タイトル:【Kr】大魚を追えマスター:紀藤トキ

シナリオ形態: シリーズ
難易度: やや難
参加人数: 12 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2009/06/26 22:35

●オープニング本文


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「ペルミ西方に展開している敵部隊は撤収の動きを見せている。我が方の勝利である」
 ロシア中部での大敗後も、この方面のバグアは陸上戦艦を中核に据えて戦線を維持してきた。が、物資も兵力も無尽蔵ではない。いずれこうなるのは判っていたと、将校は笑顔も見せずに言う。
「‥‥勇敢なる偵察部隊により、敵主力の所在も判明した」
 機械の様に抑揚の無い英語を喋る将校は、卓上の地図を2度、指揮杖で叩いた。
「この2地点に確認されたのは、過日、諸君らにより北方で確認された物よりは幾分小型の陸上戦艦である。現在、2手に分かれて北上中だ。この状況を踏まえ、作戦を執り行う」
 そのうち、キーロフからすれば手前にあたる、西側を行く艦に対して、航空兵力による一大攻撃をかけるのが、今回の依頼内容だと将校は言う。
「大型戦艦2隻はDR作戦終盤に東部へ召集され、所在は未だ不明。おそらくはこの2隻はそれとの合流を図っているのだろう。その前に可能な限り叩くのが本作戦の目的である」
 まずは、ロジーナを主力にした航空部隊で陸上戦艦を攻撃。護衛のHW部隊を消耗させるのが第一段階。
「作戦の第二段階。傭兵は、アントノフ中佐の指揮下の部隊と共に、敵の上空を制圧確保すべし」
 説明役の将校の後ろで、アントノフ中佐が会釈する。この作戦の為にだろう。中佐は彼を罷免したのと同じ面々によって、何事も無かったように元の基地航空隊の指揮へ戻されていた。
「‥‥その後の最終段階として、我々は敵、陸上戦艦に対し圧倒的かつ多大な飽和爆撃を敢行する用意がある」
 陸上戦艦への切り札が、それらしい。地上目標に対する爆撃は有効で無いことが多いのだが、今回の目標は鈍重なうえに、ラインホールドの比ではないほどに巨大だ。
「ゆえに、誘導爆弾を搭載した高速爆撃機Tu-22の部隊出撃を要請している。本日、必ずやバグア戦艦の息の根は止まるであろう」
 陣地に篭り、一ヶ月以上の日々を耐えてきた同志達も、この日を待ち望んでいたはずだ、と将校は付け足す。全体作戦会議は、それで終わりだった。

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「‥‥さっき聞いた中佐の部下って言うのは‥‥機種は主にフォックスハウンド、フランカー。実はフォックスバットもまだ配属されてる。優秀な航空機とパイロットなのだとは思うが‥‥」
 篠畑が、言葉を選ぶように視線を泳がせる。
「はっきり言って構わない。制空任務では足手まといだろう」
 中佐本人がそう淡々と告げた。本来は要撃任務につくはずの部隊編成である。KVのように、何でもこなせる航空機などと言うのは多くは無いのだ。
「Su−27の8機は、何とか随伴だけなら可能だが‥‥。Mig31の24機、25の4機は両方とも、運用は難しい」
「何か良いアイデアがあれば聞くが、俺としては全機残ってもらう方が良いと思う」
 ちなみに、中佐の指揮下にもKVはもちろんあるのだが。それ以前の波状攻撃で使われており、余力は無かった。
「実質、俺の小隊3機と、お前達が主力だ。この面々で、敵戦艦の周囲、1kmほどの空域を1分の間、クリアに出来れば勝ちだな」
 HWの護衛は、最低でも8機は残っているはずだ。陸上戦艦自体の対空砲火も激しいと想像される。篠畑や傭兵が攻撃に入れば、舞い戻ってくる護衛機もあるだろう。
「我々が、敵戦艦への直接攻撃ルートを取るまでは、バグアは我らの狙いが戦艦本体だとは思うまい」
 これまでの戦闘は、たまねぎの皮を外側から剥くようなやり方だった。それが一変して敵の中枢を刺すなどという事は、敵側にソコロフ中将がいようとも、あるいはいるからこそ想像していないはずだと、参謀部は分析している。また、その狙いをギリギリまで気づかせない為の、高速爆撃機の投入だった。Tu−22の最高速度はマッハ2に達するのだ。
「連中が到着するのは、俺達が戦艦まで1kmの地点に到達してから1分後。それまでの間に上空を確保していれば、そのウインドウ目掛けてバックファイアからの誘導爆弾がぶち込まれるはずだ。無論、何割かは陸上戦艦の対空砲や、撃ちもらしたHWに止められるだろうが‥‥」
 それでも、命中弾は期待できる。
「命中したとしてどれ程の効果があるかは、やってみないとわからないが。やる価値があると本部が判断したのであれば、従うまでだ」
 中佐はそう言って瞑目した。

●参加者一覧

霞澄 セラフィエル(ga0495
17歳・♀・JG
ケイ・リヒャルト(ga0598
20歳・♀・JG
獄門・Y・グナイゼナウ(ga1166
15歳・♀・ST
如月・由梨(ga1805
21歳・♀・AA
リゼット・ランドルフ(ga5171
19歳・♀・FT
緋沼 京夜(ga6138
33歳・♂・AA
ラシード・アル・ラハル(ga6190
19歳・♂・JG
フォル=アヴィン(ga6258
31歳・♂・AA
不知火真琴(ga7201
24歳・♀・GP
六堂源治(ga8154
30歳・♂・AA
ヤヨイ・T・カーディル(ga8532
25歳・♀・AA
斑鳩・八雲(ga8672
19歳・♂・AA

●リプレイ本文


 ロシアの空は燃えていた。多数のHWと、それに倍する正規軍による正面戦闘で沸き立つ空を、時折真紅の光条が裂く。映画ではない。彼らの前に出た部隊が観測した実データだ。
「あたりゃしない、とは言ってもな‥‥」
 篠畑が舌打ちした。注意力は割かねばならないし、回避行動を取る事でも隙ができる。
「篠畑‥‥無事に帰れたら、一緒に酒飲もうぜ。 なんてな。うひひ」
 口にしてから、緋沼 京夜(ga6138)は笑った。重傷を負ってからの京夜は、以前よりも良く笑う。
「‥‥」
 その笑い方を、ラシード・アル・ラハル(ga6190)は好きではなかった。
「ティータイムならば、嬉しいんですけど」
 英国人らしくそんな事を言うリゼット・ランドルフ(ga5171)。
「お茶でしたら、私も御一緒させて頂けますか」
 空戦明けの紅茶の誘いに何かを思い出したのか、霞澄 セラフィエル(ga0495)が懐かしげに微笑した。
「それも悪く無いわね。‥‥真琴?」
 ケイ・リヒャルト(ga0598)の声が少し怪訝そうになる。そんな話題ならばすぐに乗りそうな友人の反応が鈍い。
「ん‥‥。うちはいいや」
 ごめんね、と言ってから、不知火真琴(ga7201)は内心で自嘲する。らしくない。ラスや京夜の様子も、今日は気にする余裕がなかった。その原因に心当たりは、ある。
「‥‥仕事は、仕事。切り替えないと」

 一方、データを眺めて気を引き締める者も多い。
「対空砲火も尋常ではないでしょうけど、ここが正念場でもありますね」
 自らに言い聞かせるように言う、如月・由梨(ga1805)もその1人だった。何しろ、予定交戦域の何割かは、地面ではなく戦艦で占められている程だ。
「露払い、というよりは‥‥」
 何かを言いかけてから、斑鳩・八雲(ga8672)は苦笑した。地上待機を要請され、静かに感謝の意だけを述べたアントノフ中佐の内心を察するに、正直な感想を口にするのは少し憚られる。
「ふふふ、僕らも随分頼られたもの、としておきましょう」
「軍隊ってやつぁ、ったくー。Scheisse!」
 獄門・Y・グナイゼナウ(ga1166)が首を振る。傭兵達だけではなく、篠畑の隊や中佐まで体よく利用しようという魂胆は、15の少女にも見え透いていた。
「ヨーコはこの間ぶり。今回も頼られるだけの凄い面子が集まってるッスね」
 事情は薄々察しつつも、六堂源治(ga8154)はあえて屈託なく笑う。彼も含めた傭兵達は、頼られて然るべき戦果を僅かな間に幾つもあげてきていた。
「六堂さん、今日は宜しくお願いしますね」
 源治とロッテを組むヤヨイ・T・カーディル(ga8532)が片目を瞑り、すぐに真面目な顔をする。
「今のうちに、情報を確認しておきます」
 そう言って取り出したのは、友軍が確認していた砲の位置。進行方向の軸線に沿って対称に、横幅こそ広いが名称通りに戦艦のような配置をしているようだった。艦橋っぽい構造物の後ろに、幾つもの四角い構造物があるのが眼を引く。
「どうやら、それはキメラの生産工場らしい」
 内蔵ではなく外付けのブロック構造のようだ、と中佐がつけたした。
「本当に俺の隊は、警戒待機で構わないのか?」
 確認する篠畑に、フォル=アヴィン(ga6258)が頷く。
「下を気にしながらの戦闘ですから、前線では周囲までは見ていられません」
 空戦で把握せねばならない対象が増えれば増えるほど、咄嗟の反応が鈍るものだ。それは、AI補助を受ける能力者といえど変わらぬ事実。
「いつの間にか囲まれていた、ってのは避けたいですからね。警戒と対処、頼みます」
 了解、と帰ってくる声は3つ。1つ少ない、といつまで思えるのだろう。気づけば、頬を2本の指で撫でていた。
「頼りにしてるわ、中尉!」
 ケイが後ろ姿へそう声を投げる。篠畑は肩越しに振り返って、以前よりもしっかりと頷いた。


 目標地点上空に浮かぶ敵は、事前情報どおりの4機編隊が2つ。
「‥‥前と、違う?」
 ラスが呟く。キーロフ北方の敵は、3機を単位とする古風な編成だった。グラナダでも見慣れた編成だったから、HWのAIなら3機編成でも問題が無いのかもしれない。
「さて、行きますか」
 八雲が僚機の由梨の先に立つ。フレア弾を装備した彼女のカバーに回ろうと言う意図だ。爆装は彼女以外にももう2人いる。
「フォルが、誘爆したら‥‥僕、逃げるから」
「そうして下さい。危ないですから」
 似合わない冗談を口にした少年に、フォルはさらりと返した。
「どこまでが、対空砲の圏内なんでしょう」
 リゼットが首を捻る。可能ならば、その外でHWを片付けたいと傭兵達は考えていた。が、それと同時に足を止めては危険とも聞いている。航空機である以上直進性の強いKVで、目標地点の上で待ち構える敵と交戦する場合、その両方を満たすのは案外難しい。
「つまり、初手が大事って事だなぁ」
 京夜の声に、僚機のリゼット、そして同じ側から突入するケイと真琴も頷く。4機づつの敵に対して、傭兵達は彼ら4機と残りの8機に分かれて交戦を開始する手筈だった。

「‥‥アズライール。頼む、ね」
 ラスのイビルアイズが敵の照準装置を狂わせる。直後、各機が一斉に敵へ距離を詰めた。戦闘、開始だ。
「っ。ここまで、届きますか」
 待ち構える側の方が射程が長いとあっては、先手を取られるのは仕方が無い。突っ込んだ源治のみではなく、やや後ろに構えたヤヨイまでもプロトン砲が舐める。角度的に、同時に射線に捉えられるのはせいぜい2〜3機程度のようだが。
「ちょっと無理させるが‥‥バイパー、頑張ってくれよ‥‥!」
 最大数を目標に捉えてから、多弾頭ミサイルを撃ち放した。続いて、もう一斉射。
「‥‥念の為に、切り札はとっておくかね」
 逆側の京夜がばら撒いたのは、1セットだ。合わせて750発のミサイルがHWの編隊を蹂躙した。敵は数こそ減らしていないが、中央の2機は早くも虫の息のようだ。
「さすがに効いてるようだねェー。追い撃たせてもらうんだよー!」
 ミサイルが、HWに刺さる。回避姿勢を取った所に、更にミサイルが青白い爆発光の輪を作った。
「うーん、クルメタルの技術は世界いちー」
「まずは1つ‥‥、です」
 嬉しそうな獄門の声に、霞澄が微笑する。
「下、戦艦のプロトン砲が来ます」
 ヤヨイの警告を耳にして、2人は口元を再び引き締めた。赤い火線が幾本も立ち上がる。
「この程度なら‥‥!」
 由梨は自機を捻り、その隙間を巧みに縫っていた。と、機内に警報が鳴る。
「目玉、じゃなくって普通のミサイル‥‥?」
 即座に煙幕を投射。しかし、迫った1発は避けきれぬ、と覚悟した。爆発音が響く。
「‥‥?」
「頼りにならないかもしれませんが、ここは頼ってください」
 八雲機が、カバーに入っていた。礼を言う間も言われる間も惜しんで、2機の悪魔は報復の牙を剥く。正面にいたボロボロのHWに、ライフル弾とミサイルが止めを刺した。
「そっち‥‥」
「了解っ」
 息のあった連携のラスとフォルも、エネルギー集積砲の交差射撃でHWを文字通り粉砕している。一瞬で3機を失った左翼へ、右翼のHWは応援に向かう事が出来なかった。
「貴方達の相手はこっちよ?」
 至近距離、ケイのレーザーがHWの外装に3つの穴を開ける。その側面を取った敵機は、真琴に牽制され踏み込めない。
「落さなくても、持ちこたえれば‥‥」
 ガトリングで敵の鼻面を押さえつつ、リゼットが言った。右翼側に向いた対空砲火は、左翼ほど激しくは無い。


「2つ目‥‥!」
 88mmの光弾が、HWを貫通した。跡形も残さず爆散した敵機の上を、霞澄はフライパスする。その斜め後ろを、獄門が追随した。
「足を止めたら、ただではすまないだろうがねェ。2機編成で正解だったよー」
 網を絞るようにプロトン砲と対空ミサイルが飛ぶ。一つ所に留まれば、逃げ場などすぐに無くなりそうだ。しかし、一部のエース機を除けば、移動しながらの戦闘は負担も大きい。
「手数が、足りないわね‥‥!」
 狙点に捉えても、すぐに動かねばならないのだ。旋回し、再アプローチに向かおうとしたケイの機内で、通信が鳴った。
『敵編隊4機確認。さすがに手に余りそうだ。応援を頼む』
「っと、あたし達が近いかしら?」
 疑問には、ヤヨイが返答する。
「ですね。C班で向かってください」
 上空直衛のワームは、既に半数を割っていた。ミサイルに手こずりつつも、傭兵達は更に1機を撃墜に追い込んでいる。
「30秒‥‥、時間が無いな。おまけはもう無いかね?」
 一瞬迷ってから、京夜は虎の子の多弾頭ミサイルを増援へ撃ちこんだ。足を止められない戦場では、僅かな射撃機会に多量の戦果を見越せるこの兵器が、普段以上に効果大だ。
「曹長、頭を抑えろ。自分が腹を叩く」
「Yes、Ma’am!」
 サラとボブが1機を、もう1機は篠畑が相手をしているようだ。フリーになったHWへの間合いを、矢のようにリゼットが詰めた。
「これ以上は!」
 ミサイルで追い討ちを入れつつ、歯を食いしばる。もう1機へは、曲線機動でケイの機体が向かっていた。
「鮮やかな蝶の舞、見せてあげるわ」
 回避を志向しつつも、合間に鋭くミサイルを撃ち込む姿は、今日ばかりは蝶というよりは蜂やもしれない。
「真琴、今よッ!」
「うちのとっておき、行きますよ!」
 ケイの合図で、真琴が引き金を引いた。大口径の光弾が刺さり、HWの装甲を吹き飛ばす。


 40秒目。対空攻撃網が、ようやく狙いを絞り始めていた。やや距離を取っていたヤヨイのウーフーも、多数の誘導ミサイルに狙われては逃げ切れない。
「お先に、失礼します‥‥!」
 幸い、彼女が離脱を余儀なくされた頃には初期のHWは全滅していた。ヤヨイの管制が途切れても、ある程度は対処できそうだ。
「ごめん、僕も。最後まで‥‥は厳しい、や」
 重力レーダーへのジャミングを仕掛けていたイビルアイズも攻撃を集中され、イエローを飛び越して一気にレッドランプを点している。退がる僚機をカバーするように、6機は戦艦へと目を向けた。
「――これでやや小型、とは。敵ながら圧巻、ですね。UKで見慣れたつもりでしたが‥‥」
 八雲が呟く。再々飛んできた誘導ミサイルと副砲以外にも、小型の自走銃座のような物が多数見えた。これまではなるべく上空での交戦を避けていたが、爆撃に入るならばそうも言っていられない。
「これだけ巨大ですと、外す方が難しいですね」
 旋回する機内で、由梨が剣呑な冷笑を浮かべた。
「こちらも攻撃シークエンスに入るんだよー」
「判りました。先に突入します」
 対空砲をひきつけるように、霞澄が戦艦の側面を衝く。艦橋を視界中央に捉えてから、ロケットランチャーを撃ち放した。命中はもとより期待していない。しかし、敵にしてみれば心理的に脅威を感じたのだろう。猛烈な数の紫の砲火がアンジェリカを追う。
「十二翼、最適化の真骨頂を見せたまェー!」
 その銃座の列に、獄門のロケットランチャーが撃ち込まれた。直撃せずとも、爆風が細々した物を吹き飛ばすのが見える。
「ラインホールドのような防御力は無い、ようですね」
 ほっと息をついてから、八雲も機体を敵艦へと向けた。翼下のランチャーが鈍い反動を伝えてくるのと同時に、視界が一瞬白く染まる。由梨のフレア弾が、工場ブロックの一角を吹き飛ばしたようだ。
「虫が良すぎるかと思いましたが‥‥。防御されていなかったのでしょうか」
 これならば、誘導爆弾も効果がありそうだ、と由梨は思う。勿論当たれば、なのだが。
「KVは、対地攻撃には向かないんだが‥‥、やるだけはやっておくか」
 ロケット弾を放った源治が、着弾の確認より先に機首を引き起こす。まだ対空網が健在な方向から切り込んだフォル機が更に追加爆撃に成功していた。
「これで多少は効果があればいいけど‥‥流石に、ね」
 爆発の大きさの割りに、対空銃座のいくつかとロケットランチャーの1基が巻き込まれて消失した程度のようだ。攻撃を加えた側の6機が、その攻撃の代償に受けた損傷は少なくない。
「南無三。基地まで何とか持ってくれよー!!」
 獄門と八雲の機体は空中分解一歩手前といった様相だった。源治、霞澄、由梨とフォルの機体は余裕がまだあるが、今一度の攻撃アプローチを取るには時間が足りない。

「‥‥ちょっかい出すのには間に合いそうか?」
 HW増援の最後の1機を撃墜し、反転した京夜が呟いた。あと10秒遅ければ間に合わなかっただろう。
「ちょうど、本命の直前になると思います」
 時計を確認したリゼットが頷いた。
「ごめん。うちはちょっと付き合えそうに無いかも」
「あたしも無理、ね」
 真琴とケイは、HWとの交戦でかなりのダメージを受けている。それは篠畑の部下達も同様だった。
「俺は‥‥」
「安心しろ。俺は不死身のフラグブレイカーだ」
 篠畑が何か言う前にそう告げて、京夜はディアブロを敵艦へ向ける。他班よりもタイミングが少し遅れたが、一次攻撃で混乱している分突入は容易かもしれない。生き残りのミサイルランチャーが、2機の攻撃隊へ誘導ミサイルを放った。
「‥‥PRM起動します。これで、何とか‥‥!」
 リゼットのシュテルンが爆煙を抜け、ロケットを撃ち込む。と同時に、京夜がプラズマ弾を投射した。大きな閃光が敵艦を白く染める。
「ヒュー、たーまやー」
 機体を上昇させながら乾いた口笛を吹く京夜。


 陸上戦艦の対空砲が激しい射撃を開始する。そのいずれもが、もはやKVを向いてはいない。
「本命の到着、ね」
 ケイが呟く間に、主砲の砲口に赤い光が収束する。しかし、それが放たれるよりも早く、黒い何かが立て続けに視界を横切った。いくらかは陸上戦艦の対空砲に撃墜されたが、それでも尚、多数の爆発と赤い輝きが戦艦を覆った。
「やった、のか?」
 源治の囁き。閃光はすぐに収まり、黒い煙と炎に変わった。
「これで撃沈、とはいきませんか‥‥」
 霞澄が眉をひそめる。陸上戦艦は、まだ動いていた。しかし、その動きは以前より明らかに鈍い。煙の切れ目、主砲塔がひしゃげているのが目につく。
「俺たちに出来るのはこれまでだ。引き上げよう。‥‥旨い酒やらお茶やらを飲む為に、な」
 篠畑の言葉に、誰かがほっと息をついた。

「‥‥ロシアにも夏、来るんだね」
 ピックアップの為に降りてきたフォル機を見上げて、ラスがポツリと漏らす。日差しは、前に見上げた時よりも高かった。ヤヨイの元へは、篠畑が回っている。
「狭いが、しばらく我慢してくれ」
「‥‥もしも、お墓参りに行くなら。皆を誘ってくださいね」
 後席にもぐりこんだヤヨイがかけた一言に、篠畑は不意を衝かれた様に瞬いた。
「作戦に後悔はしていません。けど‥‥」
 悔いは有る、とヤヨイがいう。話せなかった事、できなかった事が胸に浮かぶのだろうか。
「ああ、そうだな。この作戦が終わったら、な」
 黒煙を上げる敵艦を一瞥してから、篠畑は頷いた。