タイトル:グラナダ陽動作戦マスター:紀藤トキ

シナリオ形態: シリーズ
難易度: 難しい
参加人数: 12 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2008/03/17 00:11

●オープニング本文


「撃墜、ですか? 4機とも?」
 信じられない、というように目を見開いた女性士官に、司令官は沈痛な面持ちで頷き返した。女性の階級章は少尉、司令官のそれは中佐のものだ。
「フランス御自慢の偵察チームが1日で全滅したらしい。ったく、コーヒーでも飲まないとやってられな‥‥、ああ、すまんな」
 女性士官はクスリと笑うと、物欲しげな指揮官のためにコーヒーを淹れ始めた。
「だが、これではっきりした。奴らは間違いなくここで何かしでかそうとしているぞ」
 司令の前に広げられた戦域地図は、イベリア半島南部、グラナダ周辺のものだった。北西に4つ書き加えられた赤いマーカーは、連絡を絶った偵察機のものだ。シカゴでの友軍の例に倣い低空から侵入した彼らは、いずれもグラナダを中心とする半径30kmほどの圏内に入ってすぐの位置で捕捉されている。
「思わせぶりなクセに、見せる気の無い相手にはチラリとも中身を見せようとせん。性悪女め」
 セクハラまがいの司令官の言葉に苦笑しながら、女性士官はコーヒーカップを差し出す。インスタントとはいえ、立ち上る香りはささくれだった精神を癒す妙薬だ。
「ところで、私への用というのは何ですか? まさか、軍支給のコーヒーが飲みたかったわけじゃないですよね?」
 最前線の基地だけに、上官と部下の間の会話も随分フランクなようだ。首を傾げる女性士官に、基地司令は考え込むような目を向ける。
「時に、エレン。君は以前に傭兵を使った任務を成功させた事があったな?」
「はい。つい先日の事です。1つ訂正するならば、成功できたのは彼らが優秀だったからで、私があの救出任務を成功させたわけではありません」
 彼女の返答を聞いて、司令官は大きく頷いた。
「よし、今日付けで医療班長を解任する。君にはこれから傭兵担当の専門官の任にあたってもらおう」

「‥‥というわけで、皆さんにはグラナダ付近を陸路で偵察する部隊の為に陽動をお願いします」
 エレーナ・シュミッツ少尉はブリーフィングルームに集まった能力者達にそう告げた。スペイン南部の古都、グラナダ。その周辺にバグアが展開し、何らかの行動を行っているのだという。その偵察が今回の主目的だった。
「偵察にKVを使わず徒歩で行う理由については、敵戦力が過大なため、としておきます」
 シカゴ攻略戦のような全面攻勢ならばともかく、現状でスペインに展開できる戦力はさほど多くは無い。そして、少数での強行偵察については現地のKV隊が行ったのだが、目的地のはるか手前で撃墜されてしまったと言う。
「正直に言えば、今まで何度も困難な状況を覆してきた傭兵の皆さんならばあるいは‥‥、とも思いますが」
 そう漏らしてから、エレンは小さく首を振った。
「すみません、今のは聞かなかったことにして下さい」
 そう言って、卓上の地図へ手を乗せる。既に陸路から行く偵察隊への説明を終えた後だからだろう。地図には数箇所の書き込みがなされていた。その中に一際大きくつけられた印がある。
「この山地が偵察隊の進行ルートになります」
 エレンが指し示したのはその印、グラナダ北東部にある2000m級の山地だった。有名なネバダ山脈の北にあり、ウエトールという名がついている。
「皆さんにお願いしたいのは、地上偵察隊を回収する際の陽動と護衛です」
 偵察隊がどのような行程を選択するかは彼らの裁量だが、その行動計画の最終段階に彼らの回収がある。計画通りにいけば、ウエトール山脈の北東側のロッジへ、偵察隊が事前に指示していた時刻に向かう事になるだろう。回収の為に軍が出すのはUH−60ブラックホークの改修機だった。
「これでも音速の4分の1程度の速度は出るんですが、もしもワームに捕捉されたらひとたまりもありません」
 敵を引き付けると同時に、可能ならば護衛も遂行してほしい、というのが今回の依頼だった。
「この空域に航空機で侵入した場合、すぐに向かってくるのは中型ヘルメットワームをリーダーとした小型ヘルメットワーム主体の小部隊と思われます。普段は散開気味で行動しているようですが、KVの強行偵察の際は集結してきたと言うことです」
 かなり広い範囲に展開しているが、ヘルメットワームの機動力をもってすれば集結に掛かる時間は微々たる物だ。突破を試みれば偵察機の二の舞になる。とはいえ、敵の防衛ライン手前で引き返せば深追いはされないらしく、今までにもある程度の敵配置は判明している、とエレンは言う。
「グラナダ北を哨戒しているのは常時3隊。1隊の数は6ないし8です。更に場合によってグラナダからの部隊が増派されるようですね」
 ロッジの位置はグラナダからおよそ20kmの地点にある。ブラックホークが敵の哨戒圏内に突入してから偵察隊を回収し、同じ位置まで引き上げるには10分程度が必要だ。
「もっとも、黙って引き上げさせてくれない可能性もあります。その場合も見込めば、もう少し長時間の安全確保をお願いしたいのが本音です」
 15分。それだけの時間があれば、ハエンの駐留隊の勢力下までたどり着ける。万が一撃墜されたとしても、その辺りならば安全に帰還できるだろう。
「更に5分あれば、ハエンまで帰還できます。これが最善なんですが‥‥」
 交戦時のKVの燃費については聞き知っているのだろう。エレンは可能な限りの安全確保を依頼した。
「当日は、私も同乗するつもりです。負傷者の方がいたら少しはお役に立てると思いますから」
 飛行コースや動き方についても、能力者達の作戦に合わせるように行動すると、エレンは言う。ヘリの乗員は皆、熟練した兵士達だ。腕前は信頼していい。
「皆さんにお願いするのも難しい任務です。ですが、偵察隊の方の安全は皆さんの力にかかっています」
 お願いします、とエレンは深く頭を下げた。

●参加者一覧

吾妻 大和(ga0175
16歳・♂・FT
間 空海(ga0178
17歳・♀・SN
エミール・ゲイジ(ga0181
20歳・♂・SN
藤田あやこ(ga0204
21歳・♀・ST
霞澄 セラフィエル(ga0495
17歳・♀・JG
崎森 玲於奈(ga2010
20歳・♀・FT
三島玲奈(ga3848
17歳・♀・SN
南部 祐希(ga4390
28歳・♀・SF
アルヴァイム(ga5051
28歳・♂・ER
リーゼロッテ・御剣(ga5669
20歳・♀・SN
ラシード・アル・ラハル(ga6190
19歳・♂・JG
ソード(ga6675
20歳・♂・JG

●リプレイ本文

●出撃直前
「では、作戦の確認はここまで。そろそろ出撃準備に入りましょうか。皆、時計を合わせて下さい」
 直前まで作戦の把握を徹底していた南部 祐希(ga4390)が軽く笑って仲間を解放する。今までに失ったものが大きいほど、人は慎重になるのかもしれない。能力者達は自機へ乗り込むと、祐希の言葉どおりに時計をチェックした。分離行動をする今回は、必ずしも合流した状態で撤収にはいるとは限らない。敵地の通信状況も分からない以上、撤収時刻のすり合わせは必要だった。
 戦場になる予想位置と、そこからの退路を複数検討したアルヴァイム(ga5051)の報告も全員に通知されている。エレンと戦域地図をチェックする間に出された味気ないコーヒーの匂いを思い出し、彼は慌てて頭を振った。その間にも、先発隊が発進しようとしている。
「デコイ小隊、お先に出ますよっ!」
 待ち受ける敵の数を気にもかけぬ軽い掛け声をあげたのは吾妻 大和(ga0175)。
「‥‥パパ。パパは出撃する前に怖くて震えたりしなかった?」
 その後方につけた2番機のリーゼロッテ・御剣(ga5669)は、緊張を押し殺すように亡き父に問いかけ、幸運のメダルを唇に当てる。戦いにはまだ慣れないが、震えはそれで収まった。
「僕らに、護りを‥‥インシャラー‥‥」
 ラシード・アル・ラハル(ga6190)が続く機上で頭を垂れる。少年の青き機体には、イスラムの大天使の名がつけられていた。この3機が向かうのは、グラナダ北西部。フランスの偵察隊が全滅した物と同じルートを選び、高高度でわざと見つかるように行動する囮役だ。仲間達が滑走路から見送る中を、3つの機炎が遠く高く去って行く。

●デコイ1
 発見しやすいように動いているのだから当然だが、バグア側の動きは迅速だった。デコイ小隊が警戒線に到達する頃には、既に敵も集結し、迎撃の構えを見せている。フランスの偵察隊が撃破されたよりも随分と手前の接触は、すぐ引き返したい彼らにとっては好都合だった。敵の機影は7。中央に中型キメラが構え、左右に2つのデルタ編隊を引き連れている。中央を狙わば、2つの牙が噛み砕く構えだろう。その悪魔の顎を突き破る槍先の如く、3機のR−01は高速で突き進む。距離は、既に1kmを割った。
「ハイ来た、お客さんですよっと」
 大和がトリガーを引き、仲間達も続く。射程距離ギリギリで放ったミサイルは狙われた小型ワームをたじろがせた。逆の3機が素早く反撃する。双方の攻撃とも距離が邪魔をして有効打にはならなかったが、能力者側にとっては、それは作戦通りだった。
「釣れた‥‥っ」
 機首を引き上げていたラシードは、そのまま急転回をかける。大和、リーゼ機も同様の機動を見せていた。敵前での旋回を隙と見たバグアが接近する、その瞬間。
「デコイ1・エンゲージ‥‥しないで逃げろー!」
 大和が高らかに叫ぶ声にあわせ、3機はブースト・スイッチを押した。急加速に軋む機体の左右を、座標修正が追いつかぬらしいバグア機の攻撃がかすめていく。まぐれあたりもいくらかはあったが、3機ともに掠り傷程度だ。
「B班‥‥、ダミー小隊は平気かしら?」
「平気にする為に、もうちょっと頑張るかね」
「なんだか無茶なこと、要求されてない‥‥?」
 そのまま、敵の追撃をかわしつつ、3つの機影は北を目指す。敵を振り切った後に反転すれば、仲間の6機が第2次攻撃をかけている場所へと援護にたどりつけるはずだった。

●ダミー1
 デコイ小隊が離脱に掛かっていた頃、バグアの他2隊は散開して新手に備えていた。低空から侵攻するダミー小隊6機を発見したのは、そうやって配置されていた小型ワームの1機である。互いが敵機に気付いたのは、ほぼ同時。しかし、先手は能力者達だった。
「援護をお願いします。切り込みます」
 霞澄 セラフィエル(ga0495)の声が回線を走る。敵は単機。ここはミサイルを温存すべく、間 空海(ga0178)は高度を上げて警戒に入った。
「これはフランス隊の分だよ。くらえ!」
 叫ぶ三島玲奈(ga3848)とその若き養母藤田あやこ(ga0204)の2人は、自身も偵察隊に属するだけに先立って散った者への思いが強い。小型ワームが機首を翻すよりも早く、長射程ライフルが火を噴いていた。
「先に仕掛けさせてもらうよ」
 同じく射程の長い兵装を持つソード(ga6675)機の銃弾が、親子の射撃に追い込まれたワームを捉える。間合いをつめた霞澄機のレーザーが直撃したが、まだ墜ちない。煙を吐きながらも低空へ逃れようとした瞬間。
「甘いっ!」
 果敢な突っ込みを見せた崎森 玲於奈(ga2010)機の攻撃がワームを貫く。爆発する敵機を見下ろしながら、玲於奈はやや興ざめた気分を感じていた。精鋭部隊を撃破した敵というが、その動きは鈍かった。この敵との戦いが、自らの飢えを満たしてくれると言う期待は、この様子だと叶わぬかもしれない、と。
「やれやれ。心躍った果てに待っていたのは、夢から覚めた末の失望、か‥‥」
 呟く玲於奈。だが、それはやや早計だったかもしれない。

●ルアー1
 ダミー小隊が敵機に捕捉され、鎧袖一触の様相で屠った時刻。護衛対象のヘリと共に、最後の小隊が敵の哨戒線を越えていた。ルアー隊というのがその名前である。
「確かにいい腕ですね」
 注文どおり、低高度を高速で飛ぶヘリの操縦士の技量は相当の物だ。陸自のヘリ隊も見知っていた祐希は、素直に賛嘆の言葉を口にする。
 「さて、空の上からのんびりウエトール観光と洒落込みたいけど‥‥」
 呟いたエミール・ゲイジ(ga0181)だが、その表情が硬くなった。ダミー隊のいた方角に、強力な妨害電波源が発生したのだ。おそらくは、ワームの小隊と交戦に入ったのだろう。
「やっぱそうは問屋が卸してくれないかな?」
 苦笑するエミールの言葉に、デコイ隊の通信も届かなくなっている事を確認したアルヴァイムが頷く。
「長い20分になりそうです」

●ダミー2
 最初の1機を撃破した後、ダミー隊が再び敵機に遭遇するまでには少しの間があった。時間を余分に稼いでから、彼らはまず6機の敵編隊と遭遇戦に入る。デコイ隊が遭遇した物と編隊の形状は同じだが、右側のデルタが1機欠けていた。
「Fフィールドに勝る親子の絆!」
 今回も、あやこ、玲奈が息のあった狙撃で先手を取る。左の敵先導機の外装が派手に砕かれた。
「まずは親玉の目を潰そうか」
 ソード機が中央に煙幕弾を撃ちこむと、ワームの動きが乱れる。そのタイミングを狙っていた空海機がブレス・ノウを使用した。
「ダミー1、ターゲットインサイト‥‥ロック」
 一時的に増幅された彼女の制御AIは、彼女が弓の名手に倣ってつけた名の如く、敵の姿をしっかりと捉えた。
「FOX−1!」
 断続的な機体の震えが、パイロンを加重から解放する手ごたえだ。4本のミサイルが白煙を引きながら手負いの敵機へと向かい、砕いた。遅まきながら赤いプロトン砲の火線が撃ちだされる中を、霞澄と玲於奈のXN−01が切り込んで行く。2人の放ったレーザーは見事にもう1機の小型ワームを撃墜した。しかし、間合いを詰めたことによって敵からの反撃も回避しづらくなっている。
「くっ」
 2機の優美な機体を熱線がかすめた。まだ大したダメージではないが、これが蓄積すればそうも言ってはいられない。目の前の空戦に意識が集中する。今回の任務が困難であった最大の理由を忘れかけた瞬間、警告が通信回線に響いた。
「西、新手だ!」
 敵は3倍。その事を心に留めて戦いに挑んでいたソードの声だ。新手の編隊も形状は同様で、左右のデルタが揃って怪光線を放ってくる。対応が僅かに遅れた瞬間、赤い火線が玲奈機に集中した。不意を打たれたこともあり、XN−01に比べれば頑丈なF−104が僅かな間に大ダメージを受ける。
「ごめん、ドジった。でも、まだいけるよ」
「私がカバーに入るわ。下がって!」
 即座にあやこが指示を飛ばす。親子だけあって、2機の間の連携はピタリと息が合っていた。元来、目まぐるしく動き回る空中戦において他機の位置や状況を把握しておくのは極めて困難だ。AIによってサポートを受ける能力者といえど、それは例外ではない。その意味で、ペアを基準に連携行動を取ろうとした彼女達の行動は小さな規模で見れば正しい。
 だが、この場にいるのは2人だけではなく、ここは敵味方あわせて20機近くが入り乱れる戦場だ。大規模作戦のように戦術管制役の仲間がいるわけでもない現状では、6機もの機数で長時間にわたって連携を取ることは極めて困難だった。2機を3組か、あるいは3機を2組か。隊内で意思統一を取れなかった時点で、集団戦における編隊行動の意味は半減する。

 それでも、数分後には小型ワームはその数を2機減じていた。しかし、KV側もその受けた被害は大きい。
「私とて小夜啼鳥の翼を担う者、軽んじられては困るのでな‥‥」
 ハイマニューバを織り交ぜ、近接戦で敵に激しい出血を強いていた玲於奈機がもう1機を落とす。しかし、彼女の機体は既に限界だった。
「玲於奈さん、もう十分です。引いて下さい」
「‥‥く」
 未だ踊り足りぬまま、玲於奈はブーストで戦線を離脱する。
「玲奈もついていきなさい。ここは敵地。1人じゃ危険だわ」
 あやこの指示は、やはり損傷の大きな娘の機体を気遣ってのものだった。手負いを狙うのは戦闘の基本。いかにカバーをしたとしても、2機のみの連携では3機に襲われれば分が悪い。狙われた玲奈機のみならずフォローのあやこ機も、少なくないダメージを受けていた。
「ごめん、ママ‥‥」
 今頃、ヘリは偵察隊を回収し終えた頃だろうか。東方の空へと未練の残る視線を向けてから、玲奈も機首を返した。追撃の構えを見せた敵機を、ホーミングミサイルが掠める。
「そちらへは行かせません。こちらで私達の御相手を願います」
 新型に混じってただ1機のS−01だった空海だ。バランスよくチューンされた機体は、僚機と比べても決して見劣りしない動きを見せていた。攻撃タイミングを捨ててでも安全な位置を選ぶ堅実な行動と相まって、彼女が受けた損傷はソード機の次に少ない。
「まずいな‥‥。このままじゃ」
 距離をとる事に重点を置いて被弾を抑えていたソードが小さく舌打ちをした。長時間の戦闘を覚悟していたダミー隊だが、仲間が撤収した場合の事は考慮してはいない。敵が13機の編成のうちで5機を失ったのに比して、KVは6機中2機が撤退したに留まる。機数の比率で言えば、決して分の悪い形ではないが、敵の中核戦力である中型ワームが問題だった。倒せばグラナダから敵の増援が襲来するという怖れ。しかし、それゆえに撃墜しないという作戦は、敵の最大火力を最初から最後まで相手にせざるを得ないと言うことだ。そのツケは各自の損傷具合に跳ね返ってきている。 敵をどこかで甘く見ていたのかもしれない。事態がこのまま推移すれば、遠からずダミー隊は戦闘継続力を失ったであろう。

●ルアー2
 その頃、デコイ隊と最初に交戦したバグア部隊は交戦域を大きく迂回し、周囲を探っていた。第1の部隊は明らかに囮。第2の部隊も本命というには動きが不審だ。突破も試みず、かといって引きもしないダミー隊の奮闘は、バグアに第3の偵察隊の存在を疑わせていたのだ。
「やっぱ楽は出来ないか‥‥」
 敵の哨戒機を発見したエミールの目つきが鋭く変わる。
「やれやれ、それじゃあ暫くワーム共と遊んでやりますか!」
「援護します」
 一気に距離を詰めるエミールを祐希が射撃でサポートする。アルヴァイムは上空警戒に回っていた。衆寡敵せず、小型ワームは四散する。
「見つかりましたかね?」
「おそらく、連絡はされたでしょう」
 頷きあうと、3機は一気に高度をあげた。一瞬だけ遅れて、眼下からワームが舞い上がる。最初の2つを囮に、この第3の部隊こそ本命とバグアが思い込んでも仕方がない。見事な作戦だった。集結しようとする敵の機先を制するように手近な1機を集中攻撃で撃破し、ルアー隊は退却に移った。彼らが敵の目を引き付ける間に、ヘリはロッジへと舞い降りる。

●デコイ2
「シカゴではもっと苦しかった。娘の分まで耐えてみせる!」
 あやこは距離をとった狙撃で敵の連携を牽制していた。邪魔者を処理しようと言わんばかりに中型ワームが機首を向けてくる。その横っ面に、霞澄機の放ったAAMが着弾した。
「もう少し、時間を稼がないと‥‥!」
 割って入った霞澄機とて、損傷は大きい。だが、彼女が覚悟を決めたその瞬間。
「ハイどうも、お手伝いは御入用ですかってね」
 軽い口調の声と共に、中型ワームが炎につつまれた。大和を先頭にデコイ隊が空域に飛び込んでくる。中型は健在だったが、その牽制で霞澄を砲撃するチャンスは失われた。
「リーゼは右、大和はそのまま突っ込んで。援護する」
 年長の2機に素早く指示を出すと、ラシード自身も小型ワームへ格闘戦を挑む。
「はっはー、人呼んで天空に舞うスカンクとは俺の事で‥‥。あ、ゴメン嘘、お願い呼ばないで」
 楽しげに笑いながらラージフレアを射出した大和は、中型ワームへ急接近してみせる。フレアに欺瞞されたワームの反撃は、彼の狙い通り正確さを欠いた。フェザー砲が紫の弾幕を張る中を、大和は急旋回で離脱していく。
 ほぼ無傷の増援は人類側に天秤を傾けるかに思えたが、このタイミングで引き上げなければあやこと霞澄が危険な状態だった。だが、この後すぐにルアー隊が東方から合流してくる。あやこと霞澄も離脱し8対13。だが、この空域に全機引き付けられてしまった事で、バグアの戦術的敗北は決まった。バグアは3つの囮に完璧に騙されたのだ。
「これ以上は厳しい。撤退しましょう。ルートは3番と2番」
 アルヴァイムの号令と共に、敵の眼前を遮る形で煙幕弾が撃ち込まれる。時計は作戦開始後16分を示していた。

●次なる誘い
 帰途に着く能力者達を追撃する余力は、バグアにも残っていなかったようだ。受けた損害を考えると手放しには喜べないだろうが、作戦は成功に終わった。
「終わったの、ね‥‥」
 リーゼが息をついた。父の愛した空の、その彼方へ向かう日まで、彼女は生き延びる事を改めて誓う。
『皆さん、ありがとう。先に戻った方も全員無事です。コーヒー淹れて待ってますね』
「‥‥コーヒーより、紅茶が、良かったんだけど‥‥ま、いいか‥‥」
 エレンからの声にラシードが呟く。安物で構わないがお茶がいい、と言うソードの声を聞きながら、コーヒー党のアルヴァイムは軍用コーヒーはコーヒーではない、と思っていた。そんな時、各機の通信に別回線からの呼び出しが入る。それはフランス隊の司令官からの、丁重な感謝と労いの言葉‥‥。そして、新たな依頼の打診だった。