タイトル:【Kr】黄金の鷲マスター:紀藤トキ

シナリオ形態: シリーズ
難易度: 普通
参加人数: 10 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2009/05/14 02:43

●オープニング本文


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 懲罰大隊、という言葉が有る。ありていに言えば、軍規に照らして何らかの問題を起こした兵の集団だ。文字通り懲罰の意味を込めて、特別に困難な任務へと送り込まれる事が多い。祖国を裏切り、バグア側へ回った師を持っていた事も、国によっては懲罰対象となるようだ。

 モスクワからのUPCロシア本国軍到着後、セルゲイ・アントノフ中佐は戦線後方の物資輸送に回されていた。それも、航空部隊の指揮官だった彼には相応しからぬ、地上軍でトラックの運転手だ。実の所、運んでいる物資自体もさほど重要でない物ばかりである。
 本国軍がキーロフ市東方に強固な戦線を構築した為、ルートの殆どが安全だ、という理由で護衛もろくについていない。前を行くジーザリオは、ロシア軍がつけた車両ではなかった。
「君達は国外の人間だ。私に付き合ってくれる必要は無いのだが」
 中佐が助手席の篠畑へ言う台詞は、もう幾度目か分らない。まるで、何かを試すかのように。
「あいつらにもそう言ったんだがなぁ」
 ジーザリオの部下達を見つつ、篠畑は肩をすくめる。先だっての作戦で失ったトラック一両、重機関銃二門についての篠畑の責を問う声も、本国軍の将校からは上がっていたらしい。ゴーレムの撃退や友軍の救助と言う戦果は、減点方式にどっぷり浸かった彼らにとって目に入らなかったようだ。
「落とされた俺達の機体の代わり、ここじゃ簡単には手に入らないようだしな」
 彼や部下たちのハヤブサもバイパーもロシア国外のメガコーポの製品だ。当然、輸送してこなければ手に入らないのだが、物資は優先的にダイヤモンドリング作戦へ回されている。
「ま、姪御さんにも、少々借りが有る。ここらで返しておかんと」
「‥‥この任務は閑職だがね。多少は便利な事が有る」
 不意に、中佐が話を逸らした。背筋を伸ばし、ハンドルを握ったままで。
「決まった場所へ荷物を届けさえすれば、道中を詮索されない、と言う事だ」
 今度の配達の帰り道は、少々寄り道しようかと思う、と呟いた中佐の表情は、やはり動きを見せてはいなかった。

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「‥‥で、詳しい話を聞いた俺としては、お前達の手を借りるべきだと思った」
 会議室で、篠畑はそう切り出す。珍しく真面目な顔のボブとサラの横で、中佐とソーニャがよく似た姿勢で腕組みをしていた。会議の最初に、『この部屋の安全は確認してある』とだけ告げて以後、中佐はだんまりを決め込んでいる。
「正直なところ、ロシア本国軍の上の方に睨まれる可能性はある」
 この国の軍隊には、どうも複雑な力関係が有るようだ。係わり合いになるのが嫌ならば、今のうちに辞退してくれ、と言う篠畑だが、それで退室するような傭兵はいなかったらしい。それを受けて、ソーニャが一歩前へ出た。
「感謝いたします。私が本来ここに来た目的は、ある研究施設の廃墟の調査。お願いしたいのは、そこに至るまでの道中の掃除、ですわね」
 バグアの襲来以後、統廃合されたロシア国内の研究施設は多い。そして、その渦中で行方不明になったデータも。その中に、メトロニウムの研究が始まったばかりの当時では、強度的に実現不能として却下された航空機の設計データがあるのだと言う。
「カプロイア伯爵に、可能ならばそれを回収して欲しいと言われたのです。プチロフ社も渋々ですがそれを事後承諾する筈ですわ。‥‥どうやって約束を取り付けたかは存じませんけれど」
 そう言って、彼女が指差した場所は、地図上で言うとキーロフの北東だった。

「北側の陸上戦艦は、DR作戦の影響もあってか東方へ下がっているらしい。以前偵察に飛んでもらったスィクトゥイフカル市も、既に解放されたようだ」
 篠畑の言葉が伝聞調なのは、その報告がモスクワ本国軍による物だからだ。とはいえ、同市の解放自体は間違いないようで、以前に途絶えていた通行も復旧しているらしい。
「今回の道中で危険なのは、そいつがばら撒いていっただろうキメラ、だな」
 西側から駆逐していってはいるものの、目的地周辺はまだ手付かずだ。もっとも、そうでなければソーニャの目論見が上手くいく筈も無い。
「以前、俺が拾ってもらった時と同じ、狼みたいなキメラが多数いると予想される。後は、虎とか熊っぽいのもいるらしい。まるで動物園だなぁ」
 首を振る篠畑自身は、今回は同行しない。筋書きとしては『これまで同行していた篠畑達が、今回は中佐に同行できない。代わりに自腹を切って傭兵を手配した』という事なのだ。

「祖国を裏切るつもりはない。が、その設計データを本国軍が手に入れた場合、表に出るまで5年は掛かるだろう」
 官僚的取引や政治圧力のタネになり、そのまま消えていく可能性すらある、と中佐は言う。
「それよりはまし、とプチロフは考えたのだろう。私も同意する」
 やはり表情は変えず、彼は腕を組みなおした。
「キメラが現れる可能性が有るのは、ルートにして150kmほど。3時間と見ておけばいいだろう。特に危険度が高いのは後半の50kmほどだ」
 中佐の指が、キーロフの東方の本国軍陣地から、北へ伸びる。道行は州境を越え、コミ共和国へ入ってすぐに止まった。
「現地での調査、回収に1時間とみる。それくらいで充分か?」
「おそらくは。行った事はありませんが、様子は多分、私がいた研究所とそれほど変わらないと思いますわ」
 重要なデータの場所や、保管方法などについては、と言うことだろう。捜索を傭兵に手伝ってもらえば、その分調査は早く済むだろうが、周辺警戒との兼ね合いが難しい。その辺りの計画も、傭兵達に任せると彼女は言った。

●参加者一覧

鏑木 硯(ga0280
21歳・♂・PN
霞澄 セラフィエル(ga0495
17歳・♀・JG
如月・由梨(ga1805
21歳・♀・AA
リゼット・ランドルフ(ga5171
19歳・♀・FT
緋沼 京夜(ga6138
33歳・♂・AA
ラシード・アル・ラハル(ga6190
19歳・♂・JG
フォル=アヴィン(ga6258
31歳・♂・AA
不知火真琴(ga7201
24歳・♀・GP
ヤヨイ・T・カーディル(ga8532
25歳・♀・AA
斑鳩・八雲(ga8672
19歳・♂・AA

●リプレイ本文

●寄り道紀行・それぞれの車内
 トラックにソーニャ、中佐と同乗した傭兵は2名。先行したジーザリオと後ろを固める同じ車に4名づつ、と数は同じ編成だった。危険のない配達任務を終え、帰路に入る。
「これから、ルートを逸れる。ついてくるのなら、右だ」
 含意のある中佐の言葉。ついてくれば厄介な事になる、その最後の一線について、口にしたのだろう。道を、右に。舗装の具合も変わらず揺れる、辺境の道。
「この間は‥‥助けてくれて、ありがと‥‥」
 ふと聞こえた後席からの声に、斑鳩・八雲(ga8672)は微笑を深くした。
「いえ。お気になさらず」
 今度は自分が助けてもらう事も有るでしょう、と続けた青年の言葉に、何故かラシード・アル・ラハル(ga6190)の表情が少し曇る。
「ベールクト、確かイヌワシでしたか。噂だけは聞いたことがありますが‥‥」
 バグアの来襲で、世界からは色々な物がなくなり、様々なものが途絶えた。それでも、その設計図のように残っていた物もある。
「ユーロファイター。本気で目指すのですね」
 八雲のそんな独言にも、ラスは気乗りしない頷きを返すだけだった。LHに来て知った飛ぶ喜びも、怖れの前に色褪せる。LHに来る前に心が擦り切れるほど味わった喪失が、また少年の足首を掴んでいた。

 運転席の不知火真琴(ga7201)は、後席の2人を時々ミラーで見ていた。機関車の如く煙を吐く緋沼 京夜(ga6138)の隣で、ラスが少し居心地悪そうにしているのも。
「あ、窓開けますかっ。天気もいいですし」
「ん? ああ」
 京夜が気のない返事を返す。
「あ、じゃあ‥‥、開ける、ね」
 手動でぐるぐると引き下げると、シベリアの空気が肌を刺す。思ったよりも暖かい。
「ん? 寒いんじゃないか?」
「いえ、春の陽気で暖かい‥‥といっても、一桁ですか。人間、慣れてしまうものですねぇ」
 穏やかに返した八雲に、生返事を返してから、煙草の灰を窓の外へ。そんな事はどうでもいいというように。繰り返す鈍痛で、痛み以外の彼の感覚はなおざりになっていた。
「‥‥寒くない、よ。全然」
 また、少年の胸が痛む。

「先は長いですし、女性同士話に花を咲かせましょうか」
 トラックの荷台で、ヤヨイ・T・カーディル(ga8532)がそう話を振った。霞澄 セラフィエル(ga0495)と2人で、一般人のソーニャを挟むように座っている。
「そうですわね。話題がすぐには思いつきませんけれど」
 ソーニャは、少し緊張しているようだった。巻き込まれたり、現地に出向いたら出くわした事はあれど、自分から荒事の場所に出て行った経験が多いわけではない。
「‥‥自分が正しいと思う事をする、というのは勇気がいることです。少なくとも、私の国では」
「なんの慰めにもなりませんが、少なくとも私は中佐や篠畑さん、ソーニャさんを支持しますよ」
 それを知っていてくれる人がいるのは心強いと、ソーニャはいつに無く真面目な表情で呟いた。
「それにしても伯爵は神出鬼没ですね。‥‥私、先日会いましたよ」
 空気を和ませようというように、ヤヨイがその時の様子を面白おかしく語る。
「忙しい人なのでしょうね。叔父がこんな事にならなければ、私ももう少し楽ができたのでしょうけれど」
 口にしてから、首を傾げるソーニャ。中佐が部隊指揮官のままだったらどうやっていただろう。空挺で突入したのだろうか。
「‥‥日本では、塞翁が馬、というのですよ?」
 また考え込みかけたソーニャの腕に、ヤヨイが軽く手を触れた。
「ともあれ、私たちはきちんと仕事を果たしましょう」
 それが一番、というように霞澄が微笑む。

 そして、後車。後ろを窺ったリゼット・ランドルフ(ga5171)が、困ったように眉を寄せた。
「まだ、ついて来ていますね」
 振り切れるかと思ったが、狼キメラの群れは木々の間をとんでもない速度で駆けながら追いすがって来る。
「仕方がない、倒しますか」
 助手席のフォル=アヴィン(ga6258)が、無線で前の同行者に停車を知らせた。
「数が多いですね。囲まれないように気をつけないと」
 制動に備えて両足に力を込めるリゼット。のんびりブレーキを踏んでいたのでは、群れに飲まれてしまうのだ。
「狼が9、ですか。この程度でしたら、私達だけで十分です」
 両手に抜き放った小太刀を構えた如月・由梨(ga1805)を先頭に、急停止した車から傭兵達が飛び出した。
「群れのリーダーは、多分あいつですね」
 木立から姿を見せた狼の中、一際大きく毛並みの白い個体をフォルが目で示す。追われている間に、目星をつけていたのだ。
「数が減るまでは、銃撃で牽制をお願いします」
 雑魚と連携を取られる事を警戒した青年の指示に、リゼットが頷いた。仲間が小物を叩く間、白い狼を煩がらせる事が出来れば勝ちだ。
「後詰は無し。これで全部のようですね」
 一歩遅れて、周囲の気配を探っていた運転手の鏑木 硯(ga0280)が刀を手に前線へ。既に2匹を血祭りにあげていた由梨へ喰らいつこうとした敵を斬って捨てる。その横を、白い影が通り抜けた。
「‥‥っ」
 銃撃に苛立ち、後ろのリゼットへ直接突っこもうとしたのだろう。しかし、矢のような突進はフォルに阻まれた。
「お願いした以上、責任は持ちますよ」
 左手のダガーで受け流しつつ、朱鳳で切りつける。既に、狼キメラは最初の半数を割っていた。すぐにリゼットも剣を抜き、掃討へ回る。交戦開始から敵の全滅まで、1分もかかってはいなかった。

●研究所にて
 その後、現地までの行程で敵と遭遇したのは、2度。1度は少数の狼のみであった為に振り切り、戦闘になったのは正面側に熊キメラがいた際のみだった。その際も、前車両の4名のみで手際よく処理している。
「‥‥ここまでは、なんとか無事につきましたわね」
 大きく息をつくソーニャ。研究所は、打ち捨てられていた年月以上に酷い状態だった。扉は打ち破られ、ガラスも数箇所で破られている。
「なかなか風情のある廃墟ですね‥‥」
 そう、ヤヨイが苦笑した。
「家屋を掃討するよう条件づけられたキメラがいたのだろう」
 野生の生き物の仕業ではない、と中佐は建物を見上げて呟く。
「中は危険かもしれません。移動の先頭は傭兵に任せてくださいね」
 研究職の血が騒ぐ事を慮ったのか、ヤヨイはソーニャに念を押していた。
「では、私が先に立ちましょう」
 瓦礫をのけたりする力仕事も場合によってはあるだろう、という八雲。
「なにが巣くってるか判りませんから、お気をつけて」
 屋内へ向かう面々を、硯が目で見送った。硯を始めとした残りのメンバーは歩哨に立つ予定だ。どちらから来るか判らない敵に対して、4方に1人づつと車の近くに2人。
「リゼットさんは、車の近くにいてください。残りの3方向を俺達で分担します」
 頷いてから、リゼットは自分達がやってきた道路側へ向かう。
「煙草、ほどほどに。あまり吸い過ぎると毒ですよ?」
 車にもたれた京夜へと、フォルが研究所へ入り掛けに声をかける。鷹揚に片手を上げつつも、京夜は煙草の火を消そうとはしなかった。
「え、と‥‥」
 ラスも何か声をかけようとしたが、京夜のほうが視線を逸らす。少年も目を落としてから、南側へと歩き出した。そんなやり取りを耳にしつつも、真琴はあえて明るく。
「車の守り、うちと一緒ですね。よろしくっ」
 京夜に声をかけてから、双眼鏡を手に周囲の見張りを始めた。

 建物の中には、予想通りキメラが住み着いていた。狭い屋内で多少苦戦しつつも、隊列前を歩く八雲と由梨は危なげなく敵を処理している。
「シルフィード、軽くて良い剣です。たまには別の武器も使ってみるものですね」
「‥‥少し物足りないくらいですが」
 敵襲は、傭兵達の予想の範囲だった。ソーニャの指示で、一同は上階の一室へと入る。
「へぇ、色んな機械がありますね」
 珍しいというよりは、古めかしい機材が並ぶ室内を見まわすフォル。ヤヨイが、机の上に紙飛行機が置かれているのに目を止めた。
「これも研究に‥‥?」
「単に、好きだったのでしょう。飛ぶ物が」
 等と言いながら、ソーニャは最奥の机に回っていた。
「コンピュータの電源、入れなくても良いのですか?」
 由梨の声に、首を振る。
「私達の間では、不測の事態に備えるのが習い性になっていますから。‥‥一番価値の有る研究データは必ず、身の回りに持ち運べる形で置いているはずですわ」
 あるいは亡命の為、あるいは政治的な取引の為。いつ、どこで拘束されるか判らない状況で、科学者は科学者なりに生き延びる為の隠し玉を持つものらしい。
「人間相手なら、それも意味があったのだろうが」
 そういってから、中佐はしばし瞑目した。
「どんな物を探せばいいのですか? 手伝いますよ」
 周りの様子を確認していた八雲が、服についた埃を払いながら言う。
「これくらいのチップです。この机の近くにあると思うのですが‥‥」
 伯爵から伝えられたのは、『設計担当者が執務机にマイクロチップを置いてきた』という事だけだ。正確な場所までは聞き出せなかったらしい。興味があったと言うヤヨイ、それにフォルも手伝いに入って、机をひっくり返しはじめた。ややあって、写真立ての裏側に貼り付けられた小さなチップが見つかる。
「‥‥ダミーではありませんね」
 さっと手元の端末に読み込ませてから、ソーニャが頷いた。
「では、長居は無用だな」
 重そうな時計に目をやる中佐。掛かった時間は、予定よりも大分短かった。

●帰路を守る者達
 研究所の外では、その短い時間に2波の襲撃を受けている。いずれも東側、車を止めている周辺だった。
「今度は虎がいます。3人だけだと厳しそう、です」
 後退しつつ、リゼットが無線へとそう告げる。
『了解、すぐに向かいます』
 トランシーバーの向こうで、硯が頷いた。南にいたラシードは返事の間も惜しむように無言で駆け出している。
「まずは1人4匹、ってとこか」
 京夜が煙草を捨ててから、車に凭れていた身を起こした。敵が突破を考えていたなら、到底防ぎきれる差ではない。が、幸いな事に、動いていない車両を狙う知能は無かったらしい。
「近づかれる前に、数を減らしましょう」
 リゼット、真琴が射撃を開始する。狼キメラがもんどりうって倒れた。ジグザグに地を蹴り、虎が迫る。
「ここは、通さんよ」
 立ちふさがった京夜が、鋭い爪と牙を受けた。が、返り血で顔を染めた虎も苦しそうな唸り声をあげる。京夜の爪が、頬をざくりと裂いていた。
「‥‥このっ」
 瞬天速で間合いを取り直し、狼キメラを振り回す真琴。リゼットは足を止め、ベルセルクを横に振るう。鋭い軌跡を描く黒剣と、流れるに靡く黒髪とが白い風景に舞い、時折赤でアクセントをつけた。飛び掛ろうとしていた別のキメラが犬のような悲鳴を上げる。
「サラーサ‥‥アルバァ‥‥ハムサ。まだ増える‥‥全部、潰す」
 ラシードが銃弾を送り込んでいた。手前の敵を撃ちつつ、後ろの新手を睨む。
「熊が後ろにいます。気をつけて!」
 叫びながら、硯が真琴の脇にと駆け込んだ。これで、前衛が4名。しかし、敵も遅れて辿りついた熊が2頭、前線に加わっていた。
「まずは1匹づつ、‥‥ですね!」
 鋭いステップで熊キメラの攻撃を回避し、その動きのまま京夜が相手取っていた虎の側面をとる真琴。追い討ちをかけようとした熊は、硯が相手に入る。
「京夜の邪魔は‥‥、させない」
 残っていた狼は、ラシードの銃弾に命を刈り取られていた。善を妨げ、悪を為すというイスラムの魔の名を持つ銃はこの日、その名に反して多くの悪を妨げている。
「追い込んでしまいましょう」
 リゼットも、虎の首筋へめがけて強烈な一撃を送り込んだ。総がかりでの攻勢に、さしもの虎キメラの足もふらついている。
「苦しませる必要も無い‥‥お休み」
 京夜が伸ばした義手は、今度は虎の顔を掴んだ。振り払われるよりも早く、内蔵された機構が作動する。勢いよく打ち出された杭がキメラの眼球を貫き、脳まで抉っていた。痙攣か、あるいは最後のあがきか。虎が頭を大きく振り、京夜を跳ね飛ばす。
「随分と、しぶといじゃないか‥‥」
 膝で立ち上がった彼の目の前で、虎キメラはとうとう脚を折った。ほっと、誰かが息をついた瞬間。
「もう1匹‥‥!」
 突進してきた2匹目の熊が、リゼットを吹き飛ばした。その勢いのまま、京夜へ突っかけようとしたが、その胸部に一矢が立つ。
「遅れました!」
 戦闘の音を聞いてかけつけた霞澄が、放った矢だった。
「後は熊だけです。電撃に注意してください」
 一度、痛い目にあった硯が言う。放電の流れ弾が車に向かう事も警戒して、キメラに対する傭兵達。熊がいかに暴れようと、既に大勢は決していた。

●語られざる任務・完了
 帰路に現れた敵は極少数で、行きほどの脅威にはならなかった。予定よりも少し早い時間で、一行は人類側の勢力圏へ戻る。検問の兵も、ことさらに遅延を咎めたてはしなかった。
「半日過ぎるような事があれば、さすがにタダではすまないが。この程度であれば、見ない振りをする方が楽なのだ。彼らも」
 日本とはまた違う本音と建前のある国だ、と日系人の多い傭兵に告げる中佐。敷地内についてから、ソーニャはこっそりと降車する。

 ――ミッション・コンプリート。
「回収したデータ、役に立ってくれるといいですね」
 ソーニャの後姿を見送り、微笑する硯。
「さて、ひと仕事終えた後の一服一服。あー、美味いな」
 背もたれに身を預けて、京夜が抑揚の無い声をあげた。