タイトル:【Kr】敗走の中でマスター:紀藤トキ

シナリオ形態: ショート
難易度: 普通
参加人数: 10 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2009/07/18 07:42

●オープニング本文


 イワノフ少尉は軍人である。モスクワ本国軍に配属されて、まだ1ヶ月だ。命令されればその場所に行き、目の前の敵へ引き金を引く。昔であれば撃てと言われる相手は同じ人だっただろうが、今は宇宙人が敵なだけ、昔よりも気が楽だ‥‥と、古参の軍曹が言っていた。今はもういない。それを言うならば、彼に断固たる指針を与えてくれるはずの上官も今はもういない。

 傷ついたバグアの移動要塞を、攻略する作戦だった。空軍の同志により、敵の防戦能力はほぼ喪失。速度も、人が走る程度に落ちていると聞いていた。実際に、目にした敵はボロボロだった。何匹か、突っ込んでくるキメラを打ち倒す内に、勝てる気がし始めた。
 ――天から、驟雨の如き敵弾が降り注ぎ始めるまでは。

「正面の敵は倒しました。少尉殿、ご指示を」
 短く抑揚の無い声で尋ねてくる軍曹と、先任の曹長。伍長が3名。兵が16名。それが、イワノフに残された全てだった。
「損害は?」
 曹長の確認に、軍曹はよどみなく答える。どうやら、伍長は2名に減り、兵は13名になったようだ。何かにつけてラーゲリ送りをほのめかす政治将校がいないのは、不幸中の幸いだった。もっとも、彼らは真っ先に逃げたのだろうが。
「周りに友軍はいないのか?」
 声が震えていたのを、イワノフは少し恥じる。笑われているだろうか、と幾度目かの思いを感じた。しかし、笑うような者は今回もいない。苦境にあってロシア軍は笑うのではなく、ただ唇を引き結んで耐えるのだから。
「友軍は確認できませんでした。ご指示を、少尉殿」
 もう一度、指示を促される。この場の誰よりも若く、誰よりも経験の無い少尉に。何もかも投げ出したくなる欲求を振り払って、イワノフは西に見える小高い丘へと前進を命じた。西へいけば、友軍の陣地が有るはずだ。高所を占めれば、敗走している仲間が見つけられるかもしれない。自分から責任を引き取ってくれる上級士官にあえたなら、例えそれが憲兵であろうとも抱きついてキスしたい心境だった。

「こうでなくちゃいけねぇ」
 斜め前を歩く伍長が、ぼそっという。確か、ペトロフスキーという名前だ。
「勝ちすぎたんだ。自分達が負けないと釣り合いが取れない」
 東部で勝った分、ここで負けて収支バランスが取れる、と彼は言いたいらしい。収支。何の収支だろう。金銭ではあるまいし、軍事力でも無いだろう。あるいは、運命にもバランスが必要なのだろうか。ある意味では哲学的な考察かもしれないが、それを完遂する事ができるかどうか微妙なところだ。
「敵、発見。キメラが3匹」
 ほら、これだ。イワノフの意識は速やかに現実へと引き戻される。丘の上から見える影は、大きい。人型だからサイズを見誤りそうだが、槍先に掛けられた死体から察するに、3メートル程度の身長のようだ。
「側面にも、敵」
 同系の敵が、北側にもいた。子供の頃に絵本で見た人食い鬼のように醜悪な顔の巨人が、そちらにも3つ。
「集結しろ、集結しろ」
 斥候に出ていた伍長と3名の兵士が戻ってくる。どうやら、減っていないようだ。巨人がトロフィーのごとく飾っている死体は、どこか別の友軍のものなのだろう。
「少尉殿、ご指示を」
 軍曹を殴り倒したい衝動に、イワノフは必死に耐えた。
「敵の足は遅いかもしれない。突破する。隣を見ずにひたすら前進しろ」
 俯き加減に喋っているうちに、ある事に思い至った。すっと、肩が軽くなった気がする。
「僕が先頭に立つ。僕の後ろには続くな。一人でも多くキーロフへ戻ってくれ」
 囮になるつもりだった。
「指示を承りました、少尉殿。自分達は少尉殿を先頭に、後ろにはつきません」
 上げた視線の中で、兵士と下士官達が声を出さずに笑っている。不思議と、笑われているのに嫌な気分はしなかった。

 敗残兵の収容援護を依頼された傭兵達がたどり着いたのは、20名に満たない兵士達が横一線で突撃を始めようとする、まさにその瞬間であった。

●参加者一覧

柚井 ソラ(ga0187
18歳・♂・JG
鏑木 硯(ga0280
21歳・♂・PN
フェブ・ル・アール(ga0655
26歳・♀・FT
シャロン・エイヴァリー(ga1843
23歳・♀・AA
夕凪 春花(ga3152
14歳・♀・ER
リュイン・グンベ(ga3871
23歳・♀・PN
ヴァシュカ(ga7064
20歳・♀・EL
鳳覚羅(gb3095
20歳・♂・AA
夢姫(gb5094
19歳・♀・PN
杠葉 凛生(gb6638
50歳・♂・JG

●リプレイ本文

●ラン アンド ラン
「ちぇっ、嫌な状況だにゃ」
 過去を思い出すように、フェブ・ル・アール(ga0655)は口を尖らせた。理不尽なほど強力な敵に、為す術も無く追いまわされる恐怖。運命やら何やらを思わずには居られない、そんな無力感を彼女は知っている。

 ――だから、走る。一心に。
「状況はよろしくないようだね‥‥」
 鳳覚羅(gb3095)は苦笑混じりに言いながら。際どい状況の経験が薄い夢姫(gb5094)は、固い表情のままで、走る。
「急がなきゃ」
 誰かが死んだ時、別の誰かの悲しむ顔を柚井 ソラ(ga0187)は忘れられない。だから、もうそんな事が起きない様にと、願って走る。

 敗残兵の状況は、悲惨だった。集結地点を出て、最初に遭遇した兵士達の集団に無傷な者は一人もおらず。乗ってきた軍用車両は、そのまま重傷者の後送に回された。彼らの口から、キメラの待ち伏せを知った傭兵達は、そこへ向かっている。

「第一目標は救出、だな」
 確認するように、杠葉 凛生(gb6638)が言った。これまでの職歴柄、短期目標を掲示する事の重要性を、よく知っているのだろう。
「我らが駆けつけるからには、誰も死なせはせん」
 リュイン・カミーユ(ga3871)の言葉は、いつものように強気だった。その強気が、結果を引き寄せるのかもしれない。
「6体は多いですが、他の場所での被害を食い止めるためにも、必ず全滅させましょう」
 紅に変じた瞳で西を見る鏑木 硯(ga0280)の整った横顔を、シャロン・エイヴァリー(ga1843)はちらっと見た。
(リュインは心配ないとして、硯も‥‥心配する側じゃない、か)
 自分よりも年下で、実力は上。その組み合わせは随分前から変わらない。それでも、どこか抜けている気がするのか。あるいは、手がかかる存在で居て欲しいのだろうか。
「ロシアのこちら側は、まだまだ混迷が続きそうですね‥‥」
 容姿に似合わぬ大人びた口調で夕凪 春花(ga3152)が呟いた。

●その瞬間に
 丘の上の兵士の一群を、包囲するようなキメラの姿が目に入る。ちょうど、兵士達が突撃体勢を取った所だった。
「‥‥生きてこそ、再戦の機会もありますでしょうに。死に急いでは駄目ですよっ!」
 照明銃を引き抜いたヴァシュカ(ga7064)が声を出したのと、兵士達が喊声を上げたのはほぼ同時。叫びが震わせた空に、白い光が生まれる。
「もういっちょ‥‥!」
 遅れて、フェブも照明弾を打ち上げた。今にも駆け出しそうな兵士達の先頭にいた若い士官が、後ろを制止する様に片手を真横に伸ばす。
「無線‥‥繋がりました」
 ホッと呟いた春花からマイクを受け取ったフェブが、直接でも聞こえそうなほどの大声で語りだした。
『前方で移動中の小隊に告ぐ。我々は最後の希望(ラストホープ)である。貴官らを救出しに来た。応答されたし!』

 ゆらゆらと落ちてくる照明弾の灯りを背に、リュインと硯が飛ぶように駆ける。目指すは、北側に展開した3体。矢のような軌跡を、吼え声をあげつつ巨人が迎え撃つ。
「足がお留守‥‥ですよ!」
 敵が捉えたのは、硯の残像だった。下を向くよりも、更に早く二振りの小太刀が舞う。左の敵へ、鬼蛍を低く構えたリュインが走った。
「汝の相手は我だ。余所見している暇はないぞ」
 突きかかって来た槍先を、鍔近くで受け、流す。衝撃に身体が軋んだが、足は止めない。キメラがもう一度吼えた。
「煩い! 黙れ、木偶」
 流された刀身を、力を込めて引き戻す。遠心力の加わった一撃は、敵の腕を深く裂いた。三度目の声は、苦しげな呻きだ。
「余りモノ同士、仲良くしましょ。短い間だけどね」
 右側の巨人の前には、大剣を斜めに構えたシャロンが滑り込む。鋭い打ち下ろしが出迎えた。全力疾走してきた彼女に、避ける余裕は無い。
「‥‥っ」
 瞬時に覚悟を決める。受け流すのではなく受け止める覚悟。
「‥‥まあ、ドラゴンよりは軽いわね」
 交差する槍と大剣、そして舞う紫電越しに、シャロンは巨人を睨み上げて笑う。
『グァア!』
 横薙ぎに振った槍が、彼女を突き飛ばした。空中で姿勢を直し、シャロンはふわりと地に立つ。
「支援、しますっ」
 3人の後ろ、等距離になりそうな場所に立ったソラが西洋弓を前に向ける。とろんとした目が、3ヵ所を素早く、そして油断無く見比べた。

『では少尉殿、しばらくその場で待機して下さい。然る後、我々が照明弾をもう1発挙げたら南西方面に全力移動を』
 フェブの指示に、異議は返らない。
『‥‥出来る限り戦闘は避け、生存を最優先に』
『諾。了解だ。同志能力者殿。救援に感謝する』
 ホッとした様子の声に、フェブの口元が緩んだ。弟を見る姉のような‥‥、というのとも少し違う微笑。それは、ロシア軍の下士官が新米少尉に抱いているだろう感情と似ているのかもしれない。

 ロシア兵の鯨波は、敵の注意をひきつけてしまっていた。巨大な斧を手に、背中を向けたキメラへと駆ける覚羅。
「君の相手は俺だよ‥‥」
 巨体の背が視野を大きく占めるようになった所で、得物を大きく振り上げる。のけぞるような姿勢から、勢い良く振り下ろした。
『ゴルルァ!?』
 届かぬ間合いを、衝撃波が埋める。キメラは、予期せぬ痛みに声を上げて振り返った。凶暴な視線を受けて、覚羅は涼しげに笑う。

「‥‥春花さんとフェブさんに、左の敵をお願いします。ボクらは、真ん中のを」
 敵の配置を見たヴァシュカの声。言葉も無く頷いて、夢姫が風の如く地を蹴った。
「行かせない‥‥!」
 動き出した巨体を回り込み、そのまま切りつける。機械剣に傷口を焼かれた痛みに、キメラが吼えた。振り返り、そのまま遠心力をつけた一閃で夢姫を打つ。
「きゃっ‥‥!」
 可愛い悲鳴の主へ、キメラがもう1撃を叩き込んだ。辛うじて、避わす。続く攻撃はセーラー服の肩口を朱に染めた。槍にぶら下がっていた、名も知れぬロシア兵の身体がちぎれ飛ぶ。
 
――これで、注意を引き付けられたのは2匹。しかし、もう一匹は生き残りの軍人の方へ向かったままだ。連絡をとっていた2人は、機動力に秀でた能力者スタイルではない。今から敵の前へ回り込める程の余裕は無かった。
「ちっ‥‥」
 舌打ちした凛生が走る。彼が動き出したタイミングは仲間よりも遅い。それ故に、間に合った。敵を追い抜き、その前へ。イワノフ達との間に割って入った彼を、キメラは大振りな槍の一撃で無造作に打ち据えた。
「痛ぇ‥‥な」
 攻撃を避ける程の、実力は無い。だが、痛みの耐え方は知っていた。
『ガァッ』
 一撃で死体にならない凛生に苛立ったのか、更に突く。続く薙ぎ払いは、決して軽くは無い彼の体躯を軽々と飛ばした。どさっと落ちたのは、通信兵とイワノフ少尉のすぐ先だ。
「‥‥くっ、勇敢な同志能力者の遺体を汚させるな。射ち方、用意‥‥!」
 震える少尉の命令に応じて兵士達が銃を構える。綺麗に揃った動きは、さながら1つの楽器の如く、砂を踏むような音を立てた。
「オイ、ちょっと待てや」
 血だらけのまま、凛生がそれを制止する。
「い、生きて‥‥!?」
「勝手に殺すな」
 苦笑いしながら、背にしていた長大なライフルを地につける。彼が稼いだ僅かな時間を、仲間達は無駄にしないはずだ。

●鋼と拳と
「私は右に!」
「おっけー、逆に回るにゃ」
 間合いを詰めてきた春花へ、槍先を向けるキメラ。非力なのは承知の上で、フェブはトリガーを引く。人と似た赤い血が飛沫いた。
『グルルゥ』
 痛みと言うよりも苛立たしさに吼えた敵へ、フェブは白い歯を見せる。その隙に、春花が足元へ切り込んだ。腿の辺りに朱線が走るが、浅い。反射的に引いた足に付け入るように、彼女は小柄な身体を更に低く屈め、返す刀を一気に切り上げた。
「斬・紅蓮衝撃!!」
 赤い斬線が、斜めにキメラの腹部を飾る。敵の意識がそちらに向いた瞬間、フェブは獲物を狙う豹の様に飛んだ。
「汚い腹ァ、出してるんじゃない!」
 刀ごと、体当たりするような一撃。外皮を貫き、おそらくは内蔵まで傷つけただろう。が、その程度ではキメラは死なない。
『グルァッ』
 落とされた肘が、フェブの頬を張った。脳震盪。でも、柄から手は離さない。口の中の血の味だけが妙にリアルな中、海兵の腕は勝手に処理を進めていく。突き立てた刀に体重をかけて腹の中を掻き回し、ついでに捻った。頭上から臭い息が降ってくる。生臭い血も、どぼどぼと。が、この程度では、キメラは‥‥。
「ありゃ?」
 自分の上にのしかかってきた重みに、フェブは間の抜けた声を上げた。

「俺の間合いに踏み込んで無事でいられるとでも?」
 巨人の槍を回避しつつ、カウンターで大斧を叩き込む覚羅。普通にやったのなら自分も隙を晒しかねぬ攻撃だが、その合間を銃弾が埋める。
「元気だな‥‥」
 リロードしつつ、凛生は他のペアの様子にも目を向けていた。フェブがキメラの肉とか内臓に埋まって大変な事になっている。
「ルートが開いたが。照明弾の合図は‥‥いらんな」
 少尉たちがいるのは、彼の20mほど後方だ。声をかければ容易に届く。
「南西へ! キメラから距離を取って駆け抜けろ」
 半瞬おいてから、イワノフがそれを下達した。その声を背にライフルを据えた凛生が、珍しく驚いたように眼を開く。
「おいおい‥‥」
「奈落の底にでも堕ちるんだね‥‥」
 短い会話の間に、覚羅がキメラに止めを刺していた。

 夢姫が止めた一匹は、他の2匹よりも大柄で、恐らくはボス格だ。
「‥‥鬼さんこちら♪ 手のなる方に♪ ‥‥なんてね」
 北側へ回ったヴァシュカが、からかうように声を掛ける。注意がそれた隙に、夢姫は間合いを取り直した。盾を前に突っ込み、最後の一歩で体を返して突き。目にも留まらぬ速さで、もう一撃。
『グォ』
「‥‥がら空き、ですね」
 ヴァシュカの光弾が、吼え猛る敵の口を斜めに撃ち抜いた。痛みに憤怒の形相で、巨人が向き直る。その視界に、自分達の担当を始末した覚羅、春花とほかほか湯気を立てるフェブが入った。

 一方、北側でも優勢に戦況は進んでいる。
「‥‥皆さん、凄いです」
 言いながら、ソラは敵の動きを見た。隙あれば撃ち、あるいは隙が無ければ作る為に、撃つ。眠たげな眼に僅かに力が篭るたび、風を切る音が響いた。
「目的は足止めですけど‥‥、倒しちゃっても構いませんよね」
 硯には、そんな事を口にする余裕まであった。低い位置から足を狙う戦法は、狙い通り巨人の機動力を奪っている。キメラが足元だけに集中できればこう旨くは行かなかっただろうが、時折顔を狙うソラの矢が敵にそれを許さない。
「っと‥‥」
 不意に飛んできた拳が、硯の身体を捉えた。威力を殺しきれずに、飛ぶ。身軽な分、一発を貰ってしまうとそれなりに、痛い。
「槍だけじゃない、‥‥って訳ですか」
 口元の血を拭ってから、硯は再び距離を詰めた。

「所詮は付け焼刃だ‥‥っ、達人には程遠いぞ」
 鋭く突き出された穂先を鬼蛍で受け流し、リュインはそのまま足へ斬り付ける。振り回される槍の柄には逆らわず、飛んだ。
「柚井、目を狙え!」
「はいっ」
 頼りない雰囲気とは裏腹に、鋭い声と矢が敵へ飛ぶ。過たず、矢は固めに突き刺さり‥‥、爆発した。
『グガァアァッ』
「どれだけ振り払おうと、しつこく張り付いてやる」
 悲鳴を上げて槍を凪ぐ敵へ、リュインはここぞとばかりに攻め立てる。

――がん、ごん、ごぉん
 金属同士のぶつかる鈍い音が原始的な音楽を奏でる中、シャロンは相手が焦れて再び大振りになるチャンスを待っていた。
「手数も威力も、ドラゴン程じゃない、けど」
 あの時と違って、今回は1人だ。1人で敵の攻撃を受け止め、受け流し、打ち返す。いずれ、機は見える。耐える視界の隅で、青いリボンがひらひらと動いていた。
――がん、ごん‥‥
「せいっ!」
 地を蹴り、前へ。驚いたようなキメラの表情を眼に、シャロンは全力ので斬り上げる。受けに回ったキメラの腕が、高々と宙に舞った。
「次は私の仲間が狙われるかもしれない」
 背を向けかけたキメラに、もう一歩踏み込む。
「だから、逃がさない」
 渾身の力で突いた大剣は、敵の背から胸板へ抜けた。

●アフターケア
 イワノフ達は、キメラを倒した能力者達を直立不動で迎えた。
「間に合ったようだな。陣地までの護衛は引き受ける」
 リュインの言葉に、少尉は何かを言いかけたが言葉にならず、ただ敬礼を返す。
「ほかに、はぐれている人はいませんか。できれば、点呼をお願いします」
 周囲を窺っていたソラ。幸い、彼らが到着して以後の落伍者は0に抑えられたようだ。
「無事で良かった‥‥」
 そんな様子を眺めて、夢姫がホッとしたように言った。
「みんな故郷で家族や友達が待ってるんだから‥‥、生きて帰らないとダメ!」
 固かった兵士達の口元が、少し緩んだ。もっと悪い事態を覚悟していたヴァシュカが、サングラス越しに目を細めているのは眩しいからではない。
「酷い事、しますね‥‥」
 硯は、キメラに既に殺されていた兵士の遺体に、思わず手を合わせた。
「‥‥キメラの分際で変な知恵をつけやがって」
 忌々しげに、凛生が言う。振り回され、叩きつけられた遺体は見るに耐えない状態だった。
「ひどい‥‥」
 駆け寄ってきた夢姫が息を呑む。
「せめて、埋めてやろう」
 そう言った凛生に、兵士達が無言で頭を垂れた。手の届く範囲にあったそれ以外の遺体も合わせて、簡潔に埋葬する。
「『海兵は勝手に死ぬ事を許されない』と自分は教わりました」
 フェブの髪も服も赤黒い中、眼だけが澄んだ黒。
「今、この時代に於いては、陸海空すべての戦う人間に共通して言える事です。そうは思いませんか、同志少尉殿?」
 イワノフは沈鬱な表情で、彼女の言葉に頷く。そのやり取りを聞いていた曹長が、無言で少尉の肩を軽く叩いた。

 陣地までは、それほど遠くは無い。念のため、と護衛をした傭兵達だったが、これ以上の脅威も特には現れなかった。
「怪我、してる人は言ってね。応急だけど‥‥」
 春花が座り込んだ男達の間をくるくると駆け回る。アイドルらしく、笑顔を忘れない少女に、岩のような兵士の目元も優しい。

 陣地の責任者が幾度も頭を下げる。やはり、若い少尉だった。外に並ぶ土饅頭を見るに、やるせない思いをする事も多かったのだろう。
「お礼は‥‥そうねえ、基地で篠畑って日本人に会ったら」
 何か出来ることは無いか、と真面目な表情で言う少尉に、シャロンはウィンク1つ。
「彼に返してあげて、きっと苦労してるだろうから」
 休息を終えた仲間達に、硯が大きな声をかけた。
「行きましょう。まだ、引き上げてくる兵隊さんがいるはずです」
 傭兵達の幾人かが立ち上がる。

 この日、陣地に辿り着いた兵士の数は100名に満たなかったが、傭兵達がいなければ、その数は1桁少なかったやもしれない。彼らの多くはこの日を喜ばしい日として、生ある限り記憶に留める事となる。