●オープニング本文
前回のリプレイを見る「今回は、急な頼みを引き受けて貰い、感謝に堪えん。良しなに頼むぞ」
にこやかに笑いながらも、男の視線は笑っていなかった。在マドリード空軍司令、当年とって50歳。後退した髪型と鷲鼻が特徴の元フランス軍人である。エレンの上官は裏でこっそりハゲタカ呼ばわりしているらしい。
「詳細は、そこの少尉に伝達済みだ。君達が、先だっての作戦と同様、勇敢に任務を遂行してくれると信じている」
用件は挨拶だけだったのだろう。席にも着かずにブリーフィングルームを後にしかけてから、司令は肩越しに振り返って一言付け足した。
「ああ、会議中、飲み物は自由にとってくれたまえ。軍用だが、我が祖国キュイアース社の物だ。これぞ、大空の戦士の喉を潤すに相応しいものだと思うぞ?」
ニヤリと口元を上げて、司令は今度こそ退出していく。
「うぅ、何のあてつけかしら‥‥」
などと言いながらも、エレンは皆の手を借りつつ、コーヒーやら紅茶やらを嬉しそうに準備した。自慢するだけあって、品質はドイツ基地のそれとは雲泥の差のようだ。
「とりあえず、今回の任務はフランス隊からの依頼になりますが、説明などは先の作戦に引き続き私がする事になりました。よろしくお願いします」
どうやら、フランス隊も傭兵に直接任務を依頼した事がなかったため、専門官を置いていなかったようだ。既に傭兵への依頼で実績をあげているドイツ隊の顔を立てたのか、面倒事を押し付けたのか、あるいはその両方だろうか。
「今回の依頼内容は、先に強行偵察をかけて撃墜されたフランス偵察隊の隊長機の回収、です」
正確には、そのコクピットブロック内の記録装置を回収して来ればよいらしい。機体自体が四散している可能性も高いが、その部品は特定波長の電波に反応して信号を返す仕組みを内蔵しており、探すのは容易だという。
「偵察隊の記録装置は、かなり酷い墜落でも故障しないように作られているらしいです。カタログデータが信用できるなら、多分作動状態で見つかると思います」
エレンは、もうすっかり馴染みのスペイン南部戦域地図を広げる。グラナダの北西に約十キロの間隔で並ぶ4つの小さな赤点が、フランス偵察隊の撃墜されたとされる地点だった。その中で一番西の点が、隊長機の墜落地点だと言う。なぜ今更その機体のデータが必要なのか。誰かから出たその疑問には、エレンは首を傾げつつ答えた。
「どうも、最初のは誤報で、偵察隊のうち1機だけは防衛線を抜けてグラナダの手前まで飛んでいたらしいの。そして、引き返したところで撃墜されたんだそうよ。まぁ、敵地だから電波妨害もひどいし作戦行動中の偵察機は自分から通信したりしないから、今まで詳しい状況が分からなかった、‥‥らしいんですけどね」
苦笑を浮かべつつ、エレンはそれ以上の言及は避けた。どうも、フランス隊とドイツ隊の間はうまくいっていないらしい。
「まぁ、傭兵の皆さんにとばっちりが行ったりはしないはずですよ」
両部隊とも傭兵の能力には感心しているのだそうだ。フランス司令が挨拶も早々に引き返した理由はといえば、先だっての戦いにおける能力者の見事な飛行記録を目にして部下に喝を入れずには居れなくなったのだとか。
「さて、本題に戻りますよ。回収作戦に伴い、現地のバグア哨戒部隊との交戦が予想されます。敵戦力は、恐らくは前回同様です」
中型1に小型3機が2個編隊で1ユニット。それが3ユニットで北部空域の警戒に当たっているらしい。前回作戦にて撃墜したり損耗を与えた機体については、すぐに補充されているようだと前線の陸上部隊から報告が来ている。
「先だっての作戦では、バグアは最後まで私達のヘリに気付かなかったみたいだから。この編成で偵察隊を完全にシャットアウトできたとバグアは判断している、故に編成を変えてはいない‥‥っていうのがウチの作戦部の予想。フランス隊の司令部もその想定は同じみたいね」
囮作戦で時間稼ぎをしなければならなかった前回と違い、今回は守らねばならないヘリはない。敵の防衛隊を蹴散らし、記録装置を回収して即座に引き返す、という作戦行動であればグラナダ方面からの増援は間に合わないだろう。
「その分、今回は素早い攻撃行動が必要になると思います」
できれば、前回作戦の空戦記録も参考に対処を練って欲しい、とエレンは言う。記録を分析した限りでは、被撃墜が無かったのは運がよかった面も大きい。
「バグアの警戒域ぎりぎりで戦っていたのが良かったのか、敵もあまり積極的に攻勢に出ていなかったようです」
小型ワーム編隊を前面に押し出し、中型は後方で事態の変化に備えていたことが、幸いにも敵の前面火力を相対的に減少させていたらしい。だが、今回の目標地点は敵の防空線の内側だ。敵の機動はより攻撃的になると、作戦部では予測しているらしい。
「今回の作戦では、敵機を少なくとも1個編隊は全滅させる必要があると思います。降下して回収作業にあたり、再び飛び上がるのに30秒ほどかかりそうですが、作業中に敵機が上空に残っていると狙撃される危険もあります」
KVならば少々の至近弾で破壊はされないだろうが、記録装置を持った状態で命中弾を受ければ作戦が水の泡になりかねない。回収作業へ入るタイミングは気をつける必要があるだろう。また、戦う相手は『少なくとも1個編隊』であり、交戦が長引けば別編隊が合流してくるのは前回の記録からも明らかだ。前回、通称ダミー隊が初期に交戦した2個編隊はやや散開しつつ連携行動を取っていたが、合流までの時間は1分ほどであった。無論、別方面へ陽動などを受けていればこの数字は増えるだろう。
「要請があれば、フランス隊で敵の1個編隊を引き付けておく事は可能だそうです。ウチは陸上部隊主体なので、役には立てないのですが‥‥」
フランス隊に支援要請を出したとしても、残る2個編隊については能力者達の独力で叩きのめす必要があるようだ。
「小型ヘルメットワームは1機1機の戦闘能力はそれほど高くないようですが、中型は完全な戦闘仕様とのことです。作戦部の試算では、8機のエース部隊ならば敵1個編隊を互角に押さえ込めるはずだ、という事ですが‥‥」
あくまでも互角であり、素早く殲滅ということになるとまた話は変わってくるだろう。もっとも、何分もに渡る持久戦をするよりは素早い殲滅の方が容易な面もある。
「前回、困難な作戦を成功させてくださったのも傭兵の皆さんです。今回も大丈夫だとは思いますが、どうか気をつけてください」
エレンはそう告げてから、思い出したように一言付け足す。
「今日はフランス側の司令の要望でこの基地で説明をしましたけど、この後はウチの基地へ移動してもらいますからね?」
まずいコーヒー、まずい飯。微妙な顔をする能力者達に、エレンは少しすまなさそうに小さく頭を下げた。
●リプレイ本文
●戦いに赴く前に
その日、待機室は優雅な紅茶の香りに包まれていた。
「目標地点は、ここ‥‥だね」
地図へと、再確認の為に印をつけるラシード・アル・ラハル(
ga6190)。仲間達に振舞われているのは、前回の作戦でドイツ基地のコーヒーに懲りた彼の差し入れだった。自称英国紳士のエミール・ゲイジ(
ga0181)もさりげなく紅茶セットを用意している。まるでお茶会の様相のブリーフィングに、甘味大好きのリーゼロッテ・御剣(
ga5669)は内心でおやつ分の不足を嘆いていた。
そんな空気も何のその。南部 祐希(
ga4390)は、几帳面に撤退合図や支援要請の符丁指示を徹底していく。
「今度こそ雪辱よ。み〜っちり打合せしよう!」
祐希の後に前に立った藤田あやこ(
ga0204)は、撤退時の細かい機動や援護態勢などを確認していった。
「軍とは雰囲気が違いますけど、これが傭兵の皆さん流なんでしょうね」
隅でエレンが声をかけた30過ぎの男が、今回、陽動を担当するフランス隊の隊長だ。階級は少佐だという。前では、あやこに代わってアルヴァイム(
ga5051)が撤退ルートの最終確認を行っていた。前の作戦で使用したルートと新規で提案したルートのそれぞれを地図上に示し、番号を割り振っていく。
「以上、各自確認して記憶しておいてください」
アルヴァイムの締めの言葉で、隊内ブリーフィングは終わりを告げた。
「少佐、フランス隊が陽動にかかるタイミングはいつになりますか?」
アルヴァイムの声に、黙って傭兵達の打ち合わせを聞いていた隊長はやや険しい表情で視線を上げる。ワームへの陽動任務に飛ぶ彼の部隊はKVではなく通常機の飛行隊だ。ワームと本格的な交戦に入れば犠牲が出るのも覚悟せねばならない。
「いつなりと、指示に従おう。この作戦は君達のものだ」
軍人らしい返事に頷いてから、アルヴァイムは細かい打ち合わせに入った。途中で隊長が驚いていた様子からすると、彼らの想定していた作戦時間は幾分長めのものだったらしい。
「つまり、その作業時間に、敵が間に合わないようにすれば良いのだな?」
それならば、部下を失わずに済みそうだ、と呟いて微笑を漏らす隊長。
「打ち合わせは終わりやな?」「かしら?」
その横に、三島玲奈(
ga3848)と養母のあやこがつつっと寄る。テグジュペリに憧れていると言う彼女達の言葉に、エレンが瞑目した。高齢を無視して飛んだあの童話作家を不帰の人としたのは他でもない、数十年前のエレンの祖国である。
「‥‥かつて、僕の祖先は、スペイン人によって、この地を追われた‥‥」
小さな声でラシードが呟いた。それは悲しむべき過去であると言外に語りつつ、アラビアの血の濃い少年はそれでも微笑する。
「でも‥‥今は。新レコンキスタ‥‥その一矢になるのも‥‥悪くない、かな‥‥」
歴史を胸に刻みつつも、彼はそれを乗り越えてここにいる。そんな少年の言葉に勇気付けられ、エレンは感謝を込めて頷いた。
「大阪から愛を込めてオクトパスケーキや、食べたってな」
そんな過去には頓着せず、玲奈が差し出したのは彼女自作のたこ焼きである。4個3列のたこ焼きは出来てからの時間もあって少しふやけていたが、それを見た隊長は初めて白い歯を見せた。一緒に渡されたあやこからの高級紅茶よりも、どうやらそちらの方が好感度が高かったようだ。
「素晴らしい差し入れをありがとう、可愛いお嬢さん方。ケーキは部下と1つづつ頂くことにしよう。戻ってから、ゆっくりとな」
「では、時計を」
祐希の声で各隊の時刻合わせを行う。作戦時程もそれを基準として行う事が確認された。作戦開始は、諸々含めて60分後だ。
「ご協力、感謝いたします」
幾人かが敬礼で見送るのに片手をあげて答えてから、隊長は一足先に部屋を出る。これから自隊へ戻り、作戦を伝達するのだろう。
「皆さん、紅茶のお代わりはいかがですか?」
そう言ってエレンが席を立った。実のところ、淹れるのが下手だったわけではないらしく、上質な茶葉を使えば彼女にもまともな紅茶を淹れる事ができるようである。良いコーヒー豆を持参しなかったのをやや後悔するコーヒー党のアルヴァイムだった。
「相手に遠慮する必要は無いが、戦力差は厳しいからな」
気を引き締めよう、と言ってソード(
ga6675)はカップを呷る。味に頓着しない彼は、基地にあった質の悪い日本茶を満足そうに味わっていた。
●エンゲージ前〜50秒経過
切れ切れの雲を頭上に見上げて、12機のKVが極低空を飛ぶ。ハエンの防空ラインを過ぎ、敵の警戒圏内に入るまであと僅か、そしてフランス隊の陽動開始もその時刻になるはずだった。
「通信妨害を確認。フランス隊へ敵が向かったようです」
間 空海(
ga0178)が告げる。低空を這いずるのはここまで。後は時間との勝負だ。各機が機首を上げる中、祐希が各小隊をコールする。
「各隊、分担は計画通りです。ハンター隊は中型、リトルレッド隊、グランマ隊は小型ワームの編隊を担当。ブレッド隊は回収までは支援任務」
最終確認を取る彼女の声にあわせて、各隊から小気味良い返事が戻った。
「全体の管制は三島機、藤田機より受けて下さい」
「憧れの戦域管制、うちらの本職や。エンジン全開頑張るで!」
玲奈が嬉しそうに笑い、あやこが頷く。
「さぁて、前回暴れ足りなかった分、今回は派手にいかせてもらうぞ。ブースト起動!」
エミールの掛け声と共に、KV群はその枷を解き放つ。やや距離と高度をずらした4つのデルタ編隊が、青い空を鋭く切り裂いた。
「大したじゃじゃ馬だよ、こいつは」
Gに座席に押し付けられながら、大上誠次(
ga5181)は新型機の性能に思わずそう呟く。ディアブロのコクピットガラスには、黒い毛並みの狼が満足げに笑う姿が映っていた。その大加速を持ってすれば、回収地点、すなわち予想会敵地点まではほんの僅かだ。
「今回は時間を稼ぐ必要もありませんし、前のようには行きません」
霞澄 セラフィエル(
ga0495)は決意に拳を硬く握り締める。ヘルメットワームに苦杯を舐めさせられるのはただ一度で十分だ。
「エレンさんも戦いの先に夢がある‥‥。私にだって夢があるじゃない‥‥」
再戦に際して意志を新たにしていたのはリーゼもだった。彼女自身とその夢を守って来てくれた愛機のコンソールをそっと撫でてから、彼女もまた前を向く。
「震えてなんかいられないわ! I can fryよ!」
気合の声をあげた瞬間、コンソールの一部計器が赤で埋め尽くされた。待ち受けていたワームのジャミングが機体から長距離の目を奪ったのだ。それと同時に、正面に広がる丘陵地帯からヘルメットワームの姿が舞い上がる。
「三島機より各機。リトルレッドは右、グランマは左の編隊に対処よろしゅう。他は予定通りや。ミサイル攻撃のタイミングは大和はんに任せたで」
「たっはー、了解了解っと」
管制機からの指示に、吾妻 大和(
ga0175)は軽く答える。だが、漆黒に変じた彼の瞳は鋭くその時を狙っていた。距離が更に詰まる。彼の隊、グランマの分担する左翼からでは右側の敵編隊までを捕えるのは難しかったが、チャンスは作るものだ。
「さ、再び見せるよ。親子連携のダブルライフル!」
あやこの威勢のいい声と共に、遠距離からの狙撃が行われる。玲奈とあやこが狙ったのは、右側編隊の外縁に位置した敵機だった。その攻撃をかわすべく、右側編隊が内側へと進路をずらした瞬間、大和の指がトリガーに掛かる。
「宇宙から御越しのお客様、地球製の花火は如何ですかってな!」
盛大に撒き散らされる小型ミサイルの雨。絞り込まれる火力の投網から逃れようと横滑りするワームだが、逃げ場などどこにもない。
「まとめて1000発のミサイル。避けれるものなら避けてみろ」
タイミングを合わせ、ソード機からも同型ミサイルが発射される。K−01ミサイルはグラナダの地に、カプロイア技術陣も喜ぶだろう見事な炎の華を咲かせていた。だが、傭兵達の一斉攻撃はまだ終わりではない。
「一の弓にて百の矢を放ち千の敵を射貫く、逃がしはしません。狙いなさい、ヨイチ!」
凛と響く空海の声。乱れた敵編隊へと、機を伺っていた残りの各機がミサイルを放つ。伸びていく白い航跡は、すぐに赤い爆炎で終止符を打たれた。
「全弾命中です!」
霞澄の声が踊る。使える者はスキルまで使用して行った一斉攻撃は、一瞬の内に敵編隊から2つの機影を奪っていた。だが、小型ミサイルの雨に曝されていたにもかかわらず、中型ワームは軽度の損傷を受けたのみだ。
「さぁて、前回暴れ足りなかった分、今回は派手にいかせてもらうぞ」
一斉攻撃に参加していなかったエミール機が、難敵へと格闘戦を挑む。懐へと飛び込んだ彼のレーザーは敵機の外装を溶かしたが、引き換えに敵のフェザー砲の弾幕が機体を掠めていった。一気に機体のダメージランプが黄色く点灯する。
「く、当たらなければOK、ってわけにはいかないか。‥‥上等だ!」
ダメージを覚悟してでも、相手を早期に撃墜しなければならない任務だ。エミールはくるりと反転、再び中型へと機首を向ける。
「敵の弾幕に隙を作ります。合わせてください」
距離をとって狙撃する祐希の指示で、エミールは突入角度を微調整した。エミール機とはラインをずらし、アルヴァイムの駆るディスタンが切り込んでいく。目標を分散されたワームの射撃指揮が僅かに乱れた隙に、2機は2次攻撃を済ませていた。さすがに無傷とは行かないが、受けたダメージは初手よりも軽い。彼らを援護すべく、遠距離からブレッド隊の張る弾幕もワームの機動を制限していた。
「前に出ます、援護、よろしくお願いしますね」
小型ワームのペアへと、霞澄が仕掛ける。前の作戦と動きこそ同じだが、回線を渡るやり取りはずっとスムーズだ。
「了解よ!」
打てば響くように、あやこが答える。編隊のもう1機である玲奈も、管制指示の合間にライフルで援護していた。あやこがエンゲージする間は玲奈が、玲奈が突入する間はあやこが待機し、管制の任にあたっている。専任で管制任務に当たるよりも効率は悪いが、敵が管制機を狙おうにも特定しづらいと言う利点もあった。
「敵5番、6番を撃墜しました」
「ボギー2ダウン」
「7も落としましたよ」
中型が指揮どころでなくなってしまえば、単体の小型機の性能は前回でも見た程度でしかない。全ての小型機が空中から姿を消すまで、交戦開始から僅かに40秒。頑強に抵抗を続けている中型ワームも、既に朱の混じる黒煙を吐いていた。
「悪ぃ、最初にケツまくって逃げさせてもらうぜ。‥‥こいつを落とした後でね!」
エミールのレーザーがワームの後部装甲を貫通する。それで動力機関に火が回ったのだろう、ワームは内部からの爆発で砕け散った。
●50〜70秒経過
「間に合った! 急いで回収に入るわよ」
地上へ信号を打てば、すぐにクリアーな信号が返ってきた。温存していたブーストを利用したリーゼとラシード機は、目標地点へと一気に高度を下げる。その上空では、誠次が睨みを利かせていた。
「敵の新手を確認しました。南方、7機です」
空海の声に、残る8機の攻撃隊に誠次を加えて迎撃シフトを組む。残弾も燃料も心もとないが、持ちこたえるのはそう長い時間でなくとも良いはずだ。
「くーかいさん、撹乱よろしくね」
「‥‥了解です」
名前の読みを間違えた大和に、空海の返事は冷ややかだった。ともあれ、正面から仕掛ける振りをした空海機にワームは左右のデルタで挟撃する構えを見せる。大和は、その動きを読んでいた。
「行きますよ、ソードさん」
「なるほど、乗りましょう」
残るミサイルやロケットを撃ち尽くす勢いで盛大に弾幕を張る2機に、他の仲間達も追随する。横っ面をはたかれる形となった敵は出足を鈍らせた。
「‥‥ブレッド3、回収完了‥‥」
ラシードの声が通信に流れる。その時ようやく、敵は地上で作業するKVに気付いたようだった。しかし、即座にブーストで戦域を離脱していく回収班へ攻撃可能な位置には1機のワームもいない。まるで流れ星が天へと帰るかのように、2機のR−01の機炎は遠く、小さくなっていく。
「それじゃ、尻尾巻いて逃げますか。殿は俺が」
誠次が言うと、玲奈が小さく笑う声がした。
「狼だけに‥‥ッ」
なにやら、彼女のオヤジギャグのつぼに入ったらしい。笑うだけの余裕が、彼らには既にあった。作戦を完了させた傭兵達は、あざやかなターンを見せると最後の燃料をブースト装置に注ぎ込む。追撃の構えを見せるよりも早く、ワームの編隊の眼前が黒くふさがれた。アルヴァイムの置き土産の煙幕弾だった。
青一色のラシードの機体の名はジブリール。イスラム教の天使に抱かれ、志半ばで斃れた戦士の『声』だけが帰路に着く。
(‥‥声、確かに、受け取ったよ‥‥今は、安らかに。インシャラー‥‥)
ラシードが声にならぬ祈りを死者へと捧げた。
「その魂よ‥‥どうか安らかに‥‥」
その斜め後ろで警戒位置につきながら呟いたリーゼも同じ気持ちだったのだろう。敵を振り切ったらしい僚機が追いついてきたのは、そのすぐ後だった。
「フランス隊の皆さんは大丈夫だったでしょうか」
誰へとも無い霞澄の声には、通信回線から返答があった。雑音混じりだが、確かに聞こえる声が敵地から離れるにしたがってクリアーになっていく。
『‥‥こちら疾風。全機健在だ。諸君の帰還をシャンペンを用意して待っている』
実際の帰着はラファールのほうが遅いだろうが、そんな事を突っ込むような野暮な真似は誰もしなかった。勝利の実感に息をついた傭兵達の口元が、続く着信で微笑へと変わる。
『‥‥こちらハンター1、もうすぐ基地だ。早く戻って来ないと祝宴が開けないぞ?』
作戦は成功裏に終わり、味方の誰一人も欠けぬ、まさに完勝だった。
●そして、遠き戦士の声
『‥‥こちらエトール1。グラナダから15km。さっきから機体がおかしい。全身がむずむずする』
『機体が細かく揺れている。異常だ。高度5000、周囲に気配は無い。繰り返す、これは異常だ。これから引き返す』
『グラナダから15km。風防がガタガタ鳴るのはようやく止まった』
『前方に敵多数。後ろにもいる。前は10機はいるようだ。‥‥いざ、祖国の子等よ、栄光の、日‥‥は‥‥(爆発音)』
(‥‥詳細は分析中。確認が終わるまで、内容については関係者秘。外部への口外を禁ず)