タイトル:【DR】ズリエルマスター:紀藤トキ

シナリオ形態: ショート
難易度: 難しい
参加人数: 12 人
サポート人数: 4 人
リプレイ完成日時:
2009/03/25 01:35

●オープニング本文


●アグリッパの結界
 地上要塞ラインホールド。
 その名から想起するイメージに反して、その最高速度はマッハ1以上と推定されていた。
 されてはいたが、傭兵を主体としたウダーチヌイ偵察作戦の完了後、UPC正規軍による第2次偵察が開始された頃には既にウダーチヌイにはラインホールドが鎮座していたという事実は驚愕せざるをえないであろう。
「奴は東京にいたんじゃないのか!?」
「動いたって情報は来ていたさ‥‥だがな、冗談だろう? あのデカブツがもうここにいるなんてっ」
 UPC極東ロシア軍のKVパイロットはまさに驚愕していた。
「くそっ! 撃ってきたぞ!」
「落ち着けっ、この距離でそうそう対空砲火があた‥‥うわああっ!」
 無数の対空兵器が偵察部隊のKVに襲いかかり、一機が撃墜される。十数km離れたラインホールドから恐るべき精度で対空兵器が飛行中のKVに放たれているのである。
「3番機、ミサイルに追いかけられているぞ! 避けろ!」
「とっくにやってる!」
 押しつぶされるような強いGに耐えながら急旋回を行い、追尾するミサイルを引き離すKV。
「よし! 引き離して‥‥なにぃ!? ミサイルが引き返してくるだと」
 だが、安堵したのも束の間であった。パイロットが見たものは引き離したミサイルが再び自分に向って飛来してくる光景であった。
 パイロットはミサイルを回避し続けるが、何度でもミサイルは蛇のようにしつこく絡みついてくる。連続する激しい回避運動に意識がふっと遠くなった時、機体は爆散していた。

「――以上が第2次偵察隊の生き残りによる報告だ」
 ヤクーツクのUPC軍基地の一室。UPCの将校が偵察部隊の報告を傭兵達に説明している。
「その後、第3次偵察隊を出撃させ、敵の防衛システムについて探らせた。その結果、ラインホールドの周囲に展開する攻撃補助装置の存在が確認された」
 映写機でスクリーンに映し出される写真。バグア軍特有の生物的なラインを持つものの、パラボラやアンテナ類が目立つその兵器はおそらくセンサーの集合体とも言うべき装置だと想像できる。
「この装置の総数は不明であるが、少なくともラインホールドの周囲20〜30kmの間に6基が確認されている。この6基を線で結んだ六角形の内側では、既存の戦闘においてはあまり考慮されることのなかった数十km単位での長距離対空迎撃が高い精度で行われ、また敵ミサイルの追尾機能が尋常でないほど向上している」
 スクリーンに映されるウダーチヌイ周辺の地図に6つの光点が浮かび上がり、それを結んだ六角形の内側が赤く塗りつぶされる。それはまさに対空兵器による結界とでも言うべきものである。これでは手も足もでないのではないか。そんな不安が傭兵達によぎる。それを察したように将校は言葉を継ぐ。
「だが、付け入る隙がないわけではない。この六角形の外側への効果は比較的高くないものと推定される。そこで諸君らに命じるのは、大規模作戦発動に先んじて、この6基の装置を破壊し、ラインホールドへの接近を可能にすることである」

●ズリエル
「六角形、というからには目標は6つあるわけだな。お前達の攻撃目標はここだ」
 雪の反射避け、と称してサングラスを手放さない作戦課の大尉は、地図上の一点を指した。ウダーチヌイのラインホールド推定位置から、真南へ25kmほど移動した辺りになる。人類のあずかり知らないところだが、それはズリエルと言う名で呼ばれていた。ほぼ平坦な土地の、ほんの少しだけ高い丘陵に設置され、周辺を覆う針葉樹林は、その辺りの数平方kmだけが、綺麗に消えうせている。
「南だし少しは暖かいかもしれんが、フロリダほど快適じゃないだろうなぁ」
 大規模な作戦が繰り広げられる度に、戦地をうろうろするこの士官は故郷を恋しげにため息をついた。
「目標は地上設置。ゆえにフレア弾による空爆、ないしは降下しての直接破壊が必要になる」
 施設の耐久性も不明ゆえに1発や2発のフレア弾で破壊できるという保証は無く、確実を期すならば直接攻撃しかない。それに伴う危険を覚悟できるのならば、だが。
「偵察部隊の報告どおりだとすると、目標付近では熾烈なミサイル攻撃に曝される可能性が極めて高い」
 ラインホールドまでは距離があるゆえ、多少の時間の余裕はあるにしても、だ。それ以外に、当然のように護衛も確認されている。
「偵察部隊からの情報によれば、地上施設を二重に囲むような形で配置された多数のキューブワームと、4ないし6機程度の赤いヘルメットワーム。それ以外に黒色の鹵獲改造機も目撃されているらしいが、機種は不明だそうだ」
 とはいえ、防衛部隊ではなく施設の位置特定が目標だった偵察隊がついでに拾ってきた情報ゆえ、精度も確度も低い。
「地上部隊の配置に関しては、映像として大楯を所持したゴーレムが4体確認されている。が、こいつがこっちの想像通りに重要な代物なら、常識的に考えて防備はもっと固いだろう」
 こちらの動きはおそらく筒抜けだろうから、準備万端整った敵が出迎えてくれる事だろう、と大尉は唇を曲げる。情報も無い、支援も無い、死んで来いと言わんばかりの契約内容だが、手をあげる傭兵はそれでもいた。
「見ての通りの敵地真っ只中だ。ここで落とされた場合、回収の保証はできない。生命が惜しければ、余裕のあるうちに離脱する事だな。あるいは、回収専門の機を用意するか‥‥」
 生き延びる為の判断を下す事も、いい兵士の条件だと大尉は声を潜めて付け足す。生き延びる為には、考えうる全ての手を使って尚、成功するかどうかは分らない。シベリアの大地は春が来るまでに、多くの兵の血を吸う事になるだろう。

●参加者一覧

花=シルエイト(ga0053
17歳・♀・PN
御影・朔夜(ga0240
17歳・♂・JG
鏑木 硯(ga0280
21歳・♂・PN
叢雲(ga2494
25歳・♂・JG
リン=アスターナ(ga4615
24歳・♀・PN
ウォンサマー淳平(ga4736
23歳・♂・BM
アンドレアス・ラーセン(ga6523
28歳・♂・ER
ステラ・レインウォータ(ga6643
19歳・♀・SF
暁・N・リトヴァク(ga6931
24歳・♂・SN
天(ga9852
25歳・♂・AA
クリス・フレイシア(gb2547
22歳・♀・JG
祠堂 晃弥(gb3631
19歳・♂・DG

●リプレイ本文

●先発・制空部隊
 遠距離攻撃に対して、距離が与える弊害をクリス・フレイシア(gb2547)以上に知る仲間は少ないだろう。
「攻撃補助装置アグリッパ、か‥‥」
 狙撃者には、その装置の有効性は痛いほどに分っていた。その有効性故に、敵の迎撃が熾烈を極めるだろう事も、予測できる。
『敵のミサイル防衛網は、攻撃目標ズリエルの手前1km程度から稼動していると思われる』
 出撃前、ステラ・レインウォータ(ga6643)の質問に分析官はそう答えた。ズリエルへの直接攻撃を意図する以上、最終的にはその圏内に入らざるを得ない。自機のモニター上、記録した予想範囲はやや薄赤く表示されている。刻々と迫る赤色を見据え、少女の喉がこくりと音を立てた。
「リスクとリターンが釣り合ってない気はするけど‥‥誰かがやらなきゃ、でしょ?」
 その危険は承知の上。父祖の地であるロシア奪還に、リン=アスターナ(ga4615)の思い入れは深い。
「‥‥見えた。っていうか、でかいな。相変わらず」
 リンのやや前を飛ぶアンドレアス・ラーセン(ga6523)の目が、地平の彼方にLHを捉えたのは、ズリエルまであと僅かと言う所だった。東から回り込むような彼らの進路からすれば、右側。視線を戻した正面に、CWの青っぽい輝きが見えだしていた。それを背景にして、こちらに対するように動くHWの赤い軌跡。ズリエルのやや南に位置した黒い鹵獲機は、まだ動きを見せていない。
「鹵獲KVにゴーレム、光学迷彩にFRと偽物か。半分でも、相手するには骨が折れるな〜」
 暁・N・リトヴァク(ga6931)がぼやく。
「ラインホールドよりミサイル。多数発射されています」
 ステラの警告が、機内に響いた。
「頼りにしていますよ、アス」
 叢雲(ga2494)のそんな言葉に、鼻を鳴らして答えるアス。ズリエルから遠目に配置されたCW6機と、近くに配された6機は互い違いの同心円を描いている。
「やっぱり、あのジジイの臭いがしやがるな‥‥」
 まるで本体と対称させるような配置のセンスに、アスが眉をしかめた。正面、CWが射程内に入る。
「‥‥結界範囲、入りました。気をつけて」
 ステラの声を頭の片隅に、暁は手前のCWを狙い撃つ。意外と硬いが、クリスの追撃が止めになった。覚醒で女性らしさを取り戻した彼女の、鋭い目がチラリと地表を一瞥する。
「まるで出迎えているようだね。これは」
 クリスが危惧していたような起伏や障害物は地表には見えない。通常の戦闘機ならいざしらず、KVはかなり融通の効く兵器だ。後続隊の離着陸には問題とならないだろう。
「まずは先手、取らせてもらうわ」
 逆側でもう1機のCWを、リンが破壊していた。アスは更に前へ出てもう1機をレーザーで狙い撃つ。CWに近づくと感じるちりちりと頭を焼くような痛み。2発当てても、まだ消えない。舌打ちしたところへ、赤いHWが突進してきた。
「全機ブレイクッ! ‥‥その手は見飽きましたよ!」
 多弾頭ミサイルの発射タイミングを、叢雲は計っていた。彼の号令で散開するKV。構わず、赤いHWはミサイルをばら撒く。自機へ食いついてきたミサイルを、叢雲はラージフレアで撹乱しつつ振り切った。
「長距離ミサイル、来ます! ‥‥っ!」
 ステラの小さな悲鳴。CWを食わせつつ、赤いHWが待っていたのはLHと同時攻撃になるタイミングだった。回避機動を取った所に、高空から小型ミサイルが降ってくる。
「クリスさんッ! 4時方向、頭上!」
 叢雲の声に、クリスが慌てて自機をスライドさせた。目標をロストしたミサイルがそのまま地表に刺さり、爆発する。
「くっ、厄介だな、これ‥‥」
 暁が揺れる機内で苦笑した。回避した、あるいはそもそも目標を捕らえそこなったはずの多弾頭ミサイルが上空で角度を変え、再び牙を剥くのだ。ステラが全体管制、叢雲が個々の動きのフォローに徹していなければ、更に食らいこんでいたかもしれない。
「こちらへの第二波、確認しました!」
 再誘導されたミサイルに叩かれながらも、ステラは報告に注力していた。同時に他のアグリッパへも友軍の攻撃が及んでいる為か、長距離ミサイルの襲来は断続的だ。
「もう1つ‥‥!」
 赤いHWの攻撃を受けつつ、リンが傷ついたCWを破壊した。クリスと暁が回り込んで更にもう1機。アスは仲間がCWを処理する時間を稼ぐべく、HWへ近接格闘を挑んでいる。
「‥‥やっぱり出たか!」
 砕けるCWの影から現れたHW。警戒していた暁は、半瞬早く察知した。咄嗟に機首をひねり直撃こそ避けたが、左翼にペイントされたオレンジの三本戦がプロトン砲の高熱で赤く爛れる。更に、潜んでいた機体が1機。
「全部で6機、か。結構な歓迎だね」
 クリスが確認するように囁いた。数は同数。しかしCWを先に叩かねばならない分、こちらが不利だ。

●後着・陸戦部隊
 電子戦機が複数いる為だろう。通信環境は敵地の割に悪くない。先行した6機が、やや苦戦している様子が手に取るように分る。困難な任務なのはわかっていた。犠牲が出る事も否めない。怖れは、あった。
「でも‥‥、ボクはもう子供じゃない」
 自分が唾を飲んだ音が生々しく聞こえる。月森 花(ga0053)は黄金に転じた目を開いた。
「地中に敵は、いないようだな」
 天(ga9852)が投下した地殻変化計測器の反応は、ネガティブ。怖れていたEQは周辺に感知できない。
「ロックオンキャンセラー、作動するわ。幸運を」
 空から、リンの声。
「進路はクリア。鹵獲ディスタンが向かっています。敵ミサイル、着弾まで2秒」
 ステラの警告の直後、斜めにミサイルが降り注いだ。
「うわっ‥‥」
 寸前で照準を阻害されたミサイルは、ウォンサマー淳平(ga4736)の機体のすぐ脇を掠めて落ちた。しかし、後ろの祠堂 晃弥(gb3631)は回避に失敗している。衝撃にぐらつく操縦桿を立て直し、晃弥は正面へ敵を捉えなおした。
「僕にだって、できる事があるはず、だ!」
 周りの先輩と並ぶには実力不足であろう事は、晃弥自身が一番良く分っている。隊列の先頭、長距離ミサイルを最小限の動きで回避していた鏑木 硯(ga0280)が着陸アプローチへ入った。
「今回は決着をつけるのが目的じゃない、けど‥‥。あっちがそうはさせてくれないか」
 硯の視線の先、鹵獲ディスタンの外装が不気味に展開し、巨大な砲口が姿を現す。被弾覚悟で、高度と速度を下げた。
「させない!」
 硯の後方から、花のウーフーが必殺の一撃を放つ。圧縮されたエネルギー砲を受ければ、無傷とは行かないのだろう。鋭角的な機動で回避するディスタン。
「邪魔をさせてもらおうか」
 御影・朔夜(ga0240)がその前へと自機を押し出した。
「‥‥っ」
 着陸態勢に入っていた後続の天機を巻き込むように、プロトン砲が伸びる。
「そう来るのは、分っていたのでな‥‥」
 朔夜の狙撃が、敵機の姿勢を僅かに乱していた。バーニアを吹かして急制動をかける朔夜の漆黒のシュテルン。正対するように、慣性を殺した黒いディスタンがゆっくりと地上に降りる。その手には、長い剣が握られていた。
「‥‥ゴーレムは、動かない?」
 上空を旋回しつつ、花が呟く。盾を構えたままのゴーレムは、あくまでもズリエルを護持する構えのようだ。2機が正面を、残り2機は側面にピタリとつけている。そして、進路を塞ぐようにディスタンが単機。防衛の戦力としては、明らかに少なすぎる。やはり、という感覚が硯の脳裏をよぎった。
「‥‥時間が優先‥‥、こじ開けます!」
 間合いを詰めつつ、機銃弾を進路正面にばら撒く。硯の嫌な予想を裏付けるように、その一部が見えない何かに遮られた。
「‥‥!」
 近い。しかし、硯は躊躇わなかった。ハンマーボールを、正面のゴーレムへ横殴りに叩きつける。同時に、衝撃。揺れたモニターの向こう、ズリエルへの道が僅かに開くのが見えた。
「ここ、だ!」
 少ない練力を注ぎ込む僅かなチャンスがここだと信じて、淳平が引き金を引く。銃弾がディアブロの牙となり、吸い込まれるように異形の機械へ刺さった。
「隙、ありだな」
 広い戦場の把握の為、一手をあえて費やしていた天もその一瞬を見逃しはしない。ランチャーを離れたロケット弾は緩い弾道で間隙をくぐりぬける。遅れて、晃弥もバルカンを発射した。装甲の隙間を狙おうとか、関節をとか、事前に考えていたような余裕は無い。ほんの一瞬の、隙。それでも、その一瞬を待ち構えていたからこそ、間に合った。
「効いたのか‥‥、いや、弾かれた?」
 敵が堅いというよりは、バルカンが非力だったのだろう。晃弥が瞬きした時には、ゴーレムは再び態勢を立て直していた。

●緋色の死神
 遅れて着陸した花の視界内で、ハンマーを振り切ったままの姿勢で固まっていた硯のディアブロが崩れる。
「鏑木さん!?」
 直後、爆発音が響いた。メトロニウムでコーティングされた脱出ポッドが打ち出される。
「‥‥お出ましか」
 朔夜が目を細めた。黒煙に包まれた風景は、すぐに大鎌を携えた真紅の敵機の姿を吐き出す。
「ファームライド‥‥」
 その名前は良く知っている。いるとも、いないとも淳平は予断していなかった。先入観を排除してこの場に挑むのが最上と思ったからだ。しかし、目の当たりにすれば、敵エース機の威圧感は相応のものだった。
『やれやれ、中々のんびりはできぬものだ。冷や汗をかいたよ』
『申し訳ありません、カッシング様』
 老人の声に、若い男の声が戻る。わざと回線を同期させているのだろう。空中から、誰かの舌打ちが聞こえた。
「‥‥撃墜、鏑木機。座標を送る」
「了解。不知火君が近いね」
 クリスの恬淡とした声が回線を流れ、回収の為に待機していた真彼から短く応答が返る。増援としてFRが現れたなら、即座に撤退すればよかった。だが、攻撃の最中に遭遇したならば、引くのも容易ではない。
『さて、手早く終わらせようか。この寒さは老骨に少々堪えるのでな』
 ゴーレムの側面へ回るように移動していた天のイビルアイズへ、真紅の機体が追随した。フォローに入ろうとした朔夜の正面から、プロトン砲が飛ぶ。
『失礼、貴方のお相手は私が務めさせて頂きます』
 2人がそれぞれ難敵をひきつける間に、更にゴーレムを押しのける力があれば。だが、花、淳平、晃弥の3人とも、決定的な攻撃力は持っていなかった。盾を並べたゴーレムの装甲を、銃弾が空しく舐める。
「‥‥ここまで、か」
 両手に構えた一対の黒い刀身をすり抜けるように、緋色の鎌の軌跡が踊った。自動撮影にしていた胸元のカメラに、何か捉える事が出来たかどうか。
「天機、撃墜。僕も後退する。座標情報は転送した」
 真彼へと報告するクリスの声に、一瞬だけ苦さが混じった。射出された脱出ポッドを回収に動く京夜にも、脱出ポッド自体にも、敵は追撃を加える様子はない。
「‥‥先に離陸しろ。その程度の時間は稼いでやる」
 朔夜が何かを振り払うように、頭を振った。この景色に見覚えがある。そして、この敗北にも。
「急げ。そう長くは持たない」
 機体用に特注したクロー状の近接兵装「フォルテアルム」で、長剣の鹵獲機と渡り合う朔夜の分はやや悪かった。
「ミサイル、第三波を確認‥‥」
 警告するステラを正面から強襲しようとしたHWが、叢雲と暁の十字砲火で脱落する。CWの姿は、近間には既に無い。僚機が煩い立方体を駆除する間、アスとリンは4機のHWを相手に何とか切り抜けていた。
「行け‥‥!」
 最初に淳平。続いて花と晃弥が離陸をはじめる。朔夜のシュテルンが、射線を塞ぐように間合いを半歩ずらした。敵の長剣が斜めに胴へと食い込むのと、とっておきの雪村を抜き放ったのは、同時。
「お前は、これを避けられない」
 掠れ声の囁き。鹵獲ディスタンの肩口、装甲の継ぎ目に火花が散った。致命傷には程遠いが、腕一本といった所だろうか。
「‥‥御影機、ロスト」
 叢雲の声よりも早く、アルヴァイムが射出されたコクピットブロックへ自機を回していた。頭部だけをめぐらし、かつての『主』を鹵獲機が目で追う。その周囲に、ロケット弾が立て続けに着弾した。
「しばらく、そこでじっとして貰おうか‥‥」
 暁が放った牽制攻撃は、敵の出足を挫いたのやもしれない。ディスタンは地上から動く様子を見せなかった。
「‥‥援護になればいいけど」
 リンが、再度ロックオンキャンセラーを使用する。まだ練力に余力の有る機体は、離脱の為にブーストを作動させた。ステラの静かな声が響く。
「ミサイル、到達まであと2秒」
 暁が機首を引き起こした所へ、飛来する弾頭。至近弾に振り回され、機体が踊る。
「どうせ落ちるなら‥‥、ちょっとでも南にっ」
 晃弥の機体も、ミサイルの洗礼を受けていた。生き延びただけでも、大したものかもしれない。エンジンをカットし、無動力で滑空して可能な限り南を目指す。敵の圏外に出さえすれば、回収の余裕はありそうだった。
「‥‥作戦失敗、ですね」
 ステラが確認するようにそう呟く。執拗なミサイル攻撃に曝された彼女の機体は、瀕死だった。皮肉な事に、HWとドッグファイトを繰り広げていたリンやアスの方が被害が少ない。
「‥‥読めては、いたんですが」
 その2機と共に殿に回った叢雲が唇を噛んだ。赤いHWは結界の外まで追撃する様子は見せない。
「ああ。予想通りだった」
 敵の戦力は、FRまで含めて予想の範囲内だった。行動までも、ある程度は読めていたのに。ズリエルへはいくばくかの損傷を与えたはずだが、それがどの程度の効果を挙げるかは、不明だ。
「‥‥」
 悔しさは両肩に重く。それでも、子供ではなくなった少女は、泣かない。
「クソ爺‥‥ッ」
 アスの忌々しげな声と共に、ガツンと何かを殴りつけるような音が通信回線を渡った。