気がして仕舞う‥‥傭兵となった日より、軋みながらも耐え続ける心があげる悲鳴が。
小さく頭を振って気持ちを切り替えるナレイン。背後に気配を感じて振り返ると、3つの人影‥‥過去のデータを体験した刻に視た影達。
そして影達は、体験してきた通りの言葉を口にする‥‥未練の言葉を。
「私は仲間を見殺しにしてしまった‥‥怖かった、死にたくなかったんだ」
「俺は親友を騙してきた‥‥アイツはいま何処に。会って謝りたい‥‥」
「僕の不注意で屋敷が火事に‥‥逃げ遅れた叔父さんは‥‥ああっ!」
ナレインは自分が小さな溜め息を吐いている事に気が付いた。気を抜くと本音が透けて仕舞いそうな錯覚。
白一色の世界に現れた3人の客に対して一歩進み出る。顔は確認出来ないが、全員を見回してから静かに告げた。
「そうやって悔やんでいる事こそ、その人にとっての償いなるんじゃないかな」
相手の事を考えて悔いたり、謝罪の意があるならば‥‥それはもうその人への謝罪と言えるのでは無いだろうか。
言葉に何かを気付かされたのか、3つの人影は溶けるようにして消えてゆく。同時に遠のき始めた意識の中、ナレインは言葉を漏らす。
「もう戦いたくない‥‥命の奪い合いなんてしたくない‥‥でも、仲間が傷付けられるのは許せない‥‥だから私は‥‥」
●クロスフィールド(
ga7029)
其処は戦場だった。バグアとの戦いの場では無く‥‥国同士、人間同士が争う在りし日の戦場。まだ若かった自分が参加していた戦争。
視線の先には自分が斃した兵士が横たわる。別を向いても矢張り仕留めた連中の顔が見えた。脳裏に焼き付いた記憶がそれを鮮明に映す。
もう一度視線を移動させた時、そこには3つの人影があった。顔は良く見えなかったが、自分が手に掛けた兵士達の様な気がした‥‥。
趣味の悪い冗談だな‥‥と心の中で悪態を吐くクロスフィールドに、影達は未練の言葉を口にした。
「気が滅入る奴らだ‥‥こっちまで昔の事を思い出しちまう」
影達を見遣り、フンと小さく鼻を鳴らす。ご大層な正義感等は持ち合わせていなかったが、それでも奥底に残った良心が小さく痛む。
それでもクロスフィールドは、自身の後悔に飲み込まれない様に耐えながら‥‥3つの影へと言葉を投げた。
「あの時こうしていれば‥‥等と考えても何も変わらない」
喪われた命が戻らないのと同じく、起きて仕舞った事は変わらない。そんな事が出来るのは神か悪魔くらいだろうが‥‥少なくとも戦場にそんな存在は無かった。ただ現実だけが在った。
「必要なのは‥‥これからどうしていくかを考える事だ」
迫力が込められた言葉に影達は従って、揺らめきながら消えてゆく。戦場の景色も形を失い始めたが、それを見送る事無くクロスフィールドは目を閉じた。
●ヴィンセント・ライザス(
gb2625)
目の前は十字架の立ち並ぶ丘‥‥直ぐにここが墓地である事は解った。では自分の前にあるこの十字架は‥‥何故か墓碑の名は見えない。
悲しみも懐かしみも湧いては来なかったが、不思議とその墓碑には親しみがあった。いつもの様に理論的に考えるならば、これは自分自身の墓なのだろうと結論付けたかも知れない。
彼の思考を中断させたのは十字架の後ろに現れた3つの影達。彼等に親しみを感じる事は無かったが、未練の言葉は告げられる。
「お前さん達はもう死んでいるのだろう。ならば、あの世で会って‥‥詫びると良いのでは?」
どこか機械的な応答であった事に気付いて髪を掻き上げるヴィンセント。小さく咳払いしてからもう一言を加えた。
「愛する者ならば、きっと許してくれるさ」
言葉に応じる様にして姿をぼやけさせてゆく影達。このまま消えて墓碑のひとつに戻るのだろうか。
夢の空間も消えるのだろう‥‥が、ヴィンセントはアーミーナイフを取り出して無銘の墓碑に近付くと、切っ先で墓碑に文字を刻む。
これが将来の自分の墓だったとしても、チェックメイトにはまだ早い。だから墓碑には取り敢えずの別れと‥‥そして皮肉を込めて。
ナイフを袖口に仕込み、十字架に背を向け歩き出す。理論的な思考には慣れていたが、それでも心の内に去来する何かが自分にそうさせた。
振り向かずに、手だけを軽く振る。『Goodbye』‥‥さよならと刻まれた墓標に。
●七海真(
gb2668)
異臭と血の臭いが漂う部屋の片隅‥‥床に散乱した雑貨や道具類に紛れて1人の子供。無表情に、人形の様な顔でこちらを見つめている。
ここは自分がレジスタンスに身を置いていた時の初めての現場。あの時自分はどうしただろう‥‥この子供はどうなったのだろう。思考は直ぐに遮られた。
七海は面倒臭そうに、現れた3つの人影に視線を向ける。こちらの都合などお構い無しに未練を口にした影達に、少しだけ悩むも遠慮無く言葉を返す。
「背負って生きていくしかねえんだ‥‥」
自分自身に言った言葉なのかも知れない。それでも七海は影達を生きる者として接し、生きてゆく道を示す。
「受け止めて、今度は後悔しねえようにしろ」
いつもならば悪態を吐いて誤魔化して仕舞う様な真っ直ぐな言葉が、素直に口から出て来た事に少々むず痒さを覚えながら頬を掻く。
影達もその言葉を素直に受け止めて、肯きながら霧散していく。やれやれと思いつつも、七海は自分よりも他の仲間達の安否が気になっている。
思い出した様にして片隅の子供を振り返ると、背後の景色と一緒に薄れて消えてゆくところだった‥‥が、その顔に微かな笑みを見た気がした。複雑ではあったが、悪い気分ではない。
「参ってるやつもいるかもしれねぇな‥‥無事だといいが」
●氷室 昴(
gb6282)
気が付くと闇の中。目を開いているのは確かだが視覚は何の情報ももたらして来ないので、自分が完全な暗闇にいる事を覚った。手を伸ばしても触れるものは無い。
氷室はすぐに見ようとする事を辞めた。闇の中でなお目を閉じて闇に身を委ねる。そうする事で解る事もある‥‥背後に感じる3つの気配。振り返らずに言葉を待つ。
この暗闇が何を意味しているかは不明だが、自分の心の奥にはこんな闇が存在するのかも知れない。そして静かに影達が未練を口にする。
「後悔しているのなら、それを忘れずに糧として進み続けろ」
闇の中、言葉だけを返す。自分が多少苛立っている事が解ったが、それを隠そうとはしなかった。
「それが生きている者達に出来る事だ」
生き残った者の責任とも言える事。闇の中だからこそ良く解るのだが、確かに影達の言葉は怯えていた。震えていた。
言い終えてから短い溜め息を吐いた。影達の気配が遠くなってゆくのが解るので、解放は出来たのだろうが‥‥何処か釈然としない。
(「俺自身それ程経験を積んでいる訳でもないのに‥‥何を偉そうに」)
自己嫌悪が苛む。それでも氷室は知っていた。進む事を辞めなければ、経験はこれから幾らでも積んでゆける事を。
●結城悠璃(
gb6689)
窓から差し込む夕陽を背に受け、結城が立っていたのは大学の図書館の中。通い慣れた図書館で、目的の書籍の位置さえ覚えている。
自分と同じ講義を受けていて、良く図書館で会う二人の知り合いがいた。何処か気になる二人、何故か印象に残る二人。
惹かれ合うその二人の行く末を見届けたかった。だけどもある日を境に日常は変わった。傭兵の道を決意した日だった。
どこからか現れた3つの影達に、驚いた様子も無く向き直る結城。どうぞ、と言わんばかりに促すと、影達は応じて未練を口にする。
「精一杯、生き抜いてください。そして、幸せを掴んでください!」
過ちは償う事が出来る。失敗は取り戻す事が出来る。勿論状況にもよるが、誰にだって幸せになる権利がある事を伝えようとした。
「それが‥‥失われたモノに対する礼儀、だと思います」
飴と鞭‥‥と言って仕舞うのは少々乱暴だが、こう言われては影達も納得する他無い。ゆっくりと本棚の隙間へと姿を消していった。
影達が消えていった本棚には確か、あの二人が好きだった学者の手記が並べられていたはず。タイトルを思い出そうとした時、景色が揺らぎ始める。
想い出は本棚に仕舞ったままにして‥‥これからを見届ける為、結城は想い出の図書館に別れを告げた。
●イーリス・立花(
gb6709)
目の前には戦火に焼かれて崩れ落ちる魚市場が見える。ゆっくりと、スローモーションを見ているように焼け落ちてゆく。
自分がまだ能力者になる前、最後に見た光景。あの時に思い知らされた絶望感や無力感。焼け落ちる柱が見えた。屋根を突き破って炎があがるのも見えた。
灼け焦げる魚の匂いに混じって異臭も漂う。その炎の中に3つの人影。顔は見えなかったが影達は確かにこちらを見つめ、未練の言葉を叫ぶ。
「貴方が為すべきことを為すべきです」
言い訳は結局自身の為に行われている無責任な逃避だと知らしめる。イーリスは切欠を見付けて貰おうと言葉を告げた。
情けなく逃げるのでは無く、悩める者達が立ち直る最初の一歩を踏み出す事が出来る様に、少しだけ背中を押せれば良い。
普段ならもう少し柔らかい言い方で諭しただろう。無意識の内にストレートな言葉を浴びせていたが、本音を抑え込みはしなかった。
「もう、迷わないで」
総てを呑み込む炎。炎は灼く事も出来るが、暖める事も、照らす事も出来るのだから。
炎と共に影達も消えてゆく。想い出の光景が薄れてゆく。遠くなり始める意識の中、自分にも迷うなと言い聞かせた。
●武弥 飛沫(
gb7167)
森に囲まれた山の切り立った崖の上。眼下に広がる深い緑とせせらぐ川を一望でき、空を見上げれば雄大な蒼が澄んでいる。
祖父が最期に見せてくれた景色だった。自らの死期を覚った祖父は、何かを伝えようとこの場所に連れて来てくれた。それはとても温かく、大切な事。
自分は祖父との永の別れが嫌で、ただ泣いて困らせたあの日。懐かしんでいると不意に、崖の突端に3つの人影。未練の言葉を口にする。
「話しを聞かせて欲しいでござる」
嘆きながら差し伸べられる手を待つだけなのは、意気地の無い逃避に過ぎない事は知っていた。それすら解らない程に嘆き苦しみ、己を見失っているならば‥‥。
話を聞く。これが唯一自分に出来る事だった。一人で背負うのが重ければ、誰かに少しだけ支えて貰えば良い。話を聞いてくれる者がいる事を知って欲しい。
なにより話すと言う事は、その現実ともう一度向き合う事だから。それでも一人では無いのだから、今度は少しだけ落ち着いて向き合う事が出来るから。
「ほら、自分がどうすれば良いか解ったでござろう?」
飛沫は満面の笑みで影達を見た。影達も少しだけ笑った気がした。自分が何をしたいかなんて、それを決めるのは自分だ。決まったならば次は進めば良い。
薄れゆく影達と景色の中で、飛沫はまだ微笑んでいた。自分はもうこんなに笑えるのだと、祖父に報告をしている様にも見えた。
●もう一人の自分
ここは広い草原。二度目の目覚めの時には皆が揃っていた。
「ようやっと再会か」
全員での無事な再会に安堵の息を漏らす七海。自分も含め、皆どこか気疲れしている様にも感じて気遣いの視線で見回す。
「いる様だな。さて、汝は‥‥敵か?」
前髪を払いつつヴィンセントは一方向を見遣る。視線の先には自分達と同じ姿をした何者かが立っている。
「鏡の前以外で自分と相対するのは‥‥あまり気分の良いものでは無いな」
小さく呟く氷室。一目で解ったのは、彼等は既に覚醒していると言う事。目立った外見的変化の現れない覚醒でも、自分の事は良く解る。
敵意を込めて自分を見ている自分。殺気立った自分と相見える事はこれ程迄に神経を消耗するのだと誰もが感じていた。
「問答無用‥‥ですかね」
武器を手にするもう一人の自分を確認し、結城が溜め息混じりに言ちる。
「まぁ、待てよ。自分で自分を攻撃するのは流石に悪趣味だ」
敵意を放つ自分を眺めるクロスフィールド。敵から見た自分はきっとこんな感じに映っているのだろうが‥‥これは確かに怖いと苦笑う。
相手に触発されてこちらも武器を取るのでは無く、仕掛けて来たら応じれば良い‥‥と、煙草をくわえた。
もう一人の自分を凝視していた飛沫は、何かに気付いてぽつりと言葉を漏らす。
「泣いている?」
確かにもう一人の飛沫は涙を流している様にも見える。覚醒の現象でそう見えているのかも知れないが、同様にもう一人のナレインも泣いている様に見える。
「うん。飛沫ちゃんも私も‥‥泣いてるね」
ナレインの言葉の後、もう一人の自分達がゆっくりと近付いて来た。
「あの私が、私だけを攻撃するなら‥‥反撃する気はないです」
護りに徹する構えのイーリス。だけど自分以外の誰かを攻撃する素振りを見せたその時は。
一歩一歩近付いてくる‥‥真っ直ぐに自分に向かって。
「やりたい奴はやりゃあいいが、そうでねえなら‥‥」
七海がイーリスに肯きを返す。もしも戦いたく無いならば、彼はその者を全力でフォローするつもりだ。
「何もしなければ、それ以上の真似は出来ないかも知れないな」
「まるで俺等の影だな‥‥だが、そう言う事になるかもだ」
即座に分析をしたヴィンセントに、煙草をくわえたままクロスフィールドが同意する。
「自分自身と相見えるとは‥‥夢だからこそ、と言う事かな」
「ひとつでも多くの物語を見届けると決めていますから。だから僕は僕を見届けましょう」
氷室の覚悟も決まっている。結城も迷い無く告げた。
「戦いに染まる私なんて見たくない‥‥だから」
「泣きながら戦うなんて御免でござるしな」
ナレインと飛沫も肯いた。
「でもこういうのは、あまり何度も体験したくはない、かな」
イーリスが呟いた時、もう一人の自分達は目の前まで来ていた‥‥そして。
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気が付くと研究室の中。気力でもう一人の自分達に抗い、戦う事無くそれを退かせた。労いの言葉と冷たい飲み物で迎えてくれる研究員。
「‥‥相当疲れた」
「体は何ともないが‥‥どっと疲れたな」
ぼやきながらも皆の無事を確認する七海。クロスフィールドはもう立ち上がっている。
「だがこれも経験の内‥‥と言ったところかな」
「まるで‥‥自分とチェスをしているようであった」
静かに呟く氷室とヴィンセント。無事に実験データは回収された。
このデータを元に次の実験を予定していると研究者は言っていたが、ともあれ今はゆっくり眠りたい。もう一人の自分が出てこない夢をみよう。