タイトル:【Kr】帰る場所をマスター:紀藤トキ

シナリオ形態: シリーズ
難易度: やや難
参加人数: 12 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2009/04/14 01:00

●オープニング本文


前回のリプレイを見る


「現在の所、把握されている状況は極めて我が方に利あらず、だ」
 アントノフ中佐は、淡々と紙の戦域図に木の模型を置いていく。キーロフ市の北側に、傭兵達が所在を確認した陸上戦艦。正規軍のその後の偵察で、南にも同規模の移動拠点が存在する事が判ったと言う。遠距離から撮影された映像を拡大、分析した結果、どうやらそれは戦闘拠点であると同時に移動工場でもあるようだった。
「南北から締め上げられては、キーロフの部隊を動かす事が出来ん。キーロフの防衛は至上命令なのだ」
 キーロフを失う事を、本部は容認しない。そう口にして、中佐は眼を閉じた。この国においては、それはあらゆる正規の命令に上回る実効力を持っている。
「その間に、敵は東の諸都市へ攻撃をかけ、戦線自体を西へ押し上げようとしている」
 ペルミが陥落したと言う報せがここにも届いていた。防衛部隊は敗走し、一部は追撃を受けているらしい。ルート上のグラゾフの状況は不明。先だって堅固なキーロフを迂回した一部の敵はヴォルゴグラードへと攻めかかっていた。
「先日、諸君が交戦した北の敵指揮官については、判明した。元赤軍中将のイワン・ソコロフ閣下だ。陸軍大学校で教鞭を執られていた事もある」
 大祖国戦争の英雄で、今は90歳を越えているはずだ。だが、電話の声は若かった、と中佐は言った。何故分ったのか、中佐は隠す素振りは見せない。
「私に、叛乱へ与するようにと直通電話が掛かったのだ。私は断ったが、佐官級で応じた者もいるだろう」
 大戦後、今日に至るまでの軍の立場に不満を持つ者は多い。中には、軍が主導権を握っていれば、国土をすぐに解放できた筈だと考えている指揮官もいるだろう。ベトナム、中東、そしてアフガニスタンに至るまでを当事者として眺めてきたソコロフは、現状よりもバグアの支配下の方がましだと考えたのやも知れない。
「バグアに隷属したとしても、軍の統制の元で連邦は速やかに復興する、と彼は言った」
 上からの統制、計画経済の時代は既に終わっている。だが、古きよき時代を夢見る老人は、異星からの侵略者と手を組んででも過去へ退行したいと願ったのだろう。
「ソコロフ閣下は、赤軍が優勢だった時代の将軍だ。引き伸ばした全戦線に同時攻勢をかけ、弱体な部分から突破を図る事を基本理論としている」
 その意識は、戦術レベルにまで及んでいると、先の2度の空中戦の経緯から中佐は分析していた。優秀な兵士よりも従順な兵士を、と願うタイプの指揮官にとって、バグアの兵器群は理想的に見えるだろう。5割を超える損耗を受けてもなお命令どおり行動し、怠惰や臆病による戦闘忌避はありえないのだから。
「既に本国へ要請は出している。モスクワからの援軍が到着するまで、持ち応えるのが私の使命だ」
 本国からの援軍が着けば自分は解任される、と中佐は無表情に付け足した。反逆者と親交があったとなれば、シベリアで木の数を数える事は無くとも、任を解かれ自宅禁固あたりであろう、と。
「先ほど話した閣下についての情報は、いずれ君達の役に立つやもしれない」
 だが、これから依頼する事には関係しない、と彼は言った。能率を重んじる軍人としてはあるまじき、無駄話だ。そう告げる一瞬だけ、眉を僅かに上げる。
「‥‥さて、依頼の話に入ろう。キーロフの東、150kmほど、グラゾフ市の手前に小さな丘陵がある。味方には、緊急時の集結地として周知されている場所だ。この地に、キーロフ防衛の為の前進拠点を構築したい」
 敗兵を収容するために、とは中佐は口にしなかった。あくまでも、キーロフ防衛の為である。そうでなければ、ならないのだ。
「拠点は安全を確保されねばならぬ。敵の脅威を排除せねば、ただの的だ。傭兵諸君には、攻勢支援を願いたい」
 追っ手の主力は、脚の早い狼型のキメラだ。普通の狼ほどのサイズが主だが、それより大きな個体も確認されている、と中佐は告げる。そして、ゴーレムが1体確認されている。警戒の様子はなく、まっすぐに拠点を目指して移動中のようだ。戦車や重火器のほとんどを捨てて退却した一般人の部隊で、ゴーレムを含む追撃部隊に対抗できるはずがないのだから、当然ともいえる。
「君達は、KVではなく生身で現地に向かい、敵の油断に乗じて攻め手のゴーレムを奇襲して欲しい。それで、時間が稼げる筈だ」
 追い返すだけでも時間稼ぎには十分だし、もしも破壊できれば、更に時間を稼ぐ事が出来る。死に瀕した兵の多くが救われるだろう。
「KVを出せぬ理由は、1つには敵の対応を遅らせるためだ」
 前線にKVを認めれば、敵は速やかに新手を送り込むだろう、と中佐は言う。KVをキーロフから出すわけには行かない『政治的』理由については、あえて語る事はしなかった。
「それから、現地には篠畑中尉が同道する」
 発言を受けて、篠畑が珍しく整った敬礼をする。先の戦いで受けた怪我は、皮肉な事に早めに脱出した彼が部下2人よりも軽かったらしい。
「ま、生身での戦いはからっきし駄目なんだが。軍人がいた方がいい場合もあるだろうさ」
 現地が混乱している中、一応の指揮権の所在を明確にするために、ということのようだ。更に言えば、彼のような部外者でなくば、今のキーロフを離れる事は難しい。
「寒空の下でどういう気分かは、幸か不幸か良くわかるつもりだ。最善を尽くそう」
 足手纏いにならん程度に、と篠畑は苦笑した。

●参加者一覧

霞澄 セラフィエル(ga0495
17歳・♀・JG
ケイ・リヒャルト(ga0598
20歳・♀・JG
獄門・Y・グナイゼナウ(ga1166
15歳・♀・ST
如月・由梨(ga1805
21歳・♀・AA
リゼット・ランドルフ(ga5171
19歳・♀・FT
空閑 ハバキ(ga5172
25歳・♂・HA
緋沼 京夜(ga6138
33歳・♂・AA
ラシード・アル・ラハル(ga6190
19歳・♂・JG
リュス・リクス・リニク(ga6209
14歳・♀・SN
不知火真琴(ga7201
24歳・♀・GP
ヤヨイ・T・カーディル(ga8532
25歳・♀・AA
斑鳩・八雲(ga8672
19歳・♂・AA

●リプレイ本文

●駐屯地
「テントは4人で1つ。健康な者が組み立て、傷ついた同志を休ませろ」
 粗末な演台の上で、男が単調に声を張り上げる。その下では、駐屯地の指揮官と篠畑が押し問答を続けていた。
「同志能力者、せめて2丁を残せないだろうか」
 ここの守りの要である重機関銃3丁。その内の2つを取り外し、別の場所へと移動したいという能力者達の提案は、理に適ってはいた。が、守備兵には、これしか縋る物はない。
「奴を止めるには必要だ。責任は俺が取る」
 壁際にうずくまったままだった兵士が、不意に目を動かした。隅で迷彩服を羽織っていた獄門・Y・グナイゼナウ(ga1166)へと。
「あの巨人と、やるのか?」
「そうだ」
 短く答えた少女に、兵士は自分が着ていたコートを差し出す。襟には星。右の袖は千切れ、胸の辺りには弾痕と黒い染みがこびり付いていた。
「これの方が、らしい」
 敗残兵は、そう言って疲れた目を閉じた。

 霞澄 セラフィエル(ga0495)の提案した迷彩ネットだったが、篠畑が現地兵に聞いた所、慣れないと展開にも収納にも時間が掛かる代物だという答えが返ってきた。
「1時間程度の偽装なら、冬季だから雪を載せるほうがましだとさ」
「‥‥私達はともかく、篠畑さんも大変ですね」
 前線に出ては足を引っ張りそうだから、と篠畑は笑う。駐屯地の兵士には、彼が張子の虎である事などわかりはしない。重機関銃の代わりと言う意味でも、篠畑が残るのは士気を維持するために必要だった。
「討ち漏らしたキメラは友軍の処理に期待するんだよー」
「ああ」
 獄門の声に短く答えて、篠畑は歩き去る。
「KVなしで‥‥一緒の、依頼は‥‥久しぶり‥‥だね。‥‥がんばって、ねー‥‥」
 元気の無い兵の間を回っていたリュス・リクス・リニク(ga6209)の挨拶に、篠畑は片手を上げて答えた。
「確り護るわよ。その為にあたし達、来たんだから! 頼りにしてるわ『中尉』」
「またお鍋でも突付ける様に、頑張りましょう」
 現地の地図を手に相談していたケイ・リヒャルト(ga0598)と不知火真琴(ga7201)も、そんな声をかける。頷きながら通り過ぎ、車両の傍へと向かった。

 緋沼 京夜(ga6138)は、残された左眼で手の中のお守りをじっと見つめていた。それを渡した空閑 ハバキ(ga5172)は、今は彼の義手に油を差している。手も眼も、篠畑の部下を守って受けた傷だ。篠畑自身は、残るような傷を受けていないと言うのに。
「‥‥今度、一発殴らせろ」
 そう言ったのは篠畑だった。京夜は小さく苦笑する。後悔と傷と、どちらが痛いのかを京夜は知っていた。トラックへ向かった篠畑の背を見送り、隣りを見ずに呟く。
「ハバキ‥‥あのさ‥‥」
「なーにー?」
 言いかけた言葉の続きは、それでも躊躇われた。言う後悔と、言わない後悔と。小さく首を振って、京夜はそれを胸に仕舞い込む事を選ぶ。ハバキの愛する人が、彼に告げずに危地へ向かっている事を。

「‥‥がんばろー‥‥」
 にぱっと笑いかけたリニクにも、薄汚れた兵士は銃を抱いたまま顔も上げない。
「これは重症ですね」
 ヤヨイ・T・カーディル(ga8532)が苦笑する。仕方がないかもしれない、とリゼット・ランドルフ(ga5171)は思った。死は、恐ろしい物だ。逃げて、逃げて、やっと辿りついた休息から今すぐ戦いに戻れというのは、酷なのかもしれない。
「ロシアも揺れていますから‥‥。あの方達の帰る場所は、守りたいですね」
 静かに言うリゼットに、ヤヨイがチラリと目を向けた。トラックへ機関銃を積み込む作業は、守備兵が手伝ってくれている。彼らは、敗残の同胞から眼をそむけていた。そうする事で、恐怖から身を守っているのかもしれない。

●準備
 ゴーレムが現れるまでの時間は、短い。
「無いよりはまし、だな」
 剛力発現で倒した木々の脇で京夜が言う。ゴーレムに先行したキメラどもも1匹、2匹と姿を見せていた。覚醒抜きで牽制しながらでは、綺麗に倒木を積む余裕などは無い。
「あと少し。本陣はこの先だから! あ、戦えそうな人は、力を貸して!」
 ハバキはキメラを覚醒抜きの弾幕で迎え撃ち、そう言う。リロードの隙は京夜とカバーし合い、足止めに専念する策だ。痛みに悲鳴を上げながら、キメラが駆け去った。
「判ってるのか? 後にはゴーレムが来ているんだぞ」
 下士官風の男が、呆れたように2人に声をかける。
「ああ。だから俺達が来た」
 短い京夜の言葉を、ハバキが補足する。説明を聞いていた男は、やはり呆れたように首を振った。
「正気じゃないな」
 そのまま、銃を手に倒木の陰に陣取ると、共に逃げていた兵士の幾人かも彼に倣う。1時間が経つ頃には、その人数は13人になっていた。作戦では、ジーザリオで京夜達がゴーレム周辺のキメラの注意を引く手筈である。
「ここは、任せていいか。俺達は出来る限り敵をひきつけて戻ってくる」
 表情も変えずに、下士官は小さく頷いた。

 同様に、右翼側に回ったヤヨイとリニクは、拠点を設営してはいなかった。兵士も幾人か救出したが、逃がす事を優先している。
「そろそろ‥‥、時間、かな」
 リニクの声に、ドライバーのヤヨイは懐中時計を一瞥してから頷いた。
「なかなか無茶な注文を付けてくれますけれど」
 2人で引きつけ、その後は自分達で殲滅せねばならない。京夜達左翼班よりも数は少ないが、その分を補う為に、トラック後部には重機関銃をすえつけていた。
「さて、地獄へのドライブと行きましょうかっ」
 エンジンをかける。3回目でようやく動き出した。ゴーレムの予想進路から少し逸れた場所へ向けて、トラックを走らせる。離れすぎては囮の役に立たず、近すぎても危険だ。飛び出てくるキメラを避けると、怒ったように追走してきた。
「狙い通り、ですね」
 ほくそえんだヤヨイの表情が、強張る。ひゅるひゅるという風切り音が聞こえたのだ。
「‥‥撃たれてる、ね?」
 ヤヨイの依頼で砲撃を監視していたリニクの短髪が、至近弾の爆風に嬲られた。
「ゴーレムが、こっちに?」
 驚愕しつつ、予定よりも早めにハンドルを切る。次の瞬間、トラックが跳ねた。舌を噛みそうな振動に、次は直撃だと理解する。
「飛び、降りよう‥‥」
 決断は間一髪。リニクが、突き飛ばすようにして運転席からヤヨイを連れ出す。トラックが派手に吹き飛んだのは、次の瞬間だった。

●人の身に出来る事
「ふふふ、まさか生身でゴーレムの相手をする日が来ようとは‥‥長生きはするものですね」
 迎撃地点にて、斑鳩・八雲(ga8672)は微笑と共に軽口を叩く。迎撃地点と言っても、何があるわけでもない。僅かに周囲より高く、その分見通しが良いだけの場所だ。東へ向けて、借り出した重機関銃が据えられている。
「‥‥今は。受けた依頼を、果たすだけ‥‥」
 重機関銃の後ろから聞こえるラシード・アル・ラハル(ga6190)の声は、どこか平板だった。兄と慕う京夜の負傷。その場に自分が居合わせたのに、それを防げなかったと言う悔恨が、少年の心を灰色に染めている。それに少し、八雲が気を取られた瞬間。
「ゴーレムが、右に回頭しました!」
 リゼットが抑えた声を上げる。それまではゆっくりと、キメラの速度に合わせて歩行していたゴーレムが走り出した。ライフル風の火砲を片手で保持し、発射する。腹の底に響くような轟音。
「‥‥っ」
 思わず誰かが息を吐く。単純に巨大な人型が目の前に居る、それだけの事から受ける圧迫感は、大きい。まして、最初は覚醒抜きで相手しないといけないのだ。
「出来れば、こっちに来て欲しいものなんだけどねぇー」
 支援の為の距離もある、と獄門が気を揉む間にも、ゴーレムは更に火砲を2発放つ。命中したのか、側方で爆発音が響いた。
「まずは、こっちに眼を向けてもらいましょうか」
 真琴が、目に付いた遠くのキメラに向けてSMGをばら撒く。距離ゆえに効果的な攻撃にはならなかったが、彼我への行動開始の合図にはなった。
「‥‥行く、よ」
 重機関銃の唸るようなモーター音と共に、大口径の弾丸が降り注ぐ。ゴーレムの頭部が、こちらを向いた。その射線を避けるようにして、八雲とケイが駆け出す。リゼットと真琴がその外側へ。敵の油断を招くために、覚醒は出来ない。10秒か、あるいは20秒か。厳しい時間になりそうだった。

 砲撃音は、如月・由梨(ga1805)達迂回班にも、ゴーレムの位置を知らせる。
「始まりましたか? 思ったよりも少し、早いですね」
 ぐぉん、というエンジン音と共に愛車に魂が宿った。ジーザリオは不整地走行はお手の物、まして運転手はLHでも屈指の腕の持ち主だ。
「右斜め前方、キメラの群れ‥‥」
 霞澄の報告に、由梨は動じない。
「ブーストで突破します。舌を噛まないように気をつけて下さい」
 攻撃開始前には、一手で間合いを詰めうる距離に移動しておかねばならない。全力で走って200m弱が、その距離だ。おそらくは正面班の牽制だろう銃撃音が、行く手からすぐに聞こえてきた。
「邪魔です‥‥」
 キメラを跳ね飛ばす感触がハンドル越しに伝わる、赤いフィールド光が見える度に、由梨は人に見せられぬような昏い微笑を浮かべた。
「左に、新手。中型もいます
 巧みなハンドル操作で回り込み、ゴーレムの背後へと。車体を捻るようにして速度を殺す。
「物量には質で対抗するのが習い、とするのは少々危険な香りがしますが‥‥。ま、やるしかありませんか」
 常の微笑は変わらずに、八雲が囁いた。と、ゴーレムの動きを観察していた青年の表情が、僅かに強張る。

 大型の移動車両を破壊したゴーレムの次の目標は、既定方針に従えばより小型の移動車両。しかし、外装に着弾した微かな衝撃が、方針の変更を促した。抵抗は、最優先で蹂躙し、士気を砕く。その為の過剰戦力なのだ。
「‥‥壊れろ」
 ラスは、照準の向こうでゴーレムが向き直るのを、遠い世界の映像のように見ていた。色の無い世界で、肩口にある丸いターレットが回り、黒い銃口が自分の方を向いてもなお、引き金を引き続ける。
「危ない‥‥!」
 八雲の腕が、少年の身体を引っこ抜いた。こちらの機銃の数倍はあろう威力の弾丸が防弾板をやすやすと貫き、機関銃を一瞬でスクラップに変える。飛び散った破片は、鈍い刃物のように周囲を裂いた。あの現場に居れば、痛いではすまなかっただろう。
「‥‥ぁ」
 傷よりも痛む後悔に狭窄していた視野が、黒を増す気がした。腕の中の小柄な少年が僅かに震えたのを感じて、八雲はその肩を軽く叩いた。
「‥‥合図の、照明弾をお願いしますね」
 ゴーレムの裏側で、迂回班が配置についている。それを視認したラスは、言われるがままに照明銃を空高く撃ち上げた。

●能力者の力
「よし、派手にやりましょうか」
「‥‥はいっ」
 真琴とリゼット。アグレッシブな2人が、覚醒する。白が薄紅に、金が黒に。ばら撒かれる銃弾に、力が篭った。ゴーレムにではなく、その周囲に居るキメラを短時間ひきつけるのが、彼女達の役目だ。
「先手、取らせて頂きます」
 ゴーレムの肩口で爆発が生じる。文字通りに一矢報いた由梨は、そのまま敵の足元へと駆けた。その突進を援護するように、霞澄のエネルギーガンがゴーレムの下半身に集弾する。
「しっかり、頼むんだよー」
 獄門の声と共に、正面から敵へ向かう仲間達のエミタが更に力を搾り出した。
「それ、邪魔なのよね‥‥」
 含み笑いを浮かべたケイが、ショットガンを撃ち込む。狙いは、ゴーレムの手にしたライフルだ。
「大きければ良いってモンじゃないわ。さ、お遊びの時間よ」
 歩兵に対して、痛打を食らう可能性は考慮していなかったのだろう。無防備な砲から火花が飛んだ。慌てたように、投げ捨てた火砲が空中で爆発する。
「避けて下さい。掃射が来ます!」
 八雲の声。後手に回っていたゴーレムが、物凄い勢いで正面機銃掃射を開始した。大口径の弾丸は身体を捕えれば、いや至近弾であったとしても普通の人間ならバラバラだろう。しかし。
「‥‥今」
 ラシードの銃弾が膝下を打ち抜いた。巻き上げられた凍土がキラキラと輝く中を、能力者達は手傷を受けながらも健在。ありえぬはずの光景に、ゴーレムのAIは瞬時混乱した。その足元へ、背後から滑り込んだ由梨が剣を振るう。一撃づつに、能力者の技が込められていた。
「そっちじゃない。こっちですよっ」
 からかうように声をかけながら、キメラを撃つ真琴。その背中を狙うキメラを、リゼットが引き受けた。互いをカバーしながら、ゴーレムへ向かおうとするキメラを足止めする。
「このまま、押し切らないと‥‥っ」
 霞澄のエネルギーガンが、足の付け根へと刺さった。巨体の左足が、ぐらつくのが見える。
「お代わりは如何? 遠慮しなくていいのよ!」
 弾丸が、剣閃が。体勢を整えぬ敵を僅かの間に打ちのめした。

 キメラは予想していなかった。横転、爆発したトラックから転がり出た手負いの獲物に、ここまで一方的に潰される事を。無造作に飛び掛った最初の数匹は、異様な速度で連射された矢を受けて血反吐を吐いている。
「さて、千客万来。選り取り見取りの殺り放題です。お前の血は何色だー! にゃははははは♪」
 弓を構えたリニクが、楽しげに笑った。気圧されたように脚を止めたキメラへ、ヤヨイが逆に間合いを詰める。及び腰で振るわれた爪を掻い潜り、銃を灰色の毛皮へ押し当てた。
「あとは蹴散らすのみっ!」
 撃ち抜かれた赤いフィールドの向こうから、鮮血が吹く。半回転するようにキメラの突進をいなし、ヤヨイはもう1匹へ。血に染まったキメラへは、リニクの矢が突き立っていた。

 左翼、陣地と言うには大雑把に過ぎる拠点へ誘導されたキメラの群れも、撃退されていた。
「一段落したらさ、3人で花見行きたいね」
「お花見か‥‥あぁ、必ず3人で行こう」
 ハバキに、そう答えてからタバコに火をつける京夜。2人が、そして協力した兵士達が東を見る。煙を吹きながら、空を飛び去るゴーレムの姿を。
「‥‥ウラーッ」
 誰かの声は、すぐに大勢の叫び声となった。
――忘れていた物を、腹の底から呼び覚ましたように。
 数日に渡り、背後に迫っていた悪魔。仲間を狩られながらも、為す術も無く逃げ続けていた敵。死の体現。それが無くなった感覚は、当事者にしか分るまい。歓びの声はすぐに、駐屯地の方角からも沸きあがった。

●生きている事の実感
「同志英‥‥者に‥‥礼を」
 号令が掻き消される様な、歓呼の声。振り絞るような人の声と地面を叩く音。
「おかえり。お疲れ様は、まだ早いかもしれんが」
 篠畑のそんな声が一同の耳に届いた。ゴーレムが戻る事は無いだろうが、逃げ去ったキメラは再び襲ってくるはずだ。
「機関銃、壊れちゃったね‥‥」
「仕方が無いさ。俺達で代わりをすればいい」
 あと半日、この地を守る為に。今、歓声で彼らを迎えた人々の為に。彼らの力はまだ必要とされていた。