●オープニング本文
前回のリプレイを見る「VIP輸送の専用機に、護衛をこんなに‥‥。目立つわよね」
それが狙いだと、エレンは知っていた。襟の徽章が、今朝から中尉の物に変わっている事と、関係が無いはずはない。
「それ位に危険な任務、って事よね」
母親に知られたら大変だ、と苦笑する。後方の軍病院勤務だと思っていた家族に、マドリードの実戦部隊にいると知られたときも大騒ぎだった。今度は、それよりも危険かもしれない。
「処置については、説明した通りだ。まぁ、分からない事があれば連絡してくれ」
見送りに出ていたラナン女史が、海からの風に乱れる髪を鬱陶しげに押えた。『彼』を乗せたストレッチャーの隣に、ニナという女性が影のように添っている。身の回りを見ていたそれ以外の人間は、一足先にマドリードへ発っていた。
「‥‥大変よね。1人で」
「意識が無いだけで、口に入れれば咀嚼をする。排泄も、まぁ想像するほど面倒は無いはずだ」
エレンの言葉をどうとったのか、ラナン女史はそう解説した。
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グリーンランドからマドリードまでは、大型の電子戦機をベースに改装されたらしい輸送機はともかく、護衛のKVにとっては遠すぎる。燃料補給の必要も考えて、やや東に曲がったルートが採用されていた。アイルランドからドイツへ抜け、その後は人類側領域を南下する。
「もっとも、危険なのはタシーラクからダブリンまでの最初の海上のみでしょう。マドリード近郊にも競合地がありますが、空中部隊が増強されたという話は聞きません」
「ミノベ大佐も、ご一緒されるんですか?」
機内にいたコートの男を見て、エレンは驚いたように言った。
「ええ。それと、外部でその呼び方はしないで頂けますか。軍の人間だと知られない方が良い事も多いので」
細い眼鏡の向こうから、感情の読めない目を向けてくるミノベに会釈して、エレンはその前の席に座る。ニナは一番後ろの特別室で、固定された『彼』のベッド脇に控えているのだろう。
「‥‥さて、何が釣れるでしょうね」
ゆっくりと動き出した窓外の景色を見ながら、ミノベが言う。離陸はスムーズで、積荷に気を遣い緩やかに高度を上げていく。1時間もしない内に、美味しそうな餌にバグアが釣れた。
『こちら機長。前方にボギー5。後方に3。少々揺れるかもしれませんので、お客様はベルト着用サインが消えるまで、席をお立ちにならんように願いますよ』
レーダーに映る前方の敵機は、中型1と小型4。後方の中型1、小型2の動きはそれよりも格段に上だ。前の敵が足止めで、後方が本命なのだろう。そんな追報告を受けて、ミノベが笑った。
「本星型、という奴でしょうか。どうやら、連中は食いついてきたようですね」
慌しく動き出した機外の動きへ目をやりつつ、エレンは唇を噛む。もう暑い筈のマドリードを思っても、背筋を走る嫌な寒さは消えはしなかった。
●リプレイ本文
「手伝って貰えないかな?」
馴染みからの連絡は、いつもながら唐突だった。しばらく音沙汰が無かったのだが、この辺りに戻ってきたらしい。
「例の積荷を追っているんだ。君の場所からなら頭を抑えられる」
「アノ強化人間カ? 縁ガアルナ‥‥」
少し考えてから、ソレは旧知の頼みを承諾した。先日の任務で出会ったのと同程度の敵ならば、自分の隊だけで何とかなるという自信もある。
「助かるよ。なるべく早く、追いつくようにする」
そう告げて、身勝手な知り合いは遠距離通信を切った。球形コクピットの中で、ソレは人間であれば苦笑に相当するだろう小波を立てた。
●交戦前
この任務の為に回された輸送機は、元は電子戦機だったという。優秀な探知設備は、バグアの勢力下ではない公海上に限れば100km程の範囲をカバーできた。それが最初に発見したのは、前方斜め前から進路を塞ぎに来た5機。間を空ける事無く、後方に3機の高速機を探知する。傭兵達は短い相談の末、先に前を叩く事にした。
「釣られた魚――見定めさせてもらおうか」
緋沼 京夜(
ga6138)の囁き声に、フォル=アヴィン(
ga6258)が頷く。頷きながら、出発前に交わした短い会話を思い出していた。
「何しにここへ来た‥‥フォル」
薄暗い廊下は、京夜の長身にはいささか狭い。首を掴む義手の冷たい感触を感じながら、フォルはそんな事を思う。
「ん? まあ、ちょっと様子をみに、って所です」
見上げた京夜の瞳は憎悪すら見えず、ただ冷たかった。
「‥‥それに、約束しましたし」
力になれるなら地獄まで付き合うと言った、夏の海岸の夜。波の音だけがやけに鮮明に蘇る。
「ここは地獄じゃない。何かを守るための戦いでもない‥‥」
彼も、同じ記憶を思い返していた。微笑しそうになるのを止めて、フォルは下から京夜の顔を覗き込んだ。
「地獄に見えますけどね」
視線を逸らしたのは、年上の男が先だった。それは心変わりを示す物ではない。示したのは、拒絶。
「俺は蠍を赦さない。奴が惨めに死ぬのを見届けるためにいる」
「京夜さんは、それで良いんですか? 憎しみでは何も変えられませんよ」
それでも、フォルは朴訥に言葉を重ねる。重ねる度に、京夜が頑なになるのを感じながらも、彼には正面から言葉をぶつけたかった。
「憎しみでは誰も救えない。自分自身を蝕むだけ。分っているんじゃないですか?」
返事はない。囁くように、フォルは言葉を更に続ける。
「‥‥もし、このまま進むと言うのであれば、俺は貴方を止めなければならない」
「勝手にしろ‥‥俺は俺を貫く。お前も好きにすればいい」
ごとり、と音がした。フォルの踵が、廊下にぶつかった音だ。万力のような腕から解放された首を揉むフォルに背を向け、外へと向かう長身。
「‥‥側にいるなら背中を任せる。ヘマをして、足を引っ張るなよ」
「その言葉、そのままお返しします」
早足に、隣に並ぶ。陽光の下へ出たのは2人同時だった。
●迎撃
――青く塗られたソード(
ga6675)のシュテルンを挟んで、その時と同じ様に、2機は同時に両翼を固める。そして、やはりその時と同じ様に、空閑 ハバキ(
ga5172)が2人の姿を斜め後ろから見つめていた。
「‥‥京兄を、よろしく」
小さく囁く。自分と彼が互いを容れられずとも、彼を必要とする人がいる。透き通りそうな微笑を浮かべる黒髪の女性を思って、ハバキはふんわりと笑った。
「そういえば、ネコと飛ぶのは久しぶりだね?」
「ん‥‥」
ハバキの逆を固める暁・N・リトヴァク(
ga6931)から返ったのは、生返事だ。暁は、能力者として戻ってきた空に、己を問うつもりだった。
「空で生きる為にも、俺は‥‥」
何が出来るのか。むしろ、何を為す意志があるのか。華奢な外見の愛機も、眼下に広がる海原も、包み込む蒼穹も、何一つ答えようとはしないけれど。
「俺の思う様に‥‥かぁ」
先行する6機を眠たげな目で見送りながら、柚井 ソラ(
ga0187)はそう呟いた。バグアが狙ってくるのは、裏切り者を始末するためか、それとも取り戻すためなのか。マドリードに行けば、それよりもマシな状況が待っているのか。
「わからないや」
その男を待つ未来も、そしてその事を自分がどう感じれば良いのかも。ただ1つ、確かな物は。あの飛行機の中に彼にとって大切な人がいるという事。
「‥‥そうだ。エレンさんを守らなきゃ」
ぎゅ、と操縦桿を握った手に力が篭る。緊張しているのだろう。空を飛ぶのも久しぶりだし、この新しい機体にはまだ慣れていないから。それは、彼だけの事ではない。
「よもや機体にのって護衛をする事になるなんて、どうしよ、自信がない」
独り言を囁いた二条 更紗(
gb1862)は、今回がKVに乗る3度目だと言う。依頼で乗るのは初めての夢姫(
gb5094)も、固くなりがちなのは同様だった。
「緊張するけど、責任重大っ。エレンさんもニナさんも、みんなの大切な『彼』も守らないといけないから‥‥」
そんな会話を耳に、アルヴァイム(
ga5051)は目を計器から離さない。前方の敵とほぼ同時に、輸送機のレーダーに引っかかった敵は、まだ後方にいた。
「なるべくこちらで食い止めます。もしも敵が抜けてきた場合は、一対一にはならないように」
●接触
「‥‥HWの進路、速度とも変化ありません。未確認のジャミング発生源も、ありません」
ルクレツィア(
ga9000)は、傭兵の中では唯一の電子戦機『骸龍』に乗っている。為すべき事に迷いが無いその口調は、普段よりも心持ちクリアだった。
「了解。‥‥こっちのIRSTにも未確認の反応は無い」
IRSTを探知機代わりに使っていた暁が、軽く頭を振ってからそう告げる。これに引っかからないという事は、隠れた敵が居ないか、あるいは赤外線放射まで誤魔化すほどの高度なステルス機であるか、それとも単に彼の運が悪いか、だ。
「伏兵がいるとなると、此方の情報が敵に筒抜けということなのでしょうか」
ちょっと怖い、と言う更紗の声に、機内のミノベが薄く笑った。怪訝そうに視線を送ってくるエレンに頷いてみせる。
「やはり、頼りになりますね。彼らは」
言われた通りの事を型どおりにする者が重宝される部署もあるが、彼のやろうとしている事に必要なのは、自ら考える兵なのだ、とミノベは言った。
「‥‥一体、皆に何をさせようというんですか」
「言うまでもない事です。彼らには、敵を倒して欲しい。それだけを望んでいます」
再び薄く笑って、彼は席に戻る。しかし、ベルトを締める様子は無かった。
「‥‥前方のHWが速度を緩めました。予想接触地点は、輸送機の前方15km」
ルカが言う。その距離が短いか遠いか、考える間もなく後方でも動きがあった。前方に呼応するように加速する敵のマーカーを見て、ミノベの口元が笑む。
「敵の目的が何にせよ、必ず死守しましょう」
ターンし、後方へ向かうラウラ・ブレイク(
gb1395)機の後に続きながら、霞澄 セラフィエル(
ga0495)はチラリと輸送機へ目を向けた。
「なんか気に食わない!」
ラウラの囁きが聞こえて、少女は思わず微笑を漏らす。飛び立つ前に、ラウラが大佐を胡散臭そうに見ていたのを、霞澄は覚えている。
「ゴメン、独り言。敵の出方がね」
確かに、霞澄にとっても気になる事は多かった。今回の目的は、『彼』の移送だ。それを妨害する敵の意図は、どこにあるのだろうと彼女は思う。敵は『彼』にどれほどの価値を見ているのか、あるいは脅威を見ているのか。
「予想接触地点は、2km後方。予定通りです」
普段通り、落ち着いたアルの口調に、霞澄は顔を上げた。正面を見る目は、見えぬ敵を射ぬかんばかりに鋭い。
「‥‥必ず、食い止めます」
迷い、悩みは後でも出来る事だから、今はこの手で出来る事を。迎撃に回る3機のやや後方に、ソラの機体がつく。
●前方
名も無きバグアは自機を中央に、小型を左右へと分ける。正面から、矢のように突っ込んでくるKVが半数。残る3機は距離を置いていた。HWはその進路を塞ぐようにプロトン砲を放つ。
「イイ動キダ。コレハ面倒ダナ‥‥。ム?」
赤い火線を最小限の動きで交わし、正面へ踊りこんできた敵機が突然爆発する。したように、見えた。
「‥‥自爆? イヤ、実体弾カ?」
直径1kmほどの空間に、3機が撒き散らしたミサイルの数は合計で1500。逃れられるものではない。が――。
「コレデハ、雑魚ヲ落トスニモ、タリンナ」
請け負ったのは足止めだ。動きが鈍い分、装甲と耐久性には優れたワームを随伴している。自身の乗機のダメージを一瞥して、ソレはそう判断した。
「デハ、オ返シヲサセテ貰オウカ」
視界を覆う爆発の渦を抜け、一斉射撃の指示を出す。しかし、炎舞う空を抜けた途端、ソレの機体が再び揺れた。
「マサカ、マダ――」
指示通りに放たれた赤い光線が視野の片隅を過ぎる。そして、それを埋めるような更なるミサイルの雨。揺さぶられる機内で、ソレは散開を指示しなかった己が不明を後悔した。2度、3度、驟雨の如く降り注ぐ爆発の向こうで、着弾音とは違う鈍い音が聞こえる。3つ、続いてもう1つ。
「レギオンバスターの披露には、物足りなかったですか」
ソードの指は、6つあるレバーのうち4つを下げた所で止まっていた。
「俺はちょっと貰っちゃったけど、こっちは損害なし、だ」
やや後方に位置していたハバキが、状況を確認する。
「‥‥敵小型は全滅。中型も動きがおかしい」
真っ赤だったIRSTが捉えた敵数は1。暁は目視も併用しつつ、そう戦果を報告した。
「残り1機か‥‥。後は任せて、行け」
「わかりました。御武運を」
京夜の低い声に、ソード機と後方中央の夢姫機が反転する。敵正面に位置していたその2機は無傷だった。
●後方
「本星型は前にも見た事がありますが、何度見ても異様ですね‥‥」
敵を遠目に見た霞澄が言う。
「多弾頭ミサイルが来るかもしれない。距離を確保」
正面はアルのディスタンが固め、ラウラと霞澄は左右から包み込むように接近する。
「前方は戦い始めたみたいです。優勢、なのかな」
暁からルカを経て伝わった情報を、ソラが言葉にする。了解、と3人の声が重なった。
『‥‥フゥム』
慣性制御に物を言わせ、一気に抜き去ろうとしたハルペリュンが、思わず感嘆の吐息を漏らす。有人機ゆえの不規則さで軌道を変える本星型ワームに、アルのディスタンは何とか喰らいついていた。
『面白いな。少し、相手をするとしようか』
ぐるり、と180度回頭するワーム。その先端が赤い光線を放つ。
「‥‥ようやく、やる気になりましたか」
回避よりも反撃を優先したアルは、スラスターライフルを撃ち返した。怪光線と実弾が空中で掛け違い、お互いの機体に突き刺さる。
「フォースフィールドは‥‥展開せず、ですか」
並みのワームならばただではすまない一撃を受けても尚、ハルペリュンの本星ワームに目に見える損傷はない。一方の自機のダメージを見るに、さすがに1対1での撃ち合いは不利なようだった。
『できれば、無駄な事はしたくないんだけれどねぇ』
「行かせません」
直線加速でアル機を振り切ろうにも、ソラのS−01が輸送機とワームを結ぶ直線上を占めるように動いている。一方、小型ワームを相手にしたラウラと霞澄は、それぞれ優勢に戦闘を進めていた。
霞澄は、最初の接敵で2発のミサイルを直撃させている。巨大な鋏のようなものを展開した敵に翼を抉られたが、構わず機首を返した。ブースト機構を作動させ、呟く。
「その動きでは、逃げ切れませんよ」
当て逃げの如く、そのまま直線加速に入りかけたワームの尾部に、もう1発ミサイルが刺さった。更に、1発。がくんとつんのめるように加速を止めた敵機は、慣性の法則に従って小石のように落下していく。逆側の小型ワームも、大ダメージを受けて退きに入っていた。
「足りなかった? ‥‥まぁ、いいわ」
人型から再び戦闘機形態に戻りつつ、ラウラは呟く。それで仕留めるため、というよりは切り札の存在を本星型のパイロットに見せる為だ。
「にしても、誰が乗っているのかと思えば‥‥」
あの本星型とは、ロスの防衛初期に交戦したことがある。ハルペリュン、という名の異星人型バグアが乗り手であるとも、聞いていた。此処で倒せれば良い敵なのは間違いない。と、不意に本星型ワームが赤い輝きを増した。
「特殊フィールドを発動しましたか。‥‥では」
アルが命中重視の兵装をばら撒くも、敵は無頓着にその只中を抜ける。その理由は、すぐに判った。
「撤退ですか。いい引き際です」
『褒められるような物じゃないけれどね。キミ達の戦力を見誤ったようだ。狩人としては恥ずかしい所だよ』
アルの声に、敵からの通信が返る。意外なようでもあり、案外目立ちたがりなバグアの性質からすれば、不思議がない気もした。
「前方の敵は、全滅。引き続き奇襲の警戒に当たる」
暁からの連絡を、ルカが中継する。有人の中型ワームは、フォルと京夜のコンビネーションの前に、逃げる事もできずに爆散したらしい。
『足止めもいなくなってはね。‥‥流石に、面倒だ』
「‥‥間に合いませんでしたか」
ブーストで駆けつけたソードと、夢姫の到着を待たずして、ハルペリュンと随伴機は西へと逃げ去っていた。
●マドリードへ
「本当に優秀ですね。実に結構」
戦闘報告の間、落ち着き無く拳を握ったり開いたりしていたミノベが、ようやく椅子へと座りなおした。
「もう敵が来る事もないでしょうから。休ませていただきますよ」
彼のいうように、その後の敵襲は無かった。マドリードに到着したのは、午後。赤みを帯びた低い陽が照らす中、輸送機はゆっくりと着陸する。
「傭兵諸氏に、労いの言葉をかけておいてください。私は向いていませんからね」
ミノベにいわれるまでも無く、エレンはそうするつもりだった。懐かしいマドリードの、勝手知ったる一角にお茶とお菓子の香りが久々に漂う。
「大丈夫、でしたか?」
「‥‥ん。ありがと、ね」
元気のないハバキに紅茶を注ぎながら、ルカは青年の視線を辿った。並んで何かを話している京夜とフォル。
「お2人にも、紅茶を淹れて来ようかな‥‥」
心配げに言う彼女の手から、エレンがポットを取った。
「みんなのお世話はしておくから。それ、渡してきたら?」
彼女が指差したのは、小さなオルゴール。ルカが、ニナへと持ってきたものだった。
「‥‥はい」
微笑して、歩き去った少女と入れ違うように、基地の兵がぞろぞろとやってくる。どうやらご相伴に預かりに、ということのようだ。
「‥‥ウチの部隊も、すっかり文化的になったな。去年の春に比べたら大違いだぜ」
「またご厄介になります、よろしくお願いしますね」
やってきた顔見知りの兵士にお辞儀をしてから、霞澄は空を見上げた。
「再びこの空に戻ってきました、本番はこれからですね‥‥」
血の様に赤い空は、その言葉に何も返しはしない。