●リプレイ本文
●集うダイヤモンド・フォー
「マリちゃん、いいネタゲットしたじゃないの〜♪」
クイーンズの記事を読みながら、ナレイン・フェルド(
ga0506)が微笑む。元はと言えば、ただのエイプリルフールの悪戯記事だったはずが、今ではこの北の辺地に大勢の傭兵達を集めた一大作戦になっているのだから、世の中とは面白い。嘘から出た真とは、この事だろう。
「さぁ〜私も頑張んなきゃ!」
笑顔で会議室に乗り込んだナレインに、フォル=アヴィン(
ga6258)が少し驚いたような顔をした。KV戦は苦手だと聞いていたのだが、と尋ねてみるとやはり少しは不安もあったらしい。
「まあ、気楽に行きましょう。いざとなったら援護しますよ」
「ありがとう。‥‥ところで、この相談は何?」
フォルと話していた赤崎羽矢子(
gb2140)が、それを聞いて目を細めた。偶然だが、2人は別件の依頼でも一緒になった所だ。
「こっちでも、ちょっと面白い事やろうと思ってさ。ナレインも乗らない?」
「え? 面白い事?」
そのフレーズだけで乗り気なナレインに、羽矢子が詳細を説明する。スモークで空中に文字を書こうというのが、その内容だった。
「へぇ。面白い事をされる方がここにもいらっしゃいましたね」
初対面なのに突然失礼、と浅川 聖次(
gb4658)が丁寧に声をかける。ここに『も』、と言ったのは、どうやらゴールドに挨拶をしてきたところだかららしい。
「良ければ私も加えて頂けませんか? こういう催しは嫌いじゃないんです」
「喜んで。一緒に景気よくやろうじゃない!」
ここに、4人の曲技チームが結成された。
●集う騎士達、集う戦士達
「わぁお、さすが伯爵。良い根性して‥‥、もがっ」
口元を押さえられたM2(
ga8024)が驚いたように手足を振り回す。鴉(
gb0616)が人差し指を唇に当てていた。どうやら、正体を口にしてはいけない、ということらしい。M2が頷いたのを確認して、青年はそっと手を離した。
「夢は、守らないといけませんからね」
まだゴールドの正体に気づいていない天然の人たちの為に。
「にしても、実行力のある方ですね、本当に」
「‥‥だねぇ。それじゃ一つ、協力致しましょうか」
微笑を浮かべて、親指を立てる2人。こんな依頼を受けるのだから、バカ騒ぎは嫌いではない。
「ゴールドさんゴールドさん! ずどらーすとうぃちぇ! ‥‥で合ってましたっけ?」
最終調整中だったナイト・ゴールドは斑鳩・南雲(
gb2816)の声に、パネルから顔を上げた。
「ロシア語の挨拶かな? 大丈夫、それで通じるだろう」
一緒にいた美崎 瑠璃(
gb0339)がドン、と胸を叩いて自己主張する。
「あたしもこう見えても騎士の端くれっ。ご主人様の一世一代の晴れ舞台、身命を賭して守ってみせるっ! ‥‥なんて、ね」
「今日は瑠璃ちゃんとしっかりばっちりがっちり守りますからね! 安心して管制に専念してください!」
感謝する、と言う青年の言葉は社交辞令などではない。彼がやろうとしているのは、通常ならば大型管制機の乗員数名が行う内容だ。敵に狙われたとしても空中戦に意識を割くなど不可能だろう。
「ゴールドさんは放送の進行に専念を。他は、私達がバックアップしますよ」
「ああ、そうさせて貰うつもりだよ」
少女達の後を引き取ったナイト・ブルー、ことツィレル・トネリカリフ(
ga0217)に、ゴールドが頷く。
(ナイト・ゴールド専用K−111指揮管制仕様、といった所か)
ツィレルが見上げた伯爵の愛機K−111はこの作戦の為に凶悪な改造を施されていた。丸っこい胴体の上にはレドーム、左にパラボラ、右には何故かレトロな八木アンテナ。カプロイア脅威の科学力による完全ハンドメイドの逸品、らしい。
(‥‥フルカスタムのKV、羨ましい。フルカスタムのKV、羨ましい。大事な事なので2回思いました)
操作方法も、おそらくは当人でなければ理解できない機体なのだろう。
「うわぁ‥‥やる事がハンパじゃないなぁ‥‥」
ユーリ・ヴェルトライゼン(
ga8751)は、呆れを通り越して感心していた。彼とロッテを組むクラーク・エアハルト(
ga4961)が、通り過ぎる足を止め、敬礼する。
「マスター・ナイト・ゴールド、御武運を!」
作業の手を止めたゴールドが答礼した。
「20個のプラットフォームの場所がここだから、守備位置はここ、それからここと‥‥」
「両翼のここも、かな」
防衛配置を相談している嘉雅土(
gb2174)と、錦織・長郎(
ga8268)の卓に、ツィレルも足を向ける。効率的な防衛の為には、部隊の配置と情報の伝達が重要だ。
「ロストしたプラットフォームの位置情報は、私の方で確認しましょう」
位置を脳裏に刻もうと言うように、ツィレルは青い仮面の裏の隻眼を地図へ向ける。
「死んだ中継機から生きてる奴への切り替えはシーヴの方で指示しやがるです。任せろです」
同じ北国の出身である彼女にとって、ロシアの戦いは人事では無い。彼らが待ち望んだ春を掴む助けになるならば、シーヴ・フェルセン(
ga5638)は全力を尽くすつもりだった。
「助かる。それと、人数も結構いるし固定防衛と巡回防衛に班分けした方がいいよな」
できればペアかトリオで、と言う嘉雅土。少年の提案に頷き、長郎が配置図の一部を書き換える。
「では、前線での管制指示は私にお任せいただけますかしら」
いつの間にか背後に立っていたシャレム・グラン(
ga6298)に、長郎が肩越しに振り返る。
「貴女は? 美しい方」
「私はマスターミハイルの弟子‥‥。銀の山羊座とでも名乗っておきますわ」
シャレムは赤い瞳を細めて笑った。
●集う乙女と少女とそれ以外
佐伽羅 黎紀(
ga8601)は、ウーフーの機内にいた。敵の攻撃で大破した機体は、本来ならばオーバーホールが必要な状態だ。
「一時間、飛べれば構わない。それだけでいいから」
死んだエンジンの出力を他の主機で補うようにプログラムを組み替える。装甲板の張替えには手が回りそうもないが、今は戦時だ。本来の整備員は、損傷の少ない機体へ回っていた。
「‥‥お手伝い、させて頂けますか」
「え?」
機外に、直江 夢理(
gb3361)が立っていた。いや、いまの彼女は多分、ニンジャ・ゴールドと呼ぶべきなのだろう。
「不躾で申し訳ありません。‥‥どうしてか、放っておけなくて」
胸の前で手を組み、囁く仮面の少女と、コクピットから見下ろす黎紀。2人の視線が、絡む。
「ふふ‥‥。お願いするわ。ありがとう」
格納庫の外では、プラットフォームが出撃準備を整えたKVに積み込まれる時を待っていた。
「思ったより、小さいんだ‥‥」
少しがっかりしたような柚井 ソラ(
ga0187)。以前に説明こそ受けたが、実際に見るのは初めてなのだ。
「これは、通信カプセルだけの大きさだから。空に上がってから、ぶわーっと大きくなるんだよ」
しゃがみ込んでいた潮彩 ろまん(
ga3425)が、ニコッと笑った。
「詳しいんだね」
「ボク、飛行船の模型だって持ってるくらい専門家だもん」
専門家が聞いたら苦笑しそうな台詞と共に、胸を張る少女。ろまんが座っていた場所のカプセルに、良く見ると落書きがされていた。
『お花が咲いたらこの放送を思いだしてね♪ しおさい ろまん』
何かを結んでいる少女の手に、ソラは視線を落とした。多分、種が詰まった小袋なのだろう。
「え、ええと‥‥?」
かくり、と首を傾げたソラに、横合いから声が掛かる。
「よ、久しぶり」
「あなたは、嘉雅土さん?」
夏以来の再会に、少年達は笑顔をかわした。巡回にペアを組まないか、と持ちかけた嘉雅土へ、ソラは二つ返事で頷く。
「あと1人位、欲しいかも」
「うーん、俺も空は自信ないかな」
言い交わす少年たちの視線が、ふと足元に落ちる。
「‥‥お花、一杯になりますように‥‥。ん?」
3人目、ゲットだぜ。
●そして、集う心の紡ぎ手達
待機所のトイレは、ホテル並みとは言わないが仮設基地の割に綺麗な物だった。そこから、小さな声が聞こえる。
「ワン、ツー、スリー、フォー‥‥」
歌い出しのイメージは脳内に。笑顔、そして目線を繰り返し鏡に映す。
(無様な真似は他のメンバーの為にも見せられないし‥‥)
現役アイドルである雪村 風華(
ga4900)の戦いは既に始まっていた。そして、それは他の出演側のメンバーも同じである。
「タイミングは、任せてもらっていいのかしら?」
ヴァイオリンを肩に、試し弾きをしていた智久 百合歌(
ga4980)が確認する。
「ええ、お願いするわ」
「はい‥‥」
頷くケイ・リヒャルト(
ga0598)と、微笑むハンナ・ルーベンス(
ga5138)。彼女達2人は、有名なロシア唱歌のメロディーを繰り返し口ずさんでいた。物悲しくも情熱的なそれが、今日の演目だ。
「‥‥寒い土地。だけど、想いは場所に関わらず強い物よね」
これからの戦いで、その想いのうち幾らかが儚く消えるのだろう。その人々の想いを忘れまい、とケイは心に刻んだ。自分の抱いている想いも、誰かに覚えておいて欲しいから。
「この僅かな時間だけでも‥‥。どうか想いよ、届け」
白い吐息と言葉がふわり、寒空に舞った。
●ゴングを鳴らせ!
そして、しばしの後。ゴールド機を含む各機は離陸を終え、所定の位置へと向かっていた。彼の手配した輸送機から打ち出されたカプセル20機はほぼ定位置に展開され、同期信号を送り始めている。
「‥‥そろそろ、ですか。配置について下さいね、皆さん」
ぐるぐる眼鏡を指で押さえたシャレム。コンソールには、各機の位置が表示されていた。
「西端、クリア‥‥。プラットフォーム、投下する」
ハイン・ヴィーグリーズ(
gb3522)の紺青の機体から打ち出されたカプセルが、斜め下へ向かう。と、一部が吹き飛び、気球が爆発するかのように膨れ上がった。薄いが、強靭な皮膜は最終的には50mを越える直径に広がるらしい。
「僕も、投下します」
「あ、ボクも‥‥!」
ハインの弟達、リオ・ヴィーグリーズ(
gb5938)、エド・ヴィーグリーズ(
gb5939)もそれぞれの担当位置へとカプセルを射出する。機首を北側へ向けるハインと、下方へ高度を落しながら反転する弟達と。リオとエドは、地上でカプセルを積みなおしてから再出撃してくる予定だった。
「さあ、戦場にゴングを鳴らそうかね。僕達の勝利へ通じるのをね」
青の濃い空で、長郎が目を細める。作戦参加各機のコンソールに、LINKの文字が躍り、すぐにON AIRに変わった。
『ロシアの兵隊さん、こんにちは。これから始まる放送は、真剣に聞いて欲しい』
最初にマイクを握った羽矢子が、真摯な口調で語り始める。
「何だ、これは?」
副回線で割り込んできた女の声に、正規軍の兵士が戸惑ったように首をかしげた。
『こんな事やってるけど、侵略者を憎み、奴等を追い払いたい気持ちはあなた達と同じなんだ。それはここにいる皆が胸を張って言えること』
「‥‥? 戦時報告ではなかったのか?」
「民間向けかもしれん。まぁ、最後に女の声を聞けるのは悪く無いよ」
無駄口を叩く兵士を、下士官が一睨みした。そんな2人に、上官の若い少尉が声をかける。空を見ろ、と。
「多少崩れたって構わない。でっかく書いてあたし達のメッセージをしっかり伝えるよ!」
気合を入れる羽矢子に、3名の声が応と返る。2方向から飛んできた4機のKVが交差直後、直角に進路を転じてスモークを吐き始めた。
「ん〜‥‥、こ〜言う操縦した事無いから、ちょっと難しいなぁ」
リーダーの羽矢子と操作に慣れぬナレインのアンジェリカは直線を、フォルの雷電と聖次のR−01が短い曲線を。少しはみ出るのも愛嬌だ。空に描かれている文字を、指差す兵士。双眼鏡を持ち出している者もいる。
『возвратить территория』
――訳せば、失地奪還、とでもなるだろうか。小さなどよめきが地上を渡った。
『だから目的は同じ。目の前の軍港施設は完成させる訳にいかない‥‥』
静かに羽矢子が言葉を続ける間に、聖次が文字の下に一本ラインを入れる。
『ここに奴等の居場所なんて無いってこと、一緒に思い知らせてあげようじゃない?』
彼女の声のトーンが、最後に跳ね上がった。そこに、ゆっくりした百合歌のバイオリンが重なる。
「‥‥電子妨害の強度上昇、確認。カウンター+3」
「了解。地上からの放送は任せやがれです」
ゴールドの声に、シーヴが答えた。彼女の岩龍からはケーブルが延び、地上の機材からダイレクトに上空のゴールド機へと音声データを送る。
●脳に一杯の滋養を、心に一曲の栄養を
プラットフォームの積み込み作業の関係で、同時にKVが離陸出来た訳ではない。この時点ではまだ、地上に残っていた者もいた。
「紅茶を如何ですか? 響さん」
カップを卓に置き、美環 玲(
gb5471)が微笑する。
「いえ。玲さん、そろそろ僕達の機体も準備できたようですよ」
美環 響(
gb2863)の声に、玲はテーブルの上をかき混ぜていた手を止めた。一枚をめくり、微笑む。
「うふふっ。なにかいいことが起こりそう」
表になったタロットは、『運命の輪』の正位置だった。
「放送‥‥だと? フン、猿の囀りか。‥‥潰させろ!」
前線からの報告を受けたラインホールドから、第一次の会戦を終えたばかりで再集結中のヤクーツク攻撃部隊へと攻撃指示が飛ぶ。返答は、『我に余剰戦力無し』という素っ気無い物だった。
「役立たずめ。前線に直轄部隊は?」
指揮官の怒号に、オペレーターは身を縮めながら返答する。
「武装偵察ワームを運搬中の部隊がおります。‥‥出しますか」
「思い知らせてやれ‥‥、自分達が所詮は、下等動物なのだとな!」
ヤクーツク正面にいた小艦隊。中央のビッグフィッシュの船倉部分が、ゆっくりと開く。中から現れたのは、10m強の小型ワームの大群だった。図体は卵形に近く、下向きに2本、センサーポッドが突き出している。武装は、ガトリング2門のみと貧弱だが、装甲の施されていない成層圏プラットフォームを破壊するには充分だ。
『私達は忘れない。今までに失った同胞の事を。季節が巡り、春が訪れたとしても、吹雪と凍土の狭間に消えた、名も無き人々を忘れない』
ハンナの静かな声が響く中、百合歌がゆっくりと前奏を始めている。地上の兵士たちの中で、年配の者が懐かしげに目を細めた。元はロシア民謡だが、この曲はかつて一世を風靡した歌手がカバーした事があるのだ。
『想いを込めて‥‥、唄います』
地上でマイクを手にしたケイが、頭上を行くハンナ機を見上げて、大きく息を吸った。
凍て付きし 過ぎし日よ
まだ遠き 春の日よ
「防衛ラインに、敵多数が接近中。ゴールド護衛隊は現状地点を維持して下さい」
レーダーを埋め尽くすような敵を前に、シャレムの指示は落ち着いていた。
「初めての空戦なんだけど、なんとかなる、よね!」
「平気、だよ!」
不安よりも元気が勝った様子の南雲に、瑠璃がやはり元気よく笑う。
「来たみたいよ‥‥。みんな気をつけてね!」
ナレインが注意を促した時、既に遠方のビッグフィッシュの巨体と直衛のヘルメットワームは視界に入っていた。そして、その前にわらわらと陣取り、突っ込んでくる小型の敵機も。普段であれば、射程で先手を取るのはバグア側だ。しかし、今回に限っては関係が逆転していた。
忘れまじ この思い
清き瞳よ
「射程まであと10秒。一斉攻撃のタイミングはこちらで。3、2、1‥‥」
鴉の赤目が細まった。0、のタイミングでトリガーを引く。ロケット弾が、手の届きそうな距離に近づいていた先頭の敵機へ真っ直ぐ吸い込まれた。
「さて、派手に行きますよっ」
鴉同様、前衛のフォル機から、無数のミサイルの軌跡が敵へ伸びる。まともな回避機動も取ろうとしない敵機に、小型ミサイルが集弾し、火球に変えた。
「全弾、命中‥‥!」
「やった!」
やや後方、ゴールド機の両翼を固める位置で見守っていた南雲と瑠璃の歓声。
「いえ、まだですよぉ!」
ヨネモトタケシ(
gb0843)が鋭く警戒を呼びかける。爆煙が収まるより早く、生き残った敵が前衛へと突っ込んできた。
癒え切れぬ この痛み
胸に抱く 何時の日も
「Crashより戦域各機へ。お客さんです。迎撃、開始します」
「1機破壊。‥‥数が多いな」
クラークの声に、ユーリの淡々とした報告が被った。直後、飛行船の気嚢が機銃弾に引き裂かれ、浮力を失い落ちていく。
「23番ロストでありやがるです。22と7で代替しちまいます」
シーヴの操作は素早く、当該地の放送は一瞬たりと途切れはしなかった。
「回線の冗長性はいまだ2重ですが、今のうちに補充を要請します」
ツィレルの言葉を受けて、シャレムが頷く。
「分りました。M2さん、ふぁんさんはポイント23へ」
我が命 尽くるとも
想い 変わらず
「りょ、了解!」
「了解です」
シャレムの指示に、M2とふぁん(
gb5174)が、機首を巡らせた。M2のスナイパーライフルがワームの側面を捉える。
「よし、大丈夫だよっ」
「ありがとうございます。‥‥プラットフォーム、射出」
ふぁん機の下から、カプセルが飛ぶ。それを追い越して、ふぁんは迫る敵機にガトリングの雨を降らせた。赤い火花を装甲から散らしつつも突っ込んでいたワームが、爆発する。
想い抱き 我は往く‥‥
「柚井さん、嘉雅土さん。6番へ応援をお願いします」
「はい。わかりました」
「おっけー!」
新たに破壊された飛行船の気嚢が、ゆっくりひしゃげていく。遊撃の少年達はそれを迂回し、ワームの側面を取った。
「そこ、だ!」
引き金を、引く。機銃のモーター駆動が、少年達に微かな振動を伝えてきた。
我が 黒き 瞳よ
●神の居ます戦場に
『進みましょう、前に‥‥未来に。今が、困難と苦痛に満ちているとしても。未だ私達は‥‥今を生きているのですから』
語りかけるハンナの声を聞きながら、ケイも歌い終わりの余韻に浸っていた。
「どうか、戦場の皆に祝福在れ‥‥」
歌声と同じく、通る声で言う。百合歌がヴァイオリンを肩に当てなおし、しばし目を閉じてから、開いた。先ほどよりも早いテンポで、楽しげな旋律を奏で始める。ロシアの誇る偉大な作曲家の作ったバレエの為の音楽から。明るく晴れやかな曲だ。
「‥‥」
周囲に耳を傾けて、シーヴが微かに笑う。ロシア兵達のいる界隈から、リズムに合わせた力強い足踏みの音が聞こえてきたのだ。それも、音源に取り込んで放送へと乗せる。すぐに、戦線の至る所でザッ、ザッという足音が聞こえ始めた。短い曲は、すぐに終わりを告げる。
『どうか皆、無事で‥‥。そして還って来て。この場所に‥‥』
百合歌の静かな声が、最後の音と一緒に放送へ流れていった。
「くるみ割り人形、か。‥‥即席の楽団でも作って彼らに対抗する‥‥、位の茶目っ気が司令官殿にあればねぇ」
頭上の蒼天は高く。はるか彼方の戦闘が産む赤い輝きを見上げながら、口笛を吹くカッシング。ショパンの葬送行進曲の有名なフレーズが、風に乗って消えた。
『バグアの皆さん、貴方達にそう在る理由があるのだとしても、私達は‥‥決して貴方達に屈しません。決して』
ゴールド機のやや前。毅然と正面を向いたハンナ機にワームが迫る。その照準が、一瞬だけ乱れた。そこに斜め上からロケット弾が刺さる。
「おっと、危ない、危ない‥‥」
潰れるように歪んでから爆発したワームを風防の外に見つつ、鴉のイビルアイズが行き過ぎた。
(リリア姉様‥‥何時の日か貴女を、皆が世界を取り戻すその日まで‥‥)
飛ぶ銃弾。撒き散らされる破壊。落ち行く敵とプラットフォームを背景に。
『ハンナ・ルーベンスが誓います。父と子と精霊の御名において‥‥アーメン』
「16番と9番が無くなりやがったです。14番も途絶。このままじゃ西側の放送が切れちまうです」
「確認。まず9と14へお願いします。16への再投入は敵を排除してからですね」
ツィレルの指示に従って、玲と響が前線へ。運んできたカプセルを打ち出し、そのまま敵に対峙する。
「自分のするべきことをして‥‥、絶対成功させてみせますわ」
「みせてやりましょう。僕達の敵に‥‥! 僕達の覚悟を!」
大口径の対戦車砲とミサイルが空を裂いた。
「これで、空域確保、‥‥だっ」
バルカンを叩き込みながら、嘉雅土が吼える。
「じゃーん、正義の味方参上! みんな、追加の飛行船だぁ!」
下方から、ろまんの元気の良い声。
「って、ボクの飛行船、落とされてるぅぅぅぅ‥‥。折角名前も書いたのに」
「う、ごめんなさい‥‥」
思わず謝ってしまうソラ。
「良くも落としたな、悪い宇宙人め。絶対に許さないぞ!」
機体左右の滑空砲が重い反動を機体に伝えてきた。突っかけてきた4機のうち2つが吹き飛ぶ。
●エールを交わせ!
「これで良し、です。とっとと喋りやがるです」
機上のシーヴに頷き、郷田 信一郎(
gb5079)は両拳に力を込めた。
『カンパネラ学園所属、郷田信一郎! みなの健闘と本作戦の成功、そして無事の生還を祈ってエールを送る!』
さっと腕を頭の後ろに。鋭く空気を切って振り下ろす。
『フレー! フレー! UPC! フレー! フレー! UPC!』
見事な胸筋を張るように、左右へ。
『フレー! フレー! UPC! フレー! フレー! UPC!』
呆気にとられたようだったロシア軍人達の口元が笑いの形に変わる。このフレーズは、知っているというように。
「ウラー! ウラー! ウラー!」
拳を鋭く振り、足を踏み鳴らし。
『フレー! フレー! UPC!』
息も切れよと、声を振り絞る。
「ウラー! ウラー! ウラー!」
『フレー! フレー! UPC!』
幾度も、幾度も。エールと祈念の声が交互に響く。響くたびに、加わる声はどんどん増えていった。
『以上、応援を終る!』
信一郎の声がそう告げた後も、声はすぐには途切れない。
「ウラー! ウラー! ウラー! ウラー! ウラー! ウラー!」
●それは、人類の産んだ文化の極み
『ロシアで戦ってるみんな〜。こんばんわ〜、IMPの雪村風華だよ』
力のある声に、ロシア人達の声が収まった。
「ふーかちゃんが? な、何でここに」
「あーん? お前の贔屓のアイドル様か、軍曹」
はるばる、かつての仮想敵国に援軍に来ていた男達が顔を見合わせる。
『今、他のみんなはライブに出てるみたいだけど、私はこっちでみんなに歌を届けてあげるね』
この寒い大地で戦う人々に、ライブの熱さをほんの少しでも届けられれば。祈るように両手で握ったマイクへ、一度だけ頭を垂れてから、風華はにっこりと笑った。
『雪村風華でWILL〜光へ。生で歌っちゃうよ〜。それじゃ、ミュージックスタート』
合図に合わせて、シーヴが音響のスイッチを入れる。
希望なんて有りはしない
誰かがそっと呟く
「弾薬が切れかけた者は、各自補充へ戻ってくれたまえよ」
長郎自身も、既にミサイルは撃ちつくし、狙撃銃をリロードしつつ敵を叩いている。管制のポジションを預かった以上、自身が抜けるわけにはいかないのだ。
「大型ヘルメットワームが西側へ移動を開始しました」
「了解」
言葉少なく返答してから、ハインはヘルメットワームと周囲の小型敵を次々ロックしていく。スコープに映ったロックオンマークは5つ。
「‥‥さぁ、ミサイルの嵐を味わうがいい」
装甲が開き、多弾頭ミサイルが牙を剥いた。大空に火球が列を作る。更に、もう一撃。小型ワームは一掃されたが、ヘルメットワームは直撃に耐えながらプロトン砲を放つ。
「21から24、一気に落とされやがったです」
「聖次さん、ふぁんさん。西へ回れますか?」
「20秒待ってくださ‥‥いや、こちらにも新手です」
ホーミングミサイルは撃ちつくしていた。ガトリングとレーザーを駆使して、次々に敵を落とす2人だが、防ぎきれるものではない。更に1つ、ワームに取り付かれたプラットフォームが破壊される。
「‥‥っ」
ふぁんが時計へ目をやる。残り時間は、15分を切っていた。新たにプラットフォームを積みに戻る時間は無い。
「どうやら本腰を入れてきたのかな」
母艦のビッグフィッシュを残して、ヘルメットワームが一斉に前進を開始していた。偵察ワームと違い、プロトン砲による射撃は人類側よりも射程が長い。
「く、まずいわね‥‥」
シャレムの舌打ちが聞こえた所に、幼さの残る少年の声が割り込んだ。
「新しいのを、届けに来ました」
「と、投下します」
「いいタイミングだ、リオ、エド」
兄の褒め言葉にくすぐったそうにしながら、弟達がカプセルを射出する。
それでも前を向き進む
それしか私には出来ないから‥‥
「止めきれない‥‥っ。抜けた分は、お願いします」
小型ヘルメットワームを1機は叩き落し、もう1機を強引にドッグファイトに持ち込んだフォルの脇を、ヘルメットワームと偵察ワームの混成部隊が突っ切った。
「来たみたいよ‥‥みんな気をつけてね!」
仲間に告げるナレイン。
「騎士の本分とは、剣を捧げる者、更には見ず知らずの他人のためにこそ発揮される! ‥‥浪漫だねっ!」
「ラウンドナイツが一人、瑠璃色の騎士・美崎瑠璃! 見ッ参!」
動きの鈍いゴールド機に向かった所を、少女達の迎撃が阻む。それでも強引に突き進んだ敵機を、これまで以上の爆発が包んだ。
「このニンジャ・ゴールドが影として守る限り、ナイト・ゴールド様は落とさせません!」
うっすらかかる高層雲の間から、フェイルノートが更にミサイルを斉射する。
たとえどんな辛くとも
絶望が世界を覆っても
「管制中枢を見切られたようですね。各機、ゴールド機を全力で守護してください」
一斉に中央へと向きを転じた敵機のマーカーを睨み、シャレムが言った。
「何の志も無い集団にやらせはしませんよぉ!」
タケシの濃緑のアヌビスが剣翼を煌かせ、ゴールドに迫ったヘルメットワームを叩き落す。斜め下から突き上げてきた別の敵機へ、返す刃で切り上げた。
「こちらCrash。新手の編隊を確認。迎撃に移ります」
クラークが温存していたミサイルをヘルメットワームに叩き込む。彼の頭上に回り込んだ小型機を、ユーリの弾丸が打ち抜いた。
「ユーリさん、援護感謝します」
私が未来(あす)を切り開く
「あら?」
首を傾げる玲。
「‥‥これは、ケイさんの声ですね」
戦闘機動を取りながら、響が微笑した。風華の歌声に合わせ、ケイとハンナが伴奏の変わりにハミングしている。百合歌のバイオリンも少し前から加わっていた。当該パートの楽器の音量を、シーヴが調整する。
「このまま持ちこたえられればいいのだがね」
「大丈夫。何とかなるよ」
長郎の岩龍に、M2のウーフーが並んで敵のジャミングに対抗した。彼らのように前線で対抗措置を取れる電子戦機は、ゴールドの負担を軽減している。
絆 闇を打ち倒し
光 世界を染めあげる
「大型ワーム、突出してきます」
「‥‥やらせませんよぉ!」
ゴールド機を狙ったプロトン砲の軌跡を遮るように、タケシと黎紀が機体を滑らせた。既に損傷していた黎紀機のエンジンが火を吹く。
「佐伽羅様!」
夢理の悲鳴。
「モニターから目を離すな!」
ゴールドが声を上げる。彼を狙ってもう一撃を放とうとしたヘルメットワームの側面に、ミサイルが刺さった。
「‥‥誰だ!?」
目の前の敵に銃弾を叩き込みながら、鴉が言う。味方はもう手一杯の筈だ。
たとえこの身が滅んでも
この意思だけは砕けない
●ENCORE
「こちら、ロシア防空軍所属7018哨戒中隊。‥‥これより貴隊を援護する」
綺麗なダイヤモンド編隊でミサイルを放つロジーナ。その左翼を守るように、バイパーのフィンガーフォーがついた。
「赤い連中に、俺のふーかを任せられるかよぉ!」
「違うぞ、軍曹。‥‥俺達の、だ」
どうやら、新たにファンを獲得していたらしい。
『‥‥あはっ』
風華が、小さな明るい笑みをこぼしてから、すぐに歌手の顔に戻る。
『私もこれから、ゲートに潜入してくる』
歯切れのいい声を背景に、傭兵各機に正規軍を加えた一斉射撃が残る敵へと伸びた。
『すごい危険な任務だけど、みんなが私の無事を祈ってくれるとふーか嬉しいな。私もみんなの無事を祈るから‥‥』
空一面の、爆発。ゴールド機の正面に、健在だったタケシ機がツィレル、鴉とトライアングルを形成する。
『ふふふ、乗ってきた! もう1回、行けるかな?』
「応!」
返った言葉は誰の物か。
「プラットフォーム、17機が健在。問題はありませんね」
「地上の放送もノリノリでいやがるです」
プラットフォームへ向かっていた無尽蔵に思えるほどの小型ポッドも、いつしか途切れている。艦載機が尽きたのではなく、全力を中央の管制機にたたきつけようという事なのだろう。ビッグフィッシュの前方1kmほどに、残存ヘルメットワームも隊列を組みなおした。
『それじゃあ、アンコール‥‥。いっちゃうよっ』
玲の前に機体を滑らせ、響はスナイパーライフルを敵へと向ける。
「僕達の邪魔をするのなら容赦はしませんよ。刹那の間に塵となり消えなさい‥‥!」
一撃、手前の偵察ワームが吹き飛ぶ。リロード。残る敵機が向き直った所に更にもう一撃。
「汝の魂に幸いあれ」
囁いた彼の機体を追い抜いて、南雲の翔幻と瑠璃のワイバーンがバレルロールで突き進む。
「行くよーっ! 若草色と瑠璃色のコラボアターック!」
機体上面を合わせるように、螺旋を描きつつ、2機のKVはミサイルを切り離した。
「ユニゾン・ミサイィィィィル! うぁたあああああっく!」
直撃を受けたヘルメットワームが傾き、高度を落とす最中に周囲の小型機を巻き込んで盛大に爆発する。こじ開けた隙間を敵が埋めるより早く、フォルの雷電とナレインのアンジェリカが前面へ弾幕を張り、敵を寄せ付けない。
「あと少しか。耐え切れそうですね」
「邪魔なんてさせないんだから!」
『御覧になりましたか? ナイト・ゴールド様の元に団結した、私達の力を――』
夢理がコクピットの中で北の空を睨む。クラークが管制機へ向けて敬礼し、ブーストを作動させた。ユーリが斜め後ろを追随する。仲間が切り開いた空間をビッグフィッシュまで飛んだ。
「ここで、落とします!」
最後に残していた螺旋弾頭を発射する。まだ小型ポッドを吐き出していたハッチの奥へ、ミサイルは吸い込まれるように消えた。鈍く赤い爆発が生じ、右側の射出口がポッドの代わりに黒い煙を吹きだした。ビッグフィッシュがゆっくりと回頭を始める。
「やってみるか‥‥!」
その頭上を取るように、ユーリ。そのまま斜めに、艦橋へと機体を突っ込ませる。剣翼が緑色の船腹から前方のブリッジまでの外装甲をを一線に切り裂いた。
『貴方には負ける道理はありません! ロシアの皆様も私達が守ってみせますっ!』
夢理の宣言が、バランスを崩して横転を始めた巨艦を叩く。母艦の制御を失った小型ポッドが、次々と自爆を始めた。
「1時間‥‥持ちこたえられたわね」
百合歌が微笑む。ビッグフィッシュが真ん中から二つに折れ、内部爆発を繰り返しながら落ちた。
「Crashより、ゴールド1へ。任務完了、これより帰還します」
●打ち上げ
放送終了後、ヤクーツクの整備倉庫の1つを、関係者は占拠していた。第二フェイズを翌日に控えたタイミングだが、士気に良い影響を与えた点を考慮したのだろうか、上層部も口うるさい事を言ってはこない。あるいは、宴を禁じては戦争できないと噂されるロシアの国情に配慮したのやも知れないが。
「さぁ、ゴールドさんに作戦成功を祝って、乾杯の合図をお願いしますよぉ」
タケシに促され、長身の青年はグラスを手に立ち上がった。
「‥‥今日、諸君が私の想いの為に流した血に、私は詫びる言葉を持たない。君達の血は、私自身の血と思うからだ」
ゴールドの目は、思い思いの姿勢で杯を掲げて自分を見る男女の上を行き過ぎる。傷を負ったまま参加している黎紀の姿にも、視線を止める事は無かった。
「今宵はただ、感謝の意を込めて杯を掲げよう。諸君がこの一時、私と志を共にしてくれた事に。乾杯」
乾杯、と全員が唱和する。
(ワイン、か。似合わんので飲む機会はもう無いと思っていたんだが、なぁ‥‥)
ツィレルが複雑な顔で杯を見つめる。グラスの赤は、彼らが流す血の色にも似て、深い。口をつけた勝利の酒は、まずくはなかった。
「おっと、未成年に酒は勧めちゃ駄目だぜ」
宴会を提案した嘉雅土は、赤ら顔のロシア兵士にそう言った。『俺の酒が飲めないのか』とかいう文化はロシアにはなかったらしく、余りしつこい勧め手はいないのだが、なにぶん人数が多い。
「わわ、だから俺、未成年だって」
今宵の殊勲者たちに一杯注ぎたい連中は、まだまだ引きも切らないようだった。
「今日は2人とも、良くやりましたね」
一回り近く違う弟達に、静かに言うハイン。照れくさそうに、でも嬉しそうにそれを聞く頭を撫でてから、ハインは弟達をお菓子のある側に誘った。
「桜饅頭、美味しいよ。1つどうかな?」
M2の声に、笑顔で手を伸ばす少年達。その横で、ユーリが抹茶を点てている。
「よければメイの饅頭と一緒にこちらも、どうぞ。‥‥それなりに上達したからな」
ありがとうございます、と礼儀正しく言ってから、聖次は両方を受け取った。周囲を見回し、少し不思議な気分を感じる。一緒に頑張った仲間達は、年齢も性別もまちまちで。それでいて、何処か暖かな連帯感がある気がした。
「‥‥がんばろ」
隅の方で、小声で呟くソラ。想いは既に、この先の戦いへ向いている。戦いと、危険と。自分よりも、友の身に危害が及ぶかもしれないのが、心優しい少年にとっては何より辛い事だった。
「直江さん、お疲れ様でした。‥‥寝てしまったようですね」
温かいコーヒーを配っていたクラークが、隅で仲良く眠る騎士達や忍者の姿に微笑する。
「柚井さんもどうぞ」
「ありがとう、ございますっ」
青年は、直前に少年が浮かべていた表情には気づかぬ振りをした。手渡されたコーヒーは、温かい。
「マスター・ナイト・ゴールドも如何ですか? これに関しては自信が有ります」
頼まれたサインを、ナイト・ゴールド仕様でさらさらと書いていた青年にも、クラークはコーヒーを差し出す。
「頂こうか」
疲労していないはずはないが、ゴールドの外面は普段通りだった。
「良かったわよね〜達成感が気持ちいい♪」
珍しげに覗きこむ兵士達に持参の柿ピーチョコを振舞いながら、ナレインが大きく伸びをした。
「ふ、入学式以来かな? あの時といい、君には世話になる。縁と言う物かな?」
彼に微笑を向けてから、ゴールドは外へ。格納庫の中から一歩出れば、氷点下の空気が肌を刺す。中に入りきれなかった面々が輪を作っていた。
「皆々様、景気付けに一献‥‥如何ですかなぁ?」
持参していた酒類を、景気良く振る舞うタケシの周りにも現地兵士が輪を作っている。奥のほうでは、いい感じに出来上がったロシア兵士達と信一郎が、再びエールの交換を始めた。歌い始める者も居る。楽曲を奏でる者も、身についた芸を披露する者も。戦争の只中であろうと、平和であろうと。人種が、国が、あるいは性別が違おうと、原始の時代から共通の笑いが方々で起こっていた。
「君にも、危険な思いをさせたね」
いつの間にか後ろに立っていた黎紀へ、ゴールドは目を向ける。
「貴方の身を守る事にそれだけの意味を見出してる、と言う事です」
その言葉には何も返さずに、青年は視線を前に戻した。地平は赤く、頭上は既に黒に近い。星の煌きの中、先祖達が見上げた空には無かったであろう赤い月がかかっている。
「‥‥それがお嫌でしたらもう少しだけ、自身の身を厭うて下さいね? お願いですから」
「私は、これからも私の戦いを続けるだろう。私と共に歩む意志を持っているのならば、途上で倒れる事なきよう、自らを律したまえ」
再び、今度は青年は身体ごと向き直る。
「‥‥倒れるならば、全てを終えてからだ」
見下ろすゴールドの目は、常のとらえどころの無さよりも、鋭さを強く見せていた。