タイトル:カッシングの巣へマスター:紀藤トキ

シナリオ形態: シリーズ
難易度: 難しい
参加人数: 12 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2009/11/29 23:46

●オープニング本文


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「随分と間を空けて、召集が掛かった事に驚いているかもしれないな」
 乱雑ながらも一種独特の規則性を持って散らかった室内にいた白衣の女はそう言った。女の名前は内藤美沙。通された部屋の入り口に掛かっていた広報課という札は、諜報部門所属の美沙の名ばかりの隠れ蓑だ。
「敵は、あの老人だ。それゆえに、専門家である君たちに頼むのが相応しいと判断した。奴の拠点と思しき場所が確認されたのだ」
 場所はルーマニア。カルパチア山脈の南側に、鬱蒼と茂った森がある。その中に潜んでいたカッシングの信奉者の村は、美沙が傭兵へその調査を依頼していた只中に、現地軍の空爆によって消失した。それが、カッシングの息の掛かった内通者の手引きによる物だと知れたのが先月の事だ。
「内通者の炙り出しと処分は急ピッチで行っている。が」
 数年に渡って張り巡らされた根は予想以上に長く、深い。特に、現地軍の佐官クラス以上は半ばが敵の手に落ちていた。ある者は利に釣られ、ある者は思想的に、またある者は弱みを握られて。戦線後方であったがゆえに、発覚が遅れたのだろうと美沙は言う。
「‥‥そして、その調査過程で恐ろしい事が判明したのだ。昨年初頭から、軍が目を瞑っている間に大量の資材が運び込まれた形跡がある」
 その半ばは、そのままロシアへ流れたようだ。だが、それを差し引いてもなお、恐ろしい量の物資がルーマニアのその地区に残っていると想像される。内訳は、同時期にグラナダ要塞に運び込まれていた物と酷似していた。
「場所は山脈。地質が異なるゆえ、グラナダのような大規模地下要塞を構築したとは思いがたいが、ギガワームの生産が行われている可能性が高い、と情報部は分析した」
 その調査のために送り込まれた小部隊は、森林地帯がキメラの巣窟になっている事実を知る。短時日に、その一角は敵地となっていた。空撮に飛ばした偵察機は、凄まじい妨害電波に飲まれ、一瞬で全滅したという。
「事はもはやKVによる大規模攻撃を必要とする状況だ。軍も、後方部隊を抽出して攻撃隊の編成を行っている。君達に頼みたいのは先行調査だ。特に、攻撃すべきポイントの割り出しと敵戦力の概要が判ればありがたい」
 そう言ってから、彼女は書き込みの少ない地図を広げる。北部に山岳、南には森。山麓には沼沢地が点在していた。大きな物は、km単位の広さを誇り、先の調査で得られた証言によれば、底無しの物もあるという。その山腹に古い城があった。
「カッシング家伝来の居城、らしい。既に廃墟だと記されていたが、それは奴の情報操作だったようだ」
 そのカッシング城に、彼がいるのか。あるいは、彼の手の何者かがいるのかは定かではない。しかし、そこはもっとも重要な調査地点ではある。
「森林を突破し、沼を抜け。その城の少なくとも外観を調査して欲しい、というのが一点。それ以外に調査すべき場所があると考えれば、任せる」
 戦争が、始まる。美沙は図面に手を置いてそう言った。しぶとく生きながらえたあの老人が欧州に張り巡らせた網は、コレで最後のはずだ。これを最後の戦争にしよう、と顔を上げた美沙は言った。

●参加者一覧

稲葉 徹二(ga0163
17歳・♂・FT
須佐 武流(ga1461
20歳・♂・PN
国谷 真彼(ga2331
34歳・♂・ST
ホアキン・デ・ラ・ロサ(ga2416
20歳・♂・FT
遠石 一千風(ga3970
23歳・♀・PN
UNKNOWN(ga4276
35歳・♂・ER
リン=アスターナ(ga4615
24歳・♀・PN
レールズ(ga5293
22歳・♂・AA
月神陽子(ga5549
18歳・♀・GD
リュス・リクス・リニク(ga6209
14歳・♀・SN
美海(ga7630
13歳・♀・HD
レティ・クリムゾン(ga8679
21歳・♀・GD

●リプレイ本文

●特務の再会
「1年ぶりに再召集なんて何事であるかと思ったら、またあのじい様なのでありますね」
 ブリーフィングルームに集った面々を見て、美海(ga7630)が言う。
「で、私たちがロシアで必死に戦っていた陰でちゃっかり物資を運び込んでいた‥‥相変わらず抜け目がないこと」
「正直、この依頼には驚いたけれど。兆候が見えるのならやるのは今しかないわね」
 呆れたような、感心したような微妙な口ぶりのリン=アスターナ(ga4615)の奥で、遠石 一千風(ga3970)が自分を鼓舞するように呟いた。レティ・クリムゾン(ga8679)が固い口ぶりで周囲に告げる。
「‥‥油断出来る情報は何1つ無い。誰も欠けないよう任務をこなそう」
 先の大規模作戦で戦友を失った彼女の言葉は、重い。リンは常のポーカーフェイスを崩さぬままに、頷いた。
「ええ。何が待ち構えているのかは分からないけれど。『専門家』として期待されてるんですもの、結果を出さないとね」

 カッシングの城への偵察は、相談の結果空陸兼行で実施される事となった。地上を行くものは徒歩で、空を行くものは愛機に身を委ねて飛ぶ。
「カメラの貸与を申請します。私以外には‥‥」
 月神陽子(ga5549)の他には、ホアキンとレールズが装備を空けていた。もしも撮影が可能な状況であれば、情報を持ち帰る事が出来るだろう。
「ギリギリのタイミングを見極めるために必要な事は敵の把握、仲間への信頼、一欠けらの勇気、そして最後は――女の『カン』です」
 勝気な笑みを浮かべる陽子だが、危険を理解していないわけではない。彼女が理解しているのは、困難に際してこそ弱気になる危険。慎重と弱気の差を、この場の傭兵達は知っている。
「撃墜されるのは覚悟しよう。万が一の場合の回収は頼む」
 レティの言葉に、一千風が確りと頷いた。地図の上には、斜めに2本の矢印が書き込まれている。空中部隊の予定進路を示すそれは、城の上空で交差する形になっていた。
「到着予定時刻は‥‥、そうだな、1430ということにしようか。そうすると出発時刻はいつ頃がいいかな?」
 ホアキン・デ・ラ・ロサ(ga2416)が首を傾げる。一緒に地図を覗き込んでいたリュス・リクス・リニク(ga6209)も、それと角度を合わせる様に頭を傾けた。
「廃墟と化した村なら、監視も少し緩むかな」
「‥‥んぅ‥‥? ここ?」
 ホアキンとリニクの指が、地図の上を動く。その村がまだ廃墟ではなかった頃には、キメラの姿を見かけることは無かったと彼女は記憶していた。現地の森を歩いた経験があるのは、リニクのほかにも数名。そのそれぞれが自身の経験を元に対策を練っている。
「頼んだぞ」
「‥‥随分な量だな。まぁ、善処しよう」
 必要だと考えた物のリストを美沙に手渡し、須佐 武流(ga1461)は片手を挙げた。待つ間にも、彼は地図の中の一点をじっと睨んでいる。カッシングの名を冠した古い城がそこにあった。それが彼そのものに思えて、武流の心は猛る。
「ついに見つけた‥‥。ここまで長かったな」
 彼があの老人に出会った時から、一年半が過ぎた。その内実が変わろうとも、彼に二度までも苦渋を舐めさせた男の顔を、忘れる事は無い。そして、盤面を挟んだこの対峙にそれとは別の感想を持つ者もいた。
「もう相手のいない競争、ですね」
 武流と同じだけの歳月、あの老人と知恵比べをしてきた国谷 真彼(ga2331)は、別の側だ。
「爺様とは、しっかり話を付けてみたかったんですがね。‥‥詰まらねェ事になっちまったなあ」
 この面々の中、稲葉 徹二(ga0163)が年に似合わぬ枯れた口調で呟くのも、一年ぶりの光景だった。
「以前のカッシングとは話してみたかったものだ ――苦悩への妙薬、求めて楽に走っては、いかん」
 煙草を燻らせつつ、UNKNOWN(ga4276)も似たような事を言う。だが、相手の中身が変わったとしても、全力を尽くさねば倒す事が困難な大敵であることは変わらない。
「しかたねェ。弔いの心算でキッチリやりますか」
 徹二が、気分を切り替えるようにそう言い。地図の傍で作戦案を検討する顔ぶれに加わるために、3人も席を立った。

 一方、困難な任務に際してもう1つ重要な事がある。覚悟が、それだ。
「お互い、例えどちらかが危険な状態になったとしても‥‥、身を挺して庇うなんて真似はやめましょ。どちらかが逃げ延びて情報を持ち帰ればいいんだから‥‥ね」
 リンの言葉に、レールズ(ga5293)は顔を上げた。いつの間にか、下を向いていたらしい。
「――それに、大丈夫。お互い黙って落とされるほどヤワじゃない。でしょ?」
「‥‥ええ、そうですね」
 そう返しながらも、レールズの表情は晴れない。先行した偵察部隊の全滅を聞いていたレールズは、恋人に危険な空中偵察を任せたくは無かった。その為に、自分が先に手を上げたのだが。
(まさか、彼女も志願するとは、誤算でしたね)
 思いながら、視線を逸らす。庇わない、と言う約束は今度はしなかった。今回の任務で待ち受ける危険は、以前の作戦とは違うと感じていたから。

「ハンドサインは決めておきたいですな。声を出せない状況もありましょうから」
 徹二が言う。それ以外にも、現地に向かう前に詰める事が出来そうな内容はいくつか検討されていた。
「相手をひきつける物があればいいんだけど。‥‥閃光手榴弾のように、時間差で爆発する物があればね」
「さっき、美沙に頼んではみたが?」
 考えこんだ真彼に、武流が言う。以前の任務で、対カッシングの戦いにおいて美沙が裁量できると真彼達に返答していた装備の1つだ。約に違わず、彼女はどこからかそれを調達してきていた。
「能力者用の装備は、普通は手元に無いのだがな。今回は特別、だ」
 折り畳み式のゴムボートは複数。しかし、防水カメラは1台だけしか手に入らなかったらしい。
「十分ですよ」
 真彼がそう言って会釈する。
「不足の情報は、現地で埋める事もできるからね。その記録用の物が欲しい」
 UNKNOWNは現地の白地図を美沙に要求していた。書き込めるように少し大きめで、大雑把なものだ。
「それと、現在までに遭遇した敵や罠、それに監視の状況などを可能な限り洗い出しておこうか」
 続けて、そう彼は提案していたが、グラナダ以後も彼を追っていた者が手に入れた情報は実に多かった。どれが有用か、あるいは不要のものかを分類するには時間が少ない。報告書に記載されている内容の確認が各自で出来ただけでも、良しとせねばならないだろう。

●深い森の中を
 森林の入り口付近は、以前と変化が無かった。それが変わったのは、木の間から古城が遠望できる辺りに近づいてからの事だ。自然な動物達が姿を消し、自然ならざる物が跳梁跋扈する気配が表に出ている。それは、一ヶ月ほど前に乗り込んだ者たちからしても感じずにいられない変化だった。
「‥‥また、いましたか」
 リニクの肌に密着したギリースーツは、木々に溶け込むような緑色だ。仲間に先立って偵察を行なっているUNKNOWNと彼女は、覚醒を途切れさせる事無く動いている。2人は既に4頭のキメラを見つけ、単独行であるのを確認していた。後続の一千風、徹二らと連携し、これまでの所、その全てを反撃を受ける事無く速やかに始末している。そして、キメラがうろつく周囲を注意して探せば、以前にグラナダで見かけた仕掛けが見つかった。岩に偽装された警報装置だ。
「使いこなせない知識や経験に、意味はありません」
 言いながら、真彼が警報装置を丁寧に殺していく。以前に仕込まれていたような爆発するタイプもあったが、それ以上の改良は行なわれていないようだった。カッシングをヨリシロとしたバグアはまさに、その知識と過去の経験を使いこなしていない状態なのだろう。
「しっかし、移動の跡を消すのはグラナダよりも面倒ですな」
 植生が豊富とはいえなかったグラナダの山脈と違い、ここは森林地帯だ。踏み荒らした跡は簡単には消えない。とはいえ、それは敵も同様だ。UNKNOWNはそういった痕跡に留意して、キメラの比較的通らぬルートを辿る事に貢献していた。
「こっちは目立たぬように、始末しておくのですよ」
 キメラの死骸は美海が穴を掘り、埋めていく。初見の敵であれば簡単に分析を試みようと思っていた美海だが、最初の一匹を見た時点で、彼女にはその狼型キメラが古馴染みの同系だとわかった。
「手早く移動しないとまずい。自分も手を‥‥」
 てきぱきと動く美海の様子には、かつてグラナダ偵察任務の山脈踏破で徹二が手を貸さねばならなかった新米の面影は無い。グラナダに初めて行った時から一年半。経験は彼女に強さと自信を与えている。
「そちらは任せます。何かあったら呼んで下さい」
 徹二はそう言って手間の掛かる隠蔽作業に戻った。脱出に使う可能性も考慮して、少年は自分達の移動の跡を消すだけではなく、そのルートを記録しなおしていく。退路を選ぶ際の参考になるように。
「急ぐ場合はこっち、ですな。樹木キメラは撤退ルートからは外したい所でありますし」
「樹木キメラ、でありますか」
 徹二の声に、美海が考え込んだ。道中で幾つかは発見したのだが、パッと見てわかるような物ではない。侵入者の排除の為に動く様子は無いが、その機能が無いのか、指示が出ていない為かは判別しにくい状況だった。
「樹木キメラ、ですか。樹を隠すには森の中‥‥。何か、隠してはいませんか?」
 真彼が首を傾げる。その会話を聞いていた一千風が、一気に書き込みの増えた地図の上を指差した。
「‥‥ここと、ここと、‥‥ここ。手を加えられた部分に、法則性はないかしら」
 村落への道を隠すが如く配置された樹木キメラがあったと、以前に報告が上がっていた。とすれば、それ以外の配置にも何か目的があると考えるのが妥当だろう。
「ここと、こちらもそうでしたね」
「こちらの樹も、だな」
 リニクと武流、UNKNOWNが、自分の気付いたキメラの配置を告げていく。それらはやはり、概ね直線状に配されているように見えた。リニクが思い至る事があったように、手を打つ。
「‥‥そういえば。運んだ跡が森のどこにもありませんでしたよ」
「ふむ。気になりますね」
 運び込まれたと言う大量の物資。幾ら内通者がいたにしても、空路で運んだとは思いにくいと真彼が言う。しかし、森の中を陸路で輸送したならば、必ず痕跡が残りそうなものだ。‥‥普通ならば。
「この辺りは、全部キメラ樹のようでありますね。随分幅が広いのであります」
 近くの数本の樹木に赤いフィールドを確認し、美海がそう言う。調べてみれば、大型車両が通ってもお釣りが来るほどの幅に渡って、キメラの森と化しているようだ。
「‥‥手を加えられた部分、何か直線のようにも見えますね」
 地図の上、発見された樹木キメラの点を一千風の指がなぞる。繋いだ線は、目指す古城に程近い沼へ伸びていた。
「‥‥目的地はここ、でしょうか。そのカメラが役に立ちそうですね」
 真彼の言葉に武流が頷く。

●足元には深き泥濘
 そこは、沼というよりは池か、あるいは湖と言う方が相応しそうな場所だった。渡らなければ古城へ行けないかと覚悟していた傭兵達が、ホッと息を吐く。ぐるりと迂回すれば、地面伝いに山麓へたどり着ける様子だった。
「水の中に、何か、いるようですね」
 一瞥して、リニクが言う。上澄みの部分は意外と透明度が高いが、それでも底は見通せず。その上澄みの部分には、生態系からしてありえないサイズの何かが遊弋していた。
「どれ‥‥」
 武流が木の枝を投げると、水飛沫が上がる。スーッと寄って来た数は3頭だった。
「ま、仕方がありませんな。手っ取り早く片付けましょう」
「‥‥だな」
 徹二と武流、一千風と美海が水際へ。残りの面々は、射撃武器を構える。
「物音には、気をつけないとね」
 UNKNOWNがサプレッサーつきのスコーピオンを向けながら、言った。今回の潜入任務で、奇襲ではない正面からの戦いはこれが初めてだ。地の利を活かした敵はヒットアンドアウェイで水底へ潜り、傭兵達の『手数』と言うアドバンテージを減じる動きをとっていた。速戦を旨とする傭兵達にとっては、嫌な展開だ。結果として、彼らは気配を察した狼キメラ数体とも戦う羽目になったが、その全てを2分以内に沈黙させた。その代償は、少なくは無い。
「‥‥感づかれた様子は、無いですか」
 手当ての合間に、遠くの枝に止まった大鴉キメラを見て真彼は呟いた。ここに来るまでの間も幾度か見かけた姿だが、監視されていると言う気配は無い。やはり、今のカッシングはあのキメラを使っていないのだろう。あるいは、使い方を引き出せていないのか。
「ここには余り長く居たくないわ」
 一千風が周囲を見渡しつつ、言う。覚醒で高揚した気分でも気がめいる場所だが、無論理由はそれだけではなかった。今のように地の利が敵にあり、脚でかき回すには足場も良くは無い。グラップラーにとっては嫌な戦場だ。岸の辺りを見て回っていた美海が、重いものを引きずったような跡が残っている事を確認した。恐らく、物資はここから運び込まれたのだろう。沼の奥底に、それを受け取る設備か装置のようなものがあると、予想も出来た。
「確認は、できればしてみたいな‥‥」
 武流がゴムボートで少し湖面に出て、カメラを水中へ落とす。キメラがまだいればロープを噛み切られたかもしれないが、幸いにも近くにいたキメラはさっきの3頭で全てのようだ。
「‥‥深いな。まだ底に当たらん」
 UNKNOWNから借りた特製の釣り糸の長さにはまだ余裕があるのだが、そこで武流は躊躇った。
「使うかね?」
 黒衣の男が差し出した煙草は、僅かな時間酸素ボンベ代わりに使える代物らしい。が、そもそもこの深さでは光も届かぬはずだ。引き上げてみても、やはり暗がりしか映っていなかった。
「何も見えないのでは、な」
 残念そうに、首を振る武流。それに、そろそろ空撮班がやってくる筈の時間だ。それまでに、城を視認できる位置へ近づいておくのが彼らの役目だった。

●その山に古城在りて
 緑のギリースーツから迷彩服へ着替えたリニクと、どこであっても黒に身を包んだUNKNOWNが山裾を行く。彼らが確認したルートを、残る面々が。交代の無い斥候任務は、2人にかなりの負担をかけていた。遮るものとて無い場所ゆえに、キメラに見つかって足止めされる事も、森の中よりも増えている。そうして、城を目指すうちに、一同は微かな違和感を感じ始めていた。
「防御設備が、無いようだが‥‥」
「偽装にしては、念が入ってますな」
 慎重に周囲を見ていたUNKNOWNの呟きへ、徹二が同意する。グラナダ要塞の施設群の偽装は、ミサイルサイロにせよハッチにせよ、こうして近くによれば見破れぬ物ではなかった。要塞を攻めるKVなどから容易に特定されぬ為のカモフラージュだったのだろう。しかし、今回は古城を仰ぎ見る距離までよってもなお、開口部や対空設備の1つも見つかっていない。本当にただの、古びた城のようだった。
「まさか吸血鬼の城ってことはないでしょうけど」
 一千風が首を傾げる。調査する仲間のガードに回っていた彼女の五感にも、敵の気配すら感じられない。そう、城に近接した今、キメラの姿はばたりと途絶えていた。
「‥‥別の目で分析すれば、何かが見つかるやも知れないが、ね」
 城の周囲を、UNKNOWNは動画で慎重に撮影している。
「ヤレヤレ‥‥あと一歩がとてつもなく遠いものだ」
 武流が苦笑する。この場にグラナダ以上の脅威が眠っているのは確実で、しかも今はその尻尾しか見えない状況だ。
「ここまでくると、あの時と同じようにやらないと、たどり着けないんじゃないか?」
「グラナダをまた再現させるわけにはいかないわね」
 武流の言葉に、一千風が首を振る。あの老人の居場所は、本当に遠い。
「少し、近くで見てきましょうか?」
 意見を伺うように、リニクがそう口にする。確かに、今回の面々では彼女が最も隠密行動に備えていた。危険を感じたらすぐに引き返すように、と言われて少女は頷く。UNKNOWNが影のようにその後を追った。空撮班の飛来予定時刻まで、あと少し。

●空を飛ぶ者達
 カッシングの要塞へ向かうKVは、その手前で大きく進路を分けている。南東よりアプローチして北西へ抜けるA班と、逆に南西から北東を目指すB班に、だ。
「鬼が出るか蛇が出るか‥‥。ラインホールド級の主砲でドーン! だけは簡便してほしいですね」
 A班。軽口を叩くレールズだが、自身の緊張はほぐれるどころかいや増していた。隣を飛ぶホアキンの雷電。その後ろに、恋人のリン機がいる。
(――グラナダで掴み損ねたカッシングの尻尾‥‥今度こそ、掴まえることができるかしら)
 口には出さず、彼女はあの老人の顔を思い浮かべていた。随分長い付き合いになる、敵。
「‥‥そろそろか。まだ通信妨害はされていないようだが‥‥」
 ホアキンが言うように、古城のある山脈はあと少しだ。そして、敵の動きはいまだに読めない。互いに周囲を確認するように示し合わせてはいたが、タイミングと方角が判っていたとしても、奇襲を完全に防ぐ事がどれだけ困難かを、傭兵達は知っている。
「ファームライドはいないと思うが‥‥、光学迷彩を使う敵は、いないとは限らない」
 B班では、レティがそう呟いていた。だが、予断の危険をも知る彼女は、不用意な憶測を元に動くのは避けようと思う。奇襲を受けた時の持久性能からいえば、僚機の陽子の方が上だ。しかし、撮影用のカメラを積んだ陽子の『夜叉姫』の生還は、自身よりも優先されるとレティは思っている。あるいは、もう仲間を先に送るのは嫌だと、思ったのかもしれない。
「絵に描いたような好天ですね。‥‥吉兆であれば良いのですが」
 ふっと、陽子がそう口にした。

「一体、何が出るでしょうか? ‥‥ぁ」
 漏れかけた声を、リニクは抑える。開きっぱなしの城門から見える中庭が、ギギギ、と軋むような機械音を立てて割れるのが見えた。
「何かが出てくるようだな」
 目ではなく巻き上がる空気の動きが、UNKNOWNにそう告げていた。確かにその開口部を『何か』が出て行くのを感じつつ、リニクは瞬きする。一瞬、黒い影が蜃気楼のように見えた気がした。
「ステアー?」
 飛び立つ気配を追って、青空を見上げる。蒼穹に小さく浮かぶ仲間達のKVへ、この脅威を知らせる術を少女はもっていなかった。僅かに考えてから、開口部へと近寄る。そこは、ちょうど戦闘機1機が収まる程度の小さな格納区画のようだった。
「鬼のいぬ間に‥‥とはいかないか」
 カメラを手にもう少し前に出ようとして、UNKNOWNは踏み止まる。人型の異形が数体、格納庫の中を動き回っているのが見えた。

●襲い来る昏い影
『射手座は、戦士としての力を欲したようだが、私は違う。ゾディアックカスタム、その名の通り実に馴染むじゃあないか。ククク‥‥』
 漆黒の機内で老人が笑う。ゾディアックの中の幾人かに回されたステアーは、その名の通りに個人のカスタム機だった。カッシングの機体は、戦闘力こそ従来のステアーと大差が無いが、光学迷彩と徹底した静粛性を付加されている。
『どれどれ‥‥』
 一瞬で遥か高みへと上昇したステアーは何も知らぬ偵察隊を眼下に納め、‥‥強烈な電子妨害を開始した。

 山脈を眼下に、友軍と交差する直前。通信が途絶えた。KVの操作にまで影響がでるほどの、ジャミングの嵐の中を鳥達は飛ぶ。
「‥‥っ! 上だ!」
 直前の陽子の言葉に、頭上を仰ぎ見たレティは真っ先にそれに気付いた。光を背に、チラッと映った影。あるいは、視覚ではなく経験がアラートを鳴らしたのやも知れない。しかし、その事を僚機に知らせる術が無い。ファームライドと違って、ロックオンアラートはならなかった。
『さぁ、刈り取らせてもらおうか。死神が押し通るよ‥‥。クックックック』

 そして、直上から赤い火線が降り注ぐ。一本づつが、HWの主砲を凌駕するようなプロトン砲の雨だ。この攻撃を、傭兵達は知っている。
「‥‥ステアー!?」
 その名を口にした時には、リン機の片肺は炎を上げていた。更に間断なく次弾が来る。衝撃に備えて身を硬くした彼女の上に、さっと影が差した。
「レールズ君!」
 白い十翼が、敵弾を受けるのが見えた。
「リンさん、今のうちに早く! ‥‥電子戦機でしょ? なんとしても帰還してください!」
 叫んで、レールズは機体を起こす。見えぬ敵へと多弾頭ミサイルを発射した。当たるのを期待したわけではない。敵の所在に当たりをつけるのと、牽制が目的だ。
「プレゼントだ! 全部持っ‥‥くっ!」
 一射、もう一度トリガーを引こうとした瞬間、後部をプロトン砲が貫通する。
「‥‥読めていても、これでは‥‥」
 一瞬速く行動を起こしたレティ機は、コンテナ1つを空にしたところで降り注ぐ真紅に打ち据えられた。
「対抗できているの‥‥? これでも」
 為す術もなく墜ちる友軍を見ながら、リンはアンチジャミング装置のボタンを幾度も押す。イビルアイズの邪眼は確かに敵を睨んでいた。だが、それをものともせずに、見えざる敵は一方的に猛威を振るう。
「逃げなさい!! アレが居ると判っただけで情報としては十分です!!」
 叫んだ陽子は、逃走の方角を咄嗟に決断していた。照明弾をあげ、自他合わせたミサイルの雨の中を敵へ突っ込む。砲撃の源のいる位置を突破してしまえば、追撃は防げるはずだ。

 ――それは、慣性制御を有さない敵が相手ならば、正しかった。あるいは、地に足をつけた戦場ならば。赤い炎は一瞬の遅滞も無く自機を追随し、刻んでいく。ミサイルの爆発の中、この破壊をもたらした敵の影が一瞬、見えた。刺す様な強さでその黒を睨んだ瞬間、『夜叉姫』の堅牢な機体が遂に限界を迎える。
「今はここから去りましょう。けれど‥‥必ず戻ります」
 真紅の夜叉が頭を垂れ、地上を目指して墜ちる。しかし、操り手の少女はあくまでも昂然と天を睨んでいた。
「人類の未来を、貴方達の好きになどさせません」
 彼女の視界の中、レールズにカバーされて一瞬を長らえたリンのイビルアイズが、煙幕を投射した直後に推力を失うのが見える。

●そして、最後の希望
「まだ‥‥飛べるか。ならば」
 一瞬。ほんの10秒足らずで、仲間は空から消えた。だが、ホアキンの雷電は傷つきながらもまだ、その力を失っては居ない。
「‥‥煙幕。使わせてもらおう‥‥ッ」
 斜めに墜ち行く仲間へ視線を向けてから、彼はグリップを握る手に力を込めた。ブースト、作動。乗り手の指示に従い、エンジンが出力限界ギリギリの高みを目指して打ち震える。KVの戦闘機動は、直線に見えてそうではない。敵の攻撃を予測し、上下左右へ常に機体を振りながらの殺人的なマニューバは、能力者でなくば耐え切れない動きだった。彼の機体の速度は、通常の雷電の3倍を超えて更に速く、迅く。
『何だと』
 カッシングが驚愕する。ホアキンが落ちていなかった事に、ではない。瀕死のその機体が、僅かに目を放した隙に猛烈な加速を見せていたのだ。ステアーの巡航形態の最高速度はマッハ7。前方に回り込む事は十分に可能だ。しかし。
『‥‥この機体以上の戦闘速度を出すとは。あなどれぬな、人類め』
 このまま追いかけたならば、追いつくことは難しいと老人は見て取った。少なくとも、その追跡行の間に古城の上空をがら空きにする事になる。それは、出来ない相談だった。いや、出来なくは無い。上から目視を許したあの機体を逃がせば、結果は同じなのだ。しかし、その一瞬の逡巡が、老人に好機を逸しさせていた。
『フン。このZCでもう暫くは誤魔化せると思ったのだが‥‥』
 飛び去る荒鷲を忌々しげに目で追い、老人は呟く。UNKNOWNとリニクの目には気付かず、老人の機体は再び中庭へと降り立った。迷彩を解いた黒い機体が、窪みへとゆっくり入っていく。その機体が停止する前に、カッシングはコクピットから飛び降り、周囲の異形へと声をかける。
「止むを得ん。ギガワームユニットの起動を急げ。少し早いが‥‥」
 途中で格納庫が閉じ、声は途切れた。
「‥‥ギガワーム。地下でしょうか?」
「その詮索は、次に回した方がいい。この辺りが潮時だな」
 UNKNOWNの言葉は、帰路の困難さを含んでの物だ。森に落ちた友軍機は、いやおうなしに敵の警戒レベルを上げているだろう。駆け下りる2人の背後で、古城は何事もなかったかのようにただ、聳えていた。
「ここまで、ですな。合流地点の村へは、ここからだと‥‥」
 言いながらも、徹二は頭の中の地図を検索していた。

 撃墜される事も覚悟し、彼らは空に挑んでいた。ならばこそ、仲間の信頼に応えねばならない。
「全方位のキメラが墜落地点に反応するでしょう。時間との勝負です」
 リニクとUNKNOWNの帰着を待つ事無く、真彼と美海、一千風は山を降りていた。グラナダのキメラは、爆発に反応していた事を彼らは記憶している。常人を超える速度で、隠密性よりも速度を重視して走る彼らのルートは、徹二が記録していた物だ。
「これに引き付けられてくれればいいのですが、ね」
 閃光弾のピンを引き抜き、投げ捨てる。爆発する頃には、随分離れている筈だ。森の中がざわつくのを肌で感じながら、3人は森の奥を目指す。
「‥‥無線、使えるようになったかな」
 繰り返し呼びかけていたレールズが、不意にクリアになった通信機にもう一度声を掛ける。聞いている相手がいたかどうかは、判らないが。遠くで爆発が聞こえた。意を決して、彼は呼び笛を吹く。戦友たちを信じて。

●UPCカルパチア山脈要塞攻撃部隊、作戦司令部
 全面攻勢に出るべく出撃準備を完了していたドイツのUPC欧州軍司令部では、彼らが持ち帰った情報を元に分析が続けられていた。
「つまり、敵の本命はグラナダのような地下要塞ではない、と?」
「少なくとも、地表には何も確認されていません」
 陸上班からの報告を読みながら、士官が言う。ホアキンの撮影した画像では、古城のある中腹よりも上に、丁度古城の後ろを円状に囲むような何かがあった。情報部はこれを、巨大なサイロだと判断している。しかし、ミサイル発射用のものではない。
「とりあえず、攻撃部隊は展開を中止しろ。‥‥不用意に動くわけには、いかん」
 将軍が呟くのを待っていたかのように、続報が入った。サイロが一斉に起爆し、崩れた山塊から巨大な構造物が飛び立ったというものだ。その知らせと共に送られてきた映像を目の当たりにして、彼らは絶句する。
「城が‥‥、飛ぶのか」
 ギガワームを下部に配置し、その上には岩塊がそのまま鎮座していた。カッシングの居城が、まるでフィギュアヘッドのように岩山の端にそびえている。それは土くれを零しながら、轟然と飛んでいた。