タイトル:【Kr】友軍回収(空)マスター:紀藤トキ

シナリオ形態: シリーズ
難易度: 普通
参加人数: 12 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2009/03/14 02:59

●オープニング本文


前回のリプレイを見る


「この映像を見て頂きたい。諸君から提出されたカメラに捉えられていたものだ」
 アントノフ中佐は、開口一番にそう告げた。年代物のプロジェクターが映す歪んだ映像は、不鮮明ながらも何かの帯のように見えた。白い地に、茶色い線。そして、その先端に何か大きな物が見える。
「陸上戦艦、と呼称している。おそらく、全長は1kmを超えるだろう」
 そのサイズから類推するに、ヘルメットワームなどの搭載機も多数に及ぶはずだ。深入りを避けた判断は、正しかったと中佐は頷く。
「おそらくは、スィクトゥイフカル市は既に降伏している。本部に情勢を報告して方策を仰ぐつもりだ。‥‥いや、UPCロシア軍本部、だったかな。今では」
 現在の懸念は、その陸上戦艦が1隻であるかどうかだ、と中佐は言った。北部だけではなく、キーロフ市の南でもバグア軍の活動が活発になっているらしい。
「そちらにも大物がいるのか否か。それによって備えを変えねばならない。少なくとも、増援が来るまでの間は守りに徹するしか無いだろう。君達には、引き続き当基地の防衛について協力を依頼したい」
 硬い表情のままそう言葉を結んだ時、勢い良く会議室の扉が開いた。
「ヘイ、ミスター。俺達の仲間を見捨てるっていうのは本当ネ?」
 包帯も痛々しい黒人軍曹の隣で、若い女性曹長は僅かに逡巡を見せてから声を上げる。
「自分も、承服致しかねます」
 脱出時に負傷したのだろう。その腕は三角巾で吊られていた。2人を始め、基地に近い辺りまで滑空してから機体を離れた者は、救出されている。だが、あれから数時間。敵の勢力圏の中やその付近で消息を絶った仲間の中には、まだ回収されていない者もいた。中佐は口元をへの字に曲げる。
「これ以上、回収の為に危険を冒す訳には行かない。篠畑達は、その生命で我々に情報を与えてくれたのだ。それを無駄にしないことが我々の役目だろう」
 軍人とは、そうあるものだと淡々と言う中佐の表情には、やはり感情は見えない。この季節のロシアは生命には過酷な環境だ。もしも無事に脱出していたとしても、夜まで放置すれば助かる者はいなくなるだろう。ざわつく会議室の空気を黙して遣り過ごそうというように、中佐は眼を閉じた。その耳に、どすんと何か重い物を置く音が響く。
 大きなトランクを供にしたソーニャ・アントノワが、旅塵に塗れたままの格好で入り口に立っていた。
「ソーニャか。良く戻った。が、今は会議中だ。家へ‥‥」
「ええ、家に寄らずに来てよかったですわ。相変わらずですのね、叔父様は。世界は軍人の論理で回ってはいませんわよ」
 普段よりも少し早口に、女科学者は言葉を投げつける。言葉を切った時のへの字の口元は、中佐との血縁を確かに感じさせた。
「私が、皆さんを雇います。それ位のお金は頂いてきましたからご心配なく」
 どこから、誰にとか言う疑問があったとしても、その場で口にする者はいないようだ。興味がある方は着いて来てください、と言って身を翻すソーニャに、サラとボブが呆気に取られたような眼を向ける。
「‥‥傭兵の、雇い主と任務を選ぶ権利は尊重する」
 中佐は何かを言いかけたが、腕組みをしてから口にしたのはそれだけだった。

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「と、啖呵を切りましたけれど、正直なところ具体的な方法とかは思いつきません」
 苦笑するソーニャに、入室してきたサラが敬礼を向ける。
「現地の気温は夕刻に向けて低下していくはずです。急がなければならない事を考えれば、航空機による回収が最善と考えます」
 サラとボブが、というか主にサラが立てた案は、まずは現地付近まで捜索隊を送り込み徒歩にて怪我人を確保し、バグアの勢力圏から離れた何処かまで移動。その後に怪我人と捜索隊を回収するという二段階の計画だった。偵察班を送り、回収する為の2度の飛行は、片腕を折ったサラが行うという。
「この腕ではKVの操縦は難しいですが、通常機の行き帰り程度ならば出来ると思います」
「問題は、その為の飛行機‥‥ヘリコプターのほうがいいのかしら。それを借り出すことですわね」
 腕組みするソーニャ。
「最初はイイとしても、2回目は寄ってくるバグアをどうにかするのも、必要ネ。KVで追っ払わないと、危ないヨ」
 ボブが言うのもいちいち、もっともな事だ。ただし、ヘリの借用とKVの出動、そのいずれにも軍の許可がいるのは言うまでも無い。この場の責任者のアントノフ中佐を説き伏せるか、あるいは事後承諾という危険な橋を渡るか。
「あー、もう。考える方は任せるから。私は叔父様と話をつけて来ますわ」
「しかし、傭兵の方は来て頂けるでしょうか‥‥? 最悪の場合は、私達だけでも‥‥」
 彼らの幾人かとは親しく声を交わしたこともあるが、公私はまた別だろう、と表情に影を落とすサラ。ボブが肩を竦めかけてから、痛そうに顔をしかめた。
「それはもう、間違いなく来ると思いますわよ。‥‥彼らはお人好し揃いのようですからね」
 ソーニャは笑う。その笑顔は、言葉の割に優しい物だった。

●参加者一覧

鏑木 硯(ga0280
21歳・♂・PN
霞澄 セラフィエル(ga0495
17歳・♀・JG
獄門・Y・グナイゼナウ(ga1166
15歳・♀・ST
如月・由梨(ga1805
21歳・♀・AA
シャロン・エイヴァリー(ga1843
23歳・♀・AA
ノビル・ラグ(ga3704
18歳・♂・JG
リゼット・ランドルフ(ga5171
19歳・♀・FT
緋沼 京夜(ga6138
33歳・♂・AA
ラシード・アル・ラハル(ga6190
19歳・♂・JG
フォル=アヴィン(ga6258
31歳・♂・AA
斑鳩・八雲(ga8672
19歳・♂・AA
ラウラ・ブレイク(gb1395
20歳・♀・DF

●リプレイ本文

●巣を守る熊達の会話
「篠畑中尉と言うのは、どういう男なのか?」
「さぁ。私もターコイズの開発中に数度顔を合わせただけですから」
 飛び立っていく傭兵達の機影を窓外に見送りながら、ソーニャが答える。
「その程度の付き合いしかない人間の為に反抗的態度を取るのは奇妙と言わざるを得ん」
 特に、この国で生まれ育ったソーニャが旗を振るというのは意外だと中佐は真顔で呟いた。
「そうですわね」
 自分でも意外だと思いつつ、ソーニャはラウラ・ブレイク(gb1395)に言われた言葉を反芻する。久しぶりに会った米国人の女は、ソーニャの雰囲気が少し変わったと微笑していた。仲間を見捨てない事、それ自体に意義があると言った霞澄 セラフィエル(ga0495)の言葉に、戸惑いなく頷けるようになった事が、ラウラの言う変化なのだろうか。
「叔父様も、もう少し嫌な顔をすると思っていましたけれど」
「祖国の兵士と外のそれが違う事は理解している。私はこちら側の考え方を述べたに過ぎん」
 叔父を説得しようと言うソーニャに同行した面々が口にしたのは、威力偵察や攻勢防御といった作戦面の意義、士官としての篠畑や電子戦機パイロットの有用性と士気への影響など様々だったが、その内容だけならばソーニャに託せば良い話だ。自分の口で意見具申をしようとした傭兵そのものが、彼の意思決定に大きく影響したのは否めない。
「さしずめ私は、西側の映像で我々が演じているだろう憎まれ役といった所だな」
 ただ1人の血縁となった姪を前にしても、中佐の鉄面皮は変わりない。ただ、普段よりも少しばかり饒舌だった。
「憎まれ役、と言う事もないと思いますわ」
 出撃前に、獄門・Y・グナイゼナウ(ga1166)が口にしていた率直な評価を思い、ソーニャが微笑む。
「‥‥叔父様は素敵で、タイプらしいですから」
 その日、中佐が初めて見せた感情は、狼狽だった。

●北への往路
 撃墜された仲間を助けに戻るパイロット達の中には、自身も危ういところだった者もいる。
「‥‥くっそー、嫌な予感が大的中だったな。俺は何とか命拾いしたケド‥‥」
 FRのような画期的な新鋭機が出たわけではないが、あの時と似ていると思ったノビル・ラグ(ga3704)の述懐もあながち間違ってはいない。気づかぬうちに後背へ回りこまれていたという点では同様だ。
「今回は敵の懐に入るわけじゃありません。迂回戦術は取れないでしょうが‥‥」
 敵の指揮官がどのような手を打ってくるか、興味があると斑鳩・八雲(ga8672)は思っていた。敵を知ることが、戦いにおいては重要なはずだから。

「寒い、だろうな‥‥」
 眼下の景色の大半は白だ。地面の色や樹の緑がまばらに見えるのは、単に降雪が少ないがゆえ。実際の気温は中東出身のラシード・アル・ラハル(ga6190)にとって考えたくない域だろう。
「誰かが‥‥帰ってこないのは、もう、嫌だ‥‥」
 平板に囁いた少年の斜め後ろで、フォル=アヴィン(ga6258)も気遣わしげな視線を北へ向けた。救助を待っているだろう中尉とは旧知の仲で、その身も心配ではあるのだが。
「大丈夫、何とかなるよ。ラス」
 自分にと言うよりも、少年の為にそう呟く。
「遭難した中尉達に天使の羽音を聞かせてあげないとね」
 海兵上がりのラウラは、敵地でヘリの支援を待つ側になった事もあるのかもしれない。その『天使』は高速のKVに先んじて現地へ飛んでいた。12機のKVが彼らに追いつき、9機がそのまま追い越していく。
「来てくれた事に、感謝します」
 低空を行くヘリの中から頭上を仰いで、サラが呟いた。電子支援機のいない今、言葉が明瞭に伝わるのは敵の勢力圏外の今だけかもしれない。
「何だよ、俺達が篠畑達を見捨てると思ったのか?」
 傷の痛みを押し殺すように、緋沼 京夜(ga6138)は明るく笑う。右手と左目に感じる違和感が、つい数時間前に受けた怪我の代償だ。
「そこに救える命があるのならば、私は行きます。それが私が能力者として在る理由ですから」
 怪我の重い如月・由梨(ga1805)も、明らかに普段より鈍った感覚を自覚していた。戦いに臨んで感じる高揚も、普段よりは影を潜めている。
「絶対に‥‥、皆で帰って祝杯です」
 由梨の状態を気遣ってやや前方に位置を動かしつつ、霞澄がそっと微笑んだ。

「セシリア、ザンも来てくれてるのよね。これは気が抜けないわね」
 出撃前、篠畑達の撃墜で己を責めていた鏑木 硯(ga0280)を気遣うように、シャロン・エイヴァリー(ga1843)はあえて明るく言う。
「救出は王子様方に任せて、こちらも頑張らないと」
「そう‥‥、ですよね」
 冗談めかしたリゼット・ランドルフ(ga5171)の声に、硯は小さく、しかししっかりと頷いた。
「時間合わせ‥‥。今から、3分だよ」
 ラシードの声には、まだノイズが無い。しかし、見えざる境界線を越えた途端、手元のレーダーは雑音だらけになった。ACMもない現状では目視の方がまだましだ。
「来たぜ。2時の方向だ。例の様子見だな」
 ノビルの示した哨戒機は2機。前回に比べて小数だ。先の教訓を活かそうとしたのか、HWはやや距離のあるうちに機首を翻して逃げようとする。
「丁重に素早くお引取り願おうかねェー」
 離脱されれば、うっとおしい。獄門が、続いて八雲、ノビルの両機がブースト加速で一気に追いすがった。
「このッ! 落ちろ!」
 交戦に持ち込みさえすれば、鎧袖一触といった様相だ。戦闘を重視したHWではないのかもしれなかった。
「さて、これからが本番ですね」
 柔らかな表情を崩さずに八雲は北を見る。9機のKVはブレイク。3機づつの3小隊で周囲のCWを駆逐する。地表近くに滞空している蒼い立方体は、妨害電波の源を探っていけば容易に探し出す事が出来た。

●邀撃戦闘:1
 時間の余裕は2分と予想されていたが、実際にそうとは限らない。地上部隊が指示してきた回収地点は15kmよりも幾分手前で、会敵は予定よりも僅かに遅れて始まった。
「どこから来るでしょうね‥‥?」
 敵影を探して周囲を見るリゼット機を、低い太陽とは別の光が照らす。北東に1つ、続いて東側に1つ。照明弾だ。
「2ヶ所同時、ですか」
 照明弾の合図は、倍を越える敵機との遭遇を意味する。獄門の隊と京夜の隊が、少なくとも7機以上と同時に交戦を開始したという事だ。
「‥‥近い方、ユーコ達の方へ向かうわ!」
 シャロンの決断は早かった。2機の星と1機の悪魔が急旋回する。
「間に合え‥‥!」
 端正な顔を俯かせ、硯が祈るように囁いた。ブースト・オン。3本の矢は真っ直ぐに北東を目指す。

 東側では、京夜の隊が3倍の敵機を相手に激しい応酬をしていた。敵は3機づつの3小隊編成。前回と同様ならば、小隊内の連携だけでなく、小隊同士の動きまでが機械の如く精度が高いはずだ。おそらく、単機のドッグファイトならば京夜の敵ではないだろう。だが、数の差は1機や2機に意識を集中する事を許さない。隙を見せれば、残りの敵が無防備な脇を抉ってくる。
「‥‥数がそっちの武器なら、まずは‥‥!」
 多弾頭ミサイルが悪魔の力を上乗せされて、空行く兜を叩く。射程ギリギリで捕捉していた敵機も含め、全ての目標に直撃した。その爆発が収まらぬうちに、第二波が着弾する。
「1つ‥‥!」
 霞澄のアンジェリカが放った紫電が、京夜の先制攻撃で傷ついたHWを貫き、止めを刺した。もう1機はふらつきながらも霞澄に正対し、機首に紫の光を点す。
「させません!」
 横合いから、由梨のミサイルが突き立った。炎をあげて落ち行く敵機。しかし、その間にぐるりと回りこんだ敵が反撃を開始した。紫の怪光線が、四方八方から降り注ぐ。退路を絶つように飽和射撃をかけてくるのは前回同様だった。
「‥‥くっ」
 直撃こそ免れたが、プロトン砲の余波が機体へ傷をつける。強固な防御と高機動を併せ持つ精鋭のKVといえど、複数による連携で追い込まれれば無傷で切り抜ける事は困難だ。一つ一つは僅かなダメージでも、積もればタダではすまなくなる。
「すみません。撤退します‥‥!」
 怪我で動きが鈍っていた由梨が、まず後退を余儀なくされた。やや後ろで支援に徹するつもりだった彼女だが、3倍の、しかも長射程の敵との交戦では、安全地帯は無い。


●邀撃戦闘:2
 北側の戦闘は、更に激しいものになっていた。東の京夜隊のように突出したエース揃いというわけではない獄門達は、敵の進路を阻害する事に注力したのである。3倍という数を見た時点で、獄門は空中戦から足を止めての殴り合いへと思考を切り替えていた。
「まずは、正面右の敵を叩くんだよー」
 待つ側の優位を生かして、移動してきた敵へ集中攻撃を掛ける。砲火を突っ切って来た敵は、獄門達を半包囲するように展開した。高速と物理法則無視の旋回で、HWどもはあっさりと有利な射点を占める。
「何としても、ここで足止めしてみせるぜ‥‥!」
 ノビルが吼えた。降り注ぐ敵の攻撃はみるみるうちに3機の耐久力を削り取っていく。だが、ダメージゲージの増加は恐れていた程ではない。
「敵の行動は、あまり融通が利かないようですね」
 八雲が気づいたのは、敵編隊の行動に無駄が多い事だった。鈍重な獄門の雷電に攻撃するときですら、複数機で牽制を仕掛けつつ本命を放っている。自機の損傷を省みず、狙ったHWが砕けて落ちる姿だけを、獄門は睨んでいた。――次。
「真正面左を狙いたまェー。1機でも多くここで落としておくんだよー!」
 沈みかけた太陽は、大気の薄さのせいで赤くは無く、白い。
「おや。変わりました、か?」
 八雲が首を傾げる。敵の動きが、編隊で追い込む機動から単機のそれに変わった。煙を吹きながらも突っ込んできた敵に、ノビルが息を呑む。撃たれると判ったが、回避は間に合いそうも無い。
「そう何度も墜とされて堪るかよ――ッ!」
 レーザーガトリングを撃つ。プロトン砲の紫の火線とレーザーが交差した。SESエンハンサーで強化された一撃は敵機の装甲を容易に貫通する。もう一発で、敵が爆散した。これで、2機目。あと10秒、と祈るように誰かが呟く。不気味な鼻面を向けていた左翼の敵が慌てたように向きを変えるのが視界の隅に映った。
「‥‥助かったぜ」
 ホッとしたように呟いたノビルの横顔を、派手な爆発光が照らす。硯のディアブロの放った多弾頭ミサイルは、回頭中の敵の横腹を強かに打ち据えていた。
「‥‥掛かった」
 自分に注意を向けた敵機を見て、硯が笑う。
「騎兵隊、参上よ! Here we go!」
 シャロンの号令一下、2機のシュテルンが攻撃を開始した。
「隙だらけです‥‥!」
 リゼットのAAMが真っ直ぐにHWを追い、その表面に赤い爆発光を刻む。既に歪んでいた外装甲が砕けてキラキラした破片を撒き散らした。
「すみませんが、こちらはそろそろ限界です」
 ボロボロになりながらも引かなかった八雲達がブースト離脱する。置き土産にした最後の斉射で、もう1機のHWが空中で爆発した。

●邀撃戦闘:3
 中央で待つラシード達には、目視で状況を確認するしか術がない。正確には、ノイズの多いレーダーに頼るよりもそちらの方が早い。北と東とで、爆発が見える度にそれが敵であるようにと祈る。
「東側に動きが見えますね。‥‥撤退、いや突破かな?」
 フォルが僚機に注意を促した。HWの発光はFRのそれとは違い、人類側で言うブーストのような物だろう。それが5つ、蒼い空に赤の線を描き出している。が、そのうち1つは中途で砕けて消えた。京夜と霞澄は2対7の劣勢から、更にスコアを3つ伸ばしていたらしい。
「中央に何かある、って言っている様な布陣だものね」
 強攻策に出るのも理解は出来る。が、遅きに失したようだとラウラは思った。守る為に時間を稼がねばならない彼女達にとって、もとより時間は金に値する。しかし、バグアにとっても、時間は浪費するには貴重だった。数の優位に酔って各個撃破できると勘違いしたツケが、今頃になって現れている。ラシードは今一度北の様子へ目を向けた。獄門に代わったシャロン達は危なげなく敵機を押さえ込んでいるようだ。
「‥‥サラ。僕らが、護るから‥‥安心して、操縦に集中して」
 東へと機首を向けた少年のイビルアイズの眼下で、ヘリのローターが回転速度を上げだしている。
「突破させるわけには行きませんね」
 フォルがミサイルハッチを開放した。迎撃機の動きに気づいたHWが左右に散開しようとした、瞬間。
「‥‥Fire!」
 ラシードの号令が響き、フォルの雷電から多弾頭ミサイルが敵機を追って広がる。反撃に転じようとした敵の機械的な動きが僅かに乱れた。重力波レーダーへの干渉を、HWのAIが内部処理するまでの僅かなラグだ。
「出し惜しみは無しよ!」
 タイミングのずれた攻撃の隙間を縫って、ラウラが立て続けに紫電を放った。命中には定評のある放電装置の射撃は、容易に避けきれる物ではない。そして、直進から回避機動へ転じたHWの背後には、空戦スタビライザーを駆使した霞澄が追いついてきていた。
「これで、終わりです!」
 地に落ちるHWを背景に、ヘリが針葉樹林の上を斜めに上昇していく。シャロン達と交戦していた敵も、これ以上の戦闘に利がないと見たのか後退を開始した。その数は僅かに3機。哨戒機とあわせれば、実に17機が叩き落されている。一方の傭兵側は、大破機はあれど被撃墜は無しだ。
「基地で陸と空のメンバー交えて、温かいボルシチでも頂きましょうっ」
 完勝と言っていい状況に、シャロンの声が明るく響く。
「‥‥そうですね。それがいい」
 眼下を行くヘリからの返答は少し湿っていた。空戦に入る前、ヘリと地上の会話を傍受していたフォルだけがその原因を知っている。他の面々が榊原資郎兵長の戦死を知るのは、基地に戻ってからだった。