タイトル:【初夢】週間少年CtS-夢マスター:紀藤トキ

シナリオ形態: イベント
難易度: 普通
参加人数: 69 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2009/01/24 04:34

●オープニング本文


※ このシナリオは架空のシナリオです、CTSの世界観に即してはいません ※

 欧州の宝石箱と異名を持つ、超豪華客船『カウント・カプロイア』号はジブラルタルを抜け、地中海へ。大西洋と違った穏やかな波を切る船内では、最終日を迎える旅の終わりを盛大に飾るべく、様々な催しが開かれていた。
「‥‥フフフ、今宵、この僕の花嫁になるのはどなたかな?」
 仮面舞踏会に集う、紳士淑女たち。
「今宵もお綺麗ですね、レディ」
 黒髪の若い王子が非の打ち所の無い紳士ぶりを発揮する。
「綺麗なのは私じゃなくって、この宝石じゃないの? なーんて、ね」
 くすくすと無邪気に笑うドレス姿の女の首には、時価数千万とも言われるダイヤのネックレスが輝いていた。他にも、各地の貴賓たちが一堂に会したこの船は、当然のことながら万全の警備が施されていた。
「UPCOの篠畑だ。お勤め、ご苦労」
 一文字余分についた謎の組織の手帳をさっと見せる彼をはじめ、船内には多数の警護隊が配置されている。何事も、起きる筈など無いと、誰もがそう思っていた。

「な、なんだ?」
 突然、明かりが落ちる。停電だろうか。
「落ち着いてくれたまえ。すぐに復旧するだろうからね」
 その言葉の通り、10秒と待たずに電源系統が切り替わる。明かりが再び会場を照らし、そこを赤く染める惨劇を衆目に晒した。
「‥‥死、死んでる!?」
「この方は‥‥、世界的Tシャツデザイナーのカッシング教授じゃないか!」
 仰向けに倒れた老人の胸部には、『総受』の二文字が踊っている。この冬の新作、掛算シリーズのプロモートを兼ねてこの客船に乗り込んでいた彼は、夢半ばにしてその生命を絶たれてしまった。
「な、なんということだ。この船は安全ではなかったのか!」
 ざわざわざわ、と動揺が広がっていく。警護係の静止の声も届きはしない。だが、この時に誰が知りえたであろうか。

 ――この殺人事件すら、この夜を彩る悲劇の、ほんの幕開けに過ぎなかったと言う事を。

●参加者一覧

/ 鋼 蒼志(ga0165) / 大泰司 慈海(ga0173) / 柚井 ソラ(ga0187) / メアリー・エッセンバル(ga0194) / ツィレル・トネリカリフ(ga0217) / 神無月 紫翠(ga0243) / 鏑木 硯(ga0280) / 五十嵐 薙(ga0322) / 榊 兵衛(ga0388) / 鳴神 伊織(ga0421) / クレイフェル(ga0435) / 鯨井昼寝(ga0488) / 鯨井起太(ga0984) / ロジー・ビィ(ga1031) / 篠原 悠(ga1826) / 国谷 真彼(ga2331) / 翠の肥満(ga2348) / 叢雲(ga2494) / 伊藤 毅(ga2610) / 緋霧 絢(ga3668) / 忌咲(ga3867) / 夕風 悠(ga3948) / 遠石 一千風(ga3970) / UNKNOWN(ga4276) / 南部 祐希(ga4390) / 北柴 航三郎(ga4410) / 雨霧 零(ga4508) / 鈴葉・シロウ(ga4772) / ファルル・キーリア(ga4815) / クラーク・エアハルト(ga4961) / ハンナ・ルーベンス(ga5138) / 空閑 ハバキ(ga5172) / レールズ(ga5293) / 月神陽子(ga5549) / ゲシュペンスト(ga5579) / 緋沼 京夜(ga6138) / 藍紗・バーウェン(ga6141) / リュス・リクス・リニク(ga6209) / グリク・フィルドライン(ga6256) / シャレム・グラン(ga6298) / 秋月 祐介(ga6378) / アンドレアス・ラーセン(ga6523) / クラウディア・マリウス(ga6559) / ハルトマン(ga6603) / 暁・N・リトヴァク(ga6931) / カーラ・ルデリア(ga7022) / 不知火真琴(ga7201) / ブレイズ・S・イーグル(ga7498) / アンジェリカ 楊(ga7681) / シェリー・神谷(ga7813) / ロジャー・藤原(ga8212) / レティ・クリムゾン(ga8679) / ユーリ・ヴェルトライゼン(ga8751) / ナナヤ・オスター(ga8771) / ルクレツィア(ga9000) / 白虎(ga9191) / 瑞姫・イェーガー(ga9347) / 神撫(gb0167) / イスル・イェーガー(gb0925) / イリス(gb1877) / 霧山 久留里(gb1935) / ヨグ=ニグラス(gb1949) / 美環 響(gb2863) / マグローン(gb3046) / 鳳覚羅(gb3095) / 直江 夢理(gb3361) / エミル・アティット(gb3948) / 崔 美鈴(gb3983) / 雨音・ヘルムホルツ(gb4281

●リプレイ本文


「お父様っ!」
 真彼の悲鳴がホールの静寂を裂いた。老人の遺体に、ドレス姿の兄妹がすがる。
「ああ、屑で、人でなしで、変態で、鬼畜で、ゲスなお父様になんて酷いことを」
 項垂れつつ、囁くイリス。
「遺体に触れるな。これは殺人事件だ」
 医者はいないか、と尋ねる篠畑に、一千風と美鈴が手を上げた。
「私がここの船医を任されている遠石よ」
 死んでいる老人には、彼女の興味は向かないようだ。怪我人の治療に向かいたい様子がありありとしている。一方、美鈴は舌なめずりしそうに死体をガン見していた。
「ウフフ、私は謎の監察医。検視と解剖が専門なの」
 さぁヤらせろ、すぐヤらせろ、とオーラで語る美鈴。
「あ、あぁ。専門家がいたのはありがたい」
 手で合図すると、部下の毅が3人くらい現れて老人の遺体を運び去った。篠畑が船側に一室を提供させたらしい。美鈴と遺体をほの寒い表情で見送ってから、篠畑は表情を改めた。
「さて、第一発見者は貴女ですね?」
 聴取されている忌咲は、少女と呼ぶのが相応しい外見だが、立派な大人である。
「確かに彼とは口論になりましたが、殺してなんていません」
 デザイナーとしての意見の対立であり、殺意は無かったと主張する忌咲。
「こんな楽しいパーティは久しぶりやね」
 そんな様子を遠目で眺めて、カーラは邪悪な笑みを浮かべる。

「お客様、落ち着いてください」
 硯の声も空しく、乗客の動揺は収まらない。衆目の中の殺人。恐怖がじわじわと周囲に広がっていく。
「ここは空気が悪いですね。控え室に戻りましょう」
 伏目がちに辺りを見ていたロジーの意図を誤解したのか、カノンが手を差し出す。
「あ、でも‥‥」
 謎の暗殺者カンタレッラが船に乗り込んだという情報を、ロジーは入手していた。彼の標的は伯爵か、カノン王子か。どちらの傍で待つべきか僅かに迷った一瞬、ロジーの身体が宙に舞った。
「きゃあ!」
「ロジーさん!」
 伸ばした手は届かず、猛牛の如く突進してきた謎の淑女がカノンを抱きすくめる。
「気分が優れないのぉ。部屋まで送ってくださらなぁい?」
 其れは、女装という言葉で片付けるには異形の存在だった。
「あ‥‥、あぁ‥‥」
 心はヲトメの慈海、もといJIKKAIの危険なアップに少年はあっさり意識を失う。
「‥‥手間が省けたわね。オホホホホ」
 少年を抱えて控え室へ向かう怪人の姿を、ホールの客達はあっけに取られて見送った。
「‥‥お客様、落ち着いてください。あれはショーの一環でござい‥‥ぶっ!?」
「そんな訳ないでしょうー! ああ、もう駄目だー!」
 翠が放り出したグラスの中身が、硯にぶちまけられる。
「俺以外の殺人者が潜んでるとはね‥‥。まあいい、あの女がいなくなったのは好都合だ」
 慈海が消えた方を見ながら、カンタレッラことアスが薄笑いを浮かべた。

「おやおや、これは大変なことになってしまったようですね」
 ナナヤのように、落ち着いた乗客も幾らかはいた。
「ここはみんなで協力して、犯人を探し出しましょう」
「待て、ここは俺達専門家に‥‥」
 静止しようとした篠畑の声を、より大きな声がさえぎる。
「協力と信頼。実に美しい提案ではないか。やりたまえ、私が許可しよう」
 そんな事を言う奴は1人しかいない。その袖にそっと縋る陽子。
「恐いですわ。お兄様」
 見上げる目に込められた思慕には気づかず、伯爵は憂いを帯びた目で首を振った。
「ミユ君から頂いた船の処女航海を、これ以上汚すわけにはいかないからね」
(‥‥また、あの女の事を。これで74回目ですわ‥‥!)
 噛み締めた陽子の歯が嫌な音を立てる。
「これは大事件の香りがします! 清く正しい霧山久留里の名に掛けて、この事件、解決には至らなくとも手掛りは必ず掴んで見せましょうや!」
 新聞記者の卵だという久留里には、緊張感の欠片もない。
「‥‥俺は探偵だ。少しは役に立てると思うが?」
 そう自称する兵衛の目的は、この豪華客船の内部調査だった。ナナヤの言葉に応じ、やる気だけがある乗客が助力と称した混沌を広めだす。
「ほわっ、あっちが怪しい感じですっ。柚にゃん、行きますよっ!」
 ドレス姿のクラウがホールの一角を指差した。
「ま、待って下さい‥‥。クラウ様ぁ」
 やはりドレスのソラが後を追いかけて、自分の裾を踏んですっ転ぶ。


「‥‥というわけなのです」
 船橋では、帽子を目深に被った小柄な船員が、状況を報告していた。
「フフフ。しかし最後に謎を解くのはこの船長探偵だ!」
 ばーん、と胸を張る昼寝。しかし、ブリッジクルーは手馴れた様子で応対する。
「船長、いいから仕事してください」
「ぐぬぬ‥‥」
 ここまでは、いつもの光景。だが今日は少し違った。
「乗客の安全が優先ですわ、船長。ここは私にお任せください」
「え、いいの?」
 2人いる副船長の上席であるシャレムの言葉に、昼寝の表情が明るくなる。報告に来た船員も、コクコクと頷いていた。実はこの船員、怪盗ハルトマンの変装である。
「よし、行くぞ!」
 皆の気が変わらぬうちに、大急ぎで。今1人の副船長、起太を従えた昼寝は船長室を飛び出していった。

 心細げに外を窺っていた薙は、部屋へ戻ってきた。
「ご主人様はご無事なのかしら」
 すぐに行くのがメイドの務めであろう。しかし、主の言葉が脳裏に響く。
『この青年が気づくまで、様子を見てやりたまえ』
 漂流中だった青年の熱はまだ下がっていない。汗ばんだ額をハンカチで拭いながら、薙はこの見知らぬ青年に惹かれている事を自覚していた。
「もしも、このまま‥‥」
「‥‥ぅ」
 言葉半ばで、青年の目が薄く開く。まだ焦点は合っていないが、遠からず意識も戻るはずだ。
「もう、大丈夫ですね」
 後ろ髪を引かれる想いを断ち切って、薙は立ち上がった。

「こ、この船の内部セキュリティは完璧なはずだけど‥‥!」
 デッキでは、舷側に下がるロープを前に航三郎が顔色を青くしていた。外部からの侵入者は、想定外だ。
「‥‥弟は。あいつならば何か対処法を」
 この船の設計者である弟に一縷の望みを託し、携帯電話を掛ける航三郎。しかし、彼はアスの毒によって既に殺されていた。
「篠畑刑事。大変です!」
 空しく鳴り続ける携帯電話の音に導かれ、遺体を発見した部下が声を上げる。手配中の怪盗、『鋼蒼志』が死体で見つかった、と。変装の達人である蒼志が、哀れな男の遺体を利用していたのだ。

 一方、航三郎が発見したロープから少し離れた所に。
「間に合ってよかったわ」
「混沌石の行方が知れたとあれば、来ぬ訳にはいかないでしょう?」
 フフンと笑う白熊に、警備員の格好をしたメアリーが頼もしげな視線を向ける。
「‥‥この‥‥舳先の所、で‥‥必要、とあれば‥‥」
「こんな感じやな? おお、映画の主人公気分が!」
 クレイと絢の両名は、主に個人的な必要に応じてタイタニックごっこを楽しんでいた。が、リーダーの咳払いでしぶしぶ戻ってくる。
「いい? 私たちの至宝、混沌石を必ず、この手に取り戻すのよ!」
 熱いまなざしのカオスレッドことメアリーが右手を差し出した。
「‥‥怪しい面々も、乗船しているようです‥‥。お気をつけ、下さい‥‥」
 手枷足枷首輪装備メイドのピンクこと、絢がその手に手を重ねる。
「混沌石は使用方法を守って正しいカオスの為に使用すべし、や! メアリー、任しとき!」
 さっきまで新聞記者風の服装だったイエローことクレイは、今はアフロカツラにゴールドマスクの変態であった。
「フフフ、混沌石の為に」
 ホワイトことシロウは静かにニヒルな笑みを浮かべる。ホールでボーイをしているマグローンを加えて総勢5名が、混沌石の争奪の為に乗り込んでいた。


 勝手に探索に出る者に混じり、殺戮者達も次のステージへと目を向ける。怯えるように壁に寄っていた陽子が、抜け出ていくファルルの姿を見つけて目を細めた。
「舞台は第二幕へ移るのね。ならば私も相応しい姿になりましょう。お兄様に近づく巨乳を葬る、夜叉の姿に」
 赤いドレス姿が控え室へと向かう。その手には、いつの間にか真紅の仮面が現れていた。

「はてさて。愚かで愉快な喜劇の登場人物たちは、何に導かれている事か」
 ラウンジで、叢雲が手にしていた小説をパタリと閉じる。奇しくも、そのタイミングでまた1つ、船内から命が失われていた。
「俺はクリムゾンエッジ。美しき者を美しく散らせる使命を抱きし者‥‥」
 手にしたナイフは鮮血に塗れ、暗い室内でそこだけが赤い。響の白蝋の様な肌に、刃先から滴る紅が粘ついた斑を描いていく。
「美の理解者たる伯爵‥‥。俺は見たい。鮮やかな赤で彩られたお前の姿を」
 病的な笑みを浮かべながら、京夜は暗い船室を後にした。

「また新しい死体だと!?」
「怪しい人影が、あっちに!」
 夕風の声に、ホールから飛び出していく篠畑。後を追う部下は皆、判で押したように同じ毅だ。その背中を見送り、夕風がニヤリと笑う。彼女も、この船に混乱を巻き起こそうとしているファルルの同志だった。
「準備は万端。後は、計画通りに進むだけ」
 明かりの無い船室で、ディスプレイの灯に照らされたシェリーが微笑する。カメラを欺瞞し、船内システムを支配。
「爆薬の配置も、できれば自分でしたかったけれど」
『んと、大丈夫。ばっちりですよ』
 協力者のヨグが、カメラへ手を振っている。と、定刻より早く、鈍い衝撃が遠くから響いた。
「あは、あは、あはははははは!」
 船腹に並んだ救命ボートが次々に爆破されていく。乗客が理解したときの絶望を思うだけで、病んだ少女は笑いを抑え切れなかった。
「何事だ?」
 甲板に出てきた警備員をBARで撃ち倒し、アンジェは死体を無造作にまたいでいく。警備室に陣取って高みの見物を決め込むようだ。

 爆発の衝撃は、船内通路にも届いていた。
「少しばかり、動き出すのが遅かったみたいだぜ」
 悔しげに言うエミルの耳に、更に爆発音が聞こえる。
「‥‥はぁ、仕方ない。今は協力した方が良いみたいだ」
 手を組むには不安なライバルだが、とため息をつくミズキにエミルが胸を張った。
「任せとけ! あたしの拳ですべて解決だ!」
 元気だけで、全てが解決できるほど甘くは無い。3度、豪華客船の巨体が震える。
「‥‥話は終わった? 欲しいなら売るよ‥‥。この船で動くいろんなものの情報‥‥」
 一歩引いていたイスルがそう声をかけた。振り向いた2人が、少年へ詰め寄る。
「知ってる事があるなら、早く教えてよ‥‥。時間がもったいない」
「あ、料金はもちろん後払いで頼むだぜ〜」
 少しばかり、イスルに分が悪いようだった。

 数度の爆発音は、ホールの中にも。
「お客様、あの爆発音は祝賀の『花火』でございます」
 牛乳を拭いながら、硯が大声を上げる。隅でピザをぱく付いていたリニクが、顔を上げた。
「‥‥お? お?」
 きょろきょろと周囲を見回して、少女はにっこりと笑う。
「敵、かな‥‥? 強い奴、かな? 面白そう‥‥」
「何やら慌ただしくなってきましたね」
 同行者のグリクも席を立っていた。2人が身構えたところで、ホールの側面が吹き飛ぶ。
「ヒャッハー! 情報どおり、うまそうな宝石が一杯だぜェ!」
 ロジャーの声と共に、有象無象がなだれ込んできた。何時の間にやら海賊船が接舷していたのだ。それを制止するはずの警備員は既に亡い。
『左舷の船は何者ですか。報告を‥‥!』
「うっさい! 黙って見てなさいよ! 今から一杯死ぬんだから」
 警備室のアンジェは、シャレムの通話機越しの誰何に銃弾で応えていた。

「ありとあらゆる商品を提供する鳳商会を、またご利用してください」
 慇懃に礼をする覚羅に手を上げて、ロジャーは大股で船内に入ってくる。
「やるぞ、野郎ども! レッツパァリィィィ!」
 客の悲鳴と、皿やテーブルの砕ける音。
「もう駄目だ! 助けてくれー!」
「うるせぇ!」
 翠を狙った弾は、隣の響の胸を貫いた。倒れた白いドレスがみるみる赤く染まる。‥‥って、さっき死んでなかったか、あんた。
「フィル! たくさん、倒した‥‥方が、ピザおごり、ね‥‥!」
「まぁ‥‥良いでしょう。丁度料理にも飽きてきたところです」
 背中合わせに立った青と赤のロングコート。
「何が‥‥起きているの?」
 薙が立ちすくむ前で、侵入者と一部の客の熾烈な交戦が始まる。メイド服の白虎も、手にしたお盆を置いた。彼の正体はUPCOのライバル、謎の機関SITのエージェントだ。
「さぁ、今回もがんばろうね、お兄ちゃん♪」
「なんでワシがこんな目に‥‥」
 ぶつくさ言いながら、柏木先輩も降りかかる火の粉を払っていた。


「混沌石を探せ!」
 ロジャーの声に、レティが不安げに胸元へ手をやる。そこには、大きな赤い宝石をあしらったネックレスが掛かっていた。
『貴女におかしな運気がまとわりついています‥‥』
 ラウンジで声をかけてきた占い師の言葉が思い出される。
「混沌石。海賊の狙いはそれですね‥‥」
 メモを取る久留里。
「ああ、止めたまえッ。僕が持っているのは牛乳だけだ! 赤い宝石なら確か‥‥」
 何かを思い出すように、青年の目がレティへ。ロジャーの目も、釣られてそっちへ。
「そこまでだ! お宝は渡さないのだー」
 何となく騒ぎの中心に関わりたくなった白虎がロジャーの前に割って入った。身を硬くしたレティの袖を、誰かがそっと引く。
「こちらへ。うちを、信じてください」
「貴女は、先ほどの? 判りました。お任せします」
 目深に被った外套の影から、どこか懐かしげな目を向けてくる篠原へレティは頷いた。
「くそ! 逃がすか!」
「隙あり! 超探偵レンズクラーッシュ!」
 飛び上がったロジャーを、白虎が迎撃する。
「なっ!?」
 振り上げられたそれは探偵用レンズというにはあまりにも大きく、そして大雑把すぎた。
「機動探偵はあらゆる者を、自らの判断で抹殺することができるんだっ」
 てへっ、と舌を出す白虎の背後で、ロジャーが盛大に爆発した。機動何とかにやられたら爆死するのは世界の摂理だ。

 一方、篠畑はラウンジで真琴を問い詰めていた。
「‥‥不知火社長の息子さん、ですか。カッシング殺害時、貴方はどちらに?」
「妙な事を聞きますね。その方が殺された時刻を私は知らないから答えようがありませんよ」
 薄笑いを浮かべながらそう答える真琴。
「拘束しますか」
 毅に、篠畑は首を振る。
「駄目だ‥‥。証拠が無い」
 どう見ても怪しいが実は無実の真琴に、そんな物がある筈は無い。

 一方、爆破された船底の階段近くにて。
「ちょっと‥‥入り込みすぎたみたい、です」
 力なく笑う久留里の手を、兵衛は握る事しか出来なかった。
「この、情報を‥‥」
 手帳を胸元から取り出しかけて、久留里はがくりと項垂れる。
「こ、これは‥‥。どうやら、俺にも運が回ってきたようだ」
 手帳に記されていたのは、兵衛の求めていたカプロイアの隠し偽札工場。やはり、この船の底にあったのだ。

「これでもまだ、舞台は全ての役者を迎えたわけではありません」
 ラウンジで、叢雲がにやっと笑う。

 ゲシュペンストは、伊織の姿を見て、どこかのお嬢様が行き場を無くしていると思ったらしい。護衛をしよう、という彼の申し出を、彼女は頷き1つで受け入れていた。
「嫌な空気になって来たな‥‥」
「何が起きているのか。見極めないといけませんね」
 巻き込まれぬためにも、状況把握は必要だ。伊織は静かに周囲を見回す。
「‥‥そうだな」

 いつしか、空は暗く。天候は悪化していた。
「ここならいいだろう」
 ブレイズの言葉に、クラークはヘルメットアイを鈍く輝かせた。2人とも人ではない。
「貴様と言う存在を生み出す為だけに生かされた俺の気持ちが解かるか!」
 謎の組織の女科学者、ソーニャによる強化戦闘兵開発計画の唯一の完成体であるブレイズと、試験体であるクラーク。
「‥‥俺は貴様を認めない! 貴様を打倒する!」
 クラークの姿が周囲に溶け込むように消えた。
「‥‥クッ。エミタセッタァァァ!」
 ブレイズの全身を、輝きが覆う。
「それでいい。‥‥貴様の30分を俺が貰おう!」


 ロジャーの襲撃を辛うじて下したホール。
「私が来たからには、すぐに解決してやるさ」
「言うじゃないか」
 篠畑が特殊部隊長のレールズと情報交換をしようとした所に、神撫と褌姿の集団が乱入してきた。
「見つけたぞ、篠畑! 女連れとはいい身分だな!」
「ま、まて。加奈ちゃんは助手で‥‥」
 問答無用、とばかりに押し寄せる褌軍団。ちなみに、全員毅である。篠畑の部下との区別は服装で付けて下さい。
「カッシングを殺したのも、お前か!」
「いや、狙ってたけど先を越された!」
 いつの間にか抜き合わせていた刃越しに、そんな会話を交わす2人。周囲で戦いの音が響く中、伯爵を庇うようにガードの紫翠達が展開する。
「チッ。二流が‥‥」
 伯爵へ忍び寄ろうとしていたアスが、舌打ちをした。一時身を隠そうと控え室へ入り、眉をひそめる。
「‥‥誰だ!?」
 床に横たわるJIKKAIの顔色は青い。おそらく、心臓麻痺による物だろう。ベッドの上、微かに動く胸元がカノンの生存を物語っている。そして、それ以外の事も。
『女、だった、なんて』
 床に残るダイイングメッセージは、何故かワカメで描かれていた。アスは、カノンへ大股に近づき、襟元を覗き込む。豊かな双球が、微妙に解けたさらしの下でその存在を強固に主張していた。
「す、すまん」
 思わず謝罪してしまう暗殺者。だが、沿わせた指先が離れない。その動きを止めたのは、外部からの声だった。
「久しぶりだな、カンタレッラ。ここに入って行くのが見え‥‥」
「レールズか」
 振り向いたアスの目は、既に暗殺者のそれに戻っていた。飛ぶ毒針を弾き、下がるレールズ。アスはその隙に廊下へと駆け抜けた。
「ここで騒ぐな。眠り姫が目を覚ましてしまう」
「なっ!? 美男子と‥‥だと!? こっ‥‥この変態野郎が!!」
 銃を抜く間もなく、アスの姿は消える。

「‥‥ここ、は?」
 目覚めた暁は、ベッドの中にいた。起き上がった所で、額からハンカチが落ちる。
「これは。夢、の‥‥」
 手にした布の残り香が、少女の姿をフラッシュバックさせた。夢では、ない。
「あの人は、どこだろう」
 人の気配が周囲に無い事は、彼にはわかる。

「飲み物でも、どうぞ」
 ユーリの気遣いを、真彼とイリスは会釈と共に受け入れた。はかばかしくない捜査状況に2人は少しばかり苛立っている。
「お、落ち着いて‥‥。そうだ、ピアノでも弾きましょうか」
 硯の演奏に、ホールに残る人々は耳を傾けた。手を取り合って踊る者もいる。そうすれば事件前に時が戻るとでも言うように。
「彼を殺したのは、貴方ではないのですか?」
「‥‥さて。記憶にはありません。逮捕しますか? この僕を」
 優雅に踊る仮面の男と祐希。逮捕する、と言ってしまえばこの逢瀬は終わると、彼女の中の醒めた部分が告げている。僅かに開きかけた口を閉じて、祐希は男の腕に身を委ねた。
「夢だとしても‥‥」
 言いかけた所で、ダンスの足が止まる。
「貴女以外にも、来客がいたようです。この僕の‥‥ではないようですが」
 仮面越しの視線は、駆け寄ってくるハバキの姿を捉えていた。どん、と体当たりするハバキ。
「お前が急に遠くへ行くから、いろんな事が夢だったんじゃないかって‥‥」
 視線が交わり、声のトーンが落ちる。その様子を、祐希は他人事ではなく眺めていた。そう、此処こそが夢なのだ。
「‥‥お久しぶり、です」
 泣きそうな声で囁くルカも、それを感じていた。だからだろうか。ハバキの手が背を押した時、言葉は淀みなく出る。
「‥‥私とも、踊ってもらえますか?」
「喜んで」
 仮面を外し、柔和に微笑む青年。祐希とハバキはそんな2人を見送る。
「夢でもし逢えたら、か‥‥」
「さっさと戻ってくる事です。貴方を待っているのは私だけではないのですから」


 その音色は、ラウンジまで届いていた。
「いい、音色ですね」
 目を閉じたレティを優しい瞳で見つめてから、篠原はギターを逆手に向き直った。
「その宝石、頂きにあがりました」
 現れたのは、顔は白熊という異形。
「うわぁあ、化け物!? お助け!」
「わ、変な所にしがみ付くな!」
 翠を振り払う、その一瞬が命取りだった。
「ああっ!?」
 毟り取るようにレティからネックレスを奪い取り、シロウは異様な速さで、疾走する。
「ま、待ちなさい!?」
 一歩遅れたメアリーが後を追うが、混乱する船内での追いかけっこは、さながら遊園地のアトラクションのごとき様相だ。
「大丈夫ですか!」
 駆け寄った篠原に、頷くレティ。しかし、騒ぎはそれだけに留まりはしない。
「大変だ、モニターを見ろ!」
 ラウンジのテレビ画面が切り替わる。映し出されたのはファルルの姿だった。
『この船は、罪深き船よ。巨乳の女から、変態へと贈られたこの船の存在を許せば、世界は戦わずして巨乳フェチの軍門に下る事になるわ!』
 だから沈める、とテロの正当性を語るファルル。同志達が船内各所で頷く。
「愚かな‥‥。胸の大きさによる差別を訴えながら、一番それを気にしているのは本人じゃないか‥‥!」
 呟くレールズの傍ら、ラウンジの隅にいた白衣の男が走らせていたペンを止めた。
「雨音君、萌学概論の執筆は少し遅れそうだよ」
 ギラリ、と眼鏡越しにモニターのファルルを睨む秋月。
「解りました、教授。存分にどうぞ」
「女の君にはわかるまいね。男は、巨乳の為に立ち上がらねばならぬ時がある。今が、その時だ」
 雨音助手の専攻は『BLと萌え』だったから、解る筈もなかった。秋月は白衣を翻して頭上を見上げる。
「‥‥あの男、まさか」
 監視カメラ越しに秋月と視線が交錯したシェリーが、神経質そうに爪を噛んだ。
「アンジェさん、脱出路の確保を。おそらく、敵が向かいます」
 その言葉に、警備室でダラダラしていたアンジェが飛び起きる。

 ホールへ向かっていた航三郎は、死に瀕していた。
「‥‥俺が護衛した相手は、契約後に必ず死ぬ。また、なのか」
 とても描写が出来ないほど美しく凄惨に、行間で殺されていた伯爵の無残な姿が紫翠の瞼に浮かぶ。
「この船を救えるのは、弟と共に設計に関わったアーネストさんだけだ‥‥。彼にこのペンダントを届‥‥」
 航三郎の言葉が、途中で途切れた。
「‥‥確かに受け取った。約束は、必ず果たす」
 紫翠の言葉が聞こえたように、指からペンダントが零れて落ちた。

 船長を含め、幹部の多くが不在のブリッジの制圧は容易だった。というより、周囲は協力的だったと言っても良い。まずは船内にご挨拶、と言う少女にマイクとなぜか眼鏡を渡すシャレム。
『美少女怪盗ハルトマン参上なのです。さー、怯え震えるがいいのです〜』
 赤面しながら言う少女を見つつ、シャレムは巡ってきた千載一遇の機会に内心ほくそえんでいた。
(不在の船長に代わって船の安全を護る為という、大義名分もありますしね)
 用事は済んだ、と軽い足取りで出て行く少女を見送ってから、シャレムは艦橋内に目を向ける。
「では、これより本船の指揮は私が執らせて頂きます。機関出力、上げ。これより機動戦艦モードに移行します」
「機関出力120%」
「海虎隊、全機準備良し」
 船内各部からの威勢の良い返答に、シャレムの笑みが深くなった。船客を守るに、戦力は十分なはずだ。相手が、まともな連中であれば。
「俺はソーニャ博士に、力を示さねばならんのだ!」
 満身創痍のクラークの周囲の、熱量が異様に高まる。
「この船も貴様も道連れだ! フハハ、ハーッハハハハ!」
「クラーク‥‥俺達が求めたものは一体‥‥!」
 ブレイズが何かを振り払うように叫んだ。声と共に放った力は自爆装置もろともクラークを粉砕する。そして、それ以外にも多くを。
「敵の攻撃です、新艦長!」
「第三艦橋、全滅!」
 いきなりの状況に、シャレムは収拾に振り回されている。反乱を起こすには最悪のタイミングだった。運が悪かったのは、彼女だけでは無い。
「折角の大きな儲け話がフイになるとは俺もとことん運がないな」
 艦底部の向こうにあった偽札工房は、一瞬で塵と消えた。唖然としつつ、兵衛はそう呟く。
「まあ、命あっての物種か。一瞬早かったら、俺もあの中だったわけだし、な」
 今の一撃で船の右舷後方が丸ごと消し飛んでいる。兵衛は、届かなかった宝から脱出路へと意識を切り替えた。まだ沈む気配がないのが不思議だが、船の行き足は止まっている。


 ホールでは、未だに犯人探しが難航していた。
「検死の結果は‥‥」
 控え室に足を踏み入れた篠畑が、固まる。
「うふふ‥‥切り口ってなんでこんなに綺麗なのかなぁ?」
 振り返った美鈴の目の焦点は、この世ではないどこかを見ていた。落書きされたり、色んな意味で原形を留めていない遺体に、思わず口元を押さえる篠畑。
「教授は尊敬しておりますが、あの『総受』には納得がいかないものがあります。そもそもですね‥‥」
 忌咲はやはり殺しには関わっていないようだ。少し離れたところにいた昼寝と起太の元に、血相を変えた船員が駆け寄ってきた。
「大変です、伯爵が‥‥!」
 密室で、護衛もろとも無残かつ美しく殺されていたと言う。面倒な報告に首をかしげ、隣の昼寝を見る副船長。
「よし、海に捨てておくんだ!」
「はっ」
 明快かつ単純な指示に、海の男はほっとした様子で駆け去った。かくて、謎は未だ1つに絞られたまま、迷推理劇は進む。
「俺はマスターキーを持っているけれど‥‥」
 カッシングの殺害には関係ないんじゃ? と首を傾げるユーリ。
「うん。この人は犯人じゃない気がします。だって、いい人っぽいですし」
「ほわ。クラウ様、凄い名推理ですねっ!」
 更なる迷走を続けそうな状況に、満を持して昼寝が踏み出そうとした瞬間、ホールの大扉が音を立てて開かれた。
「俺の名はナイト・ブルー! 話は聞かせてもらった! 人類は滅亡する!」
 青い仮面のツィレルが高らかに叫ぶ。呆気に取られた面々に、彼は得意げに言葉を続けた。
「何故だか分からないという顔をしているな。いいだろう説明してやろう」
 以下、数分に渡って説明が続くが、要するに全てが遅すぎたり俺にだってわからない事がある感じの良くある話なので割愛する。ナイト・渾身のネタが行殺だよ・ブルーの熱弁をよそに、クラウがポン、と手を打った。
「判りました。犯人は貴女です」
「夢理ちゃん!? ‥‥まさか。嘘よね?」
 加奈が、指差された年下の友人に驚きの目を向ける。だが、彼女の異名はゆりりん・ゴールド。カッシングの提唱する掛け算ワールドとは対極に位置する百合世界の住人だ。動機は十分すぎるほどにあった。
「私、どうしても‥‥紀藤先生に次回作として『加奈のGL伝説』を書いて欲しかったから‥‥!」
「俺にだって‥‥わからない事位‥‥ある‥‥」
 ツィレルさん、代弁ありがとうございました。
「BLとかGLとか、下らない事はあっちでやって欲しいね!」
 苦々しげに言う真彼。
「下らなくなんてありません! 貴女だって、判る筈」
 夢理が睨みつけるも、ドレス姿の真彼は一応男である。
「いいや、判らないね!」
 開き直る青年に、判るようになればいい、と妹が声をかけた。少女の部下が、兄の両脇をがっしりホールドする。
「丁度、お兄様の研究成果『ジャンクDNA』がここに1つ‥‥。これに掛かれば性別転換など、お手の物ですわ、お兄様」
「待て、実は俺は真彼じゃ‥‥!」
 引きつった真彼が何かを言うよりも早く、注射針がプスリと突き立った。その瞬間、足音高く駆け込んできた青年を見て、イリスの目が丸くなる。
「お兄様が、もう1人? と言うことは、この方は?」
 実は変装の達人、蒼志が行間ですりかわっていたらしい。今は、蒼子とでもいうべきかも知れないが。
「親父っ! 後始末を押し付けやがって!」
 脱走者だった老人は逃れきれぬと悟り、後事を託すべく兄妹をこの船に呼びつけたようだ。
「後から来たお兄様は、犯人をご存知なの?」
「ああ。ゾディアックの蛇使いカーラとかいう‥‥」
 言いかけて、ドレス姿の蒼子を見た真彼の眼鏡が半分ずり落ちる。
「う、美しい‥‥」
 もう色々と駄目かもしれないホールを離れて、アスは控え室のカノンの元に戻っていた。船内に放置するのは危険だと言うのもある。何よりも、彼を護りたい。
「俺は‥‥お前に、毒を盛られたのかも知れない」
 静かな時間は、長く続かなかった。
「カノンから離れなさい、アンドレアス!」
「‥‥ん、ロジー、さん?」
 ふと目を開けて、カノンが身を起こす。たゆん、と揺れる何か。事態は混迷を深めていた。


『船を沈めるという点から見て、おそらくは船底、機関室付近にあるでしょう』
「ん‥‥、わかった。船底だね」
 秋月から得た情報を、ミズキ達に流すイスル。時折現れる障害はエミルが拳で解決していた。
「これで、いくつ目‥‥かな」
 無造作に仕掛けられていた爆弾脇にミズキがしゃがみ込む。一方で、イスルは船内ネットワークの組織図から、シェリーの居場所を特定していた。
「402号室‥‥、かな」
「OK、後は任せとけだぜ!」
 支払いについては言質を残さず、突進していくエミル。後には根気良く解体を続けるミズキとイスルが残される。

 無残に崩壊した甲板を、雨音は見渡した。元凶のブレイズの姿は無いが、その代りに立ち込める殺気。
「ようこそ、萌え紳士。来ないのかな? かな? 来ないなら、こっちから行っちゃうぞ」
 クスクス笑いと共に、BARを腰ダメに保持したアンジェが姿を現す。
「雨音君、君は退がり給え。どうやら、私をご指名のようだ」
 秋月が言うより早く、雨音はその影に隠れていた。しかし、秋月の隣にはもう1人。
「先に行かなかったのかね。‥‥不器用な事だ」
「テロ対策は私のお家芸だ。お前1人に押し付けられんさ」
 秋月とここまで同道していたレールズがコートを広げ、突撃銃を取り出した。

「エルリッヒは‥‥、まさか殺られたの!?」
 反対側からは激しい銃声が聞こえている。当人がホールでダンスを続けている等とは夢にも思わず、カーラはもう一度周囲を見渡した。その頬に、白い何かがぶつかる。
「何‥‥? 手袋?」
 鋼が鞘の中を滑る音が、彼女の耳を撫でた。
「見つけたわ、お父様の仇。さあ、剣を抜きなさい。抜かなくてもヤるけどね!」
 剣を立てるようにして、高所に立つイリスへとカーラは振り向きざまに毒針を飛ばす。打ち払う甲高い音と、愉快そうな少女の笑い声が響いた。

「何? 艦橋で反乱?」
 急ぎブリッジへ向かっていた間の急報に、腕組みをして唸る起太。犯人は見つかったし、帰って寝るなどと言う昼寝に事態を説明し、おそらく押し付けられる事後処理も行う事を考えると、起太の眉間の皺が深くなる。考えるのは、苦手なのだ。
「艦長に、どう報告しましょうか?」
「よし、海に捨てておくんだ!」
 こんな時でも、その対応でいいのか。そんな疑問を抱くようでは海の男失格である。
「な、ちょ!?」
 昼寝を簀巻きにして、そのまま海へ。反対側でも、カーラが海へと追い落とされていた。

 一時は平穏を取り戻したホールだが、混沌の使徒達の登場で再び困った事になっている。
「私は白熊をやめるぞカオスレッド!」
 そう宣言し、レティから奪った宝石に口付けるシロウ。
「あかん、混沌に魅入られおった!」
 クレイが叫ぶ前で、シロウの毛並みが黒く変色していく。が、変化は途中で止まった。
「‥‥! まさか、偽物‥‥!?」
 パンダカラーで愕然とするシロウに、同情の視線を向けるクレイ。
「て事は他により混沌が相応しい宝石が‥‥!」
 メアリーが周囲を見回した時、ホールにどっと貧乳教団の兵士がなだれ込んできた。医務室がファルル以下教団主力の攻撃目標となった為、ホールへと治療拠点を移した一千風を追ってきたのだ。
「怪我人じゃなく、健康体ばかりがやってくるのは不本意ね」
「原因はわかる気がする‥‥」
 ぼやく一千風の胸元を見て、メアリーは呟く。
「大きな宝石と言えば、黒髪のお嬢さんのティアラがそうでしたね」
 美青年マグローンの言葉に、周囲を見るクレイ。様子を窺っていた伊織と見事に目があった。

「胸の大きなサルなどこの世から消え去りなさい!」
 響を切り捨て、合流してきた陽子へとファルルが視線を向ける。
「思ったよりも標的は少なかったわ」
 船内で狙うべき相手はごく少数であり、ファルルの振り上げた鞭は行き場を失い気味だった。とりあえず目に付いたパンダが焼かれている位だ。
「とりあえず、この場を制圧するわよ」
「そうは行きませんよ、お嬢さん」
 生臭い香りに横を見れば、5mクラスの超大物鮪がピチピチ跳ねていた。
「くっ、マグロめ!」
 ファルルの鞭を潜り、迫る鮪。しかし、横合いからの斬撃がその行く手を遮る。
「貴方は‥‥斬らないといけない気がする」
 前世よりの因縁か、グリクが鬼気迫る表情でファルルに加勢していた。メアリーを含めて2対2の戦いだ。

「お嬢さん、すまんがちょっと宝石貸してくれへん?」
「お断りします」
 振り下ろしたクレイのハリセンを、伊織の同じ得物が迎え撃った。二合、三合。思わぬ好敵手との出会いに口元がほころぶクレイ。
「つ、強い‥‥」
 護衛のはずの自分よりも強そうな少女に、絶句するゲシュ。と、その膝が崩れた。
「‥‥油断大敵、です‥‥」
 背後から膝かっくんを仕掛けていた絢が微笑する。その場に、更なる混沌がもたらされたのはその瞬間だった。
「待ちなさい、ヨグさん‥‥。それは恐ろしい物です」
「んと。この光線銃で不幸をなくすですよっ!」
 廊下を走り抜けたヨグは、奇妙な光線銃を手にしていた。ハンナの制止も空しく、放った一発は奥にいた藍紗に当たる。
「な、何じゃ? 体が‥‥」
 みるみる膨らむ胸と希望。ドレスの前が簡単に裂け、藍紗は嬉しい悲鳴を上げてしゃがみ込む。
「ひゃっほー♪」
 ヨグの手にした銃は、バストアップ光線銃。効果はそのものずばり、らしい。
「わあ、撃たないでくれー!」
「お客様!?」
 翠に盾にされた硯が巨乳になる辺り、男女の区別も無いようだ。
「この場で一番混沌を振りまくあの武器こそ、真・混沌石を使っていますよ」
 黒い笑顔で囁く鳳に、メアリーがハッと顔を上げる。
『あの兵器は危険だ。手に入れなければ』
 ホールの敵味方の意識が、比較的1つっぽくなった気がした瞬間、乾いた銃声がこだました。
「栄える悪あれば、廃れる悪あり。このMr.SOGEKIがお前達に魔弾をプレゼントをしてやった」
 仮面越しに、そう嘯くナナヤ。また仮面か! 厄介な奴だよ、仮面は!


 ヨグの手にした銃が、砕ける。そこからこぼれた宝石は、床で跳ねてから、1人の男の手に収まった。
「時は、来た。これだけの混沌が溜まれば、私の封印を解くに十分だ」
 ククク、と笑う鳳へ、ハンナが駆け寄る。
「秘石などではなくそれは魔石。その様な物がこの世に存在するなど‥‥!」
「きたね『聖十字のルフラン』。でも遅かったよ」
 ブワッと広がる暗黒の魔気に、ハンナが十字切りを繰り出す間もなく吹き飛ばされた。瘴気の翼を広げ、飛び立つ悪魔、鳳。その行く手を阻む物はもはや無い。

――否。人類にはまだ、守護者がいた。

「かくなる上は全てを無に返すまでですわ。来なさい、機械仕掛けの神よ、そして全ての物語に終焉を!!」
 いや、守護者と言うより今回は第二の悪魔な訳だが。陽子の呼び声に答えて、天を割き真紅の夜叉が顕現する。紅と漆黒の超越者がぶつかり合う中、人々にできる事は祈る事。そして。
「大丈夫なのですか?」
 目を開けたブレイズは、何故かハルトマンに甲斐甲斐しく介護されていた。怪盗である彼女が盗んでいくのは、誰かの心。それは半ば強制的な呪力を秘めている。
「くっ‥‥、俺は‥‥!?」
 クラーク以上の強敵にもがき苦しむテッカMenの明日は見えない。一方、ホール隅では。
「お、俺が‥‥君の主人になる! だから、もう泣かないで」
 主の死を知り、落ち込んでいた薙にそう囁く暁。見上げた薙は、その胸に無言で顔を埋めた。そこから壁を1枚隔てた室内では、血の匂いに満ちている。
「もしかしたら、俺達は‥‥、求め合う存在だったのかもしれない」
 美しき死の作り手たる京夜と、死んでも蘇り美しい死を望む響も、2人の世界を作っていた。上の方ではまだ何かぶつかっているようだが。
「貴方に、預かってきたものがあります」
 紫翠から手渡された石を手に、アーネストは頷く。その脇には、2人の女性がいた。豪華客船の外装が崩れ落ち、中から一回り小さな快速船が飛び出したのは、その直後の事だった。

「さぁ、いよいよ最後の戦いです」
 ラウンジで、悠然と言う叢雲。その声に合わせた様に、前方に巨大な氷山が現れる。

 その頂上にてUNKNOWNが奏でるピアノの音は物語の終幕を告げるが如く。氷の中には触手とか触手がうにょうにょしており、もしも彼の望みどおりになれば色々とまずい。口には言えない位にまずい。しかし。
「――ああ、無情」
 UNKNOWNは、氷山の上でそう呟いた。倫理規定と打ち切りには、勝てないのだ。

 今回も1万文字以上のご愛読ありがとうございました。紀藤先生(?)の次回作に御期待下さい。