タイトル:【Kr】決死の起爆作戦マスター:紀藤トキ

シナリオ形態: シリーズ
難易度: 難しい
参加人数: 12 人
サポート人数: 4 人
リプレイ完成日時:
2009/12/04 03:46

●オープニング本文


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 カッシングによる命令は、防護の硬いキーロフ、カザンを避けてヴォルゴグラードへ回り欧州南部のUPCへ圧力を掛ける事だった。それを受け、ソコロフ中将は残り2艦の司令官と連絡を取る。
「‥‥我々は、ロシアの安寧と解放の為に立ったのだ。モスクワを再び取り戻す事こそ我らの悲願」
「しかし、カッシングの依頼を無碍にしては、我らの身体がどうなるか‥‥」
 姿のみ若い老人たちの会談を、エルンストは一歩下がって見つめていた。バグア・カッシングの作戦は理解している。生前のカッシングが企図していた欧州の分断がならぬ現状で、指揮下の戦力を南部へ集め、正面から蹂躙しようと言うのだろう。
「つまり、誇りを取るか未来を取るか、ですか」
 ぼそり、と囁いた一言で、議場は静まった。
「‥‥失礼。しかしながら故郷に尽くしたいという皆様の考えは理解できます。カッシング様のご命令を遵守すれば、その機会は永久に失われましょう」
 現在こそロシアの大地へ身を潜めて機会をうかがっているが、ヴォルゴグラードへ姿を現せば、UPCも座視し得まい。大軍を向けてくるは必定で、それこそがカッシングの狙いではある。
「だが、犬死させるとはあの老人も言っていない。退路は指示してあるではないか」
「ですが、ロシアに戻る事は困難でしょうね。皆様の故郷、母なるロシアへ」
 今回のカッシングの作戦案では、陸上戦艦3隻はUPC欧州軍北部の主戦力をひきつけた後にカスピへ抜け、トルコへ合流する手筈となっていた。南へ落ちた兵が再びロシアの大地を踏む困難は、戦史を紐解けば容易に理解できる。
「‥‥いいだろう。我らは我らの意思で立った。なれば、自らの意思で決めようではないか」
 ソコロフ中将の一言に、残り2名の将軍も同意を示した。その様子を、エルンストは黙って見つめている。

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 数日後、キーロフ。滑走路に並ぶ機体は、その多くが損傷していた。悲鳴のようなサイレンが鳴り、整備兵が右往左往している。
「‥‥そういえば、最初の時もこんな感じだったなぁ」
 グリーンランドにいた、篠畑がここに回ったのは挨拶の為だった。それがこんな状況だった、というのも何かの縁だろう。
「陸上戦艦だ、篠畑中尉。ソコロフ閣下がスィクトゥイフカルへ向かうと、事前に情報が入った」
 滑走路上、見慣れぬ飛行服姿のアントノフ中佐の手元に、B.Eと署名された短い電文と地図がある。朱線で記されているのは、敵の進路ということだろう。それはヴォルゴグラードではない。
「北側か。その進路上には何が?」
 言いかけてから、篠畑は言葉を切る。その更に先に、赤い線を延ばしたとしたら。
「モスクワ、か‥‥」
 衰えたりとは言え、UPCロシア軍は首都への攻勢を支えきれぬほどに弱体化してはいない。ソコロフ中将のシンパが、本国軍にまだいる可能性を考慮しなければ。
「だが、進路が事前に判明していたのでな。G4弾頭を仕掛けた。ラインホールドに使う為に用意された予備弾が2つ、手元に残っていたのだ」
 得体の知れぬ密告が正しければ、ソコロフ中将は春と同じ進路を取るだろうと中佐は踏んでいた。プイジェグダ川沿いを、西へ。その途上に仕掛けてあるのだと彼は言う。3艦のうち、ソコロフの乗艦を沈めれば、残る2隻は額面通りの脅威でしかない。少なくとも、残りの者にはモスクワを脅かすほどの作戦構想は立てられないだろう。
「しかし、その格好からするとうまく行っているようには見えん。手伝えることは、あるんだろう?」
「敵艦の電子干渉に耐え切れず、1つ目のG4の時限信管が破損したらしい。と言うことは、2つ目もそうだろう」
 こともなげに、中佐はそう答えた。絶句する篠畑に、巌のような顔で頷く。
「祖国の技術者はあらゆる事態を想定している。今回も、問題を解決する為のスイッチが存在するのだ」
 スイッチと言うのは彼流の冗談らしい。起爆装置へ直接攻撃するという意味だった。問題は、対空砲火の激しい中を降下し、それを行う役が必要な事だ。
「フレア弾じゃダメなのか?」
「確実性に欠ける。私のロジーナならば強襲降下の後変形し、それを撃つ事が可能だ」
「なるほど。‥‥それでこの状況か」
 しかし、上空にはHWが多数、誘導型の対空ミサイルも雨あられの如く飛び交う状況だ。
「多方面から一斉攻撃をかけ、敵のHWを分散させる。それでも上空に10機以上は残っているだろう。その相手を中尉達に頼みたい。私は君達の40秒後に突入する」
「‥‥達、だと?」
 振り返った篠畑は、そこに懐かしい面々を見た。

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 ソコロフの大型陸上戦艦は、密告どおりのルートで西を目指していた。
「貴官はかの老人の下へ行かねばならぬのではないのかな?」
 ソコロフの言葉に、機上のエルンストは首を振った。
「私には、皆様のような意思と言うものはありませんが‥‥。それでも、果たさねばならぬ使命があるのです」
 傭兵に託した彼の遺言の中身は知らぬ。だが、彼が命じていた言葉は青年の中にまだ生きていた。
『ロシアの始末を、君に委ねよう』
 あの老人は、確かにそういったのだから。

●参加者一覧

白鐘剣一郎(ga0184
24歳・♂・AA
鏑木 硯(ga0280
21歳・♂・PN
霞澄 セラフィエル(ga0495
17歳・♀・JG
ケイ・リヒャルト(ga0598
20歳・♀・JG
獄門・Y・グナイゼナウ(ga1166
15歳・♀・ST
如月・由梨(ga1805
21歳・♀・AA
シャロン・エイヴァリー(ga1843
23歳・♀・AA
緋沼 京夜(ga6138
33歳・♂・AA
ラシード・アル・ラハル(ga6190
19歳・♂・JG
六堂源治(ga8154
30歳・♂・AA
ヤヨイ・T・カーディル(ga8532
25歳・♀・AA
斑鳩・八雲(ga8672
19歳・♂・AA

●リプレイ本文

●集う友
「冬、か」
 肌寒さに襟を合わせつつ、斑鳩・八雲(ga8672)は思う。この空の下、敵もまた冬を感じているのだろうかと。
「モスクワを、故郷を恋しく思う気持ちは‥‥分からないではありませんが、ね」
 そう呟いた八雲に、霞澄 セラフィエル(ga0495)が目を向けた。
「こちらも佳境なようです。他地域への影響を考えても、ここで決めておきましょう」
「ああ。ココの空で戦いがあるってんなら、何時だって戻って来るッスよ」
 掌と拳を打ち鳴らし、六堂源治(ga8154)が笑う。その後から、白鐘剣一郎(ga0184)が手を上げた。
「暫くぶりになるが、また宜しく頼む」
「ああ、こちらこそな。‥‥まずは中佐の話を聞くとするか」
 頼もしい援兵達に、篠畑の頬が緩む。
「ロシアに来ると、いつも無茶言われる気がしますね」
 苦笑したヤヨイ・T・カーディル(ga8532)は、アンジェリカに乗っていた。新調か、と聞いた篠畑にヤヨイは首を振る。彼女の本来の愛機は、アンジェリカだったらしい。その方がらしい、と篠畑が笑う。

「ソコロフ閣下が敵にいる以上、こちらの動員戦力は読まれている筈だ。故に小細工は抜きで、全力で攻勢に出ている」
 手を抜けば不審に思われるだろうと中佐は言った。その後、敵にとってイレギュラーな筈の傭兵によって血路を開き、貫く。言うは簡単だが、行なうは難い。
「‥‥諸君らの出番は、15分後。私の部隊が損耗し、後退戦に入る瞬間だ」
 中佐の説明を聞いたラシード・アル・ラハル(ga6190)は唇を噛んだ。少年は、大事な物を守る為に自分の命を顧みない人達を知っている。そしていま、他人の命すら顧みない人を見ていた。
「‥‥酷い状況だな」
「必要な犠牲だ」
 篠畑と中佐の短い会話が聞こえる。ジャミングのせいで、死者の数すらここからでは判らない。頑丈が売りのロシア機とはいえ、犠牲が皆無とは思えなかった。
「‥‥京夜は。中佐の気持ち。判ったりする?」
「あのオッサンはセンチメンタリストじゃない。ただな、物事に終わりを見つけなけりゃ、先に進めない人間もいる」
 緋沼 京夜(ga6138)の見ている物は、きっとラスとは違うのだろう。救われた時から、そうだった。
「勝手に、死んだりしたら‥‥許さない」
 遠くを見ている京夜の目は、首が折れるほど見上げなければ伺うことも出来ない。間にあるものは、年の差や身長だけでは無かった。背中から押してくれる事があっても、手を引いてくれる事があっても、隣に並べた事はきっとない人の口が動く。
「死ぬ気はない。生きたいから足掻くんだ。‥‥けじめをつけられるまでな」
 けじめ。それがいつなのか、彼は言わない。それが、少年に与えられた砂時計の残りなのか。吸い終えた煙草を灰皿に押し付けて、京夜は歩いていった。フォル=アヴィン(ga6258)らとの打ち合わせに行くのだろう。
「‥‥僕は、強くなる。もっと強くなる。京夜が、置いてけない位に、なってやる‥‥!」
 聞こえた証に、京夜は振り向かずただ片手を挙げた。その様子を、八雲は思わし気に見る。自分に出来ることは何か、無いかと言うように。

 傭兵達は、中佐の立てた作戦を二点だけ変更している。一つは、波状攻撃の最終段階に傭兵の別動隊を当てる事。フォルと不知火真琴(ga7201)が突破を支援し、叢雲(ga2494)とアルヴァイム(ga5051)がやや離れた地点に降下する手筈だ。
「分散させた隙間にねじ込む錐の頭。敵にすればこここそが攻撃の橋頭堡、に見えるでしょう」
 そして、それが芽の内に叩き潰せば良い、と考える。それが彼らの狙いだった。
「閣下は慎重な方だ。確信があっても本陣を空けはするまいが‥‥、手を拱きもできまいな」
 中佐が頷く。いわば陽動の仕上げだ。危険はきわめて大きい。そして、それは最後の矢となる自分達も、だ。
「エルンスト機にHW‥‥。大丈夫、きっと巧くいくわ」
 囁いて、目を閉じる。再び開いたケイ・リヒャルト(ga0598)の目は、普段どおりの勝気さだった。
「ベア隊長‥‥。いいえ、篠畑中尉。今回も頑張りましょう」
「部下がいないからって無茶するなよ」
 ケイに続けて、くつくつ笑いながら、京夜が言う。
「ああ」
 篠畑は頷いた。今は弱気になるべき場面ではない。

「うーん‥‥対空砲火には足を止めない、G4は半径1キロと…」
 ぶつぶつと指を折るシャロン・エイヴァリー(ga1843)に微笑を向け、鏑木 硯(ga0280)は知らされた情報を思う。密告にあった『B.E』という署名。
「‥‥バラシュ・エルンスト」
「彼ですか? それも、亡き主の命に従っているのでしょうか」
 呟きを聞いた如月・由梨(ga1805)が、眉をひそめた。
「どういう理由かは知りませんけど、罠‥‥じゃなさそうですね」
 それは、理性よりも彼の感覚が告げている。決戦の決意を胸に、硯は滑走路へ歩き出した。
「ちょ、ちょっと待ってよ、硯!」
 後ろから聞こえる声に足を止めて、肩を並べて愛機へと向かう。

 ――そして、もう一つの傭兵からの提案は。
「中佐は保険として。獄門が狙撃を代行させて貰うんだよー」
 獄門・Y・グナイゼナウ(ga1166)が言った時、中佐は珍しく即答しなかった。
「何もこれは感情論では無い。軍事的な実際論だよー」
 早口に言う少女を、中年の軍人はじっと見つめる。獄門の口調が、更に早くなった。この作戦の為ではなく、これからの世界の為に。中佐のような人間はまだ死ぬべきではないと言う言葉のすぐ脇に見える、死なせたくないという本音。
「どちらが重要では無く、これは子供と大人が2人で生き延びる為の選択なんだよー」
「‥‥ヤー、フロイライン」
 一拍置いてから、中佐は綺麗なドイツ語で敬礼した。剣一郎が2人へと静かに言う。
「G4は任せる。きっちり仕留めてくれ。頼むぞ」
「無事に戻ったら皆で祝杯を上げましょう、私にお酌させて下さいね」
 そう、霞澄が微笑した。

●最後の空
 巨体から、猛烈な砲火が上がってきた。陽動に釣られたのか、陸上戦艦の上にいたHWは10機に減っている。そして、黒いディスタン。
「頼むよ、アズラーイール‥‥」
 ロックオンキャンセラーが敵の砲撃精度を落とすが、砲火の網は細かさよりも濃密さで彼らを迎えた。
「速度じゃ一歩遅れてるんだ。それを補うなら思い切りの良さしか無いッス!」
 源治がブーストで切り込むのに続いて、各機が間合いを詰める。対空砲火と誘導ミサイルの歓迎の中を縫うように飛び。
「初手で削ります。墜ちなさい!」
 由梨の掛け声。京夜と硯、それに源治がミサイルを放つ。無数の閃光が視界を覆った。
「ちったー数は減ってくれたッスかね?」
 源治の声は、希望半分。残りの間は意志が埋める。
「多弾頭の後に続くわっ。1機は‥‥確実に!」
「これでも食らってなさいっ!」
 シャロンとケイの追撃が、ふらついていた1機を微塵に変えた。残るHWは4機。
「来るぞ!」
「少し本気で行きましょうかっ」
 篠畑機に向かったHWを、ヤヨイのG放電が叩く。硯と剣一郎はHWとぶつかりそうな距離を交差して、ミサイルの照準を一時的に振り切った。その眼前を、黒い機体が塞ぐ。
「今回は最初からやる気という事か」
 油断なく、その動きを見据える剣一郎。硯が口を開いた。
「一度だけ尋ねます。教授の仇として一緒に教授だった者を討つ気はありませんか?」
『否』
 その返答を予期していたように、硯はミサイルを放つ。狙ったのは当てる事よりも動きを阻害する事。しかし、敵は微動だにせずにその攻撃を受けきった。装甲が展開し、太い砲口が姿を現す。
「くっ!」
 回避は、僅かに遅れた。八雲が牽制の放電装置を放つ間に、散開する。
「並みの攻撃は歯牙にもかけませんか‥‥。ならば、これより全て本命と思いなさい!」
 由梨が裂帛の気を吐き、引き金を引いた。練力の篭った攻撃はいずれも一撃必殺。舌打ちの声と共に、黒が動く。
「目的は‥‥何?」
「あなたは‥‥人としての彼の言葉に従っているのですね?」
 ラスと霞澄の問い。大口径砲を装甲の裏へ引き込みながら、エルンストは答えた。自分が鞍替えしたならば、バグアに与して己の意志を貫いたカッシングの業を、誰も背負う物がいなくなる、と。
『1人位あの方に殉じる者がいても良いだろう』
「本当はもう、ロシアも、あの戦艦も‥‥要らないんじゃない? 邪魔、しないで」
 少年が言う間にも、仲間達が傷を負っていた。対空砲の照準は絶え間ない移動で回避しても、誘導ミサイルを振り切るのは難しい。霞澄がもう一度、問う。
「貴方はただ戦う場所を求めている‥‥そうではありませんか?」
 慎重に正面を避け、側面から切り込む霞澄。鋼の如き黒い装甲に、抉ったような痕が刻まれた。貫通こそしないが、効いてはいる。
『私は知りたい。君たちがあの方に託されるに相応しいかを。‥‥そう、それは剣で聞こう!』
 これまで受けに回る事が多かった敵が、不意をついて突進してきた。慣性制御特有の、予備動作の見えない高加速。
「ちっくしょおッ」
「くっ、裏をかかれたか!」
 反転が間に合わない源治と剣一郎の間を抜け、ラスの眼前で空中変形する。
「ぇ」
 その眼前に、影が落ちた。
「‥‥さて、ディアブロ。カメルの直後ですが、また面倒に付き合ってもらいましょう」
 涼しげに言う八雲が、その身で一撃を受ける。
『ふ!』
 返された長剣は、それでもラス機の半ばを断った。

●忠節の行方
 少年が落ち、対空砲の精度は増したがHWはその間に全滅している。空戦と同時に対応せねばならない状況でも無ければ、致命傷を避けるのは可能だった。避けるだけならば。しかしそれでは足りない。
「京夜‥‥っ、今しかないわッ!」
 ケイが叫ぶ。
『な‥‥!?』
 エルンストが、声をあげた。HWとの交戦で被弾しているはずの5機が、陸上戦艦へ機首を向けたのだ。
「そう容易くは落とされないわよ‥‥。ロビン、もう少し!」
 揺れる機内で、シャロンは引き金を引く。相手は巨大すぎて外す方が難しい。しかし、間合いを詰めればこちらも攻撃を受けるのだ。耐弾性の低い篠畑のハヤブサが尾翼を飛ばされる。
「チッ、先に抜けるぞ‥‥!」
「くく、俺が墜ちた時はよろしく頼むわ」
 言い置いて、京夜は更に前へ。ガチン、とロックの外れる音を感じて、機体を上げる。フレア弾が敵艦上に小さな火球を作った。然したる打撃にはならないだろう、ささやかな炎。
「‥‥っく、やっぱり無理、だったかしらね‥‥」
「少し無茶だった、かな?」
 ケイとヤヨイ、それにシャロンの機体はそのまま戦場を抜ける。飛ぶというより落ちるというのが相応しい軌道だが、それでも1kmは離れたはずだ。
『その攻撃で、何ができる。無策‥‥いや』
 エルンストが首を振る。そこで終わる敵ならば、託されるはずも無い。意識するよりも早く、逆側へ眼を向けた。
『それが本命か!?』
 機首を翻しかけた敵の眼前。
「‥‥二度もやらせる訳には、いかないッス! 吼えろォッ! バイパァァァッ!」
 スタビライザーで強引に体勢を立て直した源治が、近距離から多弾頭ミサイルを放つ。爆圧に翻弄されるエルンストの視線の先を、獄門のシュテルンが矢となって走った。煙幕を撃ち込みつつ足を止め、高度を落とす。
「避けている暇は、無いんだよー!」
 キメラが進路を塞ぐのを、獄門は無視した。変形した瞬間、体当たりに機体が揺れる。が、不意にキメラの頭部が吹き飛んだ。やや後ろに降りた中佐の青いロジーナが、銃を向けている。
「周りは任せるといい。若者は、前だけ見ている事だ」
「ハハ、そうさせて‥‥、貰うんだねェー!」
 ライフルを構えた獄門の、眼が鋭くスコープの奥を睨んだ。敵艦脇の、撃ち捨てられた廃墟のような偽装の奥のソレを。

『何をするつも‥‥』
「余所見が過ぎるぞ‥‥。最大出力で王手と行こう、参る!」
 剣一郎の操る、もう一つの十翼。逆光に影となったそれに、エルンストは天使を見た。
『‥‥ここまで、か‥‥!』
 堅牢な装甲が、至近からの銃弾についに砕ける。
「これまで共に戦った人達の思いを込めて‥‥!」
 霞澄の一撃が、その隙間を撃ち抜いた。炎を上げつつ、黒い敵はまだ動く。その動きにもはや切れは無い。あるのはただ、執念のみ。
『私は‥‥、地獄であの方に、報告せねば、ならん。貴方達が、相応しかった、と‥‥!』
「ならば、これも持って行きなさい!」
 叫んだ由梨の一撃が、特徴的なディスタンの羽を叩き折る。ぐらつく敵の装甲がパックリと割れた。いや、開く。それを、硯は見ていた。
「俺は‥‥、ここで止まらない」
 静かに、言う。もっと強く。この戦いを終わらせる為に。終わらせた先の、未来の為に。ずっと隣に並ぶのが目的だった人と、一緒に進んでいく為に。
「バラシュ・エルンスト! 貴方を‥‥、越えていく!」
 せり出した大型プロトン砲を、その奥を、更に奥を、機関砲弾が抜く。強化された肉体を弾が砕く瞬間、エルンストは微かに笑った。さっきから見え続けていた天使を、目を閉じる事で拒絶する。
『私は、ここまで‥‥です。地獄から、君の戦いの行く末を、見せてもらいますよ。スズリ!』
 限界を迎えた装甲は、内側から突き上げる衝撃に砕けた。
「ここで決着をつけた事で、何か変わるのでしょうか」
 由梨が、呟く。彼女に絡んでいた縁が一つ、終わったのは確かだ。残るカッシングへの縁は、暗い眼をしたあの少女。今の自分と似た‥‥、と思いかけて頭を振る。
「ご冥福を祈ります‥‥」
 強敵の死に、霞澄はそう言葉を投げた。

 獄門の指が引き金を引く。目の前の敵艦のサイズからすれば、圧し掛かられるような威圧感を受けつつも、弾丸は狙い過たず廃墟を貫いた。その壁の奥の爆弾へと。
「観測はいらん。先に上がれ」
「獄門は、中佐と共に行くんだよー!」
 キメラがまだ蠢く中での、変形。エンジンは温まっている。彼女が上に上がる寸前に、支援射撃が不意に止んだ。
「‥‥見切り時は、理解している」
 ロジーナも飛行形態に変わっていた。二機が飛び立つ背後で、突然対空砲火が止む。殆ど足元でのG4爆弾の点火は、ソコロフに断末魔の悲鳴すら残す事を許さなかった。衝撃波が、先に避難していた各機の翼を容赦なく揺さぶる。陸上戦艦だったものはその半ばを火球に溶かされ、残りの各所で誘爆を始めていた。
「‥‥作戦完了だ。諸君の協力に感謝する」
「ああ、終わった‥‥な」
 中佐と篠畑が、言葉を交わす。そこに、別の声がかかった。
「終わったな、じゃないですよ。早く拾い上げてくださいな」
 アンジェリカの機内で、ヤヨイが手を振っている。撃墜された各機は、安全圏まで逃れていたがそれでも随分機内で振り回されたようだ。まだ動ける機体が仲間を回収する間に、中佐の部隊の被害報告が上がってくる。死者の数を聞く横顔は、堅く。しかし、冬を迎える前のロシアの空は、大地が吸った血に見合う何かを約束するように青く澄んでいた。