タイトル:【Gr】天秤座の男マスター:紀藤トキ

シナリオ形態: シリーズ
難易度: 普通
参加人数: 10 人
サポート人数: 2 人
リプレイ完成日時:
2008/12/08 22:58

●オープニング本文


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 グラナダ要塞、深部。地下とは思えぬ調度の部屋の中で、老人は唇を曲げていた。人類側の動きは概ね彼の予測を超えるものではない。しかし、その速さと勢いが彼の想像よりも上だったのだ。戦況はいまだ定かならぬも芳しくなく、予想外の攻撃も受けている。
「押しつぶせるかとも思ったが。やれやれ、ラストホープ、か。困ったものだよ」
 首を振りながらも、老人の口調だけはまだ楽しげだった。ある意味では、彼はこの状況を誰よりも楽しんでいるのかもしれない。彼の小さな頭脳から出た企みが、数万、いやそれ以上の人間の注目を浴びている状況で、感じる興奮。それは、枯れきったはずの老人の胸中にも、何かが残っていた証かもしれない。
「‥‥それでは、私たちはこれにて失礼いたします」
 主の感興を削がぬような小声。楚々たる仕草で腰をかがめ、メイドたちは部屋から出て行く。腹の底に響くような爆発音がどこか遠くで響いた。爆撃か、あるいはそれ以外による物だろうか。戦いは密やかに、老人の間近に、‥‥あるいは足元に迫っていた。

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「死なせるには惜しいくらいに、面白い爺さんだ」
 飄々とした金髪の青年が、影の中でそうつぶやき、手にしたトランプから一枚を抜く。表を向けたのは、スペードのクイーン。キングには及ばぬそのカードが、あの老人を示すようだった。

●参加者一覧

稲葉 徹二(ga0163
17歳・♂・FT
柚井 ソラ(ga0187
18歳・♂・JG
須佐 武流(ga1461
20歳・♂・PN
篠原 悠(ga1826
20歳・♀・EP
国谷 真彼(ga2331
34歳・♂・ST
ホアキン・デ・ラ・ロサ(ga2416
20歳・♂・FT
OZ(ga4015
28歳・♂・JG
レールズ(ga5293
22歳・♂・AA
リュス・リクス・リニク(ga6209
14歳・♀・SN
レティ・クリムゾン(ga8679
21歳・♀・GD

●リプレイ本文

●不意の出会い
「もう大丈夫であります。自分について来てください」
 要塞に取り残された作業員がいるとの話を聞いて、稲葉 徹二(ga0163)は内部へ向かっていた。
「まだできる事があって良かった。これ以上、誰も死なせたくないからね」
 撃墜された自機から離脱した国谷 真彼(ga2331)も、徹二を手伝っている。怪我人の救助にサイエンティストの力は大きいが、真彼自身も墜落時に重傷を負っていた。それでも動き続けようとする青年を心配げに一瞥してから、柚井 ソラ(ga0187)が先へ立つ。あと少しで、味方が確保している通路へ合流できるはずだ。

 ――それはお互いにとって不幸な偶然だった。

「ふむ、この通路まで君達の手に落ちているとは」
 通路の交点で、出会い頭の遭遇。確率的にはいかほどのものか、と老人は苦笑した。
「‥‥あんたは!」
 我に返ったソラはさっと弓を向ける。人間へ武器を向ける事への忌避と、目の前の敵への感情が一瞬、少年の中でせめぎあった。が、ソラの肩を徹二が抑える。
「来た本来の目的を忘れる訳にはいきません。‥‥俺たちだけじゃねェんだ」
 彼らの後ろには、不安げに身を寄せる一般人がいた。逡巡しつつもまだ弓を下ろせないソラ。目の前の男へ感じる怒りとやるせなさは、それほどに大きい。
「で、通して頂けるのかな? それとも、押し通るべきかね。私も忙しいのでね」
 長身の老人が、手を広げようとする。息を呑んだソラと、舌打ちした徹二。抑えた悲鳴を上げた人々を庇うように、青年が一歩前へ出た。
「バグアに組するものは、何であっても許さない」
 感情の読めない視線を老人へ向けながら、真彼は言う。言葉とは裏腹に、その手に武器は無い。
「ですが、今の目的は彼らを無事に届けることだ。僕もただ、まっすぐに目的を果たすだけです」
 ここを通れ、というように右手を伸ばす青年の、意外と広い背中しかソラには見えない。敵が、鼻を鳴らすのが聞こえた。その距離はとても近い。ひょっとしたら、ほんの一瞬で無手の真彼を討てるほどに。ふと気づくと、ソラの手は腕輪へと伸びていた。
「取り敢えず礼は言っておきますよ。‥‥短気起こさねェでいてくれてありがとうございました。お陰でかなり助けられる」
 徹二の声は、落ち着いている。あるいは、怒りをソラが示したがゆえに、自身は落ち着こうと思ったのかもしれない。
「気にする事は無い。これでUPCに対する君たちの立場も多少は良くなるだろう? 君達しか、成し得なかった事があると知れればね」
 笑みを含んだ声は、温和な老紳士のようだった。内容を考えなければ。
「‥‥なんで?」
 ソラの言葉は、いくつもの思いを乗せて。
「‥‥なんで、あんたは沢山の人を苦しめて平気でいられるの?」
 なぜ、多くの人を悲しませるのか。なぜ、自分の大切な人達に悲しい顔をさせるのか。
「人間だから、だろうね」
 回答は、敵ではなく目の前の背中から。真彼は老人へ共感できずとも理解は出来た。人を悲しませてでも貫きたい想いを、彼もまた抱えているから。不愉快な老人の含み笑いが耳を撫でる。
「実際の所、アンタはエルリッヒの事をどう思ってたんです?」
 その背へ、徹二が年の離れた友人が知りたがるであろう質問を投げた。老人は足を止めずに静かに言葉を残す。
「有意な道具であり、そして治療不可能であった患者、‥‥といった所かな」
 その背は、もう随分と遠い。
「‥‥返答、感謝しますよ」
 その言葉は届いただろうか。さっと振り向いた徹二の顔は、一般人たちに不安を与えぬよう、自信に満ちた笑顔だった。
「さ、行きましょう。あと少しで外に出る」

●遭遇、そして擦れ違う意志
 そして、数刻後。グラナダ要塞は、最期を迎えようとしていた。自らの手で要塞に止めを刺した老人は、最深部を駆ける。異様な速度で走るその歩みが、止まった。
「何者かな?」
 格納庫か工場にでもなる予定だったのだろう。高い天井と広い面積のその場所で、ホアキン・デ・ラ・ロサ(ga2416)が立っていた。その足下には彼を阻んでいた少女が半ば機械の屍を晒している。
「‥‥クリス・カッシングか」
「左様」
 青年に向かい、老人は短く応えた。ホアキンはゆっくりした動作で胸元に手を入れる。取り出したのは、カッシングの演説の入ったCDだ。
「直筆サインを頂きたい」
 マジックとCDを床に置き、数歩下がる。
「‥‥全く、面白いものだ。何を言われるかと思えば」
 それでも、老人は肩をすくめてCDへ手を伸ばした。
「無学な傭兵にひとつ、ご教授願いたい。バグアの技術で、遺伝子による不老不死は実現できたのかな?」
「バグアの技術では可能であろうよ。だが、我らの理解が及ばぬ方法では、実現したとしても無意味だ。私にとっては、ね」
 そこに、レールズ(ga5293)の声が響く。
「動くな! ‥‥ゾディアック!?」
 同行していたリンを庇うように立ち位置をずらし、睨むレールズ。3人の能力者を前にしても、老人は余裕の様子だった。さらさら、と手を動かしてから老人はCDを投げる。Cが2つ。書き手を示すかのような癖のある筆跡だ。
「『流される民衆よりも、意思を示す者を尊敬する』‥‥ラウルから聞いた。この演説も、能力者として興味深かった」
「確かに、あなたの演説、俺は賛同する所もあります」
 彼らの言葉に、カッシングは鼻を鳴らす。
「‥‥興味深い? 賛同するだと? 正気かね」
 実は昼寝の為に利用していたホアキンは、それは口にせず。レールズは語気を強めた。
「ですが何故、そんなにも素晴しいバグアは己の進歩のために愚かで後進的な人類が必要なんだ?」
「自分達を愚かで後進的と、君は思っているのかね?」
 私はそうは思わない、と老人は言う。
「あなたはただ世界を驚かせたかった。そうではないんですか?」
「驚きは目覚めに繋がる。そう、私は耳目を引きたかったのだよ。君達のね」
 カッシングはあっさりとそう認めた。認めながら、左手を一振りする。冷たい輝きをもった長い爪が伸びた。
「さて、どうやら雑談は早めに切上げたほうがよさそうだ。お互いね」
 足元から、重い響きが伝わる。要塞の断末魔の間隔は、徐々に短くなっていた。

「まだ聞きたい事がある。勝手に切上げないで欲しいな、天秤座。いや、Chris Cushing」
 横手から、レティ・クリムゾン(ga8679)の声が響く。彼女に続いて、篠原 悠(ga1826)が姿を現した。
「最初はどんな面白い爺さんかと思ってたんやけどね。ただの小物でがっかりやで」
 怒りを抑えた口調で吐き捨てる悠。
「ククク、これは手厳しい」
 返答と同時に、老人は床を蹴っていた。迎え撃つホアキンの剣閃が一瞬早く衝撃波を放つが、牽制も無く正面からの一撃は、相手の残像を捉えたに過ぎない。
「私は非効率的なことが嫌いでね。君達の相手をしながらでも会話に支障は無い」
 5人の、それも手練の能力者を前にそう嘯く老人。
「エルリッヒは人間性を取り戻したらしいが、お前はどうなのだ。答えろ!」
 銃弾と共に送られたレティの言葉には、短針銃のくぐもった発射音が応えた。
「ふむ。もしもそうならば取り戻したのではなく、手に入れたのであろうな」
 興味深い、と囁いたカッシングへと悠が矢継ぎ早に言葉を投げる。
「ストレートに聞いてみるね。あんたより強いのは誰?」
「君は強さに重きを置いているのかね?」
 会話の合間に、レティのカバーに入る悠。
「あんたが一番ってのは無しやで? 面白すぎる」
「私よりも戦いを得手とする者は大勢おるよ。我らが司令やスコルピオなど、ね」
 レティとの連携は老人に弾かれた。床を勢い良く蹴った老人の前へ、ホアキンが回り込む。
「君達は肉体的に以前と比べ物にならぬほど強くなった。それで、君の望みは適ったかね? 心と魂が要求する物は、得られたかね」
 力で得られる物など、大した価値は無い、と老人は笑った。笑いながらホアキンの剣を爪で捌き、レールズの狙撃をも老人は飛び退って避ける。
「この戦い、まだ勝てるとお前は思っているのか」
「さて。ここまで諸君が回りこんでいたとなれば、厳しいやも知れぬな」
 肩口を押えながら問うレティへ、他人事のように答えるカッシング。今の短い斬り合いでは、老人に手傷は無い。だが、前に進むこともまた適わなかった。強引に突破を図れるほど目の前の能力者達は甘くは無い。
「君達を甘く見た報いと言う事ならば、ここで果てるのも仕方があるまい。相応の支払いは頂くつもりだがね」
 あくまでも楽しげに言う老人の声に、若い男の声が被った。
「‥‥それじゃあ、俺がつまらん」
 かつん、と床にカードが刺さる。軌跡をたどって目を向ければ、そこには危険な笑みを浮かべた金髪の優男がいた。
「ジャック・レイモンド‥‥。今頃出てくるのか。出番を選びすぎではないかね」
「お手上げになるまで、手は貸さない主義でね。さ、とっとと逃げるんだな、御老人」
 むっとした老人へと肩を竦めてから、ジャックは背の刀を鞘ごと手にする。
「‥‥礼は言わんぞ、ジャック・レイモンド」
 舌打ちを残して、カッシングは身を翻した。 
「待て! ‥‥これだけは答えてほしい」
 老人の背に、レールズの声が届く。
「この戦争はバグア全員が望んでいるのか? あの赤い星に居るバグアは皆真実を知っているのか?」
 去りかけた老人は怪訝そうな目を青年に向けた。
「‥‥バグアにも平和主義者の裏切り者がいるんじゃないのか?」
 静かに付け足した言葉に、2人分の笑い声が返る。
「平和主義とは‥‥、面白い事を言う」
「さすがは最後の希望、ということかね」
 嘲る様な口調にも、レールズは激することはなかった。
「お茶を濁すって事は知らないか、図星って事だと思って良いのだろうか?」
 その言葉にもはや返答はなく。
「じーさん。あんた、西陣織、似合ってへんよ。ちょっと考えた方が良いと思う」
「ぬっ?」
 辛辣な批評と共に射込まれた銃弾は、翻った黒い外套に弾かれた。ジャックにはカッシングを何が何でも守ろうと言う意思は無いようだ。
「その程度は自分で処理しろ、爺さん」
 鞘に収めたままの刀を中段に構え、青年は片手で手招きをして見せる。
「それじゃ、少しばかり俺と遊んでもらおうか?」

●逃走する老人と3人の客人
「‥‥やれやれ、千客万来か」
 カッシングが、うんざりしたように呟いた。前方の角からリュス・リクス・リニク(ga6209)の小さな姿が現れる。作戦決行中に携えていた弓は背に、覚醒すらしていない姿で。
「‥‥お願い。リニクが、探してる‥‥奴。何処に‥‥いるか、教えて」
「ふむ?」
 老人が意外そうな声を上げた。怪訝そうな視線に澄んだ瞳が向く。
「‥‥リニクは、その為に‥‥会いに、来た‥‥」
「その答えは先に返したのではなかったかな? すぐ近くにいる、とね。そう、あの時も、今も。実に近くにだ」
 少女を嬲る様に言葉を弄ぶカッシング。
「そして、君が覚悟を決めさえすれば、会えるさ。いつでもね」
 通り過ぎざまに、そう言葉を残していく。老人は、悩める少女へ直截な答えを与えるつもりが無いようだった。それがカッシングと言う男の業なのだろう。
「楽しい‥‥? クリス・カッシング」
 少女を守るように同行していたフォビアが問うた。如何にも、と返した老人の笑みは心底からの物に見える。去り行く背を見ながら、少女は老人が否定の余地もない程に『人間』であると感じていた。


「演説何言ってっか全然解んねーんだけど、一個だけ解った事があんだよ」
 老人の頭上、桁だけの骨組みの上からOZ(ga4015)の声が不意に降る。傭兵でいればバグアと、そしてバグアにつく事を選べば能力者と殺しあえる、と。青年は口を半月の形にゆがめた。
「俺に能力者と殺り合える機会をくれんなら手伝ってやってもいいぜ」
 囁き声に返答は無く、鉄骨を渡りながら、OZは老人を追う。
「過去の報告書をざらっと読んだが、熱線視力とかゆー奴、ありゃ傑作だ」
 面白かった、と言う青年の声に、カッシングは初めて行き足を止めた。
「あの少女には確かに実験的な治療を施したがね」
「‥‥あれ。何か怒ってる? ちょ、マジ怖えんですけど」
 ニヤニヤ笑いを浮かべたOZの足場に、目に見えぬほど細い短針が突き刺さった。崩れる鉄骨から離れるOZ。音も立てずに銀光が青年の後を慕う。が、すぐに射線の通らぬ死角へとOZは姿を隠した。
「なあ、生き延びたら今度は俺を使えよ。あんたにとって能力者に大好きな実験が出来るってよ、間違いなくオイシイ話だろ?」
 距離と障害を盾に攻撃を回避したのか、あるいは交渉の為に痛みを声に出さずにいるのか。黒い眼は静かに眼下の老人を見下ろしている。
「気が向いたら連絡してくれ、へへへ」
 舌打ちを残して踵を返した老人に、そんな笑い声が投げられた。


 脱出口まであと僅か、老人が大きく外套を翻す。投げつけられたのは、屋内型の小型キメラの残骸だった。
「久しぶりだな、クリス・カッシング‥‥」
 須佐 武流(ga1461)の仮面越しの視線には、純然たる殺気が込められている。
「お前のやってきたこと、今までだいぶ見させてもらってきた。そして、あの時見逃したことを後悔してるよ‥‥」
 夏の遭遇は、戦いにすらならずに終わった。あの時にあった手出しできぬ理由も、今は無い。そして彼自身も強さを重ねたはずだ。
「だから、今度は逃がさん‥‥。お前に確実に引導を渡してやる!」
 一気に、間合いを詰めての連撃。黄金のオーラが青年を包む。まずは牽制、そして繋げる。軸足を踏み込んだ武流に、老人が苦笑を浮かべるのが見えた。
「意気は買うが、ね。老人と甘く見たかな?」
 渾身の連撃は老人の外套の上を滑る。いなされた体勢を立て直すよりも、老人が逆に踏み込む方が早かった。
「クソッ!」
 カッシングが右手に携えた『何か』から危険な気配を感じた武流が、手にした刀を立てる。それが間に合わねば、きらめく短針が青年の喉を貫いていたやも知れない。辛うじて急所は庇ったものの、肩や頬を無数の針が貫いた。
「ふむ、中々いい思い切りだったよ。さっきの面々と一緒に掛かって来られたら、まずかったやもしれんが」
 相手を殺すつもりならば、たった1人では無謀にすぎる、と老人は笑う。それは、まるで及第点に満たなかった学生へと再提出を命じる師のような表情だった。
「‥‥ここまで追い詰めて、また‥‥!?」
 手の届く範囲から、去りゆく敵を追おうとするも、身体が自由にならない。麻痺毒か、あるいはそれ以外の何かだろうか。老人が消えた通路の先から、ややあって甲高いエンジン音が聞こえてきた。赤い機体のフォルムが脳裏に浮かぶ。人類科学とバグアの技術の粋を込められたあの機体は、ひとたび飛び立てばこの混戦下でも発見される事は無いだろう。
「チクショウ、また逃がすのか、俺は‥‥!?」
 武流の手が、力なく床を叩いた。