タイトル:【Kr】友軍回収(陸)マスター:紀藤トキ

シナリオ形態: ショート
難易度: 普通
参加人数: 8 人
サポート人数: 2 人
リプレイ完成日時:
2009/03/14 02:57

●オープニング本文


「この映像を見て頂きたい。諸君から提出されたカメラに捉えられていたものだ」
 アントノフ中佐は、開口一番にそう告げた。年代物のプロジェクターが映す歪んだ映像は、不鮮明ながらも何かの帯のように見えた。白い地に、茶色い線。そして、その先端に何か大きな物が見える。
「陸上戦艦、と呼称している。おそらく、全長は1kmを超えるだろう」
 そのサイズから類推するに、ヘルメットワームなどの搭載機も多数に及ぶはずだ。深入りを避けた判断は、正しかったと中佐は頷く。
「おそらくは、スィクトゥイフカル市は既に降伏している。本部に情勢を報告して方策を仰ぐつもりだ。‥‥いや、UPCロシア軍本部、だったかな。今では」
 現在の懸念は、その陸上戦艦が1隻であるかどうかだ、と中佐は言った。北部だけではなく、キーロフ市の南でもバグア軍の活動が活発になっているらしい。
「そちらにも大物がいるのか否か。それによって備えを変えねばならない。少なくとも、増援が来るまでの間は守りに徹するしか無いだろう。君達には、引き続き当基地の防衛について協力を依頼したい」
 硬い表情のままそう言葉を結んだ時、勢い良く会議室の扉が開いた。
「ヘイ、ミスター。俺達の仲間を見捨てるっていうのは本当ネ?」
 包帯も痛々しい黒人軍曹の隣で、若い女性曹長は僅かに逡巡を見せてから声を上げる。
「自分も、承服致しかねます」
 脱出時に負傷したのだろう。その腕は三角巾で吊られていた。2人を始め、基地に近い辺りまで滑空してから機体を離れた者は、救出されている。だが、あれから数時間。敵の勢力圏の中やその付近で消息を絶った仲間の中には、まだ回収されていない者もいた。中佐は口元をへの字に曲げる。
「これ以上、回収の為に危険を冒す訳には行かない。篠畑達は、その生命で我々に情報を与えてくれたのだ。それを無駄にしないことが我々の役目だろう」
 軍人とは、そうあるものだと淡々と言う中佐の表情には、やはり感情は見えない。この季節のロシアは生命には過酷な環境だ。もしも無事に脱出していたとしても、夜まで放置すれば助かる者はいなくなるだろう。ざわつく会議室の空気を黙して遣り過ごそうというように、中佐は眼を閉じた。その耳に、どすんと何か重い物を置く音が響く。
 大きなトランクを供にしたソーニャ・アントノワが、旅塵に塗れたままの格好で入り口に立っていた。
「ソーニャか。良く戻った。が、今は会議中だ。家へ‥‥」
「ええ、家に寄らずに来てよかったですわ。相変わらずですのね、叔父様は。世界は軍人の論理で回ってはいませんわよ」
 普段よりも少し早口に、女科学者は言葉を投げつける。言葉を切った時のへの字の口元は、中佐との血縁を確かに感じさせた。
「私が、皆さんを雇います。それ位のお金は頂いてきましたからご心配なく」
 どこから、誰にとか言う疑問があったとしても、その場で口にする者はいないようだ。興味がある方は着いて来てください、と言って身を翻すソーニャに、サラとボブが呆気に取られたような眼を向ける。
「‥‥傭兵の、雇い主と任務を選ぶ権利は尊重する」
 中佐は何かを言いかけたが、腕組みをしてから口にしたのはそれだけだった。

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「と、啖呵を切りましたけれど、正直なところ具体的な方法とかは思いつきません」
 苦笑するソーニャに、入室してきたサラが敬礼を向ける。
「現地の気温は夕刻に向けて低下していくはずです。急がなければならない事を考えれば、航空機による回収が最善と考えます」
 サラとボブが、というか主にサラが立てた案は、まずは現地付近まで捜索隊を送り込み徒歩にて怪我人を確保し、バグアの勢力圏から離れた何処かまで移動。その後に怪我人と捜索隊を回収するという二段階の計画だった。偵察班を送り、回収する為の2度の飛行は、片腕を折ったサラが行うという。
「この腕ではKVの操縦は難しいですが、通常機の行き帰り程度ならば出来ると思います」
「問題は、その為の飛行機‥‥ヘリコプターのほうがいいのかしら。それを借り出すことですわね」
 腕組みするソーニャ。
「最初はイイとしても、2回目は寄ってくるバグアをどうにかするのも、必要ネ。KVで追っ払わないと、危ないヨ」
 ボブが言うのもいちいち、もっともな事だ。ただし、ヘリの借用とKVの出動、そのいずれにも軍の許可がいるのは言うまでも無い。この場の責任者のアントノフ中佐を説き伏せるか、あるいは事後承諾という危険な橋を渡るか。
「あー、もう。考える方は任せるから。私は叔父様と話をつけて来ますわ」
「しかし、傭兵の方は来て頂けるでしょうか‥‥? 最悪の場合は、私達だけでも‥‥」
 彼らの幾人かとは親しく声を交わしたこともあるが、公私はまた別だろう、と表情に影を落とすサラ。ボブが肩を竦めかけてから、痛そうに顔をしかめた。
「それはもう、間違いなく来ると思いますわよ。‥‥彼らはお人好し揃いのようですからね」
 ソーニャは笑う。その笑顔は、言葉の割に優しい物だった。

●参加者一覧

柚井 ソラ(ga0187
18歳・♂・JG
セシリア・D・篠畑(ga0475
20歳・♀・ER
ザン・エフティング(ga5141
24歳・♂・EL
ロジャー・ハイマン(ga7073
24歳・♂・GP
神撫(gb0167
27歳・♂・AA
イリス(gb1877
14歳・♀・DG
黒桐白夜(gb1936
26歳・♂・ST
フラウ(gb4316
13歳・♀・FC

●リプレイ本文

●迅速に、そして慎重に
 慌しい空気が、ヘリ内部に流れていた。
「隊列は横一列で、速度を重視する。走り通しになるが、仕方あるまいな」
 年恰好に似合わぬ口調で、フラウ(gb4316)が事前の確認を行っている。移動、発見の後の回収、そしてヘリへの合図まで、遺漏がないかを確かめるように、1つづつ確実に。
「照明弾は、救助者を見つけたら2発だ。それ以外の合図は1発な」
 黒桐白夜(gb1936)が念を押すように声をかけた。二手に分かれて行動する各班で、持ち寄った照明銃は3丁と4丁だ。撃ちすぎて肝心の合図が出来なくならないように、と最年長の青年は指を立てる。
「場所はこの辺り、とここら辺だね。目印はないけど‥‥」
 生還した機体の記録データから割り出した、大まかな墜落位置が書き込まれた地図をイリス(gb1877)が覗き込んでいる。
「この状況からすると、迂回しなきゃいけない物とかは無さそうだな」
 白夜が、指で自分達が辿る道筋を描いた。川も起伏もない地図に、真っ直ぐと。
「え〜と、ここら辺で降りて、このくらい走って‥‥。たぶん、迎えに来てもらうのはこの辺?」
 イリスの指差した場所を、ボブが神妙な顔で書き写していく。
「かんじきとか、いるかと思ったんですけれど」
「気温こそ寒いが、この辺りは降雪量がない。現地はほぼ森の中だから、平気だろう」
 足元を気にする柚井 ソラ(ga0187)に、操縦席のサラがそう告げた。ほっとしたようなソラの隣では、神撫(gb0167)が窓外を見つめている。篠畑も心配だが、それよりも資郎の安否が青年の気がかりだった。
(死ぬなよ‥‥)
 声にならない祈りが、聞こえたのだろうか。淡々と準備を整えていたロジャー・ハイマン(ga7073)がチラリと神撫へ目を向けた。
「篠畑さんと、榊原さん、カーディルさん。‥‥要救助者3名、か」
 救助任務をこなした経験が豊富な彼は、伸ばした手が届かなかった経験も、幾度か味わっている。今回は、掴めるのだろうか。
「きっと、大丈夫!」
 大人たちの空気を察したイリスが、笑顔で振り返った。根拠などはない。だが、後ろ向きに思い悩むよりは、前向きでありたいと少女は思っていた。
「地図、見ますか?」
 道中、ずっと無言だったセシリア・ディールス(ga0475)を気遣って、ソラが声をかける。視線をあげたセシリアは、表情のないまま頷いた。普段よりも、顔色が白く見えるのは気のせいだろうか。
「‥‥にしても、健郎ってお姫様属性?」
 初めての依頼でも、助けに行った気がすると首を傾げるイリス。
「俺も、一年近く前に篠畑の恩人を助けるのを手伝ったが‥‥。今度はあいつ自身を救出しに行く事になるとはな」
 確かに、救援要請を受けてばかりな気がすると、ザン・エフティング(ga5141)も苦笑する。
「姫ってのはアレだけど、人望はあるんだろうな。これだけの人数が動くんだから」
 白夜が口にしたのは、この場にいる9名の傭兵についてだけではない。基地では今頃、12機のKVが出撃の準備を整えているはずだ。
「結果論でも、許可を出して良かったと思ってもらえるように。全員で戻りましょう。必ず」
 ロジャーが微笑む。この状況で優秀な能力者を複数失う事のデメリットは、アントノフ中佐も理解していたのだろう。ザンや神撫、白夜からの言葉を受けて、中佐は拍子抜けする位あっさりヘリやKVの貸し出しを許可していた。
「そろそろ場所だネ。降りるヨ‥‥!」
 ボブが声をかける。ここからは、時間との勝負だ。
「時計合わせ、よろしくね」
 イリスが一同へ声を掛ける。機内に残るソフィリアに何かを話していたザンが、手首の時計に目をやった。
「っとと、忘れないようにアラーム付けておかないとな」
 うっかりして回収に間に合わなかったりしたら大事だ。
「ポタージュスープを温めて待っていますわ」
「うむ、手数だろうがよろしく頼む」
 にっこりと笑うソフィリアへ、フラウが頷く。ハッチが開き、寒気が吹き込んできた。この寒さの中を、彼らは探索に行くのだ。ソフィリアの笑顔は僅かの間に消え、憂いに塗り替えられていた。

「まずは、走るよ!」
 AU−KVを着込んだイリスの声に、応と声が返った。この場からは15km先、ヤヨイと資郎の救助が彼女達の担当だ。周囲の様子に目を配りつつ、白夜も駆ける。
「帰りの目印は‥‥」
 上空制圧が出来なかった場合、回収のヘリが奥地まで来れない可能性もある。白夜はその備えに、道中の木々に印をつけようと考えていた。同じ班の少年がごそごそとペイント弾を取り出したのを見て、ニッと笑う。
「任せた、少年!」
「はい、任せてください」
 嬉しそうに頷くソラ。先行したロジャーは、キメラの気配が無い事にほっと息をついていた。まだ無い、と言うべきかも知れない。騒々しく到着したヘリから、気配を隠すよりも速さを重んじる移動をするのだから、気づかれないはずも無い。
「資郎を頼んだよ、あいつにはまだまだ教えたいことがあるんだ」
 彼らの背に、神撫が言葉を投げる。同じ電子支援機のパイロットとして、そして人生の先達として、資郎にかけたい言葉はいくつもあった。彼自身は、やや手前の10km辺りで脱落した篠畑の救出担当だ。
「まずは、篠畑のハヤブサを目標にするぞ!」
 覚醒でややテンションの上がったザンの指示に、頷くフラウ。その目も、覚醒の変化により燃える様に赤い。初任務の彼女と怪我人の治療ができるセシリアを間に挟むように、神撫とザンが両脇を固める。
「‥‥」
 言葉無く駆けるセシリアの顔と腕が赤く血の色に彩られた。今、彼女が戦う相手は、時間そのものだ。

●失われた物、失われなかった物
 一方、墜落した自機から応急セットを取り出したヤヨイは、近場で落ちた資郎と合流しようと考えていた。大体の方角は分っている。判断が早かったおかげで、歩くのに支障があるほどの怪我は負っていなかった。
「‥‥っ」
 後部とは離れた場所に刺さっていた岩龍の機首を見て、息を呑むヤヨイ。風防が、閉じている。つまり‥‥。
「脱出が、間に合わなかったのね」
 敵の攻撃が集中した岩龍は、ほとんど一瞬で落とされていた。フォルのカバーが無ければ、自分も同じ運命だったかもしれない。瞑目してから、彼女は前へと足を踏み出した。これから、辛い仕事をしなければならない。

 篠畑のハヤブサは、比較的容易に見つかった。脱落位置を確認していた傭兵が複数いたのも幸いしたのだろう。すぐに、射出されたコクピット部分も発見される。
「‥‥足跡、が」
 ヘリに乗ってから、セシリアが初めて呟いたのがその一言だった。足跡は、北側へと伸びている。
「担ぐ必要は無さそうだ」
 ふむ、と頷いて腕組みをするフラウ。外見は少女なだけにギャップが激しい。
「方向音痴、ってわけじゃあないだろうな。‥‥世話が焼けるぜ」
 帽子の鍔を引いて、口元で笑うザンに、篠畑らしいと苦笑する神撫。
「合流しやすい方角だったのは、好し。急いで追うぞ」
 フラウが促し、4人は足跡を追い出した。怪我をしている割には、しっかりした足取りのようだが、走っている様子はない。すぐに追いつくことが出来るはずだ。そう、すぐに。
「汝が篠畑、だな。迎えに来たぞ」
 掛けられた声に、驚いて振り返る篠畑。何故ここに、などと間抜けな質問を口にする彼に、ザンが肩を竦める。
「ったく、心配させるだけさせて、これだ」
 セシリアが無言で頷いた。その奥では、神撫が照明銃を天へと向けている。要救助者発見を示す、2発の光弾が周囲を照らした。

 もう一方、15km先を目指した4人は、比較すれば幸運ではなかった。現地に辿りついても、すぐに手がかりを見つけることはできなかったのだ。
「‥‥くっ」
 ロジャーが投げつけたナイフが、赤いフィールドの表面を滑って落ちる。投擲用に設計されたわけではないSES兵器では、キメラに損傷を与えるのは難しい。しかし、狼型キメラの注意をソラから逸らす効果はあったようだ。
「ガンガン行くよ! てやぁ!」
 踏み込んだイリスが、大剣を振り下ろす。そのまま斜めに切り上げた。血を吐いて絶命したキメラは、これで2匹目になる。声をあげ、空砲などを放って生存者の注意を引く事に務めていたのだから、敵に発見されるのも仕方が無いのだが。
「‥‥場所、間違えていませんよね」
 方位磁石を確かめるソラ。目印があるわけではないが、大まかな方向はずれていないはずだ。
「時間が無い。急がないと」
 ロジャーの言葉に掛かるように、遠くで何かを叩くような音がした。2度、少し間をおいて更に2度。
「どっちだ?」
「あちら‥‥じゃないかな」
 周囲を見回す白夜へ、イリスが自信なさ気に答える。
「あっち、かな」
「俺もそう思います」
 感覚に優れたロジャーとソラが、同じ方向を指差した。南の方へと少し戻った辺りだろうか。動き出した4人の足取りは、軽さを増していた。
「おーい!」
 声を上げながら、走る。覚醒した能力者達の走る速さからすれば、僅かにも思えるような距離。すぐに、疲れた女性の声が直接聞こえてくる。
「こっちです。‥‥まさか、迎えが来るとは思っていませんでした。ありがとうございます」
 黒っぽく煤けた記録装置を胸に抱いたヤヨイが救助者と合流したのは、日没まで僅かな時刻だった。ソラが差し出したマフラーに、ふと頬が緩む。

「‥‥動かないで、ください」
 セシリアが外套越しに手を当てて練成治癒を施していく。寒さに強張っていた肌がじわりと熱を持つような感覚に、篠畑はホッと息をついた。早めにベイルアウトしたせいか、あるいは撃墜されることに慣れていた為か、篠畑の怪我は一同が危惧していたほどには重くない。
「生き返ったよ。地獄に仏ってのはこの事か。仏の顔も3度までっていうがなぁ」
 篠畑が軽口を叩く間も、ただじっと見つめる赤い瞳。鼻の頭を掻きながら、篠畑が視線を逸らす。ずっと引き結ばれていたセシリアの口元が、ほんの少しだけ緩んだ。
「心配かけて、すまなかった」
 立ち上がった篠畑に、神撫が頷く。
「もう大丈夫そうかな。‥‥資郎が心配だ。急ぎましょう」
「‥‥む? 待て。照明弾があちらでも上がったようだ」
 木々の合間から差し込む光に、フラウの視線が上を向いた。更に、間を置いてもう1発。
「あちらもうまくやったようだな」
 後は、合流地点へ向かうだけだ。回収の予定時刻までは、5分程しかない。
「急ぐぞ。ここで乗り遅れちゃ冗談にもならないしな!」
 先を行きかけたザンに、灰色の影が飛び掛った。別班も悩まされた、狼のようなキメラ。
「お前らにかまっている時間は無いんだよ」
 神撫が小銃S−01を連射する。キメラが悲鳴のような吼え声を上げた。
「右、新手だ。気をつけよ!」
 木々の間を駆けるキメラめがけて、フラウが銃弾を送る。篠畑を庇うように、セシリアが一歩前へ出た。

●家路へ
 ほぼ針葉樹林に覆われた地域で、少しだけ開けた位置が回収地点に挙げられていた場所だ。先に着いたのは、ヤヨイと合流した所でそれ以上の捜索が不要となった白夜達のチームだった。
「そろそろ、あっちも近くに来ているはずだけどな」
 沈黙を断ち切る様に、白夜が口にする。先刻から、時折銃声などが遠く聞こえていたが、まだ方角がわからない。と、無線機を耳に当てていたソラが声を上げた。途切れ途切れに、セシリアの声が聞こえる。
「雑音が酷いです、けど。聞こえます」
 周辺に漂っていたCWが排除された事が、無線が通じるようになった理由だ。もちろん、距離が近いというのもそうだろう。篠畑の無事を聞いた少年の表情が、ほっと緩む。
『そち‥‥お2人‥‥無事‥‥すか?』
 セシリアの問いに、ソラの言葉が詰まった。知らせを聞いたら、篠畑は悲しむだろうか。ロクに言葉を交わしたことも無い少年の死を知った時には、揺れなかった心の奥のどこかがチクリと痛む。
「俺が代わります」
 無線機を取り上げて、ロジャーが冷静に状況を報告した。ヤヨイは無事、資郎はヤヨイによって死亡が確認された、と。幾度経験しようとも届かなかった悔しさは消えはしないが、心の備えはできてしまうものだ。それが慣れると言うことなのだろうか。
「私と同じくらい、だったんだよね」
 沈んだ声で、イリスがそう口にした。皆と一緒に自分にも淹れたコーヒーは、考え込む間に手の中で冷えている。白夜が見上げた頭上を、KVが追い越していく。KVの低い音に混じって、ヘリコプターの独特な風切音が聞こえてきた。無言のまま、イリスが合図の照明弾をあげる。

「怪我の方は、奥にどうぞ。中は暖かいですから、上着は脱いでも平気ですわ」
 練成治癒で体力は治っても、凍傷や骨折などが無いかは別問題だが、大きなダメージは負っていないようだ。ソフィリアは2人の状態を見て、まずは暖かくするのが一番だと判断した。暖めたポタージュをまずは2人に、続いて救出に回っていた傭兵達へと差し出す。
「‥‥ありがとう。内側から、あったまるな」
 静かに礼を言う篠畑。資郎の死を聞いた時に、見せた感情は神撫の方が大きかった。今もまだ、小さく『馬鹿野郎』と呟き続けている。その目の赤は、フラウやセシリアのような覚醒による物ではない。
「‥‥そうか。資郎が最初に‥‥か」
 サラは、僅かな時間だけ目を閉じた。ボブも、強張った顔で自分の太ももを殴りつける。2人が見せた悲しみの表情も、それだけだった。
「少し、眠らせてもらうよ。‥‥気が緩んだのかな、情け無い」
 そう言いおいて、目を閉じる。彼らに出来る事は全て尽くした。それでも、届かない事はあるのだ。それが、戦争と言う物なのだろう。