●オープニング本文
前回のリプレイを見る 小型陸上戦艦への爆撃作戦においては、大きな効果が確認された。多数の直撃弾による破壊力は、バグアのFFを貫いてなお、余りあるダメージを与えていたようだ。カメラを積んだ観測機が上がっていれば、より詳細な分析が可能だったやもしれないが、傭兵からの報告のみを見てもその戦果は大きいと推察される。
『敵艦は健在なれど速度は激減。艦上構造物も多くが損傷を蒙ったと認められる』
モスクワへの再度の爆撃要請に付帯した報告は、この国にしては珍しく実態に即していた。攻撃後に目撃された様子では、敵艦は尾部から太い黒煙を上げていたともいう。
『白兵攻撃による鹵獲作戦の遂行は可なりや?』
最前線で追撃準備を整えていた部隊からの通信に、モスクワのロシア本国軍本部が返したのはただ一言、『諾』であった。
「‥‥それが、先日の事だ。で、今は最悪の状況だ」
傭兵達への説明に現れたアントノフ中佐の顔色は悪い。珍しく襟章が斜めになっているあたりからしても、よほど多忙なのだろう。
「爆撃隊が与えた損傷が偽装だったという訳ではないようだな。ただ‥‥」
戦果に逸った本国軍の上層部は失念していたのだ。ロシア極東で確認された新型兵器、アグリッパ。アレによる間接照準と同等の事を、敵がしてくる可能性を。
「敵に迫った所で、僚艦からの砲撃が地平線の彼方から飛んできたらしい」
結果として、爆撃隊はミサイル攻撃により壊滅。陣地から出て追撃に向かった本国軍主力は大型プロトン砲に司令部を蒸発させられ、壊走。多くは連絡が取れない状況だと言う。
「おそらく、もう一隻の小型艦は損傷した艦の東方150kmほどの地点にまで近づいていると思われる。あと5時間もあれば、合流される位置だ」
合流する前に、傷ついた一隻に止めをさして欲しい、というのが中佐の依頼だった。
「友軍の撤退を安全な物とするためにも、だ。事、ここに至っては鹵獲などという甘い事は言えん」
自分の手元の部隊と傭兵だけでという条件付でだが、第三次攻撃作戦の許可は出たと中佐は言う。モスクワからの派遣軍は、前線司令部と主力の機甲部隊を短時間で失い、指揮系統の立て直しに汲々としていた。
「立て直すためにこそ、あのデカブツをつぶさにゃならんのだろうにな」
篠畑の言い分に、中佐は無言で頷く。
「貴官らは元々オブザーバーだが、‥‥今回は待機して貰えるほどの余裕が無い。支援を願いたい」
傭兵たちの指示で温存策をとったため、先の攻撃作戦で失われた通常戦闘機は無い。しかし、それに先立つ攻撃作戦によって、彼の指揮下のKVは3割ほどが行動不能になっていた。
「判っている。今までどおり、さ」
篠畑達が今一度、首を縦に振った。ほっとしたように、中佐の頬が僅かながら緩んだ。
「それでは、状況を説明する。まず、2隻の敵艦をイワン、グローズヌイと呼ぶことにしよう。無論、傷ついた方がただのイワンだ」
それは何かのジョークだったらしい。中佐の頬が再び綻んだが、周囲の反応を見て再び元の厳しい様子に戻る。
「イワンの防御力は極めて低下している。対空ミサイル発射機は2機を残すのみであり、主砲は3機とも沈黙。左舷を中心に対空砲も大きな損害を受け、半ば以上が機能していないようだ」
ただし、それはその艦のみの事だ。報告にもあったように、僚艦グローズヌイからの間接砲撃がそれに加わると、中佐は言う。
「主砲も射程内と思われるが、KVに脅威となるのは、誘導ミサイルのみだろう」
「グロ‥‥ええと、無事な方からはHWも飛んで来るだろうが、そいつの相手は俺と中佐の隊でやる。お前達は、イワンを潰して欲しい」
前回の様子からすれば、爆撃よりも降下して陸戦形態で直接攻撃を加えるのが妥当だろう。幸い、対空火器の多くが潰れた状況なれば、近隣への降下にもさほど危険がないと予想される。
「‥‥フェザー砲の射程外で降りるなら、100mほど。残ってる対空砲は無視して強行するなら敵艦に直接乗り付けるのも可能だろう、が‥‥」
問題は、ロシア正規軍の攻撃に備えて集結した地上部隊がいるらしいことだ。救助された生き残りの証言からすれば、少なくともゴーレムが4、タートルワームが6機と多数のキメラが確認されたと、中佐は言う。
「その前に本国軍の同志が交戦している。敵も無傷ではないだろう。それと、戦闘終盤に黒いKVが現れた、という報告がある」
現れただけで、積極的に攻撃はしていなかったようだ。現在もまだいるのかどうかも含めて、確認はできていない。
「‥‥おそらくは、ダイヤモンドリング緒戦で確認されたらしいエース機と同一の物だ。何の為に現れたのかは判らんが、気をつけてくれ」
敵の防護を潜り抜けて、傷ついた敵艦を仕留める。依頼の内容は、そういう事になる。護衛を全滅させる必要は無いが、サイズがサイズだけに、片手間では中々止めをさせないだろう。
「攻撃の方法などは、君達に任せる。篠畑中尉と我々は、グローズヌイからの増援空中部隊を忙殺する為に全力を尽くそう」
中佐は、そう言ってから敬礼し、会議室を退席した。
●リプレイ本文
●死に行く巨艦を追え
「前回、止めを刺しきれなかったのは不覚でした。今度こそ‥‥」
敵地へ向かう途上、不知火真琴(
ga7201)は心中に期する物があった。
「ええ、今回こそ仕留めておきましょう」
リゼット・ランドルフ(
ga5171)も頷く。緋沼 京夜(
ga6138)は真紅の瞳を、細めただけだった。
「ところで‥‥イワン、って、誰?」
不意に、ラシード・アル・ラハル(
ga6190)がポロッとそう漏らす。会議の後から気になっていたらしい。
「イワン・グローズヌイ――イワン雷帝とはまた、小粋なネーミングです。それとも、イワンのばか、でしょうか」
答えつつ、斑鳩・八雲(
ga8672)は微笑する。少年は随分と立ち直ってきたようだ。後を繋ぐように、アントノフ中佐が口を開く。
「‥‥イワンとは、雷帝のことでもあり、同名の皇太子の事でもある。彼らをモチーフにした絵画があってな。幼い頃、複製画を父の書斎で良く見たものだ」
戦場にあっても彼の声は普段と変わり無いが、常に無い長台詞。その理由を察して、獄門・Y・グナイゼナウ(
ga1166)は笑った。傭兵達の為に制空支援に出ているロジーナ隊は、中佐の指揮下の最精鋭なのだろう。その一角を、篠畑隊が埋めている。
「そちらはお任せしますね、頼りにしてます」
「ああ」
霞澄 セラフィエル(
ga0495)の声に、篠畑が短く答えた。
「中尉、あのコ泣かせたら許さないわよ?」
「‥‥ぐっ」
からかうようなケイ・リヒャルト(
ga0598)の軽口に、喉が詰まったような異音が回線を渡る。京夜が鳩のような笑い声を漏らした。
「オ〜ゥ、隊長も男の子ネ」
「祝辞は、後ほど述べさせて頂きますが‥‥、水臭いですね」
部下達の言葉に、わざとらしく咳払いをする篠畑。多分、帰還後に色々大変になっただろう。
「これより我々は上空警戒に入る。中尉、気をつけるようにな」
中佐がわざわざ付け足した所からすれば、死亡フラグと呼ばれる物はロシアでも知られていたらしい。サッと翼を振って、高空へ向かう軍。傭兵達はやや高度を下げつつ敵艦へ向かう。向かいながら、京夜とリゼットがブーストを点火、先陣を切った。
●強行着陸
「‥‥チッ」
上空へ差し掛かった京夜は、敵配置を見て舌打ちした。接近は感知されていたのだろう。左舷側に併走する形でゴーレム4機の姿が見える。それよりも厄介なのは亀の配置だ。
「敵艦上、障害物の陰ににTW‥‥、ですね。3つ‥‥4つ? 黒いKVの姿は無いですが」
彼の斜め後方、警戒位置にいたリゼットの目が敵の全容を掴むより早く、ミサイル接近を示す警告が鳴った。
「少し、気張らにゃ‥‥いかんからな」
殺到するミサイルの雨を、装甲と耐久に物を言わせて突っ切る京夜。その後にリゼットが続く。
「煙幕、投射します!」
空中用の煙幕と地上用では規格が違うゆえ、狙った場所に落ちるとは限らない。が、少々ずれたとしても降りる側が合わせればよい事だ。
「ミサイル‥‥!」
先陣の後からアプローチに入った霞澄が、直撃を避けるべく機首を僅かに捻る。
「嫌な気分ね。このお返しはすぐにしてあげるけど」
強気に笑うケイには、不安もすこしはあったかもしれない。着弾の衝撃で揺れるスティックを押さえ込み、ラダーペダルを蹴りつけたい衝動に抗って低速直進を保つ、僅か10秒の恐怖。接地の瞬間、正面へ小型のキメラが飛び出してきた。
「‥‥どきなさい、と言ってどきはしないわよね!」
鈍い衝撃と赤い閃光と赤い飛沫。機首を朱に染めたケイの着陸は、僚機の中で一番トラブル続きだったらしい。
「全員、無事か。‥‥それじゃあ、始めるぞ」
変形した京夜のディアブロが抜く手も見せずにリボルバーを構える。シュテルンのリゼットは、一挙動早く動き出してゴーレムの機先を制していた。
「バグアも悪夢を‥‥、見るのでしょうか」
金曜日の悪夢が、ゴーレムのシールド表面をガリガリと耳障りな音を立てて削る。
「射撃、来るわよ!」
煙幕越しに、赤いプロトン砲の火線が伸びた。照準こそお世辞にも絞られているとは言えないが、大雑把な方向が外れていないのは、まだ生きている敵艦のセンサー支援によるものか。
「煙幕を撃ちに出ます。援護よろしくですよっ」
「どうぞ!」
リゼットが近接戦で抑えているゴーレムの横を、真琴のロビンが一気に走り抜ける。抜けた先、砲身を上げた亀の見える辺りへ、煙幕を打ち込んだ。
「させません!」
煙幕の範囲外にいた亀が、霞澄の88ミリに撃ち抜かれて吹き飛ぶ。彼女に飛びかかろうとした大型キメラを、ケイの高分子レーザーが貫いた。
「こっちは任せてもらって構わないわ」
返礼の間も惜しんで、リロードする霞澄。
「脆い。いや、前に戦っていた連中が、案外頑張っていたのかもな」
敵艦上の亀を二梃拳銃の射程に収めるべく突進しながら、京夜が呟いた。
●強襲降下
プロトン砲の水平砲撃が不意に仰角を増した。艦に直接降下を試みる第三波、今回の本命達に気づいたようだ。
「皆、頼りにしてるッスよ〜」
言いながら、六堂源治(
ga8154)は愛機に風を切らせる。着陸行動に入る前、フォル=アヴィン(
ga6258)と彼が立て続けに敵艦上へと煙幕を撃ち込んだ。
「ミサイル、来ます」
ヤヨイ・T・カーディル(
ga8532)の警告に、ラスがロックオンキャンセラーを起動する。最終誘導が眼に見えて甘くなったが、数が数だけに油断は出来ない。
「2人は俺の影に。突っ切りますよ」
装甲の厚いフォルの雷電を先頭に、ラスのイビルアイズと獄門のシュテルンが続く。
「一番槍は武門の誉れー、ってねェー」
VTOL機能を活用していち早く艦上に下りる獄門。対空フェザー砲が集中するが、上空で誘導ミサイルの的になるよりはマシな状況だ。
「私達は後部よりに。叩き潰しましょう」
艦橋構造物のやや後方を目指す如月・由梨(
ga1805)のディアブロに、黒いバイパーが続く。
「敵中着陸は何回やっても緊張するッスね‥‥」
口調とは裏腹に、源治は落ち着いていた。降下シークエンスに入りながら、めぼしい開口部を見渡す。いわゆる艦橋は、見た感じでは損壊しているようだ。指揮機能は別にあるのだろう。
「さて、戦艦の弱点といえば弾薬庫か機関部、と相場は決まっていますが‥‥この艦は、どうでしょうね?」
ざっと眺める八雲の視界に、砲身をもたげる亀の姿が入った。避ける余裕は無い。
「この手の無茶は得意でしてねっ」
ヤヨイは自分達を狙う赤いプロトン砲の輝きにも、目を細めるだけで閉じはしなかった。大きな残骸や亀裂を避けて、機体を回す。ダメージに備えて身構えたが、2射目は来なかった。霞澄の狙撃が、2機目の戦果をあげたらしい。
「全員、無事ですね? それでは打ち合わせ通り‥‥」
破壊活動に入る、と言いかけた由梨が、不意に言葉を切った。
「黒いKV‥‥?」
キメラ製造プラントの残骸と思しき構造物の陰から現れたその機体を見知る者は、この場には多い。ある傭兵の愛機であったそれと、共に空を舞った経験のあるものも。
「グラナダの亡霊か‥‥」
言葉どおり、真昼の亡霊を見るように京夜が囁いた。手出しを控える傭兵達の前で、それはふわりと宙へ浮かび上がる。その動きこそが、外見を模してはいてももはや別物だと語っていた。霞澄の細い指が、通信回線をオンにする。
「天秤座の部下である貴方がなぜここに?」
返事を期待していた訳ではなかったが、言葉はすぐに返された。
『私はあの方の命でのみ動く。それは今も変わらない』
「この死に体のデカ物にはもう価値は無いはずです」
問いかけるフォルの言葉を聞きながら、八雲は首を傾げる。何故、今なのか、と。言葉に出来ぬ漠たる不安は、ヤヨイも感じていた。
「単刀直入に聞きます、何をするつもりですか?」
霞澄のその名の通りに澄んだ声に、平板な言葉が返る。
『お前達と交戦せよと言う指示は受けていない。この艦を守る指示も、だ』
それは、無用な脅威を抱え込みたくない能力者達の意図とも一致した。
「手出ししないなら楽でいい。そのまま信じるつもりは無いが‥‥」
不審な思いはそのままに、京夜は交戦を継続する。黒いKVは、それをただ上空から睥睨していた。
●艦の沈む日
「これで4つ目‥‥!」
敵艦上にいた亀は、既にその過半を失っていた。ゴーレムが、前面に出た京夜と真琴、リゼットに向かっている間に、霞澄の88mmがその威力を遺憾なく発揮した結果だ。
「M−12帯電粒子加速砲、充填完了。アグレッシブ・フォース、起動――」
装甲に入った亀裂へ、由梨が砲口を向ける。至近距離で放たれたエネルギーの奔流に、敵艦の装甲は赤熱し、飴の様に捻じ曲がって溶け落ちた。
「吼えろバイパーッ!! 装甲を撃ち貫くッス!!」
突き出した源治の機杭が内壁まで粉砕する。そのままグレネードを放り込んで、2人は機体を後退させた。先の音に数倍する激震が彼らの足元を揺らす。
「まだまだ、ですよ!」
ぽっかりと出来た空洞へ、ヤヨイが荷電粒子砲を撃ち込んだ。何層かを貫いて、一部で小爆発を起こしているのも見える。
「‥‥通路は格子ではなく、放射状ですか。ややこしそうですね」
破孔へ視線を向けた八雲が呟いた。内側の構造はKVやゴーレムの基準ではなく、人間程度の大きさの物が活動するようにできている。大まかな内部構造を見ておくことは、いずれ役に立つと彼は踏んでいた。
「ん? ここは‥‥、格納庫‥‥?」
吹き飛んだ装甲の向こうに、広大な空洞が見える。表層にある広い空間で思いつくのはそれ位しかない。仲間に注意を促そうとした瞬間、傷ついた亀がにゅっと顔を突き出した。
「‥‥っと」
微笑はそのまま、身を引く八雲を、赤く太い火線が慕う。バグアのAIが不意打ちを得意に思うほど優秀だったとしたならば、その直後にそれを後悔したやもしれない。
「ん? 隠れてた奴ッスか?」
「小賢しい‥‥」
左右から拳と爪で殴りつけられ、正面から杭を打ち込まれた亀は、一瞬で爆散した。
「あれ、まだ動いていると思う‥‥?」
表面は爆発によって黒く焼け爛れ、突起物の多くは溶け落ちたり無くなったりしていたが、それでも艦橋っぽい場所は艦中央に城の如く鎮座していた。
「目障りですし、壊しちゃいましょう」
フォルが即答して、ハンマーボールを振り下ろす。意識の半ばは攻撃に向きつつも、彼は残りの注意力を黒いKVから離してはいなかった。奇襲は受けないよう、片手は盾を保持した左腕の操作パネルの上に乗ったままだ。
「お見事。後は引き取ったー」
「これで‥‥っ」
フォルのこじあけた開口部に、獄門とラスの放ったグレネードが吸い込まれる。腹に響く爆発音と共に、衝撃波が内部を荒れ狂った。基底部分に比べて脆いのか、それとも既にガタが来ていたのか、撃ち込んだのとは別の場所から火の手が上がる。
「‥‥ふむぅ、動力炉は中心かっ。宇宙船風と言うことだねェ。興味深いよー」
獄門は、破壊された艦上構造物に露出していたエネルギーパイプの残滓から、その結論に達していた。
「キメラの数、意外と多いわね。ミンチメーカーの気分だわ」
機銃掃射で小型の群れを沈黙させたケイが言う。大中だけではなく、小型のキメラまでが死を厭わずに彼女達に絡んできていたが。
「何ていうか、考えなしですね‥‥」
うんざりしたように言う真琴の言葉どおり、無策に逐次突っ込んでくるだけの群れのみでは、脅威になろうはずもない。強行着陸を行ってから40秒で、バグア側は艦外で組織立った抵抗を行う力を喪失している。艦上の亀を撃破した後、殲滅に入った傭兵達に対して、傷ついたゴーレム4機では持ちこたえる事も難しかった。
「‥‥急ぎましょう。気が変わられたら厄介です」
頭上を一瞥して、霞澄が呟いた。艦上で破壊活動に勤しむ面々も、その意見には同感だ。巨体とはいえ、抵抗力をほぼ喪失した敵へ容赦なく攻撃を加えていく。更に2つ、巨大な破孔を作った所で、敵艦は浮遊能力を不意に失った。
「っと‥‥!?」
激しい衝撃に突き上げられて、艦上のKVがふらつく。外部からのコールが入ったのはその時だ。
「‥‥人類側の回線コード? 人が、乗っていたのね」
ヤヨイが意外そうに通信を受け入れる。聞こえてきたのは、ロシア訛りの強い英語だった。
『撃つな。我々は降伏する』
●バグアの末路
「降伏‥‥?」
その言葉を耳にした傭兵達は、驚きに目を丸くする。人類同士の交戦であれば当然の選択肢なのだが、バグア相手の戦争では意識の中に無い単語だった。そもそも、有人艦であるかどうかすら判らなかったのだが。
『そ、そうだ。私はロシア極東軍のロゴフ大佐だ。士官に相応しい待遇を要求する』
落ち着き無く左右に眼を動かしつつ、画面に映った若い男はそう名乗る。いや、若く見えるだけなのだろう。この数日、無数の元同志を死なせてきた筈の男は、憔悴した様子だった。映像には、彼以外に数名の姿が見えるが、そのいずれもがロシア陸軍の軍服を着ているのが滑稽だった。
「‥‥」
予想外の事に混乱した能力者たちが、立ち直るよりも早く。戦場を見下ろしていた影が動きを見せる。
『見苦しいな、大佐』
何故、その難敵は手出しもせずにその場にいるのか。不審に思っていた傭兵もいたが、予断を差し挟む事を彼らは避けていた。その疑問の一部はその瞬間、氷解する。
『主よりの伝言だ。一度バグアに下った者なれば‥‥』
空中に制止したままの黒い機体が、砲身を真下に向けた。砲口から漏れる禍々しい赤い光が黒を妖しく彩る。フォルが、反射的にラスと獄門の前に立ったが、照準は彼等を向いていたわけではなかった。
『バグアの名の下に、死ね』
『待て、やめ!?』
赤い輝きが艦橋を貫いた瞬間、画面に映る軍人の姿が光に溶けた。もう一撃が同じ場所を穿つ。さらに、もう一撃。正確極まりない連射は、既に傷ついていた敵艦を貫いた。
「中心軸上‥‥、あの位置にはおそらく‥‥」
八雲の懸念を証明するかのように、足下の巨艦が揺れる。それは、今までとは違う、断末魔の痙攣。
『忠告しよう。巻き込まれたくなければ、下がることだ』
言い置いてから、黒いKVは北へと機首を翻した。
「‥‥僕らも、引き上げよう‥‥」
目標は達成できた。ラスの言葉を皮切りに、傭兵達も次々と敵艦を後にする。彼らが後にしてから数度、派手に内部爆発を起こすのが見えた。
「最後は綺麗な花火になりましたか」
由梨の言葉は、何かを含みつつ。それでも、勝利と言う結果はそこにある。
「やってくれたか。迅速な処理に感謝する」
1分弱の間、HWを抑えきった中佐と篠畑の隊にも、犠牲者は出ていないらしい。今しばらく、ミサイルとHWに複合攻撃を受けていればそうはいかなかっただろうが。
――敵の僚艦は北へ進路を転じた、という報告はその後で伝えられた。ロシア西部の敵はいまだ戦力を保持しているものの、その拠点の1つを失った事となる。