タイトル:黒い炎マスター:紀藤トキ

シナリオ形態: ショート
難易度: やや難
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2009/07/25 13:29

●オープニング本文


 それは、あの村へと更にもう一度訪れて欲しいと言う依頼を受け、現地に赴いた日の事だった。村に程近い街には、前回は居なかったはずの物々しい実戦部隊の姿が見受けられた。煙草を吸う兵士達に身分を明かして事情を聞いた能力者は、予期せぬ言葉を耳にする事となる。
「攻撃命令!?」
「ああ、そうだ。俺達の出番はヘリの後だし、生き残りがいるかどうか怪しいけど」
 ULTの能力者と言えば、頼もしい友軍。そんな認識が兵士の口を軽くしていた。
「あんたらも、それで雇われたのかい?」
 兵士が、訛りの残る口調で言う。大隊規模の駐留軍による攻撃。そんな話は傭兵にとって寝耳に水だったが、この兵士にとっても同じらしい。
「バグアの拠点だとかいう話だ。徹底的に叩かんといかんぜ」
 実戦が初めてだという若い兵士は、不安を隠すように饒舌だ。しかし、その言葉からは彼が何も知らない事しか判らなかった。村の住人がまともではないかもしれないと言う事どころか、村に住人が居る事すら理解していない。人里近い廃村に住み着いたキメラ退治、というのが彼の認識のようだった。
「‥‥どうしたものか」
 LHの依頼主へ連絡して指示を仰ぐ余裕は、ない。直通回線が確保されている大きな街へ出直せる程の時間がないのだ。空爆の開始までは3時間。今居る場所から軍の基地、あるいはあの村へと移動すれば、それだけで2時間位かかりそうだ。

----

 そもそもの依頼は、例によって広報課‥‥の所属の癖に諜報部の仕事ばかり回してくる美沙によるものだ。
『情報は手に入った。後は、あの村の立場をはっきりさせたいのだよ』
 はっきりした敵なのか、中立なのか。後者ならば情報源として、あるいは囮としての利用価値がまだあるのか無いのか。
『少なくとも、前回の襲撃で大量の物品を盗んできた手前、好意的反応は期待できないかもしれないがな‥‥』
 依頼の説明時、美沙はいつものように灰皿の上に積み上げた吸殻の向こうで渋面を作っていた。
『私も、前回調査の際の君たちの判断に同意する。彼らは、おそらく我々の動きを理解していたはずだ』
 初手においての傭兵達に対する、あまりにも無防備な対応は作為ゆえと考えた方が理解しやすい。特に、彼らが半ば公然と追随している相手が、人類にとっての裏切り者である現状では。
『警戒を抱かない筈がないのだよ。本来ならば』
 診療所の警戒態勢もそうだ。あの場所が重要ならば、カッシングの立場的にキメラの一体や二体を配置出来ないわけは無いと、彼女は思う。
『奴はあの場所を通じて我々に何かを見せたいのか、それともそれ以上に何かを隠しているのか‥‥』
 敵の手の上に居る感覚が消えないのは、彼女のような諜報畑の人間にとって不快極まりない状態だ。しかし、その疑いをもてないほど自信過剰になった時に、支払う代価が高い事も彼女は知っていた。
『村の人間と、そろそろ交渉に入る時期だ。親バグア派であるなら、こちらの出せるカードは‥‥』
 手札としてあるのは、恫喝。懐柔する場合は、帰順後の身分保証程度までは美沙の権限で出せると言う。あるいは、アフリカへの亡命。
『話を通さねばならん部署は多くなるが、引き出せるネタ次第では、ここら辺りまでは譲歩できるな』
 そんな重要な交渉を傭兵に託す理由は、と問われた美沙は唇をゆがめた。
『手切れになって手の平を返す時、上の連中が『我々は感知していない』と言う為さ』
 最悪でも、傭兵へ依頼を出していた美沙までの話にする事ができる。また、UPCはその程度の価値しかあの村に見出していないと言う意味でもあった。
『交渉相手を見極め、とりあえずテーブルにつかせるのが一歩目。条件について話したりするには、何度か遣り取りがいるだろうな』
 場合によっては、二回目以降は自分も現地に向かう、と美沙は言っていたが、この状況を予知できていたなら、初回からこの場に乗り込んでいたに違いない。

 状況は転変している。
「どうしたらいいか‥‥」
 何もしない、というのも勿論選択肢だ。動きを起こすならばそれもまた。繰り返すようだが、時間は少なかった。

●参加者一覧

黒川丈一朗(ga0776
31歳・♂・GP
ロジー・ビィ(ga1031
24歳・♀・AA
国谷 真彼(ga2331
34歳・♂・ST
神森 静(ga5165
25歳・♀・EL
リュス・リクス・リニク(ga6209
14歳・♀・SN
アンドレアス・ラーセン(ga6523
28歳・♂・ER
夢姫(gb5094
19歳・♀・PN
杠葉 凛生(gb6638
50歳・♂・JG

●リプレイ本文

●それぞれの道程
 運転席の黒川丈一朗(ga0776)と助手席の国谷 真彼(ga2331)の2人は、幾度も言葉を交わしていたようだが、定員オーバーの後席は静かだった。
「あの村にはまだ利用価値もあるし、出来る事ならば上手く保護したいものですけれど」
 その名に反して、一番口を開いているのが神森 静(ga5165)だというのは皮肉かもしれない。丈一朗の運転は丁寧だが、速度は随分出していた。リュス・リクス・リニク(ga6209)は時折空を見上げている。鴉を探しているのだと、静は途中で気がついた。
「前回の事もあるし、説得は難しいでしょうね」
「‥‥はい」
 考え込んでいた夢姫(gb5094)がポツリと返す。
「難しいでしょうけれど、頑張ってね」
 言って、微笑を作る静は、村の中へ同行はしない。説得が上手くいった時の為、逃げ出すのに良い場所やルートを見つけておくつもりだった。

(ブライトン博士の研究‥‥)
 真彼は、彼の業績について調査していた。SESによるエネルギー付与の基礎研究がその最大の成果のようだ。カッシングにとっては、専門外の分野に思える。その、どこに惹かれたのか。
(人間としての、深み‥‥でしょうか)
 自分が、カッシングに惹かれるように。ならば、越える為には技術を開発したり、知識を得たりする事では無理だろう。カッシングは、何を望んでいたのだろうか。

 真彼が先の任務に思いを馳せていた時、夢姫も同じ件を思い出していた。カッシングのメモ帳に『私は悪魔に魂を売った』と書いてあったのが、いつの事か。日付は書いていなかったが、ブライトンの死を嘆く記述よりも後である。
(その時には、もうバグアと近かったはず‥‥)
 悪魔と言うのがバグアの事なら、魂を売って得たのは『バグアが人をヨリシロとした時』に繋がるもの。
(この時に、強化人間に‥‥?)

 アンドレアス・ラーセン(ga6523)とロジー・ビィ(ga1031)の2人は、ヘリ部隊が出撃するであろう基地へ向かっていた。道なりで2時間。直線距離であれば100km程の地点にある基地だ。杠葉 凛生(gb6638)の車とは基地近くの街で別れる手筈だった。
「手分けをしないと、時間が無いからな」
 美沙へと連絡を取る、という凛生に2人は基地への交渉を持ちかける旨の伝言を。村を目指した5人も、村人の説得を試みる件を彼に託している。駆け込んだULT施設の職員に、凛生はLHへの通信確保を依頼した。
「‥‥急いでくれ」
 人類側勢力圏とはいえ、遠く太平洋上のLHへの回線は限られている。緊急、の言葉にどれほどの効力があるか。待ちながら、彼はカッシングの事を考えていた。
(最初は、奴の弱みを探る為に村を訪れたんだが)
 老人の深淵を覗き、もっと知りたいという気持ちが強くなったと思う。
「カッシングは大鴉を通じて、この状況を今、見ているのだろうか‥‥」
 そんな疑念が口をついて出た。考えるうちに、ここに来る前に美沙に聞いた事を思い出す。
『パスワードは、ある程度まではわかった』
 彼女は隠すでもなくそう言った。『私は』に続く言葉を入力すれば、開く。しかし、その試行回数が既定回数を越えれば、自壊するように仕込まれているらしい。
『‥‥と、御丁寧に表示されたよ。あの老人、人を食った真似をする。‥‥今更、か』
『パスワードな。血‥‥が関係しては居ないか?』
 そう告げた美沙へ、凛生が思いついたように言った。あの屋敷で、彼の血に反応して鍵が開いた、と。
『血‥‥。血で、判る事か。それで何を見たのだろう、な』
 呟く彼女を後に、凛生はこの地へ飛んだ。あれは、ほんの数日前の事だ。

 軍の基地へ向かう車中。あの村は、良い記憶が無い場所だ。2人が大切に想う少年を巡る事件で、少年の心に深い傷を負わせた場所。
「なのに、何であいつらを助けるのにこんなに必死なんだろうな、俺」
 軽く笑った運転席のアスへ、ロジーが目を向ける。
「あの村は、何もしてはおりませんもの」
 少し怒ったような横顔で、でもそう言い切れるロジーを、アスは少し眩しく思った。彼の太陽はロジーの方ではないか、と。
「‥‥割り切れないんだよな。いつまでも、ぐるぐる考えちまう‥‥」
 ずっと考えても、結論が出ず。結局、辿りつくのは単純な答えで。
「助けたいって思ったら、躊躇わない。俺が俺であるために」
 自分に言い聞かせるように。ハンドルから離した片手でくしゃっと髪をかき上げる様子を、今度はロジーが眩しげに見ていた。2人が想う人の名を、呟く。
(カノン‥‥)
 あの少年を、毒牙に掛けるかと思ったカッシングは、手出しをしていなかった。
(被験者になり得る者が、対象外と見なされるのは、どういう場合なのかしら)
 膨大なカルテの中に整合性があったかどうか。そもそも、あそこにあったのは『患者』の情報であり、カッシングに『実験を受ける者』即ち『被験者』は含まれて居ない。
(雲を掴むようなもの、ですわね‥‥)
 カノンのカルテはあの中にあって異質だった。何の施術も受けていない彼の名が、どうしてあの場に置かれたのか。それが、何の意味があるのか。思えば、心が惑う。

●黒い村
 村は、平静だった。洋館へ向かう異邦人を見ても、制止するものはいない。面会を願うと、拍子抜けするほどあっさりと中へ通された。
「UPCが空爆を始めようとしています。私達は別の依頼主から、あなた達との交渉を命じられて来ました」
「‥‥なるほど」
 夢姫の謝罪を、頷きひとつで受け入れた老人は、続く話にも動じる様子はない。
「私達はこの村とあなた達を守りたい。話を聞いていただけますか」
 老人は、ちらりと横の執事へ目を向けた。恭しく一礼して、彼は部屋を出る。立ち上がった老人が窓辺へと歩く姿を、傭兵達は目で追った。手入れされた庭を眺めてから、館の主はゆっくりと振り返る。
「君たちは我々を守ろうと言う。善意で、なのでしょうが‥‥」
 この村が。村人達が、どういう存在なのか理解しているのか、と彼は笑った。
「あなた方が、異形となってまで守りたかった物は何ですか」
 真彼の問いかけに、老人の眼光が赤みを帯び、そしてすぐに元に戻る。それに気を止めた様子も見せずに、青年は言葉を続けた。
「そして今守りたい物は何ですか。それは、翁ではないのですか」
「確かに、我らはあのお方の為に働き、果てるのに否やはありません」
 が、何故そうあるのかを知れば、守ろう等と言う気は失せるだろう、と老人は笑顔のまま言う。
「そんな事は」
「お嬢さん、この世には強い人間と、弱い人間がいる」
 反射的に口を開いた夢姫をあやすように、老人は言った。自分達は、弱い人間だと。
「弱いからこそ、あのお方に全てを捧げる事で、自らの業から逃げ出しているのですよ」
「それだけじゃないはずだ」
 丈一朗が、ゆっくりと首を振る。
「俺は、あの診療所で奴の記録を見た。お前達と、カッシングの間には絆があるはずだ」
 今、カッシングは危地にいるのではないか、と丈一朗は己の推理を話した。危険に陥る事を予見したからこそ、傭兵達に当ててメッセージを残したのだろう、と。
「黙って遺言を受け取るつもりは無い。カッシングを救うには、お前たちの協力が必要なんだ」
「意志の無い生に価値は無いと‥‥。かつて、あなた達は全てを捨ててでも‥‥生を選んだんですよね?」
 2人のの言葉に、眩しい物を見るように老人の目が細くなる。
「いかにも、この村はあの方の為に全てを捧げて悔いの無い人間の、そういう人間だけの集まりです。それは、お嬢さん流に言えば、『全てを捨てて生きることを選んだ』日に、心にそう刻んだ訳ですよ」
 では、それを選べなかった村人は、どこにいったのか。想像して見るといい、と。想像して尚、そのように綺麗事が言えるのか、と。
「この村の裏には、沼がある。深い、深い沼です。何もかも呑み込んで尚、静かな位に」
 そう言った老人の顔は、奇妙なほどに穏やかだった。そういえば、先日訪れた時にも。彼だけではなく、村の住人の悉くが落ち着き払っていた。遠くで、鐘の音がなり始める。
「攻撃が行われる、という話は承りました。君たちの善意に感謝します。ですが‥‥」
 救いと言うならば、このまま放っておいて欲しい、と彼は言った。穏やかな仮面越しのそれが、明確な拒絶を示している事は彼らにも伝わる。
「これまで、この村は守られてきました。それが終わった。それはつまり、我々が用済みになったと言う事ではありませんか?」
 誰にとって、とは言わず。その言葉に珍しく、落ち着きをなくして身を乗り出す真彼。表情だけは、動かない。まるで、目の前の老人のように。
「我々が生きる意味はもう、無いのです。あなた方の良心のために言うならば、ようやく、終わる訳ですな」

 鐘の音にあわせ、診療所へと向かう人の波に混じりながら、リニクは住人の数の意外な多さに驚いていた。
「お行き。もう僕らは面倒を見て上げられないからね」
 村の少年の手で囲いから解かれた山羊が、不思議そうにしている。リニク自身よりも幼い子も、親に手を引かれていた。
「おや、貴女は能力者ですね?」
 掛けられた声に、油断無く見るが敵意は無い。ここは危ないと言われただけだった。
「‥‥中を、見たい」
 そう告げると、制止される事もなく中へ。案内がついたら困る、と思ったかどうか。幸いな事に、村人達は部外者の少女にはさほど関心を払っていないようだ。
「‥‥何か、ない、‥‥かな」
 診療所のカルテは、その多くを持ち去られている。地下の資料は、残された物もあるが、大勢の大人がよってたかって数時間かけて整理し、持ち去った後だ。少女が1人訪れた所で、何が出来るわけではない。それでも、彼女はここに来たかったのだ。
「ここが‥‥」
 呟いて、柱に手を置く。冷たい感触が心地良かった。

●黒い基地
「アンタじゃ話になんねぇ。上を出せ。佐官以上だ」
 アスが煩く言い募り、ようやく基地の中へと通されたのは、基地のゲートについてから45分は過ぎた頃。駐機したヘリが並ぶ滑走路を見下ろすような見晴らしの良い一室に、現れた中年の男は次席参謀という肩書きを名乗った。
「話がある、と聞いたが」
「そもそもアンタ、何処まであの村の事を知ってる?」
 探るようなアスの言葉にも、男は表情を変えない。ロジーが、堪え切れぬように口をはさんだ。
「あの村の住人は、バグアではありません。ただ、カッシングを信奉しているだけなのですわ。それでも攻撃するんですの?」
「村に人が居る事は、知ってたのか? 下っ端は知らない顔してたけどな」
 2人の言葉を、男は目を瞑ったまま聞いていた。言葉が途切れたところで、目を開く。
「全ての質問に、イエスと答えよう。イエス、攻撃は行う。イエス、我々は知っている。前線の兵士に、村人の事を伝えていなかったのは、必要が無いからだ」
 迷いの無い、余りにも無さ過ぎる口調が、アスに不審の念を思わせる。非難に対する覚悟を決めていた、というだけではないような自信。ロジーは、一瞬唇を噛んでから、目を上げる。
「村も村人も其の侭にしておけば『あの』カッシングがいつかまた戻って来ますわ」
「‥‥隠しておいても仕方が無いな。俺達は諜報部の指示で、動いてる」
 話を合わせて、更に様子を窺った。しかし、諜報部の名を聞いても男に慌てた様子は無い。現場と諜報部の仲が悪いのは知っているが、そういう次元では無いようにも見えた。
「現時点で破壊したら捕える手段を失う。立派な利敵行為だ」
「罠を仕掛けカッシングを誘き寄せる手段として残す為、攻撃中止を願います」
 口々に言葉を投げる2人に、男は片腕を上げて窓の外を示す。ヘリの1機目が、ゆっくりと地上から浮き上がった所だった。
「軍の作戦行動に一般人の容喙は認められん。例えそれが能力者であろうと、諜報部を名乗ろうと、それは変わらない」
「‥‥それが間違ってるとしてもか」
 静かに言うアスを、男は動じない目で見つめ返してから、頷く。
「イエス。我々は軍人だ。命令に疑義は挟まない」
 そういった瞬間、男の口元が微かに歪んだ気がした。
「‥‥そもそも誰の命令だ?」
「答える必要は無い」
 今度は、明らかに悪意の篭った笑みを見せる。窓外では、最後の1機が彼方へと消えていく所だった。

●終わりの光景
 館を後に、背筋を伸ばしたまま歩いていく老人を、傭兵達は玄関から見送った。
「亡命の選択肢は、話さなくても良かったですか」
「あの様子では無駄だろうな。俺は‥‥、カッシングを見誤っていたのかもしれん」
 抑揚の無い真彼の声に、丈一朗は目を閉じてそう答える。失望と、無力感が2人の男を覆っていた。
「‥‥どうして」
 力なく、呟いた夢姫の肩に、真彼が手を置いて。
「行きましょう。ここにいても、時間の無駄のようだ」
 口にした言葉は、自分が思うよりもきつく響いた。思い出したように、無線機を手に取る。
「‥‥聞こえるといいんですが」
 真彼から、地下にいるリニクへはあっさりと通信が繋がった。
『ん』
 状況を手短に説明すると、無線の向こうから頷く気配が返ってくる。夢姫と静の交信も、一切の妨害を受けては居ないようだ。
『仕方が無いわね』
 淡々と答える声に、夢姫は俯く。仕方が無いで済ますには、少女は幼かった。
「‥‥死んでほしくないから‥‥っ」
 小さい声が、俯いたままの夢姫から零れる。その肩を抱くようにして、丈一朗はゆっくりと、人気の無い道を歩き出した。真彼が、ちらりと村の真ん中を見る。鐘がまだ、鳴り響いていた。

 LHとの連絡がついたのは、覚悟したよりは早く。そして、期待したよりは遅かった。急ぎ、凛生が状況を説明する間に美沙の表情が強張っていく。吐き出すように、呟いた。
『‥‥今頃になって、何故だ』
 この村の存在を知って以後、ルーマニアの駐屯部隊による敵との内通、あるいは取引の存在を彼女達は疑っていたのだと言う。10年以上、目と鼻の先にそんな村があって、把握も報告もしてこなかった事実。自分たちの照会に何も知らないと答えた時点で、疑っていたのだ。
『同僚が内偵中でな。先日、現地で軍の車を使えると言いつつ言葉を濁したのは、そういう理由だ』
 詳細を、傭兵達に黙っていたのは自分達の落ち度だ、と彼女は淡々と言う。
『仕方が無い。裏が取れるまで疑わしきは黒だ。駐屯部隊の中に、敵がいると仮定する。速やかに引き上げてくれ』
「いや、そうもいかない。村へ避難勧告に出た仲間が居る。軍へも2人ほど交渉に赴いている」
 凛生の報告に、美沙は数秒の間瞑目した。してから、頷く。
『今から、駐留軍は敵と仮定する。そして、敵にこちらの手の内は、知られたと思おう。その状況で、最善を尽くす』
 ご苦労だった、と一声残してから、彼女は自ら通話を切った。アスと、ロジーが丁重に正面玄関から送り出されたのは、その1時間ほど後の事で。

 ――その間に、勿論全ては終わっていた。