●リプレイ本文
●初日・前
「おいおい、またか?」
先導、兼斥候役を務めるOZ(
ga4015)が、呆れたように呟いたのは、ウエトール山地へと侵入してすぐの事だった。潜伏は完璧、少なくともそう簡単に見つかる事はない動きだったはずだ。しかし、気づいた時には狼キメラの小グループが林を半月形に包囲していた。
「どこかで見つかったかなー‥‥」
頭をかきながら、じりじりと後退する。まだ、彼の正確な位置を捕捉していない今のうちに下がれば、本隊とあわせて対処できるだろう。
「また、なの?」
OZのハンドサインを見て、彼が敵に見つかった事を知ったリン=アスターナ(
ga4615)もまた、首を傾げていた。傾げながらも、本隊へと伝令に走る。今回もキメラの数はさほど多くはない。引き込んでから一斉にかかれば倒す事に問題は無かったが、体力と練力は有限だ。このペースで戦っていては、目的地にたどり着く前に消耗してしまう。
「―――抜こうとした頃には既に喉笛を捉え噛み砕く。紅い牙とは、そういうものだ‥‥」
刀を鞘へと収める南雲 莞爾(
ga4272)。その足下に横たわったのが、最後の敵だった。今回の任務は偵察ゆえ、可能な限り交戦せず、止むを得ない場合は音を立てることなく速やかに。そう申し合わせた能力者達の攻撃は苛烈で素早かった。
「少し離れてから一時休止。傷の手当てをしましょう」
国谷 真彼(
ga2331)の提案に一同が頷く。受けた手傷は大してないのだが、ここは敵地。可能な限り体力の温存に務めるべきだった。
「そろそろ交代だったな。少し早いが、代わろう」
「あー。なんかおかしーぜ。気をつけな」
坂崎正悟(
ga4498)に、釈然としない表情のOZがそう答える。斥候は、少しでも消耗を抑えるために1時間交代になっていた。OZに代わって先に立ったのは正悟。そしてやや下がった位置でペアを組むのは莞爾だ。2人のやや後方を、本隊はついていく形になる。
「ホアキンさん、自分は何か見落としをしていたでありましょうか?」
交戦の跡を目立たぬように隠しながら、稲葉 徹二(
ga0163)が言う。同じく土をならして地面を整えていたホアキン・デ・ラ・ロサ(
ga2416)が首を振った。
「俺はそうは思わないな。それに、気付いたならその場で言っている。匂いか?」
ホアキンの低い声に、徹二は首を振る。それに、跡をつけられたならば敵は後ろから来そうなものだ。相手が狼の姿をしているだけに、匂いに関しては徹二は特に注意している。周囲に匂いを馴染ませるべく、衣服に土を擦っておくのは彼の発案だった。
「匂いは気にかかっていたのでありますが」
風上にいた時も、敵は斥候の位置を捕捉していたようだと言う。
「でも、何かを私達は見落としているわ。敵が少ないルートを選んでいる割に、交戦が多いもの」
緋室 神音(
ga3576)も不審感を抱いていた。遭遇回数こそ少ないが、やり過ごせた事が皆無というのはおかしい。神音の傷の手当てをしていた麓みゆり(
ga2049)も同意するように頷いた。
「そろそろ完璧。先に行くのです」
3人に混じって痕跡を消す作業をしていた美海(
ga7630)がそう促す。彼らの去った後には、元の通りの静かな山の景色だけが残っていた。
計画していた侵攻ルートは、まずは発見されにくいであろう山道を選び、敵の警戒下へ潜り込んだ後は国道沿いに歩いて距離を稼ぐというものだった。だが、予想外に交戦が多い。3時間が過ぎた頃、既に交戦回数は10度を数えていた。いずれも敵は弱く、戦闘自体は短いが無傷ともいかない。何よりも、練力の消耗が問題だった。
「お昼なのです。ちゃんと食べて下さいね?」
精神的にも緊張を強いられる偵察班を美海が気遣う。予定よりもやや遅れて、現在は国道を間近に臨む林の中だった。計画通りに国道を使うか、獣道を回るかをここで決めねばならない。
「少し、気になった事がある」
そう切り出したのは莞爾だった。彼は正悟のサポートとして待機しつつ、自身も双眼鏡で周囲を確認していた。その際に、敵の動きが奇妙だと感じたと言う。
「うまく言えないが、包囲の焦点が正悟の位置とは少しずれていた。昼が終わったら、あんたも確認してもらえるか?」
「ありがとう、注意するわね」
隠密工作の経験が長い莞爾の意見に、リンが頷いた。
「どっちかってーと、俺がきみのお尻を眺める方がいーんだけど」
こればっかりはしょうがない、とOZがため息をついて先に立つ。
●初日・後
「この石、周りから少し浮いているような‥‥」
莞爾の言う包囲の焦点付近を皆で調査し始めてから程なく、以前から罠を警戒していたみゆりが『それ』に気付いた。ちょうどサッカーボールほどの大きさの石だ。もちろん、不用意に触れるような真似はせず、仲間達が揃ってからその石を調査する。2つに割った石の中には機械装置が詰まっていた。
「これがセンサーの役目を果たしていたのでしょうね。電波探知能力もあるかもしれません」
内部をざっと眺めてから、真彼がそう言う。種が割れてしまえば、対策は容易だった。
「注意して探せば、見つけられないことも無いな」
正悟が言うように、作り物ゆえの悲しさだろう、装置の表面は僅かに周囲と色や質感が違う。
「わざと作動させてその隙にバグアを出し抜いてやる、と言うのも面白い」
ホアキンが人の悪い笑みを浮かべた。
早めに気付いたのが良かったのだろう。前半の遅れは、後半に随分取り返すことが出来た。高度が上がって、飛行キメラが増えてくると再び移動速度を抑える必要が出てきたが、場所にあわせた迷彩柄を着込む能力者の姿は遠目では見分けがつきにくい。能力者達は日が沈む前には予定の野営ポイントへ到達していた。
「テントは2つある。登山用具の寝袋で休めない者は使うといい」
ホアキンと莞爾が持参のテントを広げる間、美海は夕食の用意に余念が無い。そこまで気を回す余裕がなかった、と笑う仲間達に美海は笑顔で食事を差し出していく。たかが行軍食だが、冷え切った物と誰かが暖めてくれた物では気分的に随分違う物だ。
「ペットボトル、つけかえねーとな」
OZが即席の消音装置に使っていたペットボトルは、アサルトライフルに用いるにはやや強度不足だった。付け直しに掛かる時間を考えれば、1回の戦闘で撃てるのは1度しかない。
「これがトラックのにーちゃんから貰った奴で、これが俺の。エレンちゃんから貰った奴は最後にとっとかないとなー」
「それじゃあ、これもどうぞ」
そんなOZへと、真彼があいた紅茶のペットボトルを差し出した。暖かい紅茶に、暖かい食事。エマージェンシーキットのストーブが寒さを和らげる。気分が落ち着いた所で眠りにつく事になった。当直は交代制だが、斥候に出ていた2人は明日に備えて英気を養う。眠り込んだOZにコートをかけながら、真彼が微笑した。
「どうせなら、女性からの方がいいと言うでしょうね、彼は」
練力の消耗著しい真彼も寝る方がいいだろう、と莞爾が言う。
「そうね。私が真彼を守護するというのも、面白いわ」
目を白黒させる青年をクールに見つめてから、神音はほんの少しだけ笑った。
「いつもの武器じゃないから、落ち着かないです」
膝の上に、身長と不釣合いに長い2振りの得物を横たえて、ちょこんと座った美海。普段の武器と言うのは更に巨大な両手剣である。作戦経験の少ない彼女にとって、長期のこの任務はかなりきついだろう。仲間の中で一際小柄な少女を気遣って、ホアキンや徹二が豪力発現で力を貸したこともある。
「でも、見張りの間、起きている事は美海でもできるのです」
見張りへ暗視スコープを融通しあい、能力者達は夜を過ごす。敵地で野営の割りに、寝心地は悪くなかった。敵襲も無いまま、高地の澄んだ空気が夜明けの色に染められていく。
「残り半分、気を引き締めていきま、‥‥へっぷし!」
コートをOZに貸したせいか、真彼が小さくくしゃみをする。笑い声と共に、少し仲間達の空気が綻んだ。ここから先、山頂までは歩きやすい場所ばかりではない。撮影場所へは斥候班の4名が挑む事になっていた。
「大丈夫だとは思うけれど、予備のカメラ等を預かってきました」
みゆりの言葉に、正悟が頷く。重量の余裕もあり、予備はあって困る事はない。上を目指す4人を見送ってから、残る6名は撤収の準備にかかった。昨日の行程を踏まえた退路の検討や、野営地の後始末などする事は沢山ある。
●山頂へ
登山は体力勝負になる部分が大きい為、先頭を行くのは莞爾と正悟のチームである。高地にいるのは鳥型が主力のようだ。飛行姿を見つけた場合は、可能な限り身を潜める。目的地につくまでに、戦闘になったのは1度だけだった。
「‥‥これは」
一番に上りきった莞爾の声がかすれる。その後からきた正悟も、言葉を一瞬失った。
南側に広がる、シェラ・ネバダ。その中腹が抉れ、アリのようなものが蠢いているのが遠望できる。距離を思えば、そのアリがどれほどのサイズか分かろうと言うものだ。
「‥‥あれが全部ワーム、か」
四角く区切られたものは、地下滑走路の入り口だろう。点在する小さな箱のような物が資材コンテナか。その様子を見るに、まだ完成には遠いようだった。目を西へやれば、グラナダは遠くかすんで見える。そこはおそらく、絵や写真で見たままの古い街並みであろう。バグアが要塞化を試みていたのは、都市ではなく、山脈だったのだ。自失していたのは、それほど長い時間ではない。正悟は気がつけば小さく笑みを浮かべていた。
「この光景を、衝撃を伝える事が出来るか。‥‥俺の腕の見せ所だな」
カメラを取り出し、構えた正悟の背を守るように、莞爾が無言で位置を変える。その僅かな足音以外に、正悟の耳には何も聞こえなかった。覚醒。自身の心音が間遠になっていく。研ぎ澄まされた感覚が命じるままに、正悟はシャッターを切った。
「上の方、何が見えてるのかなー」
チラリと見上げてから、OZがアサルトライフルを構えなおす。
「なぁ、煙草くんねー? 山頂で煙草はマジ気持ちいいって」
咥え煙草のまま周辺警戒から戻ったリンに、OZがもの欲しそうな声をかけた。今咥えている奴でもいい、と言うOZに苦笑しながら、リンは手持ちの箱を差し出す。莞爾と正悟が降りてきたのは、それからしばらくたった後の事だった。
「待たせたな」
そう言う正悟に、リンが写真の出来を問う。
「絵葉書にしてみるか。UPCがこぞって観光に押し寄せるぞ?」
笑う正悟の横顔は、つい2時間ほど前よりも強い意志を感じさせた。
敵地にて待つという事は、思うよりも困難だった。移動することが出来ればよいが、撮影班と行き違わないためには死守せざるを得ない。倒した敵の匂い、闘争の音。敵が敵を呼び、まるで昨日の前半のような交戦頻度だった。
「‥‥静かに、なった」
事実を述べる口調で神音が言う。
「敵が尽きたか、それ以外か。おそらくは後者だろうな」
ホアキンが答えたと同時に遠吠えが聞こえた。
「鳥型も、タイミングを測っているようね」
愛する空を我が物顔で舞う敵に思うところがあるのか、みゆりの口調はいつもの温和さを少しだけ減じている。
「そろそろ、敵も本気だと言うことですか」
美海が震えるのは、武者震いか、それとも。大丈夫、というように真彼が彼女の頭を撫でる。100cmの身長は撫でやすい。
「撮影班が戻って来たであります。視認、全員無事!」
徹二の声に、皆の表情が明るくなる。
「いい写真が取れたみたいですね」
遠目で正悟の表情を見た真彼の呟きに、ホアキンも頷いた。
「そうだな。後は、それを無駄にしないよう、退路を切り開くまで」
いずれは取り戻す、と付け加えるホアキン。
「レコンキスタですか。またこの地を訪れる理由としては、悪くない」
真彼もそう言い添えた。瞬間、側面から大きな殺気が襲ってくる。今までに相手をしていたキメラよりも一回り大きい狼が数体、目に飛び込んできた。
●撤収、そして
「アイテール‥‥限定解除、戦闘モードに移行‥‥」
神音の声と共に、彼女の体が金色に輝く。突っ込んできたキメラに二太刀を浴びせたが、倒れない。やはり、昨日までの雑魚とは出来が違うようだった。
「狼の狩りは、逃げ口に本命を置くと言います。本命はきっと他にいます!」
みゆりが鋭い声をあげる。予想の段階ならば口にはしなかっただろう。だが、頭上の鳥キメラの集結がやや鈍い事に彼女は気付いていた。まるで、もう1テンポ後の何かに備えるように。
「今のうちに、強化します。あと少し、踏ん張りますよ!」
真彼の声に、神音が背中越しに頷いた。いつの間にか、弓音と銃声が戦いの喧騒に加わっている。
「こうなっては、隠す必要もないですか」
「聞こえる範囲の敵はもう気付いている、と思うのが妥当かな」
エネルギーガンを頭上へ向ける徹二の声に、ホアキンが答えた。これを凌ぎきれば、後は上手に撤退するだけだ。後背に回り込んでいた狼キメラの一団が、鳥と同時に攻め込んでくる。だが、それはみゆりに見切られていた。
「遅い!」
素早く距離を詰めていたリンと莞爾がカバーに入り、後背の敵を食い止める。後ろにいたキメラが引こうとした時には、ホアキンと莞爾が間合いを詰めていた。能力者側のダメージもこれまでで最大だったが、治療しきれない程ではない。
受けた手傷を手早く治療してから、昨日とは違うルートを下山する。山頂下の激戦以後は、昨日のような地味で静かな逃避行が待っていた。
「生身での偵察の経験も積みたかったから、今回の任務は丁度良かったわ」
あまり外には出さないが、神音は喜んでいるらしい。
「戦うよりこちらの方が辛い気がするです」
「実は、自分もであります」
そっと呟いた美海に、徹二がそう答える。並んでみると1歳差とは思えぬ2人を微笑ましげに見ながら、一行は先を急いだ。2度の遭遇戦を切り抜けた頃、足元の勾配がなだらかになってくる。目的地付近で斥候に出た正悟は、すぐに戻ってきた。
「この先にあるロッジがエレンの言っていた場所、だな」
回収予定まではまだ5時間ほどを残している。行程はほぼ予定通りだった。
「それでは、周りを警戒してきます」
ロッジに落ち着く間もなく、出て行く神音を幾人かの仲間が追う。この辺りまで来るキメラは少ないだろうが、警戒するに越した事はない。
「ホントに護衛してくれンだろうな? 乗った後で撃墜されるとかマジ超洒落ンなんねーぞ」
などと言う割には、OZの表情はさほど緊張していなかった。性格ゆえだろうか。
「それは大丈夫だ。護衛の中には知り合いもいる。腕は信頼できるさ」
ホアキンの言葉に、仲間達の幾人かも頷いた。
後日、正悟の撮った写真から、土木作業を進めるワームの足元に、揃いの作業衣を纏った人間多数がいる事が判明する。協力者か、それとも‥‥。