●リプレイ本文
●序幕〜天空の城塞〜
空に聳える城。冗談のような光景だが、それは現実の圧力を持って目の前にあった。
「CW展開を完了した模様。要塞の前面12km‥‥トレドからだと目と鼻の先ですか」
前線からの情報を、秋月 祐介(
ga6378)が読み上げる。じりじりと前進する青い壁の背後から、射程に物を言わせてプロトン砲を撃ち込む戦術だろう。歩兵の壁の脇から長弓を射込むが如く。空の戦場とは思えぬ様相に、祐介は苦笑した。
「貴女にお会い出来てよかった。シスター・ジャンヌ」
マドリードの市街を見下ろして、ハンナ・ルーベンス(
ga5138)は呟く。出撃前に面会したあの少女は、この街のどこかで彼女達の為に祈りを捧げているのだろう。
「これだけの戦場だ。全力で行っても足りると言う事はあるまい」
最前線で。敵の布陣を聞いた白鐘剣一郎(
ga0184)は、落ち着いた口調で周囲に告げた。敵の数も多いが、味方も多い。
「このメンバーはさすがに壮観ね」
そして、トレドの前線司令部で。傭兵向けのオペレーターを買って出たファルル・キーリア(
ga4815)は、表示される名前を見てそう呟いた。多くの名のある傭兵が、今回の緊急呼集に応じて参戦している。
『でも、数ばかり多くても、大した事無いよね、ユ‥‥』
言いかけてから、ミカは言葉を切った。彼の双翼はここにいない。ここは1人で寒い。
『‥‥早く片付けて、帰るから』
今度は、いない人に向かうように言った。だから待っていて、と。その言葉とともに、真紅の死神が青空に溶ける。
『おい、勝手な‥‥。チッ』
迷彩仕様のワームを駆るバグアが舌打ちした。カッシングの檄に応じて集った面々は、かつての彼の従者たちのように盲目的な忠誠を誓っている訳ではない。手柄を立てる為、あるいは裏切り者の粛清の為、カッシングに恩を売る為‥‥。そして、それ以外にも。
『遣り残したモノが、一杯あるネ』
地上で、前を見ながら、アニスが不意に言った。思い出せないものが増えてきたけれど、それはまだ覚えている。
(何アホ言うとるんや)
耳に聞こえる幻聴に合わせて。
『何を馬鹿なことを言っている』
同じ声が聞こえた。一歩踏み出て、彼女の『レヴィヤタン』を守るように立つ黒いタロス。彼を信じるな、と言った誰かの声に、アニスは首を振った。彼と同じ顔と、彼と同じ体と、彼と同じ声をしている間は、信じる。それが少女の選んだ結論で。
『‥‥行くぞ』
目の前の背中は、今までその信頼を裏切りはしなかった。今日が終わっても、そうだろうか。
『そうダネ。逝こウ』
ホバー駆動で、巨体が滑る。
●空〜先陣は戦の華なれど〜
規則正しく並んだCWの群れに、最初に攻撃を仕掛けたのはアレックス(
gb3735)以下の【プロミス分隊】各機だった。支援に入るレイヴァー(
gb0805)以外、足の速いシラヌイで固めた高速打撃部隊である。
「行くぜ、カストル! パーティーをおっ始めようぜ!」
「無茶をしますね。でも、ここで‥‥、死なせる訳にはいかない」
アレックスに続き、ナンナ・オンスロート(
gb5838)が敵へ距離を詰める。襲ってくる頭痛が集中力を奪うが、置物同然のCWに攻撃を外す心配は無い。配慮すべきは、直衛機からの反撃だった。
「ふぅ‥‥不知火でよかったー」
HWのプロトン砲をAEUで弾いたアリエーニ(
gb4654)が言うも、防げるのは一撃。固まったCWに対して剣翼の間合いまで突っ込むのは自殺行為だ。
「一撃が限界ですか。‥‥一度引きましょう、アレックスさん」
やや後ろからライフルを放っていたクラーク・エアハルト(
ga4961)が言う。レイヴァーが張った煙幕の中を、【プロミス分隊】は高速で退避した。彼らが僅かに抉った壁は、ゆっくりと左右から塞がれていく。
「遅れました。後は任せてください」
【サイレンサー】の御崎緋音(
ga8646)が、傷だらけの僚隊の代わりに前へ出た。しかし、彼女の隊もCWの壁に対して有効な兵装で固めているわけではない。
「‥‥効いてる気がしないな‥‥」
ソーニャ(
gb5824)が撃ち込んだG放電装置は、青い輝きに減衰させられて届かない。近接仕様のYU・RI・NE(
gb8890)が突っ込めば、プロミス分隊と同じく苛烈な迎撃にあうだろう。先発各機が攻めあぐねたまま、敵の前線はじわじわと前へ進む。
CWの処理は、地上でも行なわれていた。違うのは、展開していた正規軍KVがいたことと、空中に比べれば陸上のCWが薄かったことだ。前線部隊がCWの処理に取り掛かる間、それを迂回しつつ前進してきた金城 エンタ(
ga4154)は、目指す景色にたどり着いていた。丘の向こうに隠れていた、足の遅いTWの陣地。
「空戦部隊の為に‥‥」
全推力をつぎ込んで、斜面を駆け下りる。上空を向いていた砲門が水平に降りたときには、エンタは単機で敵中に切り込んでいた。
「敵が対応し切れていないうちに‥‥叩けるだけ叩きます!」
直衛のゴーレムを迂回しつつ、槍先で浅手を与えていく。撃墜よりも、混乱を目指した彼の突撃は上空に幾らかの余裕を与えていた
軍の主力が到達したのは、その直後だった。
「対象を電探で捕捉、すごい数っすよ!」
三枝 雄二(
ga9107)が、びっしりと並んだCWの群れにそんな声をあげる。彼と伊藤 毅(
ga2610)は、マドリードからの編隊をエスコートしていた。
「相手が置物なら、俺達だってなぁ!」
まばらな対空砲火の中、スペイン全土から集められた通常戦闘機がミサイルを一斉に撃ち放す。その半ばは目標に辿りつく事無く破壊されたが、残る半数は青く輝く立方体の群れを赤い炎で彩った。
「はは、随分派手な葬式になりそうですな。爺様」
稲葉 徹二(
ga0163)が笑う。アルヴァイム(
ga5051)の指揮する【clipper】は、通常機の編隊の前面に位置していた。
「見つけました、敵です!」
CWの陰の歪みを視認して、周防 誠(
ga7131)が声を上げる。中央に、グラナダにいたという迷彩ワーム。
「残念だけどここでお引取り願おうか。ここはお前たちの居場所じゃないんだよ!」
赤崎羽矢子(
gb2140)の多弾頭ミサイルが機先を制する。通常機のそれとは違い、意志を持つような細かな動きは、HWとて回避し難い。しかし、敵の数は尋常を越えていた。10、20、迷彩機に指揮されるように小型HWが青い壁の向こうから姿を見せる。
「作戦目標へ着弾を確認、ドラゴン1より各機、RTB」
毅がミサイルを撃ちつくした通常機の後退支援に回った。骸龍で後方にいた北柴 航三郎(
ga4410)が、退避タイミングの指示を行う。
「誘導はこちらで行なおう」
航三郎と共に飛んでいた崔 南斗(
ga4407)のアヌビスが、毅と共に下がる部隊の脇についた。
「1、3、2の順で後退してください。【clipper】、よろしくお願いします」
「彼らの退避まで60秒、ここを保持します。それまで、中型は一機も通さぬよう」
航三郎の声を受け、アルヴァイムら【clipper】各機が薄く戦線を張る。
「か、感謝するが、無茶だ!」
通常機からの返信に、アルヴァイムは答えた。支える事こそが黒子の矜持であると。その灰色の機体の隣に、真紅の夜叉が並ぶ。大丈夫、と言い添える月神陽子(
ga5549)の口元には微笑すら浮かんでいる。
「それに、目指してみたいとは思いませんか? 味方からもほとんど被害が出ず、最後に笑って勝利を祝えるような『完全なる勝利』を!!」
敵の一角を、少数で支えようという蛮勇。しかし、そこに集っている面々はそれが出来ると信じていた。
「‥‥目指したい、ですねっ」
ニコッと笑って不知火真琴(
ga7201)のロビンが援護に加わる。
「援護してあげるから、頑張って逃げてまだ働きなさいよね」
イビルアイズの崔 美鈴(
gb3983)が一般機の後尾に入り、敵の照準を多少なりと甘くした。
「夜叉姫は右へ。プロトン砲よりミサイル装備の敵の相手が向いてるわよ」
続いて響いたやや歪んだ高音は、少女のそれのように聞こえる。誰か、と問う愚は誰も犯さない。この場では、敵でなければ味方だ。
「わたしは『黄昏の魔女』。よろしくね、お姫様♪」
黒く塗り替えたウーフーの機内で、魔女の扮装に身を包んだ霧島 亜夜(
ga3511)が笑った。不利に当たるを恐れぬ者は、彼らだけではない。【clipper】と敵がぶつかる寸前、効果的なタイミングを狙っていたかのように、3機のKVが側面を衝く。
「厄介そうな数ですが‥‥潰してみせますよ、徹底的にね!」
荒っぽい口調に変じた夕風悠(
ga3948)が、愛機のルネを躍らせる。一瞬、数に飲まれそうになったクラリア・レスタント(
gb4258)も、僚機の勢いに続いた。
「こちら【Swallow】隊長、叢雲。これよりそちらの援護に入ります」
両翼に続いて、叢雲(
ga2494)の黒いシュテルンが狙い撃つ。3機の集中攻撃を受けた敵機が、爆散した。
●陸〜最前線〜
「ハッ! こいつぁ凄い! 数えるのも億劫になっちまうなぁおい!」
ゼラス(
ga2924)が豪快に笑う。前線に広がる敵は、キメラと陸戦ワーム主体だが地を埋めるような数はウンザリするほどだ。
「だが、前を支えて貰えるのはありがたい。我々の真価が発揮できるという物だ」
増援の第一陣として来着していたユーロファイターの隊長が頷く。射撃能力に秀でた陸戦仕様は、後方からの火力支援が本領だ。そんな彼らの1kmほど前、最前線の中核に布陣しているのが【疾風】隊だった。
「いやあ、大規模作戦でもないのにこれだけ集まるとは‥‥凄いものですねえ」
カッシングの人徳だろうか、と井出 一真(
ga6977)が苦笑する。敵も味方も、決戦に相応しい陣容だった。
「小隊の名のままに、戦場を吹き抜ける風として敵陣を切り裂きましょう!」
槍を携え、リゼット・ランドルフ(
ga5171)が凛然と立つ。
「われらは疾風。戦場を駆ける一陣の風なり‥‥ってね」
指揮を執る神撫(
gb0167)は、乱戦になる前に敵の陣形を確認した。大小取り混ぜたキメラを前に、ゴーレムを直衛にしたTWとRexが後方に見える。期せずして、こちらと似た陣容だ。中央、色違いの角突きゴーレムが見えるのが隊長機だろう。
「‥‥狙うは砲撃機、一気に飛び込むぞ」
神撫は当然のようにそう断を下す。切り込み、突破は得意な面々が揃っていた。
「えと‥‥皆さんが行くなら、私も力になりたい。その為に、来たんです」
ゆっくりした雰囲気の梶原 静香(
ga8925)も、やはり突撃随伴は慣れた様子だ。慌てた風も無く、ハイ・ディフェンダーを抜き放った。
「往きましょう、これ以上奴に誰も泣かさせん!」
守原有希(
ga8582)も、懸念を振り払うように言う。僅かに過ぎった懸念は、いまだ姿を見せないEQの事だった。
「地下の曲者には、拙者も気を配っておきます。存分に御働きくだされ」
翁 天信(
gb1456)が年に似合わぬ口調で言う。
そのやや後方で【迅雷】隊の面々は戦線を維持しつつ、追撃の機を伺っていた。
「迅雷、ですか。良い名前です。今この時だけとは言え、この名に恥じぬ働きをせねばなりますまい」
掲げた右手を握りながら、飯島 修司(
ga7951)が静かに微笑する。甲に輝く十字は敵の墓標か、それとも敵を裂く剣か。大剣を担ぐように、天原大地(
gb5927)が隣を埋めた。磨いた腕と気迫は、今日この時の為に。
「久しぶりの部隊指揮‥‥腕が鈍っていなければいいですが」
神撫同様、臨時の隊長となった鹿嶋 悠(
gb1333)は傷跡の残る頬をかいた。
「おいおいなんですか。どうにも知り合いとガーデンなメンバーばかりじゃないですか。はっはっは、こりゃぁ実に気が合うね」
楽しげに言う鈴葉・シロウ(
ga4772)の言うとおり、蓋を開ければ攻撃向きの顔しかいない部隊編成だ。
「類が友でも呼んだかね?」
ニヤッと笑うゲシュペンスト(
ga5579)に、同様の表情のクロスエリア(
gb0356)が肩を竦める。
「いやはや、頼もしい限りですねぇ」
先行した【疾風】の情報を整理しつつ、蓮角(
ga9810)が頷いた。
「さぁ、大舞台だぞ兄弟!!」
孫六 兼元(
gb5331)が愛機の操縦桿を軽く叩く。キメラの小部隊が目の前に迫っていた。
「‥‥始まったか。んじゃ、こっちもおっぱじめるか」
突撃の様子を眺めつつ、ブレイズ・S・イーグル(
ga7498)が言う。フェニックスが肩に担いでいた大剣を、がしゃりと構えなおした。
「始めようか‥‥相棒‥‥俺達の‥‥狩りを‥‥」
その奥では、愛機『虎白』へと西島 百白(
ga2123)が語りかける。傭兵の主軸の二部隊が突撃を敢行している間、薄くなった守りを担うのが彼らだった。守るといっても、攻撃的な二機は前へ出る。
「援護は任せておけ。しっかり撃ち込んでやる」
ゼラスのアハトアハトがその言葉どおり、前面のキメラを地面ごと吹き飛ばした。
「くそったれが! なんて数だ、何処を撃っても敵に当たるぜ!」
嬉しそうに言ってから、堺・清四郎(
gb3564)がライフルをリロードする。砲火を抜けてきた大型キメラに、柿原ミズキ(
ga9347)のフェニックスが飛び掛った。
「今のボクは、躊躇しないんだもんね」
顔面にレッグドリルを叩きつけ、そのまま抉る。上がった悲鳴を聞きつけて、数匹のキメラが向き直った。一斉に飛び掛る牙と爪を、キメラの死体を盾に交わす。ひるんだ所に、エミル・アティット(
gb3948)の大声が響いた。
「一人相手に何人でやってんだ‥‥ってなぁ!! その喧嘩、あたしも混ぜてもらうぜ!!」
「ありゃ?」
顔見知りの声に、ミズキが振り返るより早く、エミルが隣に突っ込む。
「行くぜ、あたしは左、先輩は右だぜ!」
●陸〜友の為に、仲間の為に〜
「【御者】隊長機より各員へ、我等は主達をお運びする馬車である!」
五十嵐 八九十(
gb7911)が言った。彼らの目標は、後方の丘陵に位置したアニスとサイラスの元へ、仲間の想いを繋ぐ事。望月 美汐(
gb6693)の頬を涙が伝う。この戦場で、再び会うかもしれないと思っていた名が、ない。カッシングの忠実な僕だった男は、決戦に先立ってロシアの空に散っていた。
「エルンストさん、亡くなられたんですね‥‥敵でしたけど、もう一度話してみたかったな‥‥」
一度しか会ったことが無い敵。復讐の空しさを説いた彼女に、微笑の記憶を残して彼は退場した。復讐を捨て、戦いを能力者達に委ねた彼に、思い残しは無かったのだろうか。
「‥‥切り替えないと。もう誰も死なせない。その為に私はここに来ているんですから」
「せやね。皆で勝って、それで‥‥」
美汐の声に、物思うような風情で伊達 士(
gb8462)は唇に指を当てる。戦い終えて、この皆で祝杯を挙げられればいい、と彼女は考えていた。
「‥‥これ以上、私の祖国を土足で踏み躙られてたまるか!」
腕の感覚を確かめるようにレバーを握り、皐月・B・マイア(
ga5514)は前を向く。敵の最も厚い前線を、今から彼女たちは突破する。しなければ、ならない。
「それでは、紳士淑女の踊る舞台を設えに行くとしますかっ」
白蓮(
gb8102)が、スナイパーライフルを抱えなおす。
「噂に聞く武人、サイラスですか。心躍る、と言っては不謹慎ですかねぇ」
彼らに先を任せ、ヨネモトタケシ(
gb0843)はまだ見ぬ強敵に昂ぶる心を抑えていた。
「相手にとっては不足有りません。久しぶりに兵衛兄と組んで戦うのも良いモノかも知れませんね」
榊 刑部(
ga7524)の声に、榊兵衛(
ga0388)は重々しく頷く。
「今ここですべきことを速やかに果たすとしようか。個々の武勲など全体の勝利に比べれば、取るに足らぬ事だしな」
難敵と仕合う事よりも、榊流の名を上げる事よりも、今はただ勝利を。そして、その武人達の為に【御者】は行く。
「さて、もうそろそろ見えてくるハズ‥‥気を引き締めていきますわよっ!」
ソフィリア・エクセル(
gb4220)が言う。彼女達もまた、丘を目指していた。その様子が見えぬはずも無いのに、アニス達はその場を動こうとはしない。
「やはり、共にいたか‥‥」
ゴーレムの倍はあろうかという巨体と漆黒のゴーレムを目にして、アンジェリナ(
ga6940)が呟く。
「話には聞いている、彼女の元に向かうんだろ?」
風間・夕姫(
ga8525)が、戦友にそう問う。首肯する彼女に、フッと微笑を返した。
「風間機よりワルキューレ各機へ。アンジェリナが馬鹿娘に説教かましにいくそうなので付き合う事にした、付いてきたい奴は付いて来い」
応じた傭兵は7名。揃いの肌に密着したパイロットスーツに身を固めた美女と美少女とそれ以外の混成の臨時小隊【ワルキューレ】の面々だ。
「シルフィも、御姉様の御手伝いをいたしますの」
ぐ、と拳に気合を入れるシルフィミル・RR(
gb9928)へ、『それ以外』こと砕牙 九郎(
ga7366)が気遣うような視線を向ける。アンジェリナも心配だが、危険な突撃任務に同行する経験の浅い少女の事も、心配だった。
「さーて。撃墜スコアの荒稼ぎを始めるとするか?」
鹿島 綾(
gb4549)が前へ出る。掃射用の機銃と、大口径の火砲、そして粒子砲が一斉に敵へ向いた。
「あー、スパローより各機。ちょいと派手にぶちかますから――巻き込まれるなよ!」
視界を紅に染める、猛烈な一斉射撃。バラバラになったキメラが土くれごと巻き上げられる中、応射してきたTWへシルフィが切り込む。綾の追撃で吹き飛んだ装甲の隙間に、ソニックブレードが突き立てられた。
「ふみゅ、敵がいっぱいです。今日は大忙しなのですよー」
側面に現われたゴーレムへ、シェリー・クロフィード(
gb3701)が砲撃を開始する。盾を地に刺し、支えるようにして反動を殺した。ショルダーキャノンを向けた田中 アヤ(
gb3437)と、神代千早(
gb5872)が張る弾幕の中、盾を正面に敵機が迫る。
「不埒者は此方でお引き受けしますよ。ふふふ、うふふふふ‥‥」
抜き放ったディフェンダーで、千早が一歩出た。一撃を弾いた所で、ゴーレムの動きが不意に止まる。
「横がお留守なんだってばよ!」
攻撃の瞬間、九郎が剣を振るい。ゴーレムがスパークを散らしつつ倒れた。
「わ、急に出てくるから止まらないですー!」
シェリーの声に、九郎は慌てて敵の残骸の影に隠れる。多少かっこよくても、『それ以外』は所詮『それ以外』な扱いらしい。
そして繋がれた因縁は、この地に更に戦士を呼んでいた。
「サイラス‥‥アニスと一緒に必ずここにくると思っていたぞ!」
覇気を押えきれぬが如く、リディス(
ga0022)が気合を吐く。共にサイラスと刃を交えた事もあるブレイズ・カーディナル(
ga1851)が、ニッと笑った。
「あのサイラスって奴と戦いたいんだろ隊長? 思いっきり好きなようにやって来いよ。全力で援護するぜ」
「いつもなら指揮官が矢面に立つな、って言うところですけどね。今日は別です。誰にも隊長の邪魔はさせませんよ」
リディスの下で、普段は小隊をまとめる立場の水上・未早(
ga0049)も静かに微笑む。【8246小隊】の面々は、勇ましき女隊長の本懐を遂げさせるために、参陣していた。
「ええ、雑魚の横槍は止めてみせるわよ」
レイラ・ブラウニング(
ga0033)が赤い瞳を片方だけ、色っぽく閉じる。
「さあ、シンデレラを武闘会会場に送り届ける為に、かぼちゃの馬車が出発するよー」
リディスの双翼の片方、クリア・サーレク(
ga4864)が楽しげに笑った。もう片翼たるヴェロニク・ヴァルタン(
gb2488)は、無言で槍と盾を構える。その様子は、遠き先祖もかくやという姿だ。
「‥‥今はただ、皆を信じてやるべき事だけに集中するだけです‥‥」
仲間達も、全員無事で帰れるように。ベル(
ga0924)は未早の隣に立つ。丘への道筋を塞ぐTWの一隊が、こちらに砲火を向け始めた。
●空〜蒼天は青を失い〜
「きれいだなあ‥‥澄み切ってる」
頭上の蒼天を見上げて、相澤 真夜(
gb8203)はそう呟いた。出撃前に聞いたオルゴールの音が、耳を澄ませば聞こえてくるような、静かな空。【フレスベルグ】は、CWと護衛のHWへの対処を分担していた。戦闘経験が少なめの彼女の分担はCW掃討だ。
(結局あれからエルリッヒとアーネストさんに会えなかったけど‥‥元気だといいなぁ‥‥)
同じ空を見上げながら、リーゼロッテ・御剣(
ga5669)は今回の戦いの引き金となった青年を思い浮かべていた。敵として刃を交えながらも、あの青年への感情は悪いものではない。
「‥‥見えたっ!!!」
大河・剣(
ga5065)の声に、操縦桿を戻した。水平飛行に戻った視界内に、空中要塞が見える。そして、その前に展開する青い壁と。
「爺さんの葬式だ、派手にやろうぜ」
シラヌイの加速性に物を言わせて、紫藤 文(
ga9763)が隊長自ら先陣を切る。
「‥‥よし! 行こう!」
続く真夜は、空戦経験がまだ浅い。文は彼女の被弾をカバーするように、斜め前に回った。
「機種はバラバラ心は一つ、ってか!? フレスベルグ2突貫するぜ!」
抹竹(
gb1405)が続き、ミサイルとロケット弾を撃つ。迎撃に出たHWの相手は、残るメンバーの受け持ちだ。
「制空権は‥‥取りたいよね」
「人が‥‥安心して眠れる日の為に‥‥。リーゼ機! 行きます!」
今では珍しくなったR-01のユーリ・ヴェルトライゼン(
ga8751)とディアブロのリーゼがフロントを張る。小型HWはうんざりするほど多数だった。
「一機でも多く。それが次に繋がる」
自分に言い聞かせるように、カララク(
gb1394)はシュテルンを援護位置に回す。
部隊指揮から離れた剣一郎は、戦士として存分にその力を振るっていた。レティ・クリムゾン(
ga8679)もまた、その卓越した一個の戦力で崩壊しかかる戦線を支える。つまり、目立った。
『さっきから、邪魔だよ!』
幼い声とロックオンアラートが耳を打ち、反射的に翻した翼端をプロトン砲が溶かす。
「双子座か‥‥!」
眼前の敵機を叩き落した剣一郎が、綺麗なターンでFRの脇を取った。レティはその間に情報を送っている。双子座、出現と。
「精鋭機相手に単独で戦う心算は無い。まあ、待て。すぐに騎兵隊が到着する」
機首を振ったFRから、レティは敢えて距離を空ける。敵エース相手に稼ぐのはスコアではなく時だけでいい、と彼女は考えていた。
砲火飛び交う空域を迂回して、【シスターズ特戦隊】の美海(
ga7630)はギガワームの外観を眺められる位置へと密やかに前進していた。ロシアの防衛戦でも用いた手だ。
「折角作ったところを悪いのですが、参番艦を傷つけた恨みはらさせてもらうのであります」
もしもギガワームに耳があれば、冤罪を主張したやも知れない。外から見て判る目標は、岩肌のそこここから突き出した対空砲台、やはり岩を割って開くハッチなどだろうか。
「っと、長居しすぎたでありますか」
その対空砲が自身に向けられているのを見て、美海は隠密行動を中止し、全力で回避に入る。煙幕とジャミングを駆使しつつ後退し、稼げた時間は20秒。その短い間に彼女が送った情報は、後に大きな意味を持つことになる。
「戦死した姉妹の雪辱なのであります。シスターズ一人の命はギガワームより重いということを思い知らせるのであります」
カメルで逝った姉を思い、美虎(
gb4284)は静かに燃えていた。【シスターズ特戦隊】は、美海の送った情報を直接的な形で利用する。
「バグアどもに戦争というものを教育してやるのであります」
並ぶ2機のロングボウ。右側の機内で、美空(
gb1906)が地上が乱れた機会に乗じて前進を指示した。彼女たちの企図する攻撃は、ミサイルによるアウトレンジ攻撃だ。一般的なプロトン砲の射程外、とはいえ迎撃に出てくるHWからの攻撃は突破せざるをえない。
「そう簡単に、落とさせる訳にはいかないんですよ!!」
結城悠璃(
gb6689)は、機銃弾をばら撒きながら攻撃機のフロントラインの維持に努めていた。美虎のイビルアイズも、妨害だけではなく弾除けの役を果たしている。
3000‥‥2000‥‥1500‥‥1200。
「対ビッグフィッシュ用だから、威力不足かもしれないけど喰らいなさい! Fire!」
シェリー・神谷(
ga7813)が、対艦用の大型ミサイル『トライデント』を撃ち放す。美空のギガブラスターミサイルが後を追った。近接防御に阻まれて、2つ、次いで1つ爆光が届かず消える。しかし、残りは過たず城塞に直撃した。
「‥‥さすがに、煩いわね」
「一度、補給に戻る必要があるのである」
黙らせた砲門に倍する返礼が視界を真紅に染める。数機での肉薄攻撃はさすがに自殺行為だった。
「こういう戦いじゃぁ、落とされず、居続けることが敵へのプレッシャーになるんだよね」
ソーニャは仲間の位置を意識しながら、高速を生かして敵機の中を動き回っていた。
「少しづつ、着実にです」
「了解だ。フォローを頼む」
隊形を乱した所へ、緋音とYU・RI・NEが交互に近接戦を仕掛け、数を減らす。敵の小部隊が、動きの良い彼女達へ矛先を向けた。補修を終え、戦線に戻ってきた【プロミス分隊】がその頭を押える。
「待たせたな。‥‥さっきの借りは返させてもらう!」
アレックスとクラークを迎え撃つ小型HWを、それぞれの僚機が押さえ込む。彼らの動きはそうあるべく、レイヴァーが指示していた物だ。
「アクチュエーター機動! いっきますよー!」
声をあげるアリエーニと、静かに前へ出るナンナ。敵の一角が崩れた所を、今度は人類側の長距離ミサイルが立て続けに叩いた。
「ラウンドナイツが一人、ナイト・ゴールド2号――義によって助太刀致します」
トリストラム(
gb0815)の声が、通信回線を渡る。
「先輩!?」
「いい所を取って行くのは相変わらずだなあ」
アレックスとレイヴァーに、仮面の下で微笑してから。
「おや、貴方たちもいましたか。まったく、物好きですね。まぁ、自分もですが」
トリストラムは再度、トリガーを引く。
「ラウンドナイツ、シトラスが長弓。続きますっ!」
橘川 海(
gb4179)のロングボウが、斉射に加わった。3小隊が相互に支援しながら、CWの減った戦線を少しづつ押し上げる。座視しえぬと見た敵が動いた。
「見逃してはくれないよね、わかっちゃいたけど、さ」
その動きを察知したエル・デイビッド(
gb4145)の口調は、少し楽しげに響く。
「迎撃、来るよ」
【千日紅】隊長の澄野・絣(
gb3855)の声を合図に、防御の甘いミサイル機の直衛が前へ出た。
「海は絶対に守ってみせるからね!」
親友にそう声を掛ける百地・悠季(
ga8270)。
「近づく敵は任せろ。丁重にお帰りいただく」
アレン・クロフォード(
gb6209)は、決定力に欠ける自身を自覚していた。だからこそ、できる事をする。1人が本分を尽くせば、積み上げた結果は勝利に繋がる筈だから。
●幕間〜古城の咆哮〜
「足を止めるな! 倒さなくていい! かき回して翻弄してやれ」
神撫の指示が飛んだ。乱れた列を、後ろの正規軍の一斉射撃が叩いていく。結果、後から後から沸いてくるキメラの群れは、戦果を挙げる前にほとんどが斃れていた。
「疾風に撒かれ潰えろ!」
同型機で脇を固めた有希が気を吐く。二刀を自在に奮う彼に続いて、一真の阿修羅が獅子のごとく戦場を駆け抜け、リゼットのEtainが、その名に冠された妖精が如く優美に舞った。
「このチャンス、逃しはしないよ!」
乱れた隊列が立て直される前に、安藤ツバメ(
gb6657)の雷電が駄目押しに切り込む。先陣でエンタが行った単機奇襲を、この数で行えば混乱どころではすまない。一時態勢を立て直そうというのだろう。ゴーレムやキメラを盾にRexは応戦を、TWは後退を始めようとする。だが。
「そろそろいいんじゃないですか? あの辺りが崩れて食べごろですよ」
シロウの声に、悠が頷く。振り下ろした剣先は、躊躇わずに前を示していた。
「【迅雷】突撃!」
ひび割れた敵陣を、強固な穂先が貫く。
「援護します、行ってください!」
「うりゃうりゃぁ、ただの援護射撃と思わないでよね」
蓮角とクロスエリアの射撃がキメラの列を崩し、シロウの雷電からの重砲撃が進路正面のゴーレムを叩き伏せた。引き気味のTWが味方と衝突して更に算を乱す。
「究極! ゲシュペンストキィィィィック!!!!」
ゲシュペンストの大声が戦場に響いた。
「さぁて!! 片っ端から喰らってやるぞ!!!」
続いて、兼元が切り込む。角突きゴーレムが下がろうとした所へ。
「指揮機が逃げる。見苦しいとは言いませんが」
修司のディアブロが槍先を叩きつける。敵の盾に突き刺さった槍から手を離し、抜き打ちの一刀を存分に打ち込んだ。混乱が、更に加速する。この瞬間にユーロ隊からの射撃が降り注げば、大勢は決したやも知れない。が。
駆逐部隊の奮闘の結果CWは姿を消し、小隊の多くは目標をHWに切り替えている。
「アレも指揮機じゃないか。ちょい後ろのアレ」
剣が示したのは、白と灰の塗装の大型HWだった。自らは前衛に出ず、小型HWの後方から多弾頭ミサイルやプロトン砲で削りに掛かっている。
「狙うなら、ミサイルハッチだな」
カララクの声に、文が頷いた。小型HWを【プロミス分隊】らが引き受ける間に薄くなった前線を突き抜ける。
「全機突入、ワームにキスすんじゃねーぞ!」
「フレスベルグ6、了解」
文の掛け声に、ユーリが静かに応じた。
「もって行かせるわけにはいかねえんだよ」
抹竹がカララクのカバーに入る。ミサイルハッチへ直撃を受けたHWが震えた。そこに、第二波が襲い掛かる。まだ生きている対空砲がシャワーのように光線を撒き散らした。
「気をつけて、右後方危ないです!」
「ガードは高めに、いのちだいじに‥‥まったく、大規模作戦だな、こりゃ」
真夜の声に、剣は突入角度を微調整する。2人の攻撃と同時に、対艦ミサイルを抱えたリーゼが後端の機関部を狙っていた。
「マニューバ全開!いっけぇぇぇぇ!」
リーゼの気合と共に、赤い炎をあげて敵機が落ちていく。崩れかけた前線から、迷彩ワームが後退の気配を見せた。
「逃がしませんっ!」
海の気合一声、多弾頭ミサイルが宙を裂く。タイミングを合わせたトリストラムの狙撃と、更に抉るような悠季のアハトが続いた。意外と素早い動きでミサイルを回避した指揮機の前へ、小型ワームがカバーに入る。88ミリの光弾は遮られ、本命には届かない。そう、敵は思った。
「八十八の光矢は偽りにて、真実の一撃は、千日の紅ってね!」
悠季が言い放つ。瞬間、斜め下を行きすぎたミサイルの雨の中から、閃光が光った。ミサイルに紛れて接近していた絣の、とっておきのオメガレイが敵機の柔らかい腹部へ6つ。
「これは結構強力でしょ」
火炎を吹きつつ斜めに傾いだ敵機へ、絣が言う。決して、彼女達は単機で強力な戦力ではない。敵の注意を削ぎ、隙を見出し、ねじ込んでこその戦果だった。
しかし、味方にとって有効な戦術は、敵にとってもそうだ。例えば、アウトレンジからの打撃。
「残りの敵まで引いた? 妙だな」
アレイが呟く。
「何か、来る」
エルの囁きに仲間が寒気を感じた瞬間。要塞本体からの砲撃が空間を薙いだ。10km以上を隔てて、なお有効な破壊力と精度を保った光線は、数秒の照射時間の間に触れた物を悉く破壊していく。幸いな事に、その焦点は【千日紅】隊に合わせられてはいなかった。
「地上のユーロファイター隊がやられた? 一発でか!」
「戦闘継続が困難な損傷が5割。‥‥すぐに後退しないと、危険ね」
ファルルの返答に、ベイツが思わず天を仰ぐ。傭兵に前衛を委ね、支援の為に下がり気味の配置だったのが仇となった形だ。
「止むを得ん。傭兵隊にも後退指示を。トレド正面に防衛ラインを敷きなおす」
言ったベイツに、現場の上空で混乱を収拾しようとしていた航三郎が口を挟む。【疾風】【迅雷】の両隊の撤収は、軍の後退の後にするように、と。
「しかし、支援火力無しでは‥‥」
「同時に下がれば、混乱中の軍の被害が増えます。‥‥ここは、彼らを信じてください」
幾度も戦場を共にした仲間達を、彼は信じていた。
「無茶を言ってくれますねぇ。ですが、出来ないというのはスマートじゃない」
シロウが笑う。各機の現状を問う悠に、小隊管制役の蓮角から答えが返った。被害はあれど、戦闘継続不能なほどの損害を受けた者はいない。
「各員、損害報告を」
短くコールした神撫の元へも、天信が状況を報告する。
「無理と無謀は違う事だと分かってますが‥‥」
今は無理を通すべき時。静香も決然と前を向いていた。苦笑を一瞬浮かべてから、神撫は号令を飛ばす。
「‥‥疾風、防衛線の穴埋めに回る。続け!」
下がる正規軍の援護には、そのままミズキ達が回っていた。
「こっちはぼくたちが相手するからそっちもがんばって」
「応!」
届いた声に、誰とも無く答えて。【疾風】【迅雷】は電光石火の勢いで、勢いづきかけた敵へ突入する。
●陸〜少女と侍と〜
『‥‥これが終わったら、一緒に帰ろう? サイゾウ君』
待ち受けるアニスはどこまでも無邪気に、コワレた顔でサイラスに微笑みかける。
『‥‥ああ』
それに答えるサイラスの顔は、痛々しいほどの優しい笑顔に満ちていた。対する傭兵達が、並んだ強敵を攻めあぐねるかのように足を止める。いや、騎兵が突撃前にその穂先を揃えるが如く、か。雄雄しき戦いの火蓋を切ったのは、仮染 勇輝(
gb1239)だった。
「全ブースター解放! オーバードライブ・『カラドボルグ』!」
全ての推力を、前へ。渾身の突撃は、サイラスが一歩を踏み出した瞬間を狙っていた。
『猪か、いや』
一刀、薙いだサイラスが、白い歯を見せる。勇輝の影を、低い姿勢で駆ける3機のKVが見えた。その礎に突貫したのだろう若者を賞するが如く。
『ほう、なかなか!』
黒タロスの中で、サイラスは楽しげに笑う。業前も、心も。まだ、この星は斯様に多くの強者を残しているのだ。
「榊流宗家、榊刑部! 見知りおいて頂こうか、サイラス!」
刑部のツインブレイドの薙ぎを打払い、鋭い兵衛の槍先を背に目があるが如く交わす。タケシの双刀の息を吐かせぬ連撃に、大きく飛び下がって間合いを取り直した。
「‥‥強い」
呟いたのは、彼我のどちらだろう。その賞賛は、いずれ劣らぬ3人の攻撃を捌ききったサイラスに相応しいか。それとも、その彼に返しの一太刀すら出させぬ戦士達の技量へ向けるべきか。強いて、言うならば。
『初手は我が一本取られた、か』
アニスから引き離されたサイラスが、それでも嬉しそうに言った。その、瞬間。
「ついでだ。以前撃墜された借り、今ここで返す!」
ブレイズ・カーディナル(
ga1851)のスレッジハンマーが、黒い残像を貫いた。一瞬で刀を納めたタロスが、振り向きざまに抜き放つ。その刃の軌跡を、白い閃光が断ち割った。エネルギー弾を刃で切り払い、サイラスはまた笑う。
『‥‥お前か、リディス』
「私の狙いは最初から貴様だけだ、サイラス‥‥。今日もダンスに付き合ってもらうぞ!」
ハイ・ディフェンダーの一閃を、捻るように交わす。タイミングをずらして突き入れたタケシの順手の刀が横薙ぎに変化する寸前、漆黒のタロスは肩でアヌビスを突き飛ばした。タケシが咄嗟に振るった逆手の一撃が、黒を僅かに削る。
『フフフ‥‥、この感覚が‥‥!』
斜めに突き上げられたツインブレイドを半身で交わしたところへ、槍の直突き。手甲で穂先の側面を叩いて逸らし、逆の腕で振るった刃を、ブレイズの正面に擬して動きを止める。その動きはリディス達がこれまでに見た事が無いほど鋭く、そしてこれまでに無く余裕が無かった。
異様な姿だった。滑稽と言ってもいい。通常の倍はあろうと言う巨大な人型兵器に、それすら凌駕する大剣を担いだKVが挑む図。シヴァを携えた如月・由梨(
ga1805)がドン・キホーテなら、彼女を導く仲間達はサンチョ・パンサだろうか。しかし、この時代錯誤な巨大兵器は、風車に挑む槍とは異なっていた。その、圧倒的なまでの禍々しき存在感が。
「まずはアニス機の主砲を狙います。如月さんを中心に、シフトを」
言いながらも、高坂聖(
ga4517)は違和感を拭えない。サイラスはともかく、アニスの機体は後方に控えてこそ真価を発揮する様に見える。丘から、攻めあがる彼らを睥睨するように見下ろす巨体に後退の兆しは見えなかった。
「蜂の巣になりたい者は前に出なよ」
行く手を遮るキメラの群れに、月森 花(
ga0053)が言い放つ。恐怖を知らぬ戦闘生物が、自身を睨む無数の銃口に足を止めた。
「切り開きます。援護を‥‥」
割って入ろうとしたゴーレム隊へ切り込みながら、終夜・無月(
ga3084)が言う。宗太郎=シルエイト(
ga4261)のストライダーが、機槍を小脇に抱えて走った。
『来たネ。じゃあ‥‥、始めようカ』
アニス機の胸部装甲が、大きく展開する。突き出たプロトン砲が、正面を薙ぎ払った。それを飛び越えて、宗太郎は槍を突き入れる。手ごたえは異様なほど硬かった。
『‥‥浅いヨ』
その声を聞くより先に、彼は横っ飛びに機体を動かす。
「何でここに来た!自分の身体のことをわかってるのか!」
砲火を回り込みながら、キョーコ・クルック(
ga4770)が切り込む。狙いは背負った大砲。雪村の白刃は空を切った。――その攻防に、アニスの注意が向いた瞬間。
「はぁ!」
由梨のディアブロが、シヴァを真っ直ぐ振り下ろした。
『くっ‥‥!』
回避機動を取ったアニスの表情が歪む。それだけの威圧感を、その一振りはもっていた。地を蹴るというよりは飛ぶようにして巨体が滑る。巨大な剣は、深く地を穿った。
「流石に‥‥あたりませんか。ですが」
言いながら、シヴァを引き起こす由梨。
「この大振りは囮‥‥本命はこっちですわっ! 唸れ虎咆っ!」
スタビライザーで無理やり切り返し、ソフィリアが距離を詰めた。瞬間、視界を紫の炎が歪める。
『そこは死角、じゃないヨ? ざんねんだネっ』
全方位に、フェザー砲が牙をむいていた。
「状況確認は済んだ。さて、それが上手く伝えられるかだな」
強行偵察中に、敵部隊に遭遇したエイラ・リトヴァク(
gb9458)は、ヘルヘブンの機動性を存分に活かしていた。急ターンした彼女っへ、キャノン砲が立て続けに撃ち込まれる。命中が、2発。
「痛てぇーぞ、おまえらこいつの痛みはあたしの痛みなんだからな!」
叫び返す時には、相手の射程を軽くちぎっていた。
「EQは相変わらず引っかからないけど、REXとゴーレムが移動中、らしいよ」
恐らくアニスの援護だろう、という分析つきでM2(
ga8024)が情報を回す。航三郎やハンナの中継を経て、その報はトレドへと届いた。
「こちら椎野こだま。南西の方向から敵増援の情報があります。気をつけて」
椎野 こだま(
gb4181)の声を聞いて上げた視線の先、白蓮はその敵の影を見る。
「まったく、敵も必死ですねっ」
「12時の鐘が鳴るのはまだ早い、不躾な衛兵にダンスの邪魔はさせるな!」
白蓮に、八九十がニヤッと笑い返した。
「REXは、右やな‥‥。いっぱいおるんやけど、ひるまないっ!」
緒戦で手傷を負った士が、砲撃を妨げる位置で幻霧を撒く。【御者】の側面で、【8246小隊】も防御戦に入っていた。
「未早、そっちに雑魚行ったわよ!」
レイラの声を耳に、彼女はそのまま踏み込む。自分の左はベルに任せていた。
「敵‥‥右です」
「ばるたん、いくよっ。フォーメーション『BRAVE PHOENIX』!!」
クリアと、ヴェロニク。乙女の友情(とひょっとしたらちょっぴりの愛情)を双翼に乗せ、2機の不死鳥がゴーレムを貫き、撃ち抜く。
「‥‥斬り込むぞ、援護を頼む」
盾を前に押し込む皐月を、アヤとシェリー、千早のトリオが支援する。穿った穴を、綾と夕姫が広げた。その一翼を支えながら、漸 王零(
ga2930)はサイラスを見る。5人の手だれと切り結ぶ彼に余裕は無いように見えた。
(いや、まだだ‥‥)
サイラスは達人だ。隙をつくならば、焦りは無用。王零はキメラを切り払いながら、時を待つ。
「まだ‥‥引けない!彼との約束を果たすまでは!!」
柳凪 蓮夢(
gb8883)が歯噛みする。結城悠璃(
gb6689)から託された想い。アニスを止めるという、意志を伝える為に刃を振るわねばならない、と。しかし、いかに小口径とはいえ、この数のフェザー砲を集中されれば並みのKVは持たない。
「耐えろ、リ・レイズ!」
アンジェリナは、その砲火の雨を突っ切って機体を寄せた。届かせたいのは刃ではなく。
「アニス。あなたは何をしたい‥‥。あなたの、いや、あなた達の『悪』とは何で、いったいどこにあると言うんだ‥‥!」
『‥‥ボクの、あく』
囁き声が、確かに聞こえた。色を失った巨人へ、無月が突き進む。ブーストの勢いを乗せた一撃は、巨大な腕の装甲を抉り、そのまま駆け上がるように、二の太刀を放った。
「此処で終りです‥‥」
更に三の太刀。閃いた白刃が、レヴィヤタンの肩上を斜めに薙ぎ上げる。砲身は一瞬だけ抵抗してから、斬り飛ばされた。
『そうダ。ボクはまだ、終われないヨ‥‥。まだ!』
レヴィヤタンが、再びフェザー砲を乱射する。その狙いは、甘く。戦っているというよりは、寄る辺の無い子供の泣き声を思わせる。心細そうで、それでいて頑固に1人で立つ子供。そんな姿を見たら、あの『ダチ』なら何と言うだろう、と宗太郎は思う。答えは、すぐに脳裏に浮かんだ。
「‥‥何度でも、お前を止めに行くぜ、アホ娘ぇ!」
「援護するっ!」
止めたい。その思いは同じで。逆側からキョーコがレーザーを撃つのに合わせて、宗太郎は再び槍を突き入れる。払われても、その勢いを利用して更に。いかに硬かろうと、無敵の装甲などは無く、届かぬ刃は無い。そして、届かぬ言葉もきっと。
「‥‥今は、貴方を止める。その為に私はいるのですから」
再び、由梨が巨剣を振るう。後退するも、崩れた体勢では避けきれない。胸部のプロトン砲を削り、腰部の装甲を断ち割り、その下のホバー機構を砕いて、斜めに斬り下げた。
「‥‥サイラスは?」
「来るかっ?」
聖とキョーコが、今1人の大敵の動静を確認する。
『くっ‥‥』
サイラスの声が、苦味を帯びた。剣撃を撃ち落とし、槍先をくぐる動きは先に増して鋭い。鉄槌をその肩で受け、背に双刀の傷を刻まれつつも、サイラスは僅かな隙間を縫って駆けた。その正面を、大剣が薙ぐ。
『我はアニスを救わねばならんのだ!! そこをどけ!!』
「何故だ。何故‥‥、貴様はアニスに従う? 何故アニスを守るのだ!?」
今までで最速の斬撃が、リディスへ飛んだ。しかし、踏み込みが浅い。ハイ・ディフェンダーが弾かれるのも構わずに、彼女は懐へ飛び込む。その手に隠した練剣を伸ばそうと‥‥。
『‥‥頼む‥‥っ』
聞こえた囁きの色は、サイゾウと同じだった。声が同じというだけならば、彼女の手は止まらなかっただろう。
「‥‥何故だ」
一瞬の惑いを衝いて、黒影が抜ける。5機の包囲を抜けた勢いのままに、地を蹴った。その、瞬間。
「この一瞬を待っていた!!」
王零の雷電が、滑るように駆ける。
「‥‥以前のカリ、ここで返させてもらう!!!」
黒曜石の機体と漆黒のKVの間を衝撃が埋める。王零の一撃は、変形したタロスの右背を割っていた。そして、鋭利な翼が王零の闇天雷を裂いている。
――相打ち。いや。
『邪魔を、するなぁ!』
「ぐぅ!」
飛行ユニットと思しき一角からスパークを散らしながら、黒タロスは片肺飛行を感じさせぬ加速で飛ぶ。互いに与えた一撃は、五分だった。差を生んだのは、機体性能か。あるいは、あの男の執念だろうか。
「‥‥サイラス」
誰かがその名を呼んだ。
全身の砲門は、その半数が死んでいる。与えたのは、ただの一太刀。その一太刀を浴びせるまでの想いの深さが、アニスの機体を抉っていた。それでも、巨体はまだ倒れない。少女はまだ崩れない。
「これは、悠璃からの伝言だよ。必ずその左腕を切り飛ばし、君を侵食から解放するとっ!」
体当たりするような角度での突進から、剣翼を切上げ、蓮夢が叫ぶ。レヴィヤタンの左腕が、肘関節から撃ち落とされた。
「そろそろ‥‥ゆっくり休みなよ‥‥」
花が言う。歪んだ装甲の隙間に、内部機構が覗いていた。
「女の子はさ‥‥。そんなボロボロの姿じゃ大好きな人に、振り向いてもらえないよ‥‥」
雪村を抜き放ち、抉るように刺す。
『ボクはここで‥‥』
レヴィヤタンの外装甲がプロトン砲ごと吹き飛んだ。サイラスは間に合わない。刹那。
「やられる訳にはいかないんだヨ」
割れた装甲の内側から、腕が突き出していた。握られた銃口が3度光る。強化外骨格。スライムが装甲を纏っていた事例を、彼らは思い出していた。レヴィヤタンとはその外装甲の名前。それを纏うのは、無骨なゴーレムだった。名を、ベヒモス。
『潮時だぞ、アニス』
『‥‥そうだネ』
銃を投げ捨て、さっきまでとは違う俊敏な動きで飛び退るアニス。遮ろうとした者の眼前を、中身の無くなったレヴィヤタンが塞ぐ。
「自動操縦の‥‥」
聖が舌打ちした。半ばが破壊されたとはいえ、残る砲門が一斉に火を放つ。その閃光の向こうを、アニスの機体が飛び上がった。片肺で飛ぶタロスの下部に、片腕で掴まり。逆の腕には、無骨な機械のような何かが大事そうに握られていた。
『さよなら、だヨ』
その言葉は、破壊され行く自らの作品へ向けたものではない。その事が、縁の深い傭兵達には理解できた。
●空〜遅れてきた緋色の翼〜
2度目となれば、奇襲は通じない。補給を挟んで戦列に戻った【シスターズ特戦隊】は、ギガワームの強固な対空網を攻めあぐねていた。2度目の好機を見出したのは、地上の情勢の変化による。
(蓮夢‥‥アニス‥‥!)
城へ退却する黒いタロスと、ゴーレム。その外殻の左腕を、思いを託した友が切り落とした事を、悠璃は知らない。判るのは、その機体の退却を受け入れるべく、ハッチが開く事。
「もう一撃、叩き込んでやるのであります。目標、左舷ハッチ‥‥」
美空に、シェリーが追随する。
「攻撃機の安全は美虎たちが守るのであります。だから攻撃を外したら承知しないのであります」
美虎や悠璃の損傷も、少なくない。3度目の攻撃は難しいだろう。この一撃に、想いを込めて。再び、ミサイルが空中要塞の一角を砕いた。
「燃料だけの機体は1番へ、損傷機は2、3番だ。怪我人は4番に降りてくれ」
梶川 小次郎(
gb1729)は、やってくる味方機に降りる場所を指示していく。救護の合間に彼が出す指示のおかげで、ひっきりなしの発着をさばきながらも、トレドは混乱が少ない。アニスとサイラスの撃破報告とほぼ同時に、その司令部は別の知らせを受け取っていた。
『展開中のUPC、並びに傭兵諸君に告げる。こちら、トレド基地のベイツだ』
オペ役のこだまからマイクを受け取り、ベイツは静かに言う。
『これより、ドイツの本隊が到着するまで俺が指揮を執る。マドリードはしばらく当てにならん。俺たちだけで食い止めんと、終わりだ。気張れ。以上』
アフリカ方面からの奇襲部隊に防衛線を突破され、爆装した中型ワーム2機がごった返す国際空港へ突っ込んだのだという。地上で空軍を指揮していたモース少将は戦死。最大の補給地は混乱を極め、地上の機体は再出撃もままならぬ有様だ。後続の敵集団は、御剣隊がほぼ一手に食い止めているらしい。
「補給はこっちにも回って貰います。支援の皆さんは準備を整えて下さい」
混乱に巻き込まれぬように、トレドに展開した傭兵の支援部隊へとこだまは連絡する。軍の一般部隊では困難な前線での支援任務を買って出た傭兵がいたのは、幸いだ。
「クソッ」
ベイツは、そう吐き捨ててからちらりと頭上を見上げた。
「奴も、空で死にたかっただろうにな‥‥」
言い置いた視線の先を、緋色の悪魔が上昇して行く。元ゾディアック蠍座、エルリッヒ・マウザーの機体だ。周囲を固める、彼を愛し憎んだ者達が、行く手を遮るHWの一隊を文字通り一蹴する。彼を空という舞台へ導く花道を作るように。
「どうやら間に合ったようね」
その編隊を遠望して、愛梨(
gb5765)が鼻を鳴らす。白と金のカラーリングのK-111が、ふわりとFRの脇につけた。
「え? はくしゃ‥‥」
「私は、ナイト・ゴールド。一介の騎士だ」
「えぇ?」
FRから聞こえる呆気に取られたような声に、佐伽羅 黎紀(
ga8601)が笑う。『彼』が兄と慕っていた伯爵との再会を、彼女はずっと願っていたのだ。来る者があれば、去る者もいる。
「エルリッヒさん、ごめんなさい‥‥。私はここで、護衛を抜けます」
「俺も、行かなくちゃ」
夢姫(
gb5094)と柚井 ソラ(
ga0187)も、自分の思う場所へと、翼を向けた。
「私は必ず生きて戻ります。だからエルリッヒさんも必ず生きて‥‥また会いましょうね」
カッシングの願いを叶えにと言う夢姫と友の助けにと言うソラを、エルリッヒは微笑で見送る。
「‥‥君達に、感謝を。そして伯、貴方には‥‥」
「言葉は不要だ。‥‥共に飛ぼう、アーネスト。君が愛した空を」
謝罪の言葉も、許す言葉もなく。2機は僅かな時間、並んで飛んでいた。
(‥‥良かったですね)
仮面の下で、直江 夢理(
gb3361)が微笑む。彼女達は、単機でこの地を訪れたカプロイア伯爵‥‥もとい、ナイト・ゴールドに同行していた。
「2時の方向、敵‥‥あれ?」
イビルアイズの加奈が告げかけて、口ごもる。レーダーに映ったブリップは、一瞬の後に消えた。代わりに映ったのは、友軍機を示す単機のグリーン。『彼』の耳を、懐かしい声が撫でる。
「お帰りなさいエルリッヒ。我々の空へ、ようこそ」
南部 祐希(
ga4390)のディアブロが、紅の翼を振った。
「フフフ‥‥」
エルリッヒが笑う。満足げに。瞬間、黎紀が眉を顰めた。
「まだ、来ますね。6‥‥12‥‥」
『彼』をここまで連れて来た者たちが、敵を睨む。『彼』に残された時間は短く、行かねばならぬ空はまだ遠い。近接戦しかできぬ今のFRには、彼らの援護が不可欠だ。
「‥‥いや、ここは私に任せて貰おう。君達は先へ行きたまえ」
K-111が新手へと機首を巡らせた。
「ちょっと待ちなさいよ、あたしを置いてくなんて百万年早いんだからね!」
「私も、お助けします」
愛梨と、夢理が続く。一瞬逡巡した様子のエルリッヒに、祐希が『仲間』を頼っていいのだと告げた。孤独と共に飛んできたエルリッヒにその概念は馴染みが無く、そして暖かい。
「この時が迎えられた事を、感謝する。君たちにも、彼らにも」
彼らを見送ってから、伯爵はそう囁いた。
「いえ、感謝だなんて‥‥」
「そうね。貸しておくわ。二度とあたしに足向けて寝ないことね」
頬を染める夢理と、愛梨の勝気な声が答える。
●陸〜後退戦〜
「いや〜〜ん、こっち来ちゃやだ〜。あっちいってよ〜」
キメラの群れを迂回しながら、アリシア(
gb9893)のヘルヘブンが走る。
「待ってましたよ。配達、ご苦労様です」
シロウの雷電が嬉しそうに手を挙げた。実弾主体の彼は、幾らリロード可能とは言え物理的に継戦能力の限界を抱えている。そして、前線を支え続けた白兵機もまた限界近くまで奮戦を続けていた。アニスとサイラスを打ち倒した面々からも、損傷の少ない機体が彼らの援護に入ったが大勢は変わらない。
「くそっ、切が無いぞ‥‥!」
ゲシュペンスとが唸る。もはや、前も後ろも無いと言うのが実際かもしれない。
「っ!! レンくん、敵が来るよ」
「なめるな!!」
クロスエリアと蓮角も、白兵距離で敵とやりあっていた。
「らららららー!」
天信の張る弾幕を掻い潜ってきたRexの前へ、ツバメが割って入る。
「これが必殺の、ゼロブレイカァァ!」
全白兵兵装を叩き込む大技に、色を変える間もなく恐竜が沈んだ。そして、数時間にも感じられた数分が終わる瞬間が来る。
「こちらゼラスだ。軍の部隊は収拾が付いた。後はお前たちの番だぜ」
後尾に踏み止まり、送り狼を始末していたゼラスが前線に告げた。
「了解だ。‥‥一回下がって体制を立て直そう」
神撫のコールに、友軍が答える。最初の応酬で得たアドバンテージが効いたのか、両部隊共に撃破されたものはいない。だが、あと5分長引けばそうはいかなかっただろう。互いが互いを庇っていたギリギリの綱渡り。
「殿は俺が。損傷の大きい機体から下がってください」
後塵を払う悠の帝虎は手負いで尚、衆を圧する。トレドへと後退する【疾風】【迅雷】から距離を置きつつも、敵はじわじわと北上していた。指揮官を失ったとは言え、大軍だ。衆を頼んだ勢いと言うのは、溢れた大河のように何もかもを飲み込む力がある。その勢いのままに氾濫する事が許されれば、だが。
「‥‥ん。【Gr】から。入電。そろそろ。敵が来る」
防衛戦を戦うべく、基地正面へ展開していた【掃除屋】隊の最上 憐 (
gb0002)がボソリと呟く。
「こちら最終防衛ライン担当【掃除屋】【射撃・援護班】配置完了いつでもどうぞ」
スコープから目を離して、リティシア(
gb8630)がにこやかに告げた。彼女達に、気負いは無い。
「‥‥ん。一番槍は。頂く。一気に。行く」
「これは‥‥、ちょいと多いねぇ。後で飲まんとやってられん」
続く鬼非鬼 つー(
gb0847)の口調にも、余裕すら見て取れた。
「此処は通さんよぅ。あの世でゼンラの神様の裁きを受けるんだねぃ!」
スラスターライフルを撃ちながら、ゼンラー(
gb8572)が言う。彼は逸る心、滾る思いを抑えて軽口を叩いていた。おそらくは皆も、後ろに通せぬ不退転の戦いに思う所が無いはずも無い。
「‥‥ん。ご飯までには。終わらせる」
憐だけは、素かもしれなかった。憐とつー、続いてゼンラーの3機に頭を叩かれた敵が、左右に広がる。
「牙を避けても、虎の爪が待っているのだっ!」
その右側の進路を塞ぐように、白虎(
ga9191)のビーストソウルが突進した。
「にゅふふ♪ 真・トラリオン結成♪ バグアに僕達の恐ろしさを見せ付けてやろ〜♪」
上機嫌の神崎・子虎(
ga0513)は、白虎と揃いの女装姿だったりした。
「‥‥一体足りとも抜けさせません。此処で粉砕させていただきます」
断固として女装は断ったらしい第三の戦士ノエル・アレノア(
ga0237)が、ショルダーキャノンを撃ち込み双機刀を振るう。三者三様の美少年達だが、戦いに向けた意気は同じ様だ。
「援護組も戦闘に入ります。よ〜く狙って発射」
雰囲気はぽやぽやと、後衛のリティシアも交戦開始を告げる。左翼に抜けようとした敵の前には、翔幻の集団が立ちはだかっていた。
「ようするに味方が切り込んだ敵にズバーンと撃って、近付く敵はドドドと銃弾を叩き込んで、もしもの時はズギャーンと斬る! 簡単な事ではないか?」
「なるほどのう‥‥」
雨霧 零(
ga4508)の指示に、何となく丸め込まれている柏木他、カンパネラ学園の不良軍団だ。彼らはライバルだったり戦友だったりする白虎の願いに応じて参戦していた。
「ここでイイ所見せれば、可愛い子とお近づきになれっかもしれないッスね?」
余裕こいている柏木の舎弟の田中を、馬鹿にしたようにルイが鼻で笑う。
「ごめん抜かれたそっちにいった後ろ向く余裕ない後、宜しく」
リティシアの切羽詰った声に、彼らの表情が一様に引き締まった。その後方で、ウーフーの大泰司 慈海(
ga0173)が指示を出している。
「総帥はそのまま右に。柏木くん達は目の前の敵をやっちゃって。ルイくん達は‥‥」
北米の戦闘。彼の舎弟を目の前で死なせた記憶が、僅かに彼の言葉を止める。
「変な気遣いしてんじゃないわよ。さっさと指示を出しなさい、中年」
いわゆるオカマさんのルイはオネエ言葉で慈海にそう要求した。彼らは彼らなりの覚悟を持って、戦場に臨んでいるのだ。悲しむべきは戦いの最中ではない。
「‥‥そうだね。ルイくん達は突撃しちゃって。崩したら深追いしなくていいからね」
彼の指示は、上空のハンナたち、さらには【Gr】を維持している祐介の情報による。正確な、的を得た情報が戦闘の優位をもたらす部分は、斯くも大きい。
●空〜闇中の鴉と紅き悪魔と〜
『やれやれ。情けない事ではないか』
格納庫が、開く。UNKNOWN(
ga4276)が突入班に配っていた間取り図の通り、それは中庭にあった。
「‥‥動いたようだ」
対空砲火から慎重に距離をあけ、その場所だけを見ていた国谷 真彼(
ga2331)が囁く。
「行きます」
水雲 紫(
gb0709)が照明弾を打ち上げ、同時に機体を急降下させた。
『勝利への祝砲、かね? ククク、粋な出迎えではないか』
格納庫から出てくるこの瞬間こそが、ステアーZCの光学迷彩をペイント弾で阻害しうる唯一のチャンスだったかもしれない。煌々と古城を照らす輝きの中、ステアーの黒い影が浮かび上がる。身構えた紫に、攻撃は降りかからない。
「見逃された‥‥のでしょうか?」
あるいは、カッシングの姿を借りたバグアの目に適ったという事か。直後、半径数十キロに渡って人類側の通信は事実上遮断され、大鴉はその姿を消した。
通信が途絶するということが、現代戦においてどれだけの影響を持つのか。それを、すぐに人類はその身をもって知る。常に劣らぬ動きが出来るのは、バンクサインやハンドサインで備えていた一部の傭兵と、それすら不要なまでに気心の知れたグループのみ。それ以外は、己の生を個人の力量に頼るしかない。それを為し得るのは、一握りのエースと呼ばれる存在。
『‥‥どれ。まずは希望の芽から潰そうかね』
HWの群れが引く。砂嵐のような空電の中、その声だけが明瞭に聞こえた。陽子は見えざる敵にも臆さずに顎を上げる。言葉も無く左右に回る僚機は、信頼にたる面々だ。戦力的に、不可はない。彼女が一撃を入れる事ができれば、繋がる筈だ。
「わたくしは‥‥戻ってきました、カッシング。さぁ、始めましょう、これは人類の未来を賭けた戦いです」
『大きく出るではないか。クックックック‥‥』
紅い閃光が嵐の如く周囲を刻み、あえて足を止めた夜叉姫の装甲が、高熱に歪む。しかし、愛機は彼女の信頼に耐えた。プロトン砲の来る方角。敵の気配目掛けて突進した瞬間、陽子は違和感を感じる。
「‥‥チューブが、無い!?」
身を切らせた返しの一撃に、二の太刀はない。嘲笑の気配と共に、更にプロトン砲が放たれる。
「貴女の後ろは、守るって言ったわよ!」
黒いウーフーがその身を盾に、砕けた。中核の1機を潰した事に満足したのか、残る【clipper】に追撃を加えようとはせず、黒いZCは姿を隠す。あるいは、足を止めることで包囲されるのを嫌ったのやも知れない。
「脱落機を回収に行きます。地上支援お願い、ですっ」
高度を下げる真琴を庇うように、残る各機が敵を撃つ。老人が乱した隊形を押し込むように、HWが一斉射撃を返してきた。
「凄い数‥‥! けど!」
クラリアがロックオンキャンセラーを起動する。敵の探知装置だけが生きているこの状況では、それが最も有効だった。悠がロビンの突進力を生かしてかき回し、釣られた敵機を各個に叩く。単純な動きだけに、叢雲の指示が届かぬ状況でも【swallow】の連携は何とか機能していた。
ステルスモードの双子座を相手に、レティと剣一郎は善戦していた。勝てるという意味ではなく、時を稼ぐという意味において。
「‥‥何故だ?」
2度、レティは撃墜を覚悟した瞬間がある。動きが甘い、その甘さの理由が見えたのは、一撃離脱を重ねていた剣一郎が先だった。
「双子座は双子座、という事か」
彼らの脅威は、息の合った連携ゆえだ。それは翻せば単機になった際の弱点にもなる。無意識に、ミカは背中の軽さを感じていた。それでも。
『‥‥ッ』
側面からの新手に、幼き戦士は敏感に反応する。
「やれやれ、待ちくたびれたぞ」
双子座の対応を担う小隊【Argo】と【sms】の到来に、レティが微笑した。
「登場時からFRには撃墜され続けた。この場で少しでも借りを返せればよいのだけどね」
機内で呟くミンティア・タブレット(
ga6672)。三島玲奈(
ga3848)も思いは同じだ。大規模のたびに姿を現す紅の翼は、傭兵達に苦渋と怒りを味わわせてきたのだ。
「‥‥行く、よ‥‥」
ラシード・アル・ラハル(
ga6190)は、左右に翼を振る。通信が遮断された状況下でも動けるよう、彼はバンクサインを示し合わせていた。通信が死んだ今、ミンティアの骸龍の逆探知が唯一の目だ。その機首が示す先へ、藤田あやこ(
ga0204)と玲奈の親子が回りこむ。
「どちらが乗っているかは知りませんが‥‥。ロシアで貴方達が不覚を取った相手、と言えば思い出しますか‥‥!?」
砂嵐しか聞こえない通信機へ、九条院つばめ(
ga6530)が声をあげた。人類の通信が切られていても、敵の耳は聞こえているはずだ。‥‥果たして。
『‥‥お前達のせいで、ユカが!』
叫び声が、耳朶を打った。つばめが撃たれる瞬間、新居・やすかず(
ga1891)がペイント弾をばら撒く。歪んだ空気の一角が鮮やかな色で染まった。
「‥‥じゃあ、お前はミカ‥‥か」
言いながら、ラシードは敵の名など気にしたことが無かったと思う。彼らは何の為に、戦っているのだろうとふっと考えた。
『ジェミニ、裏切り者の始末に行く。さっさと‥‥』
『だまれッ』
ミカは老人の通信を憎々しげに切った。半身を傷つけた敵への、復讐の邪魔はさせない。その思いは悲しいほどに真っ直ぐで。
「大人の代表として言わせてもらう!『すまない!助けられず、すまない!私達はこれから君達を殺す!!』」
ランドルフ・カーター(
ga3888)が彼の注意を引く様に言った。
『煩い!』
短い返答が、耳朶を打つ。あやことの交差射撃をFRは真紅の輝きで弾き、ミカはつばめを追った。玲奈の追撃をも無視して、FRは一直線につばめを目指す。つばめのバディのやすかずが、機首を返してリニア砲を撃ちこんだが、それでも敵は機動を変えなかった。
「まだ‥‥っ! まだ、退けない! 『swallow』、お願い、もう少し頑張って!」
懸命の回避も届かずに、プロトン砲が装甲を撃ち抜く。肩で息をするミカは、墜ち行くつばめを追い越して空中変形した。振りかぶる、剣。
『死んじゃえよ!』
「終わりに、してあげる‥‥」
幼い叫びに被さる様にラシードの声が静かに響く。逃げ回る敵を追う間に、ミカは回り込まれている事に気付いていなかった。強攻を重ねたせいで、その身に纏う真紅の鎧が色褪せている事も。
「全てに決着を!」
あやこと玲奈が、ライフルを放つ。タイミングを合わせて、ランドルフもG放電装置を連射した。着弾の衝撃が、響く。
『うぅ‥‥!』
声をあげて、FRを変形させた。出力が足りない。でも、逃げ切れる。ユカが、カバーしてくれるから。
――半瞬、意識が途切れた。違う。ユカはいないのだ。
「これまであしらわれてばかりだった精鋭機相手に‥‥」
一矢、報いる事ができる。照準の中、動きが止まったFRめがけてやすかずは引き金を引いた。着弾の衝撃で、細身の機体が歪む。バランスも、崩れた。そこへ仲間の追撃が降り注ぐ。真紅がひしゃげて、砕け。
『ユ‥‥』
双子座のミカが最期に幻視したのは、星降る聖夜とケーキと。彼の帰りを待っているだろう半身の姿だった。
ZCはその姿を隠したまま、砲撃と移動を繰り返していく。その位置を特定する事は困難で、何より知ったとしても伝える手段が無かった。
『どれ、定石どおり頭を潰すかね‥‥』
正規軍の飛行中隊を蹂躙し、カッシングはそう嘯く。
「皆、生きて戻ろうゼ。そしたら祝杯だ」
その光景に行きあったヤナギ・エリューナク(
gb5107)は、誰に届くわけでもない独り言を呟いた。カッシングを迎え撃つべく集った【臨時小隊・凰翼】にとって、この遭遇は運が良かったのだろうか。
「落ちたりなんてしません‥‥待っていてくれる人が‥‥待っていたい人がいるから‥‥」
セシリア・ディールス(
ga0475)は、同じ空のどこかにいる恋人を想う。ケイ・リヒャルト(
ga0598)が、そんな彼女をカバーしつつ初撃を仕掛けた。
『邪魔だ。雑魚は雑魚同士遊んでいたまえ』
歯牙にもかけず、言い放つカッシング。ZCの召集に応じた敵機が、斜めから割り込んできた。
「ロジー、今しか無いわ!」
ケイは、4機目の小隊員の名を呼ぶ。カッシングへの『切り札』を持つロジー・ビィ(
ga1031)は、仲間がHWを食い止める間に、ZCへ向かった。しかし、強化したとはいえ、ソニックフォンブラスターの射程は極僅かだ。見えぬ相手へは、詰めるのは難しい。
『死にたいのかね。ならば是非もあるまいな』
無情にも、赤い火線がロジーの機体を撃ち抜いた。
真っ白になった計器を前に、祐介は苦笑する。このような状態では情報網の要を狙う価値は無さそうな物だが、敵はそう考えていないらしい。空を傍若無人に裂く破壊の台風は、彼の居場所をピタリと狙っていた。
「‥‥やれやれ‥‥罠に掛けるなら、いい塩梅なんですが」
味方に声をかけようにも、近距離への通信すら届かない。カッシングのZCとの交戦報告では、すぐ隣の味方への通信も途絶していたらしいが。
「何とか、逸らしてみせるさ」
「守ると約束したからにはギリギリまで!」
祐介の直衛についたセシエラ(
gb8626)と鳳 つばき(
ga7830)が言い交わす。
「あ、危ない!」
セシエラのガードに入ったセシエル(
gb9731)のナイチンゲールが吹き飛んだ。プロトン砲の一薙ぎで、グリーンだったコンソールは一気に赤く染まる。つばきとセシエラが盾になってなお、祐介の骸龍は空に残っていなかった。
『フン、これでよし‥‥。後は』
かつての愛機が重力波レーダーに映るのを見て、老人がニタリと笑う。
●陸〜基地での戦い〜
1つ向こうの丘の陰を敵が進んでいても、判らず。地下を忍び寄る影に気付いたとしても、それを仲間に知らせる事もできない。上空監視についていた航三郎は、ハンナと連携して辛うじて後方へのラインを繋いでいた。御剣隊の状況は一進一退で、マドリードの状況は楽観できないらしい。
「要塞はまだ動いて無いな。どういうことだ?」
東野 灯吾(
ga4411)が声をあげる。軍の部隊が壊走させられたという砲撃は、10km超の射程を持っているものとと見込まれた。EQや陸上部隊の前進とタイミングを合わせて動かれれば、対処に困ったのは間違いないのだが。
「あちらの心配をしてやる余裕は無い。来たぞ」
南を指して、崔 南斗(
ga4407)が言う。基地の周辺ですら通信がまともに通じない状況で、多くの傭兵達は敵が目の前に現れるのをじっと待ち構えていた。が、中にはそれ以外の方法を思いつく者もいる。
「通じてくれれば、いいのですが‥‥」
雑音ばかりを漏らす無線機に溜息をついてから、鴉(
gb0616)は呼び笛を強く吹いた。走って知らせるよりは、早い。その音を耳にした者の幾人かも、原始的な連絡方法を思い出す。呼び笛だけではなく、照明銃やミラーなど。基地の南西に敵が現れたという報は、状況の許す限り速やかに周知された。
「キヒッキヒヒヒッ‥‥そうだ‥‥この貌だ‥‥。これから戦に向かう悪鬼は嗤わないとな‥‥」
地下の救護区画に一報を告げた湊 影明(
gb9566)は、くぐもった笑い声を漏らす。彼はすぐに前線へと取って返すつもりだ。ざわつく一角で、初老の軍医は一瞬だけ手を止めた。
「全員、銃のチェックをしておけ」
指示を聞いたエレンは、少し大きいハンドガンを両手で一度握ってから横に置く。去年のように震えはしなかった。銃を撃って、生き延びたい理由があるから。
現代戦において、情報伝達のタイムラグは大きな問題だ。通信妨害の結果、本部機能はその多くが麻痺していた。そんな中で伝えられた、敵の迂回攻撃。ZCの広域ジャミングとタイミングを合わせて動くよう命じられた特命部隊だろうと、ベイツは予想した。狙いはおそらく、彼のいる指揮系統だ。
「地下に移るなら急げ。護衛する」
飛び込んできた御山・アキラ(
ga0532)が言う。少将は帽子を斜めに被りなおしてから、肩を竦めた。
「下がってどうする。ここより後へ抜かれる訳にはいかんし、‥‥俺はもともとこっちが性に合ってるんだ」
指揮車両を出すように階下に怒鳴るベイツに、アキラは呆気に取られてから。
「やはり護衛は請け負おう」
苦笑しつつ、階段を駆け下りた。
「では、私も出ますか。どうやら、見届けるには生き残るのが肝要のようですからね」
諜報部の癖に、司令部の壁際にいたミノベがサングラスを取る。紅く変じた虹彩は、彼が能力者であると告げていた。
「‥‥参った、眠気が吹っ飛んでしまったぞ」
騒々しい気配に、上杉・浩一(
ga8766)が苦笑する。ここもすぐに戦場になるのだろう。管制塔から、駆け出してくるファルルを見ながらそう思った。
「この状況。あのジジイなら狙ってくるのは当然かしら? でも、そう易々とはやらせないわよ‥‥あら?」
愛機のエンジンが暖まっているのに気付き、ファルルは周囲を見回す。
「暖機はすませてある。足りない物があったら俺を呼べ。俺は新しく着いた機体をみてくるから」
浩一は、そう言いおいて走り去っていった。緒戦ではリッジで弾薬の出前をする余裕があった彼も、今はやってくる損傷機の対応で手一杯だ。防衛に回るのは、最後になるだろう。
「慌しいわね‥‥。ま、礼は後でも言えるかしら」
その『後で』を空手形にしない為にも、守りきらねばならない。この場を。
「こりゃ駄目だな」
自分が置いた探知機以外はあてにならないようだ。途切れ途切れに伝わる味方の情報は、ノイズが多すぎる。それでもM2は、アースクエイクが現われるのが今を措いてないと確信していた。地上の敵はまだしも、EQに襲撃されればトレド基地はおしまいだ。
「んと、来たら教えて下さいですよ」
マスク越しの視線で周囲を睨みつつ、ヨグ=ニグラス(
gb1949)が言う。正面から外れたこの場に敵が現れたなら、暫く彼らだけでで支えねばならない。
「俺にできる事はあんまりないが、引っ掻き回す位は出来るんじゃないか、ってな」
ウォルター・バーネット(
gb9561)がそう口にした瞬間、ズシン、と大地が揺れた。
「足元注意してー!」
トロ(
gb8170)が大声をあげ、周囲に注意を促す。地表に顔を出すまでに包囲できるかが、勝負だ。
「‥‥おいでなすったか!」
ロジャー・藤原(
ga8212)が不自然に移動する隆起へ、バルカンを撃ちつつ回り込む。
「アリスシステム始動、いくよ!」
同じく行く手へ、蒼翼 翡翠(
gb9379)のロビンが突進した。地表からの攻撃に苛立ったように、巨体が姿を現す。
「援護する、後は任せた」
「足止めはさせてもらうぜっ」
ロジャーのバルカンが表皮を削る中、ウォルターのヘルヘブンが、動きの鈍い敵へ突っ込む。
「うむ。これぞ傭兵魂っ」
ヨグが頷きつつ、銃弾を放ち、翡翠の練剣が手傷を与えた。しかし、倒しきるのは難しい。腹に響く唸り声をあげながら、EQは再び地面の下へ沈む。
「‥‥追うぞ!」
ロジャーがの声に、一同が頷いた。
通信妨害下でも、【掃除屋】は基地の正面の防衛線を堅持していた。迂回部隊だけでなく正面の敵まで基地に雪崩れ込めば、トレドはおしまいだ。
「気をつけろ‥‥面倒事が‥‥増えそうだぞ‥‥」
退却後、彼らに合流していた百白が拡声器越しに言う。彼の口癖を借りるならば、面倒だがそうしなければ意思疎通が出来ないのだ。
「みんな、防衛ラインを突破しようとする敵がいるってよ!」
「EQだと? この忙しいのにミミズの相手は願い下げなのにゃー!」
ブツブツ言いつつも、白虎はすばやく突撃シフトを組んでいく。混乱する戦場で、最も組織立った抗戦を続けていた正面戦線に現れたEQは、端的に言って不運だった。
「‥‥ん。ここから。先は。通行止め」
もこもこ動く地表の畝を、憐の槍が貫く。猛り狂った大口が開いた時には、少女はその場にいない。代わりに出迎えたのは、側面からのゼンラーの弾幕と、つーのレーザーだ。
「さあ足掻け足掻け! 足掻いて足掻いて、しかし貴様等が掴むのは死だけだということを教えてやろう」
言い放つつーの後から、白虎が突貫する。
「必ず殺る、と書いて必殺と読むにゃっ!」
「今がチャンス♪みんな、連携いくよ!ジェットストリー‥‥」
どすん、と子虎を踏み台にして、ノエルの愛機『ゼロ』が宙に舞った。
「この先には絶対に行かせない。何が来ようと僕達には仲間がいる。‥‥絶対に臆したりなんかするものか!!」
スラスターライフルの弾丸が、あいた口の中へ吸い込まれる。そのまま、EQは地響きを立てて斃れた。
「くらえ、ふぇにっくすあたーっく」
「必殺ぅっ、如意棒、じゃなくてドミネイターーー!ってなぁ!」
ほぼ同時に現れたもう一匹には、百白同様に合流組のミズキとエミルが突貫する。堪らず地表に顔を出した所を。
「こんなクリスマスプレゼントの押し売りはいらん! さっさと失せろ!!」
「‥‥同感だ」
清四郎とブレイズが強烈な二連斬を叩き込んだ。
基地内の資材倉庫に達したキメラの群れは、そこで激しい抵抗にあっていた。軍の歩兵部隊と生身の傭兵の混成部隊だ。
「数だけは大したものだな、有象無象どもが‥‥!」
前衛で藤村 瑠亥(
ga3862)が吐き捨てる。既に倒した敵は多数。しかし、それでも尚、新手の姿が見えた。今度は大型キメラを含む群れだ。
「ここは、何としても守りきらなくてはいけませんね」
優(
ga8480)が、静かな中に強い口調で言う。大型キメラが背後に抜ければ、一般人の部隊はひとたまりも無いだろう。
「あっちは突破狙いね。機先を制すれば止められる」
屋根上からガトリングを連射して、鬼非鬼 ふー(
gb3760)が駆け下りてきた。右へ左へと位置を変えつつ銃撃を加える少女を、敵は中々捉えられずにいる。今のところは、だが。
「攻めるぞ。優、今日限りの『咎人』再結成だ‥‥派手にやろう」
瑠亥の声に、優は懐かしげに頷いた。幻の黒翼を広げた瑠亥の、背を守るように彼女は駆ける。
滑走路付近は激戦地になっている。KVに混じり、ベイツの直下の戦車部隊も砲門を開いていた。ゴーレムやワームには抗すべくも無いが、キメラ相手なら十分すぎる戦力だ。
「ここから後ろに通すな! 補修中の機体はいい的だぞ」
余剰戦力はもはや無い。だが、ベイツは後方に下がった軍のKVと【疾風】【迅雷】の復帰まで支えられれば、勝てると踏んでいた。
「やっぱり数が多い‥‥もうこんなに‥‥。‥‥でもやることに変わりはない‥‥!」
狙撃兵仕様のイスル・イェーガー(
gb0925)機は、突出した敵を撃ち抜く。基地まで戦場になる状況。前線を支えていた筈の恋人の身が心配だった。
「ここで引いてしまったら、後は無いさね」
隣を見れば、救護の小次郎までが、S-01で防戦に参加している。初手の突撃で受けた損傷を修理してきたばかりのエンタも、敵に切り込んでいた。
「‥‥今だ、くらいやがれ」
偵察に回る必要の無くなったエイラも、その場で機関砲を撃ち続けている。
「ガンガン叩け!ガンガン行けっ!!」
敵の狙いを逸らす為に鬼火を撒きながら、織部 ジェット(
gb3834)は仲間を鼓舞していた。今を持ちこたえれば、その先にきっと勝利がある。
そして、指揮所。ベイツが最前線に出た今、残るこだまは有線での状況把握に努めていた。少なくとも、基地内であれば構内通信は生きている。そして、リアルタイムを要求する戦闘指揮以外で彼女達の指示を必要とする部署がまだあった。
「次はどちらに行けばよいかしら?」
「七番区画に回ってください! 重傷者3名、緊急です」
自機のリッジウェイの兵員室を簡易救護室に変えたカンタレラ(
gb9927)の救護B班は、浅川 聖次(
gb4658)らの救護A班と共に基地内を駆け回っていく。
「御疲れではありませんか?」
開戦時から、救急作業にかかりきりの桂木穣治(
gb5595)を、カンタレラは気遣っていた。
「こっちはまだいける。へばっちゃいられんさ」
額の汗を拭い、穣治は言う。緊急な相手にのみと限っても、練成治療の出番は多かった。
「まだこちらも動けます。大丈夫ですよ」
被弾の後も痛々しい夏 炎西(
ga4178)のミカガミも、まだ彼女に随伴するつもりだ。偵察に出ていた影明のミカエルが、比較的安全なルートを先導する。
「‥‥素敵ね」
カンタレラは微笑した。トレドに来たばかりの時は、後方支援の薄さに不安も覚えたくらいだったが、今はこんなにも仲間と協力できる。
「そろそろここも危ないな‥‥」
名残惜しげに、こだまがヘッドホンを置く。瞬間、指揮所が揺れた。
「‥‥ここまで、ゴーレムが?」
前線が崩壊したのか。いや、迂回されたのに気付かなかったのかもしれない。次弾を放とうとしたゴーレムが、膝をつく。AU-KVのエリザ(
gb3560)が、足首へと斧を振るっていた。
「ドラグーンの能力を活かせば、ゴーレムを相手にする事も充分に可能ですわよ!」
足元が疎かだった敵の反撃を回避し、エリザは言う。味方のKVが引き返してくるまで単独で時間を稼がねばならない気負いと、僅かな不安。斧を構えた少女の頭上に影が落ちた。
「他に‥‥!?」
飛び掛ってきた大型キメラの爪を、受け止める。両手が塞がった所を、膝をついたゴーレムが撃った。思わず眼を閉じた瞬間、襲った衝撃は着弾のものではない。
「‥‥やれやれ、我ながら‥‥、らしくないな。大丈夫ですか?」
「ええ」
両手も足もついている。見たことの無い、スーツの男が鎧姿のエリザを抱えていた。
「それは重畳です。フフ、部下を大勢見殺しにしてきた私が‥‥、こんな所で、こう動くとは。自分でも意外でした」
背を砲弾でざっくりと抉られた男は、それでも微笑していた。背後に迫る大型キメラとゴーレムの影にも動じた様子がなく。あるいは、もう気付いていたのかもしれない。彼らが、間に合った事を。
「ガッハッハッハ!! そこまでじゃわい」
兼元のミカガミが、銃弾を刀身で逸らし。
「ガーデ‥‥じゃなかった。高火力遊撃隊【迅雷】、再び出撃だね♪」
クロスエリアが陽気に笑いながら、引き金を引いた。その脇を、輝く大剣を上段に構えたフェニックスが突き進む。
「‥‥てめぇらにやる命は‥‥! 一つだってありゃしねえっ!!!」
叫ぶ大地の一刀が、ゴーレムを腕ごと切り下げた。
●城〜古城毀れて〜
主の不在中に、招かれざる客が城門を叩く。皮肉な事に、通信を遮断された事による弊害が一番少なかったのは、この攻撃部隊だったかもしれない。美海の観測データを得たこだまは、城付近の対空設備が比較的手薄だという結論を数分前に導き出していた。祐介のGrやハンナのコスモスを通じ、それは配信済みだったのだ。
「ロジーナ‥‥VLOT機の真価を示すときが来たか‥‥!」
対空砲火を見下ろして、キリル・シューキン(
gb2765)が呟く。空挺任務だけあって、彼以外にも祖国の誇りたる機体を駆る者が幾人も見えた。
「あの老体、ヨリシロになっても悪趣味なところは変わってないってわけ? ルーマニアの蠢動の成果があのゲテモノ要塞とは‥‥」
その内の1人、リン=アスターナ(
ga4615)が呆れたように言う。彼女はこの飛行要塞が地上にあるときに、上空から偵察を試みたメンバーの1人だ。
「ヨリシロ、か。前以上に、話が通じる相手じゃないと思うけど、行くんだよな?」
「ええ」
後席のアンドレアス・ラーセン(
ga6523)は、呆れていた。幾度折られても、レールズ(
ga5293)はバグアの中の『善意』を信じる事を止めない。その『希望』を信じる強さに、少し羨望を覚えてもいた。
「うちの副長殿が突入するんでね。場所を空けて貰えないかなッ!」
自身も【Astraea】次席補佐の肩書きを持つ依神 隼瀬(
gb2747)が、高速でアプローチをかける。城壁の外に並んでいたTWがプロトン砲を応射してきた。
「さて突入部隊の花道を空けていただきますよ〜」
それを回避した須磨井 礼二(
gb2034)のプラズマ弾が岩肌を焼く。見た目どおりの古城ではないのだろう。城塞は爆撃にも耐えていた。しかし、TWやREXはそうもいかない。
「もう一つ、おまけだ」
ホアキン・デ・ラ・ロサ(
ga2416)が、岩塊の上にもう一つ光球を生んだ。
「カッシングは外らしいけれど‥‥、私達の行動は変更しない」
【アクアリウム】の鯨井昼寝(
ga0488)は言う。外で討ち取られればそれもよし。城砦内へ敵が戻ってくれば、その時こそが自分達の出番だ、と。彼女達は、戦いを終わらせる為には首魁を討つべきと、その一点を最初から見据えていた。付け足す事は無い、とばかりに兄の鯨井起太(
ga0984)が頷く。
「ミサイルを残す必要はありませんね。使い切ってしまいましょう」
エメラルド・イーグル(
ga8650)は岩上を掃射していった。同じくロビンを駆るシャロン・エイヴァリー(
ga1843)も、小型ミサイルで敵を叩く。敵の火力密度は容赦のない物だが、密集しているだけに攻撃側にとってもある意味ではやりやすい。
「留守の場合は、他にやる事もあるだろうし」
内部からの破壊活動を、鏑木 硯(
ga0280)は考えていた。
「敵ながらカッシングに出会えたなら、って思うのだけどね」
遠石 一千風(
ga3970)は、硯と共にグラナダ要塞攻略のキーマンとなった女性だ。彼女は、いまだ遭遇した事が無いカッシングと言う人物に、興味を覚えていた。それは、同じく医に関わる者としてだろうか。
「幾ら砲台潰しても賞金は出ないわよ。さっさとスキップしちゃわないと」
ブツブツ言いながらも、ゴールドラッシュ(
ga3170)はマメにラージフレアを撒く。敵の照準を阻害を彼女と分担しつつ、戌亥 ユキ(
ga3014)も降下の機を伺っていた。
そして、幾度目かのアプローチで。番場論子(
gb4628)が放ったフレア弾は、中庭を直撃した。石畳の下から現れた開口部目掛けて、礼二のシュテルンが強襲降下する。ロケット弾を撃ち尽したキリルが続いた。
「国谷さんは、もう降りたのかな‥‥。急がないと」
旋回していたソラも降下組に加わる。
「随分と人気者なんだな、カッシングって爺さんは」
館山 西土朗(
gb8573)の爆撃で、堅牢な城壁の一部がようやく崩れた。内側から見えたのは、金属質な壁面だ。
「体を乗っ取るだけじゃなく、城まで持ち出しやがって。どこまで奪えば気が済むんだかな‥‥バグアって奴らは」
もう残り少ない砲台へ螺旋ミサイルを叩き込み、そのまま杠葉 凛生(
gb6638)も城内へ乗りつける。狭い岩上の戦いは、十数機のKVとワームの白兵戦となった。砲兵型で固めたバグア側を、KV隊はすぐに駆逐する。
「さて、ここからが本番だね」
「後は心配せずに、行って来るといいよ」
KVの守備を買って出た隼瀬と礼二を残し、残りの面々はポッカリと開いた空洞へと歩み入った。
「さぁ、突入しましょう。準備はよろしいですか?」
盾を前面に、水無月 春奈(
gb4000)が問う。否と答える者は、この場にはいなかった。
●空〜大空に散れ〜
――混乱の中で。
「ごめん。約束、守れなくて」
その一言が、ルクレツィア(
ga9000)の機内に響いた。見開いた目に、FRが加速を開始するのが見える。自分の機体では、追いつけない。追いつく事も、きっと望まれていない。そして、その真紅の動きを注視していた者達が、動いた。
「‥‥太陽を背に。定石ですが‥‥」
それだけに有効だ。揺らぎをいち早く見て取ったハイン・ヴィーグリーズ(
gb3522)がミサイルをばら撒く。
「奴に復讐を望むなら、地獄だろうと付き合うわ」
ラウラ・ブレイク(
gb1395)の声に、エルリッヒは微笑した。復讐は胸に無く、今はただ――。
「さあ――『お前達』の意志を見せてみろ」
FRの前へ、緋沼 京夜(
ga6138)が出た。プロトン砲の真紅が、ディアブロの装甲を舐める。
「ったく、また無茶を‥‥」
フォル=アヴィン(
ga6258)がその軌跡に割り込んだ。
「‥‥エースには縁が無いと思ってたんだが、なっ」
抉るような角度で、篠畑が見えざる敵へ肉薄する。タイミングを合わせて、京夜の一撃が空間を貫いた。
「チッ。外したか‥‥だが」
『群れねば何も出来まい、人間!』
勝ち誇る敵へ、剣翼しか持たぬエルリッヒのFRが近づく隙を作る。その為に、彼らは命を懸けた。おそらくはただ一度のチャンスに向かって、緋色の翼が飛ぶ。
「‥‥先に仕掛けます」
FRの影から祐希のディアブロが突進した。嘲笑を浮かべながら機体を横滑りさせたカッシングが目を開く。ディアブロの紅翼は、ピタリとZCを追っていた。
『何故見えるッ』
「なぜならば‥‥」
私が見ているのは、貴方ではないからだ、と祐希は心中で言う。エルリッヒの行く先に、敵がいるのならば。比翼はその先を飛ぶ。
(今だけ我が儘を許して下さい。‥‥彼の半分は、私の物だ)
後ろで、見ているだろう少女に呟いた。剣翼の直撃で、フォースフィールドがチラチラと不可視の機体を彩る。
「‥‥貴方の時は、私と同じくもう終わっているのです。クリス・カッシング!」
赤い光に包まれたFRは、吸い込まれるようにそれと交差した。いや、軌跡はそこで止まっている。
『う、裏切り者が‥‥ッ』
ZCの黒い異形に、真紅が深々と刺さっていた。半瞬置いて、爆光が黒を揺さぶる。砕け散る緋色に混じって、黒の欠片も宙を舞っていた。強烈に世界を歪めていたジャミングが、不意に消える。
「‥‥ぁ」
ルカが息を吐き。彼女の前に、黎紀が機体を滑らせた。
「気を抜くな!」
空閑 ハバキ(
ga5172)が少女を叱責する。その拳は、白くなるほど固く握られていた。
「‥‥アイツは、そんな事望まない」
囁き声。
『この‥‥』
爆煙を裂いて、視界を赤い火線が埋めた。祐希は避けきれない。フォルは、助かる。篠畑は直撃を避けたようだ。そして、京夜は。
「右じゃ、京夜!」
咄嗟に響いた声に、反射的に従う。それが生存への最善手と、反射的に理解した。彼のいた空間を埋めた光弾が煙の中心を正確に撃ち抜く。
「遅かったとしても‥‥省みられずとも。最初の約束を‥‥我は果たす。‥‥果たし続けるのじゃ」
藍紗・T・ディートリヒ(
ga6141)が吹き払った煙の奥、激しく損傷しながらもまだ形を止めたZCが吼えた。
『この、愚か者どもが!』
「人の想いの重さを、想いの剣を愚かと言う、その傲慢が貴方の敗因です‥‥っ」
悔いは無かったのだろう。ならば彼の選択を無駄にせぬように、霞澄 セラフィエル(
ga0495)は引き金を引いた。その紫電を裂いて、黒が空を昇る。
「‥‥狙うは今。参ります‥‥!」
その軌跡に、夢理のフェイルノートが割り込んだ。ロジー同様に、ソニックフォンブラスターでカッシングに『患者』の声を届かせようとしたのだが。‥‥いまだ、黒い悪鬼の力は圧倒的だった。近づくべくも無く、プロトン砲が一瞬でその機体を撃ち抜く。
『迷彩を破った程度でいい気になるかね。この力の差が、傲慢かどうか‥‥』
「‥‥各機へ通達、ターゲット確認‥‥此れより撃破に入る!」
老人の声に、【Teiwaz】の皇 流叶(
gb6275)の鋭い声が被った。
「情報網Gr、ZCの位置情報を配信します。祐介さんの遺志、確かに私が‥‥っ」
悲しみを押し殺したつばきの声が、通信回線を渡る。
「‥‥いや、こんな所で死ねませんから。‥‥新刊を出さないといけないんでね」
「喋るな。そんな状態じゃないだろうに」
田中 直人(
gb2062)が祐介に突っ込みを入れた。AU-KVで駆けつけた彼が黒焦げの脱出ポッドの中から素早く引っ張り出さなければ生命が危なかった、とは思えぬ元気の良さだ。
「‥‥え、無事だったんですか? ホントに? マジで? 嘘だったら泣きますよ?」
思わずそんな声をあげてから、つばきは支援部隊へ情報を転送した。ステラ・レインウォータ(
ga6643)の耳にした声は、明るい。
「友軍の墜落位置を確認しました。浅川さん、田中さんの位置へ向ってください!」
「‥‥了解。動く野戦病院の本領、と言った所か‥‥!」
トレド前縁の仮設補給地点から、聖次ぐのリッジウェイが動き出した。
「救護班の邪魔をさせる訳にはいきませんね。‥‥参ります!」
進路を阻むキメラは、和 弥一(
gb9315)の刀の前に次々と倒れていく。想いの集った剣は、まだその切っ先を緩めてはいなかった。
「ステアー、ZC‥‥その力、見せてもらおう」
『戯けが!』
背後に回ったヴァレス・デュノフガリオ(
ga8280)のシュテルンへ、ZCは振り向きざまの空中変形を行なう。大鎌が翼を切り飛ばし――。
「自惚れるな。俺程度が、本命と思うな」
ヴァレスが笑った。空中で動きの止まった瞬間を、火絵 楓(
gb0095)のフェニックスが衝く。空中変形には、空中変形で。
「ルカちん、行くよ! 楓ちゃんとフェニちゃんの愛をプレゼントし・て・あ・げ・る♪」
『うぬが!』
身の丈並の大剣を、ZCは鎌の柄で弾いた。しかし、背後からの流叶の剣翼までは防ぎきれない。じわじわと、その身に刻まれる傷は増えていく。その姿は、もはや恐怖の象徴ではない。
「高説を謳っていたようですが‥‥ここは戦場、命をぎりぎりまで掛けられる者が勝つ場所!」
『今度は下かっ。ジェミニは何をして居るのだ!?』
音影 一葉(
ga9077)のディスタンが、ミサイルを斉射しながら一直線に向かってくる。プロトン砲の直撃に装甲を融解させつつも。3つ目の弾装を撃ち尽くした直後に。
「‥‥301発目!僕が本命だッ!!」
狭間 久志(
ga9021)のハヤブサが、その影から躍り出る。剣翼が、異形の腕を切り裂いた。
『お、おのれ。飛行要塞は何をしている。砲撃で全て焦土とするのだッ!』
老人の声にもはや余裕はない。機動形態に変形したステアーは周囲をプロトン砲で薙ぎ払い、その隙に転進する。
「逃がす訳には‥‥ッ! 『レギオンバスター』Bモード‥‥!」
ソード(
ga6675)の叫びは、強かった。ついさっき逝った青年を止めようとしたあの日のように。しかし、多弾頭ミサイルの雨を抜けて、ZCは飛ぶ。
「くっ、またアレが来る訳? ワンパよね」
美鈴が毒づいた。
『主砲用意‥‥、クハハ、薙ぎ払えぇ!』
再び、ギガワームの主砲に光がともる。ステアーを追いにかかっていた各機が慌てて回避行動に入るが、砲口が輝く方が僅かに早い。
『――おじーさまの、仇』
聞こえた声をカッシングが知覚するよりも早く、ステアーの翼部が吹き飛んだ。
『アニス・シュバルツバルドッ!?』
二発。三発目まで受けて、ようやくステアーは反転する。加速を開始しようとして、何かのパーツが砕けて折れた。
『こ、殺してやる。私の計画を。私の粛清を‥‥ッ』
バラバラと破片を撒き散らし、断末魔の様相を呈しながらも、ZCは人類の機体よりも、尚早く飛ぶ。蒼穹を裂く黒は紅蓮の縁取りを纏い――。
『ぬぐ、アニス‥‥そこか!』
着陸、ではなく墜落。いや、それも生ぬるい。ステアーは飛行要塞に突き刺さった。主砲の砲座を貫き、岩盤を砕き、内壁を数枚ぶち抜いてから異形の戦闘機は止まる。歪んだ機首が開き、内部から老人がよろめき出た。
●陸〜一先ずの終息〜
「んにゅ!? 通信が戻ったのにゃ」
「無事か、総帥!」
正面の防衛線を支えていた【掃除屋】に、戦線に復帰した【疾風】が加勢する。側面攻撃が失敗に終わったバグアに、更なる前進を企てる余力は残っていなかった。
「やっと仕舞いか‥‥やれやれだぜ」
ズシン、と大剣を地に立て、ブレイズ機はそれに体重を預ける。満足したように、清四郎も機体を休ませた。地上は、辛うじて基地の失陥を免れたとは言え、追撃の余裕は無い。
「終った〜終った〜なんか知らない間に終った〜」
万歳、などとしているリティシアだが、実の所はそうもいかなかった。頭上に聳える要塞は、数箇所から煙を吹いているがまだ健在だ。
「うむ、しかしここからではどうしようもない。手が空いたなら歌を歌って前線を励ますのも私の仕事! 諸君、存分に癒されると良いよ!!」
胸を張って、零が歌い始める。少し早いクリスマスキャロルが響く中、戦士達は頭上をただ、眺めた。あの中にはまだ戦っている仲間達がいる。
●城塞〜カッシングの執念〜
「ここから先は我々のみで戦闘を行う。カッシング対応者は可能な限り消耗を避けてほしい」
踏み込んですぐに、リヴァル・クロウ(
gb2337)は周囲に言う。彼も、カッシングが戻らない場合の事は考慮しなかった。未来は読めぬ以上、最悪を想定した上で最善の結果を出し得るように行動すべきと言うことだろう。
「目の前の敵を倒すのみだ。難しい事は無い」
静かに言う丙 七基(
gb8823)だが、その身は僅かに震える。武者震いかもしれない。城内に待ち受けるだろう強化人間やバグアは、彼にとっては格上の相手だ。
「そうですね。私たちは私たちのできることを」
鳴神 伊織(
ga0421)が、音も無く一刀を抜いた。
城の地下は複雑でこそ無かったが、広大だった。放たれているキメラと極小型ワーム以外の防衛者がいなかった事もあり、傭兵達は二手に分かれて探索を続行する。ソラは、無事に目指す青年と合流していた。
「柚井君、彼から話は聞けただろうか」
ギガワームの破壊方法。出撃前のエルリッヒにソラがそれを尋ねた時、青年は静かに微笑んだ。戦いの先を、君は見ているのですね、と。青年はその時既に、帰れぬ事を覚悟していたのやも知れない。
「‥‥ギガワームの制御室にいっても、操作方法は判らないだろう、って」
「そうか。なら破壊するしかないな」
そっちの方が得手だ、と黒川丈一朗(
ga0776)が言うのをソラが慌てて遮る。
「でも、それ以外に‥‥」
バグアがヨリシロの性向に影響されるなら、カッシングは必ず、緊急用の入力装置を備え付けている筈だと、エルリッヒは言った。それ程複雑ではない物を。
「なるほど。ポチッとな、ですか」
ありそうな話だと、ひび割れた般若面が頷く。着陸時の攻防で紫が受けた傷は浅くは無い。
「城まで飛ばす理由‥‥ギガワームの制御は城内だろう」
それまで黙って聞いていたホアキンが、低い声で言った。おそらく、と続けながら壁を叩くと虚ろな反響音が返る。
「隠し通路、だな。バグアが気付いているかは解らないがね‥‥」
城が城として機能していた頃の中枢へ通じている可能性は、高い。古城に詳しいだろう伯爵に聞いた、とホアキンは微笑した。
音速の数倍に達するZCの直撃で、要塞自体の防御も崩壊していた。これがギガワームよりも『柔らかい』物であれば話は違ったのだろう。大きく開いた傷口を、【シスターズ特戦隊】や【千日紅】らの波状攻撃が広げていく。何処かに火が回ったのか、鈍い響きをたてて要塞が揺れた。
「こ、殺す。バラバラに引き裂いて、キメラの餌にしてやるぞ、小娘」
赤く血走った目で、老人は回廊を駆ける。その正面に、須佐 武流(
ga1461)とフォビア(
ga6553)が立った。
「カッシングさん‥‥託された思いを果たしに来ました」
夢姫が澄んだ声をあげる。それは、目の前の老人の姿にではなく、今はいない誰かへの言葉だ。
「そこをどけっ」
老人の言葉には、横合いから出てきたホアキンが答える。
「1年前に倒しておくんだったよ‥‥くそ爺」
「どかぬなら‥‥ッ」
余裕無く叫ぶバグアを、ホアキンは遠い目で見る。あの日、言葉を交わした老人はもういない。倒したくとも、手の届かぬ場所に去ってしまった。青年に切りかかろうとした老人の、足元で火花が散る。
「グラナダと、ロシアの大規模作戦の時ぶりね、ご老体? と言ってもそっちは覚えていないかもしれないけれど」
横手から、リンが銃を構えていた。彼女の前にレールズが立ち、2人の後ろをアンドレアスが固めている。
「かつて戦ったバグアは、任務よりもただの人間の為にその身を投げ出した。そのように、見えました。何故?」
言葉を投げるレールズを、老人は煩そうに睨む。
「‥‥バグアとは、何です?」
「知りたくば教えてやろう。その身体になァ!」
再度のレールズの問いかけに、カッシングの姿をしたバグアは暴風の如き一撃で答えた。胸元から血を噴き、青年が倒れる。
戦いは激しく、そして実際よりも長く感じられた。騒音を聞きつけて現れた自動機械をリヴァルが切り伏せる。強化人間と切り結んでいた伊織は、七基の援護に敵が気を散らした一瞬に、勝負を決めていた。
「助かりました」
涼しげに言う伊織に、七基は呆れたように首を振る。
「戦うだけで、その先に何かが見つかるかもしれないと思ったが」
期せずして、3人共に刀と銃。少なくとも、上には上がいるのは、判った。息をつく間もなくキメラの群れが天井から降ってくる。
「こちらは、任されよう。どれほどの物が相手でもだ」
リヴァルが背中越しに、仲間へ言葉を投げた。
「一瞬で良い‥‥一瞬の隙でケリがつく」
急所を抉るような連撃に耐えつつ、武流とホアキンは機を伺っていた。転機は仲間が作ってくれると信じて。
「よく聞け化け物! クリス・カッシングは人類の可能性を信じていた!」
「ぬ?」
足元近くからの声を、老人は怪訝そうに見下ろす。倒された振りをしていた、レールズと視線が合った。
「形は違えど俺達も信じている! それを理解できないお前には決して負けない!」
青年が、ピンを抜いたまま抱えていた閃光手榴弾を転がす。示し合わせていた仲間が目を伏せた。真っ白な光が周囲を埋め。
「ぐ、小細工を‥‥!」
頭を振りながら、老人が飛び退った。後を追う弾丸を、老人はマントで叩き落とす。彼の視界が、回復した瞬間に。
『カッシング先生。こんにちは』
アンドレアスの手元の録音機から、場所に不釣合いな少女の声が響いた。リサ・ロッシュ。カッシングの治療を受けた少女の、朗らかな挨拶。
「う、腕‥‥が!?」
カッシングが仕込んだ、『患者の声に手を挙げて挨拶を返す』という条件づけ。死者の巡らした操り糸に手を引かれたバグアが、呻く。身を翻したホアキンが左の片手突きを送った。額目掛けた一閃を、動く側の腕で弾く。
「出し惜しみはなし‥‥! この悪趣味な要塞を墓所にして‥‥果てなさい、カッシングっ!」
懐にリンが飛び込んでいた。蹴り上げた足先を、よろめくように回避する。
「手首の時の借りを‥‥返す!」
その隣、大きく一歩踏み込んだフォビア。あの時は届かなかった正拳が、バランスを崩した老人を捉えた。同時に、武流が動く。一年半前から、2人が共に心に抱いてきた物を込めて。
「思い出せ! これがお前の成そうとしていた事だ!」
鋭爪は彼の頬を掠め、武流の飛び蹴りは老人の真芯を捉えていた。宙を飛び、カッシングは壁にぶち当たって無様に落ちる。
「ニ、ニンゲン如キ‥‥」
老人が口から鮮血を吐いた。内臓が損傷している、‥‥いや潰れていると、本人にはわかる。脆弱な、生物だと思った。
「その『人間』の執念に、お前は負けたんだ」
呆然とその真紅を見るカッシングを、壁に寄りかかったアンドレアスが見下ろす。
「ク、ククク‥‥クハハハハ。そうか、あのヨリシロの小細工か」
「いかん」
ホアキンが間合いを取り直す。うつぶせのままの老人の、背が丸まった。下半身が一気に膨張し、千切れ飛んだズボンの内側から丸くごつごつした体節が姿を現す。
「ここまで、か。なれば、こんな腕に、こんな身体に拘る必要などない」
腕を引き千切り、無造作に投げ捨てた。切り口の内側から、昆虫の如き細い肢が伸びる。ぬるりと身を起こす異形へ、能力者達は油断の無い視線を送った。芋虫のような腹に、甲虫のような鎧、蜘蛛の肢。その上にプリントシャツと白衣、裂けたコートを纏った人間の上半身がついているのが異様だった。
「私がここまでなら、お前たちもここまでにしてやろうではないか。それが公平という物ではないかね」
声だけは、あの老人のもの。気を取られた一瞬、細い肢が異様な速度で動いた。
「くっ!」
正面のホアキンの突きを、人外の肢が捌く。側面から仕掛けるアンドレアスへは、衝撃波が飛んだ。打ち込んだレールズを弾いて、老人の‥‥いや、バグアの嘲笑が響く。
「飛行要塞と運命を共にする栄誉をやろう。そこで死ね」
追おうとした武流の眼前を隔壁が塞ぐ。
「‥‥これは、破るにも時間が掛かるわね」
蹴りつけたリンが眉を顰めた。その向こうで、更に隔壁の落ちる音がする。
●城塞〜カッシングだったモノ〜
行動はシンプルに、下へ。奥へ。論子たち【鳩】は、【アクアリウム】と行動を共にしていた。他にも幾人かが共闘している。開けた一角で敵の待ち伏せを受けた彼らは、足を止めて手当てをしていた。
「‥‥ご心配なく。まだまだ戦えるんですよ。このくらいではひるんでいられませんし‥‥」
救急箱を片付けながら、春奈が言う。論子と彼女、それに前を行く鮫島 流(
gb1867)らドラグーンは突破時に先に立つ事が多く、その分受ける傷も多い。中でも金のAU-KVは目立つのか、温存策は今ひとつのようだった。
「この、ずしんずしん、って音は?」
その金鎧の中身の流が、ふと首を傾げる。
「隔壁の作動音ですね」
エメラルドが答える。彼女が気づいた道中の罠は、丁寧に無力化されていた。隔壁もその内の一つだ。
そして、第3の侵入者もその音を聞いていた。ZCが突っ込んだ穴へ侵入した2人だ。おそらく、乗機は今頃残骸と化しているだろう。
「‥‥音がするって事は、動かしてる誰かがいるって事だ」
「誰か‥‥。カッシン、グ?」
そう言うまひる(
ga9244)の顔を、リュス・リクス・リニク(
ga6209)が見上げた。まひるは無言で頷く。あの男に会って、少女は平衡を失った。ならば、あの男を乗り越えなければ取り戻せないのではないか、とまひるは考える。それが正しいかどうかではなくそれしか思いつかないが故に、彼女は一心不乱に前を向いた。
「行こう。この先に、多分あいつはいる」
「では、少し急ぎましょうか?」
論子が、武器を手に先へ立つ。【アクアリウム】の8名が後に続いた。徐々に大きくなる音へ、近づく。相手も、こちらへ向かっているように思えた。3つ目の曲がり角を曲がったところで。
「うわぁ、化け物!?」
ユキの評価は、至極妥当だった。間合いは近い。不意の遭遇に、驚いたのはどちらだろう。
「天秤座、カッシング‥‥! 人間、やめちゃったのね」
シャロンが、剣を抜く。盾を前に踏み込む彼女の脇を、硯が駆け抜けた。斜めに一千風が切り込む。そして正面へ、昼寝。アクアリウムの8名が、息をするより自然に動いていた。連携攻撃『タイダルウェイブ』。
「――天をも飲み干す大海嘯、その身で受けろカッシングッ!」
剣と銃、爪と弓が一斉に敵へ向かう。その全てを見極めるのは人間業ではありえない。――しかし。
「お気をつけて。何か備えがあるようです」
エメラルドの声が届いた。
「目が二つだと、誰か言ったかね」
カッシングが笑う。硝子細工のような複眼が背中と肩に輝いていた。
「そして、1人づつ相手をするとも、言っていないよ? ククク‥‥」
「まずい‥‥っ!」
硯が顔を両腕で覆った直後に、衝撃波が周囲を満遍なく吹き飛ばす。盾を持った側のシャロンの腕が軋んだ。
「力を制限せずに振るうというのは楽しいな。実に楽しい」
壁が割れ、天井が崩れ、石畳が砕け、能力者達が飛ばされた勢いのままに叩きつけられる。破壊の中心で、カッシングだったモノは狂ったように笑っていた。
「‥‥何だ、それだけか」
昼寝は額からの血を拭いもせず、嘯いた。まだ身体が動く。仲間達も、瓦礫の中から立ち上がっていた。よろめきながら、昂然と、前を向いて。
「ふふん、そろそろ決着をつけるには良い頃合かな」
起太の声が、後ろから聞こえた。勝利を前に倒れるような仲間はいない。――あるいは他の目的であれ。
「賞金貰うまで、寝てられないっての」
強気に言うゴールドラッシュに敵の視線が向いた隙に、ユキが通路の端を陰のように走った。
「まだやる気かね? 何度やっても無‥‥」
「無駄かい? そうとも限らないさ」
老人の背後に、まひるが立つ。そして、弓をゆっくり番えるリニクも。
「『タイダルウェイブ』は一度破られて終わりになるような、奇策じゃない。もう一度、味わってみるがいいさ」
仲間へと治癒を施しながら、起太が言う。実の所、策ですらない。互いが互いを繋いで、波状攻撃を繰り出すというのが、その中身だ。繋ぐ相手は、別に自分達だけで無くとも構わない。動きの指示を起太が、タイミングを昼寝が。
「うぬぅ‥‥」
折れぬ闘志に辟易したように、老人がたじろぐ。その前に、歪んだ盾を構えた青い雷が立った。
「私はDelphinus、シャロン! ‥‥この名と剣を、その身に刻んで、倒れなさいっ!」
あえて名乗らずに、黒く細身の刀が添う。
「我が祖国よ‥‥死せし英雄の魂達よ‥‥私に、今一度力を‥‥!」
不意に、乾いた声が聞こえた。キリルが銃弾を放つ。
「お前は‥‥違う。あいつじゃない‥‥。嘘つきは消えて‥‥なくなれ」
リニクが、弓を引いた。速く。迅く。目にも留まらぬ手の動きにあわせて、矢が飛ぶ。その逆から、狙い済ましていたユキの一矢が空を裂いた。
「一射入魂‥‥黄雷の矢よ、敵を射抜けッ!」
全てを落とせる筈だ。しかし、老人は僅かに迷う。それが同時攻撃の意味だ。その迷いが晴れぬ間に――。
「もう一度、受けて驚け‥‥! 完全版の一撃を!」
昼寝が、号令を掛けた。まだ何か隠しているのか。否、おそらくはハッタリだ。そう断じつつも、迷いが、惑いに変わる。視界に過ぎる影。反射的に振った爪を、シャロンが盾で弾く。その裏から硯が斬り込んだ。
「‥‥地獄でバラシュ・エルンストからの報告を受け取ってください」
「ぬかせっ!」
複眼の一つと、肩を抉られる。吹き出た血は異形に変わってもなお、赤い。それに気を取られた一瞬に、背筋に痛みが走った。
「失礼いたします」
「当たった? よーし、連続攻撃の嵐で飲み込んじゃえ!」
エメラルドの銃撃とユキの矢が堅い外皮に傷をつけている。
「ボクに隙を見せて、いいのかな?」
「まだまだ‥‥行く、よ」
起太のエネルギーガンが傷口を焼く。ほんの小さな、傷。腕を振るって、リニクの追い撃ちを弾いた。そうだ、こんな脆弱な攻撃など、効かない。叩き付けた衝撃波を、まひるがその身で受ける。挺身か。人間など、せいぜい数に頼って寄り合うしかできない生き物だ。
――数。そう、数だ。
「誰か忘れちゃ、いませんか?」
危険なほど近くで、ゴールドラッシュが囁いた。突きたてられる、剣。しかし、弾いた。馬鹿な女が、わざわざ声を掛けて注意を‥‥。
――逸らされた。
「長さでも鋭さでも勝てないけど、この爪、折ります」
一千風が関節の間を突き刺し、捻っていた。腕が折れる。
「今のは5万C分ね!」
ゴールドラッシュの声が耳障りだ。流れが、流れをこちらに引き寄せる何かが必要だ。この場所なら、アレがいる。
「おのれ‥‥、自動機械! 防衛せよ」
がしゃん、と壁が開く。防衛用のワームが姿を現し、そのまま倒れた。
「そうは問屋が卸さねえんだよ!」
奇襲を読んでいた西土朗が、豪快に笑う。その笑い声が耳障りだ。この生き物は目障りで耳障りで腹が立つ。耳障りな声――。
「‥‥鯨井昼寝」
何を言われているのか、判らなかった。
「お前を倒した相手の名前だ」
振り向いたヨリシロの目に、爪が突き立てられる。切っ先が脳まで届くと、一瞬で判った。
――なんと――脆弱な――生き物か――。
薄れる意識の中、ヨリシロの記憶が浮き上がってきた。あの老人。
『やれやれ、私が幾年もかけた罠をあっさり超えて行く。それが『最後の希望』たる所以‥‥、か』
苦笑交じりの感歎を思うのは、バグアか彼か。怒りすら感じず、怪物は最期の吐息を漏らす。
「‥‥君達は実に、度し難い生き物‥‥だった、よ」
口元には、苦笑が浮かんでいた。
●城塞〜古城、墜つ〜
かつて礼拝堂だった制御室。要塞内部のジャミングの弱化と共に、城の主が要塞よりも先に死んだという知らせは、ここにも届いていた。
「戻りましょう。もうこれ以上、できる事は無いようだ」
緩慢に死へ向かいつつある要塞は、彼らの懸命の制御の結果、トレドの南にある峠へと落ちるコースを辿っている。頷く仲間達を見ながら、真彼は内心で安堵していた。エレンの思い出の中の住人になるつもりで、ここに来たのではない。今は、大切な人を守った。守れた。その過去を手に、帰る。
「欲張りなんですよ、僕は」
呟く真彼を、般若面をずらした紫が見ていた。受けた恩は、この人を守ることで返せたのだろうか。あるいは、新しい恩を受けただけかもしれない。道標という名の。
「しかし、帰るっていってもどの道をだ?」
丈一朗が崩れた通路を前に腕組みした。行きに来た道は使えない。――が。
「‥‥あれ?」
ソラが、通路脇に光る何かを見つけた。火のついたままの煙草が、点々と、道標の如く落ちている。黒い影が、遠くの角を曲がるのが見えた。
「家に帰るまでがマドリード戦乱だぞ。‥‥判っていないから、ボクが来てやったんだけどな」
力を使い果たしたのか、ぐったりした昼寝を起太は背負う。上へ、入り口へ。北のと逆に歩く間に、敵の攻撃は無い。
「‥‥っと」
「硯、大丈夫?」
時々足元が揺れるのは、要塞の終わりが近いのだろう。通路のパネルの明かりが、ちかちかと明滅している。
「‥‥まずいんじゃねぇか?」
「大丈夫です。聞こえるでしょう?」
への字口の西土朗に、論子が微笑した。春奈が、パッと破顔する。行く手から聞こえてくるのは、聞きなれたKVのエンジン音と、彼らの帰りを待っていた、仲間の声だった。
「カッシングの体は‥‥死んだか。村も、城も‥‥爺さんの故郷は無くなった。あの男の生きた痕跡は跡形もなくなったわけだ」
飛行要塞が落ちる。凛生は機内の空調に負担を掛けながら、岩塊を見ていた。高度を下げて、地に落ちた瞬間に赤いフィールドが輝く。損傷を重ねていたギガワームが自重に一瞬だけ抗い、潰れた瞬間だった。すぐに違う赤色が要塞の残骸を染め始める。
「だが、最期の実験はしかと見届けたぜ。カッシング、あんた面白い奴だったよ‥‥忘れないぜ」
最後に一息、吐いてから。凛生は煙草の火を消した。
●終幕〜賞すべきは誰ぞ〜
ピエトロ・バリウス中将は生き残った者への労いで時を無駄にするような事はしなかった。疲れ果てた傭兵達と現地部隊に代わって、ようやくたどり着いた本隊を率い、掃討に当たる。残余のキメラやワームは、ある者は息絶えるまで戦い、ある者は南へと落ちていった。
「‥‥勲章、か」
数日後、届いた箱を見てベイツが複雑な顔をする。本当に称えられるべきは、今はここにいない者達だろう。能力者で無い身は、流れ弾1つで容易く斃れる。彼の部下も、多く死んだ。禿頭で食通の戦友も今は居ない。ミノベは重傷を負いつつも、古城が落ちるのを見届けてから逝ったらしい。
「生き残っちまった、なぁ‥‥」
彼自身も、松葉杖をつかねば歩けなくなった。アキラが引っ張り出してくれなければ、燃える戦車と運命を共にしたのだろう。
生きて、ある以上。先に去った者の屍を越えて、それでも自分達は生き続けなければならない。
「隊長、皆待ってますよ? もうそのままの格好でいいから、早く来てください」
扉の脇でうるさく言い募るエレンや、講堂にいるだろう部下、傭兵達。数えるのも嫌になるほどのしがらみが、まだここにある限り。何もかも捨てるつもりで入った軍で、捨てるどころか増えすぎた重さに、ベイツは苦笑する。生きて笑う事が、残る者の務めだから。
「‥‥乾杯の合図なんざ、お前がした方が喜ぶだろうがな」
彼は苦笑をそのままに、杖を突いて重い腰を上げた。