●リプレイ本文
●集う鳥達
「‥‥わ。寒い‥‥」
身を切るような寒風が、ラシード・アル・ラハル(
ga6190)の頬を赤く染めた。
「来たな、ラス」
迎えに出ていた緋沼 京夜(
ga6138)が笑う。部隊の隊長と副長と参謀とが揃って飛ぶ機会が、年末から少し増えたような気がした。
「‥‥京夜。フォルと一緒に、手伝いに、来た‥‥よ」
そう言う少年より先に降りていたフォル=アヴィン(
ga6258)は、滑走路のハヤブサを見て懐かしげに目を細める。篠畑とも、久しぶりだ。
「敵の戦力も態勢も不明。こうなると行方を絶った強行偵察隊が何に遭遇したのかが気になるな」
ジャケットと同色の手袋を嵌めなおしながら、白鐘剣一郎(
ga0184)は待機所へと雪を踏む。精悍な青年自身の顔よりも、その胸の跳ねる天馬のエンブレムの方が知られているかもしれない。
「ふむ、戦力の秘匿は戦術の常道ですが‥‥裏がありそうですね」
見られると困る物を揃えたのだろうか、と言う斑鳩・八雲(
ga8672)が、傭兵の間でも屈指のエースとして知られる自隊の長を常の微笑で出迎えた。
「バグアと戦う同志として、宜しく頼むんだよー、同志中佐」
獄門・Y・グナイゼナウ(
ga1166)へアントノフ中佐が頷きを返した。ラスにも返礼してから、中佐は重々しく言う。状況は依然として変化が無い、と。
「敵戦力も態勢も不明かー‥‥。正に『五里霧中』ってカンジだぜ」
集まっているメンバーには名だたるエースも多い。それが、かつてノビル・ラグ(
ga3704)が挑んだ欧州の偵察任務を思い起こさせる。恐怖と似た感覚が、胃の辺りに重い。
「偵察にはあまり良い思い出がありませんが‥‥」
如月・由梨(
ga1805)も、同じ欧州の戦場を思い返していた。その名も分らなかったファームライドの待つ空へ挑んだ偵察任務は、あまたの被害と引き換えに赤い悪魔の正体を白日の下へと引き出した。今回もまた、危険が待ち受けているのだろうか。
「ならばこそ、全員で帰れる様に気を引き締めて参りましょう」
2人の思う光景を知る霞澄 セラフィエル(
ga0495)は、自分に言い聞かせるようにそう微笑んだ。
「このタイミングとは‥‥運が良かったのか悪かったのか」
苦笑するヤヨイ・T・カーディル(
ga8532)だが、偵察とあれば電子戦機ウーフーの必要性は高い。もう1つの愛機の出番は、まだ先のようだ。
「この手の任務、撃墜される可能性もあるからな」
寒さへの対策は取って置いた方がいい、という京夜に篠畑達も頷く。時節柄、彼らの手元には携帯用高カロリー食も多数存在するようだった。
「確かに、寒いですね‥‥」
入れ違いになった女性からのそれをホットチョコにして啜る鏑木 硯(
ga0280)は、言うほど寒そうには見えない。むしろ熱そうだ。
「チョコなぁ。何だかもったいない気がして食べにくいんだが‥‥」
硯の様子を見ながら、ブツブツ言う篠畑。いわゆる義理とか友とかいうチョコは部下達と食べてしまったのだが、この場に居ない誰かからは個人宛にも貰っていたらしい。
「ま、この任務から帰ってきたら頂くとするか」
そんな様子に微笑んでから、リゼット・ランドルフ(
ga5171)は窓の外を見上げる。天気は晴天、北の空はどこまでも高い。胸中に不安を感じつつも、少女は決然と前を見た。
●何処か、遠くで
「お体の調子は如何ですか、将軍」
「すこぶる快調だ。彼には感謝の意を伝えてもらいたい」
古風な燕尾の青年を、軍服の男は両手を広げて迎えた。一見すれば青年と似たような年頃に見えるが、将軍と呼ばれた男の目は齢を重ねた鈍い輝きを放っている。
「敵の偵察隊がまた来ていると伺いました」
「カール12世、ナポレオン、ヒトラー、いずれも同じ過ちを母なる大地に刻んだ。その理由はご存知かな?」
再び視線を机上に戻しながら、男は言った。
「冬、ですか?」
青年の言葉に、男は一度だけ首を振る。
「それも一因ではあるがね。攻勢限界と言う概念に敗れたのだよ、彼らは」
男が見下ろす地図上を、赤い光点が進んでいた。その数は正確に16機表示されている。手探りで進んでいる者と、迎え撃つ者の情報格差だ。
「見たまえ、見事な編隊だ。邀撃に当たった4機は20秒で全滅させられた。それも、前衛の8機のみによってだ」
4機づつの編隊が2組前に立ち、後方数百mの支援位置にもう1隊。最後の隊はそれよりは距離をとって追随しているが、戦域図の縮尺で見ればさほどの差ではない。
「おお、よほど自信があるのか、退路確保もせずに進んで来おる。真っ直ぐに、な」
クックッ、と喉の奥を鳴らす瞬間だけ、男の実年齢が透けて見えた。地図上では、敵の視界の外側を迂回して背後へと展開する部隊が移動中だ。包囲が完成すれば、敵は仮借ない攻撃の中を撤退する事になる。
「‥‥機体編成がバラバラですね。傭兵、ですか」
将軍の言葉を聞いていた青年が、ふと言葉を漏らした。
「とすると、そううまくはいかないかもしれませんよ。将軍」
彼らは、手ごわい。そう続けた青年に、男は片眉を上げる。
●敵中深くへ
敵の勢力圏に入ってすぐに、後方との連絡は途絶した。おそらくはCWがバラバラに配置されているのだろう。見つけ次第に始末しようとしていた由梨だったが、相手の場所が進路近くに無いのでは仕方が無い。散開して探し出す行動計画には、なっていなかった。
「妨害の濃さも、情報だからな」
各機で記録しておこう、と言う京夜の声は2機の電子戦機のお陰でクリアだ。しかし、敵のジャミング下では電子的に優勢を保持できるのはせいぜいが周囲5km。21世紀に入って久しい今、最高のセンサーはMk1 Eyeballに逆戻りしている。
「ここまで、何もなし‥‥ですか。物足りないとまでは言いませんが」
偵察隊が全滅したという仕掛けを、由梨は警戒していた。同じ懸念を、全隊が共有していたと言ってもいい。
「森にも気配は無いですね‥‥」
「こちらも、敵は見えません」
低高度から地上を観測した硯も、彼の上をカバーしていたリゼットも、まだ怪しい物は見つけられなかった。
「あの時と、嫌になる位似ていやがる‥‥。」
色の異なる目を細くして、ノビルが奥歯を噛み締める。
「中佐の話どおり敵がロシアの軍人となると、地の利は敵にあり、でしょうねぇ」
のんびりと言うB小隊の八雲だが、周囲から迫る気配に注意を向けていた。僚機の剣一郎を視界の端に収めつつ、人の和は自分達にあるはずだと呟く八雲。しかし、天の時はいずれに味方するのだろうか。
「おかしいですね。‥‥順調すぎます」
霞澄の今までの経験が、警鐘を鳴らしている。おそらく、ペア機の京夜もそうなのだろう。敵中へ入って数分経ち、会話は途絶えがちになっていた。そろそろ、第一目標の50kmラインに近いはずだが、最初の迎撃機以後、敵の姿は見えていない。視界の彼方には、遠くかすんだスィクトゥイフカル市が望見できる。
「奇妙ですよね‥‥」
要の位置にあるC小隊では、ヤヨイも霞澄と同じ様な嫌な感覚を覚えていた。事前に決めた撤退ラインは損傷による物と燃料による物だが、いずれもさほど減少していない。まだ交戦らしい交戦を経ていないのだから、当然なのだが。
『こちら、B−1、如月です。左下方、何か光りました。‥‥おそらく、残骸です』
由梨からの報告に、後ろを行くC小隊のフォルと獄門が翼を一度だけ振ってから速度と高度を下げる。全体の進行速度は後続のD小隊に合わせているため、少しばかりロスをしても容易に追いつけるはずだ。
「カバーは‥‥、任せて」
ラスの青い機体が、視野を広く確保するべく逆に高度を取る。前方を固める仲間達と、やや後方の篠畑隊の双方が確認できた。
「む。もしや、この破損具合は‥‥?」
「まずい、全員散開! ミサイルだ」
獄門が言うのと、フォルが叫ぶのはほぼ同時。遅れて、地上から白煙があがる。奇妙な眼のついたミサイルの姿を、ラシード達Simoonの隊員、そして由梨と獄門は知っていた。グラナダ要塞近くに配備されていた、自律式の誘導ミサイルだ。
「2時の方角に、ミサイル2‥‥!」
霞澄の警告で、さっとブレイクするA小隊。1本は八雲のディアブロへと向かう。
「‥‥何が出てもおかしくないと思っていたが」
先頭、剣一郎のシュテルンを狙ったミサイルは十翼の機体を追いきれずに自爆した。いかに高機動機に熟練パイロットの組み合わせとはいえ、警告が無くば回避不能だっただろう。
「当たるか‥‥!」
地表への警戒を密にしていたB小隊は、軸を逸らし、転回、上昇、ジグザグにと各自が持てる技量の粋を尽くして大空の猟犬の直撃を避ける。敵機との交戦中であればともかく、それ単体では百戦錬磨の傭兵達にとって対処しえぬ罠ではない。これが、その全てであれば。
『6時の方角に敵9機の編隊1を発見。いや、少し離れてもう1つだ。‥‥回り込まれたようだな』
意外と落ち着いた篠畑の声が、回線を渡った。
「前にも‥‥、出たわね」
ヤヨイが青い眼を計器へと向ける。レーダーに映る影はやはり9機の編隊だ。ミサイルの対処中に突っ込んできたのだろう。
「‥‥ったく! 一体、ドコから湧いて来やがったんだ――っ!?」
「おそらくは、こちらのレンジ外から後ろへ回ったのでしょう」
ノビルの声には、由梨が静かに答えた。何が出るか分らず竦む状況よりも、今の方が気分は幾分軽い。
「ミサイルの巣へ引き込んでから一斉攻撃に入るつもりだったのだろうがねェ。先に散った仲間達が、教えてくれたのだよー」
偶然ではない。敵による妨害が無い中を、戦略目標を目指して真っ直ぐに飛べばルートは大差が無くなるのだ。
「‥‥まずは戻る事が重要だ。ペガサスより各機、撤退を!」
その後背に、HWが追いすがる。もはや隠密性は気にせずに、赤く輝きながら加速するHW。
「篠畑中尉、‥‥しっかり隊員を守ってあげて下さいね」
フォルが呟く。敵がD小隊を捉えるよりも、彼らが辿り着く方が早い。しかし、4機だけで9機を突破できるとは思えなかった。
●退路は遠く
直線で飛べば、5分と掛からない距離。人類の勢力下までの距離が、遠い。
「1機づつは手ごわくない、けれど‥‥!」
後方9機の押さえに残ったのはB小隊4機のみ。複数のHWが、確実に硯の退路を絶っていく。初手にK−02ミサイルで少なからぬ打撃を与えた彼を、敵は警戒しているようだ。
「くっ、全員で‥‥還る、んです!」
リゼットのシュテルンの射撃が、硯の進路をこじ開けた。しかし、直撃は無くともじわじわとダメージは累積している。それは、エース機であれど例外ではない。
「まだ‥‥やれます。この9機、ここより先には通しません!」
傷ついた由梨のディアブロが吼えた。HWが1機落ちる。しかし、斜め後ろに回っていた敵の放つ光線が機体を舐めた。
「‥‥ッ!」
次弾に備えて身を硬くする由梨の耳に、爆発音が響く。
「死角はカバーする。アンタは前だけ気にしてろ‥‥ッ!!」
攻撃的な由梨のサポートに回るノビルへも、攻撃が激しさを増した。
「こういう数任せの敵は、やりにくいんだよなぁ」
ぼやく篠畑の機体も、既に多くの損傷を受けている。当初の予定では、C小隊が足止めする間にD小隊が離脱するはずだったが、直線加速に入った所を追撃される事を思えば迂闊に離れる事もできなかった。
「‥‥これで、少しは‥‥」
足を生かして先行し、煙幕を投射するラス。だが、突破する側である以上、移動しなければならない。これが敵の全戦力だという保証など無いのだから。煙幕を利用できるのは僅かな時間だ。
「しつこい‥‥ですね」
数機は、執拗にヤヨイのウーフーを狙う。反撃を手控えていた彼女に脅威を感じたと言う事は無いはずだ。電子戦機を先に潰すべく指示をされているのだろう。フォル機がカバーに入るも、守れるのは一方向だけだ。
「脱出を!」
フォルの声とほぼ同時に、ウーフーからポッドが射出された。バグアの領域境界線までは既に15km程。徒歩でも逃れられぬ距離ではない。
「好き勝手してくれたな!」
ブースト併用で距離を埋めてきたA小隊・京夜の突撃を、霞澄の射撃が支援する。紫の雷がHWの外装を貫いた。
「そちらは、大丈夫か?」
僚機の後へと続きながら、剣一郎はミサイル攻撃を受けていた八雲を気遣う。
「まぁ、逃げの一手なら多少は持たせてみせますよ。多少は、ですが」
八雲が浮かべた微笑が、固まった。
「‥‥うぁ!?」
回線を若い悲鳴が走り、爆音で途切れる。少年の声に、思わずレーダー上にラスの機影を探すフォル。彼らの隊長の青い機体は、傷つきながらもいまだ健在だった。レーダーに走ったノイズで落ちたのが岩龍だと知る。
「ベイルアウトは‥‥?」
「‥‥分らん。悔しいが、我々は出来る事をするしかない、軍曹」
サラの返答に、ボブの唸り声が返る。
残りは、10km。後方のB小隊も、交戦しつつ後退を続行している。
「ええい、ここまでかよ!」
ノビルの操作に機体が反応しなくなった。9機だった敵は、半数になっている。それに、僚機を守ることも出来た。手も足も出なかった以前とは、違う。
「引ける物なら、とうに引いているんだよー!」
撤退ラインを超えるダメージに警告灯を明滅させるコンソールへ、獄門が悔しげに言う。積み込んだカメラで撮影した映像を持ち帰ることは、出来そうに無い。
「くそ、こういう時は単発機は不便だな」
舌打ちする篠畑のハヤブサも、既に瀕死だ。推力の消えた戦闘機など棺桶にも等しい。
「生還するのが‥‥仕事、だよっ‥‥!」
半壊した機内からのラスの視界に、高度を落としたハヤブサから射出されるポッドが映った。
「篠畑、お前さんの部下は逃がしてやる。安心しろ」
そういう京夜機も、既に飛んでいるのが不思議な状態だ。被撃墜覚悟で敵の数を減らしに掛かっていた彼に、敵弾も集中していたらしい。同様に袋叩きに会っていた剣一郎機は、シュテルンの特性で一時抵抗を上げていたのが功を奏していた。
残り5km。B小隊と交戦していた敵が退却に転じる。A、C小隊を相手に進路を阻害していた18機は、その数を13機に減らしていた。単機で見れば、さほど強力な敵機ではないのだ。
――そして、見えざる境界線を越えた頃。最後までへばりついていた敵も、機首を転じる。
「‥‥あ? エンジン、が」
限界だったのだろう。ラスのジブリールIIの主機がとうとう死んだ。あるいは、主を守る為に限界を超えて尚動いていたのか。
「回収しますよ。ここならば、大丈夫」
C小隊唯一の生き残りとなったフォルの声に、無言で頷くラス。最後まで篠畑の部下を守り通した京夜と、守られて何とかここまで飛んできたサラ、ボブの機体も、基地まで自力でたどり着ける状態ではなくなっていた。
口頭による報告以外に、フォル機に積まれていたカメラの映像も情報として提出された。空撮したスィクトゥイフカル市の映像から得られた情報は、彼らが思うよりも大きい。