タイトル:招かれざる客マスター:紀藤トキ

シナリオ形態: ショート
難易度: やや難
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2010/01/17 16:01

●オープニング本文


 トレドの基地では、遅ればせながらの祝宴が開かれるという。しかし、バグアにはそんな事は関係が無い。なかんずく、野獣並みの知性しか無いキメラに空気を読むなどという芸当は不可能だ。軍の掃討を潜り抜けたキメラが、マドリード郊外に姿を現したという知らせが入ったのは、祝宴の1時間前の事だった。
「キメラ分析班のウォルトだ。手が足りんらしいので、説明は俺がする」
 ぼそぼそと、それでいて良く響く声でウォルトが話し始める。すぐに、会議室は作戦前のピリッとした空気に包まれた。
「発見が早かったので、まだ民間の被害は出ていない。が、このまま北上されると市外の住宅地に突っ込まれる」
 白衣姿のウォルトによれば、キメラは現在、沼沢地を南北に通る幅15mほどの車道を、ゆっくり北進しているという。形状は虎の如く、体色は黒。サイズは実際の虎よりもかなり巨大だ。カッシング製作のキメラらしく、背中にプロトン砲らしきものを積んでいるらしい。歴戦の強者らしく、片目を喪失していると言う報告も入っていた。
「射角からすれば、戦車砲のように使うんだろう。まぁ、大きさから言っても戦車みたいなもんだ。あの爺の作った機械化キメラって事は、強力なキメラだろう。‥‥せっかく祝勝会に来た所をすまんがな」
 即応力と言う意味では、能力者以上に素早い展開能力を持つ正規部隊はこの地にいない。純粋な戦闘力においても、だ。KVを出せれば早いのだろうが、音を聞きつけて沼沢地へ逃げ込まれると厄介だと彼は言う。
「元々、発見が遅れたのはそのせいもある。図体が大きいくせに、泳ぐのは速いらしいからな」
 道路に出てきた理由は判らないが、午後の日差しに誘われて、だとすれば可愛い所もあるのかもしれない。いずれにせよ、大急ぎで食い止めなければ住宅地が被害を受けるのは間違いない。
「避難の手配はウォルトにやらせよう。それ位は働いてもらわないと癪だ。でも、できれば手前で食い止めたい所だな」
 篠畑が言う。彼も、傭兵同様に基地についた所で旧知のウォルトに引っ張られていた。
「‥‥さっさと終わらせれば、祝宴に間に合うぞ。ま、旨い酒を飲めるようにしっかり頑張ってくれ」
 そんなウォルトの見送りを受けて、能力者達は会議室を出る。後ろ頭をぼりぼり掻いてから、彼も自分の仕事を果たすべく、電話を掛け出した。

●参加者一覧

ノエル・アレノア(ga0237
15歳・♂・PN
鏑木 硯(ga0280
21歳・♂・PN
セシリア・D・篠畑(ga0475
20歳・♀・ER
守原有希(ga8582
20歳・♂・AA
白虎(ga9191
10歳・♂・BM
ヤナギ・エリューナク(gb5107
24歳・♂・PN
天原大地(gb5927
24歳・♂・AA
杠葉 凛生(gb6638
50歳・♂・JG

●リプレイ本文

●基地にて
 会場では、今頃宴の準備が始まっているだろうか。急なキメラ退治の依頼に応じて会議室へ集まった傭兵達の出で立ちは、まちまちだった。
「‥‥祝勝会、無事に間に合うといいですね」
 ジャケット程度と、比較的戦闘向けの格好をしていたノエル・アレノア(ga0237)が微笑する。彼の視線は、スーツに身を固めた男性二名へと向いていた。
「カッシングの置き土産か‥‥物騒なモン遺していきやがって。全く手間かけさせてくれるぜ」
 その視線に気付いているかどうか、杠葉 凛生(gb6638)が肩を竦める。言葉とは裏腹に、敵の名を口にした彼の横顔はどこか懐かしむ気配を帯びていた。
「まあ、現実はこんなもんですよね」
 同じくスーツメンの鏑木 硯(ga0280)は、祝宴の為にと気を遣っての格好だ。普段着がスーツの凛生と違って、少し残念そうだったりする。
「こっそり桃色をする気だと思ってベア隊長をつけてきたのに。このやるせなさをどうしてくれるっ」
 その横では、メイド服の白虎(ga9191)がブツブツ言っていた。ちなみに、彼の女装はよそ行きではなく普段着である。
「それは是非、キメラにぶつけてくれ」
 少年の粛清対象だった篠畑がそう苦笑した。
「‥‥手強い相手ではありそうですが、さっと片付けて、祝勝会‥‥行きましょうです‥‥」
 呟いてから、セシリア・ディールス(ga0475)は隣の篠畑を見上げる。篠畑の手にあるのは普段の大剣ではなく、盾。セシリア達後衛を守れるようにと、守原有希(ga8582)が手持ちから貸してくれたものだ。
「あ、お二人はおめでとうございます」
 篠畑とセシリアの結婚の話を聞いていた硯が、祝辞を述べる。縁結びしたのは俺だ、などと依頼主のウォルトが胸を張った。口々に続く、祝いの言葉とか、それ以外とか。
「ああ、ありがとう」
 照れたような篠畑と表情を変えずに会釈するセシリアを見て、凛生は珍しく柔らかな表情を見せる。
「結婚するのか‥‥めでたいな」
 過去を懐かしむように、呟いた。彼にとって、その幸せは過ぎ去りし物。二度と手が届かない過去だ。
「行きましょう、奴にもう誰も泣かさせん」
 その声に何を聞いたのか、有希は唇を鋭く引き結ぶ。彼とフロントラインを形成する予定の天原大地(gb5927)も、言葉には出さねど気持ちは同じだ。
「よっしゃ、頑張りますか‥‥っと」
 吸っていた煙草を揉み消して、ヤナギ・エリューナク(gb5107)が壁から背を離した。

●ワンサイドバトル
 遮るものとて無く、道は北へまっすぐ通じている。マドリード戦役で負った傷を、時を置く事で癒したキメラは、与えられた当初の指示に従ってその道の先を目指していた。その足が、ふと止まる。行く手を遮る傭兵達の姿を、キメラは敵と判断した。
「‥‥足を止めた? 来るぞ!」
 双眼鏡で敵情を見ていた凛生の言葉と同時に、膨れ上がったプロトン砲の赤い輝きが視界を埋める。もう一撃が飛ぶ前に、傭兵達は状況を理解した。
「射程が、ここまで違いますか」
 タートルワームより短いのは、口径の差かもしれない。それでも、ノエルのライフルよりもまだ遠く、能力者が全力疾走してもすぐにたどり着けない距離。それが、プロトン砲の間合いだった。
「あの爺だし嫌な予感したけど‥‥」
「しょうがねぇな!」
 有希と大地が、真っ先に地を蹴る。
「しっかりセシリアさんのこと守ってあげてくださいね」
 一言残して、硯も駆け出した。豆粒のように見える虎が、再び光線を発射する。
「チッ。‥‥この程度ッ」
 大地が舌打ちした。プロトン砲の死角に回りたくとも、左右は泥沼だ。一刻も早く剣の間合いへ。気ばかりが焦る大地の背後から。
「目を、細めて下さい‥‥!」
 セシリアの声。はっと仲間が眼を閉じた瞬間、頭上に眩い光の弾が生まれた。示し合わせていたのとは距離こそ違えど、初手の目つぶしは有効だ。次の一撃、プロトン砲が大きく逸れた。次は方角はあっていたが、高さが違う。距離があるということは、僅かなズレでも大きな差になるらしい。
「走るぞ!」
 盾を手に前へ出た篠畑の影を、空の照明銃を投げ捨てたセシリアが追った。彼女が全力で駆けても、前へ行く仲間の背中に追いつくのは無理だ。
「‥‥デスクワークばかりだったとは、思わんのだが」
 走る速さでは、凛生も遅れを取っていた。そこへもう一発、今度は敵の狙いも回復している。そもそも足場は、幅15mの道路以外定かではなく、敵からすれば一直線に並んだ傭兵は狙いやすい的なのだ。
「逃げ場とか、ねーしッ」
「いえ、横が!」
 ヤナギとノエルは、次弾を撃たれた瞬間に左右に飛んだ。足が泥に取られる前に、再び道へ戻る。行き足を止めねばならず、練力の消費も大きいが、倒れるよりはマシだ。そして、路上にいなかったもう1人。
「うにゃ、こっちが待ち伏せる側だと思ったら、こんな事になろうとは!」
 水着で沼に潜んでいた白虎は、ビーストマンの特技で水面を飛ぶように駆けていた。実際はそんなに綺麗なものではなく、泥は跳ねるし身体も汚れる。それでも。
「ここまで来て、ベア隊長を死なせるわけには行かないにゃ!」
 道路上の仲間を焼く6発目の光線が、少年の横顔を赤く照らした。そして、その直後に。
「そこまで、です!」
 硯が初撃を、与えていた。

●反撃開始
 この場に集った傭兵の中で最も駿足の青年は、その脚をさらに瞬天速で後押ししていた。無論、同じ技を同時に幾度も重ねる事は出来ず、無尽蔵に距離を稼げるわけではないのだがそれでも稼いだ距離と時間は随分多い。
「少し、付き合ってもらいますよ!」
 二刀を振るう青年を、虎の爪牙が追う。一合しただけで、硯はキメラの凶悪な強さを理解した。膂力も、速さも、そして鋭さも彼より優れている。だが、彼が為さねばならぬのは時間稼ぎのみ。10秒持ちこたえれば、幾人かが辿りついてくれるはずだ。
『グルァ』
 その内心が聞こえたかのように、虎キメラは再び砲を放った。硯へ白兵攻撃を仕掛けながらだけに、手数は減っているが。
「狙いなんかつけなくても、どうせあたる‥‥か。当たっているだけに、癪だな」
 凛生が苦笑する。彼とセシリア、それに篠畑はまだ道半ばだ。
「‥‥健郎さん」
 盾を掲げて前を行く篠畑へ、セシリアが練成治癒を施すべきかと、迷う。
「足を止めるなよ」
「でも、無茶は‥‥禁物、です」
 重ねた言葉に、気遣いが見て取れた。
「‥‥大丈夫だ。頑丈さにだけは自信がある」
 痩せ我慢でもあり、本音でもある。生身の戦闘訓練や経験が不足しているだけで、篠畑も能力者としての経験はそれなりに積んでいるのだ。頷いてから、彼女は懐にすっと手を入れた。

「‥‥やられっぱなしも、腹が立つ。豆鉄砲だけど撃ち合いと行こうカ?」
 やや距離がある地点で足を止め、ヤナギが銃を抜いた。狙いは敵の注意をひきつける事。彼に気を取られてプロトン砲の発射が一手遅れれば、後ろにいる仲間がその分助かる。
「自慢の大砲はもう十分じゃろが!」
 有希が、虎の懐に踏み込み、斬り付けた。あえて正面から攻撃を仕掛けた彼の狙いも、虎の注意を引き付ける事に他ならない。思い切りよく踏み込んだ位置は牙の死角だったが、即座に横殴りの爪が飛んできた。
「‥‥くっ」
 咄嗟に受けた腕が、みしりと軋む。骨までやられたかもしれない。数度の被弾は、彼の体力を危険なほどに削っていた。がく、と落ちる膝。
「させません‥‥!」
 瞬天足で虎の前足の攻撃範囲を突っ切ったノエルが、側面の死角から切りつける。踏み込みこそ浅いが、注意は逸れた。その隙目掛けて。
「ちぇすとぉ!」
 独特の掛け声と共に、大地が一刀を振り下ろす。キメラは、猫科の外見からすれば意外なほど易々と後方へ飛んだ。その薄い黄の毛皮に、赤い斬線が走る。
「せぇいや!」
 落ちた膝を、伸ばし。片腕をだらりと下げた有希が、片手突きを送った。瞬天速で右へ飛んでいた硯が、タイミングを合わせて斬りつける。
『グルゥッ』
 喉を鳴らすような声と共に、再び虎が後ろへ跳ねた。遅れて、ヤナギの銃弾が地に穴を穿つ。

●沼沢の虎狩り
「ちょこまかと‥‥! 間合いを外したつもりか?」
 踏み込む前に、大地が自身の傷を活性化で癒した。が、焼け石に水だ。セシリアはまだ、練成治癒を飛ばせる距離まで来ていなかった。気力で最後の突きを繰り出した有希が、今度こそ剣を地に立て膝を突く。
「じゃが、足の一本‥‥」
 4人の連携攻撃は、キメラの左前足に深手を与えていた。接近戦において、このアドバンテージは大きい、と思った刹那。虎キメラの背の砲門が光条を放った。
「‥‥あれをどうにかしなきゃ、ならんか」
 呟いた大地の視界を、黒っぽいオーラが過ぎる。彼らに遅れる事一手、泥中を背後へと白虎が回りこんでいた。
「今日は本気モードで行くよ!」
 背後からの声に、キメラが反応するよりも早く。少年は両手の機械剣を交互に振るった。後ろの新手に敵の気が逸れる一瞬。
「ちぇい!」
 大地が上段を斜めに剣を薙いだ。人間ならば首よりも高い位置。プロトン砲の砲身が衝撃で揺れる。
『ガルァッ』
 吼えた左右に、硯とノエル。飛び退る先には、白虎。距離を置いて、ヤナギ。打ち合わせで決めていた散開包囲の形に、ようやく近づいてきた。引くか、それとも押し切るか。敵が見せた一瞬の迷いに。
「もう一つ!」
 二の太刀要らずは、相手が人の場合だ。返す刃が、再びプロトン砲を叩いている。切断された片方の砲身が宙を舞い、残る砲身からの真紅の光が大地を灼いた。
「背中には、あれしかないようだにゃ? ならば!
 倒れる大地を一瞥して、白虎がキメラの背へと飛び上がる。驚いたキメラが、身を揺すって跳ねた。
「わ、にゃ! にょわー!?」
 振り回されながらも、剣を突き刺す少年。狙いの頭には届かずとも、背のプロトン砲に止めを刺すには十分だ。そして、キメラが白虎を振り飛ばすのにやっきになった隙を、ノエルと硯が見逃す筈も無い。
「悪いけど、キミを逃すわけにもいかないんだ。ここで打ち砕かせてもらうよ!」
 足元へ、ノエルが踏み込む。硯と連携した鋭い攻撃は、致命には届かねど敵の素早さをじりじりと奪っていた。キメラが再び、吼える。
「‥‥っ」
 正面のノエルを、牙が噛み。硯を手負いの足が叩いた。
「まだこれだけ動ける、カ!」
 銃を置いて切り込むべきか、とヤナギは思う。が、その必要はようやく無くなった。
「‥‥閃光手榴弾、行きます‥‥。目、閉じてくださいです‥‥」
 セシリアの声に、はっと眼を閉じる。瞬間、閃光手榴弾が、虎の視界を白に染めた。照明弾と違って、こちらはその為に作られた輝きだ。
「今のうち、に‥‥」
 ノエルと硯の出血も、練成治癒の白い光が和らげていく。
「少しばかり、出遅れたが。働くとするか」
 ゴン、と重い響きと共に凛生の手の中の拳銃が跳ねた。視界を奪われたキメラの横腹から、血が吹く。視界を奪われては飛び道具を弾ける筈も無く、闇雲に振り回す爪は明後日の方角を向いていた。
「畳み掛けましょう」
 硯が足元へ踏み込む。さっきまでの防御主体の動きではなく、止めを刺しきる為に。
「沼に逃がす訳には、いきませんから」
 ノエルが側面を押さえた。敵の視力が回復するよりも早く、押し切ってしまえばいい。練成弱体を受けた敵の表皮が鈍く色あせる。銃声と剣戟の音が止んだのは、その暫く後の事だった。

●マドリードへ
「結構、手ひどくやられたなぁ。‥‥あんたらがここまでって事は、余程の相手か」
 硯の無線で迎えに来たトラックの運転手は、開口一番驚いたように言った。遺体を回収したいという白虎の言葉に、荷台の後部を開く。
「確かに、道路の真ん中にコレを置いてくわけにもいかないか。血なまぐさくなるのは勘弁な」
 どうやら、帰路はキメラと相乗りになるらしい。
「ゴメンにゃーホントは苛めたくなかったのにゃー」
 トンはありそうな巨体を引きずりながら、白虎はキメラに頭を垂れた。一応、虎仲間と言う事でシンパシーを感じていたらしい。供養に毛皮で何か作ろう、と少年は周囲に提案していた。傷も多いが、小物くらいは作れるのではないだろうか。もちろん、自費になるだろうが。
「虎ビキニ作ろうと思った奴は、手をあげろ!」
 そんな昭和世代はあまり居なかったらしい。
「‥‥やれやれ」
「困りました」
 深手を負った大地と有希は、トラックの中で溜息をついていた。
「できるだけ‥‥手当ては、しました‥‥。後は安静に、して下さいですよ」
 セシリアが言う通り、後は時しか傷を癒す術は無い。2人とも、想う女性がいる。止むを得ない仕儀とはいえ、心配をかけるのは本位ではなかった。
「パーティへ向かう人は、先に乗ってください」
 随分泥っぽくなった硯が言う。が、トラックの荷台は虎を放り込んでもまだ余裕があった。
「ま、血なまぐさいが‥‥、贅沢は言えないだろ?」
 車上から、篠畑が手を伸ばす。

 路面は平らなのに、トラックの後席は何故かよく揺れた。戦いを潜り抜け、随分くたびれているのだろう。ここにいる能力者達と同じく。
「セシリアから聞いたゼ? 幸せになれよ‥‥」
 言葉と共に、ヤナギは篠畑へコーヒーを投げてよこした。照れくさそうに鼻を掻く篠畑の横顔を、セシリアが見つめている。
「僕はまだお酒は口にできないだろうけど、美味しいものは大歓迎。‥‥まだ残ってるかな」
「大丈夫、食いきれないくらいあったからさ」
 ノエルの心配には、運転手が笑って親指を立てた。そんなやり取りを聞きながら、凛生は目を閉じる。祝宴の中よりも、このような泥臭い場所こそが自分に相応しい、とふと思った。