タイトル:【Gr】マドリードの悪夢マスター:紀藤トキ

シナリオ形態: シリーズ
難易度: 難しい
参加人数: 12 人
サポート人数: 6 人
リプレイ完成日時:
2008/06/24 22:46

●オープニング本文


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「思ったよりも早かったな。果断と無謀は紙一重、だがね」
 マドリードに人類側の部隊が迫ったと言う知らせを、地下要塞にいる老人は鷹揚に受け止めた。元より、イベリア全域を維持する必要など考えてはいない。それは、取り戻そうと思えばいつでも取り返せる、という余裕の上の鷹揚さだった。
「まぁ、しばらくは好きにさせれば良いではないか? スコルピオ」
『‥‥ですが、つけあがらせるのは良くない。調子に乗ったサルには躾が必要でしょう』
 会話相手の仮面の青年は、老人に異を唱える。その口元に浮かんだ笑みは、常よりもやや酷薄だった。
「やけにやる気ではないか。ならば、ちょうどいい玩具がある。データは取り終わったし、潰しても構わんよ。持って行くがいい」
 老人が視線を転じた先には、静かに翼を休めるナイトフォーゲルの姿があった。いや、よく見れば所々に不自然な突起物や機構を外付けした跡がある。
『フフフ。‥‥イベリアの空を、再び赤い恐怖で塗り替えてやりましょう。この僕が』


 軍によるマドリード制圧戦は順調すぎる位に順調に推移した。だが、悪夢は朗報の後に訪れる。
『敵にKVだと!? うおお!?』
 驚愕の声と共に、黒いナイチンゲールが1機、大空に散った。青く塗られた悪魔が、機首に生えた剣呑な鉤爪で小夜啼鳥の喉笛を食いちぎったのだ。その横に、カラーリングがノーマルなディアブロが続く。
『鹵獲機か‥‥』
 レーダーを切り替えれば、そこには『敵』のデータが映る。ディアブロ3機、そしてバイパーが3機。後方にディスタンが2機と岩龍が1機。
『大した編成だな。だが、機体で戦争するわけじゃねぇってことを‥‥』
 呟いた黒いワイバーンのすぐ脇に、赤い血の色で塗られた機体が不意に現われる。
『遅い‥‥な』
 エルリッヒの声は、相手の恐怖を誘うように回線に割り込み、響いた。だが、パイロットがそれに返答するよりも早く、ロケット弾が彼の機体を粉砕した。
『一瞬、だと! あれじゃあ脱出する暇も‥‥うぁ!?』
 別の悲鳴が回線を彩った。バイパーの放った大口径砲に粉砕されたのだ。
『うろたえるな! RAFの誇りを‥‥、ハーキュリーズの意地を見せてやれっ』
 隊長機の太い声が残る仲間を鼓舞する。しかし、短くも激しい交戦の後。英国人らしい彼らの誇りと意地は、仮面の哄笑に飲み込まれていた。


「目撃されたKVは、おそらくは先だってのバレンシア偵察作戦で撃墜された機体だと思われます。それと、あのレッドデビル‥‥、ファームライド、ですね」
 報告しつつ、エレンが目線を落とす。今は敵に回ったKV、その何機かは、彼女も旧知の傭兵の愛機だったと知っているが故だ。だが、声には内心を出さず、彼女は報告を続ける。
「英国から、空中戦力の補充として向かっていただいたハーキュリーズの1個飛行隊が壊滅しています」
 正規軍のエース部隊の名に、詳しい傭兵達の間からざわめきが漏れた。誰かが、撃墜された部隊の構成を問う。
「‥‥本国の部隊に回っていただいたので、ナイチンゲールやワイバーンといった新鋭機で揃えていたようです」
 ざわめきが、更に大きくなった。それを抑えるように、これまで口を開いていなかった空軍の少将が立ち上がる。
「残念ながら、現状の私の指揮下にはこの敵に対処しうる部隊が無い。君達に、期待するしかないのだ。もしも引き受け手がなければ、マドリードは放棄する」
 展開中の陸上部隊には被害が出るだろうが、止むを得ない、というフィリップ=モース少将の言葉を、エレンは表面上は平静に聞いていた。展開中の部隊の先鋒が彼女の原隊であり、このブリーフィングが終了次第合流することになっているのだが。
「その代わり、私の部隊は全力を持って周辺の制圧を試みよう。ヘルメットワームやキューブどもはこちらで引き受ける」
 傭兵に頼むのは、あくまで精鋭同士のぶつかり合いのみ。モース少将はそう告げている。敵は、かつての傭兵中の精鋭。そして赤い悪魔。
「奴らを全滅しろ、とはいわない。追い払うだけで十分だ。特に、あの赤い奴は、な」
「‥‥依頼を引き受けてくれる方は、こちらに。サインをお願いします」
 そう告げるエレンの唇はやや震えていた。

●参加者一覧

吾妻 大和(ga0175
16歳・♂・FT
間 空海(ga0178
17歳・♀・SN
エミール・ゲイジ(ga0181
20歳・♂・SN
霞澄 セラフィエル(ga0495
17歳・♀・JG
獄門・Y・グナイゼナウ(ga1166
15歳・♀・ST
UNKNOWN(ga4276
35歳・♂・ER
南部 祐希(ga4390
28歳・♀・SF
アルヴァイム(ga5051
28歳・♂・ER
リーゼロッテ・御剣(ga5669
20歳・♀・SN
ラシード・アル・ラハル(ga6190
19歳・♂・JG
ソード(ga6675
20歳・♂・JG
レティ・クリムゾン(ga8679
21歳・♀・GD

●リプレイ本文

●嵐の前
「‥‥敵が、来ましたか。彼らはこの僕とのダンスタイムを楽しみにしてくれているようですね」
 知らせを受けたエルリッヒは仮面の下の口元を歪めた。報告にあった機体には鹵獲機に似た物も数機いるという。
「恨み? それとも復仇。その心は煮え繰り返っているのでしょうか」
 ファームライドの周りで出撃の命令を待つ鹵獲機。彼の視線が、その中で最も破壊力を持つ青い機体で止まる。
「自機に女神の名をつけるとは、‥‥フフフ。いいご趣味だ。今回は楽しめそうですね」
 手の内がある程度分かっているのはこちらもだ、とエルリッヒは薄く笑った。

●18人の戦士達
 期せずして、ソード(ga6675)もかつての自機の事を思っていた。ゾディアックとの緒戦で撃墜された愛機は、青きディアブロ。彼としても、このような再会はしたくなかっただろう。
「気負うなよ‥‥ソード」
 ペアを組むUNKNOWN(ga4276)の声に、ソードは頷く。出来る事は、自分の手で眠りにつかせてやる事だけだった。
「鹵獲KVか。頼れる仲間が敵に回る恐怖とはねェー」
 冗談めかして言う獄門・Y・グナイゼナウ(ga1166)も、敵中にかつての自機を見出している。
「やりづらい相手だけど、今日は引けねぇな」
 エミール・ゲイジ(ga0181)はそう言って気合を入れた。仇討ちは好きじゃないが、故郷のエースの奮戦、無駄には出来ない。彼ら4機からなるA班は、そんなエミールとUNKNOWNを前に、ソードと獄門が僅かに下がって位置していた。

「ファームライド‥‥、かつては為す術も無く倒されましたが、こちらも多少は経験を積みました」
 敵への怒りも、恐れも抑え、B班の霞澄 セラフィエル(ga0495)はただ冷静に戦いに挑む。
「紛う事なき強敵ですが‥‥、今は正面から戦う機会を得られた事を喜びましょう」
 怖れを緊張感に変え、間 空海(ga0178)は凛と前を向いていた。
「‥‥私はもう逃げない! 私を支えてくれるみんなの為に戦うって決めたもん!」
 己の夢の為に、そして友の為に。リーゼロッテ・御剣(ga5669)の目にも迷いは無い。
「たっはー、おねーさんの中の男1人、情けない事は言えないね、これは」
 敵を思えば鬱々としそうな心に喝を入れ、吾妻 大和(ga0175)は笑う。
「傭兵の意地とか何とかに掛けて、行ってきますかね」
 K−01ミサイルを装備した彼の位置はフロントだ。間機を後衛に、ダイヤ編隊でB班は飛ぶ。

「各機、墜落場所は選ぶように。味方の近くに堕ちれば拿捕は免れます」
 淡々と告げるアルヴァイム(ga5051)の声はいつものように感情は薄い。だが、付き合いの長い僚機の南部 祐希(ga4390)は彼の僅かな昂ぶりを感じ取り、苦笑する。
「楽しそうですね、とても」
 覚醒で恐怖を忘れられる代わりに、祐希は戦いの高揚感とも縁はない。
「そう見えますか?」
 返るのは、いつものようなとぼけた返答。何人かの仲間同様、敵に古い自機を利用されているはずの2人にその事での気負いは無かった。
「戦いはこれで終わりではない。ファームライドの情報を集め、次に備えねばな」
 その2機の隣を飛びつつ、目前の困難も通過点というようにレティ・クリムゾン(ga8679)は薄く笑う。彼女を含める4機は、ファームライドへの抑えを役割としていた。最後の1機、ラシード・アル・ラハル(ga6190)は眼下の空を見ながら前にイベリアを飛んだときの事を思っていた。もっと何かできたのではないか、その後悔はすぐに振り払い。
「マドリードは‥‥エレンの、還る場所。‥‥命を、賭ける理由‥‥は、それで充分」
 手首のリボンに口付け、少年は心を落ち着ける。相愛の少女が贈ってくれたリボンが帰る場所を、兄と慕う青年との絆のキーホルダーが帰る為の力をくれた。
「今回は、フォルもいる‥‥大丈夫‥‥」
 ラシードの視線の彼方には、彼の信頼する副長のフォル達が陽動に飛んでいるはずだった。彼だけではない。身内を落とされたあやこ、友を案じての霽月とリニク、そして蠍座の男への因縁を抱いて飛ぶ宗太郎と啓吾。彼らの思いも背負い、この場にいる12人は戦いに挑んでいた。

●仮面の哄笑
 周辺のキューブは、事前の少将の宣言どおり姿を消していた。
「敵編隊‥‥、確認。予想通りですが、バイパーが抜けていますね」
 クリアなレーダーが敵の編隊を捉え、ソードがそう告げる。瞬間、レーダーが乱れた。
『見えましたか? これはこの僕からのサービスです』
 姿の見えぬファームライドからの通信が強制的に割り込んでくる。
「キューブはいないって‥‥」
「いや、後列の岩龍だ」
 一瞬捉えた望遠映像。鹵獲され、改造された岩龍は青い立方体に埋もれるような姿だった。あまりにもあまりな改造だが、ほとんど動けないキューブワームが移動力を手にしたと思えばえげつない。
「‥‥君がスコルピオ、か?」
『その通り』
 実際の接触まではまだ少し間がある。UNKNOWNの質問に、エルリッヒはどこか楽しそうに答えた。その間にも、仲間達は周辺警戒を怠っていないが、赤い悪魔の影は見えない。探知に使おうとしたIRSTにも、既知の目標以外の反応は無かった。
「娘に求愛したと聞いたが、相手の親に挨拶はなしかね?」
 時間稼ぎと、注意を引く為に会話を続けるUNKNOWN。
『求愛‥‥? 記憶に無いな』
 始終楽しげだった青年の声に、僅かに不機嫌さが混じる。しかし、それはほんの一瞬の事。
『‥‥ああ、あの一件の。把握しましたが、彼女はこの僕の花嫁には相応しくなかったようですね』
 敵の姿は未だ見えない。確実にこの辺りにはいるというのに。
『さぁ、おしゃべりの時間は終わりです。開けましょう、楽しい戦いの一幕を!』
 青を先頭のディアブロ3機がデルタ編隊で迫ってくる。そこからやや下がった位置にはディスタンと岩龍がいた。いや、いずれもかつてそうだった物‥‥だ。
「今までありがとう。そんな姿になって疲れたろう」
 青い敵機の腹が開く。そこからゆっくりと多弾頭ミサイルが顔を出すのを、ソードは静かに見つめていた。発射は自分と同じタイミング、そして同じ間合いだった。
「‥‥もうおやすみ」
 ソード機から、そしてB班の大和機から無数のミサイルが飛ぶ。敵からもその半数ほどのミサイルが。
「滋藤、エンゲージ‥‥FOX−1!」
 そして、タイミングを合わせての僚機からの飽和射撃が空間を埋めた。瞬間。
「やはり‥‥、そこか!」
 ミサイルの雨が不自然にそれた空間から、赤い悪魔が姿を現した。その下部には今しがた撃ち合ったのと同じ多弾頭ミサイルの姿がある。ただ1機、それを予測していたレティが自機で強引に射線に割り込んだ。
『ハハハ‥‥、ハーッハッハッハッハ!』
 仮面の青年の高笑いを背景に、複雑な機動を描いた敵味方のミサイルが目標を爆光をあげていく。進路上にいた吾妻、そしてUNKNOWN機を捉えるはずだったミサイルの一部を自機で引き受けつつ、レティのディアブロが敵編隊と交差した。近い間合いでペイント弾をばら撒く彼女の視野の隅で、2機の敵機が砕ける。
「あのときは連れて帰れなくてごめんなさい、せめて安らかに‥‥」
 霞澄の声が落ちる機影へと手向けに送られた。一瞬遅れて、祐希機から撃ち出された照明弾が戦場を照らし出す。下方には、敵の影を映し出す為の煙幕が投射されていた。傭兵達の、光学迷彩への答えがこれだ。
「く‥‥!」
 ソードが呻く。爆炎を抜けてきたのは無傷の赤い悪魔ファームライド。そして彼のかつての愛機たる傷だらけの青い悪魔だった。
『本当に君がエースなのですか? 興ざめですね』
 エルリッヒの声と共に、ソード機にロックオン警報が鳴る。避けられる間合いではない。無念に歯噛みしたソードの眼前で、青い悪魔が真っ二つに千切れ、吹き飛んだ。
「約束だからな‥‥、ソード」
 レティに庇われ、かろうじて飛んでいたUNKNOWN機がソードウィングを叩きつけていたのだ。しかし、すぐに彼も赤い光芒に飲まれる。
「‥‥やってくれますね」
 かつての自機に積まれたプロトン砲。嫌な物を見たようにアルヴァイムが呟いた。最初の交戦で敵のディアブロは壊滅。しかし、味方の損害も甚大だ。
「すまないが、下がらせてもらうんだよー」
 煙を吹きつつ射程の長い武器の間合いまで後退しようとする獄門機。それを守るように大和機も新手との距離を取る。だが、ディスタンのプロトン砲は人類側の兵器の射程を凌駕していた。一緒に火線へ飲まれかけたエミール機が辛うじて回避する。岩龍キューブの執拗な妨害下にあってもなお、彼のナイチンゲールの回避力は群を抜いていた。
「たっはー。こりゃ‥‥、ダメか」
 獄門、大和機が斜めに落ちていく。その恨みを晴らすように、B班の残りが牙をむいた。
「行こう! イシュタル!」
 リーゼの愛機がミサイルを放つ。
「前に出すぎたのが間違いでしたね‥‥!」
 護衛と離れた所で一斉射撃を受けた岩龍が消し飛んだ。

●赤い悪魔
 そして、ファームライド。ミサイルの嵐を抜けても無傷だった敵機に、その対策を主眼としたC班が挑みかかる。
「敵の頭を、抑える‥‥、奔れ、ジブリール‥‥!」
 ラシードの速度を生かした牽制とアルヴァイムの援護射撃。
「まだだ‥‥、よし!」
 レティの鋭い声が空を割く。動きを制限されたところに2機のディアブロのG放電装置が交互に撃ち込まれた。試作であろうと無かろうと、折り紙付きの命中精度を誇る武装と、破壊力に定評のある機体の組み合わせの前には、赤い悪魔といえど無傷ではいられない。
『‥‥フ。遊びが過ぎたようです。いいでしょう』
 傷ついたファームライドが赤く輝いた。グン、と鋭角に軌道を変えた先にいたのは祐希機。その進路にアルヴァイムが割り込む。
「頑丈だけが取り柄です。せめて、邪魔はさせて頂きましょうか」
『フ!』
 ファームライドは軌道を変えない。その翼端がギラリと輝いた。
「‥‥!?」
 アルヴァイムのディスタンがガクンと揺れる。そして、彼の機体を踏み越えて祐希機へと迫るファームライド。
「ソードウィングとは、全く持って良い趣味をしていらっしゃる」
 言いながら引き金を引く。しかし、近距離で撃ち込まれたG放電装置の光芒は今度は虚しく赤い残像を貫いた。
『麗しい女性よりの褒め言葉とあれば‥‥、謹んでお受けしましょうか』
 楽しげに笑いながら。通常機同士の交戦であれば接触後に離れる隙が出るはずだが、エルリッヒは慣性駆動を駆使して立て続けに彼女のディアブロを蹂躙する。
「策が得手と見受けますが、人の物を使い回すのも好みの内ですか?」
 直撃は避けられぬにしても、せめて中枢を避けるようにと祐希は機体を僅かに捻ろうとした。だが、反応が無い。機体は既に死んでいた。
『ハハハ、言われてしまいましたか。好みから言えば、あのような不細工な手駒は使いたくない所です。この僕と共に飛ぶならば貴女のような女性がいい』
 迫る赤い死の影を見上げながら、祐希は感情を見せぬままに囁く。
「惚れて差し上げようか? 死が2人を別つまで」
 祐希の愛した者は皆、彼女を置いて先に逝った。そのようなジンクスを知ってか知らずか、エルリッヒは一瞬攻撃の手を止めた。隙間にもぐりこむように、アルヴァイム機が突っ込んでくる。
『‥‥運命が』
 黒煙を引きつつ高度を下げる祐希機に仮面の青年の声が届いた。
「何?」
『運命が貴女をこの僕の花嫁に選んだのならば、いずれ会うこともあるでしょう。より優雅な舞台で』
 熾烈な空中戦の最中とは思えぬ静かな声。しかし、エルリッヒの動きはいささかの乱れも見せていない。
「しまった‥‥!」
 ラシードの動きと逆側へ周り、遠間からロケット弾をレティ機へ撃ちこむ。
「‥‥限界だな。いい戦いだった」
 初手でミサイルの雨を突き抜けた彼女のディアブロは、これ以上のダメージには耐え切れなかった。彼女も脱落し、ファームライド対策班は2機に減る。

 ‥‥その間。
「伊達にあいつに何度も撃墜されてねぇ‥‥。お前ら程度の機動は見切ってるんだよ!」
 機内の警告は一面の赤。そんな状況で、エミールのナイチンゲールは敵を完全に翻弄していた。ディスタンの近接フェザー砲を交差気味に見切り、高分子レーザーで装甲を切り裂いていく。堅牢な装甲の向こうで内部爆発の火が見えた。
「援護は御任せを」
 間機から伸びたミサイルが敵を捉え、爆発がその表面を舐める。その一瞬を利用して霞澄機が間合いを詰めていた。動きの鈍い彼女の機体にプロトン砲が撃ち込まれる。
「もう、休みなさい。‥‥あなたも」
 損傷を受けつつも、放ったレーザー2射。機体によって増幅された光弾は、目標を貫通した。一瞬遅れて閃光がほとばしる。単機となった敵へと、リーゼ機が逆落としに機体を寄せた。
「私にだって‥‥やれる!」
 機体に響く、鉄を打ったような鈍い感触。しかし、愛機イシュタルの力はディスタンの装甲を上回った。引き裂かれた主翼が、次いで左側ユニットが。ディスタンは猛烈な勢いで空中分解していく。
「こちらA班生き残り。そっちはまだいけるか?」
 ボロボロのエミールと比べればましだとはいえ、残りの3機もディスタンとの交戦で相当のダメージを受けている。だが、敵はあと1機。

●余裕か、逃走か
『‥‥フ』
 その気合を逸らすように、エルリッヒが小さく笑った。
『見事な戦いぶりでした。いいでしょう。この街は差し上げましょう』
「勝手な、事を‥‥!」
 ラシードがB班と挟み撃つように機動する。
「ふむ。燃料切れ、ですか?」
 ボソリと呟いたアルヴァイムの懸念を払拭するように、ファームライドが再び赤く輝き、ブースト加速まで開始する。
「これで駄目なら打つ手なしです!」
『ハハハ‥‥ハハハハハッ!』
 霞澄機の渾身の攻撃を嘲笑い、赤い閃光が宙を舞った。陽動隊に引きつけられ、何の仕事も出来なかったバイパー3機と合流したファームライドはすぐに戦域から東へと姿を消す。
「また、手も出なかった、という事でしょうか‥‥」
 小さく言う霞澄を、エミールが遮る。
「言うほど余裕があったようには見えないな。アレは」
 交戦を継続すれば、十中八九は傭兵達の全滅で終わっただろう。だが、残りの一か二。それを怖れて退却したようにエミールには思えたのだ。
「決着は持ち越し、ですか」
 残念そうには聞こえぬ口調でアルヴァイムが言う。
「‥‥マドリード制圧、これでうまく行くといいですが」
 空海が静かに眼下の市街を見下ろした時。
『こちら、ヴァルチャー。敵の撃退を確認した。良くやってくれた』
 後方の管制機からモース少将の声が届く。それは、近隣の制空権が人類側に移った事を示していた。バグア側にしてみれば、早期に戦線を畳んだだけなのだろう。
 それでも。マドリードを巡る戦いは、人類側の勝利で終わりを迎えようとしていた。