●リプレイ本文
●伯爵救助隊!
イタリア中部の、やや起伏のある辺りを二台の車が行く。併走する2人乗りの二輪が2台。やや先行して愛梨(
gb5765)のミカエルが進路の警戒に当たっていた。
「えーっと、この道がこうで‥‥」
潮彩 ろまん(
ga3425)が眉間にしわを寄せつつ地図を眺め、それから前を向く。不意に、ドライバーの佐伽羅 黎紀(
ga8601)がブレーキを踏んだ。もう一台の車が路肩に止まり、クラーク・エアハルト(
ga4961)が降車して愛梨となにやら相談していた。
「何かあったのでしょうか?」
2人へと、窓を開けて問う。最年少の少女は黎紀ではなく、ろまんへと声をかけた。
「あったわよ、あんたの言ってた痕跡」
愛梨が指差した先に、発育しすぎのトンボが落ちている。ろまんが小さく息を呑んだ。
「宇宙怪獣の死骸‥‥っ」
「‥‥まぁ、間違ってはいないかもしれませんが」
苦笑する黎紀へ、愛梨はこの先に何匹か死骸があった、と言う。焼け焦げた樹などもあり、激しい戦いがあったのだろう、と。
「なるほど、あの執事の読みどおり、という事ですか」
いい勘をしている、と呟いてから、クラークは気遣わしげな目をした。青年は、伯爵自身だけではなくジェフとバリーの2人にも面識がある。
「発表会見コケたら、ソーニャさんがキレそうですよねぇ」
同じく全員と面識のある黎紀が、そのときの事を思い出したのかそう苦笑した。研究一筋といった雰囲気の女科学者とも、そういえばあの時からのつきあいだ。
「道は、こっちでいいのかな? 少し、急ぐよ!」
ミカエルに跨ったイリス(
gb1877)の言葉に、後席のクラリア・レスタント(
gb4258)は言葉ではなく首肯で答えた。
(伯爵様‥‥どうかご無事で‥‥!)
きゅ、とイリスの背に回された手に力が篭る。心配と言えば、クラークのジーザリオの後席に座るツィレル・トネリカリフ(
ga0217)もだった。クラリアが受けたのと同じ任務で受けた傷は、まだ癒えてはいない筈だ。
「身構えている時には、死神は来ない‥‥だったか」
無骨なジーザリオの椅子は、もたれ掛かった彼の身体を柔らかく受け止めはしない。揺られるたびにぶり返す痛みに顔を顰めながらも、彼はこの任務の為にジーザリオを用意したクラークに感謝していた。
「スマンな。返せる機会があれば、必ず借りは返させてもらうぜ。にしても‥‥」
険しい顔のまま、車へ戻ってくるクラークへ目をやる。ツィレルが言いかけた事は、仲間達の多くが感じていた。専用車の故障など、胡散臭すぎる、と。
「いろいろ要素が重なってるでしょうけど、ヒューマンエラーだけって可能性は低いんじゃない?」
銃を抱いた鷹代 由稀(
ga1601)が、そう呟いた。いずれにせよ、原因調査は後でも出来る。今為すべき事は、急ぎ彼を救出する事だという認識も、仲間達が共に抱いている思いだった。
「主の危機に急ぐのは浪漫‥‥とか言ってる場合じゃなくて! 急げ私!」
隣の単車では、斑鳩・南雲(
gb2816)が気合を入れている。そういえばあの伯爵、いても立ってもいられない状況に勝手に陥っている事が多い気がした。
「さーて、救出劇の始まりやね」
南雲のミカエルの後ろで、烏谷・小町(
gb0765)が愛銃を抜き、軽く銃把を握ってから戻す。何故か手になじむのが、自分でも少し不思議だ。
「小町さん、しっかり捕まっていて下さいね!」
「うちに遠慮せんと、ガンガン飛ばして構わんよ」
2人乗りは同乗者に配慮せざるを得ないが、さりとて時間も犠牲にできない。南雲の言葉に、小町が笑って頷いた。
「私達‥‥も」
クラリアが、途切れつつ言葉を搾り出す。イリスが頷き、スロットルを回した。
「ちんたら走ってると置いていっちゃうからね!」
一声残していった少女の後ろを、ジーザリオが追う。身軽な愛梨は、再び斥候役を務めるべく前へ出ていた。
●合流、完了
「カプロイア伯爵〜?! 迎えに来たわよ。返事‥‥は、いらないわね。見れば判るわ」
先頭の愛梨が伯爵一行を発見した時、彼らはモーテルの地下駐車場の入り口で、キメラの群れを食い止めている所だった。細剣風の超機械をを振るう伯爵の眼前に、3台のミカエルが割って入る。
「ナイト・アビシニアン到着!」
大顎の一撃を盾で弾いて、イリスが威勢良く名乗りを上げた。駐車場の外側では、由稀とクラークが激しい銃撃を加えている。不意を打たれたキメラどもは、青っぽい体液を散らして文字通り粉砕されていた。
「実は戦闘依頼って初めてなのよね」
着装しつつ、二挺拳銃を抜いた愛梨が誰にとも無く言う。少女の初陣の相手は弱く、共に戦う仲間達は十分過ぎるほどに頼もしかった。
「はクシゃくさマ! ごブじ‥‥ゴホッ」
喉を詰まらせてから、クラリアは覚醒する。
「御無事でしタか!」
スムーズに回るようになった舌が、少しだけイントネーションの外れた言葉を送り出した。すぐ脇で止まった黎紀の車から、ろまんが駆け下りてくる。
「伯爵様、助けに来たよっ!」
元気のいい声と共に、トンボがもう1匹、叩き落された。
「君達‥‥、どうして、ここに?」
珍しく驚いた様子の伯爵に、やはりミカエルを纏った南雲が笑う。
「ふふふ、私達が来たからには泥舟に‥‥じゃない、大船に乗った気分でいてくださいねっ」
鎧袖一触、といった感じに一蹴されたキメラの群れだが、伯爵によればあれくらいの群れが幾つも辺りにいるらしい。
「ふむ。セバスチャンが、指示を出したのか。彼の優秀さは知っていたつもりだったが‥‥」
クラークに軽く事情を説明された伯爵が、得心が行ったように頷く。
「心配しました、無事で良かったです」
まずは一息、と紅茶を温めていた黎紀が、そっと微笑んだ。
「‥‥さすが伯爵。モテモテで‥‥」
余計な事を言いかけたジェフが、蛇に睨まれた蛙の様に硬直する。
「あら〜、懐かしいお顔を発見です〜。運転席はお願いしますね?」
ニコニコと言う黎紀の目は、ナイフのように鋭い。
「今の位置がここ。とすると、この辺から通信妨害があったから‥‥」
愛梨が地図を前に唸り始めた。なるべく早く、敵のいる辺りから抜けたいが、目的地への道筋から離れるのも好ましくない。
「バリーさんの車と、どれ位まで一緒に動けるかな?」
ろまんも、翌朝までの残り時間と残る道程を秤にかけて何やら暗算を始めていた。
「ギリギリにつくのは、駄目かなぁ」
「むしろ会見へは遅刻ギリギリに伯爵登場の方がいいかも。なぜならその方がカッコいいから!」
イリスが横からそんな事を言う。
「フィレンツェでのイベントに間に合わねばならないらしいな。そんな様子じゃ、着く前に倒れるぞ」
バリーの怪我を診ていたツィレルが、伯爵に視線を投げた。大男の手当ては、伯爵が処置をしていたようだが、伯爵自身の治療がなおざりのようだ。救急セットと、なけなしの練力で治療を試みる。
「ありがとう。敵が来る可能性が高かったのでね」
覚醒を維持すべく、温存していたらしい。
●ユーロファイターへの想いと敵意
「伯爵、マテリアルって知ってるか?」
超機械を仕舞いながら、青年は不意に問いかけた。コンペで破れたと言うその機体も、やり方こそ異なれど、ユーロファイターと似たコンセプトを持っていた、という。
「ユーロファイターには同じ轍を踏ませないでくれ、『傭兵にとって魅力のある機体』にしてやってくれ。頼む」
そんな話題に、他の傭兵達も興味があったようだ。
「せっかく苦労したんだから、カッコいい機体に仕上げてくれると嬉しいな」
イリスが、そんな風に口を挟んできた。
「自分も、期待しています。頑張ってください」
「でも、頑張りすぎんようにな? なんつーか、色々無茶ゆーた気がしててなぁ‥‥」
クラークの言葉へ、からかう様に言う小町。
「善処しよう。‥‥まぁ、傭兵の為だけを考えるわけにはいかないのだが、ね」
正規軍向けの提案である以上、どこかで線を引く必要はあるのだとか。そんな彼を、地図から顔をあげたろまんがじーっと見つめていた。
「ん? 何かな、お嬢さん」
「‥‥うんとね、伯爵様、この間サインくれたゴールドさんに似てるなって」
長身の青年を見上げていたろまんが、そう言ってにぱっと笑う。
「ふむ。世の中には似ている人間が幾らかいるそうだからね」
どの口でそういうのか、伯爵はしれっとそう答えた。
「それはそうと、予備車に何か違和感はありませんでしたか?」
落とした声で、ジェフへと問う黎紀。何者かが専用車に細工をしていたとしたら、予備車まで手を回していた可能性もありうると、彼女は考えていた。
「‥‥車を止めて修理に掛かろうとすると、狙ったかのように奴らが沸いてくるのは妙だったな。そんなに目に付く場所で停めてたわけじゃないんだが」
「ふむ‥‥。確かに、偶然にしては出来すぎかもしれないね」
顎に手を当てた伯爵の言葉に、傭兵達が顔を見合わせる。急いだ方が、良さそうだった。
「案外、ユーロファイターが市場に出回ると困る人たちの妨害かもね」
言いながら、由稀が腰を上げる。
「バリーさんの手当てはシつつ、移動を開始しましょウ」
クラリアが言うと、寡黙な大男は壁に手をつきつつ、立ち上がろうとしてふらついた。大きな傷は伯爵の練成治癒で塞がっていたが、根本的に体力が落ちているのは如何ともしがたいのだ。
「なに怪我してんのよ、使えない男ね」
腰に手を当てた愛梨が、辛辣な言葉を投げる。自分の年齢の半分以下の少女に言われても、返す言葉も無く項垂れるバリー。
「‥‥これでも食べて養生してなさいよ」
ポイ、と暖めたカレーのレーションを渡して、愛梨はミカエルへ向かった。
●妨害を超えて
駐車場を出て、しばし道なりに。斥候の愛梨のお陰で、トンボの多い辺りを避けつつフィレンツェへ進む。足を止めるまでも無く、2〜3匹程度のキメラは傭兵達に蹴散らされていた。
「順調やな〜。このまま、行かしてくれればええんやけど‥‥。そうもいかんか」
小町がチラッと夜空を見上げる。順調な道行は、不意に響いた叫び声に邪魔をされた。
「‥‥飛龍、ですか!」
クラークは車を停めて、迎撃の構えを取る。電撃を吐くというキメラに足を潰されては一巻の終わりだ。吼え声に呼ばれたのだろう。降車した青年の耳に、トンボの耳障りな羽音が聞こえてきた。
「お前達なんかに、絶対邪魔させないもん!」
ろまんが両手の銃で射撃を始める。弾幕を抜けて襲ってくる敵は、構えていたミカエル組に阻まれ、車まで到達は出来ない。
「そう簡単に当たるかい! 攻撃特化型の軽戦士なめんなー」
一対一の形であれば、トンボどもはクラウ・ソラスを縦横に振るう小町の敵ではなかった。
「伯爵は、ここで私と援護を‥‥って、聞いてくれる方ではありませんか」
車の守備についた黎紀が、青年の背に溜息をつく。
「無理をするつもりは無いが、女性に守られるのは性分に合わないのでね」
冗談なのか本心か、そんな事を言いつつ細剣でキメラを切り落とす伯爵を、愛梨が横目で見上げた。
「血を流す事を厭わず、死を怖れぬ覚悟‥‥か。言うだけのことはあるわね」
呟き、自身も剣を振る。まだ戦いなれぬ彼女にとっては、小型のトンボキメラといえど、先輩傭兵ほど容易な相手ではない。
「数が最大の武器なタイプ、ですね。けれども、この程度なら」
少女の側面を取りかけたトンボを、クラークのSMGが始末する。
「南雲、超アッパー! って届かない!?」
上空で守備の乱れを待っていた飛龍へ、南雲がブンブンと拳を振り回す。
「うぬれー、降りて来い飛竜! 翼なんか捨ててかかってこい!」
彼女のリクエストに応じた訳ではないだろうが、業を煮やしたかのように飛龍が高度を落としてきた。
「よし‥‥、叩き落すよ!」
「こレ以上邪魔はさせナい! 行くよ、サリエル!」
車上、対物ライフルを据えてこのタイミングを待っていた由稀に、クラリアが頷く。必殺の銃弾と空気を裂く衝撃波が、ブレスを吐こうとしていたキメラの片翼を叩いた。
「‥‥わっ!?」
同時に、キメラが放った電撃は前衛を務めていたろまん達を薙ぎ払う。飛翔力を奪われ、地表に落ちた巨体が再び口を開いた時、猛烈な射撃がその顔面を襲った。
「鉛玉を喰らいな、トカゲ野郎ッ!」
クラークの弾幕は、キメラの顎を引き裂くには非力だったが怯ませるには十分だ。
「行くよ! たぁー!」
イリスが、自身の名に似たイアリスを横薙ぎに振るう。隣に踏み込んだ赤いマントを見て、嬉しそうに笑った。
「これでも、喰らいな!」
ごん、と鈍い音と共に飛龍の横面をライフル弾が叩く。1度は、伯爵1人に撃退された程度の敵だ。早期に翼を奪われた時点で、勝敗はほぼ決していた。
「一番手ごわいのがいなくなったな‥‥。ここで分かれておくのがいいだろう」
車内でバリーの様子を見ていたツィレルが言う。硬いサスのジーザリオでは、慎重に動かないと怪我を悪化させかねない。急がねばならない伯爵と同行するのは非効率だ。
「『俺を置いて先に行けっ!』ってバリーが言ってる‥‥気がする!」
「‥‥そうだね。彼の事は、頼んだよ」
そんなイリスの言葉に、伯爵は感謝の意を込めて頷いた。危険があるならば、渋る事もあったかもしれない。が、最大の脅威が消えた今ならば、気持ちの上での抵抗は少ないのだろう。
●フィレンツェ
夜が明け、街並みに活気が出始めた頃に、黎紀の車は会場の前へと辿り着いた。
「噂に違わず面白い男ね。気に入ったわ。さぁ早く行きなさい」
「どのような噂なのか、今度ゆっくり聞かせて貰いたい所だが。今はありがたくそうさせて貰うよ」
偉そうに言う愛梨にも、伯爵は普段と変わった様子を見せない。会場の前で人待ち顔だった若年の執事が、走ってきた。
「急いでください。記者会見は30分後ですよ!」
着替えは用意してあると言いながら、セバスチャンは傭兵達に頷く。
「‥‥皆さん、ありがとうございます。報酬は後ほ‥‥」
「後でええから、はよ行っとき。急ぐんやろ?」
小町がひらひらと手を振った。今一度会釈してから、若き執事は主を追い立てるように建物へと消えていった。
バリーを乗せたクラーク達の車が着く頃には、伯爵の記者会見も終わっていた。
「終わった終わったぁ‥‥。さってー、ピザでも食べて帰ろっか」
大きく伸びをする由稀。彼女達の連絡を受けて事後処理に訪れた軍の部隊によれば、件の地下駐車場はトンボキメラの巣になっていたらしい。
「ピッツァを食べるならば、案内しよう。この街ならば、良い店を知っているからね」
何処か懐かしそうに街並みを見てから、伯爵はそう傭兵達に言う。普段の彼のイメージからは似合わぬ小さな料理屋で、彼は傭兵やスタッフ達と祝杯を挙げたのだった。