●リプレイ本文
●まずは顔合わせから
「こんばんは。今日はよろしくお願いします」
移動の疲れを感じさせぬ柔らかな仕草で、ジャンヌは会釈した。初対面の筈だが、知らない人間に会う事に慣れたもの特有の、柔らかい微笑みだ。
「は、はい。こちらこそ」
むしろ、エレンの方がぎこちない。差し出された手を握ると、思ったよりしっかりした感触だった。
「ジャンヌさん初めまして! 私の名前は阿野次のもじ。好きな桜は金さんのトーヤマ桜!」
気軽にいっちゃんってよんでね、と元気に言う、阿野次 のもじ(
ga5480)。何故『いっちゃん』だか分らずにジャンヌは首を傾げている。
「エレンさん、こんにちはっ! ジャンヌさん、はじめまして」
旧知のエレンに明るく元気に声をかけてから、柚井 ソラ(
ga0187)は少しかしこまってジャンヌに頭を下げた。
「ジャンヌさんにエレンさん、初めまして☆ 短い間だけど、よろしくお願いします♪
本格的な任務はこれが始めてという夢姫(
gb5094)は、気負いの無い笑顔を向ける。
「はじめまして、ね。あ、そうそう、そこのエレンの知り合いのシスターから、伝言を頼まれているわ」
「え、ハンナさん!? 一体何を‥‥」
慌てるエレンをチラ見して、百地・悠季(
ga8270)は含み笑いをもらした。
「私の心と祈りは、貴女と共に在ります‥‥ですって」
露骨にホッとした風のエレンに首を傾げつつも、ジャンヌは頷く。
「まだ見ぬ姉妹に、お伝えください。心よりの感謝を、と」
「‥‥噂は聞いていたけれど、会うのは初めてね」
よろしく、と声をかけたリン=アスターナ(
ga4615)の視線が、エレンのほうへ向いた。
「な、何?」
「‥‥評価に困るわね」
リンが苦笑する。去年に見たエレン扮するなんちゃってジャンヌ様は、本人を前にすると似ているとも似ていないとも言えない微妙さ加減だった。
「はじめまして! 今日はね、みゆりさんの分まで頑張ります」
「みゆりさん‥‥。アーネスト氏の別宅で護衛して下さった麓さんの事ですか?」
綺麗な黒髪の、と微笑むジャンヌに、水理 和奏(
ga1500)が嬉しそうに頷く。姉として、あるいはそれ以上に慕う女性の事を、ジャンヌは覚えていた。
「あの時は‥‥、私の我が侭の為に大勢の方にお世話をお掛けしました。そして、多くの事を学びました」
少し懐かしげに言うジャンヌの目が、ルクレツィア(
ga9000)のそれと合う。ジャンヌの笑みが少し深くなった。
「約束どおり、またお世話をお掛けします」
「‥‥はい」
ルクレツィアの微笑は、あの頃よりも少しだけ強さを増したように見える。
「――娘も、君と話したがっていたよ」
UNKNOWN(
ga4276)の言葉に首を傾げたジャンヌだったが、名を聞いて思い出せたようだ。娘と言っても義理なのだから、UNKNOWNの外見から想像できないのは仕方が無い。
「さ、まずは腹ごしらえだ。交替で、皆もどうかね?」
前日から夢姫と一緒にルート確認などをしていたUNKNOWNは、今朝は早くから厨房に入っていた。多分厨房に入る時はそれっぽい格好をしていたのだろう。が、その様子が想像できないとエレンが笑った。
「エプロンとか‥‥? それともその上からコックさんみたいな格好してたのかしら」
彼の調理スタイルはともかく、取り立てて贅沢でもないが、しっかりした朝食が机の上に並んでいる。
●作戦、開始!
「再確認しよう。我々チームの使命は教皇の孫娘を守り抜くこと! それは肉体だけでなく、精神と魂の尊厳を護ることでもあるのだ」
失敗は許されない、と椅子の上に飛び乗って檄を飛ばすのもじ。何故か服装はメイド服。今日一日、この服装で警護を務める予定である。朝食も終わり、今は出発の為の準備‥‥というか、着替えの時間だ。当然、男性2名は外に出されていたりする。
「‥‥少し、大きいですね」
ジャンヌの修道服を借りたルクレツィアが、胸に手を当てて寂しげに呟いた。どこが大きいのかは少女の名誉の為に口外はできないが。
「うん、いつかのようにエレンが替え玉するよりは似てるんじゃない?」
さらっと口を滑らすのもじに、周囲の制止は間に合う筈も無い。
「あはは‥‥、自分でもそう思うわ」
苦笑しながら、エレンがジャンヌに事情を大雑把に説明した。実の所、自分から喋るのは気恥ずかしいが秘密を抱えるのも苦手なのである。
「‥‥っていうわけで、偽者をやったんです。ごめんなさい」
「ラストホープと言う場所は、面白い所なんですね。私も、見てみたかったです」
クスクスと口元を押えて笑うジャンヌは、年相応に見えた。
「私も、支度をしますね」
と、席を立つジャンヌにのもじが召使然とついていく。シスターに使用人がいる図は構図としては不自然なのだろうが、先を行く少女から滲む育ちの良さがそれを自然に見せていた。
「どうぞ」
「ありがとうございます」
やはり椅子に乗ってから、上から被せるように服を差し出すのもじ。皺を取るをフリしつつ、こっそり敵の戦闘力を計測するのも忘れない。年相応、よりも少し発育がいいような気がしないでもなかった。
「う、裏切り者! 裏切り者!」
「えぇ!?」
そんな声に、扉の外で素早く反応するUNKNOWN。
「悲鳴が聞こえたな。止むを得ん。突入するぞ」
無駄の無い動きで扉に正対する黒衣の男の袖を、少年が掴む。
「ちょ、ちょっと待ってください! 笑い声も聞こえますよ!」
「ならば余計危険だ。笑気ガスかもしれん‥‥!」
どこまで本気なのかはともかく、UNKNOWNが強行突入を試みる前に扉は内側から開いた。
「あ、着替え終わったわよ」
●彼らの眠る場所へ
ホテルから先が、傭兵達にとって本番である。一同の表情も先ほどとは違っていた。
「‥‥車は、安全です」
どうぞ、と扉を開けるルクレツィアに頷いて、ジャンヌが車内へ。運転席ではエレンがハンドルを握っている。
「みんな、乗った? じゃ、出すわよ」
朝の一時で、彼女の緊張もほぐれたようだ。
「お茶を、用意して来ました。お菓子は‥‥無いですけど」
すまなそうに言うルクレツィアに、夢姫がにっこり笑った。
「あ、お土産のちんすこうとサーターアンダギー‥‥、良かったらどうぞ☆」
「ありがとうございます」
不思議そうに受け取ったお菓子を見るジャンヌを見て、夢姫はもう一度笑う。
「年の近い女の子が多いから、遠足みたい。‥‥なんて言ったら不謹慎かな」
ちらっと舌を出す夢姫。同乗者はルクレツィアと夢姫以外に和奏とのもじの10代少女集団だ。車内は若やいだ雰囲気に包まれている。
「あ、後で私にも1つ頂戴ね」
約1名、年甲斐の無いのが混じっているようだが。
「ふむ。ここからはルートを2番にしよう。連絡を頼む」
先行車を運転するUNKNOWNは、前日に幾つか選定したルートのうち、どれを取るかを当日その場で決める事にしていた。夢姫が聞いてきた軍の警戒状況も考慮に入れている。
「こちら先行車です。ルート2番で行きますから、着いてきてくださいね」
顔に当てた双眼鏡をそのままに、左手で通信機のスイッチを入れるソラ。ルートナンバーなどの共有は、悠季が事前に割り振っていた。経験豊富、と言うわけでもない少女の、その辺りの周到さは一体誰に学んだのだろう。
「ルート2、だそうよ」
「了解」
そんな短いやり取りの間も、後続車の悠季とリンの目は左右を油断無く見ている。急な飛び出しや不審車などは今の所は皆無だ。助手席の悠季がUPC軍服姿、運転席のリンも、普段通りのスーツにサングラス着用のクールなスタイルである。更に乗るのは無骨なジーザリオとあっては、このまま湾岸を流してもちょっかいを出してくるナンパ車はおそらく皆無だろう。
「2番です、エレンさん」
「了解よ」
ジャンヌの乗る車の連絡担当は、夢姫だった。他の3名は道中のジャンヌが寛げるように気を遣いつつ、周囲へも警戒する。その比率は、人によってまちまちなようだが全体としては大体イーブン、だったろうか。
「これは、みゆりさんと一緒の小隊の制服なんだっ」
自分の白い制服の腕の部分を、逆の手で触れながら、嬉しそうに言う和奏。
「綺麗な服ですね。お似合いです。多分、みゆりさんも」
去年の夏にはまだ無かったかもしれない制服を身に着けた話題の主を想像して、ジャンヌは微笑む。
「‥‥まだ人通りは、少ないですね」
市内を出るまで、路地などへ眼を向けていたルクレツィアがふと呟いた。以前に訪れた避難キャンプの人たちは、それぞれの家に戻れたのだろうか。
●襲撃
「どうぞ、こっちです」
ドアマンをソラが務め、替え玉役のルクレツィアが先に車から降りる。式典が始まる前に、傭兵達は手早く配置に散っていった。
「いい瞳だ。」
迷いがあれば、言葉をかけようと思っていたUNKNOWNがジャンヌの頭を軽く撫でる。一輪の花を胸元に残して、男は踵を返した。
「花さんが、お父さんと言うの、分かる気がします」
微笑んだ少女を背に、丘の南斜面下に降りて周囲を探るUNKNOWN。逆に北側の参列者席に両翼に別れて混じるのは、軍服姿の悠季とソラだ。年配の将校が多い中に入った若い2人は幾分目立つが、話は通っているのだろう。特に不審な目を向けられる事も無い。
「小さいからいい事があるの、複雑だなぁ」
などと言いながら、小柄な身体で演台の下に潜り込む和奏。ジャストフィットだ。リンと夢姫、ルクレツィアはジャンヌのすぐ傍で警護する役回りだった。
ジャンヌの短いスピーチが終わり、除幕。式典は滞りなく進む。だが、その後にもまだ危険は控えていた。現地の子供達による花束の贈呈が行われようとする。
「ありがとうねっ」
「あれ。お姉ちゃんにじゃないよぅ」
ジャンヌの前にのもじが割って入った。子供を利用する可能性を考えたのだろう。何か仕込まれていないか、彼女が花束の中を覗き込んだその時。
「‥‥どけっ!」
引率者然として控えていた男が、懐からナイフを取り出して走る。子供に紛れていけば狙撃の危険も減る、という計算だったのだろう。
「狼藉者か‥‥!」
突然の出来事に慌てる参列者達。その中で、2人だけが違う行動を取っていた。悠季とソラが目配せする。男が、演壇に足をかけた所で、演台から飛び出してきた和奏が腕を捉えた。
「な、なんだ。子供が‥‥!」
小柄とはいえ能力者の力は、一般人では振りほどけない。
「冥土48の護身技の一つ『危ないご主人様☆』の巻だわね」
スカート下から抜いた銃を、突きつけるのもじ。僥倖が続いたとしてもジャンヌの場所に辿り着くのは難しかっただろう。彼女の前に立ちはだかったリンと夢姫が、男に続く襲撃者が無いか油断無く周囲を見る。ルクレツィアはジャンヌのすぐ脇で立っていた。
「変な事、しないで下さいね」
「おとなしくしていたら、危害は加えないから」
こっそり抜け出そうとしていた2人は、悠季とソラにそれぞれ捕まっている。
「警護の応援に来たと言うのだが、事前に連絡が無かったのでね。とりあえず縛ってある」
南の崖下では、彼らが脱出用に手配していたヘリのパイロットが取り押さえられていた。
一般人の、それも素人による犯行である。速やかに騒ぎは収まり、式典は滞りなく終了した。
「グラナダで、バグアの協力者だった人達らしいわね」
取調べの様子を聞いてきたエレンがそう告げる。バグアが引き上げてしまったら、自分達がどうなるのか、と言う不安から動いた連中らしい。ジャンヌの身柄を使ってバグアに再び侵攻してくれるように、交渉するつもりだったとか。
「そうですか‥‥」
1つ頷いて、彼らの為に、と言ってから頭を垂れるジャンヌ。襲撃の後も、今も取り乱した様子も見せない少女の強さに、ソラは少し眩しさを感じていた。その強さも、初夏の欧州で培った物かもしれない。
●騒ぎの後で
帰路も気を緩める事無く警戒を続けた傭兵達だったが、襲撃者はあのアマチュア達しかいなかったようだ。
「そういえば、お誕生日おめでとう!」
自分も最近誕生日だった、と嬉しそうに言う和奏。今は遠くで会えない大事な人から、手紙で祝いの言葉を貰えたのだという。嬉しくて、でも会えないことが寂しくて。それでもやっぱり嬉しい気持ちの方が大きくて、と眼を潤ませながら和奏はジャンヌに身を寄せた。聞きながら少女の背を撫でるジャンヌに、夢姫がキラキラした眼を向ける。
「ジャンヌさんはバグアに狙われてて、しかも能力者じゃないのに‥‥。危険を顧みず、人類の平和のために活動するなんて、すごいです!」
「いえ、こうやって護って下さる皆さんがいるから、安心していられるんです」
「ジャンヌちゃん貴方は私達が護るから。いつでも呼んでね☆」
ニコッと笑うのもじの言葉に、車中の能力者たちがコクリと頷いた。
一礼してから、去っていくジャンヌを一同は見送る。その後姿は大きくも思え、そして少し頼りなくも見える。
「後で、食事でもどう?」
「そういえば、2人で祝勝会もまだしてないもの、ね」
久々の再会を祝して、と言うリンに頷くエレン。
「それじゃあ、夕方に。それまでに色々やってきちゃうわね」
微笑んで、エレンは車に乗り込んだ。そのまま、市外へ向かう車線に乗る。
式典も終わり、来賓も放送局も立ち去った慰霊碑は丘の上にポツリと寂しく立つ。任務を終えた傭兵達の何人かは、その前へ個人的に戻ってきていた。
「直ぐに壊されないと良いけどね」
夕日に赤く照らされた碑を見上げ、花束を置く悠季。少し離れて、ルクレツィアがその様子を見つめている。この場に眠る人の幾分かは、蠍座の男の手によるもの。その事実を知りつつも、あの青年に心惹かれた自分には、祈る資格などない、と生真面目な少女は思う。
「‥‥」
刻まれた名前を眺めながら、ソラは知り合いの名がここに無い事の幸せを噛み締めてる。グラナダでの戦いは、大事な人を失うかもしれないと言う恐怖を少年に教えた。誰も欠ける事無く皆が幸せにいれるように、と囁いてから、少年も碑を後にする。彼らが立ち去ってからしばらくして、エレンが1人で丘を上がってきた。
「‥‥お待たせ。余り長くは居れないけど、ね」
友達との約束があるから、と微笑み、立ったままで語りかけるエレン。碑にある名前の幾らかは知り合いで、自分が送った者もいる。独り死者を送る声は、時に湿り、時に笑いを帯びて。その隣に、不意に黒衣の影が添った。
「エレン、これで良かったかね?」
す、と肩を抱くUNKNOWNの右手が自然にエレンの顎にかかる。そのまま、覆い被さる様に顔を寄せた。
「駄・目・よ」
唇の間に、エレンの手の平。
「こんな気分の時に優しくされたら、本気になっちゃうわよ、私。‥‥フフフ、火傷じゃすまないんだから」
冗談めかして身を翻した彼女は、いつも通りに見える。ボルサリーノに手を当て、無言で深く被りなおすUNKNOWN。その口元は笑みの形を作っていた。