タイトル:カプロイアの本気マスター:紀藤トキ

シナリオ形態: ショート
難易度: 普通
参加人数: 8 人
サポート人数: 3 人
リプレイ完成日時:
2010/01/13 22:29

●オープニング本文


 傭兵の間では、カプロイア社の評価は概ね二分される。曰く、『カプロイアだからしょうがない』という諦めの混じった慨嘆と、『さすがカプロイアだ』という苦笑交じりの賛嘆と。これは、概ね開発関係者の間でも同様だった。奇天烈な発想からよく判らない斜め上の物を作ってしまい、あまつさえそれがヒット作になったのを見た他社の技術者の感想が前者。そして、自分の会社ならタイトルを見ただけで却下、あるいは社内生命すら絶たれるような開発案を持ち込んで、それが受理されたという場合に後者の表現が使われる。
「戦いにおいて、パイロットの気力を高めるべきだという提案には、見るべきものもあるとは思うのだよ。ただ、実地で検証せねば結論は出せない」
「それで、私にあのプロトタイプを作れ、と? ‥‥さすがカプロイア、と言わざるを得ないですわね」
 ソーニャは頭を抱えていた。暇だったらしい伯爵がじきじきに彼女を案内したのは、カプロイア地下の特殊開発室だ。どれ位特殊かといえば、風呂くらい入れとか、人間じゃなくてもいいから彼女が欲しいとかいう連中がうろうろしているといえば判るだろうか。
「‥‥まぁ、作るの自体は簡単でしたわ。ネット時代初頭には既に原形がありましたし」
「せっかくだから、完成版も見たいのではないかと思ってね。私も始めてみるのだが」
 『開発C課』と書かれた扉を開けると、人間よりもコンピュータに配慮した冷たい風が肌を撫でる。そして、室内中央から青白い肌の男がゆらりと立ち上がった。
「はじめまして、私が開発主任のミルズです」
「こちらはソーニャ女史。今回の計画に協力を依頼した方だ」
 ミルズはソーニャの顔を、穴があくほどじっと見つめる。それから、表情も変えずに頷いた。
「結構。需要はあるかもしれません。クール年増系サンプ‥‥ぶぐぉ」
 白衣の正拳突きが男の顔を捉え。
「もしも私をあの擬似人格プログラムに載せたら、殴りますわよ」
「も‥‥もう殴っ‥‥」
 言いかけてからミルズは賢明にも口をつぐんだ。何事も無かったかのように、伯爵が先を促す。
「は。擬似人格プログラム『HA−luna』システムは完成しました。どうぞご覧下さい」
 彼が指差したのは、シミュレーター機。中からは、テストパイロットらしい男の声が聞こえてくる。
『くっ‥‥。俺は、お前を‥‥』
『いいの。おにいちゃん。撃って‥‥おにいちゃんになら、わたし‥‥』
 舌足らずな幼い声がそれに被った。外からは見えないが、機内には幼女のカットインまで入っている筈だ。
『で、出来ない‥‥っ。俺には撃てないっ』
『じゃあ、これからおにいちゃんに酷いことするよ? こんな事とか‥‥こんな事とか』
 プロトン砲の閃光が光り、シミュレーターに表示される機体耐久度ががくっと減る。奥の方からは、別のやり取りが聞こえてきた。
『‥‥私を止めてみろ。出来ぬなら死ぬだけだ。お前を愛しているあの女も!』
『父さん! ‥‥くそ、もう戦うしかないのか!』
 どかんどかん、と交戦音が響く。どうやら父子の間の情は妹萌えよりもハードルが低かったらしい。
『うおおおおお! ひっさつぅ、えーけーてんみさいるぅぅうぅ!』
 テストパイロットの絶叫と、発射音、ちょっとあってから敵機撃墜を示すブザーが鳴る。
「‥‥フフフ、システムに馴染むまでに少し掛かりましたが‥‥。現在、彼は初期の3倍の戦闘力を発揮しています」
『くっ‥‥父さん、教えてくれ‥‥。あの女って誰だよ!』
「いいから早くどきなさいよね。次は私がラインボルト様と戦う番よ!」
 余韻に浸るテストパイロットを、次のテスターがつまみ出した。何故かクラシックが掛かる中を、KVの発進音が響く。
「用意している人格はグラフィック込みで1000以上。ダメージの有無などの状態変化による発言パターン分岐も対応済みです。隠しキャラで伯爵も仕込んであります。フフフ」
 自分の好みの敵キャラと戦わねばならぬ葛藤や、憎むべき敵キャラとの言葉の応酬が戦いを更に加速する、とかブツブツと言うミルズ。どこかのおもちゃの売込みにしか聞こえない。
「という訳で、プロトタイプは完成しました。後は実戦に供するのみです。なぁに、噂に聞く傭兵ならば喜んで志願する連中がいることでしょう」
「ふむ。随分独創的なシステムだが、効果があるのならば採用も検討しよう。頑張ってくれたまえ」
 常軌を逸したこの空間でも普段と全く変わらない伯爵に、ソーニャは内心で思うのだった。これだからカプロイアは、と。

 ――数日後。
 ビッグフィッシュを中核とする敵の編隊が、アフリカから北上しているという知らせが軍に入った。空母シャルル・ド・ゴールを主軸として展開中だった地中海艦隊から、傭兵への支援要請が出される。その中に、カプロイア社の名で奇妙な依頼があった。新兵器の実戦データ取得テストに応じてくれる傭兵を求める、という物だ。
『人間どもを蹂躙してくれよう。そして、我らのボス、ブライトン博士に勝利を捧げるのだ』
『了解であります』
 バグアは、まだ知らない。この日、彼らに降りかかる災厄を。

●参加者一覧

鈴葉・シロウ(ga4772
27歳・♂・BM
ハンナ・ルーベンス(ga5138
23歳・♀・ER
月神陽子(ga5549
18歳・♀・GD
アリエイル(ga8923
21歳・♀・AA
赤崎羽矢子(gb2140
28歳・♀・PN
夏目 リョウ(gb2267
16歳・♂・HD
直江 夢理(gb3361
14歳・♀・HD
鷲羽・栗花落(gb4249
21歳・♀・PN

●リプレイ本文

●これが人の夢、人の望み、人の業
「これ位でよいでしょうか」
 これまでに戦った強敵達のデータを提出して、月神陽子(ga5549)は席に戻る。続いて向かった赤崎羽矢子(gb2140)も、さして時間を掛けずに戻ってきた。
「‥‥しょうがないよね。カプロイアだし」
「え、ああ。そうですわね」
 問われた陽子が考えていたのは、この実験の事ではなく。
(「もう‥‥この服も着る事は無いのですね‥‥」)
 トランクの中に大事に仕舞われた、騎士の正装の事だった。年末に突然兵舎を畳み、去って行ったナイト・ゴールドと名乗る傭兵の正体を、彼女は知らない。
「‥‥あの時の恨み思い知らせてあげますよ!」
 佐渡川 歩(gb4026)がその正体、カプロイア伯爵の横顔を見てほくそえむ。何時か逆恨みを抱くようになった彼は、敵データの中にナイト・ゴールドをこっそり仕込もうとしていた。
「‥‥少年。金持ちで背が高くてイイ男にムカつくのは、お前だけじゃないって事さ」
 無駄な団結力を誇るカプロイア社内にも、伯爵の敵はやはりいたらしい。
「ふふふ、無様に撃墜される伯爵の姿が目に浮かぶ様です! そういえば。僕の事をプチ変態などとあらぬ評価をしてくれたあの人にも、お礼をせねばなりませんね‥‥」
 キラリと眼鏡を輝かせつつ、歩は羽矢子を見る。

「まずは登録か‥‥『悪の帝王』、『知的っぽい幹部』、『美女幹部』‥‥」
 夏目 リョウ(gb2267)は、サンプルから選ぶよりフルカスタムを選択したらしい。
「登録頂いた貴方の経歴を確認しつつ、細目はこちらで埋めておきますね」
 無数のサンプルから外見や口調を選んでいくカスタマイズ作業は困難を極めるため、専門の補助員がついていた。
「これは、私を‥‥というのも可能なのかしら?」
「ええ、出来ますが。失礼ですが‥‥?」
 応対に出た研究員に、空漸司・由佳里(ga9240)がしーっと人差し指を立てる。アリエイル(ga8923)の保護者だと言う由佳里は、娘の機体に仕込むデータに自分を入れて欲しいと申し出た。本人には内緒で、という言葉に研究員がニヤッと笑う。家族が敵に、というのは浪漫らしい。
「なるほど、解りました。ではこちらのブースで発声をどうぞ」
「それじゃあ‥‥お願いするわね」
 そっと奥へ消える二人に、アリエイルが気づく事は無く。
「AIを搭載しての戦闘ですか‥‥どんなのが良いでしょうか‥‥」
 悩みながら、分厚いカタログをめくっていた。その隣では。
「可愛い女の子が一杯で目移り‥‥いえ、私の気持ちは揺らいだりしません」
 直江 夢理(gb3361)が、若年女性のページばかりを繰り返し眺めていた。ちなみに、登録自体は結構早めに終えており、今は趣味の鑑賞時間だったりする。
「ぁ‥‥この人カッコいい‥‥」
 鷲羽・栗花落(gb4249)が目を留めたのは、夢理とは真逆のページだった。見事な口髭を蓄えた、厳しくも鋭い視線の中年男性だ。
「ボク頑張るよ大佐! 伯爵の夢を体現するためにも!」
 ぐぐ、と拳を握りつつそのキャラクターを選択する栗花落。入力内容を確認した研究員が、口頭で確認する。
「個人名は『足長大佐』ですね。他に御希望はありますか?」
「‥‥うーん。1人に絞るよ。浮気はしない」
 何かを盛大に間違ったテスターだった。

「直江様はどのような方を選ばれたのでしょう?」
 参考に、と問うハンナ・ルーベンス(ga5138)は中々決められない側だ。友人の加奈や、伯爵の養女で8歳のリサを選んだ、と夢理は嬉しそうに言う。8歳が重要らしい。
「女の子と一緒に戦えるなんて、夢の様なテストですね」
 少し、いや盛大に勘違いしているようだった。
「良く判らないので、私はドラマに似せた人物を選ぶ事にしますね」
 穏やかに微笑するハンナ。彼女が普段どのような番組を視聴しているのかが、この日明らかになる。

 自機に応答機能を、と急場で提案した鈴葉・シロウ(ga4772)へ、カプロイア技術陣は社会的には全く無駄な努力で応えた。
「‥‥現状の仕様で出来る限りの仕事をした。後は、君の番だ」
 デスク付近で屍のように転がるプログラマの中、イイ笑顔で親指を立てる主任。
「古今、戦いの物語で『相棒が喋る』というのは一つの浪漫ですからね」
 今回実験するのは人類の技術では不可能とされるAIでは無く、単純な条件のみに反応してランダム応答を行なうプログラムだ。少し弄ればシロウの要求に応えるのは容易いはずである。では何故、徹夜仕事になったかと言えば。
「よくやった。今はゆっくり眠るがいい、勇者たちよ」
 偉そうに椅子の上で言う阿野次 のもじ(ga5480)と共に、ひたすら会話パターンを入力しまくっていたからであった。
「へへ、この業界で『伝説の少女A』と仕事が出来るって聞いて燃えないようじゃ、モグリでさぁ」
 どんな業界か知らないが、昭和テイスト溢れる渾名がのもじにはついていたらしい。数十キャラ分のアテレコを終えて、彼女はまだまだ元気だった。一部のシーンにはBGMまでつけているとか。ちなみにソーニャは、『付き合いきれませんわ』という一言を残して早々に戦線を離脱している。

●よろしい、ならば実験だ
 北上してきたバグアの第一波は正規軍が撃退し、第二派の到来に備えて艦隊は警戒態勢に入った。
「よし、データ設定完了だ。テストチーム、出撃せよ!」
 開発主任が、腕を水平に振る。予定よりも3時間ほど遅れていた。
「リアリティに拘るのも重要だが、急ぎの際に間に合わないのでは困りはしないだろうか?」
「現在の物はテスト仕様なもので。本稼動時にはAI選択サポートシステムを実装し、処理の簡略化を図る予定です」
 そんな会話を交わしながら、伯爵と主任は空を見上げる。人類の未来は、彼らの翼に掛かっているのだ。

『司令。こちらを目指す敵が8機。正規軍とは違うようです』
 母艦の中にそんな報告が響く。バラバラの機種と、何より動きの鋭さが空母艦載機とは一線を隔していた。
『噂の傭兵、か‥‥。カッシングは無能だから破れたのだ。能力者などと言っても、所詮は人間だろう?』
 しかし、ブリッジの中の高い場所で、悠然と笑う中年の白人男性。いまだアフリカ軍が本格的に動くべきでは無いが、甘く見られるのも問題だと言う理由で出撃してきたらしい。
『前衛部隊を回せ。ブライトン様に勝利を捧げるのだ!』
 男の指示にあわせて、中型と小型のHWからなる小編隊が迎撃に向かう。

 その動きは、傭兵側にも捉えられていた。1機目がレーダーレンジに入った途端、ハンナの目の前に画像がポップアップする。
「あ、貴女は‥‥」
 知っている相手と似ているのだが微妙に違う雰囲気の少女の画の下に、小さく『斧塚藍子』と名前が表示された。思わず、ハンナが声をあげる。
「もう止めましょう! リリア姉様もきっとそう望んでいらっしゃいます!」
『今の私を侮らない事ね! リリナ様への愛の証‥‥見せてあげる』
 敵であっても肖像権に配慮する企業、カプロイアの提供でお送りします。しかし、羽矢子がその機体を確認した時に表示されたのは、藍子ではない。
『これはこれは。楽しめるといいのだが』
 男性の画像の下に表示されたのは『アルゲD』の文字。本物であれば、見た目によらず端倪すべからざる難敵だが。
「‥‥違う、か」
 プレッシャーが無い。それは戦場を多く渡ってきた羽矢子なれば肌で判る感覚だった。
『リリナ様の御命令だ。これ以上は遊んでいられないんでな‥‥』
『お前を殺せば、リリナ様が褒めてくださる!』
 藍子=アルゲD機が、有人の中型機をカバーするように前に出る。一方、羽矢子のやや後方につけた夢理のフェイルノートは、多弾頭ミサイルで多数の敵をカバーすべく位置を調整していた。が。
『夢理ちゃん? ミサイルなんか向けてどうしたの?』
 きょと、と首を傾げる黒髪の少女の画像が現われた瞬間、動きが止まった。ちなみに、『藍子=アルゲD』とは別の小型機である。
「騙されました! わ、私に女の子を傷付ける事など出来る訳がっ!」
 味方じゃなくて敵に表示されるのは想定外だったらしい。そして、想定外は他にもいた。
『本艦に敵の攻撃を許すな。迎撃、撃ち方を始めぃ!』
「‥‥か、かっこいい。けど‥‥」
 栗花落がロングボウの遠距離照準システムでビッグフィッシュを捉えた途端。
『させるなっ!』
「あ、ご、ごめんなさい大佐!」
 渋い男声に叱責されて少女は首をすくめる。
「うぅ、これ、一々出てくるからやりづらい‥‥」
 御利用は計画的に。

「まさか、お前はキドン‥‥生きているはずが。それに、そっちはモリンか‥‥」
 前線に切り込んだリョウは、表示される敵データに唇を噛む。
『フフフ、地獄から戻ってきたのよ』
「ばかなっ、お前達は確かに俺達が倒したはずだっ!」
 自分で入れたデータだと言うのに、すっかりのめり込んでいた。
『人類はもはや滅ぶべき種なのだ。だから私とバグアが‥‥ッ』
 口舌を振るう痩せぎすの中年男は、アリエイルが設定した敵だ。彼女はその言葉に眉一つ動かさずに、覚醒する。
「能力限定‥‥解除‥‥導きの天使アリエイル‥‥アストレイア行きます!」
 敵味方が戦端を開いた中央部分へ、陽子の夜叉姫が突っ込む。その後方、彼女を援護する位置にシロウがついた。
『やっちゃえーっ』
「ふむ、語尾を伸ばす長さ、実にエレガントです」
 機内に響く擬似AIの声援にニヤリと笑いつつ、ストレイ・キャッツを進路の敵に放つ。
『まったく、ミサイル遣いが荒いのにゃ』
 擬似AIの声に、ミサイルの発射音が被った。その軌跡のやや上を飛ぶ陽子の機中で、一斉に5つの画像がポップアップする。全て見覚えのある、敵。
「‥‥行きます」
 K−02が敵を瞬時にロックオンした。白煙を引きつつ飛ぶミサイルは、狙い過たず小型機を叩き、砕いていく。

●よく見ろ宇宙人。これが戦争だ!
ダムダム『‥‥それがお前の、渾身、か‥‥。見事』
ギルモソ『くそっ、脱出装置はぁ!』
シモソ『なぜ私が‥‥こんな所で、こんな機体で!?』
ミキ『つまんない! つまんないー!』
ユキ『もう帰ろうよ。飽きちゃった』

 あっという間に、5機の小型HWが空中に散った。
「‥‥やはり、何か違いますね」
 陽子が嘆息する。かつての強敵との、身を切るような刹那の対峙を今一度と思ったが、やはり所詮は紛い物のようだ。
「モリン、お前は手ごわい敵だったぜ‥‥」
 その5機の中の1つを見つつ、リョウが言う。ちょっと長めの口上を言っている最中に、『モリン=ギルモソ』は陽子の攻撃で破壊されていた。アリエイルが対峙していた『中年の敵=ダムダム』も、台詞半ばに驚愕の表情を一瞬浮かべてスクリーンから消えている。それともう1組。
「加奈さま‥‥」
 『シモソ=加奈』の消えた画面を、夢理は食い入るように見つめていた。黒髪の少女がダメージを受けた一瞬、確かに。
(「加奈様のスカートの中がチラッと見えた様な――。これは、もしやボーナス機能で脱衣があるのでは!」)
 まさか、という思いと、しかしという期待が少女の中で戦いを始める。心中の戦いは、一瞬で決着がついた。ハンナと交戦中の『藍子=アルゲD』へと向かう羽矢子に、夢理はピタリと追随する。
「突っ込む。今度こそ、援護を頼むよ」
「‥‥はい。お任せください、赤崎様。今こそリサちゃん8歳の脱衣――いえテスト品の全機能の解明の為『夢理の本気』を見せる時です!」
 夢理の心は、既に『藍子=アルゲD』の先、後方で指揮を執っていると思しき中型ワームに向いていた。そこには夢理が設定したもう1人の少女、リサが割り当てられている。
『お前も御姉様を‥‥死ね!』
 ハンナのウーフーの背後を取った『藍子=アルゲD』の攻撃が空を裂いた。
「なぜ解らないのです! 貴女が道を誤ってる事に!」
『何を今更。御姉様を奪い合う汚れた女よ、あんたも私も!』
「例え道を外れていても、私はもう。‥‥引き返せません!」
 ハンナの叱責へ、敵と夢理が揃って言い返す。そんな会話には加わらず、羽矢子が敵の上を取った。
『ククク、いいな。いいぞ! ひゃは‥‥』
 ミサイルとレーザーに責め苛まれる敵へ、彼女は自機を一直線に落とした。剣翼が敵の哄笑を中途で途絶えさせる。
「汚れている‥‥そうかも知れない‥‥でも渡せない。姉様を渡すものですか!」
 四散する『藍子=アルゲD』機を見ながら、ハンナが小さく呟いた。

『た、助けて。私は、戦いたくないの‥‥っ』
 泣きじゃくる少女の画像に、アリエイルは刺す様な視線をぶつける。言葉とは裏腹に、敵の武装は彼女の方へ向いていた。ならば、敵だ。
「残念ですが‥‥揺さ振りは通用しません‥‥。それが由佳里さんの教えです!」
 ミサイルを撃ちこむ。空中変形で切り込むほどの強敵とは思えない。
『てめぇえ! チョコ食ってる最中に攻撃してくるんじゃねぇ!』
 羽矢子の画面上では、チョコレードという表示の男が猛り狂っていた。これも、プレッシャーが無い。
「‥‥ったく。さっさと片付けるか」
「同感です。一刻も早く脱‥‥実験を進めなければ」
 アリエイルがレーザーバルカンで叩いた所を、夢理の螺旋弾頭が穿つ。火を吹いたHWが消火作業を始める間もなく、羽矢子の剣翼が『チョコ男=気弱少女』の機体を2つに斬った。
「‥‥弱い偽者倒していい気になる趣味はないし、あたしには合わないかなぁ」
 苦笑しながら、羽矢子は装置についていた大き目のボタンを押す。

『やれやれ、老人を敬うべしと東洋では言わなんだかね』
「‥‥」
 紛い物の老人へ、陽子は返答しようとは思わなかった。行き過ぎ様の剣翼を避けようとする動きは、あまりに緩慢だ。彼女が反転し再攻撃をしかける態勢を整える間に、リョウが近間からAAMを立て続けに放つ。
『ぬぐ、おのれぃ! ぐあぁ!』
 芝居気たっぷりに叫んでから、『キドン=爺』機も爆散した。
「キドン、再び黄泉へ帰れ‥‥」
 静かに言ったリョウの肘が、偶然ボタンに触れる。そして。
「やはり、違いますわね‥‥これは」
 溜息をついた陽子も、同じボタンへ手を伸ばした。

 同時刻。研究室にて。
「そういえば、あのボタンは何かね? 緊急用のシステム遮断装置かな?」
「いえ。システムオフは、その下のボタンを2つ長押しです」
 伯爵の問いに、主任は笑顔で続けた。あれは、隠しキャラ出現用スイッチだ、と。

●悲しいけどこれでも戦争なのよね
『傍受した通信は支離滅裂ですが、新手は予想外に強力であります。前衛の小型8機は30秒と持たずに壊滅しました』
『ぬ、精神操作を施された強化兵の類か?』
 中型ワームのパイロットからの報告に、旗艦に座した男は僅かに腰を浮かした。
『直衛を出せ。数で押し切るのだ』
 ビッグフィッシュから、新たなHWが姿を見せる。

 あっという間に粉砕された敵前線に、残るは中型2機のみ。
『待っていましたよハンナ。さぁ始めましょう‥‥。許されざる姉妹の舞を』
 リリナの冷たい声と共に、荘厳な曲がハンナの機内に流れる。
「もう止めましょう御姉様!!」
 放たれたプロトン砲に翼を焦がされつつ、ハンナが叫んだ。
『夢理お姉さん? どうしたの?』
 首を傾げた穢れを知らぬ少女へ、夢理は獲物を狙う鷹のような目を向ける。
「リサちゃんとは一緒にお風呂にも入った仲です‥‥。力づくは胸が痛みますね。しかし、己の手で脱がすのはまた別種の浪漫なのです」
 言い放つ少女の声を聞いた『リリナ=リサ』機の中のバグアは、戦慄した。
『司令、敵は自分を‥‥弄ぶつもりであります!?』
 パイロットの、泣きそうな声が重力波通信を介して飛ぶ。しかし、もう1機の中型ワームは戦いを優勢に進めていた。
『何故かは判らんが、敵は錯乱しているようだ‥‥ならば!』
 プロトン砲の斉射を辛うじて回避する羽矢子とリョウの動きに、普段の切れは無い。
「そんなっ、君は‥‥ラシェル。でも、君は確かにあの時、俺の腕の中で、埋め込まれた自爆装置に」
 苦悩の呻きを上げるリョウを、映像の少女は静かに眺めるのみだ。彼女の名前は、海禅寺・ラシェル。リョウの幼馴染にして、時代に散った儚い少女だった。
「それなのに、何故君がボルゲ一味にっ」
 ガン、とアームレストを殴りつけるリョウ。羽矢子もまた、会うはずの無い相手をモニター越しに見て、自失していた。
「嘘、どうしてイルマがここにいるの!?」
『仕方がなかったの。私にはもう、居場所が無いから‥‥』
 金髪の少女は、寂しげに囁く。声と共に、再度赤い光線が飛んだ。

『おのれ、人間どもめ。家畜の分際で思い上がりおって!』
 後方にいたビッグフィッシュは直衛と共に前進を始めたが、鈍重な巨体が辿り着くには時間が掛かる。傭兵達がその全力を以って叩きに来ていれば、この空域のバグアは壊滅していただろう。だが、実際には。
『人類は‥‥、一度滅ぶべきなのよ。この星の為にも!』
「この声。いえ‥‥まさか‥‥そんな設定は!?」
 ビッグフィッシュから響いた(ように見える)声に、アリエイルがびくりと震える。その声は、彼女にとって掛け替えの無い義母の声。彼女に戦い方だけでなく、進むべき道をも教え導いてきた女性が、敵意を露わにモニター越しに睨んでいた。そして、彼女と逆側から旗艦へ向かっていた陽子の前には。
「そんな‥‥突然、騎士団を解散して姿を消したかと思えば‥‥何故、バグアなどに!!」
『久しぶりだね、ナイト・ブラッド。このような形で再会するとは、‥‥残念だよ』
 黄金の仮面を身につけた男の姿が、映し出されていた。

「本物なはず‥‥ないです‥‥。そんなはずは!」
 アリエイルの動揺は、言葉よりも機体の動きに現れていた。ビッグフィッシュの対空フェザー砲が不用意に近づいた彼女の機体を突き刺す。
『弾筋に迷いが有る。‥‥それではあなたが死ぬわ』
 本物そっくりの由佳里の声に、手が震えた。理性が本物のはずは無いと告げ、しかし感覚はその声に、先ほどの擬似人格にはない物を感じる。それも当然だろう。その声は、少なくとも本人の物なのだから。そして。

『そうか、お前は私の敵に回るのか。私を撃つ。撃てるのか?』
 静かに、モニターの向こうから見据えてくる『足長大佐』の魅力に、栗花落は陥落寸前だった。敵は彼女のAzureの射程内だ。しかし。
「うぅぅ‥‥。そんな低く渋い声で囁かれたらボクは攻撃できません大佐‥‥!」
 彼女の指が、トリガーから離れて逆の腕の袖を掴む。

●希望より理想より憧れより
『どうして来てしまったの? この戦場に』
 戦場と書いてソラと読む。宇宙人らしい物言いで、リリナが言った。ハンナとて、一方的に攻撃を受けては居ない。切り返し、側面を取り、それでも一手が積みきれない。
「‥‥くっ。姉様‥‥」
 僅かな躊躇いの間に、HWはスコープから姿を消していた。このままでは、そう歯噛みした時。
「無駄です、そのようなまやかし、私達には通じませんっ」
 どうみても幻覚に毒された夢理の声が、ハンナの呪縛を解く。
『下‥‥!?』
 わざわざ不利な低空から。夢理はブーストを発動し、抉り込むようにミサイルを放っていた。
「このアングルならば‥‥いえ、この角度なら!」
 どこのカメラ小僧か。その執念が、中型ワームに直撃を与える。
『やめて、お姉さん』
「私も苦しい。でも、仕方が無いんですっ」
 この手が悪いんだ、と言わんばかりに首を振りつつも、夢理の視線はモニターから逸れない。その様子に、ハンナは唇を噛んだ。
「私は‥‥」
『ハンナ』
 リリナの声に、頭を振る。前を見据えた彼女の目に、もう惑いは無かった。
「守るべき友が、絆が、私にも在るのです!」
「次のアプローチで決めましょう、ルーベンス様」
 欲望と希望の交錯する戦場で、少女と聖女が心を一つにする。
『くっ、こいつら‥‥。司令! 助けてください‥‥! もう嫌であります司令ィィ!』
 『リリナ=リサ』の中の人が悲鳴を上げた。レーザーが、ミサイルが、HWの装甲と共に彼の精神をも刻んでいくような錯覚。
「あと一枚‥‥!」
「御姉様‥‥、この一撃で」
『止めろ、それ以上私を汚すな‥‥ぁあ!?』
 機関に火が回り、逃げ惑う中型ワームは微塵に砕け散った。四散する破片の映像に被るように、リリナの声が機内に響く。
『愛しているわ‥‥いつまでも‥‥』
「リリア姉様‥‥御姉様ァ!!」
 ハンナの慟哭が、青空に遠く木霊する。そして。
「‥‥くっ、撃墜がフラグではないのですね。ならば微量のダメージで削りを入れるべきなのでしょうか」
 夢理は次なる挑戦に余念が無かった。

「駄目だっ、俺にはもう一度君を死なせるなんて、出来ない‥‥。卑怯だぞっ、キドン」
 レティクルから視線を外して、リョウは拳で膝を打つ。被弾。シラヌイが主を詰る様に、僅かに震えた。それでも、彼は手を上げる事が出来ない。それは羽矢子も同じだった。一方的な攻撃は、手出しが出来ぬ2機を着実に削っていく。
『羽矢子、お願いがあるの。私を撃って』
 不意に響いた少女の声に、羽矢子がピクリと震えた。
「‥‥!」
『でないと私が貴女を撃たないといけなくなる‥‥もう疲れたの』
 ゆっくりと、羽矢子の視線が上がる。それは、突き刺すような殺気に満ちた物だった。
「‥‥お前はイルマじゃない。イルマはあたしの事を、そんな名で呼んだりしないっ!!」
 くびきを解かれた腕が、足が。十の翼に命を吹き込んでゆく。
『‥‥何だ。今さら動くのか。諦めが悪‥‥』
 言いかけた『イルマ=ラシェル』の中のバグアが、カメラ越しの殺気に言葉を途切れさせた。
『馬鹿な。この俺が、怯えている、だと‥‥』
 プロトン砲を向ける。羽矢子のモニターに移る少女が、偽りの微笑を貼り付けたまま何かを言いかけた。瞬間、羽矢子の拳が装置を叩く。一瞬走ったノイズと共に、金髪の少女の姿は画面から消えた。代わりに現れたのは、どういう拍子でか回線がリンクしてしまったバグア。
『‥‥なんだ。これは。人間の機体に‥‥繋がって?』
「よくも人の心に土足で踏み込んでくれたね」
 限りなく冤罪であり、バグアには何の罪も無い。が、羽矢子は振り上げた巨大すぎる怒りの振り下ろせる相手を必要としていた。最小限の機動で、直撃だけを避ける。翼が歪み、エンジンが異音を立てたが、それでもこのアプローチラインをはずせない。
『ちょ、待て、話せば判‥‥』
 剣翼がギラリと陽光を反射し。
「ここにお前達の『居場所』なんて無いって事、‥‥思い知らせてやるっ!!」
 哀れなバグアを、機体ごと両断した。はっと顔を上げたリョウの眼前で、少女の画像が薄れる。その唇が、確かに『さよなら』と動いたような気がした。
「ラシェル? ラシェール!」
 少年の叫びが、虚空へ消える。羽矢子の機体は、無茶をしすぎて限界だった。しかし、彼はまだ戦える。
「‥‥また、助けられなかった。俺への想いを利用されて‥‥。許さないぞ、帝王ボルゲっ!」
『ファファファファ。許さねばどうだというのだ‥‥。地中海に滅びよ、学園特風カンパリオン!』
 わざわざ2つ名まで入力している研究員の拘りが映像に真実味を加え、少年の怒りを掻き立てた。

●これも生き物のサガか
 ビッグフィッシュとその直衛のみにまで撃ち減らされたバグア艦隊にとって、まだ災厄の日は終わっていない。だが、艦長は少しばかり勘違いしていた。
『ふ、息切れしたか‥‥? このまま5分持ちこたえられれば、戦線を押し切れる。勝てるのだ、諸君の奮闘でっ』
 指揮台を殴打し、彼はブリッジクルーへ檄を飛ばす。彼は知らない。この僅かな猶予が、人類側のシステムの悪戯による物に過ぎないと。
「何故、何故です。ナイト・ゴールド団長!!」
『それを私に聞くかね?』
 ビッグフィッシュの散発的な対空砲は、陽子の夜叉姫をもってすれば怖れるに足りない。しかし、彼女は絶好の攻撃機会を幾度も逃した。続いたシロウが、怪訝そうに白い毛並みの下の眉をひそめる。
「愛と正義とを語り合った、あの時の貴方は、何処へ行ったというのです!!」
『‥‥言った筈だ。正義とは、例えどの空であろうと己の志の下にこそあると。今、私の志はここにある!』
 本物そっくりの口調でいうそのキャラクター造形は、彼に振り回され続けたカプロイア社員が作りこんでいるだけあって完璧に近かった。
『どうした。撃てないのか。ならばこちらから行くぞ、栗花落!』
「はうっ、その声で名前を‥‥呼ぶなんて、反則だよ」
 機内で身悶える栗花落は、もはや戦力外に見える。そして、何とか攻撃を加えているアリエイルも、躊躇いが見て取れた。絶体絶命のピンチに。
「――ガタガタ言ってんじゃねーですよこの金ピカ! 陽子さんもだ!」
 シロウの声が、広域回線で響いた。
『金ぴか‥‥だと? 私の事か、それは!?』
 旗艦のバグアがうろたえる。言われる側にとっては、身に覚えがないことこの上ない罵声だった。しかし、恋する白熊はそんな事聞いちゃいねぇ。
「シロウさん‥‥。ごめんなさい、わたくし‥‥」
「‥‥私が惚れた女はこんな時はどうするんでしたっけか」
 普段では聞かれないような陽子の弱々しい声に、シロウは白熊フェイスで可能な限り爽やかに笑った。
「さぁ、戦って、勝ちましょう。私達がどういう存在であるか、見せ付けてやりましょうよ」
「ならば、わたくしは人類の守護者として‥‥いえ、円卓の騎士が一人、ナイトブラッドとして!!」
『な、何?』
 名乗りを上げた陽子に、バグアが問い返す。しかし、少女の画面上に映る黄金仮面は、ただ口元を笑みの形に歪めただけだった。
「人類の敵へと堕ちた貴方を、倒します!!」
『そう、それでいい』
 熾烈な対空砲火の只中を、息を吹き返したように夜叉姫が踊る。避わすのではなく、己が身を削りて敵を穿つ事こそ彼女の戦い方。だが、それまでに受けていたダメージは決して少なくは無い。
「‥‥くぅ」
 体当たりを狙うような軌道を、アリエイルは紙一重で避ける。しかし、トリガーを引く指の動きはやはり遅れた。
『さぁ‥‥どうしたの‥‥撃ちなさい!!』
 画面の中、敵の筈の由佳里が彼女を叱責する。はっと顔を上げたアリエイルは、迷いを振り払うように一度、首を振った。今は導かれてばかりいる、自分。しかしいつか。
『何の為にあなたは戦っているの!』
 その教えの先を行く事が出来るならば。共に並んで飛べるのだろうか。
「仮想人格でも‥‥本物でも‥‥私は貴女の教えのままに‥‥」
 ぐ、と機体が機首を上げる。目の前の巨艦は、今は倒すべき敵。
『落とせっ。敵は手負いの集団だ。落として見せろ!』
 バグアの艦長が叫ぶ。そして、画面の中の大佐も。
「‥‥!」
 手出しできない自分ではなく、フロントの陽子とアリエイルが砲火に曝される。単に射程の問題なのだが、その光景が栗花落の乙女回路に冷水を浴びせた。
「‥‥皆が危ないんだ。だから‥‥幾ら大佐でも‥‥」
 一度は離れた指が、ゆっくりとトリガーに掛かる。
「‥‥大佐。ボクは、あなたのことが好きです。だけど‥‥、味方がやられているのを、ただ黙っていることなんて出来ないんです」
『栗花落‥‥。いいだろう、撃て。お前の渾身を、込めてみろ』
 鋭い眼差しの中に、優しさを秘めたような気がする視線が、彼女を見据えた。少女は目をそらさずに、見返す。多弾頭ミサイルが、旗艦の周囲を盛大に覆った。
「行きます‥‥!」
 その隙を縫い、アリエイルが下方のハッチへ銃弾を叩き込む。
『それで良い‥‥それでこそ私の‥‥』
 中途で、由佳里はノイズに飲まれて消えた。
「‥‥お母様」
 囁いた彼女と入れ違うように、人類の守護者の刃が一閃する。更に、もう一撃。巨艦が大きく傾いた。
「‥‥今度こそ本当に止めだっ、永遠に黄泉の国で眠れっ亡霊!」
『ぬおおあっ』
 リョウが、今までの憤りをぶつけるかのように叫ぶ。撃ち込まれたライフル弾は、狙い過たずブリッジを粉砕した。実は栗花落好みだったバグア指揮官が、炎に飲まれて消える。
「伯爵、あなたは本当に恐ろしいシステムを作り上げてしまった‥‥」
 そんな事実を知らぬまま、少女はそっと呟くのだった。ちなみに、作ったのは伯爵ではありません。

●みじけぇ夢だったな
「よ、良かったです‥‥。本物でなくて」
 出迎えた由佳里に、アリエイルはホッと息をついた。データを引き取りに来た技術者に話を聞いて、羽矢子が怒りの篭った視線を周囲に向ける。が、歩は既に逃げ去っていた。のもじも、新たな戦いの舞台へと旅立っている。
「‥‥余りにも真に迫っていたので、つい‥‥」
 赤面するハンナの横で、夢理が鼻息も荒く開発要員へ詰め寄っている。
「だから、脱衣機能とかありませんからっ!?」
「いえ、私も陰に生きる身。表ではそう言わねばならぬ事情は察しております。ですが‥‥」
 話は長くなりそうだった。大きく息をついてから、陽子はコクピットを後にする。メットを置いてタラップを降りる姿は、もう普段と変わりなく。その姿に、シロウが無言で頷いた。
「‥‥はぁ‥‥」
 魂の抜けた様子で、栗花落はキャノピー越しの空を見上げる。普段の戦闘よりも、明らかに消耗は激しい。リョウもまた、機体からすぐに降りては来なかった。

 かくて、華々しいデビューを飾った新システムだったが、様々な弊害ゆえに二度と日の目を見る事は無かった。一説には、脱衣機能を本当につけようとした開発部がPTAの圧力に屈したとも言われる。また、他の説によれば、不本意にも殺されたバグアの呪いが開発部員を殺して行ったとも。
「‥‥ですが、いつか必ず帰ってくる筈です。私達の祈りがある限り」
 そんな熱い思いに応えて、音声データと会話パターンだけが、同人即売会で売り出される事があったかもしれないが、真実は闇に葬られて衆目の知る所では無い。