タイトル:黒い帰郷マスター:紀藤トキ

シナリオ形態: ショート
難易度: 普通
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2009/11/26 23:53

●オープニング本文


 その日は、雨が降っていた。美沙が携えていた物は年端もいかぬ少女には厳しすぎる現実で、それがゆえに少年はその知らせを自分だけで抱え込む。少女の声が『人類の敵の一角』への鬼札となるかもしれないという現実は、その理由まで含めて語れば重すぎた。自分が、カッシングに改造されたただ1人の生き残りだから、という理由は。
「それでは、リサ嬢にはすぐに迎えをよこそう。なるべく早く、君もLHへ来るのだな」
「ああ。こっちで遣り残した事を終えたら、必ず」
 リサには『大好きな皆のために、挨拶を録音して欲しい』とだけ伝える事にした彼に、美沙は無言で同意を示して、雨の中へと消えていった。

「村に戻ってくる。少しの間だけど、我慢して待っているんだぞ」
「私も行きたい。引越しはその後でもいいでしょ?」
 荷物を作りながらのアルベルトの言葉に、リサはベッドから飛び降りて駆け寄った。盲目とは思えぬ機敏な動きは、慣れによるものだ。無邪気な中にも多少の遠慮が見えていた以前から、はっきり自分の望みを喋るようになったのも慣れだろう。
「ダメだ」
「う‥‥アルベルトお兄さんの意地悪」
 むくれて見せるのは、不安の裏返しだとアルには判る。彼女は、このカプロイアの広い邸宅の中でも1人でも迷う事はない。しかし、情報部の求めに応じてLHへ移動したならば、次に住まう場所はこことは間取りが違うはずだ。またしばらくは膝小僧に痣を作りながら這い回る事になるのだろう。一緒に行けないことを、少年は少し心残りに思う。しかし。
「‥‥一人で、行きたいんだ」
 彼は優しくそう言った。リサがその村で奪った命は、アルの弟と妹を含めて12名。いや、リサ自身の父親も含めれば13名だ。その事実がもたらす怨嗟へ、彼女を直面させる気にはなれなかった。それに、美沙が告げた事もある。
「‥‥でも、寂しい」
「リサ、LHへ行けば、皆と会える。寂しくなんか無いさ。ほんの少しの辛抱だ」
 重ねて言う少年にぷっと頬を膨らませて、彼女は部屋の隅で膝を抱えた。

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「それが、昨日の事だ」
 LHの美沙は、途方にくれた顔で首を振った。翌日、現地へ迎えにいった美沙が目にしたのは困りきった様子の使用人だった。2人とも、昨日から姿が見えないのだと。その代りに、ベッドの下から分解されたライフルと銃弾一式、それにアルの物と思しき身の回り品が見つかったという。
「‥‥おそらくは、スーツケースの中からそれを引っ張り出して、代わりに入ったんだろうな。アルの行き先は判っている。先回りして列車に乗り込むか、あるいは終着駅で待ち構えるか」
 彼女がアルの故郷に姿を現せば、極めて厄介な事になると美沙は考えていた。

●参加者一覧

大泰司 慈海(ga0173
47歳・♂・ER
黒川丈一朗(ga0776
31歳・♂・GP
ロジー・ビィ(ga1031
24歳・♀・AA
ハンナ・ルーベンス(ga5138
23歳・♀・ER
グリク・フィルドライン(ga6256
27歳・♀・GP
アンドレアス・ラーセン(ga6523
28歳・♂・ER
麻宮 光(ga9696
27歳・♂・PN
イリス(gb1877
14歳・♀・DG

●リプレイ本文

「BINGOだ。どうやら、8時に出たこの列車で間違いないらしいな」
 駅員に話を聞いたアンドレアス・ラーセン(ga6523)が言う。大きなスーツケースと陰のある少年の組み合わせは珍しかったらしく、聞き込みはあっさりと終了した。
「‥‥この写真、貰えるかな?」
 仲間へ連絡をはじめたアスから、麻宮 光(ga9696)は写真を受け取る。無邪気に笑う色眼鏡の少女と、その後ろでぎこちなく微笑む少年。まるで本当の兄妹のようだが、そうではないと光は聞いていた。
「故郷、か‥‥」
 古ぼけたペンダントを撫でながら、光はしばし思いを馳せる。今、笑えないかと問われれば、そうではないけれど、失われた過去は胸の中に常にあった。それは多分、この子たちも同じなのだろう。

●小さな旅人達
 一方、車内では。
「しょうがない、次で降りて家に戻るぞ、リサ」
「どうして私は行っちゃダメなの?」
 頭を抱えるアル。彼女はまだアルの弟と妹の死を知らない。村の思い出も良い物しかないのだ。
「いいじゃねぇか、連れて行けば。ねぇ、あんた」
「おう、切符代くらいは俺がもってやるぞ。どこまでだ?」
 彼女の知っている『事実』を聞かされた相席の夫婦はすっかりリサの味方だった。
「あのね。私の住んでた村は‥‥」
「‥‥っ」
 こねこのぬいぐるみを抱いたリサが無邪気に喋りかけ、少年はとっさに手をあげかける。
「っと、危ないな」
 その腕は、がっしりした掌に捕まれていた。
「あ、あんたは」
「丈おじさん?」
 ぱっとリサが顔をほころばせる。ほっとしたのは少年も同様だ。そんな様子に、夫婦はクスクスと笑う。
「おや、もう家の人に見つかっちまったのかい。あんた達、できれば叱らないでやっとくれよ」
「‥‥心配したぞ」
 黒川丈一朗(ga0776)の言葉に、リサは少し項垂れた。
「‥‥はい、アルベルトさんも、リサさんも、朝から何も食べていないのでしょう?」
 横合いから差し出されたサンドイッチに、子供たちが顔を見合わせる。
「はい、お水も」
 ハンナ・ルーベンス(ga5138)が微笑を湛えて頷いていた。決まり悪げに手を伸ばした様子からすると、休戦が成立したらしい。
「素敵で勇敢なレディ、あたしはロジーと申しますの。貴女のお名前は?」
 頃合を見ていたロジー・ビィ(ga1031)が、リサへ落ち着いた笑みを向ける。ごくん、と飲み込んでから、リサは席を立って優雅にお辞儀した。
「‥‥あ。ご丁寧にありがとうございます。私はリサ・ロッシュ・カプロイアと申し‥‥きゃっ」
「っと、危ないですよ」
 列車の揺れでよろめいた少女を、グリク・フィルドライン(ga6256)の手が優しく受け止める。
「私も初めましてですね。妹がお世話になったりお世話したりしていたようで‥‥」
 誰のことか、アルよりもリサの方が先に思い当たったらしい。『男の子みたいなお姉ちゃん』という形容にグリクがなんとも言えぬ苦笑を浮かべた。
「一年ぶりですね‥‥。元気な様子を見て、安心しました。リサさんは、お兄さんの言いつけを守って良い子でいれたかしら?」
 ハンナが問う。毀れたパン屑をそっと拾う手つきは、一年前と変わらない。
「皆、リサを追いかけてきてくれたんだろ? 世話、かけたな」
 安堵した雰囲気のアル。サンドイッチを上品に食べていたリサが白い目を向ける。
「帰らないとダメだ。だいたい、リサは切符も無いだろ」
「いえ。リサさんの分の切符は、ここに」
 購入しておいた切符を見せるハンナ。リサが笑う。形勢逆転、といった感じだ。
「って、連れ帰ってくれるんじゃ‥‥」
「わぁ、丈おじさんもハンナお姉さんも、大好き」
 アルの声を掻き消すように、リサが大きな声をあげる。ちらっとアルの方へ向いてから、舌を出した。慌てて立ち上がりかけたアルの肩をぐっと引き寄せてから、丈一朗は囁く。
「大丈夫だ。安心しろ。‥‥悪いようにはしない」
「‥‥ああ。わかったよ」
 少年は力を抜き、少し邪険にその腕を振り払った。

 列車は、速度を落とし、ホームへと滑り込む。どこにでもあるような、地方の駅だ。
「この列車かな‥‥? あ、いたいた」
「目立つな、あいつら‥‥」
 欧州とはいえ珍しい修道女姿のハンナと長身のグリクを、大泰司 慈海(ga0173)とアスは目ざとく見つけた。
「どこ? む‥‥見えないわ」
 全員分の宿の手配をしてきたイリス(gb1877)が、ぴょんぴょんとジャンプしながら目を凝らす。
「‥‥何も無くって良かったです」
 光が呟く。男性3人で駅周辺を調べた結果は、白。少なくとも、怪しい気配は無かった。

●それぞれの夜に
「あ、俺の荷物‥‥すいません」
「気にしない、気にしない。にしても‥‥このトランクに潜み同行するとは」
 アルのトランクを引きつつ、グリクは苦笑する。幾ら子供とはいえ、流石に狭かったはずだ。
「その意気やよし。でも、こういう無茶な真似は感心しませんね」
「‥‥やるわね。私もいつかやってみたいわ」
 一方、迎えに来たイリスはそんなことを呟いた。リサはといえば、自分の悪戯が話題にされている子供特有の観念した顔をしている。
「そんな悪い子は‥‥、お化けミカンがお仕置きにきちゃうかもですよ?」
「みか‥‥ん? かぼちゃじゃないの?」
 きょとんとしたリサへ、グリクは笑いかけた。
「あはは。冗談です。冗談」
 グリクが笑いかけると、リサも釣られたように笑う。辛い真実はいつかは知らなければならないものかもしれないけれど、子供のうちは、知らなくてもいいことだってある。彼女の脳裏にあったのは、笑うことが少なくなった自分の妹の顔だった。
「アルくん‥‥精悍になったねぇ」
 慈海の微笑から、少年は照れくさそうに視線を外す。成長期の子供たちは一年で見違えるほどに変わるものだ。

 電車がついたのは夕刻。アルはこのまま故郷を目指すつもりだったようだが、泊まっていく事に反対はしなかった。というより、一泊くらいは一緒に過ごさないとリサが納得しなかったのだが。
「次はもっと周りを巻き込んだり、頼ったりするといいわ」
「でも、皆ダメっていうだけなんだもん」
 部屋で荷解きしながらアドバイスするイリスに、リサはふくれっ面を向ける。大人達が当たり前の事のように『一緒についていくな』と言い、そして、理由は告げられはしない。そんな状況におかれた子供が返す反応としては普通のものだ。丈一朗が、むくれたリサの頭に大きな手を乗せた。
「‥‥?」
「見えなくても声は聞こえなくても、親父さんはいつもお前の側にいる。いっつもお前の事を、俺に頼んで来る、俺の一番の依頼人だ」
 不意に掛けられた言葉の中身に、リサは首を傾げる。こねこのぬいぐるみに回した手に、力が入った。少女は、そのぬいぐるみをくれたのが父だと信じている。そのぬいぐるみは、彼女にとって父が戻らないと言う事実を受け入れた象徴のようなものだった。
「天国の、お父さんが?」
「今は訳があって、お前には居る事が解らない。だけど、大きくなったらきっと解る筈だ。後は今は秘密‥‥だそうだ」
 何を言われているのか解らない様子で首を傾げつつ、それでも少女は頷いた。子供にとって一年は長い。悲しみはそのままに、愛する人が居ない現実を受け入れる事が出来るほどに。
「どんな場所だったんだい?」
 光が水を向けると、リサは屈託無く話し始めた。楽しかった日々、それに優しかった人々や父親の事を。少女が口にするのは明るい記憶ばかりで、それもまた1つの逃避の形なのかもしれないと、光は思う。
(‥‥もう、一年半か‥‥)
 光自身が故郷を失ってからの歳月だ。決して、忘れる事はないだろう。しかし、時と共に思い出す回数は減っていた。忙しかったから、というのはただの理由だ。
「俺もいつか‥‥帰れるんだろうか‥‥」
 直視するには辛い故郷の記憶を胸に、光はそう呟いた。

「はじめまして、だよな?」
 そんな様子を見ているアスへ、少年が声をかけた。リサから置いている距離が気になったのだという。良く見ている、と苦笑してから、彼はアルへ向き直った。
「苦手、っていうんじゃねぇけど。小さい女の子の相手とか判んねぇしな」
 その言葉は嘘では無いが、真実のすべてを表しているわけでもなく。それが故に青年は饒舌になった。
「17になる弟がいるんで、まだお前の方が話しやすい。ま、あいつも何考えてっか解んねぇんだけどなー」
 言いながら、彼はチラッと部屋の隅を見る。丈一朗が少年に手渡した『忘れ物』があった。少年はゆっくり頭を振る。
「‥‥やっぱ、俺は餓鬼なんだよな」
 銃を持ち出そうとしたのは、アルが去年の事を覚えていたからだった。故郷にいたキメラを前に、何も出来なかった苦い記憶。
「軍にいた頃の俺は、出来のいい兵隊だった。でも、それは俺が‥‥」
「好きだったから、だろ」
 その場所を。そこにいる誰かを。だから、力になりたいと思った。少年が背伸びする理由など、限られている。そして、それは大人になっても大して変わりはしない。
「役に立ちたい。褒められたい‥‥なんて、餓鬼そのものだろ」
「いいんじゃね? 餓鬼なんだから」
 視線を合わせずに、アスは言う。照れくさそうに、少年は毛布を引き上げて。
「‥‥くそっ。何でこんなコト話してるんだ、俺‥‥。もう、寝る!」
「ああ、おやすみ」
 そう囁いた青年の横顔は、近頃の彼には珍しい穏やかな笑みを浮かべていた。

●旅立つ者、送る者
 翌朝。
「ん、迷いのない顔つきだねっ。何か、したい事があるのかな」
「俺は‥‥、やっぱり、村の皆に解って欲しい」
 強い目で答えたアルに、慈海はにこやかに頷いて立ち上がった。グリクは少しかがんで少年の視線を捉え、覗き込むように首を傾げる。
「どうやるつもりですか?」
「集会場に、集まってもらうつもりだ」
 一度で言わないと自分も辛い。二度目が許されないかもしれないから、と。
「わかりました。じゃあ、私は声かけを手伝いましょう」
 即座にそう言ったグリクに、迷いは無い。少年の想いを後押しする為に、彼女はここに来ていた。
「‥‥そうか。お前がそう決めたのなら、仕方が無い」
 丈一朗が唇を結ぶ。もしも少年が決意したのならば、彼は自分の知ることを言い添えようと思っていた。
「アルお兄さん、早く帰ってきてね?」
 空気から、何かを感じたのだろう。心細げに言うリサを、後ろからハンナが抱く。
「妹に心配を掛けないように、無事に戻って来るのですよ‥‥」
 頷いて、踵を返す少年。丈一朗とグリクがその後を追い、半歩後から光がついていく。と、ランドクラウンが隊列の横についた。
「これなら全員乗れるし、どうかな?」
 慈海の明るい声。襲撃を心配して車での移動を提案したアスが、助手席から降りてくる。
「女の子待たせてんだぞ。解ってんだろうな?」
 アスが軽く小突くと、少年は苦笑しながらも強く頷いた。チラッと振り返ると、見えない目で少女は彼を見送っている。
「大丈夫。私がお守りいたしますわ」
「ああ、俺の分も、頼む」
 決意の篭った目で言うロジーに、丈一朗が首肯した。彼はアルについて行く事を選んだが、リサが狙われてしかるべき立場におかれていると知っている。後ろ髪を引かれる思いだったはずだ。そのやりとりを聞いたアスも、複雑な顔をしていた。

 走り去る車が誰の目にも見えなくなってから、リサは振り返った。誰にとはなく、お辞儀をする。
「ん、じゃあ何しようか? お話、する?」
 年の近いイリスが、リサの手を引いて部屋へ。近いといっても倍近く年上なのだが。まだ気もそぞろな様子だった少女も、イリスが色々な話題を振るうちに、段々気分がほぐれてきたようだ。そんな様子を、ハンナが優しく見守っている。ロジーは、窓際で油断なく外をうかがっていた。
「ダンスは、練習するの。伯爵さんとだと空を飛んでる感じなのよ」
「‥‥あー」
 自分がリゾートで並んだ時の身長差を思い返して、イリスは頷く。その後は、彼女の語る北国の冒険談に胸躍らせて、昼過ぎには少女はすっかり元気になっていた。
「お昼御飯は、シチューがいい」
 そんな事を言うのは、イリスの話の影響だろうか。
「‥‥寝てしまったようですね。緊張していたのでしょうか」
 食後に、自分にもたれるように寝息を立てはじめた少女を見て、ハンナがくすくすと笑う。
「なんだか知らない間に鬼札とかにされちゃってるみたいだけど‥‥。なにか困ったことがあれば遠慮なく頼るように」
 お姉さんぶって、イリスはリサの頭をなでた。
「‥‥」
 丈一朗から託された小銃を、ロジーはそっと抱く。このまま、何も起きないでくれる事を願って。

●贖罪の旅の果て
 グリクらの手伝いもあって、夕刻までには村の多くに話は伝えられた。何事か判らないままに集会場へ集まった村人を前に、アルは自分の知る真実を語る。それはカッシングの悪行でも、キメラの恐怖でも、バグアへの憎しみでもなく、リサがどのような少女であるか、だった。
「‥‥あいつは、何も知らない。償うべき罪が在ることも、知らない。俺は、それでいいんじゃ無いかと思う」
 そう結んだ少年が壇上でぺこりと頭を下げるのを、グリクはじっと見つめている。ざわつく空気を止めるように、丈一朗が演壇へ上かった。
「え‥‥?」
 擦れ違いざまに、少年の頭に手を置いてから。丈一朗は彼の知る真実を告げた。ロッシュ親子の罪と、そしてそれは親であれば当然だったろうこと。悲劇の引き金になった、彼らの判断の誤りについてを。
「‥‥」
 村人達は、慈海が覚悟していた程には激しい反応を示さなかった。それは、去年の冬に訪れた際に蒔いた種のせいだったかもしれない。少女に自覚がなかったことは、少なくとも違和感なく受け止められていたようだ。それでも。
「ごめん。もう来ないで。私、アルに酷いことを言いたくないんだ」
 年の近い少女が少年に投げた言葉を聞いて、光は複雑な思いを感じる。家族を失っただけでも、これだけ重い。その上にこのような重荷を背負った2人は、この先笑っていけるのだろうか。

 アルは、村を出る支度をしている。その間に、丈一朗は村の墓地を訪れていた。
「‥‥酒はまだ飲めんからな。あと10数年経ったら届けに来る」
 アルの弟の墓に、コーヒーを供え、隣の妹の墓には小さなコサージュを置いて。彼にとって、それは償えぬ重荷を少し軽くする行為だった。
「ワシは、許そうと思う。あんたらをな」
 老いた枯れ木のような老人の声が、彼の背から聞こえた。
「許せない、と思う気持ちは解る。でもな、いつか許さんとな。許さなければ、ワシらも相手も先に進めんのじゃ」
 誰かに供える為だろう。花束を抱えた腕には、薄く刺青の跡が見えた。
「あの子が大きくなって真実を知ったら、連れて来ておくれ。ワシが生きている間にのう」
 そう笑った老人へ、丈一朗は会釈する。夕方にかけての風は冷たく、しかし日差しは温かかった。