タイトル:【Gr】青き衣をまといてマスター:紀藤トキ

シナリオ形態: シリーズ
難易度: やや難
参加人数: 10 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2008/04/10 01:21

●オープニング本文


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「皆さんのお手元に、前回の偵察隊が持ち帰ってくれた写真が何枚か渡っていると思います」
 エレンの言葉に、能力者達は頷く。説明に入る前に配られた写真には、土木作業にいそしむワームと共に人型の何かが写っていた。おそらくは人間なのだろう。揃いの青い衣服を身につけた姿は何かの作業員のようにも見える。限度ギリギリまで拡大された数枚の写真には、小さな道具を持って何かを打ち付けたり、資材を運搬したりしている姿が写っていた。
「分析した結果、これは95%以上の確度で人間だと判断されました。ここで彼らが何をしているのかと言う事も推定されています」
 映像で見える限りでは、ワームの作業を補助しているように見える。その第一印象を裏付けるように、エレンは頷いた。
「おそらく、バグアの要塞建設を手伝っているのでしょう。ただ、何故なのかまでは写真では分かりません」
 バグア側への転向者が自らの意思で働いているのか、それとも、何らかの手段で脅迫され、無理やり働かされているのか。そもそも、彼らに自らの意思は残っているのか、など。映像で読み取れない事が多々ある。
「皆さんへの今回の依頼をお話します。現地へと向かい、この作業者達と接触して情報を得てきて欲しいのです」
 知るべき事は、最低限2つ。彼らがどういう立場であるのかと、何をしているのか、だ。そのための方法は能力者達に一任する、とエレンは言う。
「色々こちらでも事前想定はしたのですけど、不確定なことが多すぎるので役に立ちそうも無いんですよ」
 結局、能力者達の経験からくる予測と、臨機応変な判断力に委ねるのが最適だと言う結論に達したらしい。
「その代わりに、現地への到達に関しては前回よりもしっかりサポートさせてもらいます」
 今回の作戦地点は地中海沿岸に近い為、フランスの潜水艦に協力を要請しているという。海上からのルートはさほど警戒されておらず、前回より危険は少ないだろう、というのが作戦部の分析だ。上陸地点はアルメリアの西で、回収は18時間後。前回と違って起伏が少ないため、移動には6時間づつを見込んでいる。
「つまり、自由になるのは残りの6時間ほどです。ただ、アクシデントに備えて余裕は取った方が良いでしょうから‥‥」
 実際に調査につかえるのは最大で4時間ほどと見込んだほうがよい、とエレンは告げた。

「これが、前回能力者の皆さんが持ち帰ってくれた映像を分析した結果レポートです」
 そう言って、エレンが机の上に積み上げた書類の高さは15cmほどになる。その隣へと、よいしょ、などと掛け声つきで置いた箱は、写真などの一次資料が詰まっていた。
「全部読んでください、なんて事は言いませんよ。今回お願いする任務に関係のあるところだけ、抜粋して説明しますね」
 ほっと誰かが息をつく。エレンはいつものスペイン南部戦域地図を机上に広げた。
「バグアが要塞化を進めているのは、シェラ・ネバダの北側一帯のようです。開口部は大型機用滑走路の出口と思われるこの箇所が最大のようですね」
 それ以外にも、小型、中型のヘルメットワームの発着に使いそうな入り口や、KV1体がギリギリ通れるような小さな開口部は多数発見されている。有事には、後者を対空兵器が出入りするのではないかと分析されているようだ。それ以外にも、様々な設備が地下に構築されているのは間違いない。
「そして、作業にあたっているワームですが、全長は5mほどと小柄なようです。戦闘能力などは不明ですが、4脚2腕の形状的に見て、飛行能力は無いと思われます」
 色は黒主体で、中央は3節からなっている。ご丁寧に触覚っぽいものまである様子はまさにアリだ。溶接作業中っぽい一部の写真では、2本の前腕の先端からプラズマトーチのような輝きが出る様子が確認されている。武器として作られたものではないだろうが、生身の能力者にとっては深刻な脅威だ。これ1体につき作業員が2〜6人ほどついて1チームを編成しているらしい。
「戦闘用のワームは写真では見つかっていません。キメラの類も作業地点付近には近寄らないようですから‥‥」
 能力者達が敵に感づかれた場合の障害は、この作業用ワームが最大のものになるだろう。それに加えて、作業者自体が敵に回る可能性もありうるのだ。
「それと‥‥、ひょっとしたら単なるイレギュラーかもしれませんが」
 青服だけで行動する姿が写った写真も数枚あったという。運がよければ、ワームから離れているところでの接触も可能かもしれない、とエレンは告げた。とはいえ、どのような状況でそうなるのかなどは、作戦部もさっぱりわからないと言う。
「とりあえず、望遠映像で確認できる限りの精度で似せた作業衣を用意してあります」
 ポケットの数はやや多目で、動きやすい。ゆったりしているので、ズボン状の防具の上からならば着こんでも平気だろう。
「見た目だけは、これで誤魔化せると思いますが‥‥」
 それ以外の要素は博打部分が多い任務だ。
「今回も危険な任務です。頑張ってください、としか言えない自分が歯がゆいですね」
 小さく呟いてから、エレンは能力者達に向き直る。
「頑張って下さい。そして、今回もどうか無事で帰って来て下さいね」

●参加者一覧

稲葉 徹二(ga0163
17歳・♂・FT
御影・朔夜(ga0240
17歳・♂・JG
国谷 真彼(ga2331
34歳・♂・ST
ホアキン・デ・ラ・ロサ(ga2416
20歳・♂・FT
伊河 凛(ga3175
24歳・♂・FT
緋室 神音(ga3576
18歳・♀・FT
OZ(ga4015
28歳・♂・JG
南雲 莞爾(ga4272
18歳・♂・GP
リン=アスターナ(ga4615
24歳・♀・PN
美海(ga7630
13歳・♀・HD

●リプレイ本文

●奪還の初動
 いつしか、進路は下りに変わっていた。もうすぐ目標地点だ。
「‥‥あの狭い中に野郎ばっかって、マジありえねーって」
 道中の潜水艦に女性水兵がいなかった事を嘆くOZ(ga4015)。宥める国谷 真彼(ga2331)も慣れた様子だ。
「2度続いて同じ名前の人と組むなんて、奇遇ね」
 年長組の2人のやや背後では、リン=アスターナ(ga4615)が伊河 凛(ga3175)へとカメラを手渡している。所詮はインスタントだが、エレンは何とか2つを融通してきたらしい。
「作業場の方の撮影はしておこう」
「よろしくね」
 淡々としたやり取りの後で頷き交わすリンと凛。
「敵地潜入にどきどきなのですよ」
 今回も最年少で任務に臨む美海(ga7630)は意気軒昂だ。その声にいつもの惑いを感じた御影・朔夜(ga0240)は、やや考えてから小さく苦笑した。この既知感には説明がつく。
「そうか、また同じ任務‥‥、か」
「またよろしくお願いするですよ、朔夜さん」
 屈託のない笑顔を向ける美海に、朔夜は頷きを返す。朔夜と凛の2名は、数多くの任務をこなしてきた傭兵だ。先の偵察行では同道していなかったとはいえ、仲間達の多くとは既に顔見知りだった。

「この辺りを再集合地点にしましょう」
 緋室 神音(ga3576)が足を止めたのは、バグアの作業地まで30分ほどの距離を残した林の中だ。イレギュラーが写っていたのもその付近だった。
「別れて行動するなら、時計も合わせとかねーとな?」
「そうね。言い出したOZ君のに合わせましょう」
 OZとリンの提案で、幾人かが秒針を合わせる。ぎりぎりまで時間を無駄にせず行動する為には、時計があると無いでは大きく違うものだ。
「では、ここからは各自、事前の打ち合わせどおりに行動‥‥だな」
 南雲 莞爾(ga4272)の言葉に続き、ホアキン・デ・ラ・ロサ(ga2416)の低い声が響く。
「さぁ、レコンキスタ開始だ」

●敵地へ
 能力者達は、建設作業地の偵察に6名、居住区画への偵察に3名を割り振る事としていた。短時間でより多くの情報を得るための分担だ。最後の1人、稲葉 徹二(ga0163)は退路の確認などのバックアップを買って出ている。
「どうやら、居住施設は地上にないようだな」
 莞爾の言葉に、リンも頷いて同意する。しかし、今いる辺りからでは同じ側の斜面に作られた開口部の中を窺う事は難しい。
「やはり、近づくしか無さそうね」
 厄介な物を、とリンはため息をつく。
「見える限りでは、こう向かうのが良さそうであります」
 地形を観察する事に注力していた徹二が、リンへと道筋を提案した。それを聞いていた莞爾はチラリと神音へ目を向ける。
「‥‥何」
 莞爾の視線は、少女の腰の得物へ向いていた。
「俺も抜く前に斬る技を修めているんでな。以前から神音には興味があったのだが」
 今回も別班とは縁がないようだ、と莞爾は小さく笑う。神音は、2度ほど瞬きしてから小首を傾げた。
「こうして戦っていれば、いずれ、‥‥機会はあると思うわ」
「そう願いたい物だ」
 そんな莞爾の脇を行く美海の足取りは危なげない。数週間前とは段違いの身ごなしに、徹二がほっと息をつく。似たような気配を感じて頭をめぐらせれば、前回では徹二と共に彼女のフォローに回っていたホアキンと目があった。
「随分と頑張ってきたようだな」
 そんな感想を耳にした朔夜が薄く笑う。この僅かな日時に、朔夜の興味を引くほどに困難な任務を彼女は2つもこなしてきたのだ。2人が刮目するのも当然だろう。
「どうやら、作業場付近に監視カメラの類はないな」
「監視者の姿も、‥‥ない」
 双眼鏡を下ろした凛と神音が知らせる。誰に見張られるでもなく、誰に導かれるでもなく、青い作業衣の人間達は粛々と作業に従事していた。見える限りでは、雑談をしている様子も見えない。
「洗脳、でしょうか」
「直接確かめるのが早いだろうな」
 考え込むような真彼の声に朔夜がそう答えた。隠密行動には複数で動く事がよいとは限らないと知る彼は単身で動き出す。普段であれば覚醒時に身体を包む黒い炎は、意思の力で押さえ込まれていた。
「では、俺達は資材置き場から回るとしよう」
 凛とホアキンは朔夜とはやや違う位置へと向かう。熟練の能力者達がその気になれば、そう簡単に一般人に気配を気取られる事はない。
「では、私も‥‥」
 一言おいてからやはり作業場へと向かう神音を見送って、徹二は長期戦の構えで双眼鏡を構えなおした。その肩に真彼が迷彩服をひっかける。
「なるべくなら目立たない方がいいからね」
「真彼さんは、まだ動かないのでありますか?」
 真彼は頷くと、自分も双眼鏡で周囲を見渡す。遠くから確認した方が見えてくることもある、という判断のようだ。だが、少ししてからその手が止まる。
「‥‥OZ君はどうしたんだろう」

 ちょうどその頃、一番に作業場へたどり着いていたOZは、数ヶ所を見た所で足を止めていた。どこを見ても予想以上に変わり映えがしない。どうやら大きな重量物をワームが運び、細かい作業は人間がやるようだ。
「あっちじゃ配管工事、向こうは電線かー」
 やや工程が進んでいるらしい区域へは、何かのパイプや線をもっていくワームも見受けられた。
「ま、お仕事だしなー。もうちっと見て‥‥、あ?」
 見回した所で、青服の少年と目が合う。さっと身を翻す姿を見て、OZは猫のように笑った。

●イレギュラー
「‥‥やはり、操られているな」
 作業衣達の動きを近くで見た朔夜はやや考え込んだ。視線は虚ろ、そして統制も取れすぎている。
「どうであろうと関係ない‥‥、というわけにはいかないか」
 ワームや同僚から離れる者がいれば確保もできるのだが、作業者達は固まってしか行動しないようだ。1人しか作業に加われない場所などでも、明らかに作業効率を低下させていると言うのに1隊でそこにとどまっている。急襲して気絶させる、というにはやや都合が悪い。どうしたものか、と金色の瞳を細めた時、青い服とそれを追うOZが彼の視野に入った。

「見張りは頼む。俺は撮影をしよう」
 作業の合間、人気がなくなった瞬間を狙ってコンテナへと滑り込む凛。ホアキンと神音がバックアップについている。
「‥‥図面が無いわ」
 チラチラと周囲を見ていた神音の指摘どおり、作業現場には一切の図面や指示表が存在していなかった。これでは、広大な要塞の全容を捉えるのは困難だ。
「ここは撮れた。次へ行くぞ」
 素早く撮影を終えてきた凛の表情もやや暗い。コンテナに入っていたのは奇怪な生物‥‥、キメラの素体だったのだ。この場で破壊できない事が悔やまれる。
「待て。イレギュラーだ」
 2人の思考をホアキンの鋭い声が断った。彼の指差した先を、青い服が走り去る。
「撮影は俺だけでなんとかなる。行け」
 凛の声。一瞬の躊躇の後、神音もホアキンを追った。万が一敵対された場合には人数が多いほうがいい。交渉事は苦手だと言う凛は、2人を見送った後も淡々と資料を集めていく。

 自分達が見かけた影を追ううちに、OZとホアキン、朔夜と神音は自分達が同じ影を追っていることに気がつき、合流していた。突き止めた集団は全部で10人ほど。老若男女が入り混じっている。
「ここまではきみの言う通りだな」
 ホアキンが告げた相手は、彼が捕えた少年だった。後ろに回された手には手錠がかけられている。取り押さえる時こそ暴れたが、彼らの顔を‥‥、いや、目を見てからは少年は素直に指示に従っていた。
「嘘なんかつくもんかよ。お前らも一緒に来いよ。ラウルに紹介してやるからさ」
「罠かもしれない」
 少年をホアキンは意識して冷たく見据える。今回の作戦では、99%が100になるまで疑う立場に立つ事を、彼は自らに課していた。
「おいおい、あいつら、ワームと一戦交える気だぜ? マジかよ」
 忍び寄り、イレギュラーの会話に耳をそばだてていたOZが、小さく口笛を吹く。
「‥‥危険、ね」
 神音が言うように、作業用とはいえ武器もない一般人が向かうには、少しばかり大きい相手だ。
「偵察が任務である以上、私達が干渉するべきではない‥‥が」
 朔夜が珍しく言いよどむ。
「今、騒ぎを起こされるのはまずい。抑えるべきだろうな」
 方法は、交渉か力ずくのどちらかしかない。力ずくを最後の手段とした場合に、誰が出るのが良いか。
「怪しまれない事が第一なら、私は遠慮しよう。どこでこの悪評が邪魔をするか分からないからな」
「俺は、今回は悪役のつもりでな。そうすると神音、あなたに頼むしかない」
「え? それって俺は問題外って事?」
 お互いの顔を見比べた傭兵達の視線が、神音へ向いた。交渉の矢面に立つのは女性の方が警戒されない、という常識的な理由もあるし、この面々の中では友好的接触の可能性を比較的真剣に考慮していたと言う事もある。
「‥‥わかった」
 不承不承、という様子で神音が頷いたのを見てから、OZは身を翻した。ここまでに揃った情報を、待機中の2人に届けるためだ。軽いようで、意外と抑えるところは抑えているらしい。

●そして第二のイレギュラー
「美海は先に行くのですよ。リンさん、撮影頑張って欲しいのです」
「この前と違って、撮影するのはズブの素人だから‥‥あまり役に立つかどうか分からないけど、ね」
 人の気配がする方へと先行する美海、莞爾から離れて、リンは開口部の撮影を試みていた。資料の分析は後で誰かがするだろう。一方、居住区画を求めて奥を目指した莞爾と美海は、あっさりとそれらしい場所へとたどり着く。
「‥‥まるで豚箱同然だな。常人では生活に耐えられまい」
 莞爾が覗いた区画は、休息所とでも言うべき場所だった。宿泊施設、と呼ぶにはおこがましい。異臭がしないところからすると身体を洗う事はでき、排泄物はきちんと処理されているのだろう。しかし、プライバシー皆無の閉鎖空間にかくも大勢の人間が閉じ込められては、まともな神経では耐えられるはずがない。
「ここが列の後ろなのですね?」
 美海が入り込んだ一角は、どうやら食糧配給所のようだった。並んだ中にこっそり紛れた美海だったが、前後の者の目は虚ろだ。彼女が意図していたような食事前の自然な会話は成立しそうには無い。
「むむむ。ですが、待遇を理解するには食事の質を見るのが一番なのです」
 何がしかの成果を求めて先頭を目指した美海の前に現われたのは、謎の飲み物の出る蛇口と使いまわしっぽい汚れたコップ1つだった。立ちすくむ彼女へと、背後に並んだ大勢が『早く飲め』という無言の圧力をかける。
「こんなに大勢との間接キスは貞操のピンチなのですよう」
 身を翻そうとした美海の耳に、誰かの言葉が聞こえた。
「そんなもんでも飲まないと身体が持たないぜ? 別にそいつには悪いもんは入ってねぇ」
 壁際に座っていた髭面の男がニヤリと笑っていた。
「ま、気を楽にしろよ、新入り。こんな場所でも生きてくには困らん」
 色々教えてやるよ、といった所で、男の笑みがこわばる。
「それはありがたい」
「手間が省けてよかったわ」
 合流してきた莞爾とリンが、男の肩を背後からしっかりと捕まえていた。

●希望と約束
「どうやら、ワームの洗脳には僕の力は及ばないようですね。原理が違うのかな」
 真彼が残念そうに言う。交渉に応じたイレギュラーのリーダーが望んだのが、仲間の1人を洗脳から解き放つ事だった。ワームから隔離しておけばいずれ正気に帰るのだが、数日間は縛っておかないと原隊に戻ろうとするのだという。
「いえ、仕方がありません。無理を承知のお願いでしたから」
 ラウルと名乗る青年は、ちょうど眼鏡を外した真彼のような風情の優男だった。
「で、君達は、どうやってその洗脳から脱したと言うのかな?」
 尋ねるホアキンは、まだ完全に気を許してはいない姿勢を見せている。
「私達4人は落盤でワームが壊れたお陰で助かったんです。意識が戻るまで何日か倒れたままだったみたいですが」
 それ以外は、作業中に倒れて置いていかれた所を最初の4人に保護されたらしい。ラウルの話を信用するならば、ワームは人に無頓着のようだ。作業開始時にいた人数よりも減っていた場合にワームがどう対処しているかは、彼らもよくわからないという。ワーム同士で支配下の人間を融通しあっているのか、予備の人員がどこかにいるのか。そもそも補充などしないのかもしれない。
「洗脳から逃れていても作業場には出入り自由、食事すらノーチェックか。いい加減な物だな」
 呆れたように朔夜が呟く。
「で、あんまりにも無警戒だからアリに手を出そうと思ったって?」
 OZの言葉に、ラウルの表情が少し曇った。

「ここの目的だとか、他所での仕事の進み方なんてのは分からん。人間を使って作業してるのは上の方だけだ。下の方へはアリどもが何か運んでるがな。何か、俺たちが触れないようなやばい物があるんだろうよ」
 髭面の男との対話は、美海が主になって進めていた。人気の無い場所へ連れ出す間に騒ぐ様子もなかったが、莞爾とリンは男への警戒を緩めていない。
「‥‥というか、お前らは何者なんだ? 俺をどうするつもりだ」
 質問を繰り返す3人に、男が胡乱げな視線を向ける。男の表情にある物は不信と言うよりは恐怖だった。それも、リンや莞爾に対するものではない。
「ここにいりゃあ食える。命は助かるんだ。それ以外何が欲しい? くだらねぇ事考えてるなら勝手にしてくれ。あんなのを見るのはもう嫌だ‥‥。嫌なんだ」
 怯えた視線を返す男からは、それ以上情報を得る事は困難そうだった。

 雑な管理からすれば当然の事だが、ラウル達と同じように事故で洗脳から逃れた面々は少なくない。中には、積極的にバグアへ反旗を翻す者もいたのだという。作業の妨害、あるいは作業中の人間の確保。その結果は、悲惨なものだった。
「妨害すれば、洗脳された同胞と戦うハメになる、か」
 その多くは助けようとした人間に押さえつけられ、殺されたのだという。
「ですが、このままじゃ駄目だ。そうでしょう? アリを倒せば、洗脳は解けるんです」
 口調こそ静かだが、ラウルの声は悲鳴だった。だが、状況の酷さを理解しつつも、傭兵達が彼らにしてやれる事が無いのも事実だった。残された時間はもう僅かだ。
「ただ待てますか。それはどんなことよりも勇気がいることですが」
 真彼は自分の言葉の残酷さを自覚しつつも、そう言う。
「待つ‥‥、ですか」
 弱々しく言うラウルに、傭兵達は頷き返した。彼らか、あるいは他の誰かが必ず戻る。それを待つように、と。
「絶対だな? 絶対戻ってくるんだな?」
 うなだれた大人達の中から、最初に捕まった少年がまっすぐな目を向けてくる。
「俺は嘘をつかなかった。お前らも嘘はつかないって約束しろ!」
 幼い願いに、傭兵達はどう答えただろう。帰路に着く傭兵達を、残された者は静かに見送った。